リィンカーネーションダービー ‐新人トレーナーがんばる‐   作:烏賊メンコ

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第61話:新人トレーナー、夏合宿へ赴く その5

 海水浴に行ってのんびりしようと思ったら、溺れたウマ娘を助けるなんて事態に出くわしてから更に二週間ほど時間が経った。

 

 あの時溺れたウマ娘――ダイヤちゃんは時間が経てば元気になり、救急車のお世話になることはなかった。しかしさすがに再び海で泳ぐ度胸はなかったのか、ウララ達に混ざって砂の城を作って遊んでいたが、無事でなによりである。

 

 その後は一緒に海の家で昼食を食べて別れたのだが、夜になると番号を教えておいたスマホに電話があり、相手はダイヤちゃんのご両親だった。

 ひどく恐縮した様子で礼をしたいとのことだったが、こっちは合宿の真っ最中である。それを説明して、ダイヤちゃんに大したことがなかったためお礼は結構です、と断ろうとしたのだが、ご両親も引き下がらない。

 

 ダイヤちゃんのことはしっかり叱ったが、それはそれとして、直接お礼の一つもしないのは礼儀に(もと)るとのことだった。そこまで言われては、と受け入れた俺だったが、会いに来るのはちょっと先にしてもらった。それが今日である。

 

 今日は合宿の終盤――チームリギルやチームスピカとの模擬レースを行う日だ。

 

「おじさまっ!」

 

 本当に旅館まで来たダイヤちゃんご一家。それを旅館の玄関口で出迎えると、私服姿のダイヤちゃんが飛びついてきた。

 

 上は大きな黄色いリボンがついたセーラー服っぽい服に、下は緑色のロングスカート。パッと見、良いところのお嬢さんにしか見えないダイヤちゃんは、その外見に見合わぬアグレッシブさを発揮して俺に突撃してきたのである。

 

「おっとっと……久しぶりだね、ダイヤちゃん。電話で聞いていたけど、あれから大丈夫だったかい?」

「はいっ!」

 

 俺が抱き留めながら体調を尋ねると、ダイヤちゃんは満面の笑顔で頷く。

 

「おじちゃん、こんにちはっ!」

 

 そんなダイヤちゃんと一緒に、キタちゃんも駆け寄ってきた。こっちは黒い上着に人参のマークが入った白いシャツ、黄色い短パンと、元気いっぱいなキタちゃんに似合った服装である。

 

「おう、こんにちは」

 

 ちなみに俺はおじちゃん呼びもおじさま呼びも特に止めることはしない。小学生からすると、二十歳前後の男はおじちゃん呼びでもまあ仕方ないかなって……中身が良い歳したおっさんだし。でもダイヤちゃんのおじさま呼びは逆になんかアカン気がしないでもない。でも、キタちゃんより年上のトウカイテイオーにもおじさんって呼ばれてるしなぁ。

 

 俺はその後恐縮し切って頭を下げてくるダイヤちゃんのご両親を宥めすかし、でもお詫びの菓子折りは受け取る。こういうのって受け取らないと相手の方が気にしちゃうしね。

 

 そして話が終わったらはいサヨナラ、とはいかない。せっかく今日来てもらったのは、キタちゃんとダイヤちゃんの希望を叶えてやりたいと思ったからだ。

 

 チームスピカの先輩を通して確認を取ったら、トウカイテイオーもメジロマックイーンもキタちゃんとダイヤちゃんを知っていた。二人の言うことを疑うつもりはなかったが、キタちゃんはトウカイテイオーに、ダイヤちゃんはメジロマックイーンに憧れているらしい。トウカイテイオーもメジロマックイーンも、そんな二人を可愛がっているようだ。

 

 そんな二人が、今日の模擬レースに出るのだ。だからこそ都合の良い日をわざわざ今日にしたわけで、話を聞いたキタちゃんとダイヤちゃんは目がキラキラと輝いている。

 

 部外者を招いて良いのか、という点に関しては問題ない。チームリギルやチームスピカ、あと手前味噌だが俺のチームが合宿を行っているということで、最近、見に来る地元の人が多いのだ。

 

 ダイヤちゃんを救助した件で地元の新聞社に取り上げられたり、地元の消防から表彰されたりで、チームキタルファが合宿しているのがバレたというのも大きい。その点に関しては東条さんからもスピカの先輩からも『仕方ないけど無茶はするな』という旨のありがたいお説教をいただいた。

 

 そんなわけで、周囲に知られているなら問題ないと、キタちゃんとダイヤちゃんを模擬レースの観戦にご招待と相成ったわけである。

 

「ええっ!? なんでキタちゃんとダイヤちゃんがおじさんと一緒にいるのさ!?」

 

 そして、キタちゃんとダイヤちゃんも一緒に模擬レースを行う場所へと連れて行ったら、早速トウカイテイオーに食いつかれた。

 

「先日、ちょいとご縁があってね……トウカイテイオーとメジロマックイーンのファンだっていうから、連れてきたんだよ」

「わーい! テイオーさんだ!」

 

 キタちゃんは大喜びである。トウカイテイオーの傍へと駆け寄ると、純粋さ100%、何の混じりけもない尊敬を表に出した眼差しでトウカイテイオーを見ている。

 

 そんなキタちゃんの眼差しに、トウカイテイオーは胸を張って色々と言っている。うんうん、ファンの言葉は嬉しいだろうし、それがキタちゃんみたいな子どもの言葉だとなおさら嬉しいよな。

 

 ちなみに、ダイヤちゃんはメジロマックイーンに一言二言挨拶したら俺のところに戻ってきた。もっとキタちゃんみたいに構って光線出しても良いのよ? あれ? 気のせいか俺に向かって構って光線が飛んできてる? 気のせいかな? 頭を撫でるとすっごい笑顔である。

 

 なお、テンションが上がったトウカイテイオーだが、うちのメンバーはそれ以上に気合いが入っている。合宿の終盤、これまでのトレーニングの成果を見せるということもあって、朝から気合いが乗りに乗っている。

 

 日頃からレースに対する思いが強いライスやキングは当然のこと、ウララでさえ今日は口数が少なかったほどだ。

 

 なにせ、今日の相手はチームリギルとチームスピカだ。その中でもやはり、シンボリルドルフと競うというのが大きいのだろう。

 

 七冠ウマ娘。

 

 無敗の三冠ウマ娘。

 

 皇帝。

 

 数多くの勝利よりも三度の敗北の方が語られるウマ娘。

 

 等々、その強さを称賛する言葉は多種多様で、日本を代表するウマ娘、最強の名を争うウマ娘の一人と言っても過言ではない。

 

 正直、俺も楽しみに思っている部分がある。ウララは……まあ、芝のコースが苦手なため仕方ないが、ライスは()()()()()()()()、キングは()()()()()()()()()を確認する良い機会なのだ。

 

 もちろん他のウマ娘も強敵揃いで、テレビ中継でも入れたら高視聴率間違いなしである。

 

 模擬レースを行うのは、旅館からも近い場所にある練習用コースだ。芝とダートのコースがあるが、坂路やウッドチップコースはない。芝とダートのコースにしても、本物のレース場のように高低差を設けているわけではなかった。

 

「よお、時間通りだな」

 

 俺がウララ達に準備運動を指示していると、スピカの先輩が片手を上げながら近付いてくる。その隣には綺麗な長い栗毛のウマ娘が一緒で、一瞬、髪色や髪形からグラスワンダーかと思ったのだが――。

 

(この子、は……)

 

 感覚的な話だが、その顔や立ち姿を見たらビビッと来た。俺は思わずごくりと唾を飲み込む。

 

 ――サイレンススズカ。

 

 去年、秋の天皇賞を走っている最中に故障が発生し、長期療養に入ったウマ娘だ。

 

 去年の秋と言えば、ウララが未勝利戦で初めて勝利し、なおかつライスの担当を引き受けた時期である。つまり、俺がデスマーチをやってた頃だ。

 

 ずっと療養中だったサイレンススズカのことは、ライスやキングのライバルにはならないと判断してチェックから外していた。適性距離がマイルで、長く走れても中距離というライスと出走レースが被るようで若干被りにくいのが理由の一つだ。

 

 それと、故障の内容が足の骨の粉砕骨折という、レースの場に戻って来られるかわからないほど重篤なものだったから、というのも理由の一つである。

 

 というか、俺が芝のレースに目を向けるようになった頃には既に故障で離脱していたため、チームスピカに関して研究している時にその存在を知ったぐらいだ。

 

 ただしその素質は一級品で、逃げウマ娘として見ればかなりぶっ飛んだ才能を持つ。俺が知っているウマ娘でたとえるなら、さしずめ芝のスマートファルコンといったところだろう。

 

 レース映像ももちろんチェックしているが、レースのスタートからゴールまでひたすら加速し続けるような逃げっぷりはすさまじいものがある。

 

 ただ、スタートで出遅れたり、前に他のウマ娘がいるとその実力を発揮し切れないところから、俺としてはスマートファルコンの方が怖い。

 

 年代的にライスのライバルになり得たのだろうが、この子、2000メートルを越えたあたりから一気に速度が落ちるんだよな。2000メートルのレースならライスでも危ないかもしれないが、2000メートルよりも長い距離のレースなら怖くない。そんな子だ。

 

 でもこの子のスピードは本当に大したもので、秋の天皇賞で故障したのも()()()()()()()()()()()()()()()からだ。レース中の故障は防ぐのが難しいが、この子の場合はウマ娘としての限界を超えてしまったことから故障が起きてしまった。

 

 俺としては非常に惹かれる、()()()()()()()()()()()()()()な感じがするウマ娘だが、多分、この子を育てていたら去年の秋の天皇賞で俺の心も粉砕されていたに違いない。

 

「……そちらのサイレンススズカも、今日のレースに出るんですか?」

 

 俺が確認するようにして尋ねると、スピカの先輩は苦笑を浮かべた。

 

「いんや、さすがに出さねえよ。だいぶ治っちゃいるが、本気で走らせるにはまだまだ治り切っていないんでな……」

 

 そう言って僅かに視線を逸らす先輩。んー……ちょっと嘘っぽい。見た感じ体は治っているものの、精神面が全力を出せるコンディションになってない感じだろうか?

 

 というか、ウマ娘にとって足を粉砕骨折するなんてトラウマになっていてもおかしくない。それでも無事に治り、こうして合宿に連れ出しているあたり治療が良かったのか、サイレンススズカ自身の強い希望か。

 

(先輩のチーム、故障するウマ娘が地味に多いんだよな……いや、これでも少ない方か?)

 

 トウカイテイオーも2回骨折してるし、メジロマックイーンも1回骨折している。しかしウマ娘はその走る速度の関係上、非常に故障しやすい。

 

 擦り傷切り傷は当たり前、足を酷使し続けて関節などが炎症を起こすのも日常茶飯事。レースで全力を出したら骨が折れた、なんてのもよく聞く話だ。レース中に転倒して怪我をするウマ娘もいるが、ただ走るだけでも故障するのがウマ娘である。

 

 人間が時速60~70キロで走ると思えば、故障するのも仕方ないと思えるが。

 

 うちのチームは故障しないことを第一にやっているが、それでもちょっとした擦り傷や切り傷、炎症は当然のように出る。しかしそれらが悪化するよりも早く休ませ、重症化しないギリギリのラインを綱渡りしているのが現状だ。

 

 ただし、トレーニング後は足回りを触ってチェックし、綱渡りするなら渡る綱を太くすればいいじゃない、みたいな精神でやってるところがある。そのおかげか酷い怪我は負わせていないが、レース中の突発的な故障だけは防ぐのが難しいため何とも言えない。

 

 酷い故障を起こさないよう足腰を強くしつつ、ウマ娘としても強くする、なんて言葉にすれば簡単だが、足腰の具合をチェックしようとすれば文句の一つも言わず協力してくれるウララ達だからこそ、鍛えられている部分もある。

 

「見慣れない子どもを連れてくるなんて、余裕の表れかしら?」

 

 そうやって俺がスピカの先輩と話をしていると、東条さんが近付いてきた。東条さんがダイヤちゃんに視線を向けると、ダイヤちゃんは俺の背後にさっと隠れてしまう。

 

「トウカイテイオーとメジロマックイーンのファンらしいんですよ。せっかく模擬レースするのなら、あの二人の気合いが入っている方がより実戦的になると思いません?」

「そう……まあ、いいわ」

 

 東条さんはダイヤちゃんの反応にちょっとだけ傷ついた顔をしたが、すぐにキリッとした顔付きになった。そして顎でしゃくり、練習コースの外へ視線を見る。

 

「どうせ、今更だもの」

「ええ……俺が言うのもなんですけど、本当に今更ですよね……」

 

 そこには地元の人々が押しかけ、観戦をしようとしている姿があった。椅子などはないため立ち見になるが、それぞれ騒ぐこともなく綺麗に整列し、準備運動をするウマ娘達を見ている。

 

 なんというか、アレだ。前世でたとえるならプロ野球の球団がキャンプインしたら、その地元の人々が見に来たような感じだ。整理の人員がいなくともお行儀良く観戦しようとしているあたり、手間がなくて楽ではあるが。

 

「でも本当にいいのか? マックイーンもだけど、テイオーなんてあの子に良いところを見せるんだ、会長に勝つんだ、なんて言って張り切ってるぞ?」

「模擬レースっていうのもありますけど、うちのライスは相手が強いほど燃えるんで……今日のレースが楽しみで仕方ないって感じです。トウカイテイオーもメジロマックイーンも、そしてシンボリルドルフにも勝たせてもらいますよ」

 

 スピカの先輩の言葉に、俺はにやりと笑って返す。まあ、勝つと言っても長距離のレースで、という言葉が頭につくが。

 

 中距離でシンボリルドルフに勝てと言われたら、いくら気合いが乗ったライスでも丁半博打になっちゃうわ。勝率が多分、5割あるかないかだと思う。そこにトウカイテイオーやメジロマックイーンが加わったら、勝率は一体どこまで低下するか。

 

 スピカの先輩は俺の言葉ににやりと笑って返し、東条さんは呆れたように、それでいて微笑ましそうな顔を俺に向けたのだった。

 

 

 

 

 

『さあ、とうとう始まりますトレセン学園の3チーム合同の模擬レース。参加チームはチームリギル、チームスピカ、チームキタルファの3つ。そこにわたしも混ぜろ、最強はわたしだと名乗りを上げたハッピーミークが参戦だ。本日の天候は晴天。バ場状態は良。実況はこのアタシ、ゴルシちゃん。解説はキタルファのアンちゃんだ』

『またかよゴルシちゃん……別にいいけどさ。あと、ミークに変なキャラをつけるのはやめてさしあげろ』

 

 さて模擬レースが始まるぞ、という段階になって、何やら長机を担いだゴルシちゃんが現れた。そして当たり前のように米俵でも担ぐようにして運ばれた俺は、ゴルシちゃんと並んで実況席に座っている。

 

 長机にはマイクが設置され、練習コースの設備を通して俺とゴルシちゃんの声がコースに広がっていく。

 

 あと、本当にミークに変なキャラをつけてやるな。ぎょっとした顔で『違う、そんなことは言ってない』と言いたげに首を横に振ってるじゃないか。

 

 ん? 何故かメジロマックイーンが驚愕したような顔で俺を見ているけど、何かあった? いや、俺というよりゴルシちゃんを見て驚いているのか? なんで?

 

『今回の模擬レースは芝の短距離、マイル、中距離、長距離。それとダートのマイルの5回。ゴルシちゃんも気が乗れば参加するかもなっ!』

『最初から参加するべきだと思うんだけど?』

 

 でもまあ、ゴルシちゃんだしな。おっと、東条さんがレースに参加しないグラスワンダーやナリタブライアンにビデオを撮らせている。あとでデータをもらおうっと。

 

『というわけでアンちゃん、何かそれっぽい開催の挨拶をたのまぁ』

『えー、何その無茶ぶり……それでは模擬レースに参加するウマ娘の皆さん、合間に休憩を挟むといっても何か異常があればすぐに言うようにしてください。無茶をしてでも勝ちたい相手がいると思いますが、今回は本番ではなく模擬レース。本気で走ってもいいけど無理無茶無謀はしないように』

 

 うちのメンバーだけでなく、チームリギルやチームスピカのメンバーも気合いが入っているのが見て取れる。でもこれはあくまで模擬レースだ。だから俺は釘を刺した――のだが。

 

『さあ、スタート直後から逃げ続けているぞマルゼンスキー! それに続いてキングヘイローが突っ込んでくる! おっとタイキシャトル、フジキセキにハッピーミークも上がってきているぞ! 短距離の勝者は誰になるのか!? 短距離に向いてない面々はスローペースだ! でもそれで良いのか!? ダートが主戦場のハルウララに負けてるぞ!?』

 

 最初に芝の短距離を走らせてみると、キング含めて短距離が得意な面子が本気で勝ちにいった。

 

 チームリギルからはシンボリルドルフ、エアグルーヴさん、ヒシアマゾンちゃん、フジキセキちゃん、マルゼンスキー、タイキシャトル、エルコンドルパサーが参加。

 

 チームスピカからはトウカイテイオー、メジロマックイーン、スペシャルウィークが参加。

 

 そしてうちは全員参加し、ミークも加えて14人でのレースになっている。グラスワンダーとサイレンススズカは故障明けのため、ナリタブライアンはジュニア級のため不参加で、それぞれビデオ撮影をしている。

 

 ただし距離適性が向いていない子は軽いウォーミングアップ代わりに走っており、その距離が得意なウマ娘は本気も本気、ガチで勝ちにいっている。

 

 短距離だとキングにマルゼンスキー、タイキシャトルにフジキセキちゃん、ミーク――そしてウララだ。ただ、芝のレースのためウララは6番手辺りを走っている。

 

『そして今、ゴール! 短距離1200メートルを制したのはマルゼンスキー! 大人げないぞ! 2着は2バ身差でキングヘイロー! 3着は1バ身差でタイキシャトル! 4着はクビ差でフジキセキ! 5着は3バ身差でハッピーミーク!』

『本気で走ってたのが6人だけではありますが、もろに距離適性が出た感じですねぇ……』

 

 短距離とはいえ芝のレースでウララが6着になっているあたり、他のウマ娘の目的は明白だ。得意な者が多い中距離で勝ちに行くため、ウォーミングアップ代わりに走ったのである。

 

 まあ、仮に本気で走っていても、順位は変わらなかっただろう。いや、さすがにウララの順位がちょっと落ちるかな?

 

 そして続くマイル走、1800メートルでは。

 

『さっきの短距離と似たような展開になってきた! 逃げ続けるマルゼンスキーと、それを追うキングヘイロー! タイキシャトルとフジキセキも上がってくる! しかしここにエルコンドルパサーとヒシアマゾン、エアグルーヴが加わった! 他の面子はスローペース! いや、ハルウララもがんばっている!』

 

 うーむ……さすがに芝だとウララはきつそうだ。ちょっと本気を出し始めたシンボリルドルフより前を走っているが、あれはスタミナがもたんな……。

 

 ライスはシンボリルドルフの背後にぴったりとついている。短距離とマイルは捨てて、シンボリルドルフのマークの練習をしているようだ。シンボリルドルフはそれを受けて立つつもりなのか、敢えてライスを好きなようにさせている。

 

『ゴール! 1着はマルゼンスキー! やっぱり大人げない! 2着は1バ身差でタイキシャトル! 3着は1バ身差でキングヘイロー! 4着はクビ差でヒシアマゾン! 5着は半バ身差でエルコンドルパサー!』

 

 芝のマイル走になると、さすがにウララは5着に入れなかった。しかしそれでも14人中8着である。あとゴルシちゃん、言いたくなるのはわかるけどマルゼンスキーに大人げないって言ってやるな。

 

 シンボリルドルフと同様に()()()()()()()()()()のマルゼンスキーは、当然のように強い。というかマルゼンスキーは現役時代は無敗というぶっ飛んだ戦績のウマ娘だ。

 

 短距離でもマイルでも、キングが割と善戦している……というか、予想以上に喰らい付いている方がビックリなのだ。ただし、いくら格上が相手とはいっても負けたキングは悔しそうにしている。これは本番ではなく模擬レースだが、負ければ悔しいものなのだ。

 

 全員、全力で走っているわけではない。しかし、模擬レースで出せる限りの力を出して本気で走っている。8割程度の力だが、並のウマ娘なら余裕で置いてけぼりにできるぐらいの力は発揮しているのだ。

 

 マイル走を終えた各ウマ娘達は休憩がてらお互いに言葉を交わしており、レース中の殺伐さが嘘のように笑顔になっている。

 

 この場に集まっているウマ娘達はそれぞれがGⅠで勝利を挙げられるレベル、すなわちトレセン学園でもトップクラスのウマ娘ばかりだ。それぞれ戦績や得意な距離、得意な戦法は異なるが、良い機会だと捉えて積極的に意見交換している。

 

(でも、本番はここから……だな)

 

 短距離が得意なウマ娘というのは意外と少なく、マイルが得意なウマ娘も中距離が得意なウマ娘と比べれば少なかったりする。あくまで得意ではないというだけで、普通に走れるウマ娘は多いが、得意かそうでないかは大きな壁となって両者を隔てるのだ。

 

『さーて、そろそろ休憩も終わりだー。みんなお待ちかね――次は中距離レースだ』

 

 ゴルシちゃんがそんなことを言うと、それまでにこやかに笑顔を浮かべて休憩していたウマ娘達の雰囲気が一変する。

 

 ウマ娘達は相変わらず笑顔を浮かべてはいるものの、周囲に帯電するようなピリピリとした空気が漂い始めた。のほほんとしているのはウララやタイキシャトルといった、中距離以上のレースが苦手なウマ娘だけだ。

 

 各ウマ娘が、えー……笑顔からすっと音が立ちそうな速度で真顔になってますねぇ……いやぁ、怖いですねぇ。俺の近くで一緒に観戦していたダイヤちゃんが俺の背中に隠れたし、それまで楽しそうに見ていた観客達からも一瞬、声が消えて無音になったぐらいだ。

 

 中距離の模擬レースは2400メートルで設定してあり、その距離を得意とするウマ娘が多い。だからこそ、というべきか、ライスもキングもこれからGⅠレースにでも挑むんじゃないかってぐらい真剣な顔付きになっている。

 

 ウマ娘達はそれぞれ体操服を着ており、勝負服姿ではない。しかしその身に纏う空気は本気のものだ。あ、これ間違いなく全力で走る子が出てくるわ。というか、中距離が苦手な子以外、みんな全力出しそうだわ。

 

 バトル漫画だったら『ゴゴゴゴゴ……』とかフォントが踊ってそうな雰囲気である。端的に言って緊張感がヤバイ。

 

 さすがにゲートまでは用意していないが、それぞれ事前に引いたクジに従って順番に並んでいく。スタート地点にはスピカの先輩が、ゴール地点には肩身が狭そうに桐生院さんが立っている。先輩はともかく、桐生院さんは首に『ゴール』と書かれたプレートを下げていた。

 

『各ウマ娘、準備完了――スタートしました』

 

 スピカの先輩が右手を振り上げ、スタートの合図と共に下ろす。それと同時に各ウマ娘が一斉に飛び出し、ポジショニングを争って火花を散らし始めた。

 

『さあ、最初にハナを切ったのはマルゼンスキー。続いて先行組、シンボリルドルフ、ライスシャワー、トウカイテイオー、メジロマックイーン、エアグルーヴ、エルコンドルパサー、フジキセキ。そこから離れてキングヘイローとスペシャルウィーク、ハッピーミークが続く。後方に、ぽつんと一人、ヒシアマゾン。タイキシャトルとハルウララは最初からスローペースで走っている。本当に、ぽつんと一人、ハルウララ』

『タイキシャトルは中距離以上が苦手ですからねぇ……ハルウララはそもそもダートが主戦場のウマ娘ですから仕方ないです。そう考えるとシンガリはヒシアマゾンですが、彼女は追い込みを得意とするウマ娘です。あの位置は狙ってのものでしょう』

 

 俺がゴルシちゃんと一緒に実況と解説をしているうちに、レースはどんどん進んでいく。

 

『さあ、右回りの第4コーナーを抜けて最後の直線に入ってくる! 先頭は変わらずマルゼンスキー。しかし後方、『皇帝』が徐々にペースを上げている。それに待ったをかけるようにトウカイテイオーも上がってきているぞ! ライスシャワーは僅かに位置を下げた!』

 

 ん? ライスは中距離ではさすがにシンボリルドルフに勝てないと判断したのか? ギラギラと闘争心溢れる目でシンボリルドルフを見ながらも、少しずつペースを落としていく。

 

『残り200を通過! ここで来たぞシンボリルドルフ! マルゼンスキーをかわして先頭に躍り出た! それを追うようにしてトウカイテイオーが突っ込んでくる! しかし届くのか!? GⅠ五冠ウマ娘は七冠ウマ娘に届くのか!? 後ろからエアグルーヴ、そしてヒシアマゾンが上がってきているぞ! だが距離が足りないっ! 今、ゴール!』

『1着、シンボリルドルフ。2着が1バ身差でトウカイテイオー。3着が1バ身差でヒシアマゾン。4着がクビ差でエアグルーヴ。5着が2バ身差でマルゼンスキーという結果ですね』

 

 ううむ……さすがにシンボリルドルフは強いな。というか、シニア級すら卒業したごく一部のトップウマ娘が出走するドリームトロフィーに参加するようなウマ娘が混ざってるのは今更ながらにまずかったか。

 

 1着になったシンボリルドルフは観客の声援を当然のように浴びているが、それでいてどこか嬉しそうな顔でトウカイテイオーを見ている。割と接戦だったから、自分に追いついてきているウマ娘がいるのが嬉しいのかもしれないな。でもトウカイテイオーは悔しそうだ。

 

 中距離になると、さすがにキングも5着に入れなくなった。シニア級以上、それもトップクラスのウマ娘ばかりのため、9着になっている。ちなみにライスは7着で、ウララはぶっちぎりでドベだ。これは仕方ない。

 

 そして、休憩を挟んで今度は長距離の模擬レースになったのだが。

 

『ヒャアッ! もう我慢できねぇ! ちょっくらゴルシちゃんも行ってくる!』

 

 そろそろ走らせようかってタイミングで、やる気になったゴルシちゃんが実況席から走り出してしまった。それに気付いたスピカの先輩がため息を吐きながら頭に手を当てている。しかし止めずにゴルシちゃんを並ばせ、15人での出走になってしまった。

 

 仕方ない、俺一人で実況しよう……。

 

『緊急でウマ娘が一人参加いたします。15番、ゴールドシップ。各ウマ娘の準備が完了――スタートしました』

 

 長距離は右回り3000メートルと、菊花賞と同じ距離にしてある。長距離は短距離やマイルほど苦手なウマ娘が多いわけではないが、中距離と比べると得意なウマ娘がガクッと減る距離だ。

 

『ここでもハナを切ったのは逃げウマ娘マルゼンスキー。続いてシンボリルドルフ、ライスシャワー、ハッピーミーク、スペシャルウィーク、メジロマックイーン、トウカイテイオー、エルコンドルパサーと続きます。そこから2バ身離れてキングヘイロー。更に2バ身離れて実質シンガリ付近のゴールドシップとヒシアマゾン。エアグルーヴ、フジキセキ、タイキシャトル、ハルウララはスローペースで走っています』

 

 距離の適性が合わないウマ娘に関しては、無理をする場面ではない。そのため長距離でもスローペースで走っている。スローペースで走るならそもそも走らなくても良いのでは、と思わないでもないが、目の前で熱いレースを見せられたら参加だけでもしたくなるのだ。

 

 そういう意味ではサイレンススズカやグラスワンダー、ナリタブライアンの不参加組は走りたそうにうずうずしているのが見える。

 

『さあ、1周目を通過して2周目の第1コーナーへと差し掛かります。先頭は変わらずマルゼンスキー。しかしペースがやや落ちてきているか? それに続いて2バ身差のところにシンボリルドルフ、ライスシャワー、トウカイテイオー、スペシャルウィーク、ハッピーミーク、エルコンドルパサー、メジロマックイーン、キングヘイローの順。ゴールドシップとヒシアマゾンがシンガリ付近で……おっと、互いに睨み合いながら走っています。君達よくそれで走れるな』

 

 思わずツッコミを入れると、観客席から笑い声が上がった。ゴルシちゃんは何を考えているのか、ヒシアマゾンちゃんとメンチを切り合いながら走っているのだ。

 

 しかし……メジロマックイーンがずいぶんと後ろに下がっているな。差し狙いのキングとあまり変わらない位置まで下がっているが……故障ではなさそうだけど、走りに違和感がある感じか?

 

 俺はスピカの先輩へと視線を向ける。先輩も同じことを思ったのか、メジロマックイーンを見て眉を寄せていた。

 

 メジロマックイーンを止めるべきか、止めないべきか。いや、止めよう。そう判断した直後、メジロマックイーンはペースを上げて順位を上げていく。

 

(んー……走り方を見る限り、故障じゃないっぽいけど……足を溜めてただけか?)

 

 よくわからん動きだ。それでもあとで先輩が確認するだろう。そう判断した俺はレースの実況に戻る。

 

『残り600を通過。先頭は変わらずマルゼンスキー……おっと、入れ替わった! シンボリルドルフがここで動いた! 残り600で仕掛けてきたぞシンボリルドルフ!』

 

 マルゼンスキーは割と粘ったが、元々そこまで長距離が得意ではないからか残り600メートルの位置で捕まってしまった。

 

 シンボリルドルフがマルゼンスキーをかわし――それと同時に、自身をマークしているライスへ視線と何かしらの言葉を向けた。

 

 ――勝負だ。

 

 多分、雰囲気からしてそんな感じの言葉をかけたのだろう。俺のライス相手に、ようも言うたのう……!

 

『さあ、上がってきたのはシンボリルドルフだけではない! ライスシャワーもぐんとスピードを上げた。長距離GⅠを制覇したウマ娘二人による一騎打ちだ! それに続くウマ娘はいるのか!?』

 

 3000メートルはトウカイテイオーにとってもさすがに長い。だからライスと双璧を成すステイヤーのメジロマックイーンが上がってくる……と、思ったんだが。

 

(足が伸びてないな……疲労が溜まってるのか?)

 

 全力を出していないし、休憩を挟みながらとはいえ、模擬レースを連続でやっているのだ。メジロマックイーンの動きが精彩を欠いてもおかしくはない。

 

『と、思っていたら来たぞ! 今年のダービーウマ娘、スペシャルウィークだ! それに釣られるようにしてキングヘイローも上がってきた! ハッピーミークも加速している! シンガリ付近の二人は届くのか!? いや、まだ睨み合っている!』

 

 やる気が出たと言って参加したゴルシちゃん、君は何をしたいのか。

 

『残り400! 最後の直線で競い合っているのはシンボリルドルフとライスシャワー!  そして3バ身後方にスペシャルウィークが上がってきている! トウカイテイオーも上がってきた! しかし届くのか!?』

 

 長距離も適性の差が出た形で推移しつつある。その中でもシンボリルドルフとライスの二人が先頭を争うようにして競り合っているが、中距離で本気を出していた分、シンボリルドルフの方がやや不利か。

 

 と、思っていたら、視界の隅に高速で駆けるウマ娘の姿が映った。 

 

『んんっ!? ここで上がってきたぞゴールドシップ! まるでワープしたかのように、一気に順位を上げている!』

 

 つい数秒前までヒシアマゾンと睨み合っていたゴルシちゃんが、一気にペースを上げていた。長距離が苦手なウマ娘を除けばシンガリ付近にいたというのに、5、6番手の辺りまで順位を上げている。隣に並ばれたミークがぎょっとした顔をするのが見えた。

 

『残り100! 先頭は相変わらずシンボリルドルフとライスシャワーが争っているがどちらが勝つかって言ってる間にゴール! もつれあうようにしてゴール! そして3着にゴールドシップ! 4着にトウカイテイオー! 5着はスペシャルウィーク!』

 

 そう叫びつつ、俺はゴール地点に立っている桐生院さんへ視線を向けた。桐生院さんの判定は……あ、距離が近くて逆にわからなかったパターンだな、あれ。

 

 俺は東条さんにも視線を向けるが、東条さんでもわからなかったのか首を横に振っている。ええい、仕方ない。

 

『えー、写真判定ができないので1着はライスシャワーとシンボリルドルフの同着といたします!』

 

 俺がそう宣言すると、観客から大きな歓声と拍手が沸き起こる。俺としては締まらない結果だと思ったが、ゴールを通過したライスが小さくガッツポーズを取っており、シンボリルドルフが頭を振っているのが見えた。

 

 ――二人の間では、勝敗がついていたのか。

 

(でも、中距離までのレースで力を温存しつつシンボリルドルフをチェックしていたライスと、中距離でトウカイテイオーと競ったシンボリルドルフ……次は正式なレースの場で戦わせてやりたいな)

 

 俺はそう思いつつ、キングにも視線を向ける。

 

 キングは中距離よりも順位を上げて6着になっている。入着ではないが、ゴールを通過したキングは自分の体を見下ろし、驚いたような顔をしていた。多分、長距離でも問題なく完走できたことに驚いているのだろう。俺もその仕上がりに驚いている。

 

(でも、スペシャルウィークとは3バ身近い差がついてるな……距離適性の差だろうけど、それをどうやって埋めるか……)

 

 キングは長距離でも走れるのだと言わんばかりに拳を握り締めている。あとは10月後半の菊花賞に向けて、どこまで伸ばせるかだ。まあ、キングの場合はその前にスプリンターズステークスが待っているが。

 

 なお、最後に行われたダートのマイル走1600メートルはウララとエルコンドルパサー、タイキシャトル、ハッピーミークの4人による争いになり、こちらはウララとエルコンドルパサーが同着で1着になったのだった。

 

 

 

 

 

 こうして、合宿終盤に企画された模擬レースは終わりを迎えた。

 

 あとは三日ほど仕上げにトレーニングをして、トレセン学園へと帰ることになる。

 

 GⅠ含む多くの重賞が待っている秋が、迫りつつあった。

 

 

 




今日のミーク

桐生院「ミーク! ミーク! キタルファのトレーナーさんが模擬レースに誘ってくれたんです! 出ますよね?」
ミーク「今から……ですよね?」
桐生院「……? いえ、模擬レースは合宿の終盤の予定なので、まだまだ時間がありますよ」
ミーク「え? うそ……本当、ですか?」
桐生院「ええ! それに模擬レースの相手はなんと、チームリギルにチームスピカ、そこにチームキタルファも参加するそうです! あのシンボリルドルフが相手とか燃えますね! 勝ちましょうね、ミーク!」
ミーク「…………」

 ハッピーミークはきらきらとした目で見てくる己のトレーナーの姿に、『無理』という言葉を飲み込んだ。
 ハッピーミークはその日、一つ大人になった。
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