めぞん一刻 二次小説 New Half Time 作:今津晶
夕樹が地下室に入ると、暗闇の中、無数の顔が夕樹を睨み付けた。
夕樹は懐中電灯であたりを照らした。無数の顔の正体は、大小様々な置き時計だった。
地下室は八畳程度の広さで、部屋の壁にはびっしりと本棚が囲み、本棚は上下二段に別れていて、下の段に分厚い本、上の段に無数の様々な置き時計が置かれていた。
部屋の中央には大きな木製の机と椅子が一式あり、机の上には旧型の白黒テレビと何やら工具箱らしいものが置かれていた。
夕樹は一つの本棚に歩み寄ると、本棚の上の段から三つの置き時計を手に取り机の上に並べて置いた。
大きなサイズの時計が二つ、小さなサイズの時計が一つだった。
時計を並べ終わると夕樹は椅子の上の埃を払い、椅子に座り机の上の時計にじっと視線を向けた。
置き時計には小さな扉の様な物がついていた。夕樹は暗闇の中、慎重に置き時計の扉を開けていった。
扉を開けると置き時計の中に、ポッカリと四角い小さな穴があいた。
夕樹は懐から三枚の紙切れを取り出した。丁寧に折り込まれた紙切れの中には、それぞれに裕作、響子、春香の髪の毛が包まれていた。
髪の毛は、それぞれ夕樹が管理人室と2号室に泊まった際に手に入れた物だった。
夕樹は髪の毛を包みから取り出し、大きなサイズの置き時計の穴に裕作と響子の髪の毛を、小さなサイズの置き時計の穴に春香の髪の毛をそれぞれ入れた。
入れ終わると置き時計の扉を閉め、三つの置き時計の上に手をかざし、そっと目を瞑った。
すると机の上の旧型の白黒テレビの画面にチカッ、チカッと光がぼんやり点滅したかと思うと、夕樹は時計の上に顔を伏す形で倒れ込んだ。夕樹の周りを完全な暗闇が包み込んだ・・・
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『千草さん、千草さん。こんな所で寝ていたら風邪ひきますよ』
『う~ん・・・あ、音無先生』
響子は机から顔を上げた。教室は響子と惣一郎の他、誰も居なかった。
『文化祭の準備ですか?あんまり根を詰めると体に良くないですよ』
『はい。もう帰ります。あのう・・・音無先生、劇の台本の方は読んで頂けてますか?』
『はあ。何とか努力しているのですが・・・私が王子様役というのは、どうも・・・』
惣一郎が照れながら頭を掻いた。
響子は心配そうに惣一郎の顔を覗き込んだ。
『音無先生、難しい台詞があったら言って下さい。私、直しますから・・・』
『ああ、千草さんの台本は問題無いんですよ。良く出来ているし、千草さんのお姫様役もぴったりだと思います。ただ、私が・・・』
『先生、ちょっと練習してみましょうか?舞踏会のシーンから・・・』
『え、ええ。ちょっとだけですね・・・』
響子は立ち上がると惣一郎の手を取り、教室の前に出た。
響子が惣一郎と向かい合い、惣一郎の肩に手をかけると、惣一郎はぎごちなく響子の腰に手を当てた。
それから二人はゆっくりと体を揺らし、ステップを踏み始めた。響子は惣一郎に耳打ちした。
『王子様。私は12時には帰らないといけないのです』
『す、すると君はシンデレラ?』
『いいえ。私は海賊の娘です。ここには婿を探しに来ました』
『そ、それで婿は見付かった?』
『それが、みんな怖がってだめなのです』
『私は君にだったら、とどめを刺されてもいい。ああ、苦しい・・・心臓が・・・』
惣一郎が台詞を言いながら右手で胸を押さえた。響子は微笑みながら人差し指を立てて振った。
『いいえ。王子様の心臓は、とっても丈夫。ほら、ドキンドキン、まるで柱時計のよう。今は何時かしら・・・』
響子が惣一郎の胸にそっと自分の耳を当てた。
惣一郎は顔を真っ赤にしながらドギマギしていた。
『じゅ、12時まであと少し・・・』
『そこで王子様は、お姫様の手にキスをして愛を打ち明ける・・・』
そう言うと響子は惣一郎の胸に耳を当てたまま目を閉じた。響子の頭の中に惣一郎の言葉が反響していた。
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~~~12時まであと少し~~~
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『響子さん、響子さん。さあ、起きて・・・』
『お、お義父さま・・・』
響子は病院のベッドから顔を上げた。ベッドには惣一郎の亡骸が横たわっていた。
ベッドの横にはぐっしょりと響子の涙の跡が残っていた。響子の目から再び涙が零れ落ちた。
『惣一郎さん・・・惣一郎さん・・・どうして!どうしてなの?王子様の心臓は、とっても丈夫なはずでしょう?』
響子は泣きながら惣一郎の胸にそっと自分の耳を当てた。
『柱時計が・・・ドキン・・・ドキン・・・い、今は何時かしら・・・』
『きょ、響子さん・・・』
音無の義父も堪えきれず、大粒の涙を流した。響子は惣一郎の胸に耳を当てたまま泣き崩れていた。
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『惣一郎さん・・・惣一郎さん・・・』
『管理人さん、管理人さん。風邪引きますよ』
『惣一郎さん・・・』
『そ、そういちろう!?』
裕作が叫んだ。響子は目を開けた。
『あっ・・・』
響子は一刻館の屋根の上で立ち上がった。
『あ、雨っ!洗濯物とりこまなくちゃっ!』
『わ~っ!屋根ですよ、ここは屋根っ!』
裕作は屋根の上を走り出した響子を慌てて取り押さえた。
『きゃ~!!』
二人は屋根の上を滑り、危うく屋根から落ちる寸前で止まった。
『あ・・・ありがとう・・・ございます』
響子が屋根の端から地表を覗き込み、青い顔をしながら裕作に礼を言った。
『いえ・・・』
裕作は他所見をしながら、何げなく響子の胸に触った。
『な、何するの!!』
響子は右手でバシッっと、思いっきり裕作の頬を叩いた。叩いた後、響子は思い出したように、ふと呟いた。
『今は何時かしら・・・』
『え。さあ?何時でしょう?』
裕作が叩かれた頬をさすりながら答えた。
『あ、御免なさい。思いっ切り、ぶっちゃって』
「き、気にしないで下さい・・・』
~~~響子の頭の中にはまだ惣一郎の言葉が反響していた。12時まであと少し・・・~~~
『何故泣いているんだい?』
惣一郎が響子に訊ねた。
『悲しいの・・・』
響子が答えた。
惣一郎は響子の肩に手を掛けた。
『どうして?』
『分からない』
『分からないの?』
『ええ、分からないわ・・・』
惣一郎は響子の肩に掛けていた手をどけた。
『バカ』
『え?』
『バカ・・・12時まであと少しなのに・・・』
『そ、惣一郎さん・・・』
響子は、はっとして管理人室で目覚めた。
『夢・・・か』
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座布団には、ぐっしょりと響子の涙の跡が残っていた。
『泣き寝入りしちゃったんだ・・・』
響子の頭の中に裕作の言葉が反響していた。
””き、気にしないで下さい・・・あなたのこと・・・何とも思っていませんから・・・””
『今は何時かしら・・・』
響子は目を擦りながら鏡台で自分の顔を見た。
『酷い顔・・・』
すると、ふと惣一郎の声が聞こえたような気がした。
『もう12時だよ。響子』
『え?』
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『響子さん、響子さん。どうしたんですか?』
管理人室の布団の中で裸の響子に重なったまま、裕作が訊ねた。
『な、何でもない』
響子は裕作の裸の胸にそっと自分の耳を当てた。
『あたしね・・・ずっと、言えなかったことがあるんです』
『え・・・?何ですか?』
『本当はね・・・ずっと前から五代さんのこと好きだったの』
そう言うと響子は目を閉じて裕作にキスした。
『ずっと前って・・・いつから?』
””いつから・・・いつだったかしら・・・””
『忘れちゃった』
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『響子、響子。風邪引くよ』
『あ、あなた。お帰りなさい』
響子は管理人室の机から顔を上げた。
『おかしな夢・・・』
響子は座ったまま裕作の首に手を掛けて、顔を引き寄せた。
『あなた。私、赤ちゃんが出来たみたい』
『ほ、本当に?』
『間違い無さそう・・・』
そう言うと響子は目を閉じて裕作にキスした。
『やったね、響子』
裕作は響子のお腹にそっと自分の耳を当てた。
『ホントだ。ほら、ドキンドキン、赤ちゃんの心臓の音が聞こえる』
『また。嘘ばっかり・・・』
響子は微笑みながら裕作を抱き締めた。
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『響子、響子。大丈夫かい?』
布団の中で愛し合う夫婦の営みの最中に、裕作は尋ねた。臨月を迎えた響子のお腹は見事に膨らんでいる。
『ふふ、大丈夫よ。もう8ヶ月で安定期なんだし』
夫の優しい気配りに嬉しくなって響子はそう答えた。
『でも赤ちゃんを潰しちゃうかと思うと、冷や冷やするよ』
裕作は美しくたわわな乳房を愛撫していた手を響子のお腹にずらし、そっと擦った。
『うん、でも不安なの。こんなお腹の大きい私をあなたが愛してくれるのか』
『何言ってんだよ、響子。二人の子供が中にいるんじゃないか。だから余計に愛しいし、凄く綺麗だよ』
『嬉しいわ、あなた』
響子は裕作に彼女のしなやかな両脚を絡めて、更に彼自身を求めた。
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『響子、響子。俺もいいかな?』
生後間も無い娘、春香に母乳を飲ませていた響子の見事なくらいに豊かな乳房に裕作は釘付けになって言った。
『え?でも大人が飲んでも美味しくないわよ』
『うん、でも一度飲んでみたかったんだ』
裕作の子供っぽい熱意に響子は負けた。
『・・・少しだけよ。春香の分が無くなっちゃうから』
まだ歯の生えていない赤ん坊とは異なる夫の母乳吸い上げに、響子は慌てて待ったを掛ける。
『もう、ダメ』
『え、そ、そう。う~ん、残念だな。結構美味しかったのに』
名残惜しそうに裕作は呟く。
『悪い癖、付けちゃったかしら』
響子は呆れながら裕作に言った。
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『春香、春香。いい加減にして、帰ってらっしゃい。お父さんも心配しているのよ』
携帯のTV電話の中で響子が怒鳴っていた。
『お母さん。私、もう20歳よ。自分のことは、自分で決めます』
春香も響子に怒鳴り返した。画面の中で響子がふうーっと溜め息を吐いた。
『そんなこと言っても、今さら一刻館の管理人になってどうするの?大体一刻館なんて、もう何年も人が住んでいなくて崩れ落ちる寸前でしょう?』
『誰も住まないアパートの管理人になってもしょうがないじゃない』
『大丈夫。私がちゃんと昔の様に人が住めるようにするもん。誰よりも私が一番、ここの事を知っているんだから・・・』
『それに、ちゃんとキレイにすれば、ここもまだまだ捨てたもんじゃないわよ。じゃあ、切るね』
『あ、待ちなさい!春香、春香!』
春香は響子を無視して携帯TV電話を切った。
『さあーてと、頑張らなくちゃ』
蜘蛛の巣だらけの管理人室の中で、Piyo Piyoエプロンをした春香が箒を持って再び掃除を始めた。
すると、ばたんっと管理人室の扉が開いて段ボール箱を抱えた一人の男性が入って来た。
『春香ちゃん。これ、どこに置くの?』
『十文字さん。ここはまだ掃除が済んでないのよ。掃除が済むまで廊下に置いておいて下さい。それから・・・』
『え。それから何?』
『私は一刻館の管理人ですからね。呼ぶ時は、ちゃんと管理人さんって呼んで下さいね』
『はいはい。管理人さん』
十文字と呼ばれる男性は、そのまま春香に近付きキスをした。
『もう、すぐ誤魔化すんだから・・・』
春香は微笑みながら十文字を抱き締めた。
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『夕樹・・・夕樹・・・起きなさい』
夕樹は机から顔を上げた。机の側には夕樹の母、朝実が立っていた。
『お、お母さん!会いたかった、会いたかったよ』
夕樹は朝実の胸に飛び込んだ。
『夕樹。あなた、女の子になったのね・・・』
『そうだよ、お母さん。お母さんが予言した通り、0から9の数字を持つ者が一刻館に集い、Yの字の男に関わる女の子が一刻館に生まれる時、彼女は刻の管理人になる』
『その為に僕は女の子になったんだ。刻の管理人になってお母さんに会う為に・・・』
『そう、その為に・・・刻の管理人は、本当ならあなたではなくて五代春香さんだったのに。私に会うために・・・』
夕樹の母親である朝実が目頭を押さえた。
『いいんだ。それに一刻館に住んでいる人達は、とっても素敵な人達ばかりなんだ。僕は刻の管理人になったんだから、みんなの為にいろんな事が出来るよ』
『響子さんが望めば、惣一郎さんとの思い出の中でずっと幸せに暮らすことも可能だし、裕作さんはお金持ちになって、七尾さんや八神さんと暮らすことも出来る』
『だめよ、夕樹。それはだめ』
『どうして?お母さん』
『みんな、今のままが一番幸せなの。このままが一番いいの。だからそっとしておかなければ、駄目なの』
『わ、分かったよ、お母さん。お母さんの言う通りにするよ』
『いい子ね。夕樹は本当にいい子・・・』
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「夕樹さん、夕樹さん。こんな所で寝ていたら風邪ひきますよ」
「う~ん・・・よ、四谷さん」
夕樹は机から顔を上げた。地下室の暗闇の中、懐中電灯を持った四谷が夕樹の顔を覗き込んでいた。
四谷は地下室を見渡して言った。
「お母さんの朝実さんの部屋ですなあ。霊能者だった朝実さんは、ここで置き時計を使って住人達の人生に関する予言を行っていた」
「朝実さんも私と同じで、覗きが趣味だった訳ですな」
「ええ。母は、自分自身、私を生んで直ぐに亡くなることを悟ったんです。自分が亡くなる前に、この部屋も封印した」
「そして予言通り、10時25分に朝実さんは亡くなった。その時丁度一刻館の大時計が壊れて止まったんです」
四谷は腕組みをして懐かしそうに天井を見上げた。
「夕樹さん。刻の管理人の話、私も覚えていますよ。0から9の数字を持つ者が一刻館に集い、Yの字の男に関わる女の子が一刻館に生まれる時、彼女は刻の管理人になる・・・」
「私は春香ちゃんが、刻の管理人だと思っていました」
「きっと、母のあの予言は間違っていたんですわ。刻の管理人なんてこの世には存在しない。人の運命なんて誰にも分からないですもの・・・」
「そう。そうかも知れないですね・・・さあ、夜が明けますよ。ここから出ましょうか?」
四谷が夕樹をうながし、夕樹も席を立った。
「四谷さん。今晩の事は、絶対に誰にも内緒にしておいて下さいね」
「もちろんですとも。この部屋も元の通り、封印したままにしておきましょう」
二人は地下室から出ると、扉を閉め鍵を掛けた。
地下室の階段を上りながら夕樹が四谷に明るく声を掛けた。
「今朝も五代一家の朝食をたかりに行くんですか?」
「もちろんですとも。管理人さんの朝食は最高なんです」
二人は顔を見合わせながら笑った。
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ニューヨークで行われている八神いぶきの個展で、個展会場の一角に飾られた「家族」という作品タイトルの写真の中に、
まだ幼い春香を抱いた響子、響子の肩を抱く裕作、二人を取り巻く一ノ瀬、四谷、朱美、犬の惣一郎、そして八神自身の姿が写っていた。
背景には古ぼけた一刻館が写っており、一刻館の大時計の側に小さくぼんやりとした影が微かに写っていた。
その影はよく見ると十常侍朝実が屋根に腰掛けて微笑んでいるようにも見えた。
(完結)