リィンカーネーションダービー ‐新人トレーナーがんばる‐   作:烏賊メンコ

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第74話:新人トレーナー、マイルチャンピオンシップに挑む

 キングが挑むマイルチャンピオンシップは京都レース場で行われるフルゲート18人、1600メートルのGⅠレースである。

 

 マイルの中では短い距離のため、キングにとって走りやすいレースと言えるだろう。ただし、出走がかぶったタイキシャトルは安田記念で勝利したトップクラスのマイラーだ。

 

 タイキシャトルは中距離以上のレースが苦手なため、ぶつかるとは思っていたけど……エルコンドルパサーが出てこなかった以上、最大の壁はタイキシャトルで間違いないだろう。

 

 桐生院さんのところのミークも侮れないが、マイルレースにおいてはタイキシャトルの方が警戒度は上である。

 というかミークはジャパンカップは避けたのか……秋のシニア三冠に挑むライスだけじゃなく、トウカイテイオーやメジロマックイーンも出てくるだろうし、さすがにクラシック級で挑むのは厳しいと思ったのかな? もしくは収得賞金的に、出走を希望しても漏れることを危惧したのか。

 

 ただ、スペシャルウィークやオグリキャップ、ビワハヤヒデやセイウンスカイといった面子はジャパンカップの出走を希望しそうだ。オグリキャップはマイルチャンピオンシップに出てくるかも、と思ったんだが……あるいはジャパンカップも回避して、GⅡやGⅢに出る可能性もあるか。

 

 有記念を狙うためにトレーニングに励む、なんて可能性もある。まあ、そんな可能性まで考えていたら、どこまで備えて良いかわからないためほどほどにしておこう。

 

 クラシック級とシニア級。最低でも一年以上トレーニングやレース経験の差があるため、実力差も大きくなる。だが、中にはセイウンスカイのように世界レコードを叩き出すウマ娘もいるため、レースに出てきた場合は油断はできない。

 

 去年菊花賞を走った時のライスがセイウンスカイとぶつかっていたならば、ほぼ確実に負けるだろう。だが、この一年でライスも大きく成長している。強敵が多いとマークする相手を選ぶのも大変だが、ライスはそれはそれで燃えるタイプだ。マークなしの先行で真っ向勝負という手段も取れるし、当日の各ウマ娘の調子次第だろう。

 

 しかしまずは目先のマイルチャンピオンシップである。第11レースで出走時刻が15時40分だ。京都レース場のため、前泊して挑むことになる。

 

 ……というか、現在前泊中である。京都の温泉で体を休め、美味しい京都料理に舌鼓を打ち、短い時間ながらのんびりと休んでいる。

 

 キングの仕上がりに関しては、可能な限り仕上げてきた。やっぱりというべきかインタビュー関係で普段より調子が狂っている感じがするが、それでも好調だろう。

 

 京都へと出発する前、午前中の内にトレセン学園で軽いメニューを消化させたが、動きは良かった。あとはレース当日の昼までに軽く京都の町中を走らせ、体をほぐしてレースに挑むだけである。

 

「トレーナー、どう? きもちいい?」

「ああ……気持ちいいぞ……」

 

 なお、俺は今、ウララに体をほぐされていたりもする。ウララが風呂上がりに肩を揉んでくれているのだ。至福のひと時である。

 

「お客さん、こってますねー。ウララマッサージできもちよくなってくださいねー」

「あー、そこそこ……ウララマッサージで気持ちよくなるぅ……」

 

 なんて寸劇をしながら、俺は身を任せる。夏の合宿の時と同様に、ウララがマッサージをしてくれると言うので頼んだが、これは癖になりそう……というか溶けそう……。

 

 ちなみに場所は俺が宿泊するための個室である。隣の部屋がウララ達用に取った部屋で、三人部屋だ。以前のようにマッサージを受けてすやぁっと気を失っても良いように、俺の部屋で肩を揉んでもらっている。

 

「お兄さま、次はライスが肩を揉んであげるね?」

「まったく……明日がレースだというのに、くつろぎ過ぎじゃないかしら?」

 

 あと、何故かライスとキングも俺の部屋にいる。一人部屋だからちょっと狭く感じるけど……あああ、ウララの肩揉みの前ではどうでも良くなっちゃう……。

 

 と、そこで肩揉みがウララからライスへとバトンタッチされた。話を聞いたライスが是非やりたいと立候補してくれたのである。

 

 夏の合宿の時は浴衣姿だったが、11月も半ばを過ぎた京都はだいぶ冷えてきているため俺もウララ達もパジャマ姿だ。俺は紺色のパジャマ、ウララが桃色のパジャマ、ライスが青色のパジャマ、キングは黄色のパジャマである。風邪を引いたら困るし、温かくして寝ないとね。

 

「それじゃあお兄さま……触るね?」

 

 そう言ってライスが俺の両肩に手を添える。それは優しい手付きで、ライスは何故か最初は肩回りやら背中やらを撫でていたが、徐々に力が強くなっていく。

 

「おおおおおお……これは……効く……というかライス、ライスさん!? 力……がっ、強い……強いですよ!?」

「あわわっ! ご、ごめんなさいお兄さま! ライス、こ……ううん、ついうっかり、力を入れすぎちゃった……」

 

 ライスは慌てたように謝ると、一気に力が弱くなる。うん……身体能力が違うからね、握力とか腕力も強いんだよね……あれ? そうなると最初から俺が気持ち良いぐらいの力加減ができたウララは、案外気遣い上手ってことか?

 

 俺がウララを見ると、ウララは笑顔で首を傾げる。しかし俺とライスのやり取りが面白かったのか、パジャマのズボンから伸びた尻尾がパタパタと左右に揺れていた。

 

「まったくもう……何をやってるのよ」

 

 そして俺達のやり取りを見たキングは、そう言って緊張がほぐれたように微笑むのだった。

 

 

 

 

 

 翌日、マイルチャンピオンシップの当日である。

 

 朝からキングの調子を確認した俺は、特に問題がなく、調子も良いと判断を下した。気合いも十分乗っていて、キングの意気込みも強い。

 

 そんなわけで、昼飯をきちんと食べさせてから京都レース場に向かったのだが……。

 

「あっ……」

 

 京都レース場に入場したところで、桐生院さんやミークと鉢合わせた。桐生院さんは俺の顔を見ると、気まずそうな顔をする。

 

「ど、どうも……」

「こんにちは、桐生院さん。ミークもこんにちは」

 

 俺は桐生院さんとミークに挨拶をした。すると、ミークはともかく、桐生院さんは視線を彷徨わせる。ん? なんだこの反応。まさかレースでぶつかることを気にしているのか? いや、さすがにそれはないか。

 

 俺が不思議に思っていると、桐生院さんは数回深呼吸をして真剣な表情を浮かべる。

 

「今日はライバル同士ですね……今日は、いえ、今日こそはわたしのミークが勝ちます」

「…………」

 

 いきなりのライバル宣言、いや、勝利宣言である。それを受けた俺はミークへ視線を向けるが、ミークも真剣な表情で俺とキングを見据えている。

 

 それならば、俺の答えは一つしかないだろう。

 

「なるほど、ライバル同士ですか……でも、俺のキングが勝ちます」

 

 桐生院さんの気概に応えるように俺は笑う。相手がミークでも、そしてタイキシャトルでも答えは変わらない。俺のキングが勝つ。それだけだ。

 

 俺の返答を聞いた桐生院さんは、どこか満足そうに微笑む。

 

「そうですか……それでは良いレースをしましょうね」

「ええ……良いレースをしましょう」

 

 桐生院さんは俺達に背中を向けて立ち去る。ミークはぺこりと頭を下げると、桐生院さんを追って駆けていった。

 

(いやはや……こりゃあタイキシャトル並に警戒しないとまずいな)

 

 マイルのレースではタイキシャトルの方が上だと思っていたが、今日の桐生院さんもミークも到底侮れない。元々侮るつもりは欠片もなかったが、警戒度をもっと高めるべきだろう。

 

 マイルチャンピオンシップはシニア級のウマ娘が多く出てくるレースだが、それ以上に警戒するべきだと思う。

 

「トレーナー」

「ああ」

 

 キングが俺の隣に立ち、声をかけてきた。たった一言の呼びかけだが、そこに込められた思いは一緒である。

 

「勝つぞ」

「勝つわ」

 

 そう言って決意が込められた表情を浮かべ、キングは控室へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 そして、俺はウララやライスと一緒にパドックへ向かう。いつも通り最前列に陣取ると、柵に両肘を置いてパドックでのお披露目が始まるのを待つ。

 

『5枠9番、キングヘイロー』

 

 お披露目が始まり、しばらく経つとキングがパドックに姿を見せた。普段通り自信満々、凛とした表情で立つキングを見た観客からは歓声が上がる……が、時折歓声以外の声も聞こえてくる。

 

「キングヘイロー、今度はマイルチャンピオンシップに出てきたのか……」

「スプリンターズステークスから菊花賞に出た時も驚いたけど、今度は長距離からマイルって……大丈夫なのか?」

「トレーナーが無理させてるんじゃないだろうな……賞金のために、とか……」

 

 マイルの方がキングの距離適性的に楽なんだよなぁ、なんて思うが何も言わない。観客達の言葉は、キングを心配してのものだからだ。キングがファンに愛されている証拠である。

 

 というか、短距離、長距離、マイルの順番でGⅠに出すとか心配の一つもしたくなるだろう。俺はキングの体調や調子をくまなくチェックしているから問題ないと判断できるけど、観客はそうじゃない。あと、賞金より時間をくれ。

 

「っ!?」

 

 おっと、ライスがウマ耳と尻尾をピンと立たせながら振り向こうとしたため、頭に手を乗せて止める。よしよし、怒ってくれるのは嬉しいけど、俺は気にしてないからライスも気にするな。

 

「でも、お兄さま……」

 

 ライスは不満そうに俺に視線を向けてくる。ウララは……おっと? ウララもウマ耳を前にぺたんと倒し、どことなく不満そうだ。俺の服の裾をぎゅっと握り、尻尾を俺の太ももに絡めてくる。くすぐったいぞウララ。あと、俺は大丈夫だからな?

 

「なあに、観客の人達もキングを心配してああ言ってるんだ。俺はキングなら大丈夫だと思ってるし、実際に大丈夫なよう育ててきたつもりだけど、レースを見る人からすればその辺りはわからないしな……そりゃあ心配の一つもしたくなるってもんさ」

 

 自分が応援しているウマ娘が賞金目的で酷使されているんじゃないか、なんて考えたら居ても立っても居られないだろう。直接俺を問い詰めない辺り、観客も()()()()()()のか、あるいはキングならなんだかんだで問題ないと信じているのか。

 

 俺がそう言うと、ウララもライスも不満そうな様子ながら引き下がる。前世なら……たとえばプロ野球なんかで熱心なファンなら、球場で監督に向かって選手を酷使するなと叫んでいるような場面だろうか。いや、前世じゃなくても今世のプロ野球でも熱心なファンは叫ぶな、うん。

 

 俺は一人頷く――と、キングを見ると、お披露目を終えたキングが腕組みをしながら次のウマ娘のために場所を譲るのが見えた。ただ、腕組みをしながら、手で自分の腕を強く握っているような……。

 

(いかんな……キングにも聞こえちまったか……)

 

 ウマ娘は聴覚が優れているし、観客の声も当然のように聞こえただろう。しかしキングが激昂することはなく……ただし、その瞳に燃えるような気炎が宿ったように見えた。

 

『5枠10番、タイキシャトル』

 

 キングに続いてパドックに姿を見せたのは、タイキシャトルだ。勝負服姿だが、相変わらずリボルバーを収めたホルスターが気になる。あれってやっぱり実銃……いや、まさかな。

 

 タイキシャトルは……うーん、さすが東条さんが育てているウマ娘だ。夏の合宿で模擬レースをした時よりも、更に体が仕上がっているな。

 

 調子も良さそうで、西部劇のガンマン風なへそ出しルックで笑顔を振り撒いて観客達を魅了している。

 

『7枠14番、ハッピーミーク』

 

 さて、次にチェックしたのはミークだが……。

 

(仕上がってるな……調子も良さそうだし、こりゃ難敵だ)

 

 シニア級のウマ娘に勝るとも劣らない……いや、普通に勝ってるわ。というかあと二ヶ月もしない内に新しい年になってシニア級になるし、この時期にシニア級に勝てる水準になっててもおかしくないわ。

 

 当然、元々シニア級だったウマ娘達も鍛えられた体をしているのだが……その辺りを差し引いても、ミークの方が上か。

 

「トレーナー」

 

 そうやって俺が観察していると、お披露目が終わったキングが声をかけてくる。その表情は普段通りだったが、声が少しだけ固くなっていた。

 

()()()

 

 俺はキングの名前を呼ぶ。するとキングははっとした様子で俺を見た。だから、敢えて笑顔を浮かべてみせる。

 

「タイキシャトルもミークも強敵だ。レースに勝つことだけに集中すること。いいね?」

「そう、ね……ええ、そうだわ。()()()()()()ね」

 

 キングは大きく頷くが……うーん、ちょっとこう、気負ってる感じがするな。

 

「キング、もうちょっとこっちに近付いてくれるか?」

 

 俺はおいでおいで、と笑顔でキングを手招きする。

 

「何よ。そろそろ……きゃっ」

 

 そして、近付いてきたキングの頭をわしゃわしゃと撫で回した。キングは驚いたように体を跳ねさせると、目を見開いて俺を見てくる。

 

「よーし、余計な雑念は消えたか? それじゃあ――勝ってこい!」

 

 続いて、俺はキングの背中を軽く叩いた。するとキングは呆気に取られた様子で俺を見詰め、十秒ほどしてから不満そうに口を開く。

 

「もう、髪が乱れたじゃない……おばか」

 

 そう言いつつ、キングは手櫛で自分の髪を整えていく。しかし口元を僅かに緩ませると、背中を向けてから俺達に向かって軽く右手を振った。

 

「それじゃあ、行ってくるわね」

「ああ」

「がんばってね、キングちゃん!」

「応援してるね」

 

 俺達の声にひらひらと手を振り、キングはコースへと向かうのだった。

 

 

 

 

 

『徐々に冬の寒さが近付きつつあります、京都レース場。これから本日のメインレースである第11レース、芝1600メートルのGⅠ、マイルチャンピオンシップが始まります。バ場状態は良の発表です』

『ジュニア級を除けば今年最後のマイルのGⅠです。フルゲート18人の出走となりますが、一体誰が勝者となるのか。好走に期待しましょう』

 

 京都レース場にファンファーレの音が鳴り、実況と解説の男性がそれぞれ声を発する。

 

 京都レース場で行われる芝の1600メートルのレースは、第2コーナーの出口につながる形で設けられた直線からのスタートになる。

 

 そして内回りでゴールを目指す形になるのだが、淀の坂を含めて第3コーナーに至るまでに700メートル近い直線を駆け抜けるという少々変則的なコースだ。

 

 最初の直線でどの位置につけるかで、その後のレース展開も変わるだろう。

 

『5枠9番、キングヘイロー。2番人気です』

『芝のクラシック級の黄金世代の一角にして、スプリンターズステークスの覇者がマイルチャンピオンシップに姿を見せました。間に菊花賞を挟まなければ順当とも言える出走だったのですが……短距離から長距離、そして今度はマイルのGⅠに出てきたキングヘイローがどのような走りを見せるのか。注目です』

 

 そうこうしている内に、キングがゲートインする。距離があるため表情をしっかりと確認することはできないが、観客席には視線を向けず、集中した様子で真っすぐと前を向いているように見えた。

 

 というか、シニア級のウマ娘を差し置いての2番人気である。キングが2番人気ということは、1番人気はおそらくタイキシャトルだろう。

 

 ……で、キングに向かって大歓声が飛んでいるが、一部ブーイングも飛んでいる。まあ、ブーイングといっても『本当に大丈夫かー!?』とか『無理するなよー!』とか、キングの身を案じる声だ。

 

 中には『何考えてんねんキタルファのトレーナー!』みたいな声も混じってるけど、キングを全距離のレースで勝たせることしか考えてないです、ええ。

 

『5枠10番、タイキシャトル。1番人気です』

『NHKマイルカップではエルコンドルパサーと争って2着、安田記念では1着を獲ったこともあり、クラシック級ながら堂々の1番人気です。距離適性の影響でクラシック三冠に挑んではいませんが、それでも黄金世代級のウマ娘ですよ』

 

 続いて、タイキシャトルである。当然のように1番人気で、キングを上回る歓声が京都レース場を満たす。まあ、こればかりは仕方ない。タイキシャトルはガチガチのマイラーだ。NHKマイルカップで2着、安田記念で1着は伊達じゃない。

 

(ん? タイキシャトルがキングに声をかけてるな……)

 

 先にゲートインしていたキングに対し、タイキシャトルが何やら話しかけているのが見えた。右手をピストルの形にして、笑顔で声をかけている。キングは……うん、なんというか、距離があっても感じる凄味を滲ませながら微笑んでいる。

 

 タイキシャトルの性格的に、挑発ではないだろう。多分、頑張りましょう、みたいなことを言ったんじゃないかな。ただしついでになにかうっかり言っちゃったのかもしれんね。

 

『7枠14番、ハッピーミーク。3番人気です』

『キングヘイローに続き、黄金世代の一角が参戦しました。今年はGⅠで1着を獲っていませんが、ジュニア級でマイルの阪神ジュベナイルフィリーズで1着を獲ったことから上位に推されましたね。この子も期待のウマ娘です』

 

 キングが気負わなければいいが、なんて思いつつ、今度はミークの番である。今年に入ってからはマイルのレースでしっかりとした成績を残したわけではないが、先月の菊花賞のインパクトが強かったのだろう。3番人気に推されており、ゲートに入る前に観客席に向かってペコリと頭を下げている。

 

 相変わらず真っ白な勝負服で、靴も相変わらずのフランスパンみたいな靴なんだが……距離があるからか、以前よりちょっと大きくなってる気がする。さすがに気のせいだろう、うん。

 

 そうやってウマ娘達のゲートインが進んでいくと、最後には観客席が静まり返っていく。歓声を上げても、野次を飛ばしても、最後にはお行儀よく静まるこの瞬間が割と好きだ。

 

 音が遠くなるにつれて、緊張感がぐっと高まるこの感覚が俺の心臓を昂らせる。

 

『各ウマ娘、ゲートイン完了……スタートしました』

 

 バタン、という音と共にゲートが開き、ウマ娘が一斉に飛び出していく。最初の長い直線、はたして誰が出てくるか。

 

『揃った綺麗なスタートを切りました。最初に前に出てくるのは3番デュオスヴェル、続いて8番アップツリー、17番リフレクター。続いて1番コンテストライバル、5番サルサステップ、10番タイキシャトル、14番ハッピーミーク、11番ミニマリーゴールド、16番カルンウェナンが先行集団を形成』

『集中していましたね。良いスタートですよ。最初の直線で誰が抜け出そうとするのか、注目です』

『中団に9番キングヘイロー、2番シャウトマイネーム、4番ロイヤルサーバント、7番トコトコ、15番エキサイトスタッフ、13番リボンオペレッタの順。シンガリ付近に6番デュオシパルー、12番アットワンマイル、18番タイドアンドフロウ』

 

 キングは中団の先頭につけたが、まだ序盤も序盤、スタートしたばかりだ。短距離と比べれば長いが、それでも1600メートルはマイルの中でも短い。どこで仕掛けるかがポイント……なのだが。

 

『向こう正面、長い直線を18人のウマ娘が駆け抜けていきます。おっと、中団の先頭にいたキングヘイロー、前に上がっていきます。先行集団に食い込んで……2人かわしてハッピーミークの隣に並びました』

『菊花賞で3着になったウマ娘ですからね。スタミナは有り余るほどにあるでしょうし、早めに勝負を仕掛けていきそうな雰囲気がありますよ』

『先頭の3番デュオスベル、どんどん逃げていきます。それに釣られるように8番アップツリー、17番リフレクターも前へ前へと急ぎ足。現在先頭から2番手、3番手まで2バ身ほどのリード。しかしそれでも3番手から先行集団の間には1バ身も差がありません』

『全体的にペースが早い気がしますね。最初から飛ばして全員がついていけるのでしょうか?』

 

 マイルチャンピオンシップは毎回勝ち時計が1分32秒から33秒ぐらいになることが多い。今日は良バ場のため、タイムはやはりその辺りになるだろう。

 

『互いに位置を入れ替えながら500を駆け抜け淀の坂へと突入していきます。ここが最初の難関となるでしょうが……んん? するするっと上がっていたのはキングヘイロー、9番キングヘイローが外からウマ娘をかわしていきます』

『先ほどといい、前へ行こうとしていますね。現在は……5番手の位置ですか。しかしタイキシャトルとハッピーミークもそれに続いて上がっていってますね』

『残り1000を通過して淀の坂を上り切り、第3コーナーへと入っていきます。先頭は変わらず3番デュオスベル。飛ばしに飛ばして現在単独で先頭を駆けています。入れ替わった2番手の17番リフレクターとの距離は3バ身、いや、4バ身ほど。そこから1バ身離れて8番アップツリー。先頭からシンガリまでは10バ身ほどと少しずつ縦に伸びてきています』

 

 ウマ娘達が駆ける足音が、少しずつホームストレッチへと近付いてくる。時速60キロから70キロほどで走る彼女たちが地面を蹴りつける音が、観客達のボルテージを徐々に高めていく。

 

『先頭の3番デュオスベルが第3コーナーを通過して第4コーナーへと入っていきます。他のウマ娘達も続々と続き……先頭が残り600の標識を今通過しました。デュオスベル、リードを更に広げて2番手に5バ身ほど差をつけています』

『ホームストレッチは400メートルほどですからね。そろそろ仕掛けるウマ娘が出てもおかしくは……おおっ? 動きましたね』

『さあ、ここで動いたのは14番ハッピーミーク! ぐんとスピードを増し、キングヘイローとタイキシャトルをかわして上がっていく! このまま前にって動いた! 更に動いたぞキングヘイロー! 更に更に! タイキシャトルも加速を始めた!』

 

 残り600メートルを切るなり最初に動いたのは、ミークだった。それに釣られたのか、あるいは最初からミークと同じようにスパートをかける位置を決めていたのか、キングとタイキシャトルも前へと上がっていく。

 

 残り600メートルというのは、かなり長い。それでも勝負を仕掛けてロングスパートを始めたミークには勝算があるのだろう。

 

 どんな距離だろうと問題なく走れるミークのスタミナは、クラシック級のウマ娘の中でもトップクラスに多い。そして、()()()()()()()()()だ。

 

『先頭が第4コーナーを抜けて最終直線へと入ってくる! しかしその後ろ! 上がってきているぞハッピーミーク! 二人かわして現在2番手の位置! 先頭のデュオスベルまではあと3バ身ほど! そんなハッピーミークに続いて1バ身後方にキングヘイローとタイキシャトルも上がってきている!』

『黄金世代二人にマイルの覇者が上がってきましたね。誰が勝つのか、それとも他のウマ娘達が差し切るのか……いやぁ! ワクワクします!』

『各ウマ娘、それぞれがホームストレッチに飛び込んでくる! 先頭は変わらずデュオスベ変わったぁっ! ここでハッピーミークが先頭に躍り出た! 純白のウマ娘が! 大きな靴で地面を蹴り飛ばしながら先頭を駆けていきます! しかしまだだ! それは許さないと言わんばかりにキングヘイローとタイキシャトルが並んでくる!』

 

 残り300メートルもない……が、キングとミークとタイキシャトルが横一線に並び、そのまま一歩も譲らずに駆けていく。

 

 クラシック級でもトップクラスのウマ娘三人による先頭争い。それは観客達を()()()()に叩き込み、ある者は手を叩き、ある者は叫び、ある者は腕を突き上げる。

 

「いけえええええええええええぇぇぇっ! かわせええええええええええキングウウウウウウウウウゥゥッ!」

 

 俺は叫ぶ。コースと観客席を隔てる柵を両手で握り締めると、握り潰さんばかりに力を込めながら腹の底から叫ぶ。ギシギシと音が鳴っているが、それは柵の音か俺の手の骨の音か。

 

「キング! キング! キング! キング! キングちゃんっ! がんばれええええぇぇっ!」

「がんばってキングちゃん! がんばれっ!」

 

 ウララは周囲の観客と一緒にキングコールをして応援し、ライスも出せる限りの声で応援する。

 

 観客達もそれぞれキングやミークやタイキシャトル、そして他のウマ娘の名前を叫んで応援し、少しでも前に行けと発破をかける。

 

『クラシック級の三人が並んだ! 並んだまま譲らない! 譲らなぁい! ラストスパート! 残り200を切っても譲らなぁい! 後続も追うが3、いや、4バ身と差が広がっていく! シンガリからタイドアンドフロウが突っ込んできているがまだ遠い!』

 

 キングもミークもタイキシャトルも息を入れず、我慢比べのように駆けていく。

 

 トップスピードは……互角だ。だが、スタミナはどうだ? それに何より、根性は?

 

 ――根性で俺のキングに勝てるウマ娘は、そうはいないぞ。

 

『残り100! 先頭争いは誰がああっとぉタイキシャトルが僅かに後退した!? 限界か!? 限界なのか!? 先頭争いはキングヘイローとハッピーミークが! 二人が並んでいや並ばないっ!? 僅かに前に出たのはキングヘイロー! 先頭に立ったキングヘイローがそのままゴール!』

「よっしゃああああああああああああああああああああぁぁっ!」

 

 最後の最後でかわし切ったキングの姿に、俺は絶叫するような歓声を上げて両手を空へと突き上げる。

 

『2着は僅かに遅れてハッピーミーク! そして3着はこちらも僅かに遅れてタイキシャトル! 4着にはシンガリから突っ込んできたタイドアンドフロウ!』

 

 キングとミークとタイキシャトルとの差は、それぞれ1バ身もない。だが、残り600メートルという早い段階で勝負を仕掛け合った結果、タイキシャトルからスタミナを奪い取ったのだろう。

 

 ゴールを駆け抜けたキングとミーク、タイキシャトルはそれぞれ大粒の汗を流しながら全身で息をするようにして体を震わせている。最後の残り600メートルで、スタミナだけでなく精神も削り合ったのだろう。

 

『着順が確定いたしました。1着9番、キングヘイロー。勝ち時計は1分32秒1。2着はクビ差で14番ハッピーミーク。3着はクビ差で10番、タイキシャトル。4着は1バ身差で18番、タイドアンドフロウ。5着は1バ身差でトコトコ』

 

 それでも勝ったのはキングだ。俺は目尻に浮かんだ涙を誤魔化すように瞬きすると、目を細めてキングを見る。

 

 キングは荒い呼吸を繰り返しながらも歯を食いしばると、すっと胸を張り、観客席に向き直る。そして右手を突き上げたかと思うと、まるでいつかのライスのようにピースサインを掲げてみせた。

 

 ――GⅠ2勝目。

 

 それを誇るようなキングの姿に、観客からは爆発的な大歓声が上がったのだった。

 

 

 

 

 

「キング!」

 

 コースから引き揚げてきたキングに、俺達はすぐさま駆け寄る。キングは俺達の顔を見ると、口の端を持ち上げるようにして微笑んだ――が、まるで足から力が抜けたように、前のめりに倒れそうになる。

 

「っ!?」

 

 俺は慌ててキングを抱き留めた。そして何事かと思って確認してみると、キングの足が小刻みに震えている。

 

「ふぅ……あなたの顔を見たら、一気に気が抜けたわ……」

 

 だが、キングは平然とそう呟いた。俺に体を預け、安心したように力を抜く。

 

「キング!? 痛みはあるのか!?」

「痛みはないわ。最後、ちょっと無理したから……かしら」

 

 そう話すキングの顔に、苦痛の色はない。ただ無理をしたと、苦笑を浮かべるだけだ。

 

「ウララ、ライス、キングを支えておいてくれ」

 

 俺はそう指示を出すと、その場に膝をついてキングの足を触診する。

 

(筋は切れてない……内出血もない……一気に足に負担がかかって筋痙攣を起こしただけか? 炎症も……走った直後だから熱を持ってるだけ、か……)

 

 キングの状態を確認した俺は、ほっと息を吐く。とりあえず、故障と言えるような故障はしていないようだ。

 

「心臓が止まるかと思ったぁ……焦らせないでくれよ、キング……」

 

 明らかに気負った様子で走っていたため、無理を承知で勝ちに行ったのかと思った。だが、キングの足はギリギリのところでもったらしい。

 

「気負ってた、というかちょっと怒ってた感じがしたから、無理をしないか心配だったけど……ああ……良かった……」

 

 俺は立ち上がると、大きく息を吐く。むしろ安心して俺の足の方が震えそうだ。すると、キングは不満そうに横を向く。

 

「おばか……私は()()()()()()()よ。あなたが悪く言われて、怒らないはずがないでしょう?」

 

 しかし、不満そうな表情はすぐに消えた。キングは俺と視線を合わせると、不敵に微笑む。

 

()()()()()負けたくないと思ったし、勝ってきたわ」

 

 ウララとライスから離れると、震える足に力を込めてしっかりと立ち、どう? と言わんばかりに胸を張るキング。それを見た俺は、大きく息を吐く。

 

「まったく……その気持ちは嬉しいけど、無理をし過ぎだ。罰として、今年いっぱいはもうレースに出さないからな」

 

 俺がそう伝えると、キングは仕方ない、と言わんばかりに肩を竦めるのだった。


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