リィンカーネーションダービー ‐新人トレーナーがんばる‐ 作:烏賊メンコ
新年になって早半月が過ぎた。その間チームキタルファは治療中のライスを除き、これまで通り活動していたわけだが、俺は俺で仕事やらなにやら、色々とすることがある。
その中の一つ……というと語弊があるし、仕事でもないんだけど、俺としてはかなり重要なことがあった。
「――というわけで、新年会兼! 重賞初勝利おめでとう飲み会! はじめるぞー! かんぱーい!」
『かんぱーい!』
日も落ちた終業後。トレセン学園近所の商店街で行きつけの飲み屋を借り切って、何故か乾杯の音頭を取っている俺がいた。
事の始まりは、今年に入って1月前半に行われたいくつかの重賞レースがきっかけである。俺の同期が育てているウマ娘がそれらのレースで1着を獲ったのだ。
……うん、事の始まりは、なんて言ってるけど複雑な事情はない。以前からの約束通り、重賞で勝ったから奢ってくれるって言うんで、せっかくだから他の同期も誘い、ついでに後輩達にも声をかけたのである。
GⅡの日経新春杯、GⅢの京都金杯、中山金杯、愛知杯などで同期が育てるウマ娘が1着を獲った。更に、後輩の中にはジュニア級で重賞を勝った子もいたんで、後輩全員誘って飲み会を企画したのである。
祝われる側が幹事やってどうするんだ、ってことで幹事は俺が務め、金に関しては重賞を勝った面々が出す。ただし後輩達の分は俺の奢りだ。重賞で勝ったっていうなら俺のライスも有馬記念で勝ったからね。
「後輩の分、お前に出されたら奢り返したことにならないんだけど……」
「はっはっは。ライスが有馬記念で勝った分の賞金があるからな。次はGⅠで勝って奢ってくれ」
「こやつ、煽りおるっ! お前にとって祝い酒じゃなくて敗北味の酒にしてやんよぉっ!」
乾杯して酒が入ったら、お互いに煽り合いがスタートである。うーん、観光地の酒も良いけど、こうやって同期や後輩と騒ぎながら飲む酒もまた格別ですわ。
といっても、煽り合うだけじゃない。お互いトレーナーだし、酒を飲みつつおつまみを箸で突きつつ、ウマ娘やレースに関する話題も口にする。
「というか重賞で勝ったはいいけど、黄金世代が誰も出てないからいまいち達成感がないんだよなぁ……やっぱり春のシニア三冠に殴り込むべきか……」
「今回勝った分で収得賞金も増えてるし、出られるだろ? まあ、出ても? 俺のキングが勝つけど?」
「こんにゃろう……負けて泣きべそかいてもしらねえぞ!? というか泣かしちゃる! 俺のアンチェンジングは最強なんだ! 可愛いし!」
「うちのウララの方が可愛いですー。あと最強はステイヤーならライスだしスプリンターならキングですー」
「いーや! 俺のアンチェンジングの方が可愛いし強い!」
「いやいや、うちのトモエナゲの方が上だから」
「何言ってんの。わたしのユイイツムニが最強に決まってるでしょう。だってユイイツムニなのよ?」
俺が同期の一人と煽り合って、ついでにウマ娘自慢も始めたら他の同期も加わってきた。全員酒が入ってるからね、仕方ないね。
「ユイイツムニって名前がすごいよな……『唯一抜きん出て並ぶ者なし』がモットーのトレセン学園でその名前がすごい」
「それ、本人も気にしてるから言わないでよ? 今回やっと京都金杯で勝てて本人もほっとしてるんだから……」
「こっちはオープン戦で勝たせるのが精々なんだよなぁ……重賞だと3着に入るのが限界だわ……」
同期の会話に耳を傾けながら、俺は笑う。それでいて聴覚は周囲に向けているけど、後輩達も楽しんでいるようだ。ただ、二十歳になっていない後輩に関しては酒ではなくジュースである。その辺はしっかり守らないとお店が営業停止どころか営業取り消し処分になってしまう。
まあ、後輩の一部はお通夜モードだったりもする。育てているウマ娘の戦績がいまいち伸びない、なんてのもあるけど、今のジュニア級……おっと、年が明けたからクラシック級か。クラシック級には一人、とんでもないウマ娘がいるからだ。
その名もナリタブライアン。
夏の合宿で顔を合わせたが、あの東条さんが育てているチームリギル所属のウマ娘だ。
ジュニア級のGⅠ、朝日杯フューチュリティステークスで1着を獲ったウマ娘で、現在6戦4勝とかなりの好成績を叩き出している。
今年のクラシック三冠を間違いなく狙いにいくであろう、強力なウマ娘だ。新しいクラシック級は今のところナリタブライアン以外に突出したウマ娘が見当たらない。そのため、もしかするとクラシック三冠を獲得するウマ娘が誕生するところを生で見られるかもしれない。
まあ、後輩達もそれぞれ頑張ってウマ娘を育てているし、いざふたを開けてみたらナリタブライアンが相手でも勝ちました、なんてこともあり得る。
そんなこんなで周囲の会話に耳を傾けつつ、同期とウマ娘自慢をしたり煽り合いをしたり、後輩からの相談事を聞いたり、なんてしていた俺だったが、飲み会の端で肩身が狭そうに縮こまっている桐生院さんを発見した。
ビールジョッキを両手で持ち、少しずつビールを飲んでいるが落ち着かない様子である。
「桐生院さん? 大丈夫ですか?」
「はい……大丈夫です……」
どうしよう、明らかに大丈夫じゃない。こうして同期とか後輩とかと一緒の飲み会に参加するのは滅多にないからか、どんな感じで過ごせば良いかわからないのだろう。俺と一緒に飲みに行く時はミーク自慢をしてくれるんだけどなぁ……。
「そういえば年末年始はどうでしたか? 俺の方は故障したライスの帰省に付き合って北海道に行ってきましたよ。いやぁ、登別温泉は良い湯でした」
とりあえず取っ付きやすいであろう年末年始の話題を口にする俺。もう半月過ぎてるし、ちょっと遅い気もするけど天気とかニュースの話題よりはマシだろう。
そう思って尋ねた俺だったが、桐生院さんは何故か雰囲気を暗いものにする。
「去年と同じで、実家に顔を出してきたんですよ……そこで去年のミークの成績に関してあれこれ言われたので、わたしのことはともかく、ミークのことを悪く言わないでって怒鳴って実家を飛び出してそのままこっちに戻ってきちゃいました……年末年始を実家以外で過ごしたの、初めてです……」
「それはまた……」
思わぬ返答に、俺は言葉に詰まる。去年もそういった話を飲みに連れ出して聞いたけど、今回は両親に反発して即座に帰ってきたようだ。
俺の家は一般家庭だからトレーナーの名門で生まれ育った桐生院さんの気持ちや立場はいまいちわからないけど、ミークのことに関してあれこれ言われて反発したのなら別に悪いことじゃないと思うんだけどな……。
ただ、うちも一般家庭といっても
両親からはウララ達のサインが欲しいって頼まれたことがあるし、ライスの分はグッズにサインを書いて送ったら大喜びだった。ウララとキングのグッズも見本が届いたし、サインを書いてもらって改めて送る予定である。
まあ、そんな一般家庭の俺の家でさえそんな有様なのだ。トレーナーの名門と呼ばれている桐生院家がどんな言葉を桐生院さんに投げかけたのやら。
(うーん……拗ねてるというか、やさぐれてるというか……実家と喧嘩できるんだから、俺からすると別に構わない気もするんだけど……)
それで桐生院さんに何かしらの圧力をかけてくるだとか、ミークに悪影響があるだとか、そういった面があるのなら問題だろう。だけどまあ、そういったこともないのなら大丈夫じゃないだろうか。現在進行形で桐生院さんが落ち込んでるけど、ミークのトレーニングで影響を出さないよう桐生院さんも注意しているし。
(桐生院さんって反抗期もなさそうだしな……実家の親御さんと喧嘩できるようになったのならそれはそれで良い、なんて思うのは結局俺が外野の人間だからかねぇ)
ちなみに前世はともかく、今世の俺に反抗期はなかった。社会に出て金を稼ぐ大変さを知っている身で、温かく育ててくれている両親に反抗することなど到底できなかったのだ。
それにキングの育成を引き受けて以来、桐生院さんとはライバル関係でもあるためあれこれと言い難い。ミークの成績云々言われると、キングがミークに勝ったレースもあるから余計に……うん、ウララも勝ってたしな。
さて、何と声をかけるべきか、なんて悩んでいると、桐生院さんは何を思ったのか持っていたグラスジョッキを傾けてビールを一気飲みする。
「ぷぅ……ふんっ、ミークはすごい子なんですからっ! お父さんもお母さんもあとになって自分達が間違っていたって思うことになるんですからっ!」
「…………」
メラメラとやる気を燃やす桐生院さんに、俺は何も言う必要はなかったか、と苦笑する。以前愚痴を吐かせた時はこうやって発奮する気力もなかったけど、今は自力で立ち直り、両親を見返してやると息巻くぐらい桐生院さんもトレーナーとして強くなっているのだ。
強がっているだけという可能性もあるけど、
「ほどほどに食べて、ほどほどに飲んでストレスを発散してください。ただ、お酒を飲むのは良いですけど一気飲みは危ないですからね?」
隣に座った状態で桐生院さんにそう声をかけると、一気飲みしたことが恥ずかしくなったのか桐生院さんは顔を赤くする。いや、良い飲みっぷりだったけど、まだ飲み慣れてないだろうからほどほどじゃないとね?
俺がそうやって桐生院さんと話をしていると、後輩からチラチラと見られていることに気付く。俺と桐生院さんのやり取りに興味があるというより、何かしら用があるのか視線に戸惑いの色があった。
俺は桐生院さんに一言断ってから席を立つ。そして後輩――以前、担当ウマ娘の育成に関して相談してきた男の後輩の隣に座った。
「どうした? 何かあったか?」
「いや……先輩、よく桐生院先輩と話せるなって……桐生院先輩、
何やら声を潜めて尋ねてくる後輩に、俺は首を傾げる。
「んん? 別に家柄で話す相手決めてるわけでもないしなぁ。そんな家柄でどうこう言ってたら、ウマ娘の中には育てられない子も出ちゃうじゃんか」
名門メジロ家とか、うちのライスとか。そんなことを気にしてトレーナーなんてやってられないと思うんだけど……あ、でも俺の同期も桐生院さんにどう絡めばいいかわからないって奴が割といたわ。
例外は同期の中でも数少ない女性トレーナーの面々である。最初は遠巻きにしていたけど、去年ぐらいからなんか可愛がるようになったんだよなぁ。
ただまあ、その辺の名門がどうこうってのは俺がトレーナーの家系に生まれた人間じゃないからかもしれん。
「そんなもんっすかねぇ……」
「そんなもんだよ」
これで桐生院さん側が名門意識バリバリで高飛車な性格だったら俺も距離感に困りそうだけど、俺から見た桐生院さんは箱入りで世事に慣れていない、純粋無垢なお嬢さんって感じだし。
(……そう考えると、実家の両親に言われたことも案外普通のことで、桐生院さんの方が怒られ慣れてなくて大仰に捉えちゃってる可能性もある……のか? さすがにキングのおふくろさんみたいなパターンじゃないとは思うけど……)
桐生院さん側の話しか聞いたことがないため、なんとも言い難い。しかしまあ、担当ウマ娘ならともかく、他所のご家庭に首を突っ込むわけにもいかないわけで。
(ストレスが溜まって弾けそうになってたらまた飲みに誘うか……)
そう思って桐生院さんへ視線を向けてみると、さっき俺と煽り合っていたユイイツムニの女性トレーナーが何やら桐生院さんと話をしている。あ、トモエナゲの女性トレーナーも桐生院さんの隣に座って何やらひそひそと……。
「そういえば先輩、前から気になってたことがあるんですけど……」
「ん? なんだ?」
とりあえず女性のことは女性に任せようと思った俺は、後輩からの言葉にそちらへと意識を向ける。すると後輩は俺用に注文した生ビールを差し出しつつ、声を潜めて尋ねてきた。
「先輩、俺に嘘つきましたよね?」
「……何の話?」
え? 本当になんの話?
ビールジョッキを受け取りながら俺は首を傾げる。うーん、そろそろ日本酒の気分だったんだけど、せっかく後輩が頼んでくれたものだししっかり飲み切ろう。
「先輩言ったじゃないですか!? 触診するのもウマ娘と距離が近いのもおんぶするのも珍しくないって! あれから俺もちょっと……ええ、ちょっとですけど、担当の子とその、距離が近くなったんですけど……」
最初は勢い込んで話す後輩だったが、後半になるにつれて声が小さくなる。
「なんというか……うちの子、距離が近いなって……照れてるけど思ったよりぐいぐい来るなって……ほ、本当に大丈夫なんですか? なんか、踏み込んじゃいけない道に踏み込んでる気がするんですけど……」
そう言って不安そうな顔をする後輩。不安なのは担当ウマ娘の距離か、それともぐいぐい来る担当ウマ娘に対する
「んー……実際にどんな感じか見てないことにはなんとも言えんなぁ……でもほら、お前さんとこのウマ娘、朝日杯フューチュリティステークスでナリタブライアンが相手でも良い走りしてたじゃん。育成に悪影響があるってわけじゃないんだろ?」
「最終直線で競り負けて3バ身差つけられましたけどね……2着でも負けは負けですし……あれ? でもたしかに、以前と比べて短期間で強くなってるような……」
考え込んでブツブツと呟く後輩。
東条さんが育てているナリタブライアン相手に3バ身差で2着なら、かなり良い具合いに育ってるって思うんだけど……まあ、2着でも負けは負けってのは後輩の言う通りだ。それを悔しく思っているのなら、この後輩も、後輩が育てているウマ娘も、どんどん強くなるだろう。
「俺が育ててるウマ娘も、甘えたがる子はよく甘えてくるしなぁ……節度を守れば大丈夫だって」
「その節度を守れるかが問題なんですけど……」
「お前さんとこの子は中等部だろ? 可愛い妹ができた、ぐらいの気軽さで接すればいいんじゃないか?」
「妹……なるほど、だから先輩はお兄さまなんて呼ばれて……」
何やら納得したように呟く後輩。ん? 今度は同期に呼ばれてる……ってかあれ、酒に酔っ払って呼んでるだけだな。でも放置もできないかぁ……。
「向こうに呼ばれてるから行ってくるわ。それじゃな」
「あ、はい。ありがとうございました……あれ? あの、先輩? 何も解決してないような……あれ?」
そうして俺は、同期や後輩とのんびり酒を酌み交わすのだった。
さて、飲み会ではほどほどに羽目を外すものの、翌日になれば普段通りお仕事である。
割り振られた仕事をこなし、仕事が終わればウララ達のための情報収集やデータ整理、レースの確認なんかを行うものの、一日一日があっという間に過ぎていく。
そうして二月を迎える頃になると、世間のウマ娘のレースに関する興味は春先のGⅠ、高松宮記念や大阪杯に向けられる。ダートなら一足先にフェブラリーステークスがあるものの、芝のレースと比べて人気が低いため注目度も低い――なんてことは、今年に限ってはなかった。
よく購読しているスポーツ新聞を広げてみると、そこには『日本の隼、世界に挑む』なんて見出しでスマートファルコンに関する記事が載っていた。その記事は2月後半に行われるサウジカップに関するもので、ここ最近、スマートファルコンが紙面を賑わせることが多くなっている。
(スマートファルコンがサウジカップに出る、なぁ……チャンピオンズカップで勝ったから優先出走権はあるし、出ようと思えば出られるんだろうけど……)
サウジカップの開催時期は、フェブラリーステークスとほぼ同じである。つまり、どう足掻いてもフェブラリーステークスには出られないわけで。
(うーん……あの子、ウララに執着している感じがしたんだけどな。何か心境の変化があったのか?)
サウジカップは1着の賞金が1000万ドルと破格のレースだ。2着で350万ドル、3着で200万ドル、4着で150万ドル、5着でも100万ドルと、世界最高賞金のレースである。
しかも日本のURAは関係ないため、賞金が丸々ウマ娘とトレーナーに入る。世界中のウマ娘やトレーナーが出走を希望する世界規模のレースだ。その高額な賞金から、今年は出走を希望するウマ娘の申し込みが数百人単位で出たらしい。
ただし、ただでさえ慣れない海外に行って、慣れない土地で、生まれ育った国のものとは全く環境が異なるコースで走るのだ。才能ある幾多のウマ娘が海外のレースに挑戦し、無惨に敗北することも珍しくはない。
あのシンボリルドルフですら海外のレースに出て、7人中6着と入着もできなかったのである。シンボリルドルフの実力なら勝ってもおかしくはなかったが、
ミークやエルコンドルパサー、あるいはオグリキャップのように芝もダートも両方走れて距離適性も幅広い、なんてウマ娘なら活躍しやすいのかもしれない。だが、そんな才能溢れるウマ娘は本当に希少だ。
スマートファルコンが海外のレースで通じるのか、通じないのか。それは実際にレースを走ってみなければわからないだろうけど、新聞に載ったりニュースになったりと、影響はかなり大きい。
そんなことを考えていた俺は、部室の中にある棚へ目を向ける。そこには各レースで勝利した際にもらえるトロフィーや、ウララ達全員のグッズが並んでいる。
――そう、ウララ達全員のグッズだ。
とうとうウララとキングのグッズが発売され、その見本を部室に飾っているのである。ウララもキングもグッズの売れ行きは順調で、初期ロットが完売したため既に増産体制に入っているらしい。
で、なんでそんなことを考えたかというと、スマートファルコンもグッズの発売が決まったからだ。サウジカップの出走を宣言し、世間の目がスマートファルコンに向いたタイミングでURAがグッズの発売を宣言したのである。
GⅠで3勝しているし、おかしくはないだろう。ライスだって今ではトップクラスにグッズが売れているけど、グッズの販売開始自体はかなり遅かったし……。
まあ、そんなわけでスマートファルコンはサウジカップに出るわけだ。ただし、ウララのフェブラリーステークスでぶつかる可能性がある他のウマ娘に関しても、予想外のことが起きている。
これは予想外ではないものの、エルコンドルパサーは海外進出を発表した。元々海外のレースに挑むつもりだったが、シニア級になったことを切っ掛けにとうとう挑むらしい。
そしてタイキシャトルは、残念なことに故障によって長期療養に入ってしまった。トレーニング中に足の爪が割れてしまい、治るまではレースに出られないらしい。
あとはダートに出てきそうなのはオグリキャップぐらいだけど……この子もまた、タイキシャトルと同様に故障である。トレーニング中、右足首に重度のねん挫が発生してしまったようで、療養に入っていた。
冬は怪我をしやすい時期だと言われているが、周りでこうも故障が発生すると俺も気を引き締めなければならないだろう。
ライスがそうであるように、怪我をしたらレースに出られないどころかトレーニングすらできず、下手するとそのまま引退になることもあり得るのだ。
今のところダートで他のシニア級に関しては長期療養に入っている、なんて話は聞かない。そのため、タイキシャトルやオグリキャップが怪我で離脱、エルコンドルパサーが海外に行ったとしても、微塵も油断はできない。
それでも俺としては思うところがある。
(本番のレースで借りを返したかったんだけどな……)
どのウマ娘も、ウララが公式戦で負けた相手だ。特に、フェブラリーステークスの距離ならウララに十分以上の勝ち目があると思っていたスマートファルコンには、何度も負けている。
(今回は縁がなかった、か)
そう思った俺の脳裏に、ミホノブルボンのトレーナーと話した時のことが蘇り――まだ戦う機会はあると、自分に言い聞かせるように頭を振るのだった。