リィンカーネーションダービー ‐新人トレーナーがんばる‐ 作:烏賊メンコ
そして、ウララのレースの時間がやってくる。
GⅠレースに出るのは二度目で、専用の勝負服を身に纏った姿を披露するのも二度目だ。
『3枠5番、ハルウララ』
ウララがパドックに姿を見せると、パドックに集まっていた観客達から大声援が上がる。うんうん、うちのウララは可愛いからね。写真? 撮って良いけど可愛く撮ってあげてね? いや、どんな写真でも可愛いだろうけどね?
なんて、親馬鹿みたいなことを思っている間に、続々とパドックにウマ娘達が姿を見せていく。今日のところは元々警戒していたウマ娘はいない――が、俺個人として、ちょいと……いや、かなり気になるウマ娘が複数いたりする。
『4枠7番、チーフパーサー』
その名前と顔に、俺は思わず頬を緩めてしまった。
ウララがメイクデビューで競い合った相手であり、その際に1着を獲ったウマ娘だ。あの時はアクシデントで負けてしまったが、今日は勝たせてもらうぞ。
『5枠9番、ミニデイジー』
この子もまた、ウララと対戦経験がある子だ。ウララが初めて挑んだ未勝利戦で1着になった子である。こうしてGⅠの舞台で再度ぶつかるなんて……なんとも、滾るじゃあないか。
『7枠13番、ミニロータス』
ユニコーンステークス、ジャパンダートダービーで当たった子である。クラシック級からウララ含めて4人目の出走だ。仕上がりは良いな……調子も良さそうだ。
『7枠14番、ハートシーザー』
俺はパドックに出てきたそのウマ娘を見て、目を細める。この子はウララとレースでぶつかることが多い子で、これで5度目の対戦だ。ウララがこれまで走ったレースの半分近く、ぶつかってきたウマ娘である。
未勝利戦の1回目と3回目、それにユニコーンステークスにジャパンダートダービーと、何かと縁が多い。未勝利戦に5回挑み、周りのウマ娘が少しずつ諦めていく中で1着を勝ち取り、そしてウララと同じように二度目のGⅠの舞台に立っている子だ。侮れないし、侮るつもりは欠片もない。
対戦成績で言えば、あとはスレーインというウマ娘がハートシーザーと同じ回数ウララとレースで当たってるんだが……抽選で漏れたか……。
JBCスプリントはフルゲート16人。その内クラシック級からウララ含めて5人が出走し、残り11人がシニア級のウマ娘になる。
これが多いのか少ないのかは……まあ、その年次第か。
最終確認としてパドックで各ウマ娘をチェックしたけど、ウララの場合はいつも通りだ。差しの戦法でぶち抜き、1着をもぎ取る。ただし1200メートルと短いため、仕掛けどころは早くなるだろう。
コースへ移動する前に、ウララに一声かけないと……なんて思っていたら、ウララに駆け寄るウマ娘が複数いる。先ほど注目したチーフパーサーやミニデイジー、ミニロータスやハートシーザーだ。
それぞれ気合いの入った顔でウララへ声をかけると、それぞれハイタッチしたり、背中を叩き合ったりしている。特に、チーフパーサーは何やらウララに何度か声をかけているが……。
(表情を見た感じ、お互いの健闘を祈る感じかな?)
さすがに距離があるため聞こえないが、ウララもチーフパーサーもお互いに笑顔だ。
「トレーナー! ライスちゃん! キングちゃん!」
おっと、駆け寄ってきたウララは随分と上機嫌だ。満面の笑顔で尻尾をブンブンと左右に振っている。
「あの子達はなんて言ってた?」
「え? 今日は負けないよ、とか、良いレースにしようね、とか……パーサーちゃんは今度こそ決着をつけようね、だって!」
どうやら、チーフパーサーとしてはメイクデビューでウララがアクシデントを起こして負けたのが気になっていたらしい。再戦の舞台がGⅠとは……いいね、俺も燃えるわ。
「ウララ、飛んでくる砂には気を付けること。今日はバ場が良くないし、砂じゃなくて泥が飛んでくるかもしれない。あとはいつも通り、怪我せず楽しんで勝ってこい!」
「うんっ!」
「ウララちゃん、がんばってねっ。ライス、お兄さまとキングちゃんと一緒に応援してるからっ」
「ありがと、ライスちゃん!」
「あなたらしく走れば自ずと結果はついてくるわ。頑張ってらっしゃい、ウララさん」
「うん! ありがとねキングちゃん!」
ウララは笑顔で返事をすると、コースへ向かうために駆けていく。それを見送った俺達は、すぐさま観客席へと向かうのだった。
『生憎の空模様ですが、先ほどまで降っていた雨がやんでおります大井レース場。これから始まるのは第9レース、ダート1200メートルのGⅠ、JBCスプリント。バ場状態は重の発表です』
『第8レースに続き、第9、第10レースもGⅠが続きます。その影響か、平日にも関わらず観客席は超満員ですね。先ほどのJBCレディスクラシックではクラシック級のスマートファルコンが2着に5バ身差をつけて圧勝していました。このJBCスプリントでは誰が勝つのか楽しみです』
ファンファーレの音が鳴り響き、実況と解説の声が大井レース場に響いていく。雨はやんでいるが、天候が微妙だからか東京湾から吹きつけてくる風が少々強い。バ場状態は重とのことだが、それがどう影響するか。
『3枠5番、ハルウララ。4番人気です』
『さあ、JBCレディスクラシックにはスマートファルコンが、そしてJBCスプリントにはこのウマ娘が出てきました。勝ったレースは全てレコード勝ち、レコードブレイカーにして人気ではクラシック級のウマ娘で唯一の上位です。今日はどんな走りを見せてくれるのか楽しみですよ』
ウララは紹介されると共に観客席へ向かって笑顔で飛び跳ねながら両手を振る。そんなウララの仕草に観客席からは爆発するような大歓声が轟いた。
JBCスプリントは1200メートルのため、スタート位置は向こう正面……第2コーナーを抜けた直後、直線に入るところからスタートすることになる。
そのため距離があるのだが、ウララの笑顔は眩しいほどで観客からもよく見えたのだろう。ウララは笑顔でゲートインすると、す、と音が消えるように表情を真剣なものに変える。
以前のような武者震いはない。いや、なくなった、というべきか。今のウララは絶好調だし、体を震わせてパフォーマンスを引き出すようなことはなくなった。
それでも遠目に見ているだけでもウララの気合いの充実ぶりが伝わってくる。
スタートしたら直線を駆け、外回りで第3、第4コーナーを抜けたらあとは最終直線があるだけだ。1200メートルのレースだからタイムは早くて1分10秒程度。たったそれだけの時間でゴールまで駆け抜けるのだ。
だからこそ、観客達もウマ娘達のゲートインが完了すれば自然と静かになっていく。それまで上げていた歓声を止め、ウマ娘達の集中を妨げないように、そして何よりも一秒、いや一瞬すらウマ娘達のレースを見逃さないよう観客達も集中しているのだ。
『各ウマ娘、ゲートイン完了――スタートしました』
バタン、という音と共にゲートが開く。それと同時にウマ娘が一斉にゲートから飛び出していく。
『各ウマ娘揃って綺麗なスタートを切りました』
『お、全員良いスタートですね。集中していましたよ』
『最初にハナを切ったのは2番ソードラマティック。続いて7番チーフパーサー、14番ハートシーザー、15番アグリゲーションが前をいきます。僅かに離れて4番マルーンスカイ、6番ユニゾンフラッグ、9番ミニデイジー、8番ポルカステップ、16番ウカルディが集団を形成しています』
スタートで出遅れたウマ娘はいない。つまり、ここからが勝負である。
『1バ身離れて3番ジュエルガーネット、5番ハルウララ、10番フィアースキック、13番ミニロータス。シンガリ付近に1番ブリーズドローン、11番ローカルストリーム、12番ムシャムシャ』
『1200メートルということもあって各ウマ娘、最初から飛ばしていますね。起伏のないコースで、なおかつバ場が重ということもあって速度が出るレースになりそうです』
大井レース場はダートコースのみということもあり、レースごとに行われる整地もスムーズに進んだのか内ラチもそこまで荒れていない。それでもウララは無理に内へと入らず、第3コーナーまでは真っすぐに駆けていくのが見えた。
『先頭争いは2番ソードラマティック、7番チーフパーサー、14番ハートシーザーの3人。それぞれが先を争うように一進一退で位置を入れ替えています。そこから僅かに遅れて15番アグリゲーション。先行は更に1バ身後ろ。中団も1バ身後ろですが、5番ハルウララが少しずつ前に出てきています』
『先頭からシンガリまでは……4バ身もありませんね。序盤からハイペースで飛ばしているようです』
『500メートルほど通過し、逃げるウマ娘達が向こう正面から第3コーナーへと入っていきます。先頭は……僅かに出てきた7番チーフパーサー。半バ身ほどリードを取ってコーナーを駆けていきます』
バ場が重になっているからか、良の時と比べて砂塵は巻き上がらない。ただし固まった砂が後方に飛んでいくため、逃げウマ娘はともかくウララを含めた先行、差し、追込のウマ娘達の顔や腕や足、勝負服が徐々に泥で汚れていく。
しかし駆けるウマ娘達は勝負服の汚れなど気にしていなかった。前方、左右、後方と、ライバルの動きを逐一確認しながらフェイントをかけ合い、あるいはマークして好きなように走らせないようにしている。
そういった面からも、逃げウマ娘は有利と言えるだろう。逃げウマ娘同士での駆け引きはあるが、先頭を取れば自らのペースで逃げることもできる。
『残り600の標識を通過しました。第3コーナーの終わりが見えてきましたが先頭は変わって14番ハートシーザー。しかしすぐ横に7番チーフパーサーがいます。2番ソードラマティックもすぐ後ろ。更に半バ身離れて15番アグリゲーション』
『少しずつ縦に伸び始めていますね。しかし先頭からシンガリまでは……6バ身もありません。コーナーを抜けた辺りからが勝負所になりそうです』
『各集団、それぞれが2バ身程度の広がりで駆けていきます。逃げと先行、先行と差し、差しと追い込みのウマ娘がつながるようにして走っています……っと、徐々に位置を上げていた5番ハルウララ、ここで先行集団に食い込みました。現在7番手の位置』
『位置取りは……やや外側につけていますね。2000メートルのジャパンダートダービーで3着に入ったウマ娘ですから、スタミナには自信があるのでしょう。内を走るより外を回って抜きやすそうな位置を探っているのかもしれません』
ウララは近くにいるウマ娘の動きを確認しながら、自分が走りやすい位置、前のウマ娘を抜きやすい位置を選ぶようにして駆けていく。
顔に泥が付着しても構わない。目に入らなければそれで良いと言わんばかりに、冷静に、しかし溢れんばかりの競争心を見せながら駆けるウララの姿に、俺はふと思うことがあった。
――嗚呼、あの子もきちんと成長してくれていたんだな。
ウララが日々トレーニングに励み、少しずつ成長していたのは知っている。レースも何度も出ているし、その都度成長してきたと自信を持って言える。
だけど、なんでだろうか? GⅠのレースは二度目だというのに、ジャパンダートダービーの時にはなかった感慨が湧き上がるのは。
『残り400の標識を通過し、ウマ娘達が第4コーナーを抜けてホームストレッチへと駆け込んで来ます。先頭は変わらず14番ハートシーザーと7番チーフパーサーが競り合うようしてっとぉ更に上がってきた! 上がってきました5番ハルウララ。最終直線に入った途端、勝負を仕掛けてきました!』
『ハルウララだけではありませんよ。他のウマ娘達も続々とスピードを上げています』
『ハートシーザーやチーフパーサーが逃げる! ソードラマティックも逃げる! アグリゲーションは先行のバ群に飲み込まれている! そしてきた! 上がってきたぞハルウララ! 敢えて選んだ大外からの直線勝負! 先頭まで3、いや、2バ身! まだまだ距離は300ある! いや、あと200と少ししかない!』
ウララは敢えて外側を取った。そして、
「いっけえええええええええええぇぇぇっ! ウララアアアアアアアアアアアァッ!」
観客の声援だけではない。海風に負けないよう、両手をメガホンの形にして声を張り上げる。
いけ、いけ、いけ。
勝てとは叫ばない。ウララなら勝ってくれると信じているからだ。だから、叫ぶのはやはり、いけ、の一言と、ウララの名前だけで良い。
「がっ、がんばれっウララちゃん! がんばれっ!」
「
ライスとキングもウララに向かって声をかける。ウララは俺達の声に答えるよう、地面を強く蹴りつけて更に加速していく。
『ハルウララだけじゃない! ミニデイジー、ミニロータスのクラシック級ウマ娘が上がってくる! しかしまだだ! クラシック級には譲らんと言わんばかりに1番人気の10番フィーアスキックも一気に上がってきた! 3番ジュエルガーネットも差し込んでくる! 更に更に! シンガリから一気に上がってきたぞブリーズドローン! 大きく開いたバ身差を物ともせずに! 追い込みウマ娘が一気に上がってくる!』
『最終直線で一気にスピードを増しましたね。ダート最強のスプリンターがこれで決まると言っても過言ではないでしょう!』
『逃げウマ娘が逃げる! それを後方から一気にウマ娘達がかわそうと迫る! 誰がかわすのか!? シニア級の意地を見せるかフィアースキック! それとも新世代の台頭かハルウララ! 届くのか!?』
距離が短く、一年以上長くレースの世界で戦ってきたシニア級もいる以上、各ウマ娘の位置に大きな差はない。外から一気に突っ込んできたウララが一人、また一人とかわしていくが、ゴールまであと100メートルもない。
実況の言う通り、届くのか? そんな不安と疑問が過ぎり、俺はハン、と笑う。
届くかだって? 届くさ。
――だってよ、ハルウララなんだぜ?
『ここできた! 一気にかわしたぞハルウララ! 外から一気! まとめてかわした! そして! 今! ゴール!』
ウララが、先頭に立ったままでゴールを駆け抜ける。圧倒的な差はない。2番手との差は1バ身もないだろう。
だが、間違いなく、ウララが1着でゴールをした。
俺はウララの名前を叫ぼうと大きく息を吸い込む。だが、大きく吸い込んだ息を叫び声と一緒に吐き出す前に、ふっ、と体から力が抜けた。
「……お兄さま?」
「ちょ、トレーナー? いきなりどうしたのよ」
俺はその場に尻もちをつく。そして何事かと視線と言葉を向けてくるライスとキングに向かって、苦笑を浮かべた。
「長い間生きてきて初めてのことなんだが……嬉しくて腰が抜けた」
いや、ある意味嬉しすぎて体が驚いたから腰が抜けたのかもしれん。いやもう、ストーンと足から力が抜けちまったよ……。
おかしいなぁ……なんでだろうなぁ……ライスやキングがGⅠで勝った時は、胸が張り裂けんばかりの喜びがあった。
だけど、ゴール先で自分が1着になったことに気付き、体を震わせてからその場で飛び跳ねているウララを見ていると、これまでと違う、胸の奥から少しずつ、じわじわとした喜びが湧いてくる。
それと同時に……ああ、くそ、いかん、駄目だ。目の前が涙で滲んできた。
「ふぅ……ウララ……勝ったかぁ……」
俺は噛み締めるようにして呟く。あの子が、ウララが勝った。それもGⅠで勝ったのだ。
だから嬉しくて仕方ない……と言いたいんだが、俺の心には多分、嬉しさとは違う感情が満ち溢れている。
嬉しさは当然ある。だが、それ以上に――感動してしまったのだ。
『着順が確定いたしました。1着5番、ハルウララ。勝ち時計は1分10秒4。2着10番、1バ身差でフィアースキック。3着7番、クビ差でチーフパーサー。4着14番、ハナ差でハートシーザー。5着1番、クビ差でブリーズドローン』
『JBCレディスクラシックのスマートファルコンに続き、JBCスプリントを制したのはハルウララになりましたか……今年は芝といい、ダートもクラシック級がすごいことになっていますね』
『3着のチーフパーサー、4着のハートシーザーもクラシック級ですからね……ハルウララが得意な距離ではありましたが、さすがと言いたくなる走りでした。ただ、レコードには届きませんでしたね』
『これでハルウララは11戦5勝となりました……って、ちょっと待ってください。レコードを4回更新している方がおかしいんですからね?』
実況と解説の話を聞きながら、俺は着順掲示板を眺める。
レコード勝ちを逃した? 勝ったこと以上に喜ぶべきことはないだろうさ。ただ、着順掲示板のバ身差を見る限り、1着のウララから5着のブリーズドローンまで2バ身程度しかない。
(それでも勝ちだ……ウララ初の、GⅠでの勝利だ……)
俺は足腰に力を入れ、ゆっくりと立ち上がる。ズボンが濡れたが……まあ、いいさ。どうせこれから服が汚れる予定だし。
「はぁ……はぁ……トレーナー! ライスちゃん! キングちゃん! わたし、勝った! 勝ったよー!」
そう言ってウララがコースの柵を飛び越え、俺達に飛びついて――。
「ふんぐっ!?」
あ、いかん。押し負けた。飛びついてきたウララによって真後ろへ倒れながらそんなことを考えた俺だったが、キングが即座に俺の背中を支えてくれたことで難を逃れる。
ウララは顔も手足も勝負服も泥だらけだった。だが、その顔は満面の笑みが輝いている。
「ウララちゃんおめでとうっ! ライスも……ライスもっ、嬉しい……っ!」
親友とも呼べるウララが初めてGⅠで勝ったのが嬉しいのか、ライスは目から涙を零しながらウララを抱き締めた。
「やれやれ……トレーナーもライス先輩も、服が汚れるわよ? でも……」
俺を支えていたキングが苦笑しながら言葉を区切る。そして、服が汚れると言いながらも、泥に構わずウララを抱き締めた。
「よくがんばったわね、ウララさん」
俺とライスとキングで囲むようにしてウララを抱き締める。俺は正面から抱き留めたため服がしっかりと汚れたが、これは勝利の勲章だ。
「ウララ」
「うん」
俺が声をかけると、ウララが顔を上げる。その瞳には涙が浮かんでいた。そして、俺も、間違いなく泣いていた。
「おめでとう」
「うん……うんっ!」
多くの言葉はいらない。ただ一言、心を込めて言祝ぐ。
ウララは俺の言葉に目の端から涙を零し、頬に伝わせていく。それを見た俺は多分、ウララ以上に大粒の涙を盛大に流していた。
その後、俺はライスやキングと一緒にウイニングライブの会場にいた。
短い準備時間で可能な限りウララの勝負服の泥を落とし、顔や手足の泥を拭い、ウララを送り出してから俺達はライブ会場の観客席にいる。
ウララがセンターを務めるウイニングライブを見るのは、これで5回目だ。当然ながらGⅠレースのウイニングライブでセンターを務めるのは初めてだ。
ジャパンダートダービーで3着になり、ウイニングライブ自体には出ていたが……あー、駄目だウイニングライブが始まる前からもう涙が出そう。
俺が涙が出ないよう空を見上げていると、観客から大歓声が上がる。そしてウララ達、1着から3着になったウマ娘がステージへと姿を見せた。
レースもそうだが、ウイニングライブもウマ娘にとっては憧れの舞台である。それに、GⅠで勝つとそのレースに合わせて専用の曲を歌うことができるのだ。
どこか物悲しいイントロから入ったかと思えば、十秒と経たない内に一気に曲のテンポが上がる。
そして、センターのウララが歌い始めた。
「…………」
普段なら大騒ぎするところだが、俺はファンに向かって歌い、踊るウララの姿をじっと見つめる。
そんな俺の姿に思うところがあったのか、ライスもキングも何も言わない。ウララのライブを盛り上げるように、声を張り上げてサイリウムスティックを振っている。
どうだ、ウララ。君が今、立っているその場所がGⅠのウイニングライブのセンターだ。1着のウマ娘だけが立つことができる場所で、その場所に専用の勝負服姿で立っている。
以前語っていた夢が、叶った瞬間だ。
ウマ娘によっては、ここで満足する者もいるだろう。トレセン学園でも一握りのウマ娘しか出走できないGⅠに出て、1着を獲ったのだ。
満足しても、後ろ指をさされることはない。むしろ誇らしく胸を張ってトレセン学園を去れるだろう。
元々は地元の高知で走り、トレセン学園への入学も人柄だけを評価されて合格したのがウララだ。GⅠ勝利という、ウマ娘として頂点に到達しただけでも十分満足できる。
だけど――これで満足かと問われれば答えはノーだ。
(まずは1勝……まずは、だ……ここが終着点じゃねえ。ウララに勝たせたい相手、勝たせたいレースがあるんだ)
もちろん、ウララが今回の勝利で満足していなければ、という話である。だが、ステージ上のウララを見た俺は、要らない心配だろうと頬を緩める。
楽しい、嬉しい、誇らしい。そんな思いが伝わってくるほどキラキラとした笑顔で歌い、踊るウララ。そんなウララの笑顔と歌、そしてダンスに、観客達のテンションはうなぎ登りにヒートアップしていく。
そして5分とかからずに歌が終わり、ウララ達が荒い息を吐きながら動きを止める。俺はそれを見て拍手をしようとした――その前に、マイクを握っていたウララが目の端に涙を浮かべながら、叫ぶ。
「トレーナー! わたし、
「っ……ぅ……」
その言葉で、俺の涙腺は容易く決壊した。
そして涙を隠すように俯いた俺は、口の端を吊り上げて泣き笑いする。
――本当、この子にゃ何回泣かされればいいんだろうか、なんて思いながら。