めぞん一刻 二次小説 New Half Time 作:今津晶
月日はあっという間に流れるもので、一刻館に五代夫婦が住みついてはや10年の歳月が過ぎようとしている。
彼ら二人の間には娘の春香に続いて4年前には息子の秋作が誕生していた。
10年の間には様々な出来事があったが、春の陽射しを浴びた一刻館は10年前と変わらぬ佇まいを見せていた。
一刻館の玄関先では小さなPiyo Piyoエプロンをした春香が箒を持って庭を掃除していた。
「ちわ~。春香ちゃん、管理人さんいる?」
今では茶々丸のママになった朱美が酒瓶を持って訪ねて来た。
「こんにちは、朱美おばさん。お母さんなら二階にいるよ」
「朱美おねえさんでしょ、おねえさん」
「は~い、朱美おねえさん。今日は何を理由に宴会しに来たの?」
春香は一刻館での雛祭りの夜の大騒ぎを思い出し含み笑いをした。
一刻館の階段を雛段にして階段一杯に雛人形を飾り、一晩中宴会騒ぎをしたのだ。そこに惣一郎の餌を持って裕作が玄関から出て来た。
「朱美さん、春香にあんまり変なこと言わないで下さいよ」
「お~す、五代君。春香ちゃん、ますます管理人さんに似てくるわね。やっぱり将来、五代君みたいな甲斐性無しの男に引っ掛かるのかしら、心配ねえ」
「何言ってるんですか!僕は朱美さんが一刻館に来るのが心配なんです。朱美さんでしょ、春香に変な話を吹き込んでいるのは?」
「あら、あたしは春香ちゃんにパパとママの恥ずかしくて暗い過去を包み隠さず正直に話しているだけだけど」
「何が恥ずかしくて暗い過去ですか!本当に変な話、しないで下さいよ」
玄関の扉のガラス越しに四谷が両手の人差し指で口を広げ、春香に変な顔を見せていた。
春香が思わず笑った。朱美は四谷の顔を見ながら言った。
「あたしよりさあ、四谷さんの方を心配したらどう?」
裕作は四谷に気付かず、餌を食べる惣一郎の頭を撫でていた。
「大丈夫です。春香には四谷さんの半径5m以内に近付かないように言ってますから」
四谷が玄関から顔を出した。
「聞き捨てならないですな。私は頼りない父親の代わりに、親身になって春香ちゃんに色んな事、ほんと色んな事を教えてあげているのに」
「四谷さん!色んな事、教えないで下さい。あなたの色んな事は危険なんだから」
四谷は裕作の言葉を無視して、両手の親指を鼻の穴に当てて指を広げ、春香に変な顔を見せていた。
春香が笑い転げた。今度はそこに一の瀬が春香の弟の秋作の手を引いて玄関から出て来た。
「ちょっとお。休みの日に騒々しいねえ。朱美さん、あんた子供たちはどうしたの?」
「亭主(マスター)と釣りに行ってるよ。どうせ釣られる魚はいないだろうけど」
「そうかい。五代君も休みの日くらい子供達を連れてどこか遊びに行ったらどうだい?」
「そんな贅沢が出来るくらいなら、とっくの昔に一刻館から引っ越してますよ」
裕作は不機嫌そうに答えた。一の瀬は秋作と春香の顔を順番にじ~っと見て首を振った。
「つくづく不幸な星の元に生まれた子供たちだねえ」
「勝手に決めつけないでください!」
裕作は一ノ瀬から秋作の手を取って怒鳴った。
「好き勝手な事を・・・」
そこで花の香りを含んだ爽やかな風が一瞬一刻館の玄関先を包み、玄関からいつものPiyo Piyoエプロンをした響子が現れた。
「あなたたち、玄関先にぞろぞろと集まってなんですか。話なら・・あら、朱美さんいらっしゃい」
「こんちは、管理人さん」
響子は春香が四谷さんの変な顔に笑い転げているのを見ながら言った。
「春香、お父さん達の話に加わって大人の話の邪魔をしては駄目よ」
「お母さん、大丈夫よ。アホが移らないように注意しているから」
笑いながら春香は玄関の中に駆け込み、一刻館の中に消えて行った。
「もう、春香ったら。誰に似たのかしら・・・」
響子が呟くのを聞きながら、一の瀬、四谷、朱美が苦笑していた。
裕作は秋作を抱き上げ、バツが悪そうに玄関の中に入っていった。
「例の茶々丸の新しいウェイトレスの娘の件、決まったわよ」
管理人室で響子の出したお茶をすすりながら朱美が言った。
「良かった。ちょうど6号室の掃除をしていたところなんです。だけど本当に一刻館でいいのかしら?」
響子が不安そうに訊ねた。
「あんたとこのウェイトレス、こんなぼろアパートに住むなんて残りの人生を捨ててかかってんじゃないの?」
一の瀬が他人事のように言った。朱美は大笑いしながら答えた。
「大丈夫よ。あたしだってずっと住んでたんだから」
「朱美さんの場合は特殊だから」
裕作が秋作を抱きながら何気なく呟いた。
「何か言った?」
朱美が裕作を睨み付けた。
「そうそう、新しいウェイトレスの娘ねえ。五代君好みの結構な美人でさあ。やっぱ心配かなあ」
朱美が含み笑いをして響子を見た。
今度は響子がにやけた顔をしている裕作を思いっ切り睨み付けて言った。
「とにかく、一度一刻館に来て頂いて、お部屋を見て頂きましょう」
「分か~た。今度連れて来るからさあ。仲良くしてやってね。うふふ」
朱美は裕作を見てにやにやしながら席を立った。
それから数日後の夕方、朱美が入居希望のウェイトレスの娘を連れて一刻館にやって来た。
玄関に響子、春香、一の瀬、四谷が集まって出迎えた。
「私、十常侍(じゅうじょうじ)夕樹(ゆうき)と申します。一刻館の事は朱美ママから詳しい話を聞かせて頂いてます」
長髪で面長の美人ウェイトレスは深々とお辞儀した。前髪が顔にかかってあまり表情を伺うことは出来なかった。
「あ、私は一刻館の管理人の五代響子と申します。さあどうぞ、お上がりになって下さい」
響子が夕樹の顔を覗き込む様に言った。
「へえ~。朱美さんの知り合いだからどんな人が来るのかと思ったら、まともな人じゃない。美人だし」
一の瀬が煙草をくゆらせながら大きな声を上げたので、朱美が不満そうに言った。
「ちょっと、一の瀬さんどういう意味よ」
「へっへへ。1号室の一の瀬だよ。亭主と二人暮らし、息子も一緒だったんだけどさあ、今は都内のアパートで一人暮らしをしてるよ。宜しくね」
「こちらこそ宜しく」
夕樹が又、深々とお辞儀した。
「管理人室と2号室は、私の家族で使わせて頂いてます。2号室は主に娘の春香と息子の秋作の部屋なのですが・・・」
響子が春香の肩に手を掛けながら説明した。
「たま~に、お父さんとお母さんが痴話喧嘩した時にお父さんが必死になって逃げ込んで来るけど」
春香がそう言って悪戯っぽく舌を出すと2号室に逃げた。
「待ちなさい!春香!あら、お恥ずかしい所を・・・ほほほ」
響子が口に手を当てて顔を赤らめた。
「今更恥ずかしがることかい。ねえ、朱美さん」
一の瀬と朱美は顔を見合わせながら笑った。
「こほん。3号室は空き部屋で2階の4号室はこちらの四谷さんが・・・」
響子が一の瀬と朱美の笑いを無視し四谷を紹介すると、四谷は真剣な眼差しでじっと夕樹の顔を眺めていた。
「え・・・すみません。ちょっと考え事をしていたもので。4号室の四谷です。宜しく」
四谷がいつになく真面目に答えた。
「こちらこそ宜しく」
夕樹が再び深々とお辞儀した。
「それから5号室も空き部屋なんですが、たまに宴会場に変わる時があって・・・騒々しいのはお嫌いですか?」
響子が夕樹に訊ねた。
「いえ、大丈夫です。」
「あの・・・たまにと申しましたが・・・もしかすると頻繁に宴会場になっている場合も・・・」
響子が俯き加減に付け加えた。
「いえ、本当に大丈夫ですわ。賑やかなのは好きです」
夕樹は響子が開けた6号室の扉の中を覗き込みながら答えた。
「それでは明日、荷物を運び込ませて頂いて宜しいでしょうか?」
「あ、どうぞ。分からないことがありましたら、私に何でも相談してください。」
「夕樹ちゃん。管理人さんの御主人もとっても優しい人だから、遠慮なく御主人にも相談していいわよ」
朱美が響子を横目で見ながら夕樹に話し掛けた。響子が恐い顔をして朱美を睨め付けた。
二階の廊下の隅では四谷があごに手を当てて何やら考え事をしていた。
「ふむ。思い過ごしか・・・・」
5号室では恒例の新住人の歓迎会が行われていた。仕事から帰った裕作が響子と並んで座っていた。
響子の隣に春香そして一の瀬、四谷、朱美のいつものメンバーが夕樹を取り囲むようにして並んでいる。
「響子、秋作は?」
裕作は響子に耳打ちした。
「ええ、大丈夫。管理人室で寝かし就けたわ」
響子は裕作のコップにビールを注ぎながら答えた。
5号室で宴会する時は下の2号室だと五月蝿いので春香と秋作はいつも管理人室で睡眠を取っていた。
「それでは久々の新しい住人、十常侍夕樹さんとの出会いを祝して~」
四谷が立ち上がって乾杯の音頭を取った。
「かんぱーい!!」
みんなが一斉に手に持ったコップを掲げた。
一の瀬は一升瓶の酒を自分のコップに注ぎながらしみじみと言った。
「本当に久々だねえ、新しい住人なんて。数年前は何人か入居希望者がいたんだけどねえ・・・最近はさっぱりでねえ」
「何を間違ったか入居した人も、何故か一週間保ちませんでしたな」
四谷がスルメをかじりながら答えた。裕作は四谷を睨んで言った。
「四谷さん達がいびり倒すからです。ただでさえこんなぼろアパートなのに住人が酷いから入居者が寄り付かないんです。僕も響子も入居者で部屋が埋まる方が助かるのに・・・」
「まあまあ、五代君。私だって五代君が5号室から居なくなってずっと寂しい思いをしているんですよ。朱美さんも居なくなっちゃったし」
「良く言いますよ。いつも僕を5号室に引きずり込んで宴会の相手をさせているくせに」
「それに朱美さんだって一刻館に入り浸ってるじゃないですか。朱美さん、マスターと子供を放ったらかしていいんですか?」
朱美は裕作の顔をじっと見て言った。
「おっかねえ。五代君、管理人さんと喧嘩でもしているの?あんたら夫婦の痴話喧嘩の原因とかの下世話な問題をいつも私達のせいにするんだから、たまんないわあ」
「「喧嘩なんかしてません!」」
裕作と響子が同時に答えた。
「ま~た始まった。良く同じ事ばかり繰り返していられるわねえ・・・」
春香がジュースを飲みながらうんざりしたような表情で呟いた。
朱美は裕作と響子を無視して夕樹のコップにビールを注いだ。
「いえ・・・私はもう・・」
夕樹がコップの上に手を被せて言った。
「何言ってるのよ。どうせばれることなんだから」
朱美がビールを注ぎ込みながら夕樹に耳打ちした。
夕樹は注がれたビールを一気に飲み干した。
それを見た一の瀬が一升瓶の酒を夕樹のコップに注いだ。
「夕樹さん、あんた茶々丸のウェイトレスなんだろ。だったらきっと、うわばみなんだろうねえ。さ、どんどん飲んで飲んで」
「それ一気飲み、それ一気飲み」
みんなが夕樹をはやし立てる。
裕作は夕樹に心配そうに忠告した。
「大丈夫?あまり無理しない方がいいよ。ここの連中は果てしないから気を付けてね」
「ほ~ら言ったでしょ。五代君はとっても優しいから、酔いつぶれたらきっと親密に介抱してくれるわよ。ねえ、五代君」
朱美が響子を横目で見ながら裕作に話しかけた。
響子は裕作の太股を思いっきりつねっていた。
歓迎会もたけなわになり、一の瀬、四谷、朱美はいつもの踊りで盛り上がっていた。
春香は付き合いきれず、既に管理人室に退散していた。響子も久々に羽目を外していた。
「夕樹さんに来て頂いて本当に嬉しいわ。夕樹さんの様な普通の人は一刻館では貴重な存在だし、それにとてもお美しい女の方ですもの」
それを聞いた夕樹は完全に酔いで据わった目で響子を睨み、人が変わった様な低い声で喚いた。
「なに、女?私のどこが女だっていうのお?失礼なこと言わないでよ!」
「へっ?!」
響子の目が点になった。夕樹は響子の顔を覗き込んだ。
「そう言えば管理人さんって聞いていた通り凄い美人。びっくりしたから、せまっちゃおうかなあ・・・」
夕樹が響子の腕を取り身を寄せた。響子は突然の事に唖然となった。
「え?何、何?ちょ、ちょっと私は子持ちの人妻ですよ。何するんですか」
「人妻?尚良い・・・失楽園」
事態を飲み込めず大口をぽかんと開けていた裕作は、夕樹を響子から引き離そうとしたが、意外と夕樹の腕力は強かった。
「夕樹さん!悪ふざけはいい加減に・・・」
響子は朱美に向かって助けを求めた。
「朱美さん、一体どうなっているんです?あ、夕樹さん離して・・・私、女の方とは・・・そんな趣味はございません!」
「それ、男だよ」
朱美が他人事のように響子に言った。
「「「お・と・こ?!」」」
響子、裕作、一の瀬が一斉に叫んだ。
朱美は面倒くさそうに説明した。
「正確には元男、ニューハーフなの。夕樹ちゃんさあ、普段は完璧な女なんだけど、お酒を飲み過ぎるとなぜか男に戻っちゃうのよ」
「それでお店で働けなくなってさあ、取りあえず茶々丸で預かることになったわけ」
「「「あわわわ・・・」」」
響子、裕作、一の瀬の顔が強張った。
「あら、あたし女って言った?」
朱美が平然と言った。
そこで、左手の手の平を右手の拳でぽんっと叩いて四谷は言った。
「やはりそうでしたか!以前、夕樹さんにお会いしたことがあるんです。やっと思い出しました。ちなみにその時はまだ男でしたが・・・」
「え!四谷さん、夕樹さんのこと知っているの。どこで会ったの?」
今度は朱美、響子、裕作、一の瀬が四谷に詰め寄った。四谷はいつもの様にとぼけた。
「それは、ひ・み・つ」
夕樹は泥酔した状態でみんなに向き直り言った。
「十常侍夕樹。これから世話になっから、取り敢えず宜しく!」
言い終わると再び響子に抱き付いた。
響子が再び喚いた。
「きゃ~!朱美さん、何とかして下さい!」
朱美は両腕を広げて首を振った。
「仕方ないわね、管理人さん。夕樹ちゃんが酔いつぶれたら、介抱してあげたら?」
一刻館の5号室の夜は更けていった。
(次回へ続く)