リィンカーネーションダービー ‐新人トレーナーがんばる‐   作:烏賊メンコ

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相変わらずノリと勢いだけで書いてますが、少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。


第60話:新人トレーナー、夏合宿へ赴く その4

 夏の合宿も、時折休息を挟みつつも毎日のようにトレーニングに励んでいればあっという間に日々が過ぎていく。

 

 既に日程の三分の二を消化してしまった俺は、カレンダーを見ながらふと思った。

 

(……そういえば、夏らしいことってしてないな)

 

 ウララ達のトレーニングを行うか、部屋にこもってレースやライバルウマ娘の研究をするか、温泉にゆっくり入ってマッサージチェアでくつろぐか、ウララ達とのんびり昼寝でもするか、近場の温泉街を見て回るか。

 

 そんな感じでトレーニングもしくは普段の趣味(けんきゅう)、それと休息と、気が付けば夏らしいことをしてない、なんて思った俺である。

 

 ウララ達も限界まで追い込み、一晩ぐっすり休んだら次の日も元気にトレーニング。疲労が溜まり始めたらメニューを軽くするか半休を入れて休ませたが、丸一日の休暇は入れていなかった。

 

 せっかくの合宿、せっかくの環境、せっかくの伸びる機会ということで、可能な限り鍛えたいという思いがあったのだ。

 

 ただ、限界まで鍛えて疲労が溜まり始めたら半休というサイクルでも、さすがに完全に疲労が抜けることはない。そのためここらで一日完全な休養を挟もうと思ったのだ。

 

 もっとも、休養といっても一日中ずっと寝て休ませるわけではない。気分的なリフレッシュをさせたいのである。というかウララとか一日中寝て休めとか言っても絶対無理だ。

 

 今回の合宿では、近場に海がある。そのため砂浜や海を利用したトレーニングも取り入れていたが、今回は純粋に遊ばせてやりたいと思った。

 

 夏だ! 海だ! とくれば、やることは一つである。

 

 そう――海水浴だ!

 

「と、いうわけで……昨日伝えた通り、今日は休みだ。海で遊ぶぞー!」

「おー!」

「おー」

「遊ぶのはいいけど、準備運動はしっかりするのよ」

 

 カレンダーを見ながら物思いにふけった翌日。

 

 俺が拳を突き上げるとウララが万歳しながら飛び跳ね、ライスも小さく拳を突き上げる。キングは呆れたように、それでいてどこか楽しそうに注意を促した。

 

 海で遊ぶのもトレーニングで泳ぐのも似たようなものだろ? と思うかもしれない。しかし、気の持ちよう一つで全くの別物になるのだ。

 

 ……海で遊ぶのなら、トレーニングほどではないが良い運動になる、なんて気持ちもあったりするが。

 

 泳いでもいいし砂浜で城を作ってもいい。ビーチで体を焼いてもいいし釣りをしてもいい……今日は本当にオフなのだ。つまり、俺も遊ぶ。童心に帰って遊ぶのだ。

 

 黒いハーフパンツの水着に白い上着を羽織り、サングラスをかける。ついでに頭に麦わら帽子をかぶれば完璧である。手には浮き輪、肩にはクーラーボックスと装備も万全だ。

 

 ちなみに、今日行くのは合宿で利用しているプライベートビーチではない。他のチームがトレーニングに使用するため、近くの海水浴場で遊ぶのだ。

 

「お、お待たせしました!」

「……おはようございます」

 

 準備を整えた俺達のところに、桐生院さんとミークが声をかけてくる。今日は完全に休暇で海水浴をすると言ったら、一緒に遊びたいとのことでオッケーを出したのだ。

 

 移動には合宿初日に使っていた大型のワゴン車を使う。荷物を積み込むと俺は運転席に座り、隣の助手席にはライスが座る。シートベルトをしっかりと締めたら出発である。

 

「わたし、海水浴って初めてなんですよね! ミークはどうですか?」

「……何度か、あります」

「え? なんで初めてもごもご……」

「ウララさん、しっ。近くに海がないとか、色々理由があるのよ」

 

 そして背後から聞こえてくる、桐生院さんとミークの会話。そして純粋に疑問の声を上げようとしたウララと、それを口を塞いで止めるキングの姿がバックミラー越しに見えた。

 

(ま、まあ、キングの言う通り、近くに海がないと海水浴にいかないよな)

 

 うん……一緒に行きたいって言われて、断らなくて良かったなって……桐生院さんも楽しんでくれたらいいな。

 

 そんなことを思いながら、俺は安全運転を心がけて車を走らせていく。

 

 海水浴場は旅館からもほど近く、車で10分とかからない場所にあった。駐車場も有料ながら完備で、お盆前の時期だというのに駐車場には空きもけっこうある。

 

 更衣室やシャワールーム、海の家もあるため、遊ぶのに困ることはないだろう。俺はビーチパラソルやレジャーシート、クーラーボックスを担いで一足先にビーチへと向かう。

 

 ウララ達は更衣室で着替えてくるが、その間にビーチパラソルなどを設置するために俺はわざわざ着替えた状態で来たのだ。

 

 なお、車を降りる際に靴からビーチサンダルに履き替えている。ビーチサンダルで車を運転すると危ないからね、仕方ないね。

 

「おー……割と空いてんなぁ」

 

 駐車場の車の量を見て思ったことだが、海水浴シーズンだというのに思ったより人が少ない。あまり多くても困るが、少ないなら少ないで物寂しいと思ってしまう。

 

(クラゲが増えるにはまだ少しばかり早いんだけどなぁ……交通の便がちょっと不便だからか? 穴場的な場所だったのか?)

 

 でも海の家もあるし、採算が取れると思うぐらいには人出があるはずだ。今日はたまたま人が少ないだけかもしれない。

 

 適当な場所にビーチパラソルを立て、レジャーシートを敷き、シートが飛ばないようクーラーボックスを置く。中身は氷とペットボトルジュースだ。

 

 ウララ達が来るまでまだ時間がかかるだろう。そう思った俺はレジャーシートに座ると、海辺へ視線を向ける。

 

(こうしてみると、案外ウマ娘がいるんだよな……いつの間にか慣れてたけど、改めて見ると不思議な光景だわ)

 

 水着姿のウマ娘がちらほらといる。ちっちゃい子から妙齢のウマ娘まで、幅広い年代のウマ娘が海辺で遊んでいるのだ

 

(お、あのウマ娘は体付きがレースに出てた感じだな)

 

 その中でも俺の目を引いたのは、一人のウマ娘だ。

 

 体付きを観察した感じ、元々はレースに出ていたが引退したウマ娘なのだろう。その隣には若い男性がいるが、二人きりで海水浴デートに来たのか。

 

(うーん……現役のウマ娘じゃないっぽいなぁ。でもあの体付き、割と上の方までいった感じがする……重賞……いや、オープン戦ぐらいなら勝ってそうだな)

 

 GⅡかGⅢあたりに何度か出走して引退したぐらいかな、雰囲気的にGⅠまではいってないかな、なんて適当に推測する俺。ウララ達を待つ間の暇つぶしには丁度良かったのだ。というかあのウマ娘の彼氏、イケメンやな……イケメンで身長も高いとか許されざるよ。

 

 ウマ娘といっても、中央や地方のトレセン学園に行ってレースに出るウマ娘ばかりではない。走るのが好きだったり、体を動かすのが好きだったりするウマ娘が多いが、中には普通に生活するウマ娘も当然存在する。

 

 その辺りはそのウマ娘の人生、いやさウマ生である。もったいない、なんて思うのは傲慢だろう。そもそもレースの世界は非常に厳しい。勝てずに引退するウマ娘も多くいるため、必ずしもレースに出ることを夢見てトレセン学園の門を叩くわけではないのだ。

 

 それを思えば、今、砂浜を全力疾走して跳躍し、海へ飛び込んだウマ娘も将来はどういう道を歩むのか。いや、あの子は多分トレセン学園目指すな。そんな感じがする。

 

 元気いっぱいに海へ突撃した黒鹿毛の小学生高学年ぐらいのウマ娘だが、割と逸材な感じがする。そんな黒髪のウマ娘に続いて長い栗毛のウマ娘も海へ突撃したが、仲が良さそうでなによりだ。

 

 ……と、そんなことを考えていたら、砂浜を踏みしめる複数の足音が近付いてくる。振り返ってみると、着替えを済ませたウララ達が駆け寄ってくるのが見えた。

 

 しかし、その格好を見た俺はおや? と首を傾げる。

 

 ウララもライスもキングも、普段トレーニングで使っているトレセン学園指定の水着ではなく、私物の水着を着ていたのだ。

 

 ウララは水色のワンピースタイプの水着で、胸元や腰回りにフリルがついた可愛らしいものを着ている。

 

 ライスは黒いフリルビキニだ。ちょっとビックリである。少々背伸びをした感じがするが、ライスの年齢を思えば別におかしくはない、か?

 

 キングは普通の……普通の? 三角ビキニだ。勝負服と同じく緑色を基調としたビキニで、堂々と着こなすキングの姿に違和感はない。スタイルが良いからよく似合っている。

 

 ミークは白いタンキニだ。全体的に肌も髪も白いミークが着ると白一色になるが、よく似合っている。

 

 桐生院さんはミークと色合いを合わせたのか、白い三角ビキニだ。ただし恥ずかしいのか、上は白いシャツを着て臍の辺りで縛っている。

 

(おー……やっぱウマ娘って美形揃いだよな……いや、桐生院さんはウマ娘じゃないけど)

 

 美少女、あるいは美女って言葉がよく似合う面々である。いやはや、眼福ってもんだ。

 

「えへへー……トレーナー、どうかな?」

「おう、似合ってるし可愛いぞ」

 

 真っ先に駆け寄ってきたウララが感想を求めてきたため、素直に褒める。俺の言葉を聞いたウララはにっこりと微笑み、準備運動を始めた。

 

「お兄さま、ライスの水着……どう?」

「うん、ライスも似合ってる。可愛いぞ。しかしフリルビキニかぁ……印象が変わるなぁ」

 

 正直、私物ならウララみたいにワンピースタイプの水着を選ぶと思ったんだけどなぁ。フリルがついているとはいえビキニを選ぶとは思わなんだ。

 

「キングの水着姿を褒め称える権利をあげるわ」

「おう、褒める褒める。美人さんだし、スタイルが良いし、キングは何を着ても似合うな。綺麗だぞ」

「っ……もう、おばか」

 

 キングに褒め称えろと言われたから褒めたら、おばか呼ばわりされた。解せぬ。

 

「…………」

「ミークもよく似合ってるよ。その水着は自分で選んだのか?」

「トレーナーと一緒に、選びました……」

「そっか……うん、そりゃ良かった」

 

 ミークは無言だったため先んじて褒めると、思わぬ話を聞けた。そうか、桐生院さんと一緒に水着を買いに行ったのか……うん、良いことだ。

 

 そして最後に桐生院さんへ視線を向けると、桐生院さんは恥ずかしそうに顔を真っ赤にしている。膝を擦り合わせるように内股になり、俺の視線から逃げるように体をねじった。

 

「桐生院さんもよく似合ってますよ。綺麗です」

「が、がんばりました……」

 

 頑張ったらしい。でもライスといい、桐生院さんといい、ビキニを選ぶとは思わなかった。いやうん、トレセン学園指定のスクール水着とかで出てこられたら、それはそれで反応に困るけど。

 

 あと、キングは私物で着るならビキニだと思った。堂々とした立ち居振る舞い、それに自信に満ち溢れた表情を見ると、一番似合っていると思う。

 

 そんなわけで、夏の海水浴が始まったのだった――が。

 

「す、すいません……海水浴って何をすればいいんでしょう……」

 

 困ったように尋ねてくる桐生院さん。その質問に、俺は優しく微笑んでミークと一緒に遊んできなさい、と送り出す。桐生院さんや、海水浴って漢字の通り、海水に浴するだけでもええんやで……。

 

 ウララはミークと一緒に砂の城を作り始め、ライスとキングは準備運動をしてから海で泳ぎ始めた。ただし普段のトレーニングと違い、水を掛け合ったり、のんびり泳いだりと、リラックスした様子である。でも多分、ヒートアップしたら競うようにして泳ぎ始めるなアレは。桐生院さんはウララとミークのお城づくりに加わっている。

 

(成人女性が砂の城づくり……いや、桐生院さんってけっこう童顔だし、ミークと一緒に楽しそうに作ってるからいいのか……)

 

 ちなみに俺は荷物番だ。ウララ達の手荷物は更衣室のロッカーに預けてあるし、俺も車の鍵や財布を預けてくれば良いのだが、更衣室が地味に遠くて面倒なのだ。海の家で買い物するのに取りに行くのが面倒くさい……という体で、のんびりとしている。

 

 童心に帰って遊ぶ? うん……この年になると童心に帰るのも意外と体力を使うからね……いや、外見(ガワ)は若いんだけど、トレーニングが休みだと思って気を抜いたら、思ったよりのんびりしたくなってしまったのだ。

 

「おっきなお城つくろーね! ミークちゃん! きりゅーいんさん!」

「……はい」

「砂でお城……そ、そういう遊びもあるんですねっ!」

 

 ニコニコ笑顔で砂を盛っていくウララと、薄っすら微笑むミーク。桐生院さんは……うん、楽しそうだからヨシッ。

 

「お兄さまは褒めてくれたけど、ライス、やっぱり普段の水着でも良かったかも……」

「おやめなさい。普段のトレーニング用の水着で海水浴をしてたら、途中から水泳対決になると判断したじゃないの」

 

 水を掛け合ったり、泳いだりしていたライスとキングの会話が聞こえてくる。

 

 キングがチームキタルファに加わった当初はどうなることかと思ったが、ウララとライスだけでなく、ライスとキングも案外相性が良いようだ。ライスからすると、どんなトレーニングでも喰らい付いてくる後輩だからやっぱり可愛いのだろう。

 

(うーむ……こうして眺めてるだけで楽しいってか、満足に思えるのはどうなんだろうな……)

 

 俺はクーラーボックスを開け、中から炭酸ジュースを取り出す。本当はビールを持ってきたかったが、帰りの運転もあるためアルコールはなしだ。桐生院さんも運転免許を持ってるかもしれないが……なんとなく、持っててもペーパードライバーっぽい。

 

 まあ、俺ものんびりするのに飽きたら泳ぐなり遊ぶなりするつもりだ。誰かが休憩したい時に荷物番を頼み、遊んでも良い。水中ゴーグルもあるし、気合いを入れて泳ぐのも良いだろう。

 

「うーん……平和だなぁ……」

 

 そんなことを呟きつつ、俺はレジャーシートの上で前屈を始める。本当は寝転がりたかったが、レジャーシートを敷いても地面が地味に熱いのだ。レジャーシートとビーチパラソルの日陰で徐々に温度が下がるかもしれないけど、ちょっとケツが熱い。

 

(少し気が早いけど、昼飯はどうするかなぁ……海の家の野暮ったい味付けの焼きそばとか食いたい……あとは焼きとうもろこしとか。あ、ウララ達が満足する量を売ってもらえるかな? そこは考えてなかったぞ……)

 

 まあ、満腹にならない程度に食べさせる分には大丈夫だろう。俺はそんなことを考えつつ、潮風を浴びながらぼんやり海を見る――っとぉ?

 

(んん? あれ、大丈夫か?)

 

 先ほど見かけた小学生ぐらいのウマ娘二人が、浜辺から離れた場所で泳いでいる。遠目に鮫除けのネットが見えるため鮫に襲われる心配はないと思うものの、俺でも足がつかないぐらい水深がある場所を泳いでいるのだ。

 

 ウマ娘は運動神経が良い子が多いし、泳ぎ方を見る限りしっかりと泳げている。それでも心配してしまうのは、普段ウララのようなウマ娘と接しているからか。いやうん、ウララは中等部の子だけどね? 今も大はしゃぎで砂の城を作ってるけどね?

 

 俺も砂で城を作ってみようかな。作れるかわからないけど、日本の城とか作れたら面白そうだよな、なんて、思っていた時のことだ。

 

「――っ!? っ! た……てっ!」

 

 僅かに聞こえる声。それに反応して視線を向けて見ると、先ほど見ていた小学生ウマ娘の片方の姿が見えなくなっていた。

 

(おいおい……まさか……)

 

 俺はすぐに立ち上がると、周囲を見回す。黒鹿毛の子はいる。というか、水面から顔を出して焦った様子で周囲を確認している。栗毛の子は……いない。いや、いた。もがくようにして水面から時折手が出ている。

 

「っ! ライス、キング、手伝ってくれ! 溺れてるウマ娘がいる!」

 

 俺は上着を脱ぎ、サングラスを放り捨てて水中ゴーグルを手に取ってから走る。俺の声が聞こえたのかライスもキングもすぐに反応してくれたが、どこでウマ娘が溺れているのかはわかっていないようだ。

 

 海水浴場のためライフセイバーもいるが、溺れているのがウマ娘となると助ける側も危険である。

 

 ウマ娘の身体能力が普通の人間を軽く越えているのはこの世界では常識だが、溺れた状態で暴れるウマ娘は当然ながら手加減などできない。それで人間が殴られると割と……いや、冗談抜きで危険だ。

 

 そのためこういう場合は他のウマ娘が救助してくれると良いのだが、溺れているウマ娘を助けるのは命がけになる。溺れているのがウマ娘ではなく人間だろうと、危険なことに変わりはない。

 

(でも気付いちゃったらしゃあねえわな!)

 

 俺は海に飛び込むと、クロールしながら黒鹿毛のウマ娘に近づいていく。やっぱり水深がけっこうある。俺でも足がつかない……というか、水深2メートルを軽く超えてるぞこれ。

 

 俺は立ち泳ぎに切り替えると、黒鹿毛のウマ娘の背中を叩く。すると驚いたように振り返ったため、俺は岸を指さした。海から上がっていろという指示で、黒鹿毛のウマ娘が反応するよりも早く、俺は大きく息を吸って海へと潜る。仮に黒鹿毛のウマ娘が岸に戻らなかった場合、ついてきているライスやキングが引っ張っていってくれるはずだ。

 

(視界が悪い……どこだ……?)

 

 水中ゴーグルをつけはしたが、思ったよりも視界が悪い。海中は目印がなく、波があるため移動しているかもしれないが、黒鹿毛のウマ娘がいた位置と先ほど海面から手が出ていた位置を脳裏に思い浮かべる。

 

(まだ時間はそこまで経過していないから、大きく移動してはいないはず……ウマ娘がいきなり溺れるとなると、足が攣ったか?)

 

 まさか鮫のホラー映画のような事態が起きたわけではあるまい。そんなことがあったら人間どころかウマ娘でさえどうにもならん。

 

 俺は波の動きから溺れた子が移動していそうな方向を大雑把に計算すると、そちらへと進んでいく。さすがに海底に沈んではいないはずだが……っと?

 

(っ!? あぶなっ!?)

 

 栗毛のウマ娘をすぐに見つけることができた――が、パニックになっているのか、ばたつかせた手足が俺の目の前を掠めていった。ただし、右足が痙攣したように動いていない。やっぱり攣ってしまったようだ。

 

 俺はウマ娘の背後に回ると、後ろから背中を叩く。すると驚いたようにウマ娘の体が震えたため、再度背中を叩いてから今度は頭を叩く。魚や他の生き物ではなく、人間だと教えてから俺はウマ娘を背後から抱きかかえた。

 

 そして、海面目指して一気に浮上する。

 

「ぷはっ!」

 

 限界ギリギリだったのか、水面に顔が出るなりウマ娘が大きく息を吸った。俺もすぐさま息を吸うと、ウマ娘を抱きかかえたまま岸へと泳いでいく。

 

「良い子だ……暴れるなよ……」

 

 暴れたら俺ごと海に沈みそうだ。そのため俺が声をかけると、ウマ娘は僅かに頷いた。うん、良い子だ。俺はウマ娘を抱えたままで後ろ向きに泳いでいたが、徐々に岸が近付いてきたのか足先に砂が触れ始める。それでも足先にしっかりとした地面の感触を感じ取れるまで泳ぐと、そこでようやく地面に立った。

 

「ふぅ……ふぅ……よーし、よく暴れなかったな。良い子だ……」

 

 俺は荒げた息を整えつつ、助けたウマ娘を下ろそうとする。だが、まだ足が攣っているのかしがみついてきた。そのため横抱きにかかえ、岸へと上がっていく。

 

「お兄さま、大丈夫?」

「そっちの子も、怪我はないかしら?」

 

 先に黒鹿毛のウマ娘を岸へ誘導していたライスとキングが声をかけてくる。俺はそれに答えるよりも先に、岸へ上がってウマ娘を砂浜に下ろした。

 

「っだぁ……ふいー……おー、俺は大丈夫だ。こっちの子は……」

「ダイヤちゃん! 大丈夫!?」

 

 俺がウマ娘を下ろしてから答えようとすると、それよりも先に黒鹿毛のウマ娘が飛びつくようにして救助した子に抱き着く。

 

「く、苦しいよキタちゃん……」

「はいはい、気持ちはわかるけどちょっと待ってなー。ライス、この子引き剥がして」

「えっ? うん」

 

 俺が頼むと、ライスはすぐさま黒鹿毛のウマ娘を引き剥がす。黒鹿毛のウマ娘は暴れようとしたが、ライスには敵わんぞ。

 

「君、海水は飲んじゃったかな? どこか痛かったり、気持ち悪かったりはしない?」

「え? え、と……だ、大丈夫です」

「本当かい? ここは我慢するところじゃないからね?」

「少しだけ……お水、飲みました」

 

 俺が声を和らげて尋ねると、栗毛のウマ娘がそう答える。それを聞いた俺はウマ娘を再び抱きかかえると、先ほどまで座っていたレジャーシートまで連れて行った。

 

「海水を少し飲んだだけなら大丈夫だと思うけど、気持ち悪くなっちゃったらすぐに言うこと。いいね?」

 

 救急車を呼んだ方が確実だろうが、俺もウマ娘のトレーナーとしてウマ娘が相手ならある程度は診れる。呼吸は安定しているし、今のところ救急車を呼ぶほどではないと思えた。

 

 いや、本当は救急車を呼びたいんだけど、ちょっとした騒ぎになっているのにこの子の保護者が見当たらないのだ。必要なら俺がついていくけど、さすがにこういう場合の対応まではトレーナー養成校でも習ってない。

 

 そのためまずは安静にして、水分を取らせつつ見守ることにした。なお、栗毛の子がダイヤちゃん、黒鹿毛の子がキタちゃんというらしい。

 

 なんでも憧れのウマ娘がこの近辺で合宿をしていると聞き、二人で一緒に見に来たそうだ。

 

 しかし憧れのウマ娘に会うことはできず、さりとてこのまま帰るのもつまらない。そんなわけで海水浴をしてから帰ろうとしたそうなんだが――。

 

「保護者がいないのに子どもだけで泳ぎにきちゃいけません。いいね?」

「はい……」

「ごめんなさい……」

 

 俺がそう言い含めると、二人は素直に反省する。それを見た俺は苦笑すると、軽く話を振る。

 

「それで? 二人が会いたかったウマ娘って誰なんだい?」

「テイオーさん!」

「わたしはマックイーンさん!」

 

 おっと……思わぬ名前が出てきたぞ。でもあの二人……というか、チームスピカは今日あたりトライアスロンをするとか言ってたような……そりゃ会えんわ。

 

 俺がそう伝えると、二人はしょんぼりとした様子になる。

 

 

 

 これが後々、レース場でよく見かけることになるキタサンブラックとサトノダイヤモンドとの出会いだった。

 

 

 




ノリと勢いで書いてたら海水浴イベントが何故かキタサンブラックとサトノダイヤモンドと出会うイベントになってました……

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