リィンカーネーションダービー ‐新人トレーナーがんばる‐ 作:烏賊メンコ
そして、12月の第一日曜日。
チャンピオンズカップは愛知県の中京レース場で行われるため、朝からトレセン学園から借りた車を使っての移動である。
チャンピオンズカップは第11レースで出走時刻は15時30分。当然のようにメインレースだ。フルゲートで16人。
車を4時間ほど走らせ、余裕を持って現地入りするとウララ達に遅めの昼食を食べさせる。
出発前に準備運動と、体をほぐす程度に一時間ほどトレセン学園の練習コースを軽いペースで走らせてみたものの、今日のウララの調子は良い。ウララ曰く『うららーな気分』だそうだ。
中京レース場でウララが走るのは、昇竜ステークス以来である。スマートファルコンと初対戦し、敗北を喫した場所だ。そういう意味では縁起が悪いのかもしれないけど、あの時の敗北があったからこそウララは悔しさを知ったし、より強くなれた。
昇竜ステークスの時と違うのは、スマートファルコンはいてもタイキシャトルがいないことだろう。あとは年末が近づき、クラシック級のウマ娘達の実力もシニア級とほとんど差がなくなったことか。
それはつまり、警戒しているスマートファルコンだけでなく、他のウマ娘に関してもウララとの実力差がなくなりつつある、ということだが――。
『1枠2番、スマートファルコン』
普段通りレース場入りし、控室へ向かうウララを見送り、パドックに向かって各ウマ娘の調子を確認しようと思ったものの……パドックに姿を見せたスマートファルコンを見て、俺は思わず目を瞠っていた。
「みんなー! ファル子だよー! 今日も応援、よろしくねー☆」
そう言って片足を跳ねさせ、胸の前で拳を構えるという可愛らしいポーズを取ったスマートファルコンの姿に、俺は内心で息を呑む。
(っ……マジかよ……)
ジャパンダートダービーで見た時よりも更に仕上がった体。ポーズ自体は可愛らしいものの、片足立ちしても体幹が微塵も揺らいでいない。以前からそういった傾向があったが更に体を鍛え上げ、バランス感覚なども磨き上げてきたようだ。
そしてなによりも、笑顔を浮かべているもののヒシヒシと伝わってくる威圧感。一挙手一投足が洗練されているというのもあるが、シニア級のトップクラス……芝路線でたとえるならライスやトウカイテイオー、メジロマックイーンに匹敵しそうな凄味があった。
スマートファルコンを育てているトレーナーの手腕か、あるいはスマートファルコン本人の才覚と努力に因るものか。あるいはその両方か。
ウマ娘のレースファン達もそんなスマートファルコンの実力を感じ取ったのだろう。年若いファンはスマートファルコンのパフォーマンスを見て素直に喜んでいるが、年配の、ウマ娘を見る目が肥えていそうなファン達は戸惑い、驚き、困惑したような声を漏らしている。
「すごい仕上がりだな……」
「見ろ、あの足回りの筋肉。今年も一ヶ月も残ってないとはいえ、あれで本当にクラシック級か?」
「筋肉の付き方もバランスが良い……とんでもないな」
ファン達の声に、俺も同意するように頷いた。今パドックに立っているスマートファルコンは、俺が長い期間をかけて筋力のバランスを整え、鍛えてきたライスに匹敵するかもしれない。
仮にクラシックの芝路線にスマートファルコンが出ていたならキングでさえ勝てるかどうか。短距離はともかく、マイルや中距離ならキングでも勝てるか怪しい。そう思わざるを得ないほどにスマートファルコンの肉体は仕上がっている。
だが、肉体以上に気になったのはその気迫だ。一体何があったのか、燃えるような気迫が感じられる。ウマドルらしい可愛らしいポーズ、声色をファンに向けているが、顔は笑顔でも目だけが笑っていないような……。
「お兄さま……あの子、すっごく強くなってる」
「……私がダートが得意なら、勝負を挑んでみたいぐらいね。いえ、向こうが芝に来てくれないかしら?」
ライスは警戒するように俺に声をかけ、キングは競ってみたいと思ったのか好戦的な笑みを浮かべている。俺としてはこちらの予想を遥かに上回るスマートファルコンの仕上がりに、言葉が出ないんだが。
(マイルのチャンピオンズカップならまだ勝負になると思ったが……こりゃ厳しいか……?)
今のスマートファルコンなら、ウララがダートの短距離でぶつかっても厳しいかもしれない。そう思わざるを得ないほどの完成度、そして気迫が宿っている。
『2枠4番、ハートシーザー』
それはレースに出るウマ娘達も感じているのだろう。パドックに姿を見せたハートシーザー……ウララとよくレースでぶつかっている子が、先にお披露目を終えていたスマートファルコンを見るなりびくりと体を震わせている。
ハートシーザーも逃げウマ娘として成長が著しいが、スマートファルコンを見た途端表情が強張った。そんなハートシーザーの様子にスマートファルコンは首を傾げるようにして、可愛らしい笑顔とポーズで声をかけているが……。
(ハートシーザーも笑顔だけど……耳が小刻みに左右に動いてるし、尻尾も丸まってるな……)
警戒と恐怖が同居したような反応だ。恐怖といってももちろん、スマートファルコンが襲い掛かってくるとかそういったことはあり得ない。互いの実力差を感じ取った結果、恐怖や警戒といった感情を覚えてしまうのだろう。
『3枠6番、ハルウララ』
ウララがパドックに姿を見せる。専用の可愛らしい勝負服に身を包んだウララはいつものように元気よく、笑顔で観客達に向かって手を振っている。というかテンションが高いのかぴょんぴょんと飛び跳ねている。
ちょ、ああ、短いスカートでそんな飛び跳ねるとはしたないですわよ! 若い観客達は男女問わず大歓声を上げているし、年配のレースファン達はほっこりとした顔でウララを見てるけど!
ウララはワクワクとした様子で次のウマ娘にパドックの場を譲る。しかし、他のウマ娘達が待機している場所へ向かうと不思議そうに首を傾げている。
ウララはハートシーザーに気付くと笑顔でそちらへと駆け寄った。ハートシーザーもウララの顔を見ると気が抜けたように笑顔を浮かべるが、ウマ耳と尻尾はそのままである。
そんなハートシーザーを不思議に思ったのかウララは首を傾げ――スマートファルコンと、目が合ったようだった。
「っ!?」
ウララでさえも驚いたように、困惑したようにスマートファルコンを見つめている。他のウマ娘と違って気圧されてはいないものの、ウララのウマ耳と尻尾がピンと立ったのが見えた。
ジャパンダートダービーの頃と比べれば成長したはずのウララでさえ、何かしら感じるものがあるらしい。
ジャパンダートダービー、JBCレディスクラシックとダートのGⅠ2つを制したことで、スマートファルコンは一つの
まだレースで走っていないため、スマートファルコンが勝つとは限らない。しかし、今のスマートファルコンが容易に負ける姿も想像できない。
「トレーナー」
しばらくスマートファルコンと見つめ合っていたものの、視線を切って俺のところまできたウララが声をかけてくる。その体は僅かに震えていた。恐怖によるものではなく、ここ最近は見せていなかった武者震いだ。
ウマ耳と尻尾をピンと立たせ、かすかに体を震わせるウララを見て俺は何と言葉をかけたものかと迷う。しかし、ウララは俺の言葉を待っている。俺を見る瞳には一片の迷いもない。
だから俺は膝を折ると、ウララと目線の高さを合わせた。そしてパドックの柵越しに手を伸ばすと、ウララが僅かに前傾姿勢を取って頭を差し出してくる。
「今日のスマートファルコン、強そうだな」
「うん……わたしもそう思うよー。今日のファル子ちゃんね、すっごくつよそーだもん」
ぽんぽん、と頭を柔らかく叩き、そのまま撫でる。するとウララの震えが少しずつ収まり、その目には闘志が湧き上がりつつあった。
「今日は……いや、今日も挑戦者だな。ウララはどうしたい?」
「怪我せず、楽しんで走ってくるっ! それと、ファル子ちゃんに勝ちたいっ!」
ウララの表情がぱぁっと明るく輝く。うん、この笑顔こそがウララの強みだ。俺はワシャワシャとウララの頭を撫で回すと、最後に背中を叩いてウララを送り出す。
「よしっ! 行ってこいウララ!」
「うんっ! いってきまーす!」
「がんばってね、ウララちゃん」
「いってらっしゃい、ウララさん」
「ありがとっ! ライスちゃん! キングちゃん!」
元気よく笑顔で駆け出したウララを見送り、俺達はコースの観客席へと向かうのだった。
『生憎の曇り空ながら、天気は持ち堪えております中京レース場。これから始まりますのは第11レース、ダート1800メートルGⅠ、チャンピオンズカップです。バ場は良の発表となっております』
『ダートを主戦場とするウマ娘の頂点を決めると言っても過言ではありません。本日は中京レース場も超満員、レース場の外に集まったファンを含めれば15万人近い人々が詰めかけています』
中京レース場の収容人数は7万5000人に届くか届かないかって数だったはずだ。レース場の外に集まった分を含めて15万人弱……この前のジャパンカップで60万人近いファンが集まったことを思えば、ダートのレースは芝と比べて選手層も人気も薄いのが嫌でもわかる。
もっとも、これでもだいぶファンが増えているらしい。ウララにスマートファルコンと、花形になり得るウマ娘が出てきているからか。あるいはウララとスマートファルコンが何度もレコードを更新して注目を集めたからか。
『1枠2番、スマートファルコン。1番人気です』
『ダートのGⅠにおいて二つの冠を被るスマートファルコンが1番人気です。いやぁ……それにしても今日は普段より気合いが乗っていると言いますか、迫力があると言いますか……パドックで見た時から随分と存在感があるように見えますね』
解説の男性が困惑したような声を漏らす。数多くウマ娘を見てきたであろう解説の男性としても、今日のスマートファルコンは際立って見えるらしい。
中京レース場での1800メートルはスタートがホームストレッチの第4コーナー寄り……直線の途中に設けられた坂路からのスタートになる。
そのためスタートからいきなり坂を登っていくことになるが、スマートファルコンは気負った様子もなく、観客席に向かって可愛らしいポーズを取った。そんなスマートファルコンの姿に観客達が声援を送ると、スマートファルコンは満足した様子でゲートに入る。
『3枠6番、ハルウララ。2番人気です』
『きましたね、ハルウララ……JBCスプリントを制したダート界きってのスプリンター、そして4度レコードを塗り替えたレコードブレイカーです。1800メートルのレースではどんな走りを見せてくれるのか。観客からも大声援が……って、もう立ち上がって叫んでいるファンもいますね』
ウララが紹介されると、観客席から立ち上がってウララを応援するファンの声が辺り一帯に響いた。あれ? あそこにいるの、商店街の人だ。今日は日曜日なんだけどお店はどうしたんだろうか……横断幕を掲げてウララを応援してくれている。ありがたいけどお店は大丈夫なんだろうか?
「ウララちゃーん! がんばってー!」
「ハルウララアアアァァッ! 君がナンバーワンだあああああぁぁっ!」
「勇気出してやっと見に来れたよハルウララー! がんばれー!」
老若男女問わず、ウララに声援を送ってくれる。それがウララにも届いたのか、ウララは弾けるような笑顔を浮かべてブンブンと両手を振り始めた。
それを見た観客達も大喜びだ。ただ、先にゲートインしたスマートファルコンが薄く微笑みながらウララを見ているのが気になる。
(あの子がウララに向ける感情がいまいちわからん……ライバル心のような、そうじゃないような……)
俺は訝しむが、スマートファルコン本人に確認しなければわからないことだろう。本当のことを話すとも限らないし、仮に話したとして噓か真か判別できるのはスマートファルコン本人だけだが。
そうやって紹介が進み、各ウマ娘のゲートインが完了する。それに合わせて波が引くように観客席も静かになっていく。
『各ウマ娘、ゲートイン完了……スタートしました』
バタン、という音と共にゲートが開く。それと同時にウマ娘が一斉に飛び出していく……が。
『真っ先に飛び出していったのは2番スマートファルコン。これは綺麗なスタートです。そして速い速い! 快足を飛ばして逃げウマ娘すら置き去りにするように駆けていきます』
『あれは掛かってないですかね……いえ、スマートファルコンにとってはあれが普通なんでしょうね』
『ホームストレッチを単独先頭で駆けていくスマートファルコン。4番ハートシーザー、12番ソードラマティック、15番ドラグーンスピアが続きますがどんどん距離が開いていきます。先行組は3番ゴールドシュシュ、7番クンバカルナ、8番ユニゾンフラッグ、14番ショーティショット、11番プリスティンソングの順』
内枠だったこともあり、凄まじいまでのスタートダッシュを決めたスマートファルコンが先頭を駆けていく。他の逃げウマ娘が目を見開くほどの速度で逃げていくスマートファルコンに、俺は思わず歯を噛み締めた。
(速い……ツインターボみたいな逃げっぷりだ……)
そんなことを考えてしまうが、問題はスマートファルコンはマイルならツインターボ並の逃げ足でも十分スタミナがもつということだろう。中距離でさえあのスピードで逃げ続けることができそうだ。
『続いて中団に6番ハルウララ、が、えー、前に上がり始めましたね。中団にいた1番マリンシーガル、10番ミニロータスも早くも前へと上がり始めています。シンガリ付近には5番ルミナスエスクード、9番ムシャムシャ、13番スレーインが控えています』
『差しの位置に控えようとしたハルウララが前に……先行集団の真ん中まで食い込みましたね』
『先頭の2番スマートファルコン、早くも第1コーナーへと突入しました。2番手の4番ハートシーザーもそれを追いますが、既に3……いえ、4バ身近い差が開いています』
ウララはどうやら早めに仕掛けるつもりらしい。さすがに早いどころか早すぎるというべきだが、スマートファルコンの逃げ足を見て前につけなければ負けると判断したのだろう。
以前と比べてもスタミナはついているが、序盤から飛ばして1800メートルをもたせることができるのか。
(かなり難しいが……ウララの判断を信じるしかないな)
途中で足を溜めると思うけど、スマートファルコンの逃げっぷりを見るとなるべく距離を詰めておきたい。
『単独で先頭を駆けるスマートファルコン、第2コーナーを抜けて向こう正面へ。後続の2番手との距離は5バ身から6バ身ほど。シンガリまでの距離は……すぐには判別できません』
『第2コーナーを抜けた先は約600メートルに渡って高低差3メートルの下り坂です。スマートファルコンがどんな逃げ方をするのか……ここでも更に前へと逃げていきますね』
『続々とウマ娘達が第2コーナーを抜けていきます。しかしスマートファルコンは先へ先へと逃げていきます。スマートファルコンはもう少しで残り1000メートルを通過します』
ウララは……上がってきているけど、まだ先行集団の2番手の位置だ。スマートファルコン含めて逃げウマ娘が4人、更にミニデイジーが前にいる。
中京レース場の直線は約400メートル。ウララもコーナリングは上手になっているが、極力直線で距離を詰めておきたいところだ。
『縦に伸びるレース展開になってきました。先頭は変わらず2番スマートファルコン。すさまじい逃げっぷりです。逃げを選択した他のウマ娘達すら置き去りにして……ただいま1000メートルを通過しました』
『1000メートルのタイムが58秒1……ん? 58秒1!? 短距離みたいなペースで逃げてますよ!? 芝のレースじゃないんだからっ!』
ダートの良バ場、それも1800メートルとマイルの中でも長い距離では中々見られないタイムだ。短距離1000メートルのコースレコードにあと少しで手が届くタイムである。
(それだけ早い足で逃げてるってことは、後半は失速する……と、思うんだが……)
先頭を駆けるスマートファルコンは大粒の汗を流しながらも、まだまだ余裕がありそうだ。ただ、第4コーナーを抜けた直後、最終直線は最初からゴールまで上り坂になる。そこをウララが捉え切れるかどうか、といったところだろう。
『さあ、スマートファルコンが向こう正面を抜けて第3コーナーへと突入していきます。後続2番手は7バ身ほど差がついて4番ハートシーザー。続いて12番ソードラマティック、15番ドラグーンスピアっとぉ6番ハルウララに並ばれました。ハルウララ、外からドラグーンスピアをかわしていきます』
『後続もタイム的に遅いわけではないんですけどねぇ……スマートファルコンの逃げ足が強烈すぎますよ』
実況と解説がそう話す間に、先頭のスマートファルコンがどんどんホームストレッチへと近付いてくる。ただ一人、単独で第3コーナーを抜けて第4コーナーを駆けてくる姿に、観客達も一気にヒートアップしていく。
『残り600の標識を通過したスマートファルコンがホームストレッチ目指して駆けてきます。そんなスマートファルコンの姿に後続のウマ娘達も負けじと追いすがる。しかしハナからシンガリまでは既に20バ身近い差があります。追い込み狙いのウマ娘達は届くのでしょうか?』
『さすがにスマートファルコンも終盤に足が鈍ると思いますからね。そこでどれだけ距離を詰められるかですが……』
『スマートファルコンが第4コーナーを抜けてホームストレッチに入ってきた! さあ、ここからは400メートル先のゴールまで上り坂になっている! スマートファルコン足がにぶら――ぬぁいっ! スマートファルコン! 歯を食いしばるようにしながら坂を駆け上がっていくっ!』
俺は上り坂を駆け上がっていくスマートファルコンの姿に、思わず柵から飛び出しそうなほど前のめりになる。
実況の男性が言うほど、足が鈍っていないというわけではない。序盤から終盤まであれほど飛ばし続けたのだ。いくらスマートファルコンでも、さすがに足が鈍り始めている。
だが、それでも十分に速い。
『後続のウマ娘達はどうだ!? 届くのか!? 先頭を逃げるスマートファルコンが遠い! 遠い――が! ロングスパートをかけて上がってきたのはハルウララァ! やはりきたぞハルウララ! しかしハートシーザーも負けじと加速している!』
『ロングスパートをかけたのはハルウララだけじゃないですね。シンガリからスレーインが上がってきていますよ』
『シンガリ付近を走っていたスレーイン! すごい足だ! 3、4、5、6と6人かわして上がってくる! しかし逃げるぞスマートファルコン! 『砂の隼』が飛ぶように逃げていく! ハルウララが懸命に上がっていくがどうだ!? 春一番は届くのか!?』
ウララがロングスパートをかけてスマートファルコンの背中を追う。ライスにキングに、そしてウララ。いつの間にやらスタミナをつけて全員できるようになったロングスパートだが、スマートファルコンの足も速い。
『残り200を切った! 先頭は変わらずスマートファルコン! 足が鈍ってきているがそれでも速い! 2番手に上がったハルウララが上がってくるがどうだ!? まだ距離は5バ身近くある! ハートシーザーも上がってきた! そして後方からはスレーインが伸びてくる!』
「いけえええええええぇぇっ! いけええええええウララアアアアアアアアアァッ!」
「あとちょっとだよウララちゃん!」
「がんばりなさいウララさんっ!」
俺は身を乗り出すようにして叫ぶ。ライスとキングも叫ぶ。その声を受けて、ウララが更に加速していく。
『ここにきて更に! ぐんと加速したぞハルウララ! スマートファルコンとの差が……差が……縮まらない!? スマートファルコンも再加速! いや、それでもハルウララ! スマートファルコンとの距離を縮めている!?』
ジャパンダートダービーの時に見せた、オグリキャップばりの二段階の加速。それを見せたスマートファルコンを、ウララは更に追い上げていく。
僅かに、少しずつ、たしかに。スマートファルコンとの距離を縮めていく――が。
『スマートファルコン! 逃げ切って今ゴール! そして2バ身ほど遅れてハル、いや、スレーインが突っ込んできた! 2着はスレーイン! 3着にハルウララ!』
追いつく前に、ゴールが来てしまった。そしてウララがゴールを通過する寸前、追い込みでシンガリから飛んできたスレーインがウララをかわし切ってゴールを通過していく。
そして僅かな時間を置いて、着順掲示板が点灯した。
『着順が確定いたしました。1着2番、スマートファルコン。勝ち時計は1分48秒9。2着は2バ身差で13番、スレーイン。3着はハナ差で6番、ハルウララ。4着は1バ身差で4番ハートシーザー。5着はクビ差で10番ミニロータス』
『レコードには届きませんでしたが、あと少しというところまで迫ったタイムでしたね。バ場が重だったらレコードを更新していたかもしれません。いやぁ、それにしてもすごい逃げっぷりでした』
ウララは……序盤から飛ばしていた影響か、両膝に手を突くようにして荒い息を吐いている。あと僅かに届かなかった、と言いたいところだが、スマートファルコンの様子を確認した俺は眉を寄せた。
スマートファルコンは大きく胸を張ると、笑顔で右手を突き上げて三本指を立てる。ライスやトウカイテイオーがよくやるパフォーマンスで、キングもやったことがあるポーズだ。
そんなスマートファルコンの姿に、観客達からは大きな声援が飛ぶ。その多くの声を受け止めたスマートファルコンは、ようやく安堵したように心からの笑みを浮かべたように見えた。
――こうして、スマートファルコンはクラシック級で唯一、GⅠ3勝目を挙げたのだった。