リィンカーネーションダービー ‐新人トレーナーがんばる‐   作:烏賊メンコ

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第89話:新人トレーナー、新年の活動を開始する

 さて、年が明けて新年がやってきた。

 

 ライスの帰省に付き合った俺は登別温泉でのんびりと温泉に浸かり、マッサージチェアで揉み返しが起きない程度にマッサージを堪能し、美味い料理と酒に舌鼓を打った。

 

 あとは連日押しかけてきたライスの案内で登別を観光し、心身共にリフレッシュした俺は、ライスを連れてトレセン学園へと戻ってきたのである。

 

「わーい! トレーナー、あけましておめでとー!」

「うぶっ……う、ウララ? 新年早々どうした?」

 

 俺だけでなくウララとキングも部室に顔を出し、今年最初のトレーニング初めだ、なんて思っていたらウララに正面から体当たりされた。いや、これは抱き着かれたっていうべきなのか?

 

「んふふー……久しぶりにトレーナーに会ったからだよー!」

 

 そう言ってぐりぐりと顔を擦り付けてくるウララ。キングはそんなウララの姿に苦笑を浮かべている。

 

「あけましておめでとう、トレーナー。それにウララさん、ライス先輩も」

「うんっ! おめでとーキングちゃん!」

「あけましておめでとう、キングちゃん」

 

 キングはウララとライスの顔を見て、何故か肩を竦める。

 

「ウララさんはともかく……ライス先輩も、()()()()()()のね」

「にゃ、にゃんの話?」

「噛んでるわよ」

 

 そう話すキングは、なんというか……ちょっと大人びた感じがするような? あとウララ、久しぶりに会えて嬉しいのは俺も一緒だけど、そんなに全力で抱き着くのはやめなさい。俺の肋骨が軋む。あと、胸が当たってるぞ。はしたないですわよ?

 

「そういうキングは何かあったのか? ほんの数日会ってないだけなのに、顔立ちが大人びたような……」

「……世の中、知らなくても良いことがあるって知っただけよ」

「そ、そうか……」

 

 どうやら触れてほしくないらしい。遠い目をして話すキングに、俺は咳払いをしつつウララを優しく引き剥がす。

 

「さて……改めて、新年あけましておめでとう。またチームとして活動を始めるわけだが……ちょっとウララ、なんでそんなにくっつくんだ?」

 

 とりあえず今後の方針に関して話そうと思った俺だが、一度引き剥がしたウララが再度俺に抱き着いてきた。なに、なんなの? 甘やかしてほしいの?

 

「んー……トレーナーはパパみたいだけど、やっぱりパパとは違うなって。ぎゅー」

「そりゃ俺はウララのパパじゃないからなぁ……ええい、仕方ない」

 

 俺はウララを抱き上げると、ソファに腰を下ろす。そしてウララを膝の上に座らせると、ウララは満足そうに俺に背中を預けてきた。数日会わなかっただけでずいぶんな甘えようだが……ウララにこんなに甘えられたら許しちゃう。だって可愛いもの。

 

「とりあえず、今後の予定について話し合おうか……だからウララ? 大人しく話を聞くんだぞ?」

「うんっ! えへへ……ママとパパにはいっぱい甘えてきたから、今度はトレーナーに甘えるんだー」

「ウララ……仕方ないなぁ。今日だけだぞ?」

 

 どうやら帰省して両親にいっぱい甘えてきたらしい。そして今度は俺に甘えたくなったようだ。俺が座った状態で後ろからウララを抱き締めると、ウララは全身から力を抜いて俺に身を預けてくる。

 

 仕方ないので俺はウララをそのままに、対面のソファーに座ったライスとキングへ視線を向けた。

 

「まずはライス。君は怪我が完治するまではこれまで通り、大人しくすること。ただ、俺の手伝いをしてくれると嬉しい」

「うん……わかったよ、お兄さま」

 

 そう言って俺を……というか俺に甘えるウララをじっと見るライス。帰省中にあんなに甘えてきたのに、ウララを羨ましそうに見ている。

 

「キングは去年の疲労は抜けたな? というわけで、次はどのレースに出るかなんだが……」

 

 GⅠに絞るなら、3月後半にある高松宮記念か大阪杯のどちらかだ。高松宮記念は短距離1200メートル、大阪杯は中距離2000メートルである。

 

「そうね……出るならやっぱり大阪杯かしら」

「だよなぁ……短距離のGⅠは獲ってるし、大阪杯は春のシニア三冠を目指すなら一つ目のレースだ。距離も2000メートルでキングにとっても狙いやすい……でも、その分ライバルも強い子ばっかりが出てくるぞ?」

 

 もしかするとトウカイテイオーとぶつかるかもしれない。そうでなくとも、キングと同様にシニア級になった黄金世代の面々が出てくるだろう。

 

 だが、キングは揺らがない。俺の瞳をじっと見つめながら、小さく笑う。

 

「望むところだわ……そうでしょう?」

「……ああ、そうだな」

 

 勝ちやすいのは高松宮記念だろう。GⅠだろうと短距離のレースならキングに勝てるウマ娘はそうはいない。そもそも、有力ウマ娘はみんな大阪杯に回るだろう。

 

「となると、キングは春のシニア三冠を狙ってみるか……」

 

 中距離2000メートルの大阪杯に始まり、長距離3200メートルの春の天皇賞、中距離2200メートルの宝塚記念と、強いウマ娘達とぶつかることが確実視される。しかも、春のシニア三冠はライスですら達成できなかった。狙うとなると、春までにどこまでキングを鍛えられるかによるが……。

 

(ライスの故障が痛いな……キングはライスとの併走で鍛えられてきた面があるし……)

 

 そう思うが、嘆いても始まらない。今ある手札でキングを鍛え、勝たせなければならないのだ。

 

「最後にウララだけど……狙うならまずは2月後半のフェブラリーステークスだろうな」

 

 ダートのGⅠマイル走1600メートル、フェブラリーステークス。ウララなら間違いなく出走できるだろうが、勝てるかはまた別の問題だ。

 

 というか、ダートのGⅠレースが少なすぎて本当に困る。思い出す度に泣けるわ。

 

 シニア級が出られるGⅠは2月後半のフェブラリーステークス、6月後半の帝王賞、11月前半のJBCシリーズのどれか、そして12月のチャンピオンズカップもしくは東京大賞典……GⅠは4回、12月のレース両方に出るとしても5回だ。

 

「GⅠだけでも4回もしくは5回レースがある。合間にGⅡかGⅢ、あるいはオープン戦を挟むとして……うん、やっぱり当面の目標はフェブラリーステークスかな。ウララはどうしたい?」

 

 俺がそう尋ねると、ウララは俺の胸板に後頭部をこすり付けるようにして見上げてくる。

 

「うーん……フェブラリーステークス、かなー」

「だよなぁ……そうなるとライバルはスマートファルコンにタイキシャトル、あとはエルコンドルパサーか……」

 

 いや、東条さんが言ってたけどエルコンドルパサーは海外に打って出るかもしれないんだよな。年末に行われた東京大賞典で勝ってGⅠ2勝目を挙げたし、その可能性はゼロじゃない。

 

 海外に、っていうとスマートファルコンはどうするんだろうか。チャンピオンズカップで1着を獲ったし、サウジカップに出るんだろうか……。

 

 フェブラリーステークスまであと一ヶ月半。一ヶ月半もあると見るべきか、一ヶ月半しかないと見るべきか。

 

 1800メートルのチャンピオンズカップでは負けたが、フェブラリーステークスの1600メートルはウララがスマートファルコンに勝ったユニコーンステークスと同じ距離だ。

 

(スマートファルコンが本当に本気で走っていたのなら、だけどな……それに、あれから向こうも成長しているし……)

 

 あとはタイキシャトルが出てきたら苦戦するだろうし、ダートを主戦場とするウマ娘もどんどん育っている。ダートに限っては有力ウマ娘という見方はせず、全員が強力なライバルだ。

 

 キングは春のシニア三冠に挑むならレース間隔が短くなるし、大阪杯までにレースを挟まなくても良い……か? でもマイルチャンピオンシップから間が空くから、大阪杯までに一度レースを走らせておくべきか。

 

(ステップレースの中山記念か金鯱賞で1着を狙ってもいいが……キングの収得賞金なら問題なく大阪杯に出られるし、走りやすそうなレースで走らせるか……)

 

 中山記念も金鯱賞もGⅡで、相応に強いウマ娘が出てくるだろう。黄金世代のうちから何人か出てきてもおかしくはない。

 

 そのため敢えてぶつけても良いし、勝ちやすそうなレースに出しても良い。長距離のGⅢ、ダイヤモンドステークスに出して勝ち、大阪杯でも勝てれば、()()()全距離での重賞制覇が達成できるが……。

 

(大きな目標は立てたし、あとはトレーニングの調子を見ながら決めていくか)

 

 ウララはダートのレースの数が少ないためレースの予定も厳しく決めなければならないが、芝のシニア級が出られるレースは非常に多い。そのためキングがきちんと復調しているかを確認してからでも遅くはなかった。

 

「よし……ウララはフェブラリーステークス、キングは大阪杯を当面の目標にする。それまでに他のレースに出るかは二人の仕上がりと調子次第だ。いいな?」

「はーい!」

「ええ」

 

 ウララは俺の膝の上で元気よく、キングは腕組みをしながら頷く。ライスはそんな二人を見て、少しだけ寂しそうにしているが……。

 

「それとライス。さっきは俺の手伝いを頼むって言ったけど、他にも色々と協力してほしいことがあるんだ。頼めるか?」

「え? ライス、お兄さまのお願いならなんでも聞くけど……何をすればいいの?」

 

 ライスは不思議そうな顔をする。

 

「ライス、君は俺が育ててきたウマ娘の中で……といっても3人だけど、初めて大きな怪我をしたウマ娘だ。つまり、俺には怪我をしたウマ娘の治療や育成に関するノウハウがない」

 

 一応、トレーナー専門校で習ってはいるし、スピカの先輩から貴重な資料をもらってもいる。だからその手の知識がゼロとは言わないし、ライスの育成を引き継いだ後に歪んだ筋力バランスを整えつつ疲労を抜くために色々とやってきた。

 

 しかし実際に骨折してしまったウマ娘の治療と育成に関しては初めてだ。そのため、俺としてはこれを機に、色々と調べていきたい。

 

「だから、長期の療養でライスの体がどんな風に変化するかを知りたいんだ。どの部分の筋肉がどれぐらい落ちるのか。怪我をした部分に負担をかけないトレーニング方法はどんなものがあるか。その場合、どれぐらい効果があるか……調べたいことはいくらでもあるんだよ」

 

 本当は怪我をしないに越したことはない。だが、トレーニングはまだしも、レースでの突発的な怪我はどうやっても防げない。それは怪我に注意しながら育成してきたライスでも変わらないのだと、俺は嫌でも理解した。

 

「定期的に病院にも行くけど、これまで通り触診でチェックできればと思ってる。もちろんライスが嫌じゃなければ、だけどな」

「う、うんっ! ライス、全然嫌じゃないよ! いくらでも付き合うし大丈夫だよっ!」

 

 俺の言葉にライスは大きく頷いた。ライスも俺のウマ娘ということで協力してくれるのだろう。ありがたい話である……ところで座った状態で尻尾ブンブン振り回したら窮屈じゃない?

 

 ちなみに、ではあるが。触診はソファーで行う。ちょちょいと操作するだけでソファーが簡易ベッドになるのだ。俗に言うソファーベッドである。家に帰るのが面倒になったら部室で寝泊りすれば良いかな、なんて思って購入したのは内緒だ。

 

「よし……それじゃあ帰省している間の自主トレーニングでどんな変化があったかも確認したいし、今年の初練習だ! チームキタルファ、いくぞ!」

「おー!」

「お、おー」

「おー……なんてね」

 

 ウララは元気よく返事をして、ライスは控えめに、キングは珍しくノッてくれたが、どこかおかしそうに微笑んでいる。

 

 こうして、新たな年のチームキタルファの活動が始まった。

 

 

 

 

 

(うーん……困ったなぁ……)

 

 そして、いきなりつまづいた。いやうん、つまづいたってほどじゃないんだけど、困った事態に直面している。

 

 新年が始まって二週間ほどが経過し、年末年始の空気も抜けて普段通りの生活に戻っているわけだが。

 

(ライスの存在がここまでデカいとは……)

 

 ある意味当然の事態ではあるが、これまでトレーニングでキングを鍛えていたライスの怪我での離脱。これが大きかった。

 

 俺は放課後のトレーニングが終わったあとに、部室でライスをソファーベッドに寝かせて足腰を触診しながら眉を寄せる。

 

 キングにとっては明確な格上であるライスとのトレーニングは、キング本人の負けん気の強さもあって非常に効果的に働いていた。もちろんライスがいなくてもキングがトレーニングで手を抜くなんてことはないが、常に競い合う相手がいるというのは非常に大きな要素だ。

 

 そのため今はウララと一緒に走らせているが、スピードはともかくスタミナを効率的に鍛えるのが難しくなっている。

 

 ウララを芝のコースでキングと一緒に走らせる、あるいはキングをダートのコースでウララと一緒に走らせる。そうすることでお互い()()()()の練習ができるし、二人を競わせることで良い刺激になっているのはたしかだ。

 

 しかし、キングが今後挑む予定の中距離以上のレースのための練習にはならない。もちろんスピードを鍛えることには大きな意味があるのだが、長い距離を走るための練習には向いていないのだ。

 

 ウララも頑張って中距離まではついていくが、長距離になるとダートでも厳しい。そのためライス抜きでキングのスタミナを鍛える練習メニューを取り入れているが、以前と比べると効果が薄く思えてしまう。

 

 そんなことを考えつつも、俺はソファーベッドでうつ伏せになっているライスの足腰をしっかりとチェックしていく。

 

 さすがに左足の骨折は骨がつながっているかのチェックなどはできない。その辺りは病院での検査頼りだが、歩くだけならそこまで痛まなくなってきているのかライスの表情も明るくなってきている。

 

 ただし、これまで長期間励み続けてきたトレーニングができなくなった影響で、ライスの足腰の筋肉が衰えつつある。左足が痛まない程度に毎日歩かせてはいるが、毎日何時間と走っていた頃と比べればどうしても筋力が落ちてしまうのだ。

 

「んっ……お兄さま、ライスの体、どう……?」

「言い方」

 

 ライスがくすぐったそうに声を震わせながら尋ねてくる。すると、トレーニングが終わって現在着替え中のキングの声が衝立の向こうから飛んできた。

 

「ああ……思ったより悪くない。筋肉が落ちるのは避けられないけど、筋肉が落ちるのと一緒に蓄積していた疲労も抜けていってるからな……ちょっと左足を触るけど、我慢してくれるか?」

「大丈夫……ライス、お兄さまのためなら痛くても我慢するから……」

「言い方」

 

 再度キングから声が飛んできた。今は着替えているから仕方ないけど、ライスの足腰のチェックをする際はトレーニングが終わった後だろうと必ずキングが傍にいたりする。キングも怪我をした際の対応なんかが気になるのだろうか?

 

 さて、ライスの怪我だが……うん、腫れは引いてるし、内出血なんかも見当たらない。直接触るとさすがに痛むようだけど、順調に治ってきていると考えて良いだろう。

 

 だけど、順調に回復したとしてもまだまだ時間がかかる。全力でなくても多少運動をしても問題ないレベルまで回復したら、プールで泳がせて少しでも身体能力が衰えないようにしないとな。

 

 今のところ、筋力は衰えていくが同時に体の芯に溜まっていた疲労も抜けているからトントンってところか。疲労が溜まらないように気をつけてはいたけど、さすがに毎日トレーニングをさせていたらどうしても疲労が蓄積してしまう。

 

 怪我しないよう適度にトレーニングメニューを軽くしたり、休ませてはいたけど、ここまで長期間、自主トレーニングも軽いトレーニングもなしでライスを休ませることはなかった。

 

 長年溜まっていた疲労が抜けていくことから、長期療養も悪いばかりではない。これまでレースで培ってきた経験はなくならないし、筋力が衰えたとしてもライスに合ったトレーニング方法を確立しているため、時間はかかるとしても以前と同水準まで鍛えることは可能だと思っている。

 

 まあ、全ては捕らぬ狸の皮算用。ライスがきちんと治ってからの話だし、下手な手を打つとまた骨折して長期療養、なんてこともあり得る。

 

 俺はチェックしたデータを逐一ノートに記入すると、今度はそのデータをパソコンに打ち込んでいく。実際に走ったわけではないため今のところ推測でしかないが、筋力がどの程度低下したかでスピードやスタミナにどこまで影響するのか、きちんと記録しておかないとな。

 

 俺がそうやって考え事をしながらパソコンを操作していると、メールを受信したというポップアップが表示される。そのためすぐにメールを確認してみるが、ウマ娘のレースに関するニュースサイトからのメールマガジンだった。

 

 重賞に出走するウマ娘に関するニュースを主に扱っているニュースサイトで、他にも色々なニュースサイトからメールマガジンが飛んできたりする。中にはウマ娘のグッズの発売情報に関してメールマガジンが飛んでくることもあるが……うちの子達に関してはメーカーとやり取りしているし、あと数日もすれば発売だ。今は気にする必要もないだろう……ん?

 

「海外のGⅠに関する特集か……」

 

 俺はメールに書かれていた内容を確認し、小さく呟く。トレセン学園に所属するウマ娘だけで2000人近いし、いくら同じトレセン学園の中で仕事をしているといっても、誰がどのレースに出るかは出走表が発表されてから判明することがほとんどだったりする。

 

 こういったメールマガジンとかで初めて知る情報もあったりするし、チェックは欠かせないんだけど……。

 

「マジか……そうきたか……」

 

 ちょっとした休憩ついでにメールマガジンを読んでいた俺は、思わずそう呟いていた。

 

 そこには、スマートファルコンがサウジカップへの出走を表明したことがニュースになっていたのだった。


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