リィンカーネーションダービー ‐新人トレーナーがんばる‐   作:烏賊メンコ

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第75話:新人トレーナー、思わぬ再会を果たす

 キングが挑んだマイルチャンピオンシップは、1着という結果で終わった。

 

 それは素晴らしい結果で、俺としても諸手を挙げて喜べることである。だが、キングとしてもかなりの負担がかかっていたのか、意地と気合いでウイニングライブを終えたものの、疲労困憊だったため京都でもう一泊し、翌日になってからトレセン学園へ戻ることにした。

 

「キング、本当に大丈夫か? 歩けるか? おんぶしようか?」

「おばかっ! きちんと歩いているでしょう!?」

 

 俺の言葉にそう返すキングだが、痙攣こそ収まったものの足首に軽い炎症が起きていた。痛みはなく、熱っぽいだけでトレーニングの直後にも見られることではあるのだが、レースで限界いっぱい走ったとあって俺としては心配してしまう。

 

 トレーナーとして診た感じ、問題はないという結論が出てくる。しかし心配しないかと言えば話は別だ。

 

 とりあえず2、3日はトレーニングを休ませて様子を見た方が良いだろう。今年いっぱいレースに出さないというのも、半分冗談のつもりだったが今は本気だ。

 

 休ませて様子を見て、問題ないならトレーニングをさせるが、今年残っている芝のGⅠは有記念のみ。マイルチャンピオンシップで勝ったことから人気投票も問題ないだろうが、短距離から長距離、長距離からマイル、そしてマイルから長距離と距離が全く違うGⅠに4連続で出すのはさすがに厳しいだろう。

 

 GⅡやGⅢならいくつかあるが、ここで国内のレースでトップクラスに長いステイヤーズステークスにでも出したらキングのファンから生卵でもぶつけられそうだ。

 

 なお、ウイニングライブ前にキングの母親からいつものように電話がかかってきたが、キングは『今忙しいからあとでかけ直すわ!』と言って即座に切った。そしてウイニングライブが終わり、急遽取り直したホテルで一休みしてからかけ直していた。

 

 多分、キングの母親としては即座に電話を切られたことに驚き、キングから電話がかかってくるまでやきもきとした時間を過ごしたことだろう。キング曰く、普段の五割増しで素直だったようだ。

 

 うん……さすがにウイニングライブ前に電話をかけてこられたら仕方ないかなって。でも、普段ならウイニングライブが終わった後にかけてくるだろうから、多分、テレビでレースを見ていたキングの母親も心配して電話をかけるタイミングをミスったんじゃないかなって思う。

 

 さて、そんなこんなで翌日の昼過ぎに俺達はトレセン学園へと戻ってきた。ウララ達は午後から授業に出るが、俺は昨日戻ってくるはずだった予定が崩れたことに関して報告書を作らなければならない。

 

 今日ばかりは部室でのんびりコーヒーを飲みながらスポーツ新聞のレースの記事を読む、なんてことはできないだろう。レースで疲れ切った担当ウマ娘を休ませるという理由があるし、昨日のうちにたづなさんに電話して許可をもらっているが、こういった報告書はどうしても必要になる。

 

 そんなこんなで、俺は部室で報告書を作っていたわけだが……部室の扉をノックされ、誰かと思って出迎えたらたづなさんが立っていた。

 

「お忙しいところすみません。少しトレーナーさんとお話したいことがありまして」

 

 電話じゃなくて直接ですか? なんてことは聞けない。なんとなく、厄介事の匂いがする。しかし帰ってくださいなんて言えるはずもなく、俺はたづなさんを部室へと通した。

 

「コーヒーで良かったですか?」

「ええ、お願いしますね」

 

 俺はコーヒーメーカーを使ってコーヒーを淹れる。そして横目でソファーに座るたづなさんの様子を観察するが、どうにも表情が読めない。

 

 理事長秘書として忙しいはずのたづなさんが、こうして静かに待っているのだ。何かあるんだろうな、なんて思う。

 

「どうぞ」

「ありがとうございます」

 

 風情がないが紙コップに淹れたコーヒーを差し出すと、たづなさんは砂糖とミルクを入れてから飲み始める。俺も対面のソファーに座り、自分用のブラックコーヒーに口をつけた。ついでに京都で買った生八つ橋をテーブルに置いた。そしてお互いに、ふぅ、なんて言いながら息を吐く。

 

「それで、ご用件は? 昨日の宿泊の件ですか?」

 

 ウララとライスだけでも先に帰らせれば良かったかな、と思わなくもない。だが、ウララとライスの二人だけで新幹線に乗せて移動させるのは、さすがにまずいと思ったのだ。

 

 ライスがいるため降りる駅を間違える、なんてことはないだろうが、ウララもライスも有名人……有名ウマ娘である。トレーナーである俺が同行していない場で何かあれば大変だ。そのため一緒に帰ってきたのだが……。

 

「その件に関しては問題ありません。本日割り振る予定だった仕事も、私が片付けておきましたし」

「……ありがとうございます」

 

 たづなさんの言葉に俺は素直に頭を下げる。非常にありがたい話だが、本題の前振りとしては嫌なパターンである。

 

 たづなさんは俺が置いた生八つ橋を一つ食べると、口元に手を当てながら『美味しい……』と小声で呟いた。うーん……可愛らしいお人である。

 

 そんな俺の視線に気付いたのか、たづなさんは少しだけ照れた様子で微笑む。しかし一度咳払いをすると、本題を切り出した。

 

「キングヘイローさんなんですが……有記念に出走する予定はありますか?」

「有記念、ですか」

 

 そして、出てきた話に思わず眉を寄せる。少し、いや、割と予想外の話題だった。

 

「昨日のレースでけっこう無茶をしたんで、今年いっぱいはレースに出すつもりはないんですが……」

 

 キングがどうしても出たいと言うのなら出しても良いが、俺としてはよっぽどの理由がない限り止めるだろう。ライスが出る予定だし、キングを無理に有記念に出す理由がないのだ。

 

 スプリンターズステークスと昨日のマイルチャンピオンシップで勝ったことから、キングはクラシック級の中でも実績面で頭一つ抜け出したと言っていい。

 

 キング以外でGⅠで2勝以上しているクラシック級のウマ娘は、ダートでジャパンダートダービーとJBCレディスクラシックで勝ったスマートファルコンだけだ。出走登録をすればファン投票でも選ばれるだろう。

 

 なお、GⅠ1勝ながら世界レコードを叩き出したセイウンスカイは別枠である。あの子は出走を希望すれば確実にファン投票で選ばれるに違いない。それぐらい世界レコードというのは大きいのだ。

 

「そうですよね……わかりました。それではこの話はここまでにします」

 

 って、思ったよりもあっさりとたづなさんが引き下がった。そのため俺は肩透かしを受けた気になる。

 

「……いいんですか? 妙にあっさりと……」

 

 さすがに気になった俺が尋ねると、たづなさんは苦笑を浮かべた。そして人差し指を立てると、口元に当てる。

 

「オフレコですよ? URAの方から可能ならキングヘイローさんを出走させたい、という要望がありまして。でも昨日のゴール直後の様子から、トレーナーさんならキングさんの出走を回避するだろうなって思ってたんです」

「URAの方からって……キングのグッズ販売を強く推し進めていた人とかですか?」

「いえ、その方は故障が怖いからと反対で……こほんっ、なんでもありません。URAとしては、GⅠで2勝目を挙げたキングヘイローさんが出れば有記念が盛り上がると判断したんでしょうね。しかし、URAも一枚岩ではないので……」

 

 うわぁ、たづなさんが色々とぶっちゃけてきたぞ……でも盛り上がるから出ろって言われたら、ノーと答える。URAよりキングの体の方が大事なのだ。

 

 あと、たづなさんの一枚岩じゃないって言った時の雰囲気的に、()()()()()()()()()()()()()()()()の派閥っぽい、か? それならキングが有記念を回避するって言ったらすぐに引き下がるわ。

 

「理事長も、『憤慨ッ! 無理をさせて故障したらどうするのか!』と憤っていまして……あ、でも、もし出たくなったら問題なく出られますからね? トレセン学園としては無理に出てもらう必要はない、という話ですから」

「それなら良いんですが……」

 

 まあ、シニア級だけでもライスにトウカイテイオーにメジロマックイーン、チームカノープスからも何人か出るだろうし、クラシック級も頭角を現した子が何人もいる。キングを出してみたい気もするけど、まずは休ませないといけないしなぁ。

 

(もしもそれで故障した、なんてことになったら……)

 

 うん、やっぱりなしだ。数日ゆっくり休ませて、来年のレースに向けて鍛えていく方が良いだろう。来年は中距離や長距離で重賞を……できればGⅠを狙いたいしな。

 

「ちなみにですけど、ハルウララさんが有記念に出てきたりは……」

「いや、芝の長距離とかさすがに無理です」

「ですよねぇ……いえ、ダート路線のウマ娘の中では一番人気があるので、話題にはなるかなと思っただけですから」

 

 芝路線のウマ娘の中でもトップクラスの面々が集まる有記念にウララを出したら、後方にぽつんと一人だけで走ることになりそうだ。短距離ならまだ勝負になるだろうけど、長距離は自殺行為である。

 

 たづなさんは俺に意思確認をすると、コーヒーを飲み干してから去っていった。それを見送った俺は、ソファーに座ったままで一人呟く。

 

「有記念か……」

 

 まだ一ヶ月以上先だが、ライスにとっては2連覇がかかっているレースだ。しかしその前にジャパンカップが控えているため、まずはそちらに集中しなければならない。

 

(シニア級は大体予想がつくけど、クラシック級からは誰が出てくるかな……)

 

 そんなことを考え、しばらく思索に耽っていた俺だったが、まずは昨日の報告書を片付けようと立ち上がるのだった。

 

 ――だが、俺の予想から大きく外れるウマ娘が一人、ジャパンカップへと参戦してくることになる。

 

 

 

 

 

 ジャパンカップの前々日。

 

 キングの不調もあくまでレース中の疲労に因るものだと判断でき、軽いメニューながらトレーニングを再開し始めた頃。

 

「……マジか」

 

 俺は届いたジャパンカップの出走表を確認して、思わず固まっていた。

 

 クラシック級からは、スペシャルウィークとオグリキャップ、セイウンスカイにエルコンドルパサー、ウイニングチケットの5人。

 

 シニア級からはライスにトウカイテイオー、故障から復帰したメジロマックイーン、メジロパーマーにナイスネイチャ、マチカネタンホイザにツインターボ。

 

 そして――ミホノブルボン。

 

「見間違い……じゃあ、ない……な」

 

 もう一度名前を確認して、俺は呟く。

 

 復帰できたのか、という喜び。そして、それ以上に困惑の感情が湧き上がる。

 

 去年の菊花賞以降、ミホノブルボンは怪我の療養で長期離脱していた。今年に入ってから1戦もしておらず、約一年ぶりの出走になる。

 

(長期療養明けにGⅠ出走……さすがに無理があるだろ……いや、チームスピカのメンバーなら割とザラだけどさ……)

 

 無茶だろ、と思ったものの、割と身近なところに長期療養明けでGⅠに出て勝ったウマ娘がいるため困る……でもやっぱり無茶だと思うわ。

 

(まずはオープン戦か、せめてGⅢで1戦挟んでGⅠにって思うのは俺が甘いだけなんだろうか……)

 

 いくらウマ娘といっても、体の頑丈さには限度がある。もちろん故障を完治させて体を完璧に仕上げてきたという可能性もあるが、勝負勘はどうしても鈍るだろう。

 

 また、うちはライスがいるためミホノブルボンの動向は極力確認していたが、完治してトレーニングに励んでいる、といった話も聞いたことがなかった。いくらミホノブルボンでも、一年近い療養での衰えとブランクがあるのにぶっつけ本番でレースに出てくれば惨敗は免れない。

 

 つまり勝ち目があるからこそ、レースに出してきたと見るべきなんだが……。

 

(クラシック級はまだしも、シニア級のウマ娘はミホノブルボンが故障した後も走り続けてきた子が多い……その差は歴然だと思うんだが……)

 

 去年の菊花賞では激戦を制してミホノブルボンを差し切ったライスだが、あれから一年で更に強くなっている。その反面ミホノブルボンは一年の停滞……いや、()退()があったわけで、さすがに無謀も良いところだろう。

 

 ミホノブルボンが復帰することに関しては、素直に嬉しい。長期療養に入って音沙汰もなかったため、引退してもおかしくないからだ。そんなミホノブルボンが復帰するのは本当に嬉しいのだが……。

 

(ライスがどんな反応をするかな……)

 

 ライスのことだ。ミホノブルボンが復帰したとだけ聞けば、きっと素直に喜ぶだろう。だが、ジャパンカップでぶつかると聞けばどう思うか。

 

 喜ぶのか、怒るのか、無謀だと思うのか、どうなのか。ライスとはなんだかんだで一年以上の付き合いだが、こんな時にどんな反応をするかまでは予想できない。

 

 ライスにとって、ミホノブルボンは大きな存在だ。ミホノブルボンに勝つためだけに故障寸前まで体を鍛え上げ、そして去年の菊花賞で勝利した。

 

 ()()()()()()()()()()は、去年の菊花賞以降のライスである。それ以前のライスにとってミホノブルボンがどれほど大きな存在か。それによって反応が変わるだろうが――。

 

「……ブルボンさんがジャパンカップに?」

 

 放課後、出走表を見せながらミホノブルボンがジャパンカップに出てくることをライスに教えたものの、反応は思ったよりも淡白だった。

 

 もっと大喜びするとか、ビックリするだとか、大きなリアクションが返ってくると思っていた俺は眉を寄せる。

 

「ああ。ライスは何か聞いてたか?」

「ううん。ライスも初めて聞いたよ、お兄さま……そっか、ブルボンさんが……」

 

 ライスは俺と同じように眉を寄せ、小さく首を捻る。嬉しそうではあるものの、それ以上に腑に落ちないといったところか。

 

「去年、ライス先輩に菊花賞で破れるまでは無敗かつクラシック三冠に手をかけていたわよね? でも、今までずっと療養していたのならさすがに無謀も良いところだわ」

 

 話を聞いていたキングが肩を竦めながら言う。うん、それは俺も同意見だ。

 

 最近は忙しかったからチェックしていなかったが、ミホノブルボンは復帰してから……多分、最長でもトレーニング期間が三ヶ月もない。菊花賞で負けるまでは無敗だったため収得賞金は問題ないだろうが、今の実力はどうだろうか。

 

 治療が完了するまでトレーニングはもってのほか。治ってもまずはリハビリから始め、日常生活を問題なく送れるようになるまで回復させ、そこからようやく軽いトレーニングから始めて体を鍛え直すのだ。

 

 ミホノブルボンのトレーナー……あのちょいとおっかない出で立ちの先輩が如何に辣腕のトレーナーといっても、限度がある。

 

 ミホノブルボンの全盛期――()()()()()()()()()()()()まで鍛えられていたら、最早奇跡としか言い様がないだろう。

 

 だが、それ以上に鍛えるのはどんなに天才的な手腕があっても不可能だ。東条さんですら不可能だろう。俺はそう思うが、レースは実際に走ってみなければわからないものである。

 

 ないとは思うが、奇跡の大復活を遂げて復帰戦でいきなり世界レコードでかっ飛んでいく可能性も……いやうん、さすがにないわ。トウカイテイオーの長期療養明けに即GⅠに出走して1着も大概ぶっ飛んでるけど、さすがにないわ。

 

 となると、一体どんな目的があってジャパンカップに出てくるか、だが。

 

 俺がライスと一緒に出走表を見ていると、部室の扉がノックされる。それに気付いたウララがパタパタと駆けていくが、扉を開けてみるとそこには件のウマ娘、ミホノブルボンが立っていた。

 

「失礼いたします。こちらにライスさんがいらっしゃると思うのですが……」

 

 そう言って一礼するミホノブルボン。制服姿だったが、以前と変わらずどこか機械っぽい動きである。

 

 ただ、以前と変わっていることがあるとすれば、故障していた右足を庇うこともなくきちんと立てていることか。また、その表情もどこか柔らかく見える。

 

「ブルボンさん……」

「お久しぶりです、ライスさん」

 

 ライスが声をかけるとミホノブルボンは小さく、しかしはっきりと微笑む。

 

(体の仕上がりは悪くないけど……クラシック級の頃と大差はない、かな?)

 

 ミホノブルボンがライスと話している間に、俺はミホノブルボンの様子をさっと観察する。

 

 想像以上に仕上がった体をしているが、それはあくまでクラシック級の頃の記憶と比べての話だ。実際に走るところを見たわけではないためどこまで走れるかわからないが、ジャパンカップの2400メートルはミホノブルボンにとって得意な距離のためスタミナはもつ……だろうか。

 

 クラシック級の頃と実力が大差ないのならば、この一年間、トレーニングやレースで磨かれ続けたライスにとって恐れるべき相手ではない。ただし、セイウンスカイのようにクラシック級でも世界レコードを出すウマ娘がいるため、油断はしないが。

 

「ブルボンさん……ジャパンカップ、出るの?」

 

 ライスが確認するように尋ねる。すると、ミホノブルボンは大きく頷いた。

 

「はい。私はもう一度、ライスさんと一緒のレースで走りたい、ライスさんと()()()()()()()()()競い合ってみたい……その思いで戻ってきました」

 

 これは……ミホノブルボンからライスへの宣戦布告だ。以前はライスが追う側だったが、今度はミホノブルボンが追う側としてライスに勝負を挑んできている。

 

「まさか復帰するのにここまで時間がかかるとは思いませんでした。今年の4月に一度復帰しかけたのですが、トレーニング中に右足の骨を折ってしまいまして……じれったい日々でしたよ」

 

 ライスにそう語りかけるミホノブルボンの姿に、俺は違和感を覚えた。こう言っては失礼だろうが、以前と比べて人間味があるというか、サイボーグかロボットかって感じの雰囲気が鳴りを潜めている。

 

「ライスさん、あなたは去年の有記念で勝ち、春のシニア三冠に挑み、そして先日、秋の天皇賞で勝利して春秋の天皇賞を制覇した……あなたの活躍は、諦めそうになる私の心に火を灯してくれました」

 

 ライスはそんなミホノブルボンの言葉を黙って聞いている。だが、ミホノブルボンの言葉が琴線に触れたのか、熱気のようなものが溢れ始めているように感じられた。

 

「そして、マスターはそんな私の背中を押してくれた……私を支えてくれました。だからこそ、もう一度レースの舞台に立つことができます」

 

 そう言って、ミホノブルボンは挑むような視線をライスに向ける。

 

「勝負です、ライスさん。今度は私があなたに挑戦します。この勝負、受けてくれますか?」

 

 正々堂々、正面からの宣戦布告だ。ミホノブルボンからの右手を差し出しながらの言葉に、ライスは気迫のこもった笑顔を浮かべる。

 

「ライス、負けないよ」

「ええ、望むところです。それでこそ私の英雄(ヒーロー)ですよ」

 

 互いにそんな言葉を交わして、右手で握手する。そんな二人の姿を見ながら、俺は心の中でポツリと呟く。

 

(もう一度で良いから、か……)

 

 本当に言葉通り、ライスともう一度だけでもレースで戦うためにジャパンカップに出るというのか。仮にそうだとすれば、俺に言えることは一つしかない。

 

「ミホノブルボン」

「はい、なんでしょうか?」

「君のライスと戦いたいって気持ちは嬉しいけど、無茶はするな」

 

 そう言って、俺は敢えて笑う。

 

「ライス、去年の菊花賞では勝ったけど、たしかミホノブルボンに4回負けてるよな? その勝敗、ひっくり返すためにも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と思うんだが……どうだ?」

 

 俺がそう言うと、ライスは花のような微笑みを浮かべる。

 

「うんっ! わたしもそう思うっ! ブルボンさん、一度で良いからなんて言わないで。体を大事にして、もっとライスと走ろ?」

「そう……ですね。それが叶えば良いと、私も思います」

 

 俺とライスの言葉を聞いたミホノブルボンは、やはり小さく、しかしはっきりとわかるぐらいの微笑みを浮かべるのだった。


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