リィンカーネーションダービー ‐新人トレーナーがんばる‐   作:烏賊メンコ

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第69話:新人トレーナー、迷う

 キングが走った菊花賞から一週間後の日曜日。

 

 とうとうライスが走る秋のシニア三冠がかかった初戦、秋の天皇賞が行われる日だ。

 

 秋の天皇賞は東京レース場で開催され、距離は2000メートルと中距離のレースである。ライスは中距離のGⅠで勝ったことはないが、気合いは十分でそろそろ中距離のGⅠでも1勝を、と張り切っていた。

 

 秋の天皇賞は当然のようにメインレースで、東京レース場の第11レースに行われる。

 

 先日の菊花賞で起きたセイウンスカイの世界レコード達成で例年以上にウマ娘のレースに注目が集まっており、東京レース場周辺のホテルは超満員。それどころか前日から泊まり込んででも入場しようと考える観客が何百人単位でいるほどだ。

 

 ……いや、この世界だと割と普通だったわ。天皇賞ほど有名なGⅠになると、よくあることだったわ……この世界における国民的娯楽というのは伊達ではないのだ。

 

(今日の注目するべきライバルウマ娘は……トウカイテイオーにナイスネイチャ、イクノディクタス……それにツインターボか)

 

 残念ながら、メジロマックイーンは間に合わなかった。しかし順調に回復しているらしく、ジャパンカップには間に合いそうとのことだ。

 

 だが、メジロマックイーンが出てこないといっても、その代わりのようにツインターボがいる。あのトウカイテイオーに勝ったツインターボがいるのだ。

 

 秋の天皇賞は2000メートルで、ツインターボがトウカイテイオーに勝ったオールカマーより200メートル短い。2000メートルでツインターボを捉えるとなると、ライスでもかなりの難業になるだろう。

 

 逃げウマ娘を捉える……というか、勝たせない方法は割と単純だったりする。スタート直後に捉えて蓋をして、()()()()()()()()だ。

 

 ただし、露骨に進路を塞いだりすると進路妨害になる危険性もある。ライスならその辺りは上手くやるだろうが、逃げウマ娘は総じてスタートが上手い傾向にあったりもする。

 

 過去のレース映像からスタート直後のダッシュ力を確認してみたが、ツインターボのスタートダッシュは大したもの……というか、スタートから常に全開だ。スタートからゴールまで後先考えずに逃げ続けるツインターボを捕まえるのは難易度が高かった。

 だが、ライスならやれる。スタートで捕まえきれなくても、マークして最後に差し切ってくれるだろう。俺はそう信じているし、それを成せるだけの実力がライスにはあるのだ。

 

 あとはパドックでのツインターボの様子次第である。そんなわけで東京レース場に到着した俺はライスを控室に送り、ウララやキングと一緒にパドックへ向かった……のだが。

 

「あっ! おじさまっ!」

「うぶっ……や、やあ、ダイヤちゃん。久しぶりだねぇ」

 

 なんか見たことがある子がいるな、と思った次の瞬間、正面から突撃されて俺の腹部に盛大なダメージを与えてきた。

 

 突撃してきたのは夏の合宿で出会ったウマ娘、ダイヤちゃんことサトノダイヤモンドである。お嬢様っぽい私服姿のダイヤちゃんが、俺の顔を見るなりぱっと笑顔になって抱き着いてきたのだ。

 なお、ダイヤちゃんのヘッドバットが俺の腹筋を貫通して内臓にダメージを与えた。地味に痛い。

 

「ちょ、ダイヤちゃん何して……あ、おじちゃん!」

 

 そんなダイヤちゃんを追ってキタちゃんことキタサンブラックも寄ってくる。こちらも夏の合宿で見かけた私服姿だ。

 

「キタちゃんも一緒だったのか……今日はよく入場できたね」

 

 俺は抱き着いてきたダイヤちゃんをあやしつつ、そんな疑問をぶつける。今日は人出も多いし、入場するだけでも大変だったはずだが。

 

「お母さんとお父さんに頼んで、始発から並んでたんです! テイオーさんが走るって聞いて、直接応援したくなってきたんですよ! 本当はダイヤちゃんと一緒に前日から泊まり込みで並ぼうとしたんですけどね!」

「わたしはキタちゃんと一緒にレースを見たかったから……マックイーンさんは出ないのが残念だったけど、その、おじさまにも会えるかなって……」

 

 ちょ、待って。ダイヤちゃんが可愛らしいことを言ってくれてるけど、それ以上にキタちゃんが何かすごいこと言ってる。

 

「ダイヤちゃん、キタちゃん、君達小学生だよね? 前日から泊まり込みとか危ないし、絶対に駄目だからね?」

 

 俺がそう言うと、ダイヤちゃんはそっと目を逸らした。

 

「あはは……わたしがダイヤちゃんの家に泊まりに行くって言って、ダイヤちゃんがわたしの家に泊まりに行くって言えばいけるかなって思ったんですけど……この前ダイヤちゃんが溺れちゃった時に反省しました。子どもだけで行動しちゃダメですよね」

 

 そう言って困ったように笑うキタちゃん。それ実際にやったら親御さんが卒倒するからやめてあげてね。でも以前の失敗から踏み止まったのは偉いぞ、うん。

 

「なるほど……よしよし、キタちゃんは良い子だねー」

「あっ! おじさま! わたしも撫でてください!」

 

 キタちゃんは良い子だー、なんて言いながら撫でると、ダイヤちゃんから催促が。うんうん、君も良い子だねー。だから衆人環視の中でそんなに抱き着いてきちゃ駄目だからねー。撫でるけどねー。

 

「それじゃあおっちゃん、これからお仕事があるからね。お母さんとお父さんの言うことをちゃんと聞いて、迷子にならないようにするんだよ?」

 

 迷子になったら再会するのも大変そうだし、俺はダイヤちゃんとキタちゃんにそう言い含める。すると二人は元気よく頷き、ダイヤちゃんのご両親のもとへと走っていった。

 

 俺はダイヤちゃんのご両親と頭を下げ合うと、そのままパドックへと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 パドックは今日も今日とて大盛況である。というか、GⅠの時は常に大盛況だ。ウマ娘レースの熱心なファンが詰めかけ、出走するウマ娘が出てくるのを今か今かと待っている。

 

 迷子にならないようウララとキングが手をつなぎ、俺の後ろをついてきている。いや、正確にいうとウララが迷子にならないようキングが手を掴み、引っ張っているが。

 

 トレーナーです、通してください、なんて言いながらパドックの最前列へ辿り着くと、ちょうどお披露目が始まるタイミングだった。

 

『1枠1番、ライスシャワー』

 

 今日のライスは1枠1番である。勝負服姿でパドックに姿を見せたライスを見た俺は、うん、と頷く。

 

(仕上がりは良好、調子は絶好調……気負ってもいない。あとは他のライバル次第か)

 

 ライスに関しては、最早心配することは何もない。肉体面でも精神面でもトレセン学園トップクラスのウマ娘として相応しいものが備わっている。

 

 だから、あとはライバルウマ娘の仕上がりと調子次第だ。先日のセイウンスカイのように、とんでもない記録を叩き出すウマ娘がいないとも限らないのだから。

 

『2枠3番、ツインターボ』

 

 続いて俺がチェックしたのは、件のツインターボである。ツインターボはだぼだぼかつ赤色緑色白色に黒色とカラフルなパーカーを着ており、スカートやズボンは……あれ? 穿いてない? いや、レギンス穿いてるからいいのか……いいのか?

 

 何故か体の前面に熊らしき生き物のぬいぐるみをぶら下げており、履いている靴はこれまた個性的なフォルムをしている。黄色いシューズだが、何故か側面に排気筒のようなオブジェがくっついているのだ。

 

「ターボ、今日もテイオーに勝つからね!」

 

 そして姿を見せたツインターボは、ギザギザの歯を見せながら大口を開けて笑う。そして今日もトウカイテイオーに勝つのだと宣言した。

 

(調子は良さそうだな……仕上がりは……なるほど、観察させないためにああいう形の勝負服にしたのか)

 

 足回りの筋肉を確認しようとした俺だが、レギンスを穿いているため詳細に見ることができない。上着も手首から先以外露出しておらず、他のトレーナーの観察を封じるためのものだろうと俺は判断した。

 

(やっぱりカノープスの先輩は怖いな……他のトレーナーへの対策もばっちりか)

 

 ツインターボは腰に両手を当て、大きく口を開けたままで笑っている。その顔は無邪気だが、あのトウカイテイオーに勝ったウマ娘だ。演技の可能性もある……いや、アレは素かな? ということはカノープスの先輩がやばいのかな?

 

 俺は周囲へ視線を向ける――と、いた。カノープスの先輩もパドックでライバルウマ娘の観察をしている。それに、俺が視線を向けるなりすぐに視線を感じ取ったのか、俺の方を見て友好的に柔らかく微笑んだ。

 

(……え? 今、俺が見たからこっちに気付いたの? マジで?)

 

 俺は目礼し、そのまま固まる。以前も思ったが、なんとなく怖い……。

 

『4枠7番、ナイスネイチャ』

 

 続いて俺がチェックしたのはナイスネイチャだ。チームカノープスから二人目の出走である。

 

(んー……仕上がりは良いけど、調子は……微妙、かな)

 

 ツインターボのように何かしら宣言をしたりはせず、観客に向かって笑顔で手を振るナイスネイチャ。しかし、体の仕上がりはともかく、どことなく表情が硬い。

 

 今日のナイスネイチャは怖くないか? なんて思う。

 

『7枠13番、トウカイテイオー』

 

 来たな、と思いながら俺はトウカイテイオーを見る。秋の天皇賞……というより、中距離でのトウカイテイオーは強敵だ。長距離なら俺のライスが勝つと断言するところだけど、大阪杯といい宝塚記念といい、中距離のレースでライスは勝てていない。

 

 そんなトウカイテイオーと、更にトウカイテイオーを越えてみせたツインターボ。

 

「あっ! テイオー! 今日もターボが逃げ切って勝つからね!」

「……負けないよ。今日はボクが勝つ」

 

 そして、先にお披露目を終えたツインターボがトウカイテイオーに向かって勝利宣言をしている。トウカイテイオーは明らかに闘志を剥き出しにして、言葉少なげに答えた。

 

 トウカイテイオーの仕上がりは良い。それに気合いも十分……いや、ちょいと過剰か? オールカマーで負けたツインターボを意識しているが、その分、ライスへの意識が薄くなっている。

 

『8枠16番、イクノディクタス』

 

 続いてチェックしたのはイクノディクタスだ。相変わらずの澄まし顔で……澄まし顔で……?

 

(んん……これはまた、判断に困る……)

 

 仕上がりは良さそうだが、ナイスネイチャと同様に調子が良くなさそうだ。表情は取り繕っているが、明らかに精彩を欠いている。

 

 チームカノープスで調子が良いのはツインターボだけ、か? それとも調子が悪そうな振りをしている? カノープスの先輩に視線を向けて見ると、意味深に微笑まれた。なんだこれ、盤外戦術? ウマ娘以上にあの先輩が読めんわ。

 

 だが、これで警戒しているウマ娘のチェックが終わった。その上で、ライスに誰をマークさせるかだが。

 

(調子が良さそうなツインターボとトウカイテイオー……だが、ツインターボはトウカイテイオーに勝ってるし、トウカイテイオーは明らかにツインターボを意識している……)

 

 七夕賞、オールカマーと続き、ツインターボがあの逃げ足を炸裂させるのか。二度あることは三度あるというが、三度目の正直という言葉もある。

 

 俺の脳裏に過ぎったのは、オールカマーのツインターボの姿だ。スタートからゴールまで逃げ続け、トウカイテイオーからも逃げ切ったあの姿。

 

 先日セイウンスカイが逃げ切って世界レコードを出したこともあり、どうにもツインターボが何かとんでもないことを仕出かしそうな気がしてならない。オールカマーより200メートル短いというのが、余計に俺の判断を悩ませる。

 

「お兄さま」

 

 そうやって悩んでいるうちに、ライスがパドックの柵越しに近付いてきた。あとはいつも通り、ライスにマークする相手を伝えるだけだ。

 

(ツインターボとトウカイテイオー……ここはやっぱりツインターボか)

 

 俺はライスにマークする相手を伝えようとする。だが、それよりも先にライスが口を開いた。

 

「お兄さま――今日のターボさんは()()()()よ?」

「…………」

 

 その一言に、俺は開きかけた口を閉ざした。

 

 ――信じるべきは自分の判断か、それともライスの判断か。

 

 その二択を前にした俺は、ふぅ、と息を吐く。脳裏にここ一ヶ月近くかけて洗い出したツインターボとトウカイテイオーの情報が飛び交い、二十秒ほどかけて決断する。

 

「マークするのはトウカイテイオーだ」

「……いいの?」

 

 ライスはどこか不安そうに尋ねる。俺の様子からマークする相手に関して意見が違うと気付き、なおかつライスの意見を採用したからだろうか。だが、俺としては自分が調べてきたことよりも、実際にレースで走るライスの感覚の方が信頼できる。

 

 何十時間とかけてツインターボを研究してきたが、あの子は本当にピーキーな能力をしているのだ。トウカイテイオーとの二択で迷い、ライスがツインターボを怖くないと感じ取ったのなら、答えは一つしかない。

 

「ああ。俺はな、俺自身よりもライスを信じてる。どっちか迷ってたけど、俺の愛バが怖くないって感じたんだ。それなら怖くねえわ。トウカイテイオーは調子が良さそうだし、多分、ツインターボを意識してる。()()を突くんだ」

「うんっ! ……愛バ……えへへ……愛バ……」

 

 俺の言葉を聞いたライスは、上機嫌になってパドックから引き上げていく。それを見送った俺は、小さく拳を握り締めた。

 

 賽は投げられた。あとはどんな目が出るか。

 

「……ほらっ、私達も移動するわよ!」

 

 そして、何故かキングに背中を張られた。痛いよ、キング……。

 

(……ん? アレは……)

 

 と、コースの観客席に移動しようとしていた俺達だったが、トウカイテイオーがスピカの先輩と何かを話しているのが見えた。

 

 先輩が何かを強く言っているが、トウカイテイオーは首を横に振っている。そんなトウカイテイオーの様子に先輩は大きく首を横に振ると、トウカイテイオーの背中を叩いてパドックから送り出すのだった。

 

 

 

 

 

『晴天ながら秋も深まり気温が徐々に冬が近づいてきました東京レース場。これより東京レース場第11レース、GⅠ、芝2000メートル。天皇賞秋がスタートとなります。バ場状態は良の発表です』

『先週行われた菊花賞でのセイウンスカイの世界レコードの影響もあるでしょうが、秋のシニア三冠の出発点ということもあって本日も超満員ですね。東京レース場周辺にも10万人近いレースファンが集まっているとのことです』

 

 ファンファーレの音が鳴り響き、実況と解説がそれぞれ声を発する。

 

 東京レース場の収容人数は日本トップの20万人弱。更に東京レース場周辺に10万人ものファンが集まっているとなると、30万人ものファンが押し寄せているということになる。

 

 もちろんテレビでも生中継されるし、ネット上でも生配信されている。ラジオでも聞けるため、東京レース場周辺だけでなく日本中のウマ娘ファンが見守っているだろう。

 

『1枠1番、ライスシャワー。2番人気です』

『TMRの一人が出てきました。メジロマックイーンは腱鞘炎の治療中とのことで出走を回避しましたが、トウカイテイオーは出てきています。二人の争いにも注目したいですね』

 

 今日のライスは2番人気だ。そのためか、元々の人気の高さに因るものか、観客席からも大声援が飛ぶ。というか外……東京レース場周辺からもライスの名前を呼ぶ声が聞こえてきた。

 

『2枠3番、ツインターボ。3番人気です』

『先日のオールカマーでトウカイテイオーを破ったからか、3番人気につけています。まあ、この子は元々人気が高いウマ娘ですからね。今日もターボエンジンを全開にして逃げ切るのでしょうか』

 

 ツインターボは3番人気だ。やはり、オールカマーより短いレースでなおかつトウカイテイオーに勝ったというのが大きいのだろう。ツインターボを応援する声援が飛び、何故か笑い声も上がっている。

 

「ターボ勝つから! テイオーから逃げ切って勝つから!」

 

 ゲートに入りながらそんなことを叫ぶツインターボ。それによって更なる声援が飛ぶが、よく通るツインターボの声に俺は苦笑してしまう。

 

『4枠7番、ナイスネイチャ。4番人気です』

 

 チームカノープスから二人目、ナイスネイチャだ。安定した実力があるからか、観客からの人気も高い。声援が飛ぶと、恥ずかしそうにしながらゲートに入っていく。

 

『7枠13番、トウカイテイオー。1番人気です』

 

 そして今日の1番人気は当然のようにトウカイテイオーだ。オールカマーでツインターボに負けたが、GⅠ5勝は伊達ではない。しかもトウカイテイオーが得意な中距離でのレースとなると、1番人気も当然だろう。

 

 トウカイテイオーは……やっぱりというべきか、ツインターボへ視線を向けている。

 

『8枠16番、イクノディクタス。5番人気です』

 

 イクノディクタスは5番人気……って、3番人気から5番人気までをチームカノープスが独占したことになるのか。俺がそんなことを考えていると、全てのウマ娘がゲートインを完了する。

 

 東京レース場周辺のファン含め、急速に音が消えていく。そして完全に音がなくなってから数秒後、バタン、という音を立ててゲートが開いた。

 

『各ウマ、ゲートイン完了――スタートしました』

『各ウマ娘揃って綺麗なスタートを切りまし……いえ、揃っていませんね。スタートと同時に猛ダッシュをツインターボが決めました』

『早速先頭に躍り出たのは3番ツインターボです。スタート早々からターボエンジン全開ですね。続いて6番サムガーデン、おや? 13番トウカイテイオーも前に出た。12番ディアレストギフト、15番タヴァティムサ、18番エコノアニマルが逃げていきます』

 

 ライスは1枠1番とツインターボより前に出やすい位置からスタートしたが、ツインターボは周囲のことなどお構いなしと言わんばかりにスタートダッシュを決めた。最初からトップスピードに乗ったように、後先考えずに先頭を駆けていく。

 

 秋の天皇賞は左回りかつ外回りの2000メートルで、第1コーナーの途中からコースの外へ突き出すように設けられた直線からスタートすることになる。そこから第2コーナーへ入り、向こう正面を回って第3、第4コーナーを抜ければあとはホームストレッチを残すのみだ。

 

『先行集団は先頭から1番ライスシャワー、5番リボンピーアン、7番ナイスネイチャ、9番バードアンドクリフ、8番レクイエムウィスプ、11番テルパンダーの順。更に続いて2番ラヴィアンローズ、16番イクノディクタス、10番タップステップ、14番ミョンミョン、17番ケミカルウォッシュ。そしてシンガリには4番アイスホッパー』

『ツインターボ、どんどん逃げていきます。第2コーナーを抜けて単独で逃げていきます。既に2番手のトウカイテイオーに4バ身ほど差をつけています』

(生で見ても大したスタートダッシュと逃げ足だな……それに、トウカイテイオーは明らかにツインターボをマークしているか……)

 

 後先考えずに駆けるツインターボの姿に、観客達も大興奮である。いや、後先考えてないように見えるけど、スタミナがもつっていう自信があるのかもしれない。

 

『それぞれが第2コーナーを抜けて向こう正面へ。先頭は変わらずツインターボです。大きく逃げています。今日もツインターボは全開です。どんどん逃げて……2番手のトウカイテイオーとは6バ身から7バ身もの差をつけています。シンガリまでは何バ身あるのでしょうか』

『いやぁ、菊花賞のセイウンスカイといい、大逃げするウマ娘を捕まえるのは困難ですね。トウカイテイオーは普段は先行を選ぶウマ娘なのですが、今日のところはツインターボが強敵と見てマークしているのでしょう』

『マークと言えば……やはり来ました。するするっと上がってきていますライスシャワー。二人、いえ、三人かわして現在4番手の位置です。ツインターボから10バ身ほどの距離があります』

『これは……ライスシャワーもツインターボをマークしているのでしょうか? いえ、動きを見た感じ、狙いはトウカイテイオーですかね?』

 

 向こう正面を駆けながら、ライスがじわじわと前に上がっていく。だが、それよりもツインターボが逃げる速度の方が速い。そんなツインターボに釣られるようにしてトウカイテイオーもギアを上げているが、それでもツインターボとの距離は縮まっていなかった。

 

 というか、スタートからまだ半分も過ぎてないのにライスから10バ身も先を走っている辺り、やっぱりツインターボの実力は本物か? 東京レース場のコースは芝もダートも問わずに割と起伏があるが、ツインターボはまるで気にしないようにどんどん加速していく。

 

(ナイスネイチャとイクノディクタスは……ん? だいぶ後ろにいるな。差し狙い……にしては位置取りが悪いが……)

 

 まあ、まだ半分も過ぎてない……って言ってる間にツインターボが1000メートルを通過していく。

 

『先頭を駆け続けるツインターボ、残り1000を通過して第3コーナーへと入っていきます。1000メートルの通過タイムは57秒3……すさまじいハイペースです!』

『仮に後半もこのペースで走れるなら余裕で世界レコード更新になりますね。セイウンスカイに対抗心があるのでしょうか?』

 

 ツインターボはどんどん加速していく。そしてそんなツインターボに釣られるように加速するのはトウカイテイオーだけじゃない。他のウマ娘達もツインターボに引っ張られるようにして加速していく。

 

(ん……ライスは足を溜めにいったか。よしよし、焦ってないな)

 

 そして加速する周囲と異なり、ライスは逆に速度を緩めて足を溜めている様子だ。トウカイテイオーをマークするのが作戦だったが、マークしたままついて行くのは危険だと判断したらしい。

 

(……今日の最適解は、マークなしで普通に走らせることだったか?)

 

 なんとなく、妙な雰囲気がある。これまでに体験したことがない雰囲気だ。セイウンスカイが世界レコードで駆け抜けた先日の菊花賞と似ているようで、どこか違う。

 

『先頭のツインターボが第3コーナーを抜けて第4コーナーへと入っていきます。2番手は変わらずトウカイテイオー。その差を徐々に詰め始めていますが未だに5バ身近い差が開いています』

 

 第4コーナーからは緩やかな上り坂になっており、ホームストレッチの直線では高低差2メートルほどの坂を100メートル少々で駆け上がる必要がある。京都レース場の淀の坂ほどではないが、レース終盤に登り切るにはキツいものがあるだろう。

 

『さあ、先頭を維持したままでホームストレッチに突っ込んできたのはツインターボ! ツインターボだ! 今日もターボエンジン全開! いや、常に全開だ! 残り500もないが後続は届くのか!?』

『いやぁ、良い逃げっぷりですねぇ。ツインターボが走る時はワクワクするものがありますよ』

『2番手のトウカイテイオーも最終直線を駆けていく! ツインターボとの差は5バ身! いや追い上げて4バ身! それでもまだ遠いぞトウカイテイオー! このままツインターボの逃げ切りを許すのか!? それとも捉え切ることができるのか!?』

 

 最終コーナーを曲がり、ウマ娘達が続々と最終直線に入ってくる。そしてゴール目指して一直線に駆けていくその姿は、ウマ娘レースの華とも言えるだろう。

 

 ライスは中盤で4番手近くまで上げた順位を下げ、今は8番手辺りを走っている。ツインターボから10バ身少々、トウカイテイオーからは6バ身程度と、少しばかり距離がある。

 

 だが、ライスは虎視眈々と前を狙っている。表情を見れば微塵も諦めてない。集中しているのが遠目にも伝わってくる。その証拠に、というべきか。ライスは観客席に近い位置、つまり大外を駆けていく。

 

 第11レースということで荒れ気味のコース内側を避け、荒れていない外側へと、前に誰もいない場所へと進路を取っているのだ。

 

『残り400の標識を通過! 先頭は変わらずツインターボ! しかしここから坂がある! さすがに厳しいか!? ツインターボの速度が僅かに鈍った! そしてそれを狙ったようにトウカイテイオーが上がってくる!』

 

 ツインターボは坂道に差し掛かっても、僅かに速度を落としただけで懸命に坂道を駆け上がっていく。そしてそれを追うトウカイテイオーも速度を鈍らせているが、元々のスタミナ差があるからか、ツインターボを徐々に追い上げていく。

 

『3番手は6番サムガーデン! 4番手に2番ラヴィアンローズが内から上がってきた! その後ろには8番レクイエムウィスプに9番バードアンドクリフ! 2番人気のライスシャワーはまだ中団に……いない!? え? あ、ライスシャワー! 大外から上がってきた! ここで上がってきたぞライスシャワー! 凄まじい速度で上がってきた!』

『来ましたね、ライスシャワー』

 

 控えていたライスが、ここにきて一気に加速した。大外から一気に駆け抜け、坂道を物ともせず、むしろ加速する勢いで駆け上がっていく。

 

「いけええええええええええええライスウウウウウウウウウウウウ!! いっけえええええええええぇぇぇっ!」

「ライスちゃんがんばれえええええええええええぇぇっ!」

「中距離でも強いってところを見せてちょうだいライス先輩っ!」

 

 観客席に近い大外を駆けているからか、俺達の声は間違いなくライスの耳に届いただろう。気のせいでなければライスのウマ耳が片方、こちらを向いていた。

 

「いけっ! いけっ! いけええええええええええええぇぇぇっ!」

 

 俺はコースと観客席を隔てる柵を連打しながら叫ぶ。その声が聞こえたのか、ライスの体がよりいっそう地面に沈み込み、蹄鉄がターフを削り取って後方へ吹き飛ばしていく。

 

『上がってきたぞライスシャワー! 一気に4人抜いて4番手! いや、そう言っている間に3番手へ上がった! トウカイテイオーまであと2バ身! ツインターボまであと5バ身! しかし距離は残り300メートル!』

『届くでしょうか……あっ』

「あっ」

 

 そこで不意に、俺と解説の男性の声が重なった。

 

 誰かが転んだとか、そういったアクシデントが起きたわけではない。坂道を登り切り、あとはゴールまで平坦なコースになっていたが、ツインターボが急速に減速したのだ。

 

『おおっと先頭を走っていたツインターボ! ここでとうとうターボエンジンが故障したか!? 一気に速度が落ちていく!』

『出ちゃいましたか……』

 

 観客席からは歓声と悲鳴と笑い声が同時に上がった。そして、一気に減速したツインターボを見て、トウカイテイオーがぐん、と速度を増す。

 

『ツインターボ逃げる! 故障したエンジンで必死に逃げる! しかし駄目だターボエンジン停止どころか逆噴射ぁっ! トウカイテイオーが一気にかわして先頭に立った! 残り200でトウカイテイオーが先頭に立った!』

(アレが逆噴射か……生で見たのは初めてだけど、本当に一気に減速したな……)

 

 思わずそんなことを考えてしまう。いや、逆噴射って呼ぶのも納得の減速ぶりだ。そしてそんなツインターボをトウカイテイオーがかわし、先頭に立ったが……。

 

 トウカイテイオーはツインターボをかわした瞬間、頬を緩ませていた。オールカマーで負けた相手をかわしたことでほんの一瞬、気が緩んだのだろう。

 

『残り100もない! このままトウカイテイオーが先頭でゴールいやそれはこのウマ娘が許さないっ! 突っ込んできたライスシャワーがトウカイテイオーをかわしたぁっ! そして今、ゴール!』

 

 ――その油断を、ライスが()()()

 

 大外から一気に、トウカイテイオーの意識の間隙を突くようにして、ライスがかわした。

 

 ツインターボを意識していたトウカイテイオーにとって、ライスは意識の外だったのだろうか? 春のシニア三冠を賭けて争ったライスを、意識から外すとは思えないが……トウカイテイオーにとってオールカマーでツインターボに負けたのがそれほど大きかったのか?

 

(やっぱりライスが正しかったな……でも、ツインターボって本当になんなんだろう……パドックで見た時は調子が良さそうだったんだが……)

 

 トウカイテイオーに関して気にかかるが、故障などではないように見える。ならば、あとはスピカの先輩が解決するべき問題だ。そのため俺は意識を切り替え、逆噴射して次から次へと後続のウマ娘に追い抜かれ、ヘロヘロになった状態でゴールしたツインターボを見た。

 

 というか、だ。

 

(ナイスネイチャもイクノディクタスも全然上がってこなかったな……調子は良くなさそうだったけど、俺が思った以上に悪かったのか? いやでも、ツインターボは本当に調子が良さそうに見えたんだが……)

 

 点灯した着順掲示板を見て、俺は盛大に困惑する。

 

『着順掲示板が確定いたしました。1着1番、ライスシャワー。勝ち時計は1分58秒4。2着は1バ身差で13番、トウカイテイオー。3着は2バ身差で4番、アイスホッパー。4着はクビ差で9番、ミョンミョン。5着は1バ身差で10番、タップステップ』

 

 チームカノープスの面々は、全員入着を逃していた。いや、入着を逃すどころか、逆噴射して力尽きたツインターボは17着、ナイスネイチャは伸びないどころか失速して15着、イクノディクタスは位置取りが悪かったからか10着である。

 

(イクノディクタスはシニア3年目、だったか……調子が悪かったというより、他のウマ娘が伸びてきてるって考えるべきか? ナイスネイチャもシニア2年目なんだよな……)

 

 続々と()()()()が育ってきているということだろうか? 俺はそう考え、頭を振る。単純に調子が悪かった可能性もあるのだ。

 

 ツインターボに関しては……多分、オールカマーの時より飛ばし過ぎてスタミナが尽きただけだろう。それについていったトウカイテイオーもスタミナを消耗し、最後の末脚がライスよりも伸びなかった。それだけのことだと思う。

 

『1着のライスシャワーが、GⅠ4勝目を誇るように四本指を空へ掲げています! 長距離GⅠ制覇のウマ娘が、とうとう中距離GⅠでの冠を手にしました!』

 

 ライスは観客席に向かって堂々と胸を張り、折り曲げた親指以外をピンと伸ばした状態で右手を高々と掲げる。

 

 そんなライスの姿に、観客席から大歓声が上がった。だが、観客の手前笑顔を浮かべているライスだが、その顔を見た俺は眉を寄せる。

 

(……あれはトウカイテイオーに怒ってるな)

 

 中距離のGⅠで勝てた嬉しさ半分、ツインターボばかり意識していたトウカイテイオーへの怒り半分といったところか。

 

 春のシニア三冠と違い、秋のシニア三冠では初戦をものにすることができた。だが、先ほど考えたことが脳裏によみがえり、俺は小さくため息を吐く。

 

(下の世代……そうだよな、菊花賞から一週間後の秋の天皇賞はさすがに出てこなかったけど、次のジャパンカップにはクラシック級の子達が出てきてもおかしくないんだよな……)

 

 先週の菊花賞からほとんど休ませずに秋の天皇賞に出す陣営はさすがにいなかった。だが、秋のシニア三冠の中継点、ジャパンカップは11月後半と十分に時間が空くことになる。

 

 メジロマックイーンも復帰してくるだろうし、そうなればさすがにトウカイテイオーも気合いが入るだろう。そこにクラシック級の上位陣、スペシャルウィークやオグリキャップ、ビワハヤヒデにミークなども出走してくるかもしれない。

 

(うーむ……見方を変えると、トウカイテイオーはオールカマーのツインターボに調子を崩されたとも言えるか……スピカの先輩はこのまま放置なんてしないだろうし、ジャパンカップからは強敵揃いかもな……)

 

 クラシック級の警戒しているウマ娘達がそのまま全員出てきて、出走メンバーが全員警戒対象の有力ウマ娘だけになる、なんてこともありえるかもしれない。

 

 俺はコースから引き上げていくライスをどうやって宥めようかと思いながら、ウララやキングと一緒に観客席を後にするのだった。

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