めぞん一刻 二次小説 New Half Time   作:今津晶

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第2話  一刻館の肖像

一刻館の6号室に新住人の十常侍(じゅうじょうじ)夕樹(ゆうき)がやって来て、一刻館も更に賑やかになった。

 

「春香、真面目に宿題やってるか?」

 

裕作が2号室の扉を開け、ジュースとお菓子を持って入って来た。

 

「何よ、お父さん。ノックぐらいしてよね。ま~た、私の勉強の邪魔をしに来たの?」

 

春香がうんざりしたような表情で答えた。

 

「お前なあ。父親に向かって勉強の邪魔をしに来たの、は無いだろう?」

 

「それじゃあ。お母さんに、また何かやって怒られたのかしら・・・こっぴどく」

 

「あのなあ。お前、四谷さんの変な影響をまともに受けてるぞ。四谷さんには近付くなって、父さんも母さんも言ってるだろう」

 

春香は裕作を無視して天井を見上げていた。裕作は怒鳴った。

 

「こら。春香!聞いてんのか!」

 

春香は2号室の天井の一角を指差した。すると天井の一角の四角い板が外されて穴が開き、四谷が顔を覗かせた。

裕作は口をぽかんと開けた。

すると天井の穴から一握りできるほどの鉄の丸棒がするすると下に伸びてきて2号室の床に届くと、四谷が鉄の丸棒をつたってするすると2号室に降りて来た。

四谷は唖然としている裕作に向かって言った。

 

「何か?私を呼びましたか?」

 

「あんたなあ。まともに扉を開けて入れんのか!どこからこんな鉄の丸棒を持って来たんですか?」

 

「ああ、これですか。消防署にちょっと知り合いがいまして・・・」

四谷が裕作の持ってきたジュースを飲み、お菓子をパクつきながら答えた。

 

「五代君。春香ちゃんの勉強の邪魔は良くないですよ」

 

「勉強の邪魔をしているのは、あんたでしょうが!」

裕作が怒鳴ると、四谷は右手を広げて裕作を制し、天井を見上げた。

 

すると今度は夕樹が天井の穴から鉄の丸棒をつたい、スカートを翻しながらするすると降りてきた。

四谷は降りてくる夕樹を下からじっと見上げて言った。

 

「ほほう。ピンクですか」

 

夕樹は2号室の床に着くと裕作に向かって言った。

 

「まあ、賑やかですこと。何か新しい遊びをやっているんですか?」

 

「遊んでるんじゃない!もう、夕樹さんまで...二人とも春香の勉強の邪魔です。早く出ていって下さい」

裕作が呆れた表情で言った。

 

「そんなあ、裕作さん。仲間外れにしないで下さい。お勉強の邪魔にならない様に、できるだけじっとして裕作さんのお側にいますわ」

 

「あのねえ、夕樹さん。その裕作さんってのは止めてくれないかなあ」

裕作が鳥肌を立てながら夕樹に言った。

 

「あら、五代さんでは、裕作さんか、響子さんか、はっきりしないではありませんか」

夕樹が裕作を見つめながら答えた。

 

四谷は二人のやりとりを眺めていたが、突如として左手の手のひらを右手の拳でぽんっと叩いて言った。

 

「あっ。思い出しました。私は五代君と遊ぶ為に、ここに来たのではない」

 

「あ、あんたなあ」

 

「はい。これ」

四谷がポケットからハガキを取り出すと、裕作に差し出した。

 

「何ですか、これ?」

 

「あなた。ハガキを見たことがないんですか?郵便ポストに入れる・・・」

 

「そんなことは分かっとるわ!なんであんたが僕宛のハガキを持っているんですか?」

裕作が四谷からハガキをひったくりながら怒鳴った。

 

「全くもう、油断も隙もないんだから・・・」

裕作は頬に手を当て、ぶすっとした表情で四谷を睨み付けた。

 

「VIA AIR MAIL」と表に書かれたハガキは、八神いぶきからのものだった。

四谷は春香に変な顔を見せながら言った。

 

「差出人が八神さんになっていたもので、管理人さんの目に留まって、また五代君ご夫妻に妙な亀裂が生じるのを未然に防ごうと考えまして・・・」

 

「そんな意味深なハガキじゃないですよ。一刻館の管理人室宛になってますから。それに八神は今、ニューヨークにいるんです」

裕作がハガキを眺めながら答えた。四谷は懐かしそうに言った。

 

「そのようですな。私の教え子も立派に成長したものです。今は何をなさっているんでしょうか?」

 

「何が教え子ですか!あんたは八神の足を引っ張っていただけでしょう。八神は親父さんの会社の関係でアメリカの関連会社に勤めていたんですが、今は写真家を目指してニューヨークにいるんです」

「女子大でもずっと趣味で写真をやっていたようですし、ほら八神は弓道をやっていたでしょう。写真の被写体の焦点を合わせるのもうまいんじゃないかな。」

裕作が早口で答えた。

裕作はハガキの表の八神の筆跡を懐かしそうに眺めながら、文面を読んだ。

 

『こんにちは。五代先生と管理人さん、お元気ですか。ご無沙汰しています』

『騒々しいニューヨークでの生活にもだいぶ慣れてきました』

『東京にいた時は五代先生と管理人さんにご迷惑ばかりかけて、本当に御免なさい』

『でもあの頃の一刻館での楽しい日々を懐かしく思っています。もう春香ちゃんもだいぶ大きくなっているんでしょうね』

『またいつか、一刻館におじゃまするのを楽しみにしています」

『ところでこの度、恥ずかしながらニューヨークで個展を開くことになりました』

『カタログが出来たら真っ先に送りますので、是非感想を聞かせて下さい』

『それでは、ご家族ご一同様のますますのご健康とご幸福をお祈り申しあげます。まずはご挨拶まで。 八神いぶき』

 

ハガキの裏には、セントラルパークで色んな人種の友人達と肩を抱き合って楽しそうにしている八神の写真が印刷されていた。

写真には手書きで、「SO LONG ! GOOD-BY」と書き加えられていた。

 

「へえ~、個展か。八神も相変わらず凄いなあ」

裕作が感心して言った。四谷も腕組みをしながら感心した表情で呟いた。

 

「五代先生とは雲泥の差がありますな。八神さんも五代君と一緒に、悲惨な不毛の愛の荒野を彷徨わなくて、ほんっとに良かった」

 

「お父さん、悲惨な不毛の愛の荒野って、何?」

春香が興味津々で訊ねた。

四谷は春香に向かって話し始めた。

 

「それは、今をさること・・・」

 

「四谷さん!春香の前で変なこと言わないで下さい!」

 

裕作が怒鳴った時、突然、携帯電話の呼び出し音が聞こえて、四谷がポケットから携帯電話を取り出した。

 

「はい。四谷ですが。ふむ・・成程・・・それで・・何と・・・分かりました・・それでは」

 

四谷は携帯電話をポケットにしまうと、鉄の丸棒を器用にシャカシャカと登り、2号室の上の5号室に消えていった。

裕作、春香、夕樹が唖然としていると、鉄の丸棒がすすーと天井の穴に吸い込まれていき、天井の穴に再び四角い板がはめられて、何事も無かったように元通りの2号室に戻った。

 

「四谷さん、何をなさっている方なんでしょう?」

夕樹が不思議そうに裕作に訊ねた。

 

「それが分かれば、国民栄誉賞もんだ」

裕作が吐き捨てる様に答えた。

 

丁度どその時、2号室の扉が開いて秋作を抱いた響子が入って来た。

春香は慌てて机の上のノートを広げ、真剣な表情で鉛筆を走らせた。

 

「あなた!まじめに春香の勉強をみているんでしょうね。あら、夕樹さん。ここで何をなさってるんですか?」

 

夕樹は何と裕作に抱き付いていた。裕作が青ざめた表情で答えた。

 

「あ。は、はい。きょ、響子さん・・・」

 

響子は鬼のような形相を浮かべていた。春香が追い打ちを掛けるように響子に言った。

 

「お母さん、お父さんが私の部屋で夕樹さんといちゃついて、勉強の邪魔をするの。何とかしてよ」

 

「あ、あなたって人は~!!」

響子は左手ひとつで秋作を抱き、右手でバシッっと裕作の頬を叩いた後、すたすたと管理人室に戻って行った。

 

「な、何なんだ。いったい?!」

裕作が呻いた。

春香は微笑みながら悪戯っぽく舌を出していた。

 

裕作が2号室を出て、とぼとぼと管理人室に戻ると、管理人室の扉の前に布団一式と枕が置かれていた。

1号室から一の瀬がのそのそと現れて、布団一式と裕作を順番に見て首を振った。

 

「あんた、また管理人さんを怒らせたの?今月これで三度目じゃない。今晩も5号室で独り寝かい。五代君、よほど独身時代が懐かしんだねえ」

 

「きょ、響子さ~ん」

裕作が管理人室の扉を叩いた。すると夕樹が裕作の後ろから背中に身を寄せて言った。

 

「可哀想な裕作さん。そんな冷たい奥さんなんか放っときましょう。今晩は私の部屋に泊めて差し上げますわ。二人で本当の愛の世界を築きませんこと・・・」

 

途端に管理人室の扉が開き、響子が燃え上がる炎の様な怒りの表情を浮かべ、何も言わず裕作の首根っこを掴むと、裕作を管理人室に引き込み入れ、ばたんっと管理人室の扉を閉めた。

一の瀬は煙草をくゆらせ、残念そうに階段に向かって去っていく夕樹の姿を見ながら呟いた。

 

「何だかややこしい人が来たもんだねえ」

 

管理人室の中では凄まじい物音と共に、裕作の悲鳴が鳴り響いていた。

 

「い、一体、何を考えてるんですか、あなた!」

ようやく当り散らした怒りを納めながら、膨れっ面で響子は詰問した。

 

「いや、だから。その・・本当にからかわれてるだけだって・・・」

 

「本当に?」

 

こんな状況ながら、部屋の傍らで幼い秋作は逞しくも?寝入っている。

 

「うん、俺には響子っていう最愛の奥さんがいるんだから、こんなに美人な妻がいるんだから浮気なんて絶対しないよ。したくもない!」

 

「・・・じゃあ、証明して。言葉だけじゃ駄目。・・許さないんだから」

 

裕作は服を脱がせるのももどかしく、響子とお互いに半脱ぎのまま深く激しく合体した。

結局、この二人は痴話喧嘩の後は、いつも新婚当時同様熱烈に求め合って仲直りをする。

その繰り返しを延々と続けていたのである。

娘の春香も呆れる訳である。

 

夜。春香の手を引いた響子と秋作を抱いた裕作が、洗面道具を持って時計坂を下っていた。

 

「あの八神がニューヨークで写真家になっているなんて、一刻館に来ていた頃からは全く想像がつかないなあ」

裕作がしみじみと言った。

 

「八神さん、ご両親の反対を押し切って、単身ニューヨークに引っ越したみたいだし、相変わらず凄い積極派みたいね」

響子も懐かしそうに裕作に答えた。裕作が微笑みながら響子に言った。

 

「あいつの場合は、ちょっと過激すぎるけど。でも八神も自分の人生を必死になって生きてるんだよな。僕たちも頑張らないといけないね」

 

「そうね、本当に」

響子は裕作の顔を優しく見詰めた。

 

「だけど。ほんと、人の人生って分からないものね。一刻館が無ければ、あなたとも出会えなかった訳だし、春香も秋作も生まれていなかったことになるものね」

 

「そうだね。改めて考えてみれば不思議な気がするね。僕が浪人時代に、一刻館を見つけていなかったら・・・・」

 

その時、裕作の背後から人影が忍び寄り、裕作に纏わりついた。

 

「ゆ、夕樹さん。おどかさないでよ」

裕作が怒鳴った。

 

「ごめんなさい、裕作さん。お風呂ですか?ちょうど私もこれからですわ。ご一緒しましょう」

夕樹がニコニコしながら言った。

 

「こっちの方は、違った意味での積極派ね・・・」

響子が呟いた。

 

夕樹は横目で響子の姿を頭の先から足の先まで見下ろして言った。

 

「管理人さん、子供を生んでいてもプロポーションは素敵ですわね」

 

実際、響子の肢体は子供を二人産んでも崩れず、スリーサイズも昔と殆ど変わらず若々しい。

 

「い、いいえ。あなたには負けますわ・・・まだお若いし・・・ほほほ」

響子が鳥肌を立てながら答えた。夕樹が微笑みながら言った。

 

「そんなあ。うふふ。でも男好きのする体型だとよく言われますわ」

響子は、がくっと前に崩れた。

 

やがて銭湯に到着し、銭湯の入口で響子と春香が女湯、裕作と秋作そして夕樹が男湯に足を踏み入れようとしたところで、裕作が言った。

 

「あの・・・夕樹さんは、あっちでしょ」

裕作が女湯を指さした。

 

「ご一緒しますわ、裕作さん」

夕樹がニコニコしながら答えた。

 

裕作は鳥肌を立てながら、ぞぞわ~と身を震わせた。

 

「あ、あのねえ」

 

「遠慮なさらずに。本当の愛のサービスを見せて差し上げてよ」

夕樹が髪を払い、身をくねらせて答えた。

 

「あんたねえ!どっから見ても女なんだから男湯はまずいでしょうが!」

裕作が頭を抱えて怒鳴った。

 

「あなたは、こっちにいらっしゃい!」

響子が夕樹の衿をつかんで女湯へ引きずっていった。

 

「全くもう。男か女かはっきりして欲しいもんだ」

裕作は溜め息を吐きながら男湯に入っていった。

 

銭湯から五代一家が一刻館に戻り、響子と裕作が管理人室でテレビを見ながらお茶をすすっていると、何か異様な臭いが立ち込めて来た。

 

「何か臭わない?」

響子が裕作に言った。

 

「何だろう?この臭いは・・・」

裕作が立ち上がり、管理人室の扉を開けると、辺り一面にもやがかかった様に紫色の薄煙が立ち込めていた。

 

「大変だあ!!」

裕作は叫び声を上げて、そのまま2号室に駆け込んだ。

 

「春香!秋作!外に出なさい!」

裕作が春香と秋作に告げた時、2号室の天井の一角の四角い板が外されて穴が開き、鉄の丸棒が下に伸びてきて2号室の床に届くと、

消防服に身を包んだ四谷が鉄の丸棒をつたってするすると2号室に降りて来た。

 

「火事です。出火元は6号室のようです」

四谷は秋作を抱きかかえ、春香の手を引きなら2号室の扉から飛び出した。

 

裕作も続いて2号室から出ると、一の瀬夫婦が大きな風呂敷包みを抱えて玄関から出て行くところだった。

一の瀬が亭主に向かって喚いていた。

 

「なんてこったい。一刻館は火事にだけは縁のないアパートだと思っていたんだけどねえ。あんた!何やってるの。早くおし」

 

「あなた!夕樹さんを助けないと」

響子が心配そうに裕作に言った。

 

「ああ。分かってる」

裕作は答えると、消火器を持って階段を上り2階に向かった。

 

裕作が階段を駆け上がると、2階の6号室の扉の隙間から紫色の薄煙がモクモクと吐き出されていた。裕作は6号室の扉を叩いて叫んだ。

 

「夕樹さん!大丈夫!今、助けますから」

 

裕作が6号室の扉を蹴破ろうと身構えた時、扉が開いて着物姿の夕樹が顔を出した。

 

「何ですの?何だか騒々しいですわね」

 

「な、何を言ってるんですか!火事ですよ!早く逃げないと」

 

「火事?どこが火事なのですか?」

夕樹が辺りをきょろきょろと見渡した。

 

「あんたねえ。この煙が見えないんですか!」

裕作が怒鳴った。

 

「ああ、これですか?ちょうど、お香を炊いて瞑想していたところなのですが。いけなかったかしら・・・」

 

「へっ?!」

裕作の目が点になった。

 

「あ、あんたねえ・・・」

裕作はその場に、へなへなと崩れ落ちた。

 

遠くからは消防車のサイレンが、段々と一刻館に近付いて来ていた。

 

 

 

(次回へ続く)

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