リィンカーネーションダービー ‐新人トレーナーがんばる‐   作:烏賊メンコ

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第91話:新人トレーナー、バレンタインデーを過ごす

 2月も半ばになり、ウララが出走予定のフェブラリーステークスが徐々に近付いてくる。

 

 トレーニングでは相変わらずウララとキングを併走させる機会が多いが、お互い距離適性で見ればスプリンター同士ということもあって、切磋琢磨し合っている。

 

 ライスはきちんと養生していたのが功を奏したのか、折れた左足の骨もきちんとつながった。病院で診てもらい、レントゲン撮影で確認もしたけど、綺麗に骨がくっついていた。

 ただし、骨がくっ付いたからとすぐさまトレーニングを再開するわけにはいかない。これまでもなるべく歩かせるようにしていたものの、いきなり走らせて再度骨折した、では泣くに泣けない。

 

 そのためまずはプールで泳がせて足に負担をかけない形でリハビリを開始している。トレセン学園のプールは夏は冷たく、冬は温水で温かいため、プールから上がったあとにきちんと髪や体を乾かせば風邪も引きにくい。

 ライスはようやくトレーニングが再開できたとあって上機嫌でプールで泳ぐが、泳ぎ過ぎないよう注意する必要があった。

 

(ライスは……やっぱりスタミナが落ちたな……)

 

 プールでのトレーニングはチームを結成してから取り入れていたが、以前と比べると泳ぐタイムが落ちている。1ヶ月以上休養する形になったためライスは体が軽いと言っているものの、故障前と比べると筋肉も落ちているため水泳だけでなくコースを走らせてもタイムが落ちているだろう。

 

 食事にも気を遣って太らないよう、それでいてカルシウムを多く摂らせたり、サプリメントでボーンペップを摂らせたりしてきたけど、これからのリハビリでどんな効果が出るか。

 

 食べた料理を報告してもらって摂取したカロリーや栄養素、体重の増減なんかも記録しているけど、体重なんてものはその日によって変わるためあくまで参考でしかない。

 

 でもまあ、こういった記録があるとないとじゃ大違いだし、ライスも俺がきちんとライスを管理するって伝えたら素直に頷いてくれた。スピカの先輩の資料と突き合わせつつ、ライスが完全復帰するまでのリハビリプランを練ってきたけどどう転ぶやら……。

 

 そんなこんなでウララとキングを鍛えつつ、ライスのリハビリをしつつ、なんて日々を送っていたある日のことである。

 

「…………?」

 

 家から歩いて出勤し、トレセン学園に到着し、正門を通過した時に俺は妙な違和感を抱いた。空気がざわついているというか、浮足立っているというか……祭りの直前のような、そんな空気を感じる。

 

 はて、なんじゃろな? なんて思いながら俺は部室へ向かう。いつも通り部室でコーヒーを淹れ、新聞に目を通し……って、そうか。

 

「今日はバレンタインデーか」

 

 俺はそう呟き、新聞に書かれた2月14日という文字をじっと見る。

 

 バレンタインデー。

 

 前世でもあった行事だが、今世でも普通に行事としてあったのである。ウマ娘という前世にはいない存在がいるとしても、そういった行事には影響がなかったらしい。

 

 今世でも中学生の頃は同級生がソワソワとする日だったけど、トレセン学園というウマ娘……つまりは女の子が非常に多い場所でもバレンタインデーの日は何やら空気が違う。

 

 かくいう俺も、楽しみじゃないかと言われれば楽しみだと答えるイベントである。去年はウララとライス、それと桐生院さんとたづなさんからチョコをもらった。同期の女性達からも義理チョコを頂戴している。あと、何故かゴルシちゃんからももらった。

 

 歳を取ると甘いものを食べるのがしんどくなるとも聞くけど、幸い体は若い。去年もウララやライスが一生懸命選んだチョコを渡してくれた時はほっこりとした。

 

 今年はどうだろうな。キングがチームに加わってるし、キングもくれるだろうか? もしくはこういうイベントには興味がない感じだろうか。世間では友チョコなるカテゴリのチョコもあるらしいし、もらえるなら嬉しい――なんて、俺は軽く考えていた。

 

 

 

 

 

 その日の放課後のことである。

 

 ウララ達がそろそろ来るかな、などと思っていた俺は、思わぬ来客を迎えていた。

 

「やあ、おじさん。お邪魔するね」

「お邪魔しますわ」

「うーっす。邪魔するぜー」

 

 部室前に何故かトウカイテイオーにメジロマックイーン、それとゴルシちゃんがいたのである。

 

「おじさんには色々とお世話になったし、はいこれ。義理チョコ」

「私も去年はお世話になりましたから……こちら、義理チョコではありますがよろしければ受け取ってください」

「ゴルシちゃん、今年は奮発したかんな? ほら、トリュフ」

 

 どうやら付き合いがある俺のところに義理チョコを持ってきてくれたらしい。チームスピカの面子だと、あとはスペシャルウィークとサイレンススズカだけど……あの二人はこの三人と比べて接点がないんだよな。

 

「ありがとう。ところでゴルシちゃん、このトリュフなに? どこから獲ってきたの?」

 

 俺はラッピングされた二つのチョコと、ゴルシちゃんが渡してきた黒くて丸い物体を受け取る。トリュフはトリュフでも、本物のトリュフだこれ。あと奮発って山の中で見つけたのならお値段ゼロ円じゃないか。

 

「お宝探して山の中を彷徨ってたら見つけたんだよなー、イボセイヨウショウロ」

「ちゃんと山の所有者には許可を取ったのかい?」

「柴刈りに来てたじいちゃんと意気投合して、ちゃんと許可もらったから問題ねーよ?」

「そっか……それなら問題ないな」

 

 イボセイヨウショウロ……つまりは黒トリュフだ。よくこんなの見つけたな……というか生のトリュフって初めて見たわ。ホワイトデーのお返し、三倍返しなら何を返せばいいのかな? ゼロ円扱いなら三倍してもゼロ円だし、俺も何か探してきた方が良いかもしれんね。

 

「ちょっ、待ちなさいゴールドシップ! あなた何を渡してますの!? それにキタルファのトレーナーさんも! 何を平然と受け取ってますの!?」

「見りゃわかんだろ? イボセイヨウショウロだよ」

「うーん……熟成させないと香りが強くならないんだっけ? さすがにトリュフを調理したことはないんだよなぁ」

 

 熟成させてスライスすれば良い香りがするらしいけど、今のままじゃほとんど匂いがしない。

 

「スライスしたらイケるらしいぜ?」

「ワインに合うかもなぁ……ゴルシちゃんが成人してたら飲みに誘うんだけど」

「ゴルシちゃん、永遠の17歳だから無理だな」

「そっか……残念だ。ゴルシちゃんと酒飲んだら楽しそうなんだけどなぁ」

 

 本当に残念である。俺がそう思っていると、メジロマックイーンが得体の知れない生き物を見るような目で俺を見た。

 

「去年の夏の合宿で模擬レースをした時も思いましたが……トレーナーさん、あなたゴールドシップと仲が良いんですね……実はぶっ飛んだ人なんですか?」

 

 おっと、メジロマックイーンがすごいこと言い出したぞ。

 

「ぶっ飛んだ人って……ゴルシちゃんも良い子だし、俺も普通のトレーナーだよ?」

「ゴールドシップが良い子……?」

 

 あれ? なんで後ろに下がるの? メジロマックイーンから見たゴルシちゃんってどんな風に見えてるの?

 

「なーなー、アンちゃん。お返しは何くれんだ?」

「イボセイヨウショウロもらったし、そうなるとお返しはアレがいいかな、トゥベル・マグナトゥム」

「ホワイトデーだけに?」

「ホワイトデーだけに」

 

 そう言ってゴルシちゃんと顔を見合わせ、ワハハと笑い合うと、イエーイ、と手を打ち合わせる。

 

 トゥベル・マグナトゥム……要は白トリュフだ。黒トリュフをもらったし、ホワイトデーのお返しにぴったりだろう。白トリュフだけに。

 

 そうやって俺がゴルシちゃんとハイタッチしていると、メジロマックイーンがいよいよもって得体の知れない生き物を見るような目になっている。

 

「ライスさん達、この方がトレーナーで大丈夫なんでしょうか……」

「えぇ……メジロマックイーンちゃん、その評価は一体どこから?」

「ゴールドシップと話が合う、気が合うというだけで、私としてはちょっと……」

 

 やばい、なんか真顔でじりじりと距離を取られてる。なんかこう、アレだ。夜道で不審者に会った時の反応っぽい。

 

「なんだいゴルシちゃん。この子に何かしたの?」

「いんや? ゴルシちゃん、何も変なことしてないのにマックイーンはいつもこんな感じなんだよなー。ひどくね?」

 

 うーん……ゴルシちゃん、気遣い屋さんだからなぁ。案外メジロマックイーンに悟らせない形で発奮させるためにからかったりしてそう。

 

「ゴールドシップがこんなにキタルファのトレーナーさんと親しいとは思いもしませんでしたわ……」

 

 そんなことを呟きながら遠ざかっていくメジロマックイーン。でもまあ、俺も以前芝のコースの上に将棋盤を置いて将棋を指してるゴルシちゃんに追いかけられたことがあるしなぁ。

 

「このアンちゃん、昔は死んだクルルポッソみたいな目してたんだけど、段々マシな感じになってきたかんなー。ゴルシちゃん的にはそれからは話しやすくなった感じ?」

 

 出たな謎生物。ネットで検索しても出ないんだよな、クルルポッソ……()()()()()()()生き物……まさかね。

 

 そうやって話をしていると、ウララ達の話し声が近付いてくる。どうやら部室に向かってきているようだ。

 

「あっ、やっほーライス」

「えっ? テイオーさんにマックイーンさん、それにゴールドシップさんも……どうしたの?」

「お邪魔してますわ」

「おうライス、邪魔してんぞー」

 

 普段部室にいるはずがないウマ娘達の姿に、ライスは不思議そうな顔をしている。キングも訝しげな顔をしているけど、ウララだけはいつもののほほんウララだ。

 

 ウララはわーい、トレーナー、なんて言いながら突撃してくる。これも割といつも通りのことだけど、身構えないと受け止めきれないあたりウマ娘のパワーってすごいわ。受けとめたらそこから高い高いへ移行する。

 

 そしてライスの疑問の声に、トウカイテイオーが苦笑するようにして答える。

 

「二つ用事があってきたんだ。一つはおじさんにバレンタインデーのチョコを渡しにきたんだけど」

「――お兄さまに、チョコ」

「う、うん……義理チョコだよ? 本当だよ?」

 

 ん? ウララを高い高いしている間に、何やら空気が変わってる? なんかメジロマックイーンが助けを求めるような目をしてるし、ゴルシちゃんはどことなく楽しそうな顔でライスを見ている。

 

「ほら見てくれよライス、義理チョコとトリュフ」

「義理でもチョコは……トリュフ? え? トリュフ?」

 

 何やら気迫がみなぎっていたライスだったけど、俺の手の中にあるトリュフを見て目を丸くしている。そして気勢を削がれたように視線を彷徨わせた。

 

「えっと……それで、もう一つの用事は?」

 

 落ち着きを取り戻したライスが尋ねる。さすがに義理チョコと一緒に黒トリュフ渡されたって聞けば気も抜けるよな。

 

 ライスが尋ねると、トウカイテイオーとメジロマックイーンが目線を交わし合う。そして二人してライスに向き直ったかと思うと、真剣な表情を浮かべた。

 

「先に聞いておきたいんだけど……怪我はどんな感じ?」

「だいぶ良くなった……よ? ライス、お兄さまにしっかりと管理してもらってるし、今は泳いでリハビリしてるところ」

「では……リハビリ後は引退ではなく、現役復帰と考えてよろしいですわね?」

「……? うん、もちろん。ライス、まだまだ走りたいよ」

 

 下手すると他所のライバルの偵察と思われそうなことを聞いている……が、トウカイテイオーとメジロマックイーンは真剣だ。俺はウララを床に下ろすと、黙って成り行きを見守る。

 

「復帰するとして、シニア級のまま? それともドリームシリーズに進むの?」

「……今のところ、ドリームシリーズで考えてるけど……」

 

 あくまで今のところは、という注釈がつくが、やはりこれまで通りシニア級として短いレース間隔で走るのは厳しいものがある。それならば半年間隔で出走するドリームシリーズの方がライスの体にも負担がかかりにくい、と思っていた。

 

 ライスのその答えを聞いたトウカイテイオーは大きく頷き、メジロマックイーンはどこか儚げに微笑む。

 

「それでは、()()()()()()()ライバルとして走れますわね」

「だねー」

 

 その二人の反応に、俺は眉を寄せる。それはつまり、トウカイテイオーもメジロマックイーンもシニア級を卒業してドリームシリーズに進むということだろうが――。

 

「ライス、ボクは君に勝ちたい。それにカイチョーにも勝ちたい。だからドリームシリーズで挑むことにしたんだ」

「私はルドルフ会長に勝ちたいという思いはありませんが……テイオーとライスさんには勝ちたいと思っています。叶うなら、ドリームシリーズの舞台で」

 

 真剣な表情でそう告げる二人に、ライスもまた、真剣な表情になる。

 

「うん……ライスも、二人と一緒に勝負したい」

 

 そう告げて、三人は微笑み合う。俺もウララもキングも、ゴルシちゃんも空気を読んで何も言わず、周囲の視線に気付いたメジロマックイーンは照れ隠しのように頬を掻く。

 

「まあ、テイオーはともかく私は現役期間が長いので、これまで通りシニア級として走り続けるのはそろそろ限界でして……半年に一度のドリームシリーズならなんとか全力で走れそうだと思っているんです」

「ボクもね、二回骨折して長期療養していたからか、そろそろ足に限界が来てる感じがするんだよね……去年みたいに春のシニア三冠、秋のシニア三冠、みたいなペースじゃもう走れないかなって」

 

 メジロマックイーンに続いてトウカイテイオーもそう言うが……そうか、やっぱり二人もそんな感じだったのか。

 

 俺はトウカイテイオーとメジロマックイーン、そして何よりもライスの表情に寂しさを覚えながらも、三人のやり取りを黙って聞いていたのだった。

 

 

 

 

 

 そして、トウカイテイオー達が帰った後のことである。

 

 今日もトレーニングの準備に取り掛かるか、なんて思っていたらウララ達が何やら俺に差し出してきた。

 

「はいっ! トレーナー! バレンタインのチョコだよー!」

「お兄さま……その、今年はね、手作りに挑戦してみたの」

「私はチョコじゃないけれど……バレンタインのプレゼントよ」

 

 ウララが差し出したのは、ライスと同様に手作りなのかちょいとラッピングがグチャグチャの……なんだろう、コレ。なんか、ズシッと重たいんだけど。

 

 ライスは綺麗にラッピングされたチョコで、キングは……あ、香り的にコーヒーだな。

 

「ウララのは……開けてもいいか?」

「うんっ! もっちろん!」

 

 不格好なラッピングに笑みを零しつつ、中身を確認する俺。すると、20センチを超える大きさの巨大なチョコが出てきたんだが……。

 

「にんじんチョコだよ! はやおきしてライスちゃんと一緒に作ったんだー!」

「人参チョコ」

 

 人参の形をしたチョコ……か? いや待て、この重さ的に人参をチョコでコーティングしたのか? よくわからなかったため、俺は早速食べることにした。トレーニング前の腹ごしらえである。

 

「んがっ……ん?」

 

 ポキン、という軽快な音と共にチョコの甘味と人参の風味が……うーん、これは人参が生ですねぇ……。

 

 バリン、ボリン、と人参チョコを咀嚼する。人参が生なんだけど、ウマ娘っていう存在がいるからかこの世界の人参は美味しいものが多い。だからこの人参チョコも……あれ?普通に美味しい……。

 

「うん、美味い。俺のためにありがとうな、ウララ」

「えへへ……」

 

 意外とイケる味わいである。俺の表情や声から本心だと伝わったのか、ウララは嬉しそうに微笑む。

 

「トレーナー、私の分のプレゼントなのだけど」

「コーヒーだよな?」

「ええ、そうよ。良い豆を売っているお店を見つけてね。どうせあなたのことだし、チョコはお腹いっぱいになるぐらいもらうと思ったのよ」

 

 そう言いつつ、キングは俺に差し出したコーヒー豆を手に取る。

 

「私が淹れてあげるわ。ちょっと待ってなさい」

「おう、サンキュ。楽しみにしてる」

 

 どうやらキングが手ずから淹れてくれるらしい。俺が人参チョコをパリンポリンと食べてると、部室内にコーヒーの香りが漂い始めた。

 

「さあ、どうぞ」

「ありがとう。いただきます」

 

 俺の好みに合わせたのか、砂糖なしミルクなしのブラックだ。でも人参チョコで口の中が甘いし、ブラックが丁度良い。

 

「……うん、美味い」

 

 淹れ方も俺好みだけど、豆自体も俺好みの風味だった。というかこれ、ブルーマウンテンのNo.1のような……。

 

「そ……良かったわ」

 

 少しお値段が気になったけど、安心したように柔らかく微笑むキングを見て野暮なことは言うまい、と言葉をコーヒーで流し込む。

 

「んじゃ、次はライスのチョコをもらいますかね」

 

 そう言いつつ、俺はライスからもらったチョコのラッピングを開ける。中から出てきたのはプラスチックの容器に入った生チョコだ。

 

「お、ライスのチョコも美味いな。うん、手作りでこのレベルなら上手……というか、これならパティシエとか目指せるんじゃないか?」

 

 なんだろう、ビックリするぐらい美味しい。そう思って俺が褒めると、ライスは照れたように笑顔を浮かべる。

 

「そ、それは褒め過ぎだよお兄さま……ライス、照れちゃうよ……」

「いやぁ、本当に美味いって。俺、料理はしてもお菓子作りは全然したことないからなぁ……」

 

 お菓子作りが上手っていうのもあるけど、何よりこうして手作りでっていう気持ちが嬉しい。ウララは……うん、ちゃんと洗ってあるから良いけど、人参のインパクトがね……。

 

 でもまあ、なんとも嬉しいバレンタインデーになったのだった。

 

 

 

 

 

 だが、これで終わらなかった。

 

 桐生院さんや同期の女性トレーナーからの義理チョコ、たづなさんからの義理チョコをもらい、今年もお返しが大変だなぁ、なんて考えていた俺のスマホがメッセージの着信を告げる。

 

『おじさま、忙しいところごめんなさい。時間が空いたらトレセン学園の正門前に来ていただけますか?』

 

 差出人はダイヤちゃん。時刻は既に午後6時を過ぎており、本日のトレーニングも終了という時間帯である。

 

 2月ということもあり、午後6時は既に日が落ちている。俺はまさか、という気持ちと、おいおい、という気持ちを抱きながらスマホをポケットに突っ込んだ。

 

「すまん、なんかダイヤちゃんが正門前に来ているみたいなんで行ってくる。着替え終わったらライスは鍵を閉めといてくれ」

 

 俺はそう言い残し、トレセン学園の正門へと急ぐ。するとそこにはメッセージ通り、ダイヤちゃんがいた。あと、キタちゃんも一緒である。二人とも私服だがさすがにランドセルは背負っていない。その代わりにリュックを背負っているけど、一度家に帰ってから出てきたのだろう。

 

「おじさまっ!」

「あ、おじちゃん」

 

 笑顔で突撃してくるダイヤちゃんと、どこか呆れた様子のキタちゃん。俺はついさっきもウララに突撃されたことを思い出しつつ、正面からダイヤちゃんを受け止める。

 

「おっとっと……元気が良いなぁ。でも二人とも、今は何時かな?」

 

 俺がそう言うと、キタちゃんはさっと視線を逸らした。だが、ダイヤちゃんは聞こえなかったのか、頭でぐりぐりと俺の腹部を……くすぐったいと痛いの中間な感じである。

 

「ダイヤちゃん? おじちゃん、今は大切な話をしてるんだけどなぁ」

「お母さんに許可を取ってきましたっ!」

「そういう問題じゃないんだよなぁ……」

 

 もう日が暮れてるっていうのに、小学生だけで……ウマ娘だから何かあっても走って逃げきれるかもしれないけど、危ないことに変わりはない。

 

 俺はダイヤちゃんの頭に手を乗せると、そのままぐいーと引き剥がす。すると、ダイヤちゃんは落ち込んだような顔をする。

 

「ごめんなさい、おじさま……でも、今日どうしても会いたくて……」

「と、いうと?」

 

 俺が尋ねると、ダイヤちゃんは背負っていたリュックから箱状の物体を取り出す。

 

「これ、バレンタインのチョコレートですっ! どうしても今日中に渡したかったんですっ!」

「おじちゃん、私もチョコを持ってきたんだ。受け取ってほしいな」

 

 まさかのダイヤちゃんとキタちゃんからのバレンタインデーのチョコである。俺は怒れば良いのか、喜べば良いのか悩んだが……。

 

「はぁ……せめて日のある内にきなさい。でも、ありがとうな二人とも」

 

 キラキラとした目で見上げられ、俺は苦笑しながら礼を言う。するとダイヤちゃんは更に瞳を輝かせ、キタちゃんは小学生らしくない苦笑を浮かべた。

 

「おじちゃん、私の方は義理チョコだからね?」

「私はもちろん本命ですよ?」

「ははは、ダイヤちゃんはおませさんだなぁ」

 

 これぐらいの子だとませてる子はませてるもんな。俺はダイヤちゃんの言葉に苦笑しつつ、その頭を撫でる。するとダイヤちゃんは気持ちよさそうに目を細めつつも、頬を膨らませた。

 

「もう……本当なんですからね?」

「そりゃあ光栄だ。さて、日が暮れて危ないから駅まで送っていくよ。いや、家まで送った方がいいかな?」

 

 親御さんの電話番号は知ってるし、駅に迎えに来てもらうだけでも大丈夫かな? とりあえず連絡を取ってから考えよう。

 

 俺はそんなことを考えつつ、ダイヤちゃんとキタちゃんを近くの駅まで送っていく。

 

「むぅ……やっぱり……大きく……ダメ……」

 

 すると、その途中でダイヤちゃんが何か呟いているのが聞こえた。そのため何事かと思って声をかけてみるが、ダイヤちゃんはにっこり微笑んで何も答えなかった。

 

 

 

 

 

 そんな、バレンタインデーから数日後の週末。

 

 明日はウララのフェブラリーステークスが控えている土曜日。

 

 その日、翌日がレースということもあってウララのトレーニングも軽めに行った俺は、夜――いや、深夜になると自宅でテレビを点けていた。

 

 土曜日深夜。既に日付が日曜日になっているし、今日はウララのフェブラリーステークスがあるから早めに休まないといけないんだが……見過ごせないものがあるのだ。

 

 俺は時計をちらりと見る。

 

 日本時間、午前1時50分。

 

 ()()()()、午後7時50分。

 

 時差が6時間ほどあるため、この時間に起きているのも仕方ない。それで何があるのかというと、だ。

 

『日本の隼が逃げる! スマートファルコン、逃げ続ける! 2番手に4バ身! いや、徐々に差が詰まって残り3バ身!』

 

 スマートファルコンのサウジカップ。その生中継を俺は見ていた。

 

『世界に羽ばたいた砂の隼! あと残り200メートル! しかしこのまま逃げ切れるか!? あっ、あっ、駄目か!? 後続が突っ込んで――』

 

 じっと、無言で見ていた。

 

『――日本のスマートファルコン、僅差で敗れました! 着差はクビ差! クビ差で世界の強豪相手に2着です!』


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