ドラグーン・レジェンド   作:イビルジョーカー

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第1話 緊急任務

 

 

 

 

「はぁぁ……」

 

 

 白銀に輝くミミル(※この世界における植物に相当するモノ)の群集が生い茂る丘。

 そんな場所で溜息を吐く1匹の青い竜の少年。

 よくありがちな蝙蝠に似た翼はなく、両腕の二の腕に当たる部位は鉛色の金属で構成された生体組織で出来ており、前腕に当たる部位は生体組織と同様に金属から成り立つ外殻装甲に覆われ、両脚も同じようになっている。

 頭部は後方に5本と、中央の三本目から前に縦並ぶ2本を含め計7本の角があり、竜のイメージらしく爬虫類に似た顔つきながらも丸みがある様はそれが少年らしい童顔を強調しているようだ。

 竜の少年の名は、ジークア。

 とある組織にその身を置く"戦士"の一人だ。

 

「……飽き飽きする」

 

 呆れを含んだ鼻息を出して、そんな愚痴が自然とジークアの口から零れ落ちる。

 一体何度溜息を吐きながら、この灰色の空を何度仰いだのか。

 一度や二度、位じゃないことは頭が悪いと定評のあるジークアでも分かる。

 元々、空を仰ぐことなんてなかった。

 ただ視界に映るだけで、そこに何の感慨もない。

 だが戦争が起きてからは、自然と空を見て意識を思考の海へと放り投げることが多くなった。

 なぜ、戦争は起きたのか。

 どうして、止まらないのか。

 なんで、こんな事になってしまったのか。

 しかし、空を何度仰げども、その答えが明確に出てきた日はない。たぶんこれからも。

 

「……ったく。こんなの、いつになったら終わるのやら……」

 

 誰に言う訳でもなく。唯一人、己に向けての自問自答。当然それに答えるものなどいない

 

「そりゃ、ずっとじゃない?」

 

 筈だった。誰なのか検討が付いているのか。特に驚きもしなければ、慌てることもなく。ゆっくりと上半身を起こしたジークアはチラリと後ろを流し目で見据える。

 案の定、彼にとって予想通りの人物が立っていた。

 狼か、あるいは犬か。その辺りの獣を彷彿とさせるデザインの無機質な黒いヘルメットを頭に被り、藍色の学生服に似た半袖にピンクのスカートを履いた一人の少女。

 両腕が金属で構成された骨格部位と筋肉組織、硬質的な外殻装甲に覆われており、両脚も腕同様に金属で出来ている。

 ゆっくりと近づいて来るその少女にジークアは

 、一人っきりの時間に水を差された気分から、

 つい苛立ち混じりの声を上げてしまう。

 

「何の用だよ。"ルガ"」

 

 ルガと呼ばれたその少女は、ジークアのやや不機嫌な態度に不服そうな顔を浮かべて言う。

 

「本部からの呼び出し。通信端末ちゃんと開いてるの? かなり前から連絡あった筈だよ」

 

「………あー、ほんとだ」

 

 言われた通りに取り出して見てれば、小さな端末の液晶画面には確かに通信を受信した痕跡があり、『本部一件』と出ている。

 

 ルガの言っていることは紛れもない真実だと言うことだ。

 

「呑気に黄昏るのも悪くないけどさ、こう、もうちょっと気を引き締めた方がいいんじゃない?」

 

「引き締める、か。まぁその通りなんだけど、

 最近はどうも……」

 

「……分かってるわよ。ここ最近になってまた

 大勢仲間が戦死してる……そのことなんでしょ

 ?」

 

 浮かばない顔には陰りが差しているジークアを見て、ルガはその心中を代弁する。

 ジークアとルガは共に同じ陣営で戦い、数多くの敵を討って来たが同時に多くの仲間を失ったのだ。

 亡くなった仲間の意志を受け継ぎ、戦って、戦って

 しかしどれほどの作戦を遂行しようと、どれだけの功績を積んでも……勝利は未だ届かず。

 それどころか見えすらしないのだ。

 ただ悪戯に仲間を亡くしていき、精神的な部分や物資など様々な面で消耗していく。

 そんな日々が続いているのだ。

 だからこそジークアは思う。

 何故戦争は続いているのか。何故終わりが見えないのか。

 そんな疑問の数々が原因となって、ここ最近は空を仰ぎ見る機会が多くなった。

 ただ見ているだけは答えなど見つからないと、分かっているのにも関わらず……。

 

「……なぁ、ルガ。ずっと……ってのはさ、戦争はこの先もずっと続くって言いたいのか?」

 

 つい先程呟いた独り言に彼女は、そう答えたのだ。

 それをただの冗談だと捨てるには、納得が行かない答えだった。

 

「認めたくはない、けどね。ジークアも分かってる筈よ。闘争主義の連中は元から私たちみたいな平和主義と比べて数はすごく多い。そして奴らは戦いを欲してる。そして私たちは奴等の侵攻から平和を守る為に戦わないといけない。……ずっとね」

 

「それは分かってる。けど、和解の道も検討するべき

…「そんなの無駄だよ!」……」

 

 耳を突き抜けんばかりの声が、言葉の道筋を断った

 

「いい? 奴等は命を奪い合うことを娯楽にしてる。いや、もうそれが生まれ持った本能なんだよ。だから奴等はそのことに疑問なんてない。殺して殺して、殺し尽くす。私達っていう敵がいなければ何の問題もなく仲間同士で殺し合いを始める……それが闘争主義なんだよ」

 

「いや……俺にはそうは思えない。"アイツ"はそんな闘争主義を統率して、曲がりなりにも組織として成り立たせてるんだ。もし、ルガの言う通りなら戦争はとっくに終わってる……俺たちの勝利でな」

 

「……だから、余地があるって言いたいわけ?……そんなの、みんなが納得しないよ」

 

「……そうだな。そこが問題なんだよ」

 

 

 闘争と平和。常に世の理として相対する双方の概念は決して交わらない。

 二つの思想を掲げる者達もまた同じ。互いに歩み寄り、尊重することなど有り得ない。

 だからこそ、戦いは消えない。

 どちらかが滅ぶその時まで、不毛と混沌の泥沼のような戦いは続いていく。

 

 誰が……何をどう言おうと。

 

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 

 

 虹色に光輝く大空が天上を彩り、白銀の淡い光を放つミミルが生い茂る大地と"ユグジス"という様々な働きを宿す素粒子が満ち溢れる世界

 その世界を、そこに生きる者達は『ラグロギアス』と呼んだ。

 ラグロギアスに生きる住民達は、多種多様な見た目をした種属が存在し、その全種属に共通点するのが生まれ持って金属の部位を備えているという事だ。

 彼等は総じて、自らを『ハーフメル』と呼ぶ。

 有機物質と金属物質を併せ持つ、有機金属生命体である彼等は数百から数千と長命を生き、高度な文明を築き上げ、多次元の世界を観測できるほどのレベルにまで達していた。

 しかし、彼等は生まれ持って強い本能を有し、戦いという概念に己の存在意義やハーフメルとしての正しい在り方を見出す『闘争主義』を掲げていた。

 故に同族同士の殺し合いは絶えず、強者こそが尊ばれ弱者はその糧に成り下がるしかない。

 そんな彼等の歴史の中で、ある時期に闘争とは真逆の平和的思考を有するハーフメルが生まれ始めた。

 争いが全てを決定し動かすのではなく、他者との調和に基づく安寧。それこそが知性を持つ生命体であるハーフメルの在り方で、今の在り方から脱却すべきとの思想を掲げる『平和主義』が誕生した。

 

 当然、両者は相容れなかった。

 

 ハーフメルが平和と闘争、二つの主義に分かれて争う『ピース・オブ・バトル』と呼ばれる時代が幕を開けた。

 それから約5000年の月日が流れ、平和主義は目指すべき平和と治安維持を目的とする軍部組織『イージス』を創り、闘争主義はその後にある男の下に統率され、『アレス』という闘争主義の一大勢力として誕生。

 平和主義を掲げるイージスと闘争主義を是とするアレス。

 両勢力による戦争は、泥沼化を辿る一方で未だ終息の兆しさえ無い状況へと停滞し続けていた。

 

 

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 

 

「全くお前って奴は……いいか! 通信端末の受信音は常にオンにしとけ! こっちからいつ重要な連絡事項が来るか分かんねーんだぞ」

 

「す、すみません……」

 

「それとな、お前の寝腐ってた場所は度々アレスどもが目撃されてる地域だぞ。丁度、連中の領地に近いしな。もうちっと安全なところでやれ。敵の奇襲を受けたらどうすんだ!!」

 

 ジークアに向けて放たれる説教染みた怒号。彼の側に立つルガはやれやれと呆れ、当の本人は反省を込めた蒼白の顔でウンウンと頭を縦に振って頷く。

 ゼウ・ザンダー。

 ジークア、ルガの二人が所属している先攻精鋭部隊『ファブラ』を指揮する隊長を務めている。

 ルガと同じく人間によく似た姿をした『マーヒュ属』と呼ばれる種族の男性で、その風貌は獅子の如く多く盛った長い髪に口と顎の髭が髪と一体化し、ややギザついていて、人相は厳つく常に眉間に皺が寄り、目つきは遠くにあるものでさえ射抜きそうな面構えをした男性のハーフメルだ。

 机の上に自身の金属の腕を乱暴に叩きつける形で置きながら、説教染みた言葉を続ける。

 

「まったく。昔から妙に放浪癖がある奴だと思ってたが、んな危機感ゼロの奴だとは思ってもみなかったぞ」

 

「……お言葉ですがゼウ隊長。周囲の確認はしましたした。それにもし敵が隠れ潜んでいたとして、それに気付けないほど軟弱のつもりはありません」

 

 自分に非があるのは百も承知だ。それでも、だからと言って仮にも正式に『戦士』としてイージスに属しているジークアは、戦士の中でも上級に入る『精鋭』に位置する実力者。

 散々言われてそのままにしておくほど、ジークアは素直で従順な性分ではない。

 イージスに所属し、今に至るまで数百年。その数百年で培った経験と技術、度量は先攻精鋭部隊に配属される程に至っている。そのことを考慮すれば、彼としても安く見られているような言動は気に喰わないだろう。

 

「ハッ! 俺から見りゃあ、テメェら二人揃ってまだまだヒヨッ子だ」

 

 しかしゼウは、ジーグアの反抗的態度を嘲笑う。

 

「ヒヨッ子が一丁前にほざくな。物事ってのは常に万が一を考えておくんだよ。テメェには、それがねぇ。戦いの技量技術、経験があったところで基礎的なソレがなけりゃ話にならん」

 

 ゼウの言葉は、正論に等しかった。

 

 物事は全て、計画してさえいれば上手く行くとは限らない。予想外な事態が何の前触れなく起こってしまう事などザラにある。

 言い方自体は粗暴ながら、その筋としては決して間違ったことは言っていない。

 それでも、やはりジークアの顔には不満があった。

 理屈としては正しくとも、感情はそうはいかない。

 しかし理屈的には正しいからこそ、顔で不満を零す程度に抑えている訳だ。

 

「まぁ、とりあえずこの話は終わりだ。仕事の時間だ」

 

 イージスにおける仕事は、戦場に立ち、闘争主義のハーフメルによって構成された『アレス』と呼ばれる敵対組織と戦うこと。

 これは先攻精鋭部隊も例外ではない。

 

「"ゲヘナ"のポイントエルダートにあるイージスの研究施設が襲撃を受けた。間違いなくアレスのクズどもだ。だが山ほどいる下っ端部隊じゃない……そりゃもう、大が付くぐらいにヤバい連中だ」

 

「勿体ぶって無いで、早く言って下さいよ」

 

 やけに神妙な面持ちで、思わせ振りに語るゼウにルガが急かすように口調を強める。

 

「"バルセルク"だ。嫌でも知ってんだろ?」

 

「バ、バルセルク?!」

 

 思わぬビッグネームにルガは驚きの声を上げ、ジーグアは眉間に皺を寄せ、不快感を露にする。

 

 強襲部隊バルセルク。

 

 アレスの中でも強者揃いの部隊で、その凶暴性、残虐性はイージス内でも知れ渡っている。

 戦士ではない一般市民の平和主義のハーフメルの街一つを老若男女問わず、紙のように身体を引き裂き、腕や足といった五体の部位を潰すといった手段で皆殺しにした事があり、それ以降同様の、あるいはまた別の卑劣且つ残虐極まりない方法でイージスの軍事基地や街を壊滅させている。

 単純に弱い者を狙い襲う脆弱な部隊ではなく、相応の実力を持つ強者相手でも、凄惨な虐殺を平気で行う悍しい部隊なのだ。

 

「いいか、心して掛かれよ? バルセルクどもは厄介過ぎる。気を抜いた瞬間、首を取られました、なんてオチで終わらせるなよ」

 

 ゼウはそう言い、重い腰を上げて立ち上がる。

 

「先攻精鋭部隊、ファブラ! 出撃だ!!」

 

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 

 

 ファブラの構成員は隊長であるゼウとルガ、ジークアの3人だけではない。

 3人を含む計10名のメンバーで成り立ち、各々が"アーティス"を持っている。

 アーティスとは、ハーフメルの持つ『技術』によって作り出された武装を指し、精鋭部隊クラスの戦士は各々が自分に合った専用のアーティスを持っている。

 逆にそうではない一般部隊の戦士たちは皆、量産型のモノを使用しており、何種類かのタイプに分かれる。

 接戦用の銃型やその逆である遠戦用の狙撃銃型。

 薙ぎ払いに特化した長剣型。投擲にも利用できる短刀型。

 突きの攻撃に長けた槍型。

 

 他にもあるが、概ね見られるのはこの五種類だ。

 しかし専用のモノは保有するエネルギー量や、性能に大きな差が出るほど非常に優秀。

 故に一般戦士では扱えず、持て余す代物だが、精鋭戦士は苦もなく戦場の中で扱いこなし、敵を多く倒す。

 そんなアーティスをあろうことか、"椅子代わり"にするファブラ所属の精鋭戦士がいた。

 

「う〜ん……下っ端が45。メインのバルセルクが3ってとこだね」

 

 黒い円形の筒型のアーティスの上に腰掛け、遠くを目を凝らして観察するその精鋭戦士の名は『ニズグ』

 三つの赤い湾曲したパーツが交差しドリル状となっている"指先"に当たる部位と、それを取り付ける"掌"になる黒い土台のパーツが特徴的な少女だ。

 肩にかかる程度に長いブラウンの髪を靡かせながら、黒いフード付きのスクールコートに似た服装のニズグが見つめる先にあるのは、アレスによって占拠されたイージスの研究施設。

 赤砂に覆われ、黒い石が大小そこらに転がる荒野で、彼女は眉間に皺を寄せて渋い表情を浮かべた。

 

「どーする? フレスベル」

 

《どうするも何も、俺たちの役割は偵察。今はゼウ隊長から『俺が来るまで情報収集に徹しろ』って命令されてるんだから、素直に従っとけ》

 

 ニズグの耳に装着された通信端末から聞こえる男性の声。その本人である『フレスベル』は、ニズグがいる位置とは反対側の位置で腕を組みながら悠然とした佇まいで、通信越しに忠告を交えて、そう返した。

 フレスベルはルガやニズグと同じマーヒュ属の少年で、彼女らと同じくファブラのメンバー。

 両眼の白眼部分は真っ黒に塗り潰されており、瞳も確認できない特徴的な目を持っている。

 とは言え、これは遮光フィルターの役割を持つ黒い色素が両眼を覆っているだけで、きちんと両眼の視覚機能は正常に働いている。

 纏う格好はノースリーブの上に金属で出来た羽根のようなが生え、下半身はカーゴパンツに似たボトムを着用。

 円形が幾重に重なり合った形状が特徴的な金属の翼を持ち、橙色の短髪で金属で構成された逆関節の両脚はまるで、鳥類のソレを彷彿とさせるものだ。

 しかしまんま似ている訳ではなく、両脚の先の足首は円錐状の三つの部位が展開した形となっている。

 彼は遥か上空から、地上にあるイージスの基地を観測していた。

 自身の身体を包む特殊なエネルギーバリア『テルス』を発生させる事で自身の存在を察知されないよう、空中偵察の任に徹しているが、現在においてアレスに目立った動きはない。

 

 《空から見て今のところ動きはないし、増援が来る様子もない。地上は? 本当に何もないのか?》

 

「うん。特に目立った動きなし。下っ端は45で、バルセルクが3。数に変化なしで見張に立ってる下っ端は20。中にいるのは25。で、バルセルクは全員中

にいるみたい」

 

 ニズグの情報通り、その周辺にはアレスの強襲部隊バルセルクの配下にある兵士が20名見張に立ち、強襲部隊メンバーである3名のハーフメルたちと残りの兵士が施設内部にいるらしい。

 彼女の『スキャウパー』という分析能力をもってすれば、内部を透過し、何から何までという程ではないがそれでも大きな動きと数を捉えることはできる。

 このスキャウパー自体はそれ程珍しい訳ではない。ハーフメルなら誰でも保有している能力の一つだが、ニズグの場合、一般的に分析不可能な長い距離からでも捉え分析できる為、この様な偵察任務では非常に優秀な人材である。

 加えて、空からの支援もある。

 偵察において彼等はまさに最強コンビだ。

 しかしそれでも、相手があのバルセルクなら油断は一切できない。

 

「しっかし、なんでまたバルセルクが? そんなに重要なものでもあるのかな。あの研究所に」

 

 《……知るか。連中の考える事なんざ理解したくもない》

 

 下らない、とばかりに鼻を鳴らしながらフレスベルはそう吐き捨てる。

 強襲部隊バルセルクは、部隊であるにも関わらず、たった3名のメンバー数で成り立っている。

 兵士たちはあくまでサポートの為の人員に過ぎず、正式にバルセルクに属している訳ではない。

 バルセルクの3名は敵味方構わず、猛攻による

 暴虐の限りを尽くすからだ。

 唯一メンバー同士での殺し合いには発展しないが、それ以外では敵も味方も関係ない。

 一度スイッチが入ってしまえば、体力の限界まで暴れ狂い全てを叩き壊し、容赦なく殺す。

 まさに狂戦士と言う他にない存在。

 だからこそ、彼等に追随するのは基本的に組織全体における最小限の損失にしか成り得ない、末端の一般兵士が担わらされる。

 彼等にとっては不運な事だが、アレスという組織の傘下に入ったのが運の尽きと思う他にない。

 

 《!! ゼウ隊長から指示が来た。ゲヘナ・ポイントルーアで船が降下するから合流しろってさ》

 

 ゼウから送られて来た一つの信号。

 ハーフメルにしか聞こえない特殊な音で構成された暗号を読み取ったフレスベルは、地上で施設周辺を偵察していたニズグに内容を伝える。

 

「了解。すぐ離れるよ」

 

 ニズグはそう返した。

 フレスベルとニズグの両名は、ゼウからの信号を元に、目的の場所へと向かう事になった。

 

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 

 

「なるほど。先攻部隊ファブラが来ているのか」

 

 黒い髪を二つの房に分け、赤い瞳に灰色の白目の特徴的な双眸を持つマーヒュ属の少女は、どういう方法

、手段かは謎だがイージスの基地内部から彼等の動向を既に察知していた。

 

 強襲部隊バルセルクのリーダー『ベアヌス』。

 

 左腕が金属部位で、その手はいくつもの指に当たるアーム部分が花弁の如く展開され、ギチギチと常に音を立てながら不気味に動いている。

 

「俺にやらせてくれよネーちゃん! 俺、アイツら食ったことねーし、あとグジャグジャに潰してもみてぇんだよ!!」

 

 ベアヌスの口から紡がれた言葉が、独り言のように零れた瞬間。我先にと声を上げるハーフメルの男がいた。

 それはまるで、獣の髑髏を象ったような顔だった。声自体はややガラついたものだが、無邪気な子供の雰囲気を纏わせ、黒い布のようなモノで身体を隠す様はまさに『死神』の一言に尽きる。

 大鎌でもあれば、尚更そう見えただろう。

 

「そう焦るな『オオウル』。存分に遊ばせてやるさ」

 

 バルセルクの特攻兵オオウル。

 

 性格は子供っぽく、リーダーであるベアヌスの命令には非常に忠実で、彼女を『ネーちゃん』と呼び慕っている。

 しかし、いざ戦いとなれば暴れ狂い、あらゆる命ある者を殺し喰らう、暴虐の獣となる。

 

「ファブルか。楽しみだ。奴等の切り心地、どのようなものか……」

 

 それは剣と呼ぶべきか、槍と呼ぶべきなのか。

 灰銀に輝く棒状のその武器は両刃で、しかし握る為の柄らしき部位がなく、丸々刀身という奇妙な形をしている。

 そんな異様な業物を握り締め、痛みを感じているにも関わらず狂気染みた微笑みを顔に張り付かせて言うのは『狂切者』のカミフ。

 長い藍色の髪を垂らし、顔の上半分を切り傷を

 イメージしたような赤いラインが奔るブラウンカラーのアイマスクで覆い、オオウル同様その身も黒い布を衣服として纏っている。

 武器を握る手は、腕含めて暗い赤のカラーの金属部位で前腕にナイフのような突起が付属されている。

 

「い、いったい何の用だ! お前らのような飢えた獣如き…がぁッ!!」

 

 全身を覆う灰色のコートを纏い、高性能の顕微観察機能を持ったゴーグル端末を装着したマーヒュ属型の男。

 彼が言い分を終える前にベアヌスのアームに溢れた手が男の顔を掴んだ。

 

「突然の訪問には失礼した。何分、急ぎの用なのでね

 

「がぁッ! あぁッ!!」

 

 ミシりと音を立てて、男の頭部が歪んでいく。

 しかし一方のベアヌスは至って丁寧な口調。実に違和感が異様なほど滲み出て来る光景だ。

 彼はこの研究施設の最高責任者で、彼以外の研究員は全員残らずバルセルクや兵士たちの餌食に成り果て

、唯一の生存者は彼しかいない。

 ……いや。正確に言えば、ある存在を除いて、(・・・・・・・・)だが。

 

「率直に尋ねよう。『最重要研究対象』は、何処にいる?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゲヘナ。そこは血を余す事なく零したような赤い色の砂と黒い石が大小転がるだけしかない荒野の大地。

 生息する生物はハーフメルを除けば、オークスと呼ばれる知性の低い生命体しか存在しない。

ハーフメルが金属と有機のハイブリット種なのに対し、オークスはエネルギーによって成り立つ生物だ。

 その身はユグジスの粒子の集合体を核に、それが放つエネルギーによって身体が構成されている。

 特に害はなく、ただクラゲの如く宙にフワリと浮きながら、大気中のエネルギーを吸収し生きるだけなのだ。

 そんなゲヘナの上空を飛ぶのは、一隻の飛行機体。

イージスが保有する輸送用のもので、ユグジスのエネルギーを放出するエンジンを搭載し浮かぶその姿は、鳥に似たフォルムのせいもあって、さながらロック鳥の如しだ。

 

「まもなく降下ポイントに到着します」

 

 操縦席にて、機体を操縦するハーフメルの男性。彼はその背後で出撃の時を待ち侘びている先攻精鋭部隊ファブラの面々に向け、指定された場所への到着が近いことを伝えた。

 

「おう。分かった」

 

それに答えたのはゼウだった。

 

「んじゃ、準備しとけお前ら」

 

 ゼウ以外のハーフメル…ルガとジークアの両名は彼の言葉に少し緩めていた気を引き締め直し、それぞれのアーティスの調整を始める。

 アーティスの種類やその形状は様々で、ジークアのものは二つある。

『レヴァト』と言い、右手が変形し、まるで炎を彷彿とさせる高熱を帯びたエネルギー状の刀身を展開させるものだ。

 実質エネルギーで出来た剣である為、明確な実体があるものでは防ぐことはできず。エネルギーを利用した防具で防ごうとしても、並大抵のものでは無意味と化してしまう。

 もう一つは、『ヒルデッド』と呼ばれる筒状の砲身。

 右手と同様に左手が変形することで使えるヒルデットは、エネルギー状の弾丸は勿論、レーザー砲としても使うことができる。

 威力調整の機能も併せ持ち、状況に応じて非殺傷で敵をダウンさせるといった芸当も可能。

 ルガのアーティスは両手装着のグローブ型である『クローファング』

 手の甲に三つの短刀ナイフが備えられており、ユグジスのエネルギーを蓄え、纏わせる事ができる。

 そうすることで単純に切れ味を上げたり、あるいはエネルギーの刃を飛ばす、といった遠距離攻撃ができる。

 

「うん。特に問題なしだね」

 

 自分のとジークアのを交互に見て確認したルガは、そう言ってナイフ部位を引っ込め、待機状態にする。

 

「ああ。………できるなら、使わず穏便に済んで欲しいけど」

 

 本気で武器を使うことなど、あって欲しくない。

 まるで祈るように言い聞かせる様は、ジークアが戦いという行為に忌まわしさを覚えているかのようだ。

実際そうなのだろう。

 ジークアは平和主義のハーフメルの中でも、特にそれが強い。ファブラに所属する前から彼の戦闘能力は非常に高く優れたものだった。

 多数の相手…それも自分よりも経験、能力が圧倒的に上でも構わず冷静に、的確に相手の急所を突いて倒してしまう。

 まさに戦士として生まれるべくして生まれた、と言わざる得ない。

 しかし当の本人は誰よりも暴力を嫌い、それによって生まれる戦争やその犠牲を心底憎む程だ。

 だが、彼がどう望もうと、どれだけ模索しようと戦いは終わらず。

 気付けば己は"精鋭部隊に配属される程の最高の戦士"と言う、望まない称号を得てしまっていた。

 それがジークアにとって、酷な重荷になっている。

 しかしジークアは、紛れもなく"戦士"だ。

 平和主義だからと言って、戦士と言う役目を負った以上は戦わなくてはいけない。

 例え、それが本人の望んでいなかった事だとしても(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 戦士としての責務は果たすべきものなのだ。

ジークアもそうだが平和主義だからこそ、戦いたくないと言う者はそれなりにいる。

 一度戦場の空気を嫌という程味わった者は大抵そうだ。

 戦いの恐怖に屈し、それでも生き延びた者はイージスの下を去っていく。中には残り続ける者もいるが、仲間の死を悼み、悔やみ、その重責に耐えられず戦場の中で自殺行為に奔る者も少なからずいるのが現状だ。

 下手をすれば、ジークアもそうなるかもしれない。

 彼の言葉を耳に入れてしまったルガは、これから先で有り得るだろう未来を懸念してか、その顔に不安の色を滲ませる。

 

「……相手が相手だ。絶対に油断するんじゃねぇ

ぞ」

 

 一方でゼウも聞こえたものの、敢えてソレを聞き流し、バキボキと首や指を鳴らしながらそう言う。

 

「到着しました。御武運を」

 

 機体を操縦するパイロットから目的地到着の報せが伝わる。

 それと同時に機体後方に備えられたハッチが開き、その下は赤砂の荒野が広がっていた。

 

「よし、行くぞぉぉッ!!」

 

 先陣切って駆け出したゼウと、それに続くルガとジークア。機体と地上の間は数百mもあるが、彼等にとって脅威となる高さではない。

 ハーフメルは各々程度はあれど、ユグジスの粒子自体やそのエネルギーを操作することができる能力を持っている。

 個々によって操れるユグジスの種類は限られるが、様々な状況への応用に役立たせることができる。

 高所からの降下も、その例外ではない。

 ジークアは熱を帯びたオーラ体を発生させるユグジス"ムスペナ"を利用して背中に赤いオーラの翼を展開し、降下速度を緩やかに制限する。

 一方でルガは両脚に"ヨトゥブ"と言う、条件によって結晶体あるいは鉱物体となるユグジスを集中させ、自らの両脚にあらゆる衝撃を半減させる結晶体を纏わせて保護し、防御力を上げることで着地の衝撃に備える。

 最後のゼウはラグロギアスの大気を構成しているエネルギーを生成するユグジス"アスガル"とムスペナが使え、この二つを反発させてることで生み出す稲妻状の"プラーズナ"と呼ばれるエネルギーを地面へ向けて放った。

 放たれたエネルギーは、蒼白とネオン、黄金の三色に輝く蛇のように長く生き物のように畝り、地面へと到達。

浮力が生じ、地面に叩きつけられることなくゼウの身体は宙に浮き、安定させた。

 

「よっと! 大丈夫? ジークア!!」

 

 重量が増して降下速度が上がった為、重々しい音を響かせながら地面を割るようにして、一番手で着地したのは、ルガだった。

 ゆっくりと赤い翼を広げ降下していくジークアへと彼女は声をかける。

 

「ああ。問題ないよ」

 

「なんだ、俺の心配はなしか?」

 

ジークアには声をかけて安否を気遣ったというのに、自分には何もない。ゼウにしてみれば別段どうでもいい事なのだが、妙な扱いの差に思わず問いを投げてしまったのだ。

 

「隊長は、仮に地面にぶつかってもタフじゃないですか」

 

 ゼウの言葉に対して、ルガの返答は何気ない一言だったが、中々に酷い言い様だ。

 だが実際、ゼウは頑丈さで言えばかなりの部類に入る為否定はできない。

 おまけに厳格で融通が利かない性格も加わって、"心身共に頑固オヤジ"というイメージがイージス内部で確立されてしまっている始末だ。

 当人はそのことについては不名誉だと思いつつ、色々と諦めてしまっているが。

 

「へいへいそーかい。……向こうも来たみたいだな」

 

 どうやら他のメンバーが到着したようだ。

 ゼウが空へ視線を上げて見れば、3人が乗っていた機体と同型のモノが滞空しながら接近し、ハッチが開かれる。

 そこからマーヒュ属3名、"ティンター属"2名の計5名のハーフメルが降下していった。

 1人は、スカイブルーの液体のようなものを足元に展開して衝撃を和らげる形で着地。

 2人目は、黒い霧状のエネルギーを両手から放出し

、それが身を包むと数秒さえも経たず、瞬間的に地面へ安全に到達。

 3人目は背負った十字架状のアーティス。その先端四つから重力干渉を起こす光を放出し、安定を維持。

そしてゆっくりと地面へと降り立った。

 4人目、5人目は翡翠色に輝くオーラ体を用いて難なく降り立つ。

 

「よっ、ゼウ隊長。任務から戻って来たぜ」

 

 スカイブルーの液体を操っていたハーフメルは、コバルトブルーのダイバースーツのような格好の男だった。

 上半身はスーツの上にグレーのベストを着込み、スカイブルーに染まる短髪を靡かせながら、彼はゼウに向けて開口一番の挨拶を送る。

 

「おう、よく戻ったお前らな。セイネ。余計なヘマはしてねーだろうな?」

 

 "セイネ"と呼ばれたダイバースーツの男は、ニカっと笑い「問題ないない」と調子良く答える。

 

「まぁ、軽い調子でしたけど、それなりには、意外と真面目にこなしてましたよ」

 

 そう言うのは黒い粒子を操り瞬間転移していた、マーヒュ属の少年のハーフメル。黒く少し長めの髪を後頭部に束ね、目には墨でも塗ったような濃い隈がある様は調子が悪く、陰鬱そうに見えるものの、隈自体は単なる模様の一種らしい。

 

「報告助かる、ハーディス。このバカは言葉に関して言えば信用に欠けるからな」

 

「はは、これまた痛いところ突くね〜」

 

 黒髪隈持ちの少年の名は、ハーディスというらしい。

 黒いジャケットに同色のボトムスを着た姿のハーディスは、ヘラヘラ笑うセイネに呆れを込めた溜息を吐き捨て、特に変化のなかった平坦な顔にうんざりとした表情を浮かばせる。

 

「で、隊長。連絡だとバルセルクの連中が相手って聞いたのだけど」

 

 話が逸れてると判断したのか。一人の女性の声が今回当たることになる任務に関しての詳細を求めた。

 声の主は中央に円が施された形状の白い十字架『ケルテ』と呼ばれるアーティスを背負った女性。

 輝かしいばかりの見事な金髪を持ち、修道服のそれに近い服装を纏った姿は、まさしく聖女と呼ぶに相応しい神々しさを引き出している。

 ……もっとも、彼女の戦闘方法はとても聖女と呼べるものではないが。

 

「まぁー待てや"ルグル"。あと二人来てねーんだ。詳しい話は全員揃ってからだ」

 

「えー、今でもいいじゃん!!」

 

「そーだよ!!」

 

 話を進めようと急がすルグルを諫めるゼウだが、どうやらルグルと同じで、気が急いでいるメンバーが他にもいたようだ。

 反発しているのは2人。

 翡翠色の粒子を使っていたハーフメルたちだった。

 長い触手を特徴とする"ティンター属"の双子。

 兄の名はキュラン。弟の名はスキュー。

 背中に計8本の金属質で翡翠色のラインが浮かぶ、対に並んだ触手を持つ彼等双子は、金属の頭部を持ち計二対四つの特殊レンズ眼球が赤く光っている。

 ファスキション(服のように見える繊維状外皮)は特にないが、身体は頭含め灰色に染まり、外側は余すことなく外殻装甲に包まれ、うっすらながらも透明な分泌液が装甲を覆っていた。

 

「全員は全員だ。決定事項にいちいち口を挟むんじゃねぇッ!!」

 

「ぶー、ケチー」

 

「だから"頑固ジジイ"なんて呼ばれるんだよ」

 

「「頑固ジジイ! 頑固ジジイ!」」

 

「ほぉぉ。そうかそうか。ならぁぁ……たっぷりその"頑固ジジイ"の拳、よく味わうんだな」

 

 ティンターの双子による的外れな非難に腹が耐えかねたらしい。ゼウの頭髪がいつも以上に逆立ち、怒髪天状態に。

 握る拳がバチバチと火花を散らせ滾り、尚且つ、その顔は修羅の化身とでも言いたいのか…並みの者なら思わず己の死を予感させてしまう程だろう。

 さながら、"雷神"とでも称するべきか。ここに来て双子は、己らが調子に乗り過ぎていたことを悟る。

 

「ま、待って待って!! ゴメン!」

 

「ああ謝ります!! すみませんでしたッ!!」

 

「なら尚更喰らえや。俺の拳を!! 罰としてなァァァァッッ!!!!」

 

 ゼウと地獄の鬼ごっこが幕を開けた。

 そんな様子を側から見ていた面々は、これから危険な任務に赴くとは思えない和やかさに呆れて、溜息を吐く。

 

「全く。少しは学習してほしいわね」

 

 ルグルは腕を組み、文句を言う。

 

「最近色々よくない事が多かったから、まぁ、たまにはこーゆーのもいいんじゃないか?」

 

 そんな彼女をセイネは、やはり陽気な雰囲気を纏わせたままそう諫める。

 しかし、それでもルグルは意見を崩さない。

 

「よくない事なんか毎日のように起きてるわ。……昨日は、また一人私の幼馴染みが死んだ」

 

 昔から仲の良かった誰かが、ある日突然、何の脈絡もなくその命を消す。別に珍しい話ではない。

 もはや今更過ぎるのだ。平和主義と闘争主義の戦争は、大きなものから小さなものまで、規模を問わず長いこと続けている。

 その年数は……5000年。

 この5000年間、一度として平和主義者が掲げる"平和"が訪れたことなどありはしない。

 常に双方、犠牲者を尽きることなく出し続けているのだ。

 

「お遊び感覚で全滅……なんて、勘弁してほしいわ」

 

「……ルグルは、この部隊に入って日が浅いから言えるんだよ。ゼウ隊長はやる時はやる。そういう人だよ」

 

 ルグルの辛辣な評価に対し、反する意見を述べたのはハーディスだった。

 それに続き、ジークアも加わる。

 

「ハーディスの言う通りだ。ゼウ隊長は頑固で遠慮なしにガンガン言うけど、指揮に関しては誰よりも信頼できる」

 

「身内擁護は結構。私は彼の実力を自分の目で見て判断するわ」

 

 もう、これ以上話すことなどない。

 そんな意思表示をするかのように腕を組み、周囲を警戒し見渡すルグルは、ジークアたちと目を合わそうとせず、無言に徹した。

 ルグルは、この部隊の中では新参者である。

 ファブルに配属する前は、単独任務を多くこなしていた。

 "アスガル"の派生である光を生み出すユグジス、"トラス"を持つ彼女は広範囲に及ぶ『ルー・アウター』という大技を駆使しての戦法のおかげで、アレスの一個中隊を単独撃破するという戦績をいくつも挙げている。

 その戦績を評価されて先攻精鋭部隊ファブルへの配属が決まったのだが、今まで誰の手も借りず、単独で任務をこなして来た彼女にしてみれば結構なほどありがた迷惑な話だったようだ。

 

「やれやれ。お堅いねぇ〜彼女」

 

 セイネが溜息を吐きながらそう言う。

 

「ホント。私はあんまり好きになれないな」

 

 続くようにルガがそう言う。

 

「……仕方ないよ。アレがルグルの個性なら、そう簡単には変えられない」

 

 我の強い個性の持ち主は、そう簡単に変わるものではない。

 "心身共に頑固ジジイ"ことゼウという教材にピッタリな人物が身近にいるからこそ、ジークアは嫌でもよく知っている。

 ゼウの場合は頑固とは言え、他人の意見を一切聞かない訳ではないので、まだマシな方かもしれない。

 だがルグルの場合は排他的で、相手の主張を意に介さず、自分の独断で決めてしまう厄介な一面がある。

一応、ゼウには従うものの、それは自分より上の隊長という役職に付いているから、という理由に過ぎず。

 本心ではゼウの隊長としての才覚を疑問視し、見下している節すらある。

 先程の会話がいい例だ。

 だからこそジークアは危惧している。

 彼女がチームワークを乱し、その結果として最悪な状況を引き起こしてしまう事を。

 

「さ、て。抵抗すんならしていいぞ?」

 

「ギブギブッ! 助けてーーッ!!」

 

 そんな思考とは裏腹に、地獄の鬼ごっこはゼウが双子の兄の方を捕まえたことで、早く終わりそうだった

 その大きな金属の手でキュランの頭を鷲掴んだゼウは空いた手を握り締めて拳を作り、そこから電気状のオーラがバチバチと唸っている。

 

「ゼウ隊長! 気持ちは分かりますけど、そろそろ…

 

 拳を振り下ろすのは目に見えてる。ジークアはさすがにやり過ぎと思い、声をかける。

 

「安心しろ。俺の目当てはコイツだぁぁッ!!」

 

 すると、どういう訳かゼウはそんな台詞を叫んでは、キュランを離した。

 そして拳を振り下ろすのではなく、何もいない方角へと突き出し、電撃の塊をミサイルの如く飛ばした。

何もないところに何故攻撃を飛ばすのか?

 当然の疑問がほんの一瞬浮かび、同時に消え去る。

 攻撃が着弾したのはファブラがいる地点から15m程離れたところにある砂丘。

 そこに当たった直後、何かが砕かれる音と鳴き声らしきモノが同時に発生し、その正体が砂煙が晴れると同時に判明する。

 それは蛇のように長く太い赤錆色の身体を持ち、計三対の機械的な6本脚を有する生き物らしきモノ。

 しかし厳密には違う。イージスにとってはよく見て、よく知るソレは

敵のアレスが用いる追跡と監視…あわよくば暗殺とそういった目的に基づき作られた生体端末装置。ようは、有機要素を持った遠隔操作される意思なきロボットである。

 

「おいおい、見られてたのか?!」

 

「どうやら、そうらしい」

 

 ここに来た時点で既に監視されていた可能性を思い浮かべるセイネだが、ゼウも同意見のようだ。

 

「敵の生体遠隔端末ってところか。ほんのちっと妙に気になる感じがしたから、位置を炙り出す為に一芝居打ってみたが……うまく釣れてくれたぜ」

 

 ゼウが感じた気配。それは命を奪うという目的を成そうとする殺気の類だ。

 しかし、ほんの微かだったせいで気配の主の位置が特定できず、どうにかして炙り出したかったゼウはタイミング良く調子付いていた双子を使い、呑気に喧嘩している様子を装った。

 標的を殺そうとするのであれば、それは標的自身が油断した瞬間に他ならない。

 隙だらけな所をわざわざ突かない道理はなく、ゼウは敢えて隙を作り

、敵が狙う標的の一番を自分に選ぶよう仕向けたのだ。

 おかげで敵はゼウが油断したと思ったのか。

 いざその命を奪おうと、ゼウに意識を向けると同時に殺気が少しばかり強まり、結果漏れてしまった。

それが敵自身の位置を知らせてしまう合図となり、特定することができた。そこをゼウは間髪入れずに仕留めた……という訳である。

 

「た・い・ちょ〜〜〜〜〜ッッッ!!!!」

 

 敵を仕留めたのとほぼ同タイミング。突如として地鳴りがしたと思えば、ドリル状の両手を高速回転させながら砂を巻き上げ、一人の少女が舞い上がる。

 ファブラの一員であるニズグだ。

 スタッとうまく着地した彼女はゼウに近づくと、片手を額に垂直に当てる"敬礼"のポーズを見せる。

 

「地中斥候員、ニズグ! 研究施設の調査、空中斥候員フレスベルと共に完了しました!」

 

「おう、ご苦労。フレスベルは?」

 

『こちらフレスベル。間もなく合流します』

 

通信が入り、その言葉通りにかなりの速度で飛来したファブラの一員フレスベルは、急停止し、そのままゆっくりと地表へ着陸を果たした。

 

「空中斥候員フレスベル。合流しました」

 

ニズグと同じ敬礼をする。メンバー全員が揃ったのを確認したゼウは軽く頷き、そして……。

 

「んじゃ、場所変えるぞ」

 

一言、そう告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「再度言う。『最重要研究対象』は何処だ?」

 

「し、知らん!! 本当なんだ!」

 

 バルセルクのリーダー、ベアヌスは三度目となる質問をする。その相手はイージスの研究施設。その最高責任者である所長カガ。

 あくまで、シラを切るカガの態度に少しばかり苛立ちを見せたベアヌスは顎をクイッと動かす。

 すると、背後から両刃の刀身がカガの肩を貫き、痛ぶるように抉る。

 

「があァァッ! や、やめ、アァァ! アアアアッ!!!」

 

 カガを容赦なく襲う刃の正体はバルセルクの狂切者カミフが使用する柄のない両刃の棒状のアーティス『チザメ』。

 当然、こんな拷問を実行しているのはカミフ本人である。

 

「ンフフフフ。いい悲鳴だ。苦悶に耐える声や耐えられずに叫ぶ声。大切な者を殺され絶望に沈む咆哮。あぁぁ、そういった類の音は心躍る」

 

「なーなー、次俺にやらせてくれよ。俺だったら多分吐かせられると思うぜ、マジで!!」

 

「……そう言って毎回相手を殺しているではないか」

 

バルセルクの特攻兵オオウルの言葉に呆れを込めた溜息を吐くカミフ。

 

「まぁ、喋らないなら、生かす意味もあるまいに……好きにやれ」

 

 えらく強情で何一つとして吐かないカガ。彼は戦士ではないが、それでも易々と吐かないだけの頑丈な精神性はある。

 それを見抜いたカミフはこれ以上やっても無意味と判断し、彼の始末をオオウルに半ば押し付ける形で譲り渡す。

 拷問しても自分たちが入手すべき"あるモノ"の居場所を吐かないのだ。

そして、おそらく何をしても固く口を閉ざすだけだろう。

 ならば、時間をかけるなど、何の意味も為さない無益な暇潰しにしかならない。

 そんなことに時間を消費するなら、虱潰しでも探していた方がまだ有意義……というのが、カミフの考えだ。

 殺しても問題ないと知ったオオウルは無言ながらも内心大喜びした。

 カミフが他者の命を奪う際に聞くあらゆる悲痛な声に対し、悦楽や快感を覚えるなら、オオウルは純粋に破壊を好み、己の力をもって叩き、砕き、潰すことを至上の悦びと宣う破壊の狂人。

 そんな彼はさっそく生死に問題ない両脚からグチャグチャに潰して、じっくり徹底的に破壊しようと手を伸ばす。

 すぐに死んでは詰まらない。

 だからこそ、生存するに支障のない部分から手を付けようという腹積りなのだ。

 

「まぁ待て。吐かせる方法は一つある」

 

 あと数cm。もう一歩というところで静止の声をかけたのは、ベアヌスだった。

 

「うぅ……ちぇっ、お預けか〜」

 

 姉貴と慕うリーダー、ベアヌスの言葉を聞かないオオウルではない。他はともかく、彼女だけは彼にとって絶対的な存在であり、己の全てを捧げてもいいとすら思える相手なのだ。

 

「そう残念がるな。ファブラという特大の獲物があるんだ。こんな奴よりそちらの方が楽しめるじゃないか

 

ただ、それでも不満はあるので軽くふて腐れるが、しかしファブラという獲物がある事を彼女の言葉で思い出したオオウルは、ふて腐れた空気から一転。

 子供のようなはしゃぎ様を見せた

 

「そうだった! 俺、楽しんでぶっ壊すよ。叩いて、壊して壊して、そんでグッシャーって感じで潰してやるんだ!!」

 

 子供っぽい稚拙さを滲ませた言葉とは裏腹に内容の方は狂気的、としか言い様がない。

 

「そうか。ならその気持ちは来るべき時にとっておくといい……さて、では例のモノの情報をもらおうか」

 

ベアヌスは花弁のように展開させている幾多のアーム。その中心から、またもう一本アームを生やした。

そのアームは他とは違い、先端が無く、代わりに緑色の光る極小の球体が浮かび、アームから溢れることなく灯っている。

 

「これは最近になって新開発されたものでな。細かい原理は忘れたが、コイツをお前の頭に打ち込めば中の情報が得られるという代物だ」

 

「ただし」、と一言間を置く。

 

「頭中神経がズタズタになるがな」

 

 ハーフメルは脳という臓器を持たない。

 その代わりに意識と感情は、それらを司るユグジス『フィロ』の集合体である"コア"があり、そのコアと繋がった記憶を保管する為の神経組織、『頭中神経』が存在する。

 頭中神経に多大な負担が掛かれば、当然それと繋がっているコアに大きなダメージを与え、最悪の場合死に至る。

 彼女が行おうとしていることは、そういう事なのだ。

 

「後悔したければするといい。素直に話さなかった己の愚かさを」

 

 そう言ってカガの額にアームを押し付ける。力強く…まるで抉る様に

。その瞬間、緑色の稲妻がカガの身体を駆け巡り暴れ狂う。

受けざる得ない苦痛は果てしなく、重く、熱く、容赦の一切もなく蹂躙するもので想像を遥かに超えたものだった。

 耐え切れない凄惨な痛みが、喉が引き裂かれかねないほどの絶叫を生み出す。

 

「運が良ければ、死ぬことはない……廃人は確定だがな」

 

 絶叫の音色が周囲に響く中でそんなことを言いながら、次々と得ていく情報の中から目的の情報を掴もうと。ベアヌスは手を止めず続ける。

 顔には、純粋ながらも狂気を含んだ微笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 場所を移動し、イージスの研究施設が目視できる位置にまで移動したファブラ。

 隊長であるゼウは、敵の数と生存者がどの程度いるのかを両名の諜報員に問い掛けた。

 二人の答えは、以下の通り。

 敵側の総戦力が48。生存者は……たったの1。

この総戦力の数字の中にはバルセルクの3名が入る為

、実力的に鑑みれば75か100に及ぶだろう。

 それだけバルセルクの実力は本物なのだ。

 迂闊に仕掛けてもやられるのは目に見えている。

 おまけに生存者が一人でもいるなら、イージスとしては救出を視野に入れて行動しなければならない。

 そこでゼウは敵戦力を分断する作戦を提案した。

 

「分断って言っても、どうやるんですか?」

 

「囮を使った陽動作戦だ。こっちの頭数は10で、五分五分にできる。一方は上手く敵の注意を引き付けて、もう一方がニズグの力で地中からの奇襲を仕掛ける」

 

 ジークアの問いにゼウは作戦の概要を説明する。ようは二手に分かれ陽動と奇襲を並行してやるということだが、この作戦にルグルが否定的な声を挙げる。

 

「そう簡単に行くと思うの? 相手はバルセルクよ」

 

「思っちゃいねぇよ。おそらく奴等は俺達が来たことをとっくに知ってる。大方、イージスが救援目的でここに部隊を遣すことを見積もってたんだろーよ。で、遠隔型の生体操作端末を使って監視。見つけましたって感じだ多分」

 

ゲヘナという赤砂の大地は砂漠地帯なだけあって、不規則且つ一日に5回と頻繁に砂嵐が発生する。

大小の規模や発生する領域が毎回異なるのだが、ほぼ確実に発生しない場所が3カ所ある。

 一つ目は、イージスの研究施設が建てられたポイント・ガルダト。

 二つ目は、ファブラが合流地点に選んだポイント・ルーア。

 三つ目は、ゲヘナの西端に位置するポイント・サハム。

 これら三つの地点は砂嵐を回避するには打ってつけであり、もしイージスが砂嵐を警戒して避けるのであれば、この三つ…研究施設のあるガルダトを除けば二つ以外にない。

 それが分かってしまえば、後は容易だ。

 監視を置き、来るのを待てばいい。

 

「……ってことは、俺ら、付けられてた……ってことですよね?」

 

「ま、まま、まじで? でも、私のスキャウパーには何の反応も……」

 

 どうやら、この部隊の中で一番最初に来ていた斥候2名は動揺の色を隠せずにいた。

 様子から察するに自分達の隠遁がバレていないと踏んでいたのか。

 その様子を見て、呆れを込めた溜息をゼウは吐き出す。

 

「お前ら……斥候やって何百年だ? 少なくともこの部隊に入ってる以上、んな間抜けを晒すもんじゃねーぞ」

 

 厳しい言葉がまさに棘となって、容赦なくニズグとフレスベルの両名の心中に突き刺さる。

 

「戦いってのは繰り返しだ。敵がデキのいい武器を作れば、こっちはより上の武器を作る。で、敵はまたその更に上をいく優れもんの武器を作っちまう。例えに武器を出したが武器だけの話じゃない。技術も同じだ

。お前さんらが優れた隠蔽術を持ってるなら、向こうはそれを看破する技術を作る。そーゆーもんなんだよ」

 

 競争とは大概そういうものだ。超えては超えられ、それを超えても、また超えられてしまう。果てのない泥沼の片道切符を買った様なものだ

 

「能力や技に頼り過ぎんじゃねぇ。最後に信用できるのは自分の感覚なんだよ。ま簡単に言えや注意しとけって話だ。単純だろ?」

 

 難しい話をしてるつもりはない。

 ただの単純な話をしているだけだ、とゼウは言うがニズグはスキャウパー、フレスベルはテルスを昔から多用し、感覚に頼るということをしてこなかった。

 能力さえあれば、警戒など必要ない。

 そんな価値観が自然と構築されてしまっている彼等に今更感覚を養え、というのは意外と難題なのである

 

「は、はい。尽力します……」

 

「気をつけます……」

 

精鋭とその名を挙げながら、敵に見つかるという初歩的なヘマを犯してしまい、そのせいで二人の顔には陰が差していた。

こんなミスは犯さないという、斥候員としての自負があった分、恥じ入る気持ちは大きいだろう。

だが、今はそんな思いに耽っている暇はない。

イージスの先攻精鋭部隊としての責務を果たさなければ、それこそ余計に恥の上塗りだ。

故にゼウは彼等の気持ちを切り替えられるよう声を張り上げる。

 

「よぉぉぉしッ!! じゃあメンバーを編成するぞ!囮となる陽動班はフレスベル、セイネ、スキュー、ルガ、ルグル! 潜入班はニズグ、キュラン、ジークア、俺、ハーディスで行く!! 質問はあるか?!」

 

 沈黙が答えとなる。

 それを確認したゼウは出撃の号令を発した。

 

「先攻精鋭部隊ファブラ、ゴゥゥロッグ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まず、手始めに行なったのはフレスベルによる上空からの爆撃だった。

 両腕に備えてある射出機構から放つのは、起爆性の高いユグジスを含んだ細長い楕円形をした紅色の結晶体。

 この世界におけるミサイルに相当するものである。

 結晶そのものはヨトゥブを人工的に集積し、特殊な鋳造技術で生成したもので、内部に収められたユグジスはムスペナに熱を上昇させる物質を混ぜ込んだ、所謂『火薬』になるもの。

 見事に命中すれば、一般兵士程度は容易く命を落とす危険な代物だ。

 見張りに立っていたアレスの兵士たちがフレスベルとそれに気付くも、結晶体が宙を駆けるスピードの高さ。

 そして兵士たち自身の僅かな対応速度の遅さ。

 この二つの要因が不運にも重なってしまった。武器であるアーティスを構えて、撃ち落とそうとするが叶わず。

 10名の兵士が緑色の爆炎と純白の煙に飲み込まれる形で餌食となってしまった。

 

「敵襲だ! 敵対者確認……フレスベルだぁぁぁ

ぁぁッ!!!!!!」

 

 一人の兵士が叫ぶ。そしてすぐ隣にいた兵士が自分達の上司たるバルセルクへと連絡を取り始める。

 

「応答お願いします! イージスです! 先攻精鋭部隊のフレスベルによる襲撃を確認! 敵はイージスの先攻精鋭部隊です!!」

 

「そんなに言わなくても分かってるつーの。つか、うるせぇ!!」

 

 ふと聞こえて来た怒鳴り声。通信で連絡を取っていた兵士は、その正体を察する暇もなく頭が胴体と切り離され、意識を闇へと落とされた。

 突然の事態に別の兵士は驚愕する。仲間が死んだことよりも、兵士を殺した人物の方にだ。

 

「あんましイラつかせんなよ。楽しみにしてたんだからさ!」

 

 声の主は、特攻兵オオウルだ。

 そして兵士を殺したのも、他でもないオオウル本人。

 側から見れば混乱するしかない光景だろう。上官による部下殺しが起きたのだ。

 それも正当な理由・意義が一切ない『イラついたから』という、幼稚とさえ思える動機で。

 普通ならまず許されない行為なのは、明白だ。

 しかし、バルセルクにとって、これは別段おかしな事ではない。

 彼等にとって、誰かを殺害する上で理由など正当性の是非を問わず必要ないのだ。

 殺したいと思えば、思いのままに殺せ。

 それが彼等を表すのに尤も適した言葉であり、いかに個々の命という概念に対し無頓着で、無価値としているのかがよく分かるだろう。

 もはや殺害という行為は彼等にとって、息をして食事を摂るのと同義なのだ。

 ある意味で、それは闘争主義らしい思考と言えるだろう。

 

「もッ………申し訳ありません……」

 

 声を張り上げてはいけない。

 些細な動機だけで殺すことができる存在を前にすれば、声を上げる行為がいかに愚かなのか。

 嫌でも分かってしまう。

 瞬時にそれを理解した兵士は声を抑え、ただただ謝罪の言葉を述べる。

 

「分かってくれてどーも。じゃ、あとは任せな」

 

 つい先程部下を殺したとは思えないほどの呑気な声で、しかし獣の頭蓋のような顔に半分埋もれるようにある水晶のような資格器官は、凶暴的な赤を宿して輝いて見えた。

 

「■■■■■■■■ーーーーーーーーーーーーーーーーッッッッッッッッ!!!!!!!」

 

 咆哮。獣のソレとしか思えないもので、且つ、それは衝撃波も同然。

 近くにいた兵士たちは容易く吹っ飛ばされ、遠くにいた兵士は堪らず耳を防ぐ。

 そして……その衝撃波の的となったフレスベルは、避けられず直撃してしまう。

 

「ぐぅッ?!」

 

 鈍い痛みが身体中を駆け巡るが、この程度で落ちるフレスベルではない。

 紛れもなく、彼は精鋭なのだ。

 すぐに体勢を立て直し、結晶体を放つ。向かって来る凶器を前にオオウルは狂気的な笑い声を張り上げ、なんと結晶体を二つとも左右の手で掴み取り、その内の一本を自らの口へと放り込む。

 

ドォォンッ!!

 

 当然。爆発する。

 しかしオオウルの頭部はその衝撃と熱で吹っ飛ばされ、焼け焦げもしなければ、溶かされることはなく。

 どころか一切ものともせず、黒煙を息を共に吐き出す。

 

「フゥゥゥゥ……いいねぇ。中々いいプレゼントだ。心躍りまくっちまう!!」

 

 やはり笑う。心底楽しそうとばかりに。そして身を屈めたかと思えば一気に跳躍。向かう先は……フレスベルだ。

 

「まずッ!」

 

 跳躍の勢いは緩まる気配を見せず、あっという間にフレスベルとの距離を2mにしてしまう。

 数秒と経たず、到達するのは明らかだろう。

 

「おりゃああッ!」

 

 そして、距離間が0になった瞬間。気合の入った声を上げるオオウル

 彼が取った行動は単純な動作だった。

 細く歪な形状の金属フレームが幾つも絡み合う骨格を軸に、有機物質で構成された筋肉繊維が覆う腕。その右腕を振り上げ、異形の掌を手刀の形にして力任せに雑に叩き落とす。

 ただ、それだけ。

 しかしそれによって掛かる力は相当なもの。

 

「ぐっ、あァァッッ!!!!」

 

 手刀が当たったのは左肩。しかし、手刀に掛かった圧力が桁違いに高かった為、強力な衝撃波となって翼へと伝わってしまう。

 結果。円形の翼に亀裂が生じ、左が一枚、右が2枚砕け散るという事態が引き起こされた。

 翼自体に痛覚は無いが、一枚でも割れてしまえば、飛行を維持することはできない。おまけに身体へのダメージもある。

 苦悶の声を漏らしながら、フレスベルは体勢を立て直すことができず墜落してしまう。

 

「ッッ……クソ、デカい図体の癖に、なんで速いんだよ!」

 

 思わず悪態を吐くフレスベル。

 オオウルの動作自体は隙が大きく、躱そうと思えば躱せたかもしれない。

 が、オオウルの速さに彼自身の反応が付いて来れなかった。跳躍から攻撃までの動作は隙ができる程に単調的だった。そこは間違いない。

 それについては本人もよく理解している。

 だからこそ、オオウルは自らの持つ弱点を速さの一点を利用しカバーしたのだ。オオウルの予想外なスピードに対応できていれば、結果はまた違ったものになったかもしれない。だが今となっては後の祭りだ。

 

「あり? 片腕貰うつもりだったんだが……頑丈だなお前」

 

 背を天に向け、地表へと倒れ込むフレスベルを見下ろしながらオオウルはそんな事を宣う。

 

「そーそー、それそれ。悔しいって感じの顔。俺さ、そーゆー見るの好きなんだよな」

 

「……ハッ、良いご趣味をお持ちだな」

 

 皮肉を飛ばす。だが、所詮負け惜しみという奴だ。どうあっても事態は好転などしない。

 

「じゃあな。楽しめたよ」

 

 あくまでも余裕に愉しげな様子で。

 オオウルはそう言い、再び手刀を振り上げる。

 狙うのは……頭。それでフレスベルの意識は消失し、あとはコアを抉り取るだけ。

 なんなら直接コアをやってもいいのだが、気分的に頭を壊したい気分なのだ。腕を狙ったのも、その一時の気分が『腕を取りたかった』という気紛れなもので、合理性など一切ない。

ただただ、気分だけで理由も目的もなく、当然のように他者を壊し、命を奪う。それが思考全てを狂気一色に染めたオオウルというハーフメルなのだ。

 

「ッ?!」

 

 いざ手刀を振り下ろそうとした途端、ガァァンッ!という何かが弾かれる音と共にオオウルの頭部が衝撃により、激しく震盪した。

 突然のことに驚くオオウルだが、続いて目に入ったあるモノに両眼を大きく見開いた。

 視界に入って来たのは、一つの白色の光弾。

 それがとてつもない速さでオオウルの頭部正面にクリーンヒット。

 一度目のソレとは比較にならない衝撃がオオウルを襲い、その勢いで彼の巨躯がおおよそ30mか。

 それぐらいの距離まで吹っ飛ばされ、赤砂の地表へとバウンドしながら無様に転がっていく。

 

「んだぁ?! 新手か!!」

 

 意外にも大したダメージはないらしい。

 すぐさま起き上がって横槍をぶちかました犯人を見つけようとしているのだから、かなり頑丈な部類に入るらしい。

 あるいは、戦いへの狂気的な快楽が痛みを軽減させているのか。

 いずれにしろ末恐ろしいものだ。

 

「あら、硬いのね貴方。ゼウ隊長といい勝負かしら?

 

「いやいや、ゼウ隊長の方が硬いさ。何なら賭けてもいいよ」

 

 そんな会話を繰り広げるルグルとセイネ。

 ケルテを構えている姿を見るに、どうやらあの光弾はルグルが放ったものらしい。

 

「無事かい……って、訳ないか」

 

「これが無事に見えるなら、医者に見てもらえよ」

 

 そんな口を叩きつつ、セイネの肩を借りて立ち上がるフレスベルは「一人でも大丈夫だ」と優しくセイネの手を退け、よろつきながらも立つ。

 

「ハッハッハッハッ!! イイネ、イイネ!! 獲物が2匹に増えたァァッ!!!」

 

 自身が殺す精鋭が3人に増えた。

 殺すのが楽しくなるほどの実力者である精鋭が増えることを、嬉しく思わない筈がない。

 数的に不利な状況下であるにも関わらず、絶望や恐怖、諦観といった感情はオオウルの中にはなく、むしろ其れ等とは真逆の感情が胸中を嫌というほど満たしている。

 狂戦士、とはどの世界の言葉か。

 しかしこの言葉がよく似合うほど、オオウルもそうだがバルセルク部隊は実に狂っている。

 ともあれ、そんな戦狂いの奴を前に相手取らなければならない精鋭3名は、不幸以外に何もないだろう。

 セイネはその手に持つ蒼い三叉槍型のアーティス『トライポトフ』を振り上げ、跳躍。

 頭からオオウルをカチ割ろうとするが、トライポトフはオオウルの頭部に到達することは叶わず、容易く防がれてしまった。

 

「おっと、そう簡単にはいかないか」

 

「すぐに終わらせるなんて、つまんねぇのは嫌でなッ!!」

 

 トライポトフを防いだのは、オオウルの背中から伸びる金属の腕。

 掌の部位は大きく三つの指に分かれ、鋭利な先端がトライポトフの三叉の刃を阻み、ギチギチと無機質な音を奏でる。

 始めこそ拮抗していたが、やがて力で押し切ったのはオオウルだった。

 トライポトフを弾き返し、すぐさま三本の指で胸を貫こうとしたが、ましても邪魔をするものがあった。

ルグルの放つ光弾だ。

 

「またか。まぁ、面白いからイイ!!」

 

 背中とは別の側面から腕を出し、掌底で容易く防ぐ姿にルグルは苛立ちを覚えつつ、攻撃を緩めない。

 今度は光弾を空へとめがけ撃つ。何のつもりかと知らない者は疑問に思うだろうが、彼女の攻撃手段をよく知っているセイネとフレスベルに疑問はない。

 たった一つの光弾は、パァンッと弾けると共に

 無数の光弾となって降り注ぐ。

 さながら、光の雨と呼ぶべきだろうか。

 

「おぉぉぉッ! 受けて立つぜ!」

 

 それに対し、恐怖が一切ないオオウルは避けることも防ごうともせず。ただ受け切ろうと立つ

のみ。

 光弾の雨はその勢いを弱めることなく、また外すこともなく全弾命中。

 赤い砂塵が煙のように舞い視界を遮るものの、ルグルを含め精鋭たちは誰一人として、オオウルが死んだなどと言う幻想は抱かない。

 

「……こいつは、中々痛いな」

 

 幻想など、現実の前には砕け散るもの。

 特にこの強敵たる存在だと、それが嫌でも分かってしまう。

 

「……うわぁ。悪い意味で予想的中だコレ」

 

「泣き言は後よ!」

 

 悲壮感を漂わせながら弱気に言うセイネを叱咜し、ルグルは今度は少しばかり出力を上げた光弾を撃ち出す。

 連続して放たれた10発の光弾は、やはり致命的なダメージを与えること叶わず。ただ無意味に当たっては良い結果を出せずに消えるのみ。

 

「うん、飽きたなソレ。他にないなら俺がとびっきりのもんを出すぜ」

 

 淡々と感情を平坦にそう告げるオオウル。

 やがて身体中から巨大な掌を持つ金属の腕を生やし

、最大で8本も出す。

 その8本の腕……掌から黒い影のような何かが畝り蠢く。

 

暗黒領域(ダーク・ゾーン)

 

 呪文のような一つの詠唱宣告。

 瞬間、周囲が暗黒に飲み込まれた。

 

 

 

 

 

 

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