めぞん一刻 二次小説 New Half Time 作:今津晶
一刻館の管理人室。小鳥のさえずりが微かに聞こえ始めた早朝、AM 6:00。
「・・・・響子・・・・駄目だよ・・・・・朝からそんな・・・響子・・」
裕作は布団の中で裕作に覆い被さってくる響子の気配に気付き、響子の肩に手を回すと、顔を近付けていつものようにキスをしようとした。
「ゆ、夕樹さん!!」
裕作は布団をがばっと開け、目玉が飛び出すぐらいの驚きの表情を浮かべて身を起こした。
裕作の布団の中でネグリジェ姿の夕樹がまどろんでいた。
「うわわわわっ!!夕樹さん!な、なんであんたが僕の布団にいるんだ!」
「う~ん・・・・裕作さん・・・」
夕樹が呟いた。
その時、裕作の隣で寝ていた響子が目覚めた。
響子の覚醒と共に燃え上がる炎の様な殺気が管理人室一杯に拡がっていくのが感じられた。
「な、何やってんですか!!あなたは~!」
裕作は響子の怒りの鉄拳とも言うべき一撃で管理人室の台所まで突き飛ばされた。
「おはようございます、裕作さん。あら、そんな所で何をなさっているの?」
夕樹が台所で延びている裕作に向かって言った。裕作が呻いた。
「な・・・何で夕樹さんがここにいるの?」
「だってあの火事騒ぎで6号室は消防車に放水されて水浸しになっちゃったし、4号室と5号室は四谷さんに犯される危険があるし・・」
「3号室も6号室の水が漏れていてびちょびちょで駄目でしょう。他に寝る所が無かったんですもの」
夕樹が目を擦りながら答えた。
響子は裕作を横目で睨み付けながら夕樹に訊いた。
「あなたは2号室で子供達と寝ていたんじゃないんですか!」
「あら、春香ちゃんが若い男と一夜を共にしていいんですの?」
夕樹が髪を整えながら響子に答えた。裕作が呆れたように夕樹に言った。
「だ、だからって、僕の布団で寝なくてもいいでしょうが!」
「管理人さんと一緒だと、裕作さんが嫌がると思って・・・」
「「そういう問題じゃないでしょ!」」
裕作と響子が同時に答えた。
響子は管理人室の扉を指差しながら叫んだ。
「とにかく、早く出ていって!!」
夕樹は持ってきた枕を抱えて管理人室の扉から飛び出した。
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「春香、秋作、それに夕樹さんも、朝ご飯ですよ~」
響子が廊下から2号室に呼び掛けた。
「はーい。すぐ行く」
2号室から春香が眠そうな声で返事した。
やがて春香と秋作を抱いた夕樹が2号室から出てきて、管理人室に入っていった。
「お父さん。その顔どうしたの?」
春香が響子の一撃であざの出来た裕作の顔を見て訊ねた。
響子が話題を逸らすように夕樹に席を勧めた。
「まあ、とにかく、夕樹さん。そこに、遠慮なくお座りになって」
「はい」
夕樹は裕作の膝の上に座り、裕作の肩に手を回した。
「そこじゃない!」
響子が、ばんっと机を叩いた。
夕樹は慌てて裕作から離れると、裕作の隣に寄り添うように座って言った。
「ごめんなさい、まだ寝ぼけているみたい。でも朝ごはんまでご馳走していただいて、本当にありがとうございます」
「い、いいんですよ。私が勘違いして消防車を呼んで6号室が水浸しになったんですから・・・・」
答えながら響子は裕作の隣を睨み付けた。
「それはともかく。四谷さん!なんで、あなたがここにいるんですか!」
「すみませんなあ。私までご馳走して頂いて」
四谷が舌なめずりしながら答えた。
裕作は隣の四谷に怒鳴った。
「あんたにご馳走するとは言っとらんわ!」
「あれ?さっき、朝ごはんですよ~って管理人さんに呼ばれた気がしましたが・・・」
「誰もアンタなんか呼んどらんわいっ!全く、朝食のたかりもいい加減にしたらどうですか?」
「まあまあ、五代君。今朝は管理人室で何やら不穏な空気が漂っていましたなあ」
「このままでは爽やかな朝の食卓が騒ぎに巻き込まれ、せっかくのご馳走が被害を受けては大変と、ご馳走の保護に参上したしだいです」
「何が保護ですか、何が!」
裕作と響子が同時に叫んだ。
「まあ、お構いなく。自分でよそいますから。ほほう。ひじきの煮つけ、じゃがいもの煮っころがし、きんぴらごぼう、ゆかり婆さんの直伝ですな。いやあ、大勢で囲む食卓は楽しい」
四谷は自分で用意した茶碗に勝手にご飯をよそいながら早口で答えた。
「そうそう、みんなで食べる朝ご飯は楽しいね。いっただきまーす」
春香が合掌しながら四谷に微笑み掛けた。
「本当に困った人達だわ。」
響子が溜め息を吐きながら呆れて言った。
そのうちに賑やかな朝食も終わり、管理人室ではいつものように朝の最後の戦闘が繰り広げられていた。
「春香。ほら、急いで遅刻するわよ。あなた!その服、汚れたままでしょ。早く新しいのに着替えて。あら、駄目よ、秋作。外に出ちゃあ」
いつものPiyo Piyoエプロン姿の響子が立て続けに叫んでいた。
「今朝の管理人室は、一段と賑やかだねえ」
1号室の扉から一の瀬が顔を覗かせながら呟いた。
やがて一刻館の玄関に裕作と春香、秋作を抱いた響子の四人がどたどたと現れた。
「あ、おはようございます、一の瀬さん」
響子が靴を履いている裕作にカバンを渡しながら挨拶した。
「いつも朝から元気な管理人室の皆さん、お早うさん」
一の瀬が答えた。
裕作と春香は、響子と一の瀬に向き直ると言った。
「「それじゃあ、行ってきまーす」」
「はい、行ってらっしゃーい」
響子は微笑みながら手を振り、二人を見送った。すると二階からビシッと背広を着込んだ四谷が降りて来て、帽子を取って挨拶した。
「それでは、行って参ります」
「い、行ってらっしゃいませ」
響子が唖然とした表情で答えた。
四谷が玄関から出ていくと、響子と一の瀬は顔を見合わせて呟いた。
「四谷さんが朝に出ていくなんて何年振りかしら・・・」
朝の騒ぎがやっと落ち着いたのもつかの間で、6号室では響子と夕樹が水浸しでぐちょぐちょになった部屋の掃除を始めていた。
夕樹は荷物の濡れ具合を確かめながら一刻館の物干し場に荷物を運んでいた。
響子は乾いた雑巾で部屋の中を拭き取りバケツに水を吸い出していた。
「今日はいいお天気になりそうで、本当に良かったわ。夕樹さん、私の服、サイズが小さすぎて窮屈じゃありません?」
響子が夕樹に訊ねた。
「いえ、大丈夫です。このエプロン可愛いですね」
夕樹が自分の胸のPiyo Piyoマークを見ながら答えた。
「良かったら、それ差し上げますわ。もうお古ですから。あと服はクリーニングに出しますから、管理人室に持って来て下さい」
「何から何まで本当にありがとうございます。管理人さんって、とっても心の広い方なんですね。私、こんなに親切にして頂けるなんて・・・嬉しくて・・・」
夕樹が目を伏せた。
「き、気にしなくていいんですよ。ほら、こんなぼろアパート、滅多に入居する方はいないでしょ。ともかく、来て頂けただけでも嬉しいですわ」
響子が雑巾を絞りながら明るく言った。
夕樹は目にうっすら涙をうかべながら荷物を持ち、6号室から出て行った。
響子は、ふうっーと大きな溜め息を吐くと、再び床を雑巾で拭き始めた。
やがて響子がベッドの下に手を伸ばすと、何かが響子の手に触れた。
響子は不思議に思いベッドの下を覗き込んだ。ベッドの下に写真立てが転がっていた。
響子はそっと写真立てをベッドの下から引き出すと、手にとって眺めた。
「よ、四谷さん!」
響子が思わず声を出した。そこには夕樹に似た感じの美しい女性の肩に手を掛けた四谷の姿が写っていた。
「何で、四谷さんの写真がここに・・・」
響子は信じられないといった表情でじっと写真立てを見詰めた。
その時、ふいに6号室の扉が開いて夕樹が中に入ってきた。響子は慌てて写真立てを再びベッドの下に隠した。
「管理人さん、もう荷物は大体片付きましたわ。あら、管理人さん、どうなさったんです?顔色が悪いみたいですが・・・」
「い、いえ。な、何でもないですよ」
「管理人さん、ありがとうございます。6号室の後片づけは、もう私がやっておきますから、どうぞ他のお仕事をなさって下さい」
「そ、そうですか。それじゃあ、私は3号室の片付けに懸かりますから、何かあったら3号室に来て下さいね」
「はい。分かりました」
響子は6号室を出て扉を閉め、一度4号室の方を複雑な表情で眺めた後、階段を下りていった。
お昼下がり、茶々丸の表で看板に紐を結びつけられた惣一郎が、しゃがみ込んで大きな欠伸をしていた。
「へえ~。四谷さんの写真がねえ。やっぱ夕樹ちゃん、四谷さんと深い関係があるんだ」
朱美が煙草を吹かしながら響子に言った。
「それで、写真の女の方と夕樹さんとは、どういった関係なんでしょうか?」
「どういった関係って、あたしに聞かれても困るけどさあ。お姉さんとか妹とかじゃないの?」
「ただ、あたしが夕樹ちゃんに初めて会った時さあ、夕樹ちゃんの方から一刻館をご存じですよねって、聞かれたっけ。最初から一刻館に入居するつもりだったんじゃないの」
「やはり四谷さんが目当てで一刻館に来たってことかしら」
「案外夕樹ちゃん、四谷さんの隠し子か何かだったりして。何となく同じ変態の血を受け継いでいる感じだし・・・」
「まさかあ。どう考えても年齢が合わないですよ。と言っても四谷さんの年齢って本当のところ良く分からないのですけど・・・」
響子は右手と左手の指を重ねて溜め息を吐いた。
「それとなく、夕樹さんに聞いてみるしかないかしら・・・」
「うふふ。管理人さん、まだ夕樹ちゃんが四谷さんと関係があった方が、五代君と関係するよりいいんじゃない?」
朱美が笑いながら響子に言った。
「朱美さん。そんな、関係するって・・・やだわ、私は真面目な話をしに来たんですよ」
「いいから、いいから。ほんと管理人さんって心配性なんだから。夕樹ちゃん、ああ見えてちゃんとした娘だから、心配いらないわよ」
「そうかしら。四谷さんと関係があるなら、問題が大きくなりそうな気がするけど・・・」
響子が目を伏せながら答えた。
響子が惣一郎を連れて一刻館に戻ると、玄関先で一の瀬が秋作のボール遊びの相手をしていた。
一の瀬は犬小屋に惣一郎の紐を結び付けている響子に声を掛けた。
「お帰り、管理人さん。どうしたんだい、浮かない顔しちゃって?」
「え、ええ・・・ちょっと。それより四谷さん、お帰りになりました?」
「いいや。珍しく、まだ帰ってこないけど。本当にどうかしたのかい?管理人さんが四谷さんを気にするなんて、何だか変じゃないか」
「いえ。な、何でもないんです。そうそう、新しい下着を買ったので管理人室で試してみようと思って・・・」
「何だい。今更、四谷さんの覗きの心配かい?管理人さんらしくもないじゃない」
「そ、そうですか・・・」
響子は一の瀬の追求を避けるように玄関の中に入って行った。
響子は管理人室でジーンズに着替えると、階段を上り6号室に向かった。
「夕樹さん、ちょっとお話が・・・」
響子が6号室の扉をノックした。
6号室の中からの応答は無かった。
「夕樹さん、いないのかしら・・・」
響子がふと4号室の方を眺めると、屋根裏の時計小屋に通じる入口の扉がわずかに開いているのが分かった。
響子は不思議に思いながら時計小屋の入口に向かい、扉をゆっくりと開けて時計小屋の階段を上っていった。
暗闇の中、足下に気を付けながら注意深く階段を上って、屋根裏部屋が見渡せる状態になった時、時計小屋の奥で懐中電灯を持って佇む夕樹の姿が響子の目に入った。
夕樹は古い箪笥の引き出しを開けて、アルバムらしき物を眺めていた。
「・・・お母さん・・・」夕樹が涙声で呟いた。
「お、お母さん?!」
響子は慌てて階段を一段、踏み外してしまった。途端に物音に気付いた夕樹が声を出した。
「だれ?」
「ご、ごめんなさい。入口の扉が開いていたものだから・・・」
響子がバツが悪そうに答えた。夕樹は涙を拭きながら響子に言った。
「ああ、管理人さんでしたの。変なところ、見られちゃったなあ・・・」
響子は屋根裏部屋に上がると静かに夕樹の方へ近付いて行った。
夕樹はアルバムを広げたまま、響子が近付くのをじっと待っていた。響子が夕樹の肩越しにアルバムを覗き込むと、そこには夕樹の部屋で見かけた夕樹に似た感じの美しい女性と四谷の写真があった。
写真の下には「兄と、時計坂にて」と書かれていた。響子が驚いて夕樹に訊ねた。
「その女の方は、四谷さんの妹さんですか?」
「私の母です。十常侍朝実と言います。旧姓は、四谷朝実、今の四谷さんのお父さんの妹です」
「それじゃあ、この写真は四谷さんじゃなくて、四谷さんのお父様の写真なのですか?」
響子が混乱した表情で夕樹に訊ねた。夕樹は微笑みながら響子に答えた。
「四谷さんのお父さんも、お爺さんも、みんな四谷さんと同じ顔をしていて見分けがつかないんですよ。可笑しいでしょ」
「す、すると、夕樹さんと四谷さんは従兄弟同士ってことですか?」
「ええ。その通りです。昔、四谷さんのお父さんも一刻館の4号室に住んでいて、妹の母もよく一刻館に来ていたそうです」
「その頃、5号室に学生だった父の十常侍樹が下宿していて、やがて母と父が恋に落ち、同棲するようになったんです。そして生まれた子供が私というわけです」
「そうだったんですか。それでその後、お母様はどちらに?」
「私を生んで直ぐに病気で亡くなりました。それから父は私を連れて一刻館を出て行きました」
「ごめんなさい。変なこと聞いちゃって・・・」
「いえ、いいんです。私もつい最近まで、そんなことがあったなんて知らなかったんです」
「私がこんなだし、父とは殆ど会っていなくて、父が亡くなる際に初めて母のことを聞かされたんです」
「お父様も・・・」
響子が暗い表情で目を伏せた。夕樹は明るく言った。
「だ、だけど、従兄弟と言っても四谷さんの事は、ほとんど知らないんですよ」
「母が一刻館にいた頃にはもう4号室に親子で暮らしていて、母もよく四谷さんの世話をしたりしていたようですけど、父も四谷親子の事は何も知らなかったみたいなんです」
「そうですか。今も昔も、四谷さんって謎に包まれているんですねえ」
二人はしばらく時計小屋で話し込んでいたが、やがて時計小屋の階段を一緒に下りて2階の廊下に出た。
丁度どそこに、背広姿の四谷が帰って来た。響子は四谷に訊ねた。
「四谷さん。あなたと夕樹さんは、従兄弟同士じゃありませんか。どうして教えて下さらなかったんですか?」
「確かに、ムキになって隠し立てするところがあやしいですな・・・」
四谷が腕組みをしながら響子に答えた。響子は呆れて言った。
「もう、当事者が何を言っているんですか!」
「まあまあ、管理人さん。そうムキにならないで。私自身、夕樹さんとお会いしたのは遙か昔のことだったので、良く覚えていないのですよ」
「しかし、夕樹さんを一目見てぴんと来ました。やはりルイはトモちゃんと夜更かし。蛇の道は、お使い嬉しいな、ピチピチ、チャプチャプ、ランランラン・・・・」
四谷は響子を煙に巻いて4号室に入って行った。響子と夕樹は顔を見合わせて首を振った。
4号室の中では、扉を背にして四谷がいつになく真剣な表情で何やら物思いに沈んでいた。
「さて、夕樹さん。何を企んでいるのやら・・・」
その日の深夜、6号室の中では床の畳みが外され、3号室の天井の一角に開けられた穴を通じて、6号室から3号室に縄梯子が垂れ下がっていた。
3号室に降りた夕樹は、懐中電灯を持ち3号室の中を注意深く眺めた後、押入を開いて中に入った。
押入の奥の板を持ってきた工具で静かに取り外すと、ぽっかり開いた穴の奥に大きな空間が拡がっていた。
そこは一刻館の一階と二階を結ぶ階段の下の空間だった。夕樹は足下に気を付けながら暗闇の空間の中に入った。
夕樹が中にはいると、階段状の屋根の下、埃の積もった床にさらに地下に下りる階段が続いていた。
夕樹は懐中電灯で照らしながら恐る恐る階段を下りていった。
夕樹が階段を下りきると、おそらく地下室の入口と思われる扉が行く手を阻んでいた。
扉には夕樹の予想通り鍵が掛かっていた。
夕樹は懐から鍵を取り出した。鍵は昼間、屋根裏の時計小屋の箪笥の中からアルバムと一緒に持ち出したものだった。
夕樹は鍵を鍵穴に差し込むと、ゆっくりと扉を開いて中に静かに入って行った。
(次回へ続く)