リィンカーネーションダービー ‐新人トレーナーがんばる‐ 作:烏賊メンコ
キングのスプリンターズステークスは1着に終わった。
そして今、ウイニングライブのセンターで歌って踊るキングをウララやライスと共に眺め、俺はサイリウムスティックを振り回して盛り上げてきたのだが、ウイニングライブが終わって控室で着替え終わったキングのテンションが普段と全然違う。
「おーっほっほっほ! さあ、キングの帰還よ! 褒め称える権利をあげるわ!」
左頬に右手を当てつつ、おほほ笑いを披露するキング。おお、こんなキングを生で見るのは初めてかもしれん。以前は電話越しでたまに聞いてたんだが。
「よっ! さすがキング!」
「キングちゃんすごーい!」
「すごかったよ、キングちゃん」
俺もウララもライスも、素直に祝福した。するとキングはますますテンションを上げていく。
「ええっ! このキングを! もっと褒め称える権利をあげるわ!」
どうやらもっと褒めろということらしい。初のGⅠでの勝利だからね、仕方ないね。
「いよっ! キングは日本一! 最強スプリンター!」
「キ・ン・グ! キ・ン・グ!」
「…………」
テンポよく手を叩きながら褒め称える俺と、そんな俺に合わせてキングコールを始めるウララ。しかしライスだけはにっこりと微笑み、小さく首を横に倒した。
「キングちゃんが勝って、ライスも嬉しい――でも慢心は駄目だからね?」
「……はい」
釘をさすような一言に、キングは借りてきた猫のように大人しくなる。普段から
それでもライスはキングの前に立つと、背伸びをしてキングの頭に手を伸ばす。そして柔らかい、暖かな笑みを浮かべた。
「でも、キングちゃんが勝って良かった……本当に、よく頑張ったね」
「っ……」
頭を撫でながら優しい声色で褒めるライスに、キングは小さく息を呑んだ。そして瞳を潤ませると、レースの時やトレーニングの時は一切下げようとしない顔を俯かせる。
(ライス……ふふっ、俺が改めて褒める必要はないかな、こりゃ)
そんなライスとキングのやり取りに、俺は笑みを深めた。ライスは俯いたキングの頭を抱き寄せると、前言通り『いいこいいこ』と言わんばかりに優しく撫でる。
ウララやキングと違って唯一高等部で、しかしキングと比べれば小柄なはずのライスがこの時ばかりはチームキタルファのリーダーとして、年長者として映る。
(あのライスがなぁ……)
自分が悪い、自分のせいで不幸になるだなんて言っていたライスが、後輩であるキングを抱き締めてあやすように背中を叩いている。その光景を見るだけで俺は自然と笑みを浮かべてしまうというものだ。あと涙腺が緩みそう、いやもう緩んだ。
キングはしばらくライスに抱き締められていたが、やがて恥ずかしそうに顔を赤らめながらライスから離れる。次はウララが突撃して抱き着くか、それともやっぱり俺も褒め倒そうか、なんて思っていた時だ。
キングのポケットからスマホが振動する音が聞こえた。それに気付いたキングは表情を硬くすると、スマホを取り出して表示されている名前を確認する。そして俺の方に視線を向けてきたため、電話を取っても構わないといわんばかりに俺は頷いた。
「はい、もしもし……」
キングは俺達から距離を取りながら電話に出る。相手は多分……いや、確実にキングの母親だろう。まるで見計らったかのようなタイミングで電話をかけてきたものだ。
(多分、ウイニングライブが終わったタイミングを狙ってかけてきたんだろうな……)
キングの母親も元々はレースで走っていたウマ娘である。レースの後のウイニングライブがどれぐらいの長さかも熟知しているだろう。あとは
つまり、キングの母親はそれだけキングの動向を逐一チェックし、なおかつ深い理解があるということでもあるのだろうが……。
ウララとライスは不思議そうな顔をしながらキングを見ている。キングは電話越しに数度言葉を交わすと、それまでの嬉しそうな表情を一変させて眉を吊り上げた。そしてスマホに表示されたボタンを画面が割れんばかりの力で連打すると、通話を切ってスマホをポケットに叩き込む。
「まったくもうっ! まったくもうだわっ! お母様は水を差すようなことばっかり!」
「おふくろさん、なんだって?」
キングの反応から間違いないな、なんて思いながら俺は尋ねる。電話越しに言われた言葉に、多分、間違いはないなと考えながら。
「GⅠで勝ったのなら満足でしょう? それを良い機会だと思って家に帰って来なさい、ですって!」
そう言って地団駄を踏むように憤懣やるかたない様子で頬を膨らませるキング。そんなキングの様子と言葉から何があったのかと悟ったのか、ウララは悲しそうに眉尻を下げ、ライスは逆に怒りを抱いたように眉を吊り上げる。
ライスにとって、キングは可愛い後輩だ。親友のウララとは違った意味で大切にしているし、色んな意味で可愛がっている。今しがたのキングを抱き締めた姿を見れば、それは嫌でも理解できるというものだ。
ライスがキングに向かって一歩を踏み出す――その前に、俺はライスの頭をポンと叩いた。
「キング」
「……何よ」
キングは拗ねたようにそっぽを向く。せっかくGⅠのスプリンターズステークスで勝ったというのに、言葉にした通り水を差された気分なのだろう。俺はそんなキングの傍に歩み寄ると、少しばかり膝を折ってキングと目線の高さを合わせた。
「キング、お前さんの気持ちもわかる……けど、おふくろさんを憎く思ってやるな」
「……何ですって?」
キングが愕然としたように、不満そうに俺を見る。きっとキングは俺が味方してくれると思ったのだろう。うん、俺はキングの味方だ。それは間違いない。だけどまあ、
「俺は親になったことはない。だから聞きかじりでしかないけど、親ってのは子供に苦労してほしくないんだよ」
俺は前世を含めて自分の子どもを持ったことがない。しかし、キングの母親の話しぶりを伝え聞いた限り、思うところがある。
「不思議なもんで……いや、ある意味当たり前なんだが、自分の子どもには
「…………」
俺の言葉にキングは無言で何も言わない。頷くこともせず、ただじっと耳を傾ける。
大人だって子どもだった頃があるはずなのに、何故
だが親からすると、かつて子どもだった頃の苦い経験があるからこそ、自分の子どもにはその轍を踏まないようにさせたいと願うものなのだ。
中にはどんどん失敗しろ、子どもは千尋の谷に落とす、なんてスタイルの親もいるだろうが、キングの母親はそうではなさそうだ。いや、敢えて厳しく接しているのかもしれないが、どうにも不器用さが見え隠れしているように思える。その辺りはキングの母親なんだな、と思ったりもするが。
キングの母親はアメリカのGⅠで7勝した稀代のウマ娘だ。そんな母親に憧れ、同じような道を歩もうとすればどれほどの苦労が待っているか。
ウマ娘として尋常ではない天賦の才を持ち、なおかつ並外れた努力を重ね、更に天運を引き寄せるような者でなければ歩めない道程だろう。
キングの母親はそれがどれほどの苦難の道か知っている。だからこそ母親に憧れ、母親のように一流のウマ娘になると思い定めたキングをどのように見てしまうか。
俺はキングに並のウマ娘を遥かに上回る才能があると思っている。そしてどんなに苦しくて辛いトレーニングだろうと愚痴も弱音も吐かず、懸命にこなす根性があることも知っている。
ただ、同期のウマ娘に綺羅星のような才能の持ち主が多くいることは、キングの母親にとって見逃せない要素なのではないか、なんて思う。
「……それじゃあ、あなたはお母様の方が正しいって言うの?」
俺の話を聞いていたキングが、拗ねたように尋ねる。そっぽを向いて、不服そうに眉を寄せて。そんなキングに俺は小さく笑みを浮かべた。
「いや? それとこれとは話が別だな」
そもそもこういった話に正しいだとか正しくないだとか、そんなものはないのだ。本人に確認したわけではないためあくまで俺の推測に過ぎないが、どんな形だろうとキングが傷つかないよう心配するキングの母親の気持ちもわからんではない、という話である。
それと同時に、そんな母親からの心配――という名のキングからすればお節介、あるいは嫌味の言葉は、キングには届いていないわけで。
親子なんだから腹を割って話せと勧めようにも、俺の推測が間違っていてキングの母親が本心からキングを連れ戻したいと考えていた場合、親子関係に致命的な傷が入りかねない。
トレセン学園への進学を許可している以上可能性は低いだろうが、同世代の面子を見てキングを連れ戻そうと思っているかもしれない。その辺りは本人でなければわからない。
だから俺がキングに言えることは、一つだけだ。
「だってさ……キング、君がおふくろさんの言うことに従ってトレセン学園を辞めて家に帰ったとするだろ? その場合、どう思う?」
「どうって……」
「後悔しないか? 他のウマ娘が……スペシャルウィークやエルコンドルパサー、グラスワンダーやセイウンスカイ、それにウララが活躍しているところをテレビとかで見て、なんで自分はあの場に立っていないんだろう、なんて思うんじゃないか?」
「…………」
俺がキングの立場なら絶対にそう思うだろう。
何の因果か転生なんてして二度目の人生を送っているのが俺だ。そんな俺でさえ、後悔の連続なのだ。
学生レベルでは秀才になれても、もっと努力できたんじゃないか、諦めなければ高校は無理でも中学までなら勉強やスポーツでトップの成績を狙えたんじゃないか、なんて後悔するし、ウララ達がレースで負ければもっとできることがあったのでは、と後悔する。
後になってから悔やむと書くだけあって、その当時は全力で取り組んでいても後々になるともっと何か出来たんじゃないか、と思うのだ。
というか、ないと思うし俺も全力で止めるが、キングが電話での話を受け入れて本当に実家に帰ったとして、キングの母親はどうするつもりなのか。それを思えばキングを敢えて反発させて奮起させていると考える方が無難だろう。
憧れている自身の母親から冷たい言葉を投げかけられるキングの心情を抜きにすれば、だが。
「おふくろさんの気持ちもわかる……でも、俺はそれ以上に君の気持ちを尊重したい。君が望むのなら、もっと強くなれるよう俺も一生懸命サポートをする。その上で君がどうしたいかだ」
だから、正しいとか正しくないとかは抜きにして、俺はキングの肩を持つ。俺はこの子のトレーナーだ。この子が望むよう、後悔しないよう鍛えていく。
その上でキングの母親が口を閉ざすような結果をキングに出させることができればいいのだが……。
(いや、キングは合宿でも全力だったし、普段から少しでも強くなろうって頑張ってる……だからあとは俺次第。結局はそこに戻ってくるか……)
やっぱりトレーナーという職業は責任重大だ。昔の俺が最初からそれを知っていれば、目指すことはなかったんじゃないか。
今はもう、自分が育てたウマ娘がレースで勝ったり負けたりする楽しさや嬉しさや悔しさで、トレーナーという職にどっぷり頭まで浸かってしまったが。
キングが強くなりたいと願う以上、俺としてもそれに応えるだけだ。ただ、キングとキングの母親の不仲のことも気にかかるが、今はそれよりもするべきことがある。
「というわけで、どっちが正しいじゃなくておふくろさんの話もその裏側の思いを読み取ってみよう、って話だ……で、俺達は俺達なりにやっていく。差し当たっては……まずはキングがGⅠで1着を獲ったことを祝してお祝いだな。今日は何が食べたい? どんな店にでも連れて行ってやるぞ」
俺の話を聞いて考え込んでしまったキングの頭を一度だけ優しく撫でると、気分を切り替えるように数度手を打ち合わせる。
俺はキングのトレーナーではあるが、家庭の事情に首は突っ込まない……いや、必要そうならいくらでも首を突っ込むと思うけど、キングとキングの母親の関係は、お互いに言葉を交わしているうちに改善しそうな気もするのだ。
だから、今はキングがスプリンターズステークスで勝ったことを祝う。そうやってキングに自分が勝ったんだって思い出させてやる。
キングは目をぱちくりとしていたが、それまでの拗ねていた顔を止め、そっぽを向いた。
「ふん……だったらトレーナー、あなたが夕食を作りなさいな。あなたが作る人参ハンバーグで我慢してあげる……いえ、きちんと伝えないといけないわね」
そう言って、キングは照れるように、はにかむようにして微笑む。
「あなたが作る人参ハンバーグが食べたいわ。ウララさんとライス先輩も一緒に。もちろん、あなたと一緒に食べたいの」
「ああ……任せとけ」
キングのリクエストを聞いた俺は笑顔で頷く。これは、腕によりをかけて作らなければなるまいよ。あとキング? その素直さを自分の母親にも向ければ……いや、家族だからこそ向けられない、か。
「よーし、まずは商店街に行って材料を買うぞ!」
「おー!」
「おー」
俺が拳を突き上げながら言うと、ウララは俺を真似るように拳を突き上げてその場でぴょんと跳ね、ライスも小さく拳を突き上げる。
「ふふっ……おばか」
そんな俺達の姿を見て、キングは小さく呟くのだった。
さて、そんなこんなでキングがスプリンターズステークスで勝ってから、一週間の時が過ぎた。
スプリンターズステークスの一週間後ということは、日曜日である。しかしトレセン学園のトレーナーに日曜日なんて言葉はない。いや、言葉自体はあるし、家庭を持ってる人とか、独身でも休む人は休むんだけど、俺は普通に出勤している。
スプリンターズステークスは終わったが、ライスの秋の天皇賞、それにキングの菊花賞が10月後半に控えているのだ。そのため日曜でも普段通りに――むしろ時間が取れるからがっつりとウララ達を鍛えている。
それでもさすがに夕方になるとウララ達もくたくたになって動けなくなるため、練習を切り上げて部室へと戻っていた。俺も一日中声を張り上げてウララ達を指導していたため、割としんどい。それでもウララ達が着替えている間、ソファーに座ってテレビを点ける。
チャンネルヨシッ、録画ヨシッ!
『さあ、本日のメインレースとなりました。中山レース場の第11レース。芝2200メートル、GⅡのオールカマー。出走するウマ娘は13人。バ場状態は良の発表です』
『このレースは天皇賞秋のステップレースでもあります。1着を獲ったウマ娘には優先出走権が与えられることもあり、これから始まる秋のシニア三冠の前哨戦とも言えるレースですね』
俺が見ようと思ったのは、中山レース場で行われるGⅡレース、オールカマーである。普段から各レース場で行われるレースを録画したり、過去のレース映像をトレセン学園から資料としてもらったりしているが、これはリアルタイムで見ておこうと思ったのだ。
その理由は一つ。このレースにライスのライバルウマ娘が出走するからだ。
(合宿の仕上がりを確認するためか、調整のためか……どっちかな……)
俺は実況と解説の話を聞きながら、そんなことを思う。
オールカマーに出場するウマ娘で俺が注目しているのは二人……いや、三人だ。
一人はチームスピカのトウカイテイオー。
このレースにおける大本命……と言いたいところなのだが、テレビ越しに見ただけでもトウカイテイオーの調子が悪そうだ。いや、調子が悪いというより、気負ってるというべきか。表情が固く、しきりに手を握っては開くという動作を行っている。
(メジロマックイーンの故障で気負ってる……か? いや、これまでにトウカイテイオーもメジロマックイーンもお互いが故障するところを見てたし、先輩の話じゃメジロマックイーンは腱鞘炎で致命的な故障ってわけでもない……GⅠで5勝しているトウカイテイオーが今更余計な緊張はしないと思うけど……)
はて、何があったのか。気にはなるが、テレビの前からできることはない。
注目しているウマ娘のもう一人は、チームカノープスのイクノディクタスだ。
去年のオールカマーで1着を獲った点、そしてここ3レースほどは全て入着以上と安定した成績を残している点から警戒している。
今のところライスとの対戦成績はライスの圧勝だが、油断できる相手ではないのだ。それに、夏場のトレーニングで強くなったのはうちのチームだけではない。どこまで伸びているのか詳しくチェックする必要がある。
そして最後に注目している一人。それがチームカノープスの4人の内、最後のメンバー、ツインターボだ。
ツインターボはメジロパーマーと似た脚質のウマ娘で、大逃げを得意とする。ただ、メジロパーマー以上に最終直線で逆噴射かまして大失速しやすいという部分が目立つ子だ。
これまでで13戦4勝、勝っているレースは一昨年のメイクデビューにオープン戦、GⅢのラジオたんぱ賞、そして今年の7月前半に行われたGⅢの七夕賞である。
年数で言えばライスより上のシニア級だが、戦績が乏しいのは一昨年の有馬記念に出走して12着に終わった後、体調を崩して去年の11月まで休養していたからだ。
そこから4戦して入着にも届かない低空飛行が続いたが、今年の七夕賞で大逃げをかまして1着になった。2年ぶりに重賞を勝ったこと、そしてチームカノープスのメンバーということで最近注目しているのだ。
でもまあ、さすがにトウカイテイオーが相手では分が悪いだろう。俺はこのツインターボがどこまで逃げ切れるか、そしてトウカイテイオーとイクノディクタスの仕上がりをチェックするつもりでレースを見ていたのだが――。
『さあ、先頭を走るツインターボのペースになっています。2番手との差は8バ身から9バ身程度。今日も元気にターボエンジン全開で走っております』
残り1000メートルを通過した時点で、ツインターボは先頭を走っていた。というかなんだこの逃げっぷり。2番手も逃げウマ娘だけど、8バ身から9バ身差がついていて、なおかつその2番手から3番手までの間にも同じぐらい距離が開いている。
つまり、ツインターボは3番手との間に16から18バ身もの距離を開けているのだ。実況の声には若干笑いが含まれており、会場の観客からも時折笑い声が上がっている。
(短距離じゃなくて中距離、それも2200メートルだぞ? 最終直線どころかもっと手前で力尽きてもおかしくないが……)
俺は若干困惑しながらレース映像を見守る。
『残り600の標識を通過。変わらず先頭のツインターボ、1、2、3……2番手に3秒の差をつけて先頭を独走しています』
ウマ娘のレースの場合、1秒の差があれば大体6バ身差、距離で言えば14.4メートルもの差になる。それが3秒以上の差となると18バ身以上。下手すると2番手に50メートルもの差をつけてツインターボが独走していることになる。
ここからはもちろん他のウマ娘達も加速するだろう。ツインターボが力尽きて逆噴射して下がってくるのを尻目に、最終直線で抜くと考えているウマ娘ばかりに違いない。
『第4コーナーを抜けて! ツインターボが! ツインターボだけが直線へと入ってくる! 後続との距離はまだ10バ身余り! 1番人気のトウカイテイオーが上がってきたが届くのか!?』
『今日もツインターボはエンジン全開ですね。最後までエンジンがもつのか、エンストして逆噴射するのか、注目です』
解説の男性が少し笑いながら話している。他のレースでは中々見ない雰囲気だ。しかし独走して駆けるツインターボの姿には、それをさせるだけの魅力があった。
『さあ最後の直線! 残り200を切った! ツインターボは逃げている! ターボエンジンはまだまだ元気だ! しかしトウカイテイオーが上がってきている! その差は6バ身から7馬身! 届くのかトウカイテイオー!』
ツインターボの後ろから、トウカイテイオーが迫っている。しかし逃げ続けているツインターボとの距離は少しずつしか縮まっていない。
『残り100! いや50もない! トウカイテイオーが上がってきたがこれは届か――ない! 逃げ切ったぞツインターボ!』
『頭からスライディングしましたけど大丈夫ですかね……おおっと、笑顔ですツインターボ。大きく息をしていますが、地面に倒れたまま観客席に手を振って……これ振ってますかね?』
「…………」
テレビ越しに観客の声援と笑い声が聞こえてくる。それを聞きながら、俺は背中にじっとりと冷や汗が浮かぶのを感じた。
(仮に、今のレースにライスを出していたら……トウカイテイオー、いや、調子が悪そうだったし、イクノディクタスをマークさせてただろうな……途中でライスがマークをツインターボに切り替えたとして、届いたか……?)
ライスなら届く、と言いたいところだが、今のレース展開を見て浮かぶのは『届かない』という結論だ。
だからこそ、俺は背中に冷や汗を浮かべるほどに戦慄する。
(前走が1着だったから、チームカノープスのメンバーだから……そんな理由で注目してたけど、ツインターボか……オールカマーで勝ったってことは、秋の天皇賞にも出てくる。メジロマックイーンの復帰が間に合うかはわからないけど、とんでもない強敵が出てきたもんだ……)
ツインターボの過去のレースを全て確認して、対策を練らなくてはならないだろう。だが、あれほどの逃げ足を2000メートルの秋の天皇賞で発揮されれば、ライスでも捉え切れるかどうか。
(最初からライスにマークさせて……いや、いくらライスでもあそこまでの逃げっぷりにはついていけない……まさかこんな逸材が隠れていたなんてな……)
元々これほどのポテンシャルを秘めていたのか。それとも真夏のトレーニングで才能が開花したのか。
問題は、ツインターボだけでなく他のウマ娘も真夏のトレーニングでどこまで成長しているかわからない、という点だろう。
(……情報の集め直しだな。特にここ最近のデータを分析し直さないと……)
また当分はレースの研究で時間を取らなければならないだろう。芝のシニア級というだけで数百人、ライスとレースで当たる可能性のあるウマ娘だけでも数十人はいる。
それらの研究のし直しと、直近の情報を集められるだけ集める必要がある。何が起きたのかは不明だが、特にツインターボはメジロマックイーンやトウカイテイオーと同等か、それ以上のウマ娘だと考えて対策を練るしかない。
テレビの向こうでフラフラになりながらも立ち上がり、ギザギザの歯を剥き出しにして笑うツインターボの姿を見ながら、俺はそう考えるのだった。