リィンカーネーションダービー ‐新人トレーナーがんばる‐ 作:烏賊メンコ
夏の合宿も終わり、俺とウララ達はトレセン学園へと帰ってきた。
合宿の結果は上々で、事前に立てた予測よりも良い結果になったと自負している。特にキングの成長が著しく、抽選で漏れなければ9月後半に出走させたいスプリンターズステークスでも良い結果が出せるのではないか、なんて思っている。
ウララもライスも、トレセン学園でトレーニングをしていた時よりも更に成長した。ウララは成長が鈍化しつつあり、ライスも成長の限界が近付きつつあるが、それでもまだ、しっかりと伸びている。
それらを思えば、合宿を開催して正解だったと断言できるだろう。チームキタルファ、チームリギル、チームスピカにミークを加えた模擬レースも、開催して良かったと言える。
模擬レースに関してもキングの仕上がりが確認でき、俺としても大満足だ。
うん、合宿も模擬レースも大満足の結果に終わった――のだが。
「確認ッ! 合宿期間中は本当に、きちんと休んだのかっ!」
「トレーナーさん、怒らないから正直に話してくださいね?」
合宿から戻って翌日出勤するなり、朝一で理事長室に呼び出されているトレーナーがいた。というか、俺だった。信用がなさすぎて涙が出そう。
「たづなさんには毎日報告書を送信してたじゃないですか……ちゃんと休みましたよ? いやぁ、温泉っていいもんですねぇ。癒されました」
温泉にマッサージチェアに旅館の食事で上げ膳下げ膳にウララセラピーと、帰りたくなかったぐらいだ。俺がそう伝えると、理事長もたづなさんも顔を見合わせてから疑うような目を向けてくる。
「本当ですか? ハルウララさん達に確認しても問題ないですか?」
「ええ、構いませんよ」
後ろめたいことなんて何もない。だからこそ俺は自信満々に頷く。ウララセラピーで癒されたし、睡眠時間もトレセン学園で働いている時より確保できたほどだ。いやまあ、それは合宿期間に回ってくる仕事が減ってたからなんだけど……。
「本当に無茶はしていないんですね?」
「ええ、もちろんです」
「そうですか……」
たづなさんは納得したように頷く――と、おや? 何やら机に置いてあった新聞を手に取ったぞ?
「では、海で溺れたウマ娘を助けたのは無茶ではないと?」
そこには海で溺れたダイヤちゃんを救出したことで、地元の消防から表彰される俺の写真が載っていた。うーむ、写真写り良くないな、俺。
「トレーナーですからね。溺れたウマ娘を助けるのは当然ですよ。それに、どのあたりで溺れたか直前まで見えてたんで、無茶ってほどでもないですし」
ライフセイバーに任せた結果、溺れて暴れるダイヤちゃんパンチで骨折、なんてことになったらダイヤちゃんもショックを受けるだろう。というか、救助が間に合わなかった可能性もある。
「ふぅ……いえ、わたしも助けるな、なんて言いません。報告書は受け取っていますし、ビックリしたっていうのが本音です。でも、何かあればハルウララさん達も、もちろんわたし達も悲しみます。それは覚えていてください」
「はい」
俺は素直に頷く。ダイヤちゃんだから助けられたけど、これがもっと大人のウマ娘だったら抱えて岸まで泳ぐのは難しかったかもしれないしな。というかダイヤちゃん以上に大暴れして、殴られでもしたらさすがにきつい。
そんなことを考えていたら、たづなさんがにっこりと微笑んだ。
「では最後に……チームリギルやチームスピカ、ハッピーミークさんと合同で開催した模擬レースに関してですが、こちらも事前に報告があったのでトレセン学園としては問題ありません。ただ、困った事態になっていまして」
「と、仰いますと?」
何かあったんだろうか? 俺が首を傾げていると、たづなさんは頬に手を当てながらため息を吐く。
「模擬レースを見ていた観客の内、数十人がインターネットに動画をアップロードしまして……いえ、それ自体は良いんです。そういったのも込みでのウマ娘のレースですから。ただ、こちら側で撮影していたレース映像に関して、テレビ局から是非とも使用したいという申し出がありまして……」
グラスワンダーやナリタブライアン、サイレンススズカが撮影していたビデオ映像のことだろう。観客はスマホで撮影していたが、こちらはしっかりとしたビデオカメラを使っての撮影だ。そのためテレビ局から映像が欲しいと言われても、そうなんだな、ぐらいにしか思わない
何か問題があったっけ? なんて考える俺だったが、たづなさんは困ったように言う。
「トレーナーさんが実況をしているところも込みで使用したいそうです。問題ないですか?」
「んんっ……アレ込みで、ですか……」
たづなさんの話は、俺に確認するのも当然の内容だった。
ゴルシちゃんと一緒に普段のノリで実況と解説をしていたが、アレを使って良いかと言われると恥ずかしい……いや待て、模擬レースとはいえライスがシンボリルドルフと同着になったシーンをお蔵入りさせるのは、勿体ないのでは?
俺のライスが『皇帝』と互角、いやさ、見る人が見れば勝っていたって思ってくれる映像だぞ? シンボリルドルフが中距離のレースで疲労していた面もあるけど、ライスが活躍した映像……ダートのレースだとウララも活躍した映像……キングもマルゼンスキー相手に喰らい付いてたし……。
(ま、いいか……トレーナーの実況を気にするウマ娘ファンはいないだろ)
そんなことより、ウララ達の人気が出てくれた方が嬉しい。あと、ライスの場合グッズを販売してるし、売上につながったらライスの懐が温かくなる。
どれぐらい先になるかわからないが、あの子がレースを引退したあと生活に困らないようになるのなら俺としても願ったり叶ったりだ。まあ、ライスは今の時点で通帳に9桁の数字が記載されているが……金は多くあった方が良いのだ。
「……よし、別に構いませんよ」
あれこれと考えた俺は、承諾するように頷く。すると、理事長とたづなさんは微妙そうな顔をした。
「ありがとうございます……ところでこれは興味本位からの質問なのですが、トレーナーさんはインターネットで自分の評判を確認したりはしますか?」
「え? 私のですか? ウララ達の評判ならともかく、トレーナーの評判を確認して何の意味があるんです?」
東条さんやスピカの先輩ならともかく、こっちは新人ぞ。というかトレーナーを批評してどうなるの? あ、育成手腕に関して批評されるのか? それなら気になるかも……。
「……いえ、何でもありません。気にしないでください」
俺が不思議そうに尋ねると、たづなさんは話を切り上げる。俺はそれに首を傾げながらも、理事長室を退室する。
(インターネットで何かあるんだろうか……)
そして俺はスマホを取り出すと、『チームキタルファ トレーナー』と打ち込んで検索する。だが、以前乙名史さんの取材を受けて月刊トゥインクルに載ったことや、チームキタルファのチーム成績などをまとめたファンサイトしか出てこない。
ファンサイトがあること自体ビックリだったが、内容を確認してみるとウララやライス、キングが所属していて、それぞれがどんなレースに出て何戦何勝か、という情報がまとめられているぐらいだ。
(うーん……特に何もない、よなぁ……)
ダイヤちゃんを救出した件で表彰を受けたことも地方のローカルニュースとして表示されるが、特におかしな部分はない。そのため俺は首を傾げると、スマホをポケットに入れて歩き出すのだった。
さて、合宿が終わって9月である。
夏季休暇も終わってウララ達は通常授業プラストレーニングという生活に、俺はトレセン学園からの仕事プラスこれまで同様の研究にと、慌ただしい日々が戻ってきた。
9月後半にはキングを出走させてみたいスプリンターズステークスの申請もあるし、合宿でウララ達の身体能力が伸びた分、トレーニングメニューの再検討をする必要もある。
やることは山積みで、しかし前に進んでいるという実感があるからこそ手を抜けない。もちろん、手を抜くつもりもない。
だから俺がうっかり昼飯を買ってくるのを忘れたのも、手を抜くつもりがあったんじゃないんだ……合宿で毎食上げ膳据え膳だったから、自分で用意するという思考が抜け落ちていただけなんだ……。
普段はコンビニ弁当だが、合宿で色々と美味しいものを食べたせいか、コンビニ弁当じゃ物足りない。そのため昼食の用意を忘れたことに気付いた俺は弁当屋に注文し、トレセン学園の正門まで取りに行く。
配達はしてくれるが、さすがにトレセン学園のチームキタルファの部室まで届けてほしい、なんて言っても通じないのだ。わざわざ配達に来てくれた人が長時間トレセン学園の中で迷ってしまえば申し訳ない。
俺は肉と野菜がたっぷりなスタミナ弁当と野菜ジュースを買うと、金を払って部室へと戻ろうとする。しかし、遠目に見知ったウマ娘が歩いているのに気付き、俺はそちらへ視線を向けた。
食堂へ移動しているのか、渡り廊下を歩いているのはメジロマックイーンだ。しかし、その歩き方を見た俺は眉を寄せる。
(……ん? んん?)
一見すると普通に歩いているが、時折、無意識なのか左足を少し庇っているような……?
「メジロマックイーン!」
疑念が湧いた俺は、すぐにその場で声を上げていた。メジロマックイーンは俺の声に反応してウマ耳をピクリと動かすと、俺に視線を向けて優雅に一礼する。
「あら、チームキタルファのトレーナーさん。私に何かご用ですか?」
そう言って微笑むメジロマックイーン。そこには思わぬ人物に声をかけられた、という驚きはあっても、拒絶するような雰囲気はない。
「用というか……左足、どうかしたのか?」
俺がそう尋ねると、メジロマックイーンは怪訝そうに眉を寄せる。
「ここ最近、うちのトレーナーにも同じことを毎日聞かれますけど……何か変ですか? 特に痛みとかもありませんよ?」
(痛みがない? ということは気のせいか? いや、でもなぁ……)
メジロマックイーンの返答を聞き、俺は首を傾げた。勘違いなら良いのだが、勘違いでなかった場合、見過ごしたと後悔しそうだ。
「歩様が少し変だったぞ。自覚症状がないだけで、何かあるかもしれん」
「私が、ですか……?」
メジロマックイーンはきょとんとした顔付きになる。去年骨折したメジロマックイーンは、その治療のために長期療養を行っていた。そしてようやく復帰し、春のシニア三冠を賭けてうちのライスやライバルのトウカイテイオーと競っていたわけだが――。
(合宿で疲れが溜まってる可能性もあるからな……)
故障しているかもしれない、なんて他所のウマ娘に担当以外のトレーナーが言うのは、割とグレーゾーンだ。それが強いウマ娘となると、レースに出ないよう手を回しているように取られる可能性もある。
それでも放っておくわけにもいかず、俺はメジロマックイーンの傍で片膝を突いた。
「触診してもいいか? 何かわかるかもしれない」
「触診って……ここで、ですか? あの……さすがに恥ずかしいと言いますか、周囲の目もありますが……」
「靴と靴下を脱がして、左足を確認するだけだ」
俺が真剣な顔をして言うと、メジロマックイーンは困ったように視線を彷徨わせる。しかし俺が本気だと悟ったのか、最後にはため息を吐いた。
「もう……そこまで心配されては断れませんわ。いえ、触診して良いという意味ではないですが……今日のトレーニングは休んで、メジロ家の主治医に診てもらいます。それでよくって?」
「ああ、もちろんだ」
メジロ家お抱えの医師なら、俺よりも正確に診断してくれるだろう。そう判断した俺が立ち上がると、メジロマックイーンは苦笑を浮かべる。
「悪い意味に捉えてほしくないのですが、担当しているウマ娘のライバルをそこまで気遣うのはどうかと思いますよ? いえ、心配されて嬉しくもあるのですが」
「担当がどうこう言う前に、俺はトレセン学園に雇われているトレーナーだからな……あっ、これトウカイテイオーにも言った気がする」
「テイオーに? ああ……そういえば、テイオーがうちのトレーナーに強く叱られていたことがありましたね。うちのトレーナーも心配していましたし、主治医に診せるのに丁度良いタイミングだったのかしら」
ウマ娘としては、自分の体に何かしら不調があると信じるのは難しいだろう。それでもスピカの先輩と、たまたま通りがかっただけの俺に指摘されたことでメジロマックイーンも主治医に診せる気になったようだ。
それでも半信半疑……いや、九割九分、何もないと思っている感じがする。
「君は俺のライスと秋のシニア三冠を競う相手だ。レースに出るのなら、万全の状態の君に勝ちたいしな」
そのため俺がそう言うと、メジロマックイーンは数回瞬きした後に柔らかく微笑んだ。
「まあ……そう言われては、私も万全で挑まなければなりませんね。テイオーにライスさん……ふふっ、メジロ家の娘として、強いライバルと競い合うためにも大人しく診察を受けてきます」
「そうしてくれ。そんで、俺や先輩が心配性だったって笑ってくれよ」
「ええ。そうさせていただきます。それでは失礼しますね」
メジロマックイーンは優雅に一礼すると、俺の前から去っていく。それを見送った俺は、何もなければいいが、と祈りながらその場を立ち去るのだった。
――だが、祈りは届かなかった。
いや、半分ぐらいは届いたのかもしれない。
今日のトレーニングを終え、部室で今日の分の日報を作成していると、暗い顔をしたスピカの先輩が部室を訪れたのだ。
「よう……今、いいか?」
「ええ……何かありましたか? メジロマックイーンの件ですか?」
俺は椅子から立ち上がりつつ、そう尋ねる。先輩はソファーにどっかりと腰を落とすと、大きなため息を吐いた。
「お前さんが昼間に注意してくれたんだってな? 俺も毎日注意してたんだが、今日、メジロ家の主治医に診せたらしい……少しばかり厄介な炎症を起こしていたそうだ」
「厄介な炎症? まさか……」
俺の脳裏に二つばかりウマ娘が発症し得る症状が思い浮かぶ。しかし先輩は苦笑を浮かべると、首を横に振った。
「いや、
腱鞘炎は人間でもパソコンなどをよく使っているとなりやすい。というか俺も仕事に追われているとよくなる。
ウマ娘の場合、やはり足に負担がかかるため腱鞘炎を起こしてもおかしくはない。しかし、腱鞘炎は屈腱炎の前駆症状として現れることがあるため注意が必要だ。
繫靭帯炎も屈腱炎も、ウマ娘が発症すれば致命的な症状である。日常生活を送れないほどではないが、レースで全力疾走することはできなくなるほどの重症である。
そうではなかったことに俺は安堵しつつも、先輩の表情からあまり芳しくないのか、と判断する。
「……
「とりあえず安静にして経過観察……秋の天皇賞には間に合わないかもしれない」
「そう、ですか……」
先輩の話を聞いた俺は、思わず肩を落とす。走れないことはないだろうが、無理をして屈腱炎にでもなったらウマ娘として終わりだ。今の時点で気付けたのは、まだ運が良かったと言える。
「無理はしないよう、メジロマックイーンに伝えてください」
何故先輩がわざわざ伝えに来たのか、なんてことは聞かない。メジロマックイーンから俺の話を聞いた以上、伝えに来るのが筋だと先輩は思ったのではないか。
「おう……そっちも気を付けろよ。故障ってのはしてからじゃ遅いからな」
「ええ、今まで以上に気を付けますよ」
俺が頷くと、先輩はソファーから立ち上がる。そして部室から出て行く――その前に、振り返って俺を見た。
「テイオーの分といい、借りが二つになっちまったな……まだ返せてないってのに」
「それならこの前の模擬レースの分でチャラってことで。チームリギル対うちのチームプラスハッピーミークとか、さすがに厳しすぎましたし」
「俺のところも助かったからチャラにはしねえよ。ま、何か困ったことがあったら相談してくれ。金と女以外の相談なら乗ってやれるからよ」
最後にそう言って、先輩は部室を出て行く。俺は仕事用の椅子に腰をかけると、深々とため息を吐く。
「メジロマックイーン……マジかよ……」
案外あっさりと完治するかもしれないが、足の筋肉や関節に継続的に負担を与え続けるウマ娘は骨折や炎症を起こしやすい。俺も普段から気を配り、毎日のように状態をチェックしてはいるが、発症する時は発症してしまうのだ。
かといって負担があまりかからないようなトレーニングでは、当然ながらウマ娘としての能力もあまり伸びない。
俺なりにウララ達が故障しないよう、体を丈夫にしつつ身体能力も鍛えられるようトレーニングメニューを組んでいるが、やはり軽度の炎症ぐらいなら起こる。いくら注意していても起こってしまう。
俺がウララ達に課すトレーニングは、人間が筋トレをする時と似たような感じだ。今日は腕の筋肉、明日は腹筋、明後日は足の筋肉、みたいな感じで日ごとに重点的に鍛える筋肉を変えて、
要はバランス良く鍛えれば負担も分散されるだろう、というシンプルな理論だ。あとは実際についた筋肉を触診で確認しつつ、バランスを取るようにしている。
ただ、気を付けていても足――特に足首の関節などに負担がかかってしまう。ウマ娘の場合凄まじい速度で走るため、かかる負担も人間の比ではない。その分、体が頑丈ではあるが、下手するとサイレンススズカのようにいきなり粉砕骨折することもあり得る。
「…………」
俺は再度ため息を吐くと、スマホを取り出す。時刻は19時過ぎと、まだそれほど遅くない。
ウララ達……いや、少なくともライスには伝えておくべきだろう。ライスにとってメジロマックイーンはライバルの一人で、春のシニア三冠の冠を一つずつ分け合った相手の一人だ。
(……いや、全員に注意を促しておくか)
体に痛みや違和感があればすぐに報告するよう普段から徹底しているが、こういう事態が起きた以上、改めて言い含めておいた方が良いだろう。
そう判断した俺はウララとライス、キングに電話をかけ、事の次第を説明して注意を促すのだった。
メジロマックイーンの故障は、とりわけライスに大きな衝撃を与えた。
ライスとしてはライバルの一人であり、何度もレースでぶつかった相手である。しかし療養を行うメジロマックイーンに俺達ができることは少ない。精々見舞いの品を渡すぐらいで、チームも違う以上、世話を焼くこともできない。
俺はこれまで以上にウララ達の体調管理に気を払いつつ、しかしそれで成長できなくなっては意味がないと相変わらずギリギリのところまで追い込む日々を送る。ただ以前以上にチェックは念入りに行うようになった。
故障を恐れるあまり縮こまるような真似は、一度やれば十分だ。もちろん故障は怖いが、故障しないよう注意し続けていれば可能性は確実に下がる。
そんなこんなで秋のレースに向けてウララ達を鍛えに鍛えていく日々だ。真夏は過ぎたものの、まだまだ暑い日が続いているため熱中症にも注意しながらのトレーニングである。
直近のレースはキングのスプリンターズステークスが控えている。ただし、シニア級も出てくるレースのため収得賞金の関係で多分抽選になる……と、思っていたのだが。
(うーん……普通に出走表が届いたな……)
ありがたいことに、キングはスプリンターズステークスへの出走が可能となった。
というか、芝の短距離を主戦場にしているウマ娘で収得賞金が高い子があまりいなかった……短距離
クラシック級オンリーな中距離2400メートルの神戸新聞杯、それに中距離2200メートルのセントライト記念、クラシック級シニア級を問わず出走可能な中距離2200メートルのオールカマー。他にもオープン戦のポートアイランドステークスが9月後半にある。
そのためか、あるいはキングの収得賞金の5000万円弱に届かないウマ娘が多かったのか、スプリンターズステークスへの出走が叶ったのだ。
ただし、出てきた相手に俺は思わず苦笑を浮かべてしまう。
(ま、出てくるわな……)
受け取った出走表にあったのは、チームリギルのタイキシャトルの名前である。
夏合宿の模擬レースでは短距離のレースでキングと競い、1バ身差でキングが勝った。スプリンターズステークスは1200メートルのため、模擬レースの結果通りになるならキングが勝つだろう。ただし、本番レースと模擬レースは相手の気合いのノリも違う。そう簡単にいくとは思えない。
他に注目しているウマ娘はいないが、シニア級が多く出てくるため油断はできないだろう。ミークが出てくるかと思ったが、菊花賞に向けて調整しているのかもしれない。
というか、短距離のGⅠであるスプリンターズステークスに出して、そこから長距離のGⅠである菊花賞にも出そうとしているうちのチームがおかしいのか。
でも、キングはそれを可能とする才能があり、その才能に見合った努力をしているわけで……菊花賞が勝てるかは、まあ、相変わらず微妙そうなところだが、勝負にはなる水準まで鍛えられると思う。
それでもまずは、目の前のスプリンターズステークスだ。俺はその後、放課後になって部室に現れたキングに出走が決まったことを伝え、最後の調整に入るのだった。