『雪女』のヒーローアカデミア   作:鯖ジャム

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※グロ、欠損表現注意


第10話 雪女 in the USJ その3

 

 その光景は、ここからではおぼろげにしか確認できない。

 

 しかし、耳を塞いでも聞こえてきそうなその絶叫から、どんなことが起こっているのかは嫌でも想像できてしまった。

 

「あ、ああぁ……ゆ、ゆきやなぎ……? あれ、雪柳だよな……!?」

 

 広場のほとんど反対側で片手を上げたような状態で立っている、〝脳無〟と呼ばれていた黒い大男。

 その脳無の右手に握られているのは、人だ。

 その人は腕を掴まれて、身体ごと無造作に吊るし上げられていた。叫び声を上げながら、足をジタバタとさせて暴れていた。

 

 緑谷出久はその光景を呆然と見ていることしかできなかった。

 

「ケ、ケロ……」

「ヤバいって、マジでヤバいってあれ……雪柳死んじゃうんじゃねぇか……!?」

 

 先ほど、大勢の(ヴィラン)に囲まれた時も動じる様子を見せなかった蛙吹ですら顔色を変えているし、さらにその隣の峰田は声の震えがますますひどいことになっていた。

 また、今なお苦悶の声を上げている雪柳は特に気になるが、もっと手前、広場の中心付近で倒れ伏している相澤のことも、緑谷は気にせずにいられなかった。

 

「死柄木弔」

「黒霧。13号はやったのか」

 

 緑谷がぐるぐるとまとまらない思考を巡らせていると、突如、黒い靄の(ヴィラン)が死柄木と呼ばれた手の(ヴィラン)の傍に現れた。

 黒い靄の(ヴィラン)――黒霧は、死柄木の問いに答える。

 

「13号は行動不能にできましたが、散らし損ねた生徒がおりまして……一名、逃げられました」

「…………は?」

 

 死柄木は心底失望したような声を出して、それから、あからさまに機嫌を損ねてため息を吐き始めた。ガリガリと首元を掻きながら、ガリガリ、ガリガリガリガリガリガリと首を掻いて掻いて掻きむしりながら、怒りを滲ませる。

 

「お前がワープゲートじゃなかったら粉々にしたよ、黒霧……流石に何十人ものプロ相手じゃかなわない。ゲームオーバー……あーあ、今回はゲームオーバーだ」

 

 そして、死柄木はくるりと踵を返し。

 

「帰ろっか」

 

 と、呟いた。

 

「……? 帰る……? 今、カエルって言ったのか!?」

「そう聞こえたわ」

「や、やったあ! オイラたち助かるんだ! ……あ、で、でも雪柳が」

「……雪柳さんの声が、聞こえなくなってる」

 

 雪柳の声はいつの間にか途絶えていた。叫ぶ体力も尽きてしまったのか……それとも、最悪の場合。

 

「すぐに、すぐにでもあいつらに帰ってもらわないと、相澤先生だって危ないじょうた――」

「――ああそうだ。でも、帰る前に……」

 

 ――その接近を、緑谷はまったく認識できなかった。

 

「〝平和の象徴〟の矜持ってやつ、少しでも折ってから帰ろう」

 

 緑谷のすぐ隣で、蛙吹に伸ばされた左手を視線だけがかろうじて追えた。

 

 相澤の右肘をボロボロにしたその掌が、少女の、頭に――。

 

「……あぁ……本当にカッコいいぜ、イレイザーヘッド……」

 

 すんでのところで、相澤の個性の発動が間に合った。

 

 次の瞬間には、緑谷は動き出していた。もはや得意の深い思考もなく、とにかくヤバいと直感して、気付けば身体が動き出してた。

 

(相澤先生はもう、あの身体じゃ個性を長く発動していられない! 蛙吹さんを救けて、逃げ……!)

 

 緑谷の個性は諸刃の剣だ。すべては個性の制御が満足にできていないことが原因だが、使えば自分は深く傷つくし、また間違いなく人を殺してしまう。

 しかし、それでも拳を振りかぶった。

 

「手っ……放せぇ!!」

 

 初めて人に向けて撃ったSMASH。緑谷はすぐに違和感に気が付く。

 

(――腕、折れてない!? こんなときに、初めて調整がうまくいった!)

 

 やった、と、場違いな喜びが胸に満ちて――しかし、舞った土埃が晴れた頃には、何も上手くいっていないことに気が付く。

 

 黒い大男。脳無が、緑谷のSMASHを平然と身体で受け止めていたのだ。

 

(な、速っ、いつの間に。というか、効いてない、なんで……――雪柳、さんは?)

 

 緑谷は視界の端で捉えていた。

 脳無の右手に握られた、白い、赤い、血だらけの――手。

 

「良い動きするなぁ……スマッシュって君、オールマイトのフォロワーかい?」

 

 死柄木が脳無の背後で口を開く。

 

 脳無は空いた左腕で、SMASHを放った後の無防備な緑谷の右腕を掴んだ。

 

「まぁ、なんでもいいや」

 

 相澤は既に力尽き、蛙吹は緑谷に舌を伸ばして、死柄木はその蛙吹と、『もぎもぎ』で抵抗しようとしている峰田に再び触れようとしている。

 

 緑谷の両腕は塞がれていた。脳無は、元々右手に握りしめていた腕をその場に放って、血だらけの手のひらで緑谷の左腕をも掴んだのだ。

 

 絶体絶命の、まさにその時。

 

 

 〝彼は来た〟。

 

 

     ※ ※ ※

 

 

「――ゆ、雪柳ちゃん!」

「……ぅ……は、がくれ、さ……」

 

 葉隠透はオールマイトの鮮烈な登場に目もくれず、まるで人形のように放り投げられたクラスメイトの下へと慌てて駆け寄った。

 

 あの大男が何故いきなり雪柳を放り投げたのか、葉隠にはわからなかった。

 葉隠のいた場所からでは、相澤が倒れているさらに向こう側の水辺でのやり取りが把握できなかったのだ。

 

 ただ、とにかく一つだけわかったのは、あんな勢いで投げ捨てられた雪柳の身が確実に危ないということだった。

 

「な、ひっ、左……腕、が」

 

 でも、それがこんな、ここまでなんて。

 

「……ぅ、あ……」

「……! ゆ、雪柳ちゃん、み、見ちゃダメ! 大丈夫、大丈夫だから!」

 

 葉隠は、自分の身体の状態を確認しようと首を動かした雪柳を、言葉で制止する。

 

 仰向けで倒れている雪柳は、どこもかしこも傷だらけだった。

 頭部からは顔の半分を濡らしてなお地面に滴るほどの血が流れているし、体操服は破れてボロボロで、奥に覗いている真っ白な肌には残らず擦過傷ができているか青い打ち身になっていた。

 そして、特にひどいのが左腕。ほとんど肘から先がなくなっており、夥しい量の出血をしている。葉隠はあまりの惨状に直視できなかったが、乱暴に引き千切られたのがありありとわかるような状態だった。

 

「う、あぁ、ど、どうしよう、どうしよう……!」

 

 このまま放っておいたら死んでしまう。そんなことはわかっていた。

 

 でも、こんな大怪我、葉隠にはどうやって応急処置をしたらいいのかわからなかった。下手に触って苦痛を与えてしまうことが怖くて、しかしこのまま命が失われていくのを呆然と見ているのも、とてつもなく怖かった。

 頭が真っ白になってしまったわけではない。ただ、考えても考えても、どうすればいいのかが一向にわからなかったのだ。

 

 そんな時、彼はやって来た。

 

「雪柳少女! それに、葉隠少女か!」

「オ、オールマイト! あ、ど、どうしたら、雪柳ちゃんこのままじゃ、わた、私、どうしたら――!」

「葉隠少女、落ち着くんだ。私が来た。だからもう、大丈夫。まずは雪柳少女と、君を運ぶ。いいね?」

「う、は、はい……――!?」

 

 と、返事をした次の瞬間には、葉隠は広場の真ん中あたりまで運ばれていた。もちろん雪柳も一緒に、だ。

 

「っ、ゆ、雪柳さんッ!」

 

 一瞬呆けてしまった葉隠を現実に引き戻したのは、緑谷の悲痛な叫び声だった。

 

「あっ、み、緑谷くん! 梅雨ちゃん、峰田くんも! ど、どうしよう雪柳ちゃんがっ!」

「その声、透ちゃんね」

「葉隠も一緒だったのかよ! ってか、雪柳、これ……!」

 

 葉隠は、どうやら広場の周囲にいた全員がオールマイトに一か所に集められたらしいことを理解する。雪柳と同じくらいボロボロの相澤も、すぐ近くで寝かせられていた。

 

「雪柳少女の、腕の出血がひどい。蛙吹少女、これを止血帯に使って、腕を強く縛るんだ」

 

 オールマイトは腰のベルトを外して、蛙吹の目を見て手渡し、指示をする。おそらくは、少なくとも表面上この場で一番冷静さを保っているから、任されたのだろう。

 

「それができたら、この場を離れて入り口に向かいなさい。雪柳少女は一刻を争うかもしれない。さぁ早く!」

「……あ、オ、オールマイト! ダメです、あの脳みそ(ヴィラン)! 僕のワン……っ、腕が、折れないくらいの力だけど、ビクともしなかった! きっとあいつ――」

「緑谷少年」

 

 言い募る緑谷に、オールマイトが目の横にピースをあてて答える。

 

「大丈夫!」

 

 そして言うや否や、一瞬にして(ヴィラン)たちへと向かっていってしまった。

 

「――三人とも。オールマイト先生が気になるのも山々だけれど、手を貸してちょうだい。氷雨ちゃんの応急処置をしないと」

「っ、う、うん! わかった! ……雪柳ちゃん、今から腕、血を止めるからね! 痛いだろうけど、頑張ってね!」

「……ぅ、ん」

「な、雪柳意識あるのかよ! てゆーか、頭の方の血も止めないとまずいよな!? オ、オイラのマント使うか!?」

「待って峰田くん、僕の腰のポーチに綺麗なガーゼが入ってるから……あ、ごめ、僕片手使えないから、取り出して!」

 

 元々落ち着いていた蛙吹の影響か、葉隠も何とか冷静さを取り戻し、ひとまず雪柳に声をかけるだけの心の余裕も出てきた。

 峰田も緑谷の腰のポーチからガーゼを取り出して、雪柳の頭の出血部を確認し、とりあえずあてがった。

 

「ねぇ、相澤先生は大丈夫なの?」

「相澤先生も右腕の状態がひどいけど……たぶん、僕たちで処置できるようなことはないと思う。ただ、頭を叩きつけられていたから、運ぶときに揺らさないようには注意しないと……」

「ケロ。とりあえず、この場で出来るのはここまでね。あとは、早く二人を連れてここから離れましょ。オールマイト先生の邪魔になっちゃうわ」

 

 相談の結果、男子二人で相澤を、そして女子二人で雪柳を運ぶことになった。

 

「雪柳ちゃんは私がおんぶするよ! 梅雨ちゃんは頭のガーゼ押さえててあげて!」

「ケロ、透ちゃん、一人で大丈夫かしら?」

「大丈夫! こんな時のために筋トレしてきたんだよ……!」

 

 相澤も雪柳も頭を打っているため、できるだけ揺らさないように運ぶ必要があった。したがって、とにかくゆっくりとした歩みで入り口を目指すことになる。

 一刻も早く雪柳を安全な場所で安静に、ひいては適切な治療を受けさせたいという焦りに葉隠は駆られる。しかし、今はそれをぐっとこらえて、雪柳の負担にならないよう慎重に運ばなければいけないのだ。どうにももどかしいが、それが最善なのだ。

 

「――うおっ、バックドロップ! なんであんな爆発みてーになるんだろうな……!! やっぱダンチだぜオールマイト!!」

「授業はカンペ見ながらの新米さんなのに」

「…………」

「……緑谷くんどうしたの? 大丈夫?」

「え!? あ、ううん、なんでも……」

 

 背後で繰り広げられるオールマイトの規格外な戦闘をちらちらと気にしながら歩く四人。

 峰田はわかりやすく興奮しており、蛙吹はいつも通り落ち着いている。ただ、緑谷だけはやけに心配そうというか、不安そうにしていることに葉隠は気が付く。

 あのオールマイトが戦っているというのに、どうしてそんなに不安そうな表情をするのか、葉隠にはよくわからなかった。葉隠自身が今、雪柳の容態のことで頭がいっぱいであることを差し引いても、だ。

 

「あ! デクくんたち!! おーい! 大丈夫ー!?」

 

 階段の上から声が聞こえた。見れば、数人の生徒たちがいて、その中で麗日が手を振っていた。葉隠を初め、峰田も蛙吹も一度はそちらに気が行く。

 しかし、ちらりと名前を呼ばれた緑谷を見てみると、彼の視線はオールマイトの方に釘付けだった。釣られた葉隠たちも再びオールマイトの方を見るが、やはり緑谷の表情は、あのオールマイトに向けるものにしてはどうにも異質だった。

 

「ね、ねぇ緑谷く――」

「ごめん、蛙ス……っ……ユちゃん!」

「頑張ってくれてるのね。なぁに緑谷ちゃん」

「相澤先生担ぐの、代わって……!」

「うん……けどなんで……」

 

 雪柳の頭を押さえていた蛙吹は出血がある程度止まってきていることを確認した後、緑谷から相澤を受け取る。

 

 ――途端、緑谷は、オールマイトの方へ向かって駆け出した。

 

「オールマイトォ!!!!」

「み、緑谷くん!? なんで!!!」

「おいバカ緑谷ァ!! オールマイトの邪魔になるだろ戻れよぉ!!!」

 

 葉隠と峰田は思わず叫ぶが、緑谷は止まらない。まるで耳に入っていないようだった。

 

「浅はか」

 

 そして、緑谷の前に黒霧が立ち塞がる。あわやまたどこかへワープさせられるか、と思えたのその時――。

 

 

「どっ、け邪魔だ!! デク!!!」

 

 

 突然、猛烈な勢いで現れた爆豪が、大声で怒鳴り散らしながら黒霧を個性で物理的に吹き飛ばした。

 

「爆豪くんに、切島くん!」

「おい、見ろアレ凍ってる! 轟のやつもいるぞ!」

 

 劇的なタイミングでの登場に、峰田は拳を突き上げた。葉隠も、雪柳を背負っていなければ諸手を上げているところだった。

 

 しかし。

 

「透ちゃん、峰田ちゃん。緑谷ちゃんたちは心配だけど、この二人を運ばないと……特に雪柳ちゃん、かなり顔色が悪くなってきているわ」

 

 蛙吹にそう言われて、葉隠はハッとする。

 右肩に乗った雪柳の顔をちらりと見れば、元々色白な彼女の顔はあきらかに青ざめてきていた。

 いつの間にか完全に意識も失っていたようで、痛みを必死にこらえるようだった険しい表情も、安らかなものになっている。

 だがそれは、到底幸いなこととは思えなかった。

 

「……そ、そう、だね。爆豪くんたちも来たし、あっちはきっと大丈夫。私たちは私たちのやるべきこと、やろう」

「お、おう! そうだな!」

 

 それから葉隠たちが階段を登り始めた頃、逆に麗日たちが上から駆け下りてきた。麗日、砂藤、障子の三人だ。

 

「梅雨ちゃん、それに峰田くん! 背負ってるのって、相澤先生!? あと、デクくんはなんで……」

「ケロ、お茶子ちゃん。そうよ、相澤先生。怪我がひどいの……でも」

「そっちは葉隠に、雪柳、だよな? 血だらけじゃねぇか、いったい何が……っ、って、お、おい、雪柳の、腕……!」

「え……何、ウソ……!?」

 

 葉隠が説明をする前に、砂藤が雪柳の惨状に気が付く。次いで麗日も気が付き、顔色をさっと変えた。

 

「……俺と砂藤で、運ぶのを変わろう。麗日、雪柳と相澤先生に個性を」

「あ、う、うん……!」

 

 障子が指示し、葉隠から麗日の個性をかけられた雪柳を受け取る。砂藤の方も蛙吹と峰田から同じく無重力化された相澤を受け取って、背中に背負った。

 

「葉隠さん、大丈夫? 身体に血が……」

「……うん、平気。血は、雪柳ちゃんの、だから。私は平気。でも、でも……」

 

 葉隠は麗日の言葉に力なく返事をした。

 応急処置の場面で一度は気を持ち直した葉隠だったが、血の気を失って気絶した雪柳の顔を間近で見たことで、再び大きく動揺していた。

 

 葉隠は麗日に肩を触れられながら、前を行く障子の背中を見る。大柄な障子に横抱きにされている雪柳の姿は見えないが、ぽたりぽたりと血の滴が落ちて、階段に点々と道を作っていた。

 

 一同が階段の一番上まで登りきると、そこにはヒーロースーツの背中部分がボロボロに壊されて倒れ伏す13号、そしてその傍で声をかけている芦戸と瀬呂の姿があった。

 

「あ、三人帰ってきた! って、梅雨ちゃんに峰田に、葉隠も!」

「おいおい、砂藤が背負ってるの、相澤先生か!? 見るからにボロボロじゃねぇか! 障子の方のは……雪柳?」

 

 障子は一つ頷くと、13号の隣まで向かう。それから麗日の個性で重さがなくなっている雪柳を丁重に13号の傍へと降ろした。

 芦戸と瀬呂が寝かされた雪柳の状態を見て絶句している中、冷静さを保っている障子と蛙吹がやり取りをする。

 

「蛙吹、葉隠、峰田。雪柳の応急処置は」

「それが、最大限だと思うわ。呼吸は正常かしら? あと、一応脈拍を――」

 

 と、蛙吹が言いかけたところで、突然USJ内に轟音が響く。

 

 何事かとその場の全員が顔を上げると、すぐさまドームの天井に大きな穴が空いていることに気が付いた。

 

「な、なんじゃありゃ!?」

「もしかして、オールマイトが(ヴィラン)をやったのかも……!」

「ああ、あり得るな」

 

 そして、それからほんの一分ほど。

 

 

「1-Aクラス委員長飯田天哉!! ただいま戻りました!!!」

 

 

 ついに、雄英高校のプロヒーローたちが現場に到着した。 

 




 

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