リィンカーネーションダービー ‐新人トレーナーがんばる‐   作:烏賊メンコ

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第72話:新人トレーナー、てんてこ舞いになる

 ウララがJBCスプリントで勝った日の翌日。

 

 俺は普段通り、朝から優雅にコーヒーを飲みながらコンビニで買ったスポーツ新聞に目を通していた――なんてことができていれば良かったのだが。

 

「ウララの次のレース? まだ決めていませんねぇ。ええ、ええ。いや、隠してないですよ。まだ決まってないってだけで……インタビュー? すいませんけど当分予定が埋まってまして。え? 他の記者さんと合同で? すいませんがそちらも先約が優先ってことで……ええ。先方さんを説得できるのなら全然構いませんよ」

 

 俺は仕事用の卓上電話を切ると、ため息を吐いてコーヒーに手を伸ばす。すると電話が着信音を告げた。

 

「はい、チームキタルファの……明後日にキングのインタビュー? その日は埋まってまして。ええ、次に空いている日は……」

 

 再度電話を切る。よし、今度こそコーヒーを……。

 

「はい、チームキタルファのトレーナーです。え? ウララとライスとキング三人まとめてインタビューしたい? いや、無理です。三人ともインタビューの依頼がいっぱいでして。ええ、すみません。いつなら空いてるか? 三人ともトレーニングがあるので、毎日そこまで時間が取れないんですよ。インタビューも予定がいっぱいでして」

 

 ふぅ……やっと電話が途切れた。コーヒーは冷めてるけど、仕方ない……。

 

 今日は朝から出勤するなり電話対応に追われている。

 

 以前からたづなさんに止めてもらっていたインタビューに関してだが、春秋の天皇賞を連覇したライスだけでなく、昨日JBCスプリントで勝ったウララ、そしてスプリンターズステークスで1着獲った後に菊花賞で3着を獲ったキングにと、それぞれ、あるいはまとめてインタビューしたいという依頼が殺到していた。

 

 明らかにアウトな出版社や番組、記者からの依頼に関しては、たづなさんの方で既に断ってある。朝から俺にかかってきているのは、トレセン学園としても問題なく、たづなさんの方でも問題がないと判断した出版社やテレビ局からの電話だ。

 

 あとは受けるかどうかはトレーナーである俺の裁量次第だ。今日ばかりはトレセン学園から割り振られる仕事も全部なしである。

 

 大体は予定が埋まっているから、という理由で断っているが、嘘じゃない。本当に埋まっている。とりあえず向こう二週間は埋まっている。動きが早い記者からの依頼やトレセン学園に好意的な出版社からの依頼、URA絡みの断れないインタビューは全て受けているが、全部受けていたら時間がいくらあっても足りないのである。

 

(インタビューで時間が取られるから、トレーニングは普段より30分延長……それでも普段より短いし、少し負荷を上げるか……でも疲労も抜いていかないといけないし……)

 

 頭ではそんなことを考えつつ、手はスケジュール手帳に向かって当面の予定を書き込んでいく。

 

 これもまた、嬉しい悲鳴というやつだろう。うん、そう思う。本当に嬉しいもん。嬉しい嬉しい……。

 

「はい、チームキタルファの……って、たづなさん? 電話は珍しいですね。どうしたんです?」

 

 俺が考え事をしつつ書き物をしている時、電話が鳴った。そのため取ったら今度は相手がたづなさんで、俺は不思議に思う。

 

 たづなさんは何か用があると部室まで来てくれることが多く、こうして仕事用の固定電話にかけてくることは意外と少なかったりするのだが。

 

 何か悪い知らせだろうか、と俺は身構える。すると、電話口のたづなさんは少しだけ困ったように用件を切り出した。

 

『えっとですね……トレーナーさん、ハルウララさんとキングヘイローさんに関して、ライスシャワーさんと同様にグッズ販売の打診が来まして……』

 

 ガタッ、と俺は椅子を蹴立てる勢いで立ち上がる。

 

「え、ちょ、早くないです? ああでもウララもキングもGⅠで勝ちましたし、当然と言えば当然……なんですか?」

『それがですね、ハルウララさんはGⅠで勝つ前から高い人気があったので、元々そういった話が出ていたんですよ。そのため既にある程度形になっていまして……キングヘイローさんの方も、ちょっと色々あってゴーサインが出ていまして……』

「……色々あって、とは?」

 

 ちょっとたづなさん、マジで忙しいんで変な案件は持ち込まんでくださいね。俺はげんなりとしつつ、行儀が悪いと思いながらも頭を覚醒させるためにコーヒーを飲む。冷たい、苦い、でもこの苦さが脳に響くぅ……。

 

『いえ……私の方にまで詳しい情報が下りてきていないのですが、URA上層部の一部から強い推薦があったとかで……』

「それは……大丈夫なんですかね?」

『キングヘイローさんはGⅠで勝っていますし、人気も高いですから問題はありません。ただ、販売の最終判断は担当トレーナーとウマ娘本人の意思次第ですから』

(うーん……ウララとキングの人気が上がるし、断る理由はない……というか、ここで嫌だって言えるトレーナーやウマ娘っているんだろうか?)

 

 ライスの時に聞いたけど、グッズの販売を取り仕切っているのはURAって話だしなぁ。そうするだけの理由と意味があるなら断るけど、ウララとキングのためにもなるのに断る必要はない。

 

 でもまあ、ここはウララとキングに確認を取るか。あとで折り返す旨をたづなさんに伝えると、俺は電話を切る。

 

 現在時刻は……ちょうど授業と授業の間、休憩時間だな。メッセージアプリを開いてポチポチっとな。

 

『ウララ、ライスみたいにグッズ販売の話が来てるけどどうする? 受ける?』

 

 まずはウララに聞いて……って、なんか遠くから、ウララの『やったー!』って声が聞こえた気がしたけど多分幻聴だと思いたい。教室から距離があるから、聞こえるはずがないよね、うん。

 

『うけるよ! わたしもぬいぐるみ欲しいもんっ!』

 

 ん? チームキタルファのグループチャットの方にメッセージが……。

 

『ウララさん、何を叫んでいるの!? 私の教室まで声が聞こえたわよ!』

『ライスの教室にも聞こえてきたよ?』

 

 ……うん、ウララが部室に顔を出してから聞けば良かったかな? でも放課後だと、インタビューが待ってるからなぁ。

 

『ウララに今、グッズ販売に関する話を振ったからかな……あとキング、君にもグッズ販売の話が出てるけどどうする? 受ける?』

 

 話の流れに合わせてメッセージを送る俺。さて、キングの返事や如何に?

 

『わわっ、キングちゃんの声が聞こえた!』

『ライスの教室までは聞こえなかったよ?』

 

 おおっと、ウララほどじゃないけどキングも驚いて声を上げちゃったか。ライスの時は……嬉し泣きして、それを見たヒシアマゾンちゃんが怒って電話かけてきたっけ。懐かしい。

 

『当然受けるわ! だって私はキングなのよ!?』

『あいよ。それじゃあ受けるって伝えとく。詳細は放課後な』

 

 何がどうすればキングだから、という理由になるのかはわからないけど、どうやら大喜びしているようだ。

 

 メッセージを打ち込んだ俺はスマホをポケットに突っ込んだ。ライスと同じようにグッズ販売するのなら、キーホルダーやぬいぐるみ、携帯ストラップにカレンダーにブロマイドなどが販売されることになるだろう。

 

 俺は部室の一角に視線を向ける。そこにはウララ達が重賞以上のレースで勝った際に受け取ったトロフィーを飾るための棚があり、ライスの各種グッズもライスが獲得したトロフィーのすぐ傍に並べてあった。

 

(あそこにウララとキングの分も加わるのか……うーん、もっと大きい棚を買ってくるか……)

 

 たづなさんへ折り返しの電話をかけながら、俺はそんなことを思うのだった。

 

 

 

 

 

 そしてその日の放課後。

 

 ウララとキングにグッズ販売に関していつ頃からの販売になるか、ロイヤリティーの受け取りなどに関して説明し、()()()()の記者のインタビューや練習風景を撮影したいというカメラマンの要望に応え、ウララ達のトレーニングを今日だけは普段より30分早めに終了させた俺は、ウララ達が着替えている間にパソコンで今日受けたインタビューに関する報告書をまとめていく。

 

 今日受けたインタビューは簡単な方で、新聞や雑誌関係だけである。これでテレビ撮影が入ると滅茶苦茶面倒で、俺としては全てお断りしたい。だが、URAの方からゴーサインが出ている話なので、何回か受ける必要があった。

 

(レースに影響が出過ぎない範囲で収めないとなぁ。ウララ達の人気にもつながるし……どのみちURAが絡むと理事長やたづなさんでも断れないしな……すまじきものは宮仕えってか)

 

 人気だけでなく、グッズ販売の売れ行きにも関わるだろう。ライスはレースで獲得した賞金だけでとんでもないことになっているが、グッズ販売の分でさらにすごいことになっている。

 

 一生遊んで暮らせる、とまでは言わないが、慎ましく生活するなら十分なぐらい稼げているのだ。ウララもキングも、グッズの売れ行きが伸びれば将来お金に困ることがなくなるかもしれない。

 

(ウララはダートのレースばっかりだから賞金はライスやキングよりも少ない……といっても、既に手取りで四桁万円いってるしなぁ。お金の使い方とか、詐欺を防ぐための勉強とかも取り入れるべきか?)

 

 キングは元々良いところのお嬢さんだし、しっかりしているから大丈夫かな? でも、ウララだけでなくライスも危ない気がする。あの子たち、将来悪い男に引っかかったりしないかしら。

 

 特にライスは、このままいくとサラリーマンの生涯収入どころかレースの賞金を抜いたトレーナーの生涯年収すら超えるかもしれないし……。

 

「トレーナー、少しいいかしら?」

 

 俺が報告書を書きながらそんなことを考えると、ふと、キングに呼ばれた。既に制服に着替えており、何やら真剣な顔をしている。

 

「ん? どうした?」

 

 俺がキングへ視線を向けると、キングは何かを言おうとして口を閉ざす。そして俺の顔を見てから視線を彷徨わせたかと思うと、首を横に振った。

 

「……いえ、なんでもないわ」 

 

 お、そうか……なんて、流しはしない。どう見ても『なんでもない』って顔じゃなかったからだ。

 

「グッズの話か? それとも何か相談事か?」

 

 俺は手を止め、キングに向き直る。そして何でも話してみなさい、と言わんばかりに両手を広げた。

 

 キングは迷った様子で目を伏せる。だが、その瞳には何かしらの強い感情が見て取れ、俺は首を傾げた。はてさて、何を言うつもりだろうか?

 

「一つ、わがままを……ええ、わがままを言っても、いいかしら?」

 

 キングにしては珍しい前振りだ。普段は自信満々に、あるいは凛とした表情で話をするキングらしくない。そんなことを考えながらも俺が頷くと、キングはおずおずといった様子で用件を切り出す。

 

「私の次のレースだけど……マイルチャンピオンシップに出てみたいの」

「……ふむ」

 

 次に出るレースを決めよう、という話はこの前からしていた。しかしマイルチャンピオンシップを希望するとは思っていなかったため、俺は小さく首を傾げる。

 

「マイルチャンピオンシップか……理由は?」

 

 マイルチャンピオンシップはその名の通り、マイル走のチャンピオンを決めるためにあるようなレースだ。一年の前半に行われるマイル走のGⅠ、安田記念と並んでクラシック級シニア級問わず出られるマイルレースの頂点と言っていいだろう。

 

 レースの格は当然のようにGⅠ。11月後半に京都レース場で行われる、1600メートルのレースである。

 

 キングは俺の問いかけに対し、ギラギラと熱がこもった眼差しをする。

 

「ウララさんのレースを見て、私もまたGⅠの舞台に立ちたくなったからよ。あなたと目指す、全距離の重賞で勝つという目標……既にマイルはGⅢの東京スポーツ杯ジュニアステークスで1着を獲っているけど、挑むのならより高く、より良い結果を求めたいの」

「…………」

 

 キングの返答に、俺は無言だった。反対するためではない、キングの言葉と瞳に、疼くものが胸中に湧いてきたからだ。

 

 今のキングならマイルだろうと中距離だろうと長距離だろうと、GⅡ……いや、GⅢならかなり高い確率で勝てると思う。よっぽどの強敵とレースが被るかアクシデントでも起きない限り、1着を獲るだろう。

 

 キングも菊花賞で3着になれたことから、己の実力をよく理解しているはずだ。一番苦手な距離でも、十分渡り合える実力がついたのだ、と。

 

 それでもGⅠとなるとほぼ確実に強力なライバルウマ娘が出てくるし、勝てる可能性はぐっと下がる。

 

 だが、それでもGⅠに挑みたい、勝ちたいとキングは言っているのだ。

 

「でも、レースが続きすぎるとあなたに負担をかけるわ……だから、わがままだと思ったの」

 

 俺の沈黙をどう捉えたのか、キングの瞳が揺れた。それを見た俺は椅子から立ち上がると、キングの前に立つ。

 

「何を言ってるんだよ。気にするべきは俺の負担じゃない。お前の負担だ、キング。疲労は抜けてきてるけど、体の調子は?」

「問題ない……いえ、むしろ調子がいいぐらいだわ」

「そうか……お前が挑みたくなったんだろ? それなら遠慮するな。むしろ俺は嬉しいぞ? お前がそう望むのなら、それを叶えるのが俺の仕事だ……いや、違うな。仕事だから叶えたいんじゃないな」

 

 まったく、うちのウマ娘はみんなどうしてこう、俺の心を燃やすようなことを言ってくるのか。燃えたついでに泣かせたいのかな?

 

 だけどまあ、キングの言葉を聞いた俺の返答は一つである。

 

()()()()()()()からそうするんだ。挑もう、マイルチャンピオンシップに」

 

 いっそのことGⅠで全距離の重賞制覇を狙ってもいいな、なんて俺は笑う。元々の目標でも大概だったが、GⅠで達成できればどれほどの偉業になるか。

 

 キングでなければ俺もこんなことは言わないし思わないだろうけど、この子ならそれを可能とする才能があり、実力があり、努力を重ねている。

 

 マイルチャンピオンシップなら菊花賞から一ヶ月近く時間が経つし、疲労の面でも問題はないだろう。

 

 しかし、スプリンターズステークスに菊花賞、そしてマイルチャンピオンシップって流れならさすがに今年のレースはそれで打ち止めかな。GⅠの短距離、長距離、マイルといったりきたりしていたら、キングの体にも負担がかかり過ぎる。

 

 ライスが出る予定のジャパンカップは11月末で、マイルチャンピオンシップはその一週間前だから被らない。ウララも……次はチャンピオンズカップか東京大賞典を狙うなら被りはしない。

 

 たづなさんに話した通り、今年いっぱい大変かもしれないな……でも、レース研究をやり過ぎても逆効果だと悟った。というか、セイウンスカイやツインターボのように通じない場合もあるため、これまで洗い出した情報プラス直近の2、3レースの研究をすれば問題はないだろう。

 

 あと……うん、さすがにそろそろ体力も限界だ。ブレーキをかけないとぶっ倒れてレースどころじゃなくなる。

 

 俺の言葉を聞いたキングは、呆気に取られたように目を瞬かせる。そしてしばらくしてから気の抜けたように微笑むと、小さく拳を作って何故か俺の胸板を軽く叩いた。

 

「あなたは……そういうところよ?」

「え? どういうところ?」

 

 前からこうだったと思うけど……あれ? 何かおかしなことを言ったっけか? キングがGⅠに挑みたいって言うから、俺もオッケーを出しただけなんだけど。

 

 俺が不思議がっていると、キングはもう一度軽く俺の胸板を叩いた。

 

「もう……おばか」

「ええー……キングなら勝てると思ったからオッケー出しただけなのに……」

 

 ウララの走りに触発されたからより難易度が高いGⅠに挑みたい、なんて俺の心をくすぐっておいて、酷い言い草である。そんなことを言われたら俺が断るわけないだろうに。

 

「むぅ……」

 

 俺がキングと話をしていると、何故かライスが俺とキングの間ににゅっと滑り込んできた。どうした急に。

 

「お兄さま、今日はウララちゃんがGⅠを獲ったお祝いをするんでしょ? 時間、なくなっちゃうよ?」

「ん? おお、もうこんな時間か。んじゃ、商店街に行って買い物をするか」

 

 今日だけは30分早めにトレーニングを切り替えたのは、これが理由だ。ウララを祝うため、ウララが希望した人参ハンバーグを作って食べさせるのである。

 

 時刻は午後6時前と、今から商店街に行って買い物をして、料理して……まあ、寮の門限までにはウララ達を帰らせることができるだろう。

 

 昨日はレースの時間が遅かったため、さすがにお祝いをすることができなかったのだ。ウララもだけど、ライスは秋の天皇賞、キングは菊花賞からそこまで時間が経っていないから丁度良い息抜きになるといいなぁ、って。

 

 そんなわけで、俺も今日のところは少しでも休むべく、ウララ達と一緒に商店街へと向かったのだが――。

 

「んっ? ウララちゃん? おーいみんなー! ウララちゃんが来たぞー!」

 

 商店街に到着するなり、近くにいたおっちゃんにいきなり叫ばれた。そして近くのお店や建物から客も店員も問わず人々が顔を覗かせる。

 

「おおー! ウララちゃん!」

「昨日のレース見たわよ! おめでとうねぇ!」

「おめでとうウララちゃん! とうとう君もGⅠウマ娘か!」

 

 わらわらと寄ってくる人、人、人。まさに人の波ってぐらいに人々が押し寄せてくる。

 

「おお、今日はライスちゃんも一緒か!」

「ライスちゃんも秋の天皇賞で1着おめでとう!」

「というか春秋連覇おめでとう!」

「新聞は取ってあるしニュースも録画してあるぞ! おめでとうライスちゃん!」

 

 祝福の言葉をかけられたのはウララだけではない。ライスも先日の……というか三日前の秋の天皇賞で勝ったことを祝われる。

 

「キングちゃんは菊花賞、惜しかったなぁ」

「さすがに世界レコードが相手じゃ仕方ないべ」

「だよなぁ……でもスプリンターズステークスから菊花賞に出て3着なら立派だよ」

「次は何に出るんだい? 次こそはキングちゃんなら勝てるって!」

 

 そして、キングもまた周囲から笑顔で声援を送られていた。ウララとライスは純粋にお祝いされたが……なるほど、褒められてこそいるが、キングが再びGⅠに挑みたいって思うのもわからなくもない。

 

 でも、それが焦りによるものなら俺も止めるけど、キングの場合はより困難な方へ挑みたいという思いがあるから俺としても中々に止め難い。

 

 この辺りはトレーナー次第だろうか。重賞は重賞でも、GⅠより勝ちやすいGⅡやGⅢに挑ませて勝ち数を伸ばしたり、結果を残させてやるというのも一つの手だろう。だけど俺としてはキングが納得のいくように挑ませてやりたいしなぁ。

 

「ええ、ありがとう。次こそはこのキングが勝つところを見せて差し上げるわ。この、チームキタルファのキングヘイローが勝つところを、ね」

 

 周囲の声に不敵に微笑み宣言するキング。うーん……このキングクオリティよ。やっぱりこの子の性格、いいなぁ。

 

 そうやって俺がキングの話を聞いている僅かな間、目を離していたほんの数十秒でウララとライスが人の波に飲み込まれて見えなくなってしまった。ウララもだけど、ライスも商店街のアイドルだからね、仕方ないね。

 

 『ウララちゃんもライスちゃんも、これを持っていって!』だとか『お祝いよ! 後で食べてね?』だとか『サインちょうだい!』だとか聞こえてくる。

 

 俺はそうやって揉みくちゃにされるウララとライスを、遠くから眺める。周囲からのお祝いの声に嬉しそうに笑う、ウララとライスの姿を。

 

 レースで勝った直後やウイニングライブを見ている時も実感するけれど、こうして日が経ってから周囲の人々からお祝いされたり、新聞の記事を読んだり、ニュースで流れたりすると、ああ、本当に勝ったんだなぁ、なんて思う。

 

 ライスはGⅠ4勝にして長距離GⅠ制覇、春秋天皇賞制覇と、意識していなかった肩書きが後になってついてくる。

 

 ウララもJBCスプリントで勝ち、キングもスプリンターズステークスで勝ったことからGⅠウマ娘の仲間入りだ。

 

 もちろんGⅠじゃなくてもレースで勝ってくれたら嬉しいし、喜ぶ姿を見るとこれまた嬉しくなる。それでも、そうやって勝ってくれるのはウララ達の努力の賜物だ。

 

「トレーナー! 見て見て! こーんなにたくさんもらっちゃった!」

「お、お兄さま……ライス、目が回っちゃう……」

 

 俺が感慨に耽っていると、十分以上経ってからようやくウララとライスが解放された。ウララは両腕にたくさんのビニール袋を下げ、ライスは商店街のおばさま方に撫で回されたのかフラフラと目を回している。

 

「うわぁ……こりゃまた、ずいぶんとたくさんもらったな……お礼はちゃんと言ったか?」

「うんっ! もっちろん!」

 

 人参だけでひいふうみい……ははは、ぱっと見ただけじゃ数えきれないぐらいもらってる。他にも野菜がいっぱいだ。というか、野菜が玉ねぎとか人参とかピーマンとか、いつも俺がハンバーグを作ってあげる時に使う材料ばかりである。あとパン粉とか牛乳も突っ込んであるし……。

 

 俺はウララやライスを構い倒して満足している商店街の面々へ視線を向ける。そして頭を下げようとすると、それを制するように笑顔を向けられた。気にするな、ということらしい。

 

 ありがたいことだ。また今度、色々と買いに来なければ……。

 

「そんじゃ、あとはひき肉を買ってトレセン学園に戻るか。みんな、ハンバーグはどれぐらい食べたい?」

「たくさんっ!」

「ライスもたくさん食べたいな」

「私はほどほどでいいわ」

 

 ウララとライスはたくさんで、キングはほどほどをご希望だ。なお、ウマ娘であるキングのほどほどは、成人男性の俺の数倍に匹敵する。ウララとライスは……うん、十倍を超えるかな。

 

 こうなったら腕によりをかけて作らなければなるまいよ。フライパンを複数枚使用して同時並行で、なおかつ生焼けにならないよう細心の注意を払って作らねば……。

 

 俺はあらかじめ注文していたひき肉をお肉屋で受け取り、ついでに売れ残っていたひき肉も全て買い上げ、ウララ達と共にトレセン学園へと帰って行くのだった。

 

 

 




Q.以前の話でキングが出るレースでマイルチャンピオンシップが省かれていたのはなんで? 日程もちょうどいいよ?
A.今回出すためだったんだよ!





A.キングは既にマイルの重賞(GⅢの東京スポーツ杯ジュニアステークス)で勝っていたから。だから中距離と長距離の重賞の話しかしていなかったのです。

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