リィンカーネーションダービー ‐新人トレーナーがんばる‐ 作:烏賊メンコ
ウララのジャパンダートダービーが終わった翌日。
俺は普段通りに出勤して普段通りに仕事をしていた――というわけではなかった。
「懸念ッ! こうして呼び出しておいてなんだが、一つ質問があるっ! ……顔色が悪いが、面談は明日に回した方が良い?」
「大丈夫です。昨日のレースが悔しすぎて、寝付けなかっただけですから」
心配そうな顔をしてくれる理事長に、俺は苦笑しながら答えた。
今日は夏の人事面談の日である。ライスの宝塚記念、キングのCBC賞、そしてウララのユニコーンステークスにジャパンダートダービーと、6月の後半から7月の前半にかけて担当ウマ娘のレースが立て続けに入っていたため、人事面談が先送りになっていたのだ。
こうしてこっちの都合を斟酌してくれるトレセン学園、マジでホワイト。うん、ホワイト。俺の頭も割とホワイトってか、真っ白になってるけど。
昨晩寝付けなかったというのは、本当だ。悔しくて悔しくて夜も寝付けないなんて、経験するとは思わなかった。
ジャパンダートダービーで3着になって疲れ果てたウララだったが、ウイニングライブまで控室で休み、なんとか乗り切った。
俺もライスもキングもライブでは声を張り上げ、サイリウムスティックを振り回し、ウララへ一生懸命声援を送ったものである。あ、嘘を吐いた。サイリウムスティックを振り回したのは俺だけだ。ライスもキングも控えめに桜色のサイリウムスティックを振っていただけだ。
悔しさを紛らわせるためにもサイリウムスティックを振り回したというのは……うん、内緒だ。勝負服姿でスマートファルコンの隣に立って踊るウララを見て涙が出たのは、ライトが眩しかっただけだ。
そのあとは疲れ果てたウララを背負い、トレセン学園まで帰還するとウララ達を寮へ送り、ウララをキングに託して俺も帰宅の途についた。さすがに部室に向かって反省会という名のレース研究なんてしてたら、ぶっ倒れるしね。
それでも自宅に帰ってシャワーを浴びて少し遅い夜食を取り、ベッドに寝転がって天井を見上げていても、一向に眠気が訪れなかった。ジャパンダートダービーでのウララの走りが自然と脳内で再生され、悔しさで目が冴えてしまったのである。
なんとか寝ようと目を瞑り、しかし寝付けずにそのまま一晩明かしてしまったのだ。目の下に薄っすらと隈が出ていたが、体調自体は問題ない。
「昨日のレースは残念でしたね……ですが、素晴らしいレースでした」
そんな俺の様子に苦笑を浮かべ、たづなさんが言う。それを聞いた俺は小さく頭を下げた。
「ありがとうございます。でも、負けは負けですからね……真摯に受け止めて、これからもウララを鍛えていきますよ」
もちろん、ライスやキングも一緒に、だ。俺がそう伝えると、理事長とたづなさんは顔を見合わせて困ったように笑う。
「期待ッ! その意気やよしっ! というわけで、たづな」
「はい。それではトレーナーさん、こちらが今回の人事評価になります」
そう言ってたづなさんが封筒を差し出してくる。俺は封筒を受け取って中身を取り出すと、その内容に目を通していく。
(キングがチームに加わった分、チームのトレーナーとしては点数が伸びてるな……トレーナー個人としては……あ、やべっ)
チームキタルファのトレーナーとしては、80点の点数がつけられていた。これはチームの最低人数である5人に満たず、一人足りないごとに10点減点されると思えば満点だと言えるだろう。
だが、トレーナー個人としての点数が、95点に下がっていた。それが何故かというと――。
「トレーナーさん、終業後の残業は減りましたけど、早朝から出てきて仕事をしていますよね?」
出てきてないですよ? なんて言えない。たづなさんはにっこり微笑んでいるが、薄っすらと目が開いているからだ。端的に言って超怖い。
一応、早朝出勤や残業に関しては各トレーナーの自由意志に委ねられる面があったりもする。形式上、俺の上司は理事長やたづなさんになるが、
俺としては仕事の量を減らしてほしいなぁ、なんて思う気持ちもあるが、ただでさえたづなさんが仕事を引き受けてくれているのだ。
社会人としては、残業するときついんでもっと仕事を減らしてください、なんて中々に言い難い。じゃあ残業するな、と返されれば終わりだ。トレセン学園から割り振られる仕事はきちんと就業時間内に終わらせてるし、俺が残業しているのはウララ達をもっと強くするための研究といった側面が強い。
ウララ達のトレーニングに関して情報をまとめたり、レースの研究をしたり、ウララ達の同世代のライバルの研究をしたり……あれ? そういえばこれって残業代もらっていいの? ちょっと仕事と言い張るのが難しいような……でも残業代いらないんで残って作業させてください、なんて言ったらにっこり微笑むたづなさんがアックスボンバーでもしてきそうだ。
「もう……駄目ですよ? トレーナーさんが一生懸命なのは知っていますけど、それで体を壊したらハルウララさん達が悲しみます」
「はい……ごもっともです……」
俺が体を壊した場合、間違いなくウララやライスは泣く。キングは呆れたようにため息を吐いて、俺の背中を張り飛ばしそうだ。
俺も仕事に慣れてきたため、トレセン学園から割り振られる仕事は右から左に流すようにこなせるようになってきた。ただ、それ以上にウララ達のライバルやレースの研究に割く時間が長いのだ。
「トレーナーさんが現時点で5人以上のウマ娘を担当しているのなら、サブトレーナーを下につけるという方法も取れるのですが……」
たづなさんは頬に手を当てながら、困ったように言う。
サブトレーナーがいればそっちに仕事を割り振ることもできるけど、今度はサブトレーナーの監督や指導で時間を取られる。その辺りを含めるとトントン……いや、しばらくの間はむしろ仕事量が増すだろう。
それに、サブトレーナーがいるから、という理由で割り振られる仕事が増えるに違いない。本来はチームの最低人数である5人まで担当ウマ娘を増やせていないし、一度も定数まで達していないチームにサブトレーナーをつけるとなると他のトレーナーがどう思うか。
同期連中や後輩はともかく、ただでさえ一部を除いて先輩トレーナーのウケが悪いのにこれ以上悪目立ちするのはさすがに遠慮したい。
ついでに言うと、
これで俺の仕事が増えるだけならまだ目を瞑るが、ウララ達に悪影響があれば目も当てられない。もちろん良い影響がある可能性もあるのだが、どうにも二の足を踏んでしまう。
サブトレーナーを下につけました。でも監督や指導で余計に時間が取られるようになりました。しかも俺のウマ娘の育成方法が合わずに一向に成長してくれません……みたいになったら踏んだり蹴ったりだ。
その辺りを最初から飲み込み、チームキタルファのカラーに合ったサブトレーナーが来てくれるのなら大歓迎なのだが。
「トレーナーさん、後輩の方々にもよく声をかけていますよね? ちょっと周囲の目とか声を気にしない性格で、トレーナーさんのサブトレーナーをしてくれそうな方はいらっしゃいませんか?」
「それってちょっとで済むんですかねぇ……あと、後輩の子達はみんな担当のウマ娘がいますし、今からサブトレーナーを頼むのは無理だと思うんですが……」
俺の代では一人もいなかったが、毎年新人のうち数人はサブトレーナーになるものらしい。他のトレーナーの下についてウマ娘の育て方、接し方を学び、数年かけて本格的にトレーナーとして活動を始める、なんてパターンが割とスタンダードなのだ。
それだというのに昨年度、今年度とサブトレーナー志願者はゼロ人だった。俺より前の代にトレセン学園に配属された人で、サブトレーナーを卒業してトレーナーとして活動し始めた人はいるのだが、新たにサブトレーナーを志望した新人がいないのだ。
ウララに出会わなければサブトレーナーになっていたであろう俺からすると、まあ、そんなこともあるか、程度の感想しか湧かないが。
「提案ッ! では来年度の話になるが、君のチームカラーに合いそうな新人を最初から君の下につけ、育成するのはどうかっ!」
「業務命令ならやりますけど……それってトレーナー生活二年目、いえ、来年度でも三年目の若手にやらせる仕事なんですかね。あと失敗した時、目も当てられないような……」
「再考ッ! では、サポートスタッフとして専攻している学生を研修目的で下につけるというのはどうかっ!」
「そういえばトレセン学園だとそういう科もありましたね……ちなみに、研修ということはその子の評価や指導って私がするんですよね? トレーナー業ならまだしも、さすがにサポートスタッフに関して評価したり指導したりというのは……」
結局俺の仕事が増えるだけの気がするんだが……あれ? もしかして俺って、実は理事長に嫌われてたりする?
「……トレセン学園に勤めるトレーナーとしては、回ってくる仕事の量さえどうにかしていただければ、ウマ娘の育成にもっと力を注げると愚考するのですが」
「謝罪ッ! その点に関してはトレセン学園のトレーナーが増えないことには減らないっ! 申し訳ないっ!」
「やっぱりトレーナーの数が問題ですよね……仕事を片付けるだけなら、休職している方や現場を離れている方にお願いするというのは……」
ペーパードライバーというわけではないが、中央のトレーナーライセンスを取得したもののトレーナー業を離れている人を雇うのはどうだろうか。人事評価の場だし、せっかくの機会だと思って俺が尋ねると、理事長は頭を抱えた。
「無念ッ!
「トレーナーさんがご存知の方で言えば、休職されたライスシャワーさんの元トレーナーの方にも仕事をしていただいていまして……トレーナー業は休職したものの、ウマ娘に関わる仕事からは離れたくない、という方も多少はいるんですよね」
あ、既に手を打った状態であの仕事量なんだ。誰だよトレセン学園がホワイトって言ったやつ。俺だよ。
そんな状態なのに、半年に渡って俺のサポートをしてくれたたづなさんが本当に優秀すぎる。どんな時でも笑顔を絶やさない体力と精神力、それとその辺のウマ娘なんて目じゃないぐらい機敏な動きでテキパキと仕事を片付けるからな、この人。
「ライスの元トレーナーの方は……復帰は?」
俺はせっかく相手が振ってくれたため、気になったことを尋ねる。すると、理事長とたづなさんは沈痛な面持ちになった。
「個人情報に関わるため詳しくは言えませんので……当面は無理、とだけ」
「そう、ですか……」
俺はまだ2年目のトレーナーで、仕事に追われているところがあり、なおかつウララ達の育成が楽しくて仕方ない。だからこそトレーナー業を休職する、あるいは辞めてしまうのは理解できない――なんてことはさすがにないが、想像することぐらいしかできない。
(俺の場合、ウララにライス、キング……育成しているウマ娘に恵まれたってのもあるんだろうけどな……)
休職した、あるいはトレーナー業を廃業した人も、たとえば担当していたウマ娘がレース中の故障で引退した、育成方針が合わずにウマ娘が去ってしまった、なんてことがあり、トレーナーとしてやっていけないと判断した可能性もある。
そういった後ろ向きな理由もあれば、担当ウマ娘が無事に、満足して走り切って引退したことで、トレーナー本人も糸が切れたようにやる気を失ってしまった、なんてパターンもあるかもしれない。
今はこうして充実した毎日を送っているが、俺もいつか、そんな事態に直面することがあるかもしれないのだ。
ただし、それは
「とりあえず、我々としてはトレーナーさんの仕事の成果に関しては何も問題はないと思っています。ただ、運営側としては仕事のやり方に関しては減点せずにはいられないということをご理解ください」
「はい……気を付けます」
話を締めくくるたづなさんに、俺は素直に頷く。過度な残業も駄目、早朝出勤も駄目、となると……やっぱり家で――。
「プライベートな時間に関しては何も言えませんが、自宅でやればいい、という話でもないですからね?」
「あはは、まさかそんな……」
ヒィッ、心を読まれましたよ……目が泳ぐぐらいで表面上は驚かなかった自分を褒めたい。たづなさんはため息を吐くと、理事長室に飾られているカレンダーへ目を向けた。
「もうじき学園の夏季休暇ですけど、今年はチームとして合宿を行うんですよね?」
「その予定ですね。一応、申請関係も済ませていますが……」
何か問題があったかな? と俺は首を傾げる。すると、たづなさんは労わるように微笑んだ。
「さすがに合宿中まで普段通りに仕事をしてください、とは言いません。この時期から秋にかけてはGⅠレースもないですし、そもそも重賞自体減りますし……合宿先では仕事もオンラインでのやり取りが主になりますし、回せる仕事も減ります」
「……と、おっしゃいますと?」
仕事が減る、というたづなさんの言葉に俺は姿勢を正す。
「担当しているウマ娘達のためにしっかりと頑張ってください。それと、可能な限りトレーナーさんも体を休めてください。いいですね?」
そう言って微笑むたづなさんに一礼し、俺は理事長室を後するのだった。
そして、桐生院さんに捕まった。
「き、奇遇ですね! もしお時間があるのなら、少しお話でもしませんかっ!?」
いや、捕まったってのは失礼だな。理事長室を出て、廊下の角を曲がったらそこに桐生院さんがいたのだ。
「お疲れ様です、桐生院さん。ええ、今なら時間もありますし大丈夫ですよ」
そう言って桐生院さんと並んで歩き出す。このタイミングで声をかけてきたってことは、人事評価の結果が気になるのだろうか。あれ? でも特に封筒とかは持ってないな。
他に何かあったっけ? なんて思いながら俺は桐生院さんと雑談しつつ、廊下を歩く。桐生院さんはなんかそわそわとしているような気がするが……いや、本当に何だ? 何か直近であったっけ?
(飲みに行く約束も今のところはしてないし、ミークとうちのメンバーを併走させるって約束もしてない……)
桐生院さんは今日の天気を話題にしたかと思うと、続いて今日見たニュースの話題を振ってくる。俺はそれに笑顔で答えながら、桐生院さんの様子がおかしく見えたのは気のせいだったか、と内心で首を傾げた。
「と、ところで、もう少しでトレセン学園も夏季休暇に入りますよね……その、な、夏のご予定とかは……」
「夏季休暇中はチームキタルファのメンバーで合宿ですね。初の合宿なんで、徹底的に鍛えるつもりですよ」
秋以降のレースに向けて、ウララもライスもキングも、鍛えて鍛えて鍛え抜く必要がある。せっかくの夏季休暇にトレーニングだけで良いのかと思わないでもないが、少しでも速く走りたいと本能的に願うのがウマ娘だ。だったら、俺はトレーナーとしてそれを後押しするだけだ。
もちろん、朝から晩までひたすらトレーニングをするわけではない。そんなことをしても疲れるだけで意味がないから、メリハリをつけて効率的に行い、あとは自由時間として遊ばせるつもりだった。
あ、でも夏季休暇中は宿題がたくさん出るらしいし、勉強の時間も設けないとライスやキングはともかくウララはまずいかもしれん。
「えっ、あ、そ、そうですか……」
俺の返答を聞いた桐生院さんが、しょぼん、と表情を暗くする。
「えーっと……何かのお誘いですか?」
「い、いえ! それはこれから考えるところです!」
「そ、そうですか……」
どういうことだろうか。とりあえず俺の予定を確認して、予定が空いてれば何か用事を作って誘うつもりだった……のか? 先に何をやりたいか決めてから誘うもんだと思ってたんだが……あれ? 俺の頭が働いてない? やっぱり徹夜で疲れてる?
「そちらは合宿みたいなことはしないんですか?」
桐生院さんがへこんでいるのを見て、俺はとりあえず話題を変える。すると、桐生院さんはゆっくりと首を横に振った。
「予定はないですけど……合宿って、何をすればいいんでしょう?」
「いや、何をすればいいって……ほら、普段トレセン学園でトレーニングさせてますけど、練習場所や練習内容に慣れると意欲も練習効果も下がるでしょう? だから普段と違う環境でトレーニングさせて鍛えるってのもありだと思うんですが」
合宿先は海辺のため、海で泳がせるのもアリだと思っている。宿泊先は旅館の予定だが、トレセン学園と提携しているため割安だし、近所に練習用のコースもあるし、山もあったりする。
ウララ達の気分を高めつつ、しっかりと負荷を与えて鍛えるには良いと思うんだが。あと、温泉もあるため俺はそっちが楽しみだったりする。
「ミークと合宿……」
桐生院さんは真剣な表情に変わって呟く。一年目ならともかく、二年目の今ならトレセン学園からの補助がなくとも自腹で連れて行くことも可能だろう。
さすがにうちのように一ヶ月以上合宿を行うのは厳しいだろうが、短期なら数万円から十数万円でいけると思う。まあ、俺も桐生院さんも担当しているウマ娘達がレースで勝っているため、その気になれば自腹でも夏季休暇中の合宿は可能だが。
そこでふと、桐生院さんは何かに気付いたように目を見開く。そして視線を左右に彷徨わせながら口を開いた。
「と、ところで……合宿はどこで行うか、聞いてもいいですか?」
「どこでって……チームリギルとかチームスピカも利用してるところですよ。ほら、あの海辺の」
この時期になると同期連中からもその手の話題が出るんだが……俺も去年話を聞いて、チームリギルが利用するような場所ならウララを連れて行けないかなって思ったぐらいだし。
「……?」
だが、桐生院さんは不思議そうに首を傾げるだけだ。それを見た俺はアカン、と内心で思いつつも、表情は苦笑を浮かべる。
「あとで資料の電子データを送りますね」
「お、お願いします……」
参考にするには打ってつけだろう。それに、チームを率いていないトレーナーでも、申請すれば補助が出る面もある。
俺は桐生院さんとそんな話をして、その場から離れるのだった。
「……と、いうわけで。話していた通り、夏休みに入ったら合宿を行います!」
その日の放課後。ウララ達が部室に顔を出すと、俺は用意しておいた旅のしおりを配りながらそんなことを宣言した。
ウララ達の夏季休暇まで、あと一週間程度日数がある。直前で言っても準備でごたつくだろうと、前もって話をし、なおかつこうして旅のしおりまで作っておいたのだ。
これから先、当面の大きな目標として。
ウララは11月前半に行われるGⅠ、JBCスプリント。
ライスは秋のシニア三冠。
キングは9月後半に行われるGⅠ、スプリンターズステークス。それと10月後半の菊花賞。
こんな感じである。
目標が全部GⅠになってるあたり、なんかちょっとおかしい気もするけど……いや、トレーナーもウマ娘もGⅠを目指すもんだし、おかしくないな、うん。
「わー……海も山もある! すっごいねー!」
「宿泊先の近くには練習用のコース……海……水着……」
「ふーん……宿泊先の旅館がこのキングに相応しいか、という疑問はあるけど、鍛えられるのならどんなところでも行くわ」
ウララもライスもキングも、合宿には前向きである。ウララも……昨日は悔し涙を流していたが、一晩ぐっすり眠って切り替えができたらしい。
「長い期間になるから、着替えやタオルはきちんと用意すること。泊まる先が旅館といっても、洗濯物とかは自分で洗うし、部屋も自分達で掃除するからな。料理も毎日ごちそうってわけじゃないし、その辺は修学旅行みたいに気軽な場じゃないから注意だ」
あくまで合宿である。さすがに料理を毎日自分達で作ったりはしないが、短期間ながら生活拠点を移し、そこで徹底的に鍛えるのが目的だ。夏季休暇のように長期休暇じゃないとできないことである。まあ、俺は仕事は減っても休暇じゃないが。
宿泊する旅館も、素泊まり以上、普通の旅行以下、といった塩梅で泊まることになる。ウララ達に必要以上の負担をかけることはないが、一応は学生のウマ娘ということで、社会勉強を兼ねている面もあった。
「他のチームやトレーナーも、秋以降のレースに向けて可能な限り担当しているウマ娘を鍛えていくだろう。俺もそうするつもりだ」
成長するのは自分達だけではない。これまで負けた相手に勝つには、成長する相手以上に自分が成長しなければ勝ちは拾えないのだ。だからこそ、この夏の合宿は大切なものになるだろう。
「だから、もっと強くなるぞ!」
「おー!」
「お、おー」
「当然よ」
各々が俺の言葉に返事をしてくれる。初の合宿ということで手探りになるところもあるだろうが、実りの多い合宿にしなければならないだろう。
(この子達を、もっと強くしないとな……)
俺は強くそう思うのだった。
なお、ウララが期末試験で赤点ギリギリで補習になりかけて、合宿が頓挫しかけたのは余談である