リィンカーネーションダービー ‐新人トレーナーがんばる‐ 作:烏賊メンコ
ハルウララは高知のトレーニングセンター出身のウマ娘である。
元々は故郷である高知で走っていたものの、もっとワクワクしたいという思いからいつしかトレセン学園への転入を希望するようになっていた。
しかし、ハルウララは故郷でも大して強いウマ娘ではない。ハルウララより速いウマ娘は同世代に何人もいた。しかし、ハルウララと同じようにトレセン学園への転入を志望したウマ娘は合格できず、ハルウララだけが合格の切符を掴むことに成功する。
何故合格できたのか、ハルウララ自身よくわかっていない。受けた筆記試験は壊滅的で、テストとして走った結果もボロボロで、とてもではないが合格の水準に達していたとは思えなかった。
それでも、ハルウララはめげなかった。行われた面接で一生懸命アピールをした。楽しく走りたい、ワクワクするレースをしたい、と。その結果、何故かトレセン学園への転入が認められたのだ。
試験の合否に関する判定基準を知らないハルウララは不思議に思った。しかし、トレセン学園へ通うことができる嬉しさと喜びに、そんなことはすぐに忘れてしまった。
判定基準に関しても、合格を認めた理事長の秋川やよいや理事長秘書の駿川たづなぐらいしか知らない。面接時に発揮した持ち前の明るさだけで試験を突破したなど、気付くことができる者はいないだろう。
そうしてトレセン学園へ転入することになったハルウララだったが、トレセン学園のレベルについていけるかと聞かれれば答えはノーだ。
学業はギリギリで、走ってみれば周囲に置いていかれる。周りを見渡してみれば綺羅星の如きウマ娘ばかりで――ハルウララからすると、すごいウマ娘ばかりで逆にワクワクとした。
そんなハルウララだったが、トレセン学園に転入して困ったことがあった。それはレースに出走したいウマ娘としては致命的な問題で、担当してくれるトレーナーが全く見つからなかったことだ。
ハルウララが持ち合わせる前向きな明るさは、同じウマ娘からすれば親しみを抱くものだろう。何も知らない外部の者がハルウララと接すれば、好感を抱いて頬を緩めるぐらいに底抜けに明るい。
だが、トレーナー目線でハルウララというウマ娘を見た時、その評価は決して高くなかった。むしろ他のウマ娘の評価と比べた場合、最低といっても過言ではないだろう。
何故ならば足が遅く、体力が乏しく、レース適性もいまいちだからだ。
ハルウララはトレーナーにスカウトされるべく、様々な模擬レースに参加した。有名どころでいえばトレセン学園最強のチームリギルなど、片っ端から参加を申請して実際に模擬レースに参加したのだ。
その結果は惨敗である。出走したウマ娘達の中で常に最下位の成績を取り続けた。それによってハルウララの名前はトレーナー達の間でも話題になったりしたが、ハルウララをスカウトしようという物好きなトレーナーは現れなかったのである。
――ただ一人のトレーナー以外は。
ハルウララがそのトレーナーと出会ったのは、同期のウマ娘のほとんどが担当トレーナーを決めてしまった時期のことである。
参加人数が少ないながらも開催されていた模擬レースに参加しようとしていたハルウララだったが、前日に出されていた宿題を忘れていたために模擬レースの開始時刻に間に合わなかった。それでもまだ参加できるかもしれないと足を向けた先で、今年トレセン学園に配属されたという新人のトレーナーに出会ったのである。
「ぜ、是非スカウトさせてくれ! 俺を君の担当トレーナーにしてくれ!」
そして、その新人トレーナーからスカウトされたのだ。
「えっ!? わたしのトレーナーになってくれるの!? ほんとに!?」
これにはハルウララも驚いた。トレーナーだと聞き、スカウトしてくれとは頼んだが、そのトレーナーはハルウララ自身驚くほどに積極的だったからだ。
「おうよ! こっちも新人だからそっちに不満がないならな!」
「ないよっ! やったー! これでレースに出られるー!」
新人とはいうが、ハルウララは何の不満もなかった。これでレースに参加することができると喜ぶばかりで、トレーナーの能力は二の次だったのである。
それがハルウララと新人トレーナーの出会いであり、ハルウララというウマ娘がトレセン学園で踏み出した第一歩になったのだった。
トレーナーと出会ったハルウララは、翌日からトレーニングを行うようになった。
そして、様々なことを学んだ。それまでは好きなように走っていたが、フォームが悪いからと走る際のフォームを教わり、体力をつけ、走る速度も上がっていった。
ハルウララは走ることが大好きだったが、以前よりも速く、長く走れるようになっていく自分に驚いてもいた。その成長は少しずつで、しかし、確実に感じ取れるほど顕著なもの。
大好きな走ること。それがますます好きになっていく。走るだけでこれほど楽しく、ワクワクするのなら、実際にレースに出た時はもっと楽しくなるだろう。
ハルウララは心からそう思っていた。だが、時折疑問に思うことがある。自身のトレーナーになってくれた青年が、自分を見て怪訝そうな顔をすることがあったからだ。
ハルウララがそれに気付いたのは、トレーナーと出会った翌日のことである。テストをすると言われて嫌がったものの、テスト内容が走ることだと聞いてハルウララは手の平を返すようにして喜んだ。
そしてトレーナーが言う通り芝とダートで短距離、マイル、中距離、長距離と走ったのだ。
最初に走った芝の短距離走。それを見たトレーナーは、なんとも表現しにくい顔をしていた。ハルウララが声をかけると普段通りの顔に戻ったが、何か奇妙なものを見たような、予想外のものを見たような顔をしていたのである。
それが何を意味していたのか、ハルウララにはわからない。しかし芝のコースを走り、ダートのコースを走るとトレーナーはようやく表情を変えた。
ハルウララは自分がどんなコースでどんな距離に向いているか、それすらも知らなかった。走ることが楽しくて、走ることさえできればそれで良かったからだ。
ダートの短距離に向いているとトレーナーに言われたハルウララは、そうなんだ、と素直に受け入れる。トレーナーはウマ娘を育成するすごい人なんだ、という認識がハルウララの中にあったからだ。
そうしてトレーナーの指示のもと、毎日のように走り続けること一ヶ月半。ハルウララはトレーナーの指示によって、ハッピーミークというウマ娘と一対一で走ることになった。
最初に走った芝の1200メートル。その結果は大差での負けだったが、ハルウララはハッピーミークと一緒に走れたことと、ハッピーミークの速さに大喜びだった。
「はぁ……はぁ……すごいねミークちゃん! びゅーんって、とってもはやかった!」
「……ウララさんは、その……いえ、なんでもないです」
そう言って言葉を濁すハッピーミークに、ハルウララは首を傾げる。ほんの少しだけだが、ハッピーミークが浮かべた表情が自身のトレーナーに重なって見えたからだ。
「ウララ、ハッピーミーク、休憩を取ったら次はダートで走ってもらうけど、体は大丈夫か?」
そう尋ねてくるトレーナーに対し、ハルウララは満面の笑みを浮かべながら頷く。
「うんっ! あのねあのね、トレーナー! ミークちゃんったらすっごいんだよー! すっごくすっごく速いの! びゅーんって!」
「そうか……走ってみてどうだった?」
「楽しかった!」
ハルウララがそう答えると、トレーナーは微妙な顔をする。それはハルウララが時折見かける顔で、今しがたハッピーミークが浮かべた表情によく似ていた。
それでもトレーナーは気を取り直したように、次のレースを指示する。今度はダートの短距離走で、ハルウララとしても唯一自分が得意と言える条件だった。
もっとも、結果は芝のレースほどではないものの惨敗だったが。
「すごいすごいっ! ミークちゃん、砂の上でもとってもはやいんだね!」
惨敗を喫したハルウララだったが、ハッピーミークと一緒に走れたことが楽しかった。勝負が終わった後に声をかけると、ハッピーミークは何かを言おうとし、結局は口を閉ざす。
そんなハッピーミークを不思議に思いながらも、ハルウララは自身のトレーナーへと駆け寄った。
「ねーねートレーナー! ミークちゃんすっごいんだよー! すっごくすごいの!」
「そっか……ウララ、今のレース、どうだった?」
そう言いながら膝を折り、目線の高さを合わせるトレーナー。その問いかけを受けたハルウララは、いつものように笑顔で言うのだった。
「すっごく楽しかった!」
そんなハッピーミークとの模擬レースから二週間ほどが過ぎた日のこと。
授業が午前中で終わったハルウララは、トレーナーとのトレーニングが始まる前におやつの人参を買おうと思ってトレセン学園の近所にある商店街に足を運んでいた。
その商店街はハルウララにとってお気に入りの場所であり、多くの住民が顔見知りである。ハルウララが笑顔で話しかけ、商店街の住民達も笑顔で答える。そんな、ハルウララにとって心温まる場所だった。
「おや、ウララちゃんじゃないか。今日も人参を買いに来たのかい?」
ハルウララが目的の人参を買うべく八百屋を訪れると、店主が笑顔で話しかけてくる。それを聞いたハルウララは笑顔で頷くが、そこでふと、店主が準備しているものに気付いた。
それは店頭に並べた野菜の数々で、話を聞けばこれから道行く客に声をかけて販売していくつもりらしい。それを聞いたハルウララは興味を引かれ、手伝いを申し出た。
最初は八百屋の店主も渋っていたが、ハルウララの笑顔に絆されそれを了承する。そうさせるだけの魅力がハルウララにあったのだ。
そうして店頭で客に声をかけ始めたハルウララだったが、思いのほか多くの人が足を止め、自分の話を聞いてくれることが嬉しくて途中からは時間を忘れるよう熱中してしまった。
一時間、二時間と経ち、野菜の大部分が売れてもハルウララは店頭に立ち続ける。すると不意に聞き慣れた足音が聞こえ、ハルウララは表情を輝かせながら足音のする方へ顔を向けた。
「あっ! トレーナーだー! なになに? どうしたの? お買い物?」
「ウララ、お前……っ……いや……はぁ……」
そこにはハルウララのトレーナーの姿があった。トレーナーはハルウララの顔を見ると僅かに険しい顔つきになったが、数秒もすると表情を緩めて大きく息を吐く。
ハルウララはそんなトレーナーの反応に首を傾げた。そもそも何故この場にトレーナーがいるのかと疑問を覚える。
「……ウララ、今、何時だ?」
「……? わわっ!? トレーニングの時間が過ぎちゃってるっ!」
そして、その質問でハルウララは自分が何をしてしまったのか気付いた。既にトレーニングの開始時刻を過ぎており、心配したトレーナーが探しにきたのだろう、と。
「うー……ごめんなさい、トレーナー」
そうとわかったハルウララは、申し訳ない気持ちになる。悪いことをしたのだからごめんなさいと謝らなければならないと思った。それと同時に、普段怒ることがないトレーナーに怒鳴られるのではないかと怖くなった。
「次からはせめて連絡だけはしてくれ……心配したんだからな」
しかし、トレーナーは強くは怒らなかった。怒ってはいるのだろうが、それを飲み込んだ上で安心したといわんばかりに笑うのである。
普段そうするようにして膝を折り、目線の高さを合わせながら頭を撫でてくるトレーナーに、ハルウララは申し訳ないと思う気持ちが強くなる。それと同時に、不思議と嬉しいと思う気持ちもあった。
その後はトレーナーをつれて商店街を案内し、トレーナーが自ら作ったにんじんハンバーグを平らげ、帰宅の途につくことになる。
トレーナーが作ったにんじんハンバーグは、素人料理の域を出るものではなかった。しかし、この時のハルウララにとってはとても美味しく、満ち足りたものだった。
お腹がいっぱいになったからか、にんじんハンバーグが美味しかったからか、ハルウララは上機嫌で寮に帰る。すると、玄関でフジキセキに行き会った。
フジキセキはハルウララが入寮している栗東寮の寮長である。女性でありながらまるで貴公子のような雰囲気を持つフジキセキは、ハルウララから見ても『かっくいー』ウマ娘だ。
ショートカットの黒髪に、同性であるウマ娘すら魅了するような甘いマスク。身長は170センチに僅かに届かないものの、女性としてはやや高い方だと言えるだろう。
フジキセキはハルウララの顔を見ると僅かに驚いたような顔をしたが、すぐさまファンのウマ娘が見れば黄色い声援を上げそうな笑みを浮かべる。
「やあ、おかえりポニーちゃん」
「ただいま、りょーちょー。でもわたし、ポニーちゃんじゃないよ? ハルウララだよ?」
むむむ、とハルウララは首を傾げた。一文字も合っていないため、別人として覚えられているのではないかと疑問を覚えたのである。
「君のような可愛らしい子はポニーちゃんと呼びたくなるのさ……ふむ」
フジキセキはそう言いつつハルウララの姿を確認した。私服のオーバーオールに、右手には人参がたくさん詰まったビニール袋。まさに買い物帰りといった様子だったが、フジキセキの目から見るとハルウララはとても上機嫌に見える。
しかし、フジキセキはハルウララがトレーニングをすっぽかしたことを知っていた。担当のトレーナーが心配し、寮に電話をかけてきたからだ。ハルウララが商店街にいたことは担当のトレーナーから連絡を受けているが、フジキセキは寮長として軽く注意しておこうと口を開く。
「ポニーちゃん、その天真爛漫さが君の魅力だけど、担当トレーナーに心配をかけるのはあまり感心しないよ?」
「しんぱい? トレーナーが?」
「そうだとも。三時半頃だったかな? 彼から寮の方に電話がかかってきてね。ウララがいない、そちらの部屋にいないかって焦った様子で尋ねてきたんだ」
トレーニングの時間だというのにウマ娘がおらず、もしも事故にでも遭っていたならばトレーナーの監督責任にもなりかねない。もちろんトレーニングの時間を忘れていたハルウララが一番悪いのだが、トレーナーからすればハルウララは唯一の担当ウマ娘だ。
万が一事故にでも遭って故障なりすれば、トレーナーとしてそれまでかけてきた時間と手間が水泡に帰すこととなる。
「彼に怒られなかったかい?」
「うん……怒られちゃった」
そう言って、ハルウララはフジキセキに対して語った。
自分がトレーニングの予定時刻を忘れてしまったことを。
トレーナーが商店街まで探しに来てくれたことを。
トレーナーとの間に行われた問答を。
トレーナーが作ってくれたにんじんハンバーグが美味しかったことを。
ピーマンは意外と苦くないことを。
それらの話を真剣な表情で聞いていたフジキセキだったが、話の途中から苦笑するようにして笑う。
「ははっ、それは違うよポニーちゃん。それは怒ったんじゃない、叱ったのさ」
「……? 何か違うの?」
「個人的な意見だけど、違うと私は思うよ。怒るのは自分のためで、叱るのは相手のためだ。君のトレーナーは、君のことを思って叱ったんだと思うよ」
話を聞いた限りでは、トレーナーはハルウララの無事を最優先にしていたのだろうとフジキセキは思う。それはどんなトレーナーでも当たり前のことのように思えるが、その当たり前ができないトレーナーも割といるのだ。
「怒るのは意外と簡単なんだ。でも、叱るのは難しい。相手を思ってのことだからね」
「……それじゃあトレーナーは、わたしのことを思って叱ったの?」
「きっとそうだとも」
「そうなんだー……」
フジキセキが頷くと、ハルウララは可愛らしい腕組みをしながら首を傾げた。
ごめんなさいと謝り、許してくれた。しかも今日のトレーニングはなしにして、手作りでにんじんハンバーグを作ってくれた。
それはハルウララとしても嬉しいことだった。怒られたいわけではなかったが、大切に思ってくれているのだと感じ取れたからだ。
そこまで考えたハルウララは、自身の頭を指でつつきながらフジキセキに尋ねる。
「わたしがトレーナーにできることって、あるのかな?」
「なあに、簡単なことだよポニーちゃん。君が君らしく頑張れば、担当のトレーナーも喜んでくれるさ」
そう言ってフジキセキは微笑む。それは普段周囲から騒がれている『かっくいー』笑顔ではなく、優しい笑顔だとハルウララは思った。
(わたしががんばれば、トレーナーも喜んでくれる?)
客観的に見るならば、ハルウララは普段から頑張っていると言えるだろう。うっかりトレーニングをすっぽかしてしまったが、普段はトレーナーが課すトレーニングにも前向きで、一生懸命取り組んでいる。
だが、ハルウララ本人からすれば楽しいからやっていることだ。他人は頑張っていると言うかもしれないが、ハルウララとしてはもっと頑張れると思った。
「うーん……よーし! それなら明日からがんばるよー!」
そうすればトレーナーも喜んでくれるから、頑張ろうとハルウララは思えた。
そんなハルウララの様子に、フジキセキはこれ以上はお節介だろうと判断して普段通りの自分に戻ることにする。
「ところでポニーちゃん、せっかくだからこれから一緒にお茶でもどうだい? 良い茶葉が手に入ったんだ。美味しいクッキーもあるよ?」
「うーん……いいやっ! トレーナーが作ってくれたにんじんハンバーグがとってもおっきくてね、おなかいっぱいなんだ!」
「おやおや、それは残念だ。振られてしまったか」
そう言って、フジキセキは堂に入ったウインクをハルウララに飛ばすのだった。
明けて翌日。ハルウララは飛びつく勢いでトレーナーに突撃し、宣言する。
「トレーナー! わたし、がんばるからねっ!」
ハルウララは、これまで以上に頑張ろうと思った。
そして、ハルウララは頑張った。トレーナーが課すトレーニングを乗り越え、少しずつ速くなる自分の体に驚きながらも楽しい毎日を過ごしていた。
そんなハルウララだったが、とうとうメイクデビューの時がやってくる。
走るのはダートの短距離、1300メートルだ。この条件ならば勝負になるとトレーナーが決めたレースで、ハルウララは朝からワクワクが止まらなかった。
ただ、トレーナーからは注意を受けていた。1枠1番での出走になるため、前方を走るウマ娘が飛ばしてくる砂には注意しろ、と。
作戦は差しで、途中までは中団に控える形になる。練習でも砂が目に入ることがあったため、飛んでくる砂には注意が必要だと繰り返すようにして言われたのだ。
そして、実際にハルウララは砂によって出走した9人中9着という結果になる。終盤までトレーナーが意図した通りのレースになったものの、あと一人抜けば先頭に立てるという段階で目に砂を浴びてしまったのだ。
それでもハルウララは懸命に走った。目が痛くて前が見えなくとも、転ばないように注意しながら走ったのだ。
スタートの直線からコーナー、コーナーから最後の直線。その間に他のウマ娘と共に駆けられたハルウララは楽しかった。初めてのレースは予想以上に楽しくて、興奮して、ずっと走り続けていたいと思ったほどだ。
アクシデントで9着になった後も、ハルウララは応援してくれた商店街の知り合いや、観客席に向かって笑顔で手を振る。そんな自分を見て笑顔で手を振ってくれる観客達の姿が、ハルウララの胸の中をポカポカとさせた。
(……トレーナー、どうしてお空を見てるんだろ?)
自身のトレーナーを見つけたハルウララだったが、トレーナーは空を仰いで自分を見ていなかった。
アクシデントが起きる直前、トレーナーの声援が聞こえたハルウララは不思議と己の勝利を脳裏に描いていた。
以前と比べるとトレーニングでスタミナがついたが、レースの終盤に差し掛かるとさすがにバテてくる。それでもトレーナーの声援を聞いた途端、ハルウララはまだまだやれる、勝てるんだと体に力が湧くような感覚があった。
それだというのにトレーナーが自分を見ていないのが不思議で――少しだけ悲しかった。
「ふぅ……よし! それじゃあウララ! 次回のレースでは勝てるよう、明日からまたビシバシいくぞ!」
だからこそ、レースが終わった後にトレーナーが元気を出したことに、ハルウララはとても喜んだ。
「うんっ! よーし! がんばるぞー!」
ハルウララはもっと頑張ろうと思った。そうすれば