リィンカーネーションダービー ‐新人トレーナーがんばる‐   作:烏賊メンコ

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第65話:新人トレーナー、菊花賞に挑む その1

 ――ツインターボ。

 

 チームカノープスに所属し、先日のオールカマーで1着を獲ったことから戦績を14戦5勝に伸ばしたウマ娘だ。

 

 身長は小柄で、ライスと同じか僅かに高い程度。青と黄緑が混じった長い髪をツインテールに結び、笑った際に見えるギザギザの歯が特徴的な子だ。

 

 トウカイテイオーやメジロマックイーンと同様に中等部ながらシニア級で、過去に有記念にも出走したことがある。ただしGⅠに出たのはその一度きりで、そこから長期療養していたことから俺もそこまで警戒していなかった相手だ。

 

 これまで出たレースは最短で中距離の1800メートル、最長で有記念の2500メートル。

 

 有記念では14着と結果が出ず、適性距離はマイルから中距離と見て良いだろう。ただし、それは以前のデータだ。もしかすると長距離でも問題なく走れるスタミナがついている可能性もある。

 

 長期療養から復帰して最初に出たレースはオープン戦の福島民友カップ。ただ、復帰戦で10着、次に出たGⅢの中山金杯で6着、続くGⅡの中山記念でも6着、そこから更にGⅢの新潟大賞典に出ているが8着と、いまいちぱっとしない成績が続く。

 

 だが、7月前半にGⅢの七夕賞で1着を獲り、先日のGⅡオールカマーで1着。それを思えば、ここ数ヶ月で一気に実力を伸ばしてきたと判断するべきだ。

 

 俺はウララ達に準備運動をしておくよう指示を出すと、チームカノープスのメンバーがトレーニングをしている練習コースへと足を向ける。普段は過去のレース映像から情報を分析するが、さすがにそれだけでは足りないと判断したのだ。

 

(復帰戦でオープン戦……そうだよな、それが普通だよな……その点、チームスピカは復帰戦でGⅠに出してたし、先輩はかなりスパルタなんだろうか……)

 

 そんなことを考えながらチームカノープスの練習風景を眺める。チームカノープスのトレーナーは俺が言うのもなんだが若い男性で、常にスーツを着ている。優しげな風貌と淡い茶髪が特徴的で、常に困ったような笑顔を浮かべている人だ。

 

(うーん……練習風景を見に来たものの、アレは遊んでますねぇ……)

 

 練習コースへ来たものの、笑顔で走り回るツインターボとそれを追いかけるマチカネタンホイザ。そんな二人を呆れたように眺めるナイスネイチャに、眼鏡を指でクイッと持ち上げているイクノディクタス。そしてカノープスの先輩はそんなウマ娘達の様子をニコニコ笑顔で眺めている。

 

「どうだー! ターボ、テイオーに勝ったぞー!」

 

 わーい、と大喜びではしゃぐツインターボ。なんというかウララと同じぐらい……いや、ウララより幼い感じがする子だ。

 

(あの子がトウカイテイオーに勝った……のか? 本当に? いやでも、夢じゃなかったしなぁ……)

 

 疲れている時にソファーに座ってうたた寝してしまい、夢でも見たのかと疑いたくなる。しかしオールカマーのレース映像を何度も確認したが、間違いなくツインターボが勝っていた。

 

「おや……珍しい顔ですね」

 

 そうやって俺がツインターボを観察していると、先ほどまでツインターボ達を笑顔で眺めていたはずのカノープスの先輩が、いつの間にやら俺のすぐ傍まで歩み寄っていた。

 

「これは……お邪魔したようで、申し訳ないです」

 

 あれ? いつの間に近付いてきたの? なんて思いながら俺は頭を下げる。するとカノープスの先輩は柔らかく微笑んだ。

 

 俺とカノープスの先輩は、そこまで交友があるわけではない。同じ職場に勤めるトレーナー同士ということで顔も名前も覚えているが、東条さんやチームスピカの先輩と比べると接点が薄い。

 

 ライスがナイスネイチャやイクノディクタス、マチカネタンホイザと対戦しているため、完全に無関係とはいえない……そんな間柄だ。

 

「いえ、最近はうちのチームの練習を見に来る人が増えましたから。特に気にしていませんよ」

 

 そう言って微笑みを絶やさないカノープスの先輩。すると、そんな先輩の元へツインターボが突撃してくる。ツインターボは先輩の背中によじ登るとそのまま両腕両足使って先輩にしがみついた。

 

「トレーナー、そろそろ練習しよー! ……ん? 誰?」

 

 そして先輩の肩越しに俺を見て、ツインターボが首を傾げる。カノープスの先輩は背中にツインターボがしがみついているにも関わらず、平然とした様子で笑った。

 

「チームキタルファのトレーナーですよ。ライスシャワーさんの担当をしています」

「……ああっ! ライスシャワー! ターボ知ってる!」

 

 本当かな? と聞きたくなる沈黙があった。ツインターボは先輩の背中から飛び降りると、腰に手を当てながら胸を張る。

 

「ターボ、テイオーにも勝ったんだからね! すごいでしょ?」

「おー……あのトウカイテイオーに勝つなんて大したもんだよ」

「でしょ!」

 

 俺はおざなりな反応をするが、それで満足だったのかツインターボはギザギザの歯を見せながら笑う。なんともまあ、無邪気な笑顔だ。この子があのトウカイテイオーに本当に勝ったのか……。

 

(いや、この子と同じように小柄なライスもトウカイテイオーに勝ってる……負けてもいるけど……ウマ娘は見た目じゃないもんな)

 

 そんなことを考えつつ、俺はツインターボの足回りをそっと確認する。短距離や長距離向きの筋肉の付き方ではないが、あの逃げっぷりを実行できる体付きかと問われれば判断に困るところだ。

 

「…………」

 

 あと、それまで笑顔だったカノープスの先輩が無言で薄っすらと目を開けて俺を見ているのが怖い。ここまで露骨に偵察にきた俺を追い返さないのは、何か意味があってのことなのか。

 

(俺がツインターボを見に来たように、先輩に観察されてる感じがヒシヒシと……)

 

 なんというか、妙な迫力がある人だ。こう、普段は大人しいのに、いざとなったら行動力抜群、みたいな……学校でクラスに一人はいたようなタイプに思える。

 

「それで……実際にうちのターボを見た感想はどうですか?」

 

 にこやかに、笑顔で尋ねてくる先輩。ふふふ……怖い……東条さんとは違った意味でなんか怖いぞこの人。

 

「実際に走るところを見ないとなんとも……トウカイテイオーに勝ったウマ娘ってだけで警戒しますけどね」

 

 俺はとぼけるように言う。実際、ここまで判断に困るウマ娘は珍しい。オグリキャップ並に読めない。大口開けて笑っているツインターボを見ると、なんというか構いたくなる雰囲気がある。しかしオールカマーでの走りを見ると、はたしてこれは素なのか演技なのか。

 

(ナイスネイチャよりも強敵か……)

 

 総合的なポテンシャルではナイスネイチャがチームカノープスで一番だと思っていたが、認識を改める必要があるかもしれない。

 

「それでは、俺もウマ娘のトレーニングがあるので失礼いたします」

 

 俺はそう言って頭を下げてから背を向ける。

 

「うん! ばいばーい!」

 

 すると、そんな俺の背中に向かってツインターボが笑顔で声をかけてきた。それと同時に、じっと、先輩の視線も向けられている気がした。

 

 

 

 

 

 ライスが出る秋の天皇賞とキングが出る菊花賞は、共に10月後半に開催される。

 

 しかし菊花賞の方が一週間早く、秋の天皇賞とは開催日がかぶらないため、両方の応援に向かうことができる。

 

 先に行われる菊花賞は京都レース場での3000メートル。クラシック級のウマ娘だけが出走できるレースの中では最長のレースだ。去年ライスがミホノブルボンを差し切って1着を獲り、ブーイングライブをくらったレースでもある。

 つまり、うちのチームには菊花賞の経験者にして勝者がいるのだ。そのためここ最近のライスはキングと一緒にトレーニングをしている……って、元々そうだったか。ただ、以前よりも更に熱を入れて指導しているのだ。

 

 ライス自身秋の天皇賞が控えているが、ライスの場合併走する相手がいた方がトレーニングでも伸びやすい。それがライス相手でも必死に喰らい付くキングなら、ライスの練習としても打ってつけだろう。

 

 ウララもそんな二人と一緒に併走している。ただし、併走と言ってもウララはダートコースを、ライスとキングは柵越しに芝のコースを走っているが。

 

 あと、キングは次回のレース対策……京都レース場の名物、淀の坂の対策として坂路やよく利用している急勾配かつ段数が非常に多い神社の石段を走らせたりもしている。これにもウララやライスが同行しているが、それぞれが鬼気迫る勢いでトレーニングに励んでいた。

 

(ウララは次の目標が11月前半のJBCスプリント……それまでに1レース挟むべきか……)

 

 俺は部室でパソコンに今日のトレーニングのデータを打ち込みつつ、そんなことを考える。

 

 ジャパンダートダービーからJBCスプリントまでの間に四ヶ月もの期間が空いてしまう。しかし夏の合宿で大量の格上と一緒に模擬レースで走り、普段からライスやキングと一緒に併走もしている。勝負勘が鈍ることはない、と思う。

 

(というか、ダートはJBCスプリントまでにオープン戦しかないしなぁ……シニア級も出るレースだけど、ここは敢えて出さずにおいた方が良いか?)

 

 ユニコーンステークスで1着を獲ったため、ウララの収得賞金ならJBCスプリントにも出られるだろう。というか、シニア級でもウララより収得賞金を稼げているウマ娘が少ないあたり、ダートの選手層の薄さというかレース数の少なさが浮き彫りになってしまう。

 

(ウララといえば、スマートファルコンがどのレースに出てくるかだな……JBCスプリントには出てこないと思うけど……)

 

 あの子もいまいち読めんな、と俺は首を傾げる。

 

 スマートファルコンの距離適性的に、秋のGⅠはマイルのJBCレディスクラシックか中距離のJBCクラシックに出るだろう。さすがに短距離ならウララに分があるし、そんな無茶はしないと思う……が、スマートファルコンの行動はいまいち読めないのが怖い。

 

 『来ちゃった♪』とか言いながらJBCスプリントに出てきても驚かない……いややっぱり驚くわ。ないとは言えないわ。

 

 他にダートの短距離であるJBCスプリントに出てきそうな有力ウマ娘はいない。可能性だけで考えればミークがいるが、あの子は菊花賞に出るだろうし、芝の長距離を走って半月経たない内にダートの短距離を走るなんて真似はしないだろう。

 

 兎にも角にも、ツインターボといいスマートファルコンといい、強い逃げウマ娘は厄介極まりないという話だ。

 

 うちはウララが差しが得意で追い込みもまあこなせる。ライスがマークしながらの先行が得意で、逃げも一応できる。キングが差しが得意で先行もいける、と、逃げや追い込みを得意とするウマ娘がいない。そのため対策の取りようがない。ライスが一応逃げも可能なためウララやキングの練習にはなるが、ライス本人の練習にはならないのが困る。

 

(うーん……ライスは1着になりそうなウマ娘をマークしながら先行して最後に差し切るのが得意だけど、逃げもできなくはないんだよな……秋の天皇賞は2000メートル……ツインターボみたいに大逃げ……いやいや……)

 

 付け焼き刃で大逃げさせても破綻するだろう。となるとやっぱりツインターボをマークさせて差し切らせるか、しかしその場合ライスでも届くのか。

 

 トウカイテイオーもマークの候補だし、距離的にナイスネイチャやイクノディクタスなども出てくる可能性がある。メジロマックイーンが故障から復帰して出走した場合、警戒対象が更に増えることになる。

 

(秋のシニア三冠もトウカイテイオーやメジロマックイーンとの競り合いだと思ったのに、厄介な伏兵がいたもんだ……いや、それは慢心だな。みんな成長するんだ)

 

 ツインターボもここ数ヶ月で急成長したのだろう。それが他のウマ娘にも起こらないとは限らない。そしてそれは、シニア級だけでなくクラシック級でも同様だ。

 

 ライスの秋の天皇賞対策に加えて、俺はキングの菊花賞対策にも頭を悩ませる。

 

(オグリキャップにスペシャルウィーク、ビワハヤヒデにウイニングチケットにナリタタイシン、ミーク……エルコンドルパサーも出てくるか? グラスワンダーもそろそろ復帰しそうだが……あとはセイウンスカイもいたか)

 

 有力なウマ娘が多い……というか多すぎる。特に警戒しているこれらのウマ娘の過去のレース映像を見返すだけでも何時間とかかるし、掘り下げて研究するとなると何十時間あっても足りない。

 

 他のクラシック級のウマ娘まで研究するとなると、いくら時間があっても足りないぐらいだ。一日が100時間にならないかな、なんて考えるぐらいには時間が足りない。

 だが、過去のレース映像やその時の調子を確認し、当日の仕上がりや調子と比較しなければ正確な情報が割り出せないのだ。ゲームのように一目見ただけで相手のステータスがわかる、なんてことができれば苦労はしないのだが。

 

 各ウマ娘が各レースでどんな調子でどんな走りをして、どんなタイムを出したか。それを細かく洗い出し、一つ一つのレースと比較、検証して次回のレースでは()()()()()()()()()()()()()()と推測して、それに勝てるようウララ達を鍛える。

 

 問題はウララが初めてオグリキャップと対戦した時に、オグリキャップが見せた二段階での伸び足、先日のオールカマーでツインターボが見せた大逃げのように、情報にないことをされると対策の取りようがないことだが……。

 

(調子が一番良さそうなウマ娘をマークさせて、あとは自力で差し切るライスはその点楽な方なんだよな……ウララはダートの選手層が薄いから研究が楽だし……やっぱりキングの相手が難問だぞ……)

 

 キングの母親が『何故この世代でデビューしたのか?』とキングに言いたくなるのもわかるぐらい、今のクラシック級はレベルが高い。それでもキングのトレーナーとして、彼女を勝たせるために最善を尽くさなければならないだろう。

 

 キングにとって長距離は得意とはいえない距離だ。しかし、俺が担当を引き受けてから今まで、ライスという打ってつけの相手もいたことでキングのスタミナは伸びている。長距離の菊花賞でも勝負になる、とは思うのだが。

 

「ふぅ……」

 

 俺は大きく息を吐き、背中を伸ばす。そして両肩と首をほぐすように回すと、バキバキと盛大な音が鳴った。

 

(……あ、やべぇ。もう日付変わってんじゃん……)

 

 集中し過ぎて時間の経過があっという間だ。俺は部室の壁に掛けてある時計で時間を確認すると、さすがに帰らなければとパソコンの電源を落とす。明日も仕事とウララ達のトレーニングがあるため、睡眠時間を確保しなければ体を壊してしまう。

 

 このまま部室に泊まれば万事解決では? なんて考えが頭を過ぎったが、それをしてバレた時たづなさんの反応が怖い。というかここまで長時間残ってしまった時点でバレると怖い。

 

 俺は部室の電気も落としてそそくさと自宅へと帰る。そんな生活が、菊花賞が目前に迫る頃まで続いたのだった。

 

 

 

 

 

 菊花賞の前々日。

 

 俺はトレセン学園に届いた菊花賞の出走表を受け取ると、部室で中身を確認する。

 

「おおう……」

 

 出走表を見た俺は、思わずそんな声を漏らしていた。

 

 大体予想通りの面子の名前がそこには載っている。オグリキャップにスペシャルウィーク、セイウンスカイにビワハヤヒデ、ナリタタイシンにウイニングチケット、ミーク等々。

 

 エルコンドルパサーとグラスワンダーは出走を見送ったのか、名前がない。というかエルコンドルパサーもグラスワンダーも、10月前半に行われた毎日王冠に出ていた。

 

 東条さんはクラシック三冠の争いから引き上げさせ、それぞれの目標を目指す方向に切り替えさせたのかもしれない。

 

 エルコンドルパサーは海外進出を視野に入れているって以前聞いたし、もしかすると来年あたりから海外に出るのだろうか。グラスワンダーに関しては……特に聞いた覚えはないけど、復帰戦でGⅠ出走、なんてスピカの先輩ばりの無茶ぶりを避けただけか。

 

 さすがに短い時間しか経っていないのに菊花賞を走らせることはなかったようだ。

 

 あとは当日、各ウマ娘がどんな調子で出てくるか、だな。

 

 

 

 

 

 そして、菊花賞の当日。

 

 開催場所が京都レース場ということで前日に現地入りし、一泊してからレースに挑むことにした。夏の合宿から今まで、出来る限りのことはやってきた。あとはのんびり京都の温泉に浸かって疲労を抜き、レース当日に軽く体を動かして調子をチェックすれば本番だ。

 

 菊花賞は京都レース場の第11レースで、当然のようにメインレースだ。出走時刻は15時35分と、大体普段通りである。

 

 俺はウララ達を連れて京都レース場へと移動する。GⅠのレース、それもクラシック三冠の終着点である菊花賞が開催されるとあって、京都レース場の周辺はお祭り騒ぎになっていた。まあ、この世界でGⅠのレースが開催される時は、ほぼ確実にお祭り騒ぎになるが。

 

(それにしてもさすがは菊花賞。去年はライスが出たレースで、クラシック三冠の最後のレース、か……)

 

 今年は皐月賞をオグリキャップが、日本ダービーをスペシャルウィークが勝った。そしてこれから行われる菊花賞がラストになるわけだが、はたしてどうなるか。

 

 キングの調子は絶好調だ。適度な緊張はあっても余計な力みもなく、昨晩もあっさりと眠りについた……うん、昨日は最終調整で午前中に軽いトレーニングメニューをこなして、午後は京都へ移動してきただけだけど、割と最近まで毎日ギリギリのところまで追い込んでいたし、休めるとわかればすぐに眠ってしまうのも仕方ない。

 

 菊花賞当日までに徐々に疲労が抜けるよう調整してトレーニングメニューを組んでいたけど、最近はウララと一緒にお風呂に入らないと割と危ないらしい。その点、同じどころかウララやキング以上のトレーニング量をこなしているはずのライスは、一人でピンピンとしているが。

 

(うん……できることは全部やった。あとはキングが走るだけだ)

 

 キングは昨晩あっさり眠りについたと言ったが、久しぶりに温泉に浸かった俺も夜の9時には夢の世界に旅立っていた。そして12時間ほど爆睡し、腹の上に笑顔でダイブしてきたウララに起こされたのである。もうちょっと優しい起こし方をしてほしい。

 

 さて、そんなわけで京都レース場に到着したわけだが。

 

「あっ! すいません! インタビューよろしいですか? 短距離のスプリンターズステークスで1着を獲ったキングヘイローさんを、何故長距離の菊花賞に出走させるのかお話を」

「あっ! すいません! そういうのはトレセン学園を通してください!」

 

 マイクとカメラを構えたインタビュアーの言葉を頭の部分だけパクり、笑顔で押し通る。あとよろしいですかって聞かれて何も答えてないのにそのままインタビューをしようとするの、よくないと思う。

 というかせめてレース後に来てくれ。レース前のウマ娘に突撃インタビューとか他所のチームやトレーナーの妨害工作か、なんて突っ込まれても知らんぞ俺は。

 

 俺はウララ達を連れて笑顔で歩き去るが、実はこういうインタビューが最近多かったりする。つい一ヶ月前にスプリンターズステークスで1着を獲ったキングが、長距離3000メートルの菊花賞に挑むのだ。そりゃまあ、注目を集めるってもんである。

 

(あれ? 短距離のGⅠに出しておきながら、一ヶ月後に長距離のGⅠに出すとか、俺もスピカの先輩のことをどうとか言えない気がしてきたぞ……)

 

 トレーナーとしてはキングを止めるべきだったのか、なんて考えたが、キングが望み、なおかつキングなら可能だと判断した結果である。これでキングが大負けしたら世間様から非難轟々やもしれぬ。まあ、今のキングの調子なら、大負けはないと確信しているが。

 

「……トレーナー」

 

 さて、笑顔で突破して京都レース場に入場した俺達は、控室に向かうキングと別れようとする。しかしキングは何か言いたげに声をかけてきた。GⅠレースを前にして不安になった……って感じじゃない。どこか申し訳なさそうな顔だ。

 

「どうした? もしかして、もうお腹が減ったのか?」

 

 そのため俺はわざとすっとぼけたことを言う。昼飯は出走時間を計算してきちんと取らせたため、お腹が空くことはないはずだ……いや待て、キングだけでなく、ウララもライスも成長期……計算が合わずにお腹が減った可能性も本当にあるのでは?

 

「そんなわけないでしょう!? まったくもう……」

 

 あ、良かった。キングの気をほぐすために言った冗談だったのに、ちょっと想定外の可能性に思い至って焦るところだったわ。レース場の外でやってる出店で、人参焼きでも買ってこないといけないかな、なんて思っちゃったわ。

 

「本当、おばかなんだから……」

 

 それだけを言い残し、キングは控室へと消えていく。その表情には、先ほどまでの申し訳なさはなかった。そのため俺は一つ頷き、パドックへと向かう。

 

 パドックも京都レース場周辺と同様に大盛況だ。菊花賞というか、GIはウマ娘のレースの中でもぶっちぎりに大人気だからな。そんなわけで俺は普段通り出走ウマ娘の調子をチェックするべく、最前列を目指していたのだが。

 

「……あれ? なんで?」

「今日のレース……え? 菊花賞にキングヘイロー出るの?」

「つい最近、スプリンターズステークスに出てなかったっけ?」

 

 ごめんなさいトレーナーです通してください、なんて言いながら最前列へと進んでいたら、視線やら言葉やらが飛んでくるのを感じる。なんというか、困惑するような、否定的な雰囲気だ。

 

 ここ最近というか一ヶ月ほど仕事を可能な限り早く片付けて、捻り出した時間でレース研究をやっていたため、キングが菊花賞に出るにあたり、世間でどんな風に思われているのかはそんなに知らない。まあ、無理をさせてるんじゃないかって思うのが当然だろう。

 

(うーん……ウララとライスはホテルに置いてきた方が良かったか? でも応援するためにここまで来たんだしなぁ……)

 

 ウララはなんだかんだで聡いし、ライスも周囲の悪意とかが苦手で……。

 

(あ、大丈夫そう……というか平然としてる……)

 

 ウララとライスの様子を確認した俺は、思わずそんなことを考えた。

 

 ウララは普段通りニコニコ笑顔で、ライスも普段通り……うん、キングを可愛がる時に見せる笑顔を浮かべている。そんな二人に強くなったなぁ、なんて場違いな感想を抱く俺である。

 

 キングが長距離も走れるということを知っている人は、そんなに多くない。というかキングが出た過去最長のレースが日本ダービーの2400メートルで、長距離レース自体初出走だ。

 

 その辺を考えると、周囲の反応も仕方ないと思える。だが、それでもキングはこの日のためにトレーニングを重ねてきたのだ。

 

 今日、これまでの成果が試される。

 

『1枠1番、ハッピーミーク』

 

 そして、パドックでのお披露目が始まるのだった。


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