リィンカーネーションダービー ‐新人トレーナーがんばる‐   作:烏賊メンコ

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第9話:新人トレーナー、試行錯誤する

 ウララ達トレセン学園に在籍するウマ娘は学生服を着て授業を受け、テスト等も受けるが世間一般でいう学生とは似て非なる存在である。

 

 文武両道を掲げてスクール・モットーは『唯一抜きん出て並ぶ者なし』。嘘か真か生徒会室には英文で『Eclipse first, the rest nowhere.』と書かれた額縁が飾られているらしい。

 そして、世間一般の学生と何が違うかというと、夏休みなどの長期休暇は存在するがのんびり遊ぶなんてことはなく、毎日必死にトレーニングに励むという点だ。

 

 トレーナーによってはお盆休みを設けることぐらいはするようだが、それも精々一週間程度だ。ウマ娘達は太陽がこれでもかと照りつける真夏だろうとトレーニングやレースに精を出すのだ。

 

 先日の未勝利戦でウララが5着に敗れた俺は、この夏場を利用してウララの育成を更に進めるつもりだった。

 

 いくら人間と比べて身体能力で勝るウマ娘といっても、夏場のトレーニングは熱中症に気を付ける必要がある。そのためトレーニングとしてプールを利用したり、屋内練習場を利用したりと暑さ対策に気を付けるトレーナーが多いが、俺は屋外のコースでのトレーニングを選択した。

 

 選択したとはいうが、他に選択肢がなかったともいえるが。

 

 プールや屋内練習場の使用には申請が必要となるが、他のトレーナーも同じことを考える。そういった設備には利用者の上限があり、希望した者が全員利用できるとは限らないのだ。

 申請してもトレセン学園の中でも有力なチームや強いウマ娘に利用権が割り振られやすく、俺のような新人トレーナーやウララのような未勝利ウマ娘には中々利用する機会が回ってこない。

 

 なお、聞いた話ではあるがトレセン学園最強のチームリギルなどは夏合宿としてリゾートホテルを借り、海辺の練習場でひと夏を過ごすそうだ。

 

 恵まれた環境だと思うが、俺はそれが差別だとは思わない。東条トレーナーもチームリギルも、それが許されるだけの結果を残している。せめてプールの利用ぐらいは認めてほしいが、それは俺が自腹を切ってウララを市民プールにでも連れていけば良い話だ。

 

 これらの理由から俺とウララは屋外のコースを利用することになったが、ウララは真夏の炎天下だろうと元気いっぱいだ。暑さを感じていないわけではないだろうが、暑さを物ともしないのはウララの長所の一つだろう。

 

 過酷な環境でトレーニングしたからといって、必ずしも結果に結び付くわけではない。適切なトレーニングを適切な量だけ行い、適切な休息を取るのが効果的で効率的だろう。しかし、過酷な環境で厳しいトレーニングを行えば精神面で鍛えられるのも確かだ。

 俺も一昔前の根性論のように、真夏に水の一滴も飲ませずにトレーニングさせるような真似は当然しない。ウララの体調に気を配り、熱中症などを引き起こさないよう万全の警戒をした上でトレーニングに励むつもりだ。

 

「さて、ウララ……今日も滅茶苦茶暑いが、次回の未勝利戦を目指してこれから毎日重点的にトレーニングを行っていく。いいな?」

 

 俺はウララの頭に白い帽子をかぶせながらそんなことを言う。市販の帽子にウララの耳を通す穴を設けた手作りの一品である。夜なべして作ったのだ。

 

「うんっ! よーし、がんばるぞー!」

 

 俺がかぶせた帽子を気に入ったのか、ウララは普段以上に気合いが入った様子である。そんなウララに苦笑を浮かべた俺だったが、ウララはそんな俺がしている格好を見て首を傾げた。

 

「ところでトレーナー? いつもと違う格好だけどどーしたの?」

 

 ウララのトレーニングをする時は大抵ジャージ姿の俺だったが、今日は違う。半袖に短パン、靴は陸上用のものを選び、ついでにウララとおそろいの白い帽子を被っていた。もちろん、俺の帽子には耳を通す穴はついていない。

 

「ふっふっふ……よくぞ聞いたなウララ。この格好は言うならば秘密兵器ってところだ」

「ひみつへーき!? なにそれかっくいー!」

 

 ウララがキラキラとした瞳で俺を見てくるが、おどけたように話しながらも俺の本心は苦悩に満ちている。

 

 秘密兵器と言ったものの、その正体は非常に簡単だ。

 

「――これからしばらく、俺もウララと一緒に走る」

 

 そう言ってサムズアップする。たとえるなら代打俺だ。

 

 もちろん、一緒に走るといっても人間とウマ娘では走行能力や体力に大きな差がある。たとえ短距離走だろうとウララには勝てないだろう。そのためウララに中距離以上を走らせ、最後の直線でバテたところで俺が一緒に走るつもりだった。

 

 このトレーニングの目的は二つ。ウララの体力を鍛えると共に、人間相手に負けるつもりかと危機感を煽ろうと思ったのだ。

 

 俺の予想以上に成長しているウララだが、レースで走る際に大きな弱点がある。それは競争心の薄さで、他のウマ娘と比べて勝利への執念が足りないということだ。

 

 本当は桐生院さんに頼み込んでダートも走れるハッピーミークの力を借りたかったが、断られてしまった。なんでも12月前半に行われる阪神ジュベナイルフィリーズにハッピーミークを出走させるらしく、そのトレーニングに集中したいとのことだった。

 話を持ち掛けた時、桐生院さんは割と乗り気だったが、多分、ハッピーミークが嫌がったのだろう。ウララのトレーニングにはなっても、ハッピーミークのトレーニングにはならないのだから。

 

 他の同期は芝のコースを得意とするウマ娘ばかり担当していて、助力を願うことはできない。かといって先輩トレーナーに頼もうにも、未勝利戦でウララとぶつかる可能性が高いウマ娘ばかりで頼めなかった。

 

(こっちは未勝利戦でどう勝たせるか悩んでるのに、桐生院さんはGⅠか……泣けてくるな)

 

 阪神ジュベナイルフィリーズは数少ないジュニア級で開催されるGⅠレースの一つである。桐生院さんは阪神ジュベナイルフィリーズを本命とし、それまでに9月後半に行われるプレオープン戦のサフラン賞、10月後半に行われるGⅢのアルテミスステークスをハッピーミークの叩き台にしてGⅠに挑むつもりらしい。

 

 ちなみにではあるが、俺の方はウララがダート路線のため当初の目的ではメイクデビューで勝利した後、時間をかけてウララをしっかりと育成し、プレオープン戦になるが10月後半のなでしこ賞か11月前半に行われるオキザリス賞に出せればいいな、と考えていた。

 ダートのレースは数が少ないが、ウララの適性距離である短距離レースは更に数が少ないのである。目標としてクラシック級でGⅠのJBCレディスクラシック、シニア級でGⅠのJBCスプリントに出せれば、などと考えていたが、メイクデビューで負けた以上色々と修正が必要だった。

 まずは未勝利戦を突破しなければ、重賞どころかプレオープン戦にすら出走できないのである。

 

 そういうわけで、俺はウララにトレーニング内容を伝えたわけだが――。

 

「トレーナーもいっしょに走るの? やったー! 楽しそー!」

 

 ウララは両手を上げ、飛び跳ねんばかりに喜ぶ。そんなウララの姿に俺は頬を引きつらせるが、まずは実際にやってみようと準備運動を始めるのだった。

 

 

 

 

 

 今回のトレーニングでウララに走らせるのは、ダートの中距離である。これから出走するレースよりも更に長い距離を走らせて体力を鍛え、なおかつ代打俺作戦で競争心を煽ろうと思ったのだが――。

 

「どうしたウララ! 俺を追い越してみろ!」

「はぁ、はぁ……すごいねトレーナー! とってもはやいや!」

 

 ウララの適性距離は短距離で、頑張ってもマイルが限界である。それを超えて中距離として2000メートルを走らせたものの、ラストの100メートルになるとウララはバテてしまい、俺が併走しても思うように速度が伸びなかった。

 

 断っておくが、俺は陸上選手ではなくトレーナーである。中学生の頃は運動部でトレーナーの養成校でも体を動かしていたが、100メートルで13秒前半に手が届くかどうかだ。陸上選手を除けば割と足が速い方だと思うが、ダートで走れば速度も落ちてしまう。

 ウララは育成当初の頃はダートコースだろうと中距離以上になると後半にバテてしまい、歩いているのか走っているのかわからない速度になっていた。今は体力がついてかなりマシになったが、ラスト100メートルに限っては俺の方が若干速い。

 

 だが、俺が併走してもウララは喜ぶだけだった。競争心の欠片も湧いた様子がない。先を走る俺の後を笑顔で追走するだけだった。

 

 『待って待ってー!』と両手を前に突き出して追いかけてくる姿は可愛いが、俺としては違うそうじゃない、と叫びたいところだ。

 

 走り終わって息を整えていると、ウララが笑顔で近付いてくる。

 

「すごかったねトレーナー! すっごく速かった!」

「はぁ……はぁ……速かった、で……済ませないでくれ……」

 

 走り終わってすぐに回復するウララと、中々息が整わない俺。普通に100メートルを全力疾走するだけでも疲れるというのに、ダートで100メートルを走ると足腰にかかる負担も倍どころではなかった。

 

(人間相手に負けても気にしないのか? ウララらしいといえばウララらしいけど……)

 

 適性以上の距離を走らせた上で勝負した形だが、勝ってもまったく嬉しくない。それでも、俺がウララにできることは何でもやるつもりだった。

 

「はぁ……はぁ……ふぅ。よし……もう一本だウララ」

「うん! よーし! 次は負けないぞー!」

 

 その日、ウララの練習に合わせて10本ほど走った俺だったが、ウララは楽しそうにはしゃぐばかりで競争心を煽るような効果は見られないのだった。

 

 代打俺作戦――失敗。

 

 

 

 

 

 翌日、俺は筋肉痛で痛む足を引きずって練習用のコースへと向かっていた。腰から下にかけて重苦しいような痛みが伝わってくる。しっかりと準備運動をして、走り終わったら整理運動もしたのだが、思ったよりも筋肉痛がひどかった。

 

 普通に100メートル走を10本走るだけならばここまでの痛みは出ないのだろうが、さすがにダートコースで100メートル全力疾走すれば体にもダメージが来るようだった。

 

(いくらウララに競争心を持ってもらいたいっていっても、トレーナーがやることじゃねえよな……)

 

 痛む体に俺は苦笑する。ウララに競争心を持て、他のウマ娘に絶対勝て、などと言っても効果があるとは思えない。ウイニングライブに出るためにこれまで以上に頑張るようになったが、それが勝利に結び付くかは断言できなかった。

 

 今日のところはさすがに併走はできんなぁ、などと思いながら練習用のコースに到着した俺だったが、筋肉痛で歩みが遅くなったせいで時間ギリギリだった。ウララを待たせることにならなければ良いが、と考えて周囲に視線を向けると、遠目にウララを見つける。

 

「ん? 誰だあの子たち……」

 

 ウララの傍には三人ほどウマ娘の姿があった。ウララの知り合いかと思ったが、笑顔で両手を上げながらはしゃぐウララに苦虫を嚙み潰したような表情を向けている。そして三人の内一人が俺に気付くと、慌てたようにウララから離れて行った。

 制服を着ているため同じトレセン学園に所属するウマ娘だろうが、どこかで見た覚えがあるウマ娘達である。はてどこで見たんだったか、と記憶を漁ってみると、すぐに思い至った。

 

(この前のレースでウララと一緒に走った子達じゃないか……)

 

 名前までは思い出せないが、見覚えがあるはずである。一体何の用事だったのかと俺が首を傾げていると、俺に気付いたウララが満面の笑みを浮かべたまま駆け寄ってきた。

 

「あっ! トレーナーだ!」

「時間がギリギリになってすまないってぬおおぉっ!?」

 

 笑顔で突っ込んでくるウララを咄嗟に受け止める。腰から足にかけて筋肉痛が電流のように走ったが、俺は辛うじてウララを受け止めることに成功した。

 

「ちょ、う、ウララ……足が……じゃねえ、いきなり飛び込んでくるのはやめてくれ……いやもう、本当に……」

「? どしたのトレーナー?」

 

 筋肉痛がひどいのもあるが、自分よりかなり小柄なウララの体当たりで押し倒されそうになるのが地味にショックな俺である。体重差がかなりあるはずだが、ウマ娘の身体能力の凄まじさを実感するばかりだ。

 

「つぅ……ふぅ、今の子達は友達か? 何か聞かれたのか?」

 

 俺は痛みを隠しながら尋ねる。ウララはその明るい性格で周囲に好かれているが、先ほどのウマ娘達から感じ取れた雰囲気は友好的なものには思えなかった。

 しかし、ウララは朗らかに笑う。

 

「トレーナーと一緒に走るのってどんな気分かって聞かれたから、楽しかったーって言ったんだよ! わたし、トレーナーは足がすっごくはやいんだって自慢しちゃった!」

「…………」

 

 思わず無言になる俺。あのウマ娘達がウララを馬鹿にしようとしてそんなことを言ったのだと思うのは、俺の被害妄想だろうか。代打俺作戦で競争心を煽ろうとしたが、バテバテの終盤だけとはいえ人間に走って負けたことを煽られたのではないか。

 

 ウマ娘達が繰り広げるレースは、弱肉強食の世界だ。少しでも良い結果を出せるように努力を重ね、優れた才能が潰し合う過酷な世界である。

 

 そんな世界で()()()()()()()()()()()立ち回るのは――まあ、わからないでもない。突出した才能がなく、努力を重ねても実力が伸びず、工夫で実力を覆せない場合、()()()()()()()に頼るのはある意味当然と言えた。

 もっとも、嫌味か嫌がらせかまではわからないが、ウララが相手では通じなかったようだが。

 

(前回のレースでマークされたことといい、妙に警戒されてるような……たしかに俺が想定していたよりもウララは成長しているけど、それでも上のクラスのウマ娘に勝てるほどじゃない……なんでだ?)

 

 上のクラスのウマ娘――桐生院さんのところのハッピーミークなどと比べると、ウララは数段劣る実力しかない。

 

 そこまで警戒されるような実力はないはずだが、と考えたところで、俺はふと気付く。

 

(上のクラスのウマ娘ほどじゃないけど、未勝利戦なら勝てるぐらいの実力はある……だからか?)

 

 メイクデビューではアクシデントで9着だったが、そのまま勝ってもおかしくないレース内容だった。2戦目でもマークを受けずに走っていたならば、ウララなら中盤から差し切って勝っていてもおかしくはない。

 他のウマ娘から見て、自身の勝利を脅かす相手だと思われているのかもしれない。また、ウララの明るさは好感を抱く者が多いだろうが、レースに対して真剣に挑む者ほど『楽しいから』と走るウララを敵視してもおかしくはないだろう。

 

 ウララはたしかにレースが楽しいから、ワクワクするからと言って走っている面があるが、1着を取りたいという気持ちはたしかにあるのだ。

 

(で、問題は普段のウララを見てたらそれが感じられないってところか……トレーナーの俺でさえどうすればウララの競争心を煽れるか悩んでるぐらいだしなぁ)

 

 俺は気持ちを落ち着け、ウララが傍目からはどう見えているのかを整理する。

 

 トレセン学園に入園した当初はどんな模擬レースだろうとぶっちぎりでビリ。ウマ娘としての実力はトレセン学園に所属する者の中では最底辺と言えただろう。

 

 性格は明るく元気が良く前向きで、常に笑顔でその辺を走り回っている。ウララの話を聞く限り友達も多いらしい。次から次へと興味が移る性格でもあるが、トレーニングに対しては真面目だ。少なくとも自分の意志でサボることはない。うっかりトレーニングの開始時刻を忘れて商店街で売り子をやっていることはあるが。

 

 担当のトレーナー、すなわち俺は新人のため育成手腕も不明で、昨日のことを見ればわかるようにウララ一人しか担当ウマ娘がいないため、満足のいくトレーニングを施すこともできていない。

 

 それだというのに、メイクデビューや未勝利戦で良い走りを見せた。それが傍目にはどう映るか。

 

(ウララは元々滅茶苦茶足が遅かった……それが自分達よりも速くなっているかもしれないって思うだけで、平静じゃいられないか?)

 

 繰り返しになるが、ウララは俺が予想した以上に成長している。しかしそれはウララの努力があってこその結果だ。

 

 ウララは足が遅かった。本当にもう、遅かった。俺、一年目でトレーナーをクビになるんじゃないかって悩むぐらい遅かった。

 だが、俺が厳しいトレーニングを課してもそれをやり遂げる根性と体の丈夫さがウララにはあった。だからこそ、遅かったと過去形で言えるぐらいには成長したのだ。

 

「トレーナー? どーしたの? わたしの顔になにかついてる?」

 

 考え事をしていた俺はウララの顔をじっと見る。先ほどのウマ娘達のことは既に脳裏にないのか、早くトレーニングをやろうよ、などと言いながら腕を引っ張ってくるウララの顔を、じっと見る。

 

(この子の純粋さは欠点であり、武器でもある、か……俺に心配をかけたくないから気にしてないように振る舞っているって感じでもない……本当に気にしてないんだ)

 

 体の丈夫さ、回復の早さ、トレーニングへの取り組み方、そして、このメンタルの強さ。

 俺は新人トレーナーに過ぎないが、この子は将来、本当に強いウマ娘になれるのかもしれないと思った。俺が強くしたいと願ったウマ娘は、その願いに応えてくれるだけの力があるのではないか、と思ったのだ。

 

「……よし、今日は通常のトレーニングに加えて、ウララにはレースの勉強もしてもらうか」

 

 だからこそ、俺はウララに詰め込めるものを全て詰め込むつもりで接していく。

 

「この前のレースでウララは他のウマ娘にマークされたわけだが、どうだった? 走りにくくなかったか?」

「うん! すっごく走りにくかった! だから、いつもよりちょっと楽しくなかったんだー」

「そうだよな。すまない、本当は俺がトレーニングの時点でマークを受けた場合の対処方法を教えられれば良かったんだけど……いや、謝ってばかりじゃ駄目だな」

 

 俺は思わず謝ってしまうが、ウララの耳と尻尾がへにょりと垂れたのを見て言葉を切る。そして一度咳払いをすると、やや大袈裟に身振り手振りを加えながらウララに話をしていく。

 

「ごほんっ……いいか、ウララ。これからはコースを走る時、常に自分以外のウマ娘にマークされながら走っていると仮定するんだ。前を塞がれた、横に並ばれた、すぐ後ろにつかれた……そんな時、どんな走り方をすれば良いか考えながら走るんだ」

 

 俺からも助言をするつもりだが、こればかりは実際に走っているウララにしかわからない部分もある。マークしてきた相手をどうかわすか、それには瞬間的な判断力が必要となるからだ。

 

「むむっ……よくわかんないけど、わかった!」

「……他のウマ娘がウララの走りを邪魔してくるのをイメージするんだ。いいかイメージだ。この前のレースで一緒に走ったウマ娘でもいいし、ハッピーミークでもいい。レースはウララ一人で走るものじゃないんだからな」

 

 俺はウララの育成に関して走るフォームや体力、走る速さばかり鍛えていたため、他者を意識して走らせるという観点が弱かった。まずは身体能力に絞って鍛えなければならないと判断するほど、ウララの足が遅かったのもあるが。

 

「イメージ、イメージ……よーし! 多分オッケー! 走ってくるね!」

「おう! 行ってこい!」

 

 ウララは自分の頭を指でつつきながら呟いていたが、やがてイメージが固まったのか、コースに向かって走り出す。

 

 一体誰をイメージしたのかはわからないが、ウララは非常に快調な走りでダートの短距離を走り終え、笑顔で俺のところへと戻ってきた。

 

「どうだった?」

「だめだった!」

 

 イメージトレーニング作戦――失敗。

 

 

 

 

 

 明くる日、俺はウララを連れてトレセン学園のあちらこちらに足を延ばしていた。

 トレーニングの合間のちょっとした休憩がてら、他のウマ娘の練習風景をウララに見せようと思ったのだ。

 

 他のウマ娘が一生懸命練習する姿を見れば、ウララの闘志にも火が点くかもしれない。仮にそれは無理だとしても、今後のウララのトレーニングに活かせる何かが掴めるかもしれないのだ。

 

(チームリギルがいればウララに練習風景を見せたかったんだけどな……まあ、他にも有名なチームはいくつもあるし、そっちを当たるか)

 

 そう思いながら俺が足を向けたのは、ダートではなく芝のコースだった。ダートで練習しているウマ娘がいれば良かったのだが、間が悪かったのか一人も見当たらない。

 しかし、チームリギルには劣るもののトレセン学園でも有数のチームである、チームスピカが練習しているところに出くわしたのだった――が。

 

「ねーねートレーナー。あの人は何の練習をしてるの?」

「なん……だろうな?」

 

 ウララの質問に対し、俺は明確な返答ができなかった。

 

 そんな俺とウララの視線の先では、どこかで見たことがあるガタイの良くて芦毛で美人なウマ娘が芝の上に正座し、将棋盤に向かって駒を指している姿があった。その周りには他のウマ娘もいたが、葦毛のウマ娘の行動に特に疑問を覚えていない様子である。

 

(将棋は頭の体操になるって聞くけど、なんで芝の上に将棋盤を置いて……何か理由があるのか? 俺が理解できないだけで、ウマ娘のトレーニングになる……のか?)

 

 ウララに頭を使わせるためのトレーニングとして導入するのはアリかもしれない。だが、芝の上に正座してやる理由はまったくわからない。

 

(チームスピカのトレーナーは俺なんかよりもこの道に入って長いんだ。あの先輩はGⅠウマ娘を何人も育てているし、あのウマ娘がやっていることにもきっと何か意味がある……駄目だ、わからねえ)

 

 しばらく考え込んだものの、将棋をする意味はわかっても芝の上に正座してやる理由がわからない。そのウマ娘はといえば、今度はどこからともなく用意したコンクリートブロックを地面に2つ置き、更に瓦を10枚ほど積み重ねて拳を握り締めた。

 

 そして瓦に向かって拳を振り下ろしたかと思うと、これまた見事な瓦割りを披露してみせる。

 

(瓦を割って何をしたい? ストレス発散? アレもトレーニングの一環なのか?)

 

 強いて言えば力をつけるトレーニングになるのだろうか。うちのウララでは瓦10枚どころか1枚すら割れなそうだが、ウマ娘のパワーなら意外と割れるのかもしれない。

 

 そうして俺とウララが葦毛のウマ娘の奇行を眺めていると、不意にそのウマ娘がこちらへと振り返った。肩越しに、首が真後ろに向いたのではと錯覚するほど、ぐるりと回った。

 

「曲者だ! 出会え出会え!」

 

 何故か時代劇の登場人物のような口調で叫ぶ芦毛のウマ娘。それを聞いた俺は、アレに捕まってはまずいと本能が訴える。

 

「逃げるぞウララ!」

「えっ!? う、うん!」

 

 俺とウララはその場から逃げ出した。幸いあのウマ娘が追ってくることはなかったが、逃げ切ったあとになってふと思う。

 

(何の参考にもならなかった……)

 

 偵察作戦――失敗。

 

 

 

 

 

 そうして、俺は自分がウララに対してできることを探しながら、真夏の暑い日々を過ごしていくのだった。


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