相澤先生が帰った後、私は程なくして再び眠りについた。
三日間も寝てたんだから今日はもう寝れないだろうな、とかなんとか考えた二分後くらいにはもう寝てて、気が付いたら朝だったのでホントにびっくり。身体にダメージが残っている証拠だろう。
朝の時点では、身体こそまだまだ痛むものの頭の方はだいぶすっきりしていた。
そして、昨日言われていた通り、午前中はずっと身体の検査だった。特に頭部、というか脳の方は念入りに調べられたっぽい。一応結果も詳しく説明されたのだけど、何が何だかちんぷんかんぷん。ひとまず大事ないよ、という一言しか理解できなかった。
お昼過ぎ、病室でまどろんでいると蟹田さんがお見舞いにやってきてくれた。
彼は正真正銘私の保護者だが、一緒に暮らしたことはないし、言ってしまえばビジネスライクな関係ではある。
しかし、彼が本気で心配してくれていることは疑いようもないほどで、なくなってしまった私の左腕を見て声を震わせていた。昨日の相澤先生の話もあって私自身そこまで悲観はしていなかったのだが、蟹田さんの様子を見たことで不覚にも泣きそうになってしまった。
蟹田さんは今回の治療や入院などに関する手続きもやっておいてくれるとのことだった。私は遠慮しようとしたのだが、どうせ後見人として名前を書かないといけない部分もあるから物のついでだ、と言われてしまった。本当にあの人には頭が下がるし、足を向けては寝られない。
で、蟹田さんが帰った後は、いよいよ特に何もなかった。
検査でちょっと疲れたなぁ、とか思いつつぼーっとしてたらいつの間にか寝てて、起こされた時には夕食の時間。お昼よりもちょっと固形物の増えた病院食をゆっくりよく噛んでなんとか完食した。
利き手と反対で箸なんて到底使えないのでスプーンとフォークを用意してもらい、食事の介助については割と必死に固辞した。この年であーんは恥ずかしいんじゃ。
で、さらにその後も当然やることはなく、動くと身体が痛いのでずーっとベッドの上で横になっていた。その日、最後に時計を見たのは20時前だったが、またいつの間にか眠ってしまっていて、あっという間に一日が終わってしまった。
そして、翌日月曜日の、またしても昼過ぎ。
「やぁ、雪柳さん!」
「わ、校長先生?」
私に、再びお見舞いがあった。
哺乳類と思しき二足歩行の謎生物――もとい、我らが雄英高校の根津校長先生だ。
そして、もう一人。
「私がお見舞いに来た、ということでね。こんにちは、雪柳少女」
「オールマイト先生も……」
とんでもない凸凹コンビだぁ……いや、先生相手にこんな感想は失礼すぎるんだけど、たぶん全人類でも屈指の体格を誇るオールマイト先生と、逆に異形型にしたって成人している人間なのか怪しいくらい小柄な校長先生が並んでいるその光景は、軽く遠近感が狂いそうだ。
「雪柳少女、これ、桃の缶詰ね。まだ食べられないかもしれないけど、冷蔵庫で冷やしておくから」
「わぁ、ありがとうございます」
コンビニの袋を持つというか摘まんでいるオールマイト先生。胸の前で控えめに掲げるその動作が招き猫っぽい。
なんか、口調も含めて……かわいい? この画風でかわいい? もしかしてオールマイト先生ってギャップ萌えの人なのか? 小型冷蔵庫の前で屈んでる姿すらもなんかかわいく見えて……やめよう。相手は国民栄誉賞の打診をされるような人だぞ。
「すみません、まだあんまり動けなくって、ベッドの上からで。……椅子、ひとつしかないですね。持ってきてもらうように頼んで……」
「いや、その必要はないよ」
椅子を持ってきてもらうためにナースコールしたら怒られるかな、なんて考えながら喋っていたら、校長先生は首を横に振った。
そして、既に立ち上がっていたオールマイト先生に一度視線をやったあと――。
「――え?」
校長先生は、そしてオールマイト先生は、私に対して深く、深く頭を下げた。
「申し訳なかった。私たちは君に、取り返しの付かない大怪我を負わせてしまった」
「……い、いやいや、やめてくださいそんな、頭上げてください! わ、私の怪我は、私が出しゃばった自業自得っていうか……オールマイト先生なんて、私を救けてくれたんですよね? そんな、謝られることなんて……」
「いいや、雪柳少女。私は……私はあの日、本当なら授業の場にいたはずだったんだ。私の到着が遅れたのは、出勤時に他のヒーローに任せることもできた事件に首を突っ込み、遅刻したからなんだ。私が最初からいれば、こんなことには」
「それに、私たちは今回の
「え? は、はい……」
校長先生とオールマイト先生は顔を上げて、神妙な面持ちを見せる。
もちろん警報のことは覚えているし、それが結局マスコミの不法侵入のせいだったことも知っている。
「あの時、実は雄英バリアー……正門のゲートが粉々に破壊されていたのさ。侵入してきたマスコミの中にはそんなことが可能な個性の持ち主はおらず、これが
「このことは、教員のヒーローたちにも当然周知されていた。私という存在が、雄英に攻撃を仕掛けてきている
「被害者である雪柳さんの手前オールマイトのことを庇うわけじゃないけれど、やはり、そもそも私の認識があまりにも甘かったことが根本的な原因で、君の怪我は私たちの不手際の結果に他ならない。本当に、本当に申し訳ない」
校長先生はそこまで言うと、再び頭を下げた。続けて、オールマイト先生も。
「…………」
話の筋は通っていて、彼らがどうして私に謝罪するのかは理解できた。客観的に考えてみれば、まぁ、彼らの怠慢が私という被害者を生み出したと言えなくもないのだろう。
しかし、あくまで客観的に考えれば、だ。私個人としては、やっぱり彼らを責める気にはなれなかった。
それより何より、大の大人二人に深々と頭を下げられ続けるこの状況、きつい。しかもそれが校長先生というわかりやすく偉い立場の人と、日本で知らない者のいない大英雄という二人組によるものなのだからなおさらだ。
私はもう、とりあえず彼らに頭を上げさせるためだけに言う。
「わ、わかりました。謝罪は、受け取ります。なので、早く頭を上げてください……」
「……雪柳少女……」
「……うまく、言えませんけど……まぁ、それはそれ、ということで。あの時のことだけ考えたら、やっぱりこの怪我は自業自得だと思いますし。逆に大元を辿れば、一番悪いのは襲撃してきた
オールマイト先生は険しい表情を浮かべたが、やがて「……わかった」と小さく呟いた。
「雪柳さん。そこまで、なんて言ってくれたけれど、君への補償はきっちりとさせてもらうのさ。今回発生した治療費や入院費、それと左腕を失ってしまったことへの諸々のサポート。相澤くんから、義手についての話をしたと聞いているよ」
「あ、はい……え、治療費? えっと……それって、払っていただける、とか?」
「もちろん! それに、慰謝料の準備もあるのさ! 君がこれから被る不便は決してお金で補えるものではないけれど――」
「――や、いやいや。ちょ、ちょっと待ってください。慰謝料って。なんでそんなの、雄英高校が」
「僕たちには君の安全に対する義務があった。それを果たせなかったために発生した損害の賠償、というわけさ。まぁ、高校生の君が直接やり取りするのは難しいだろうから、後見人の方とも話をするつもりだよ」
「や、いらないですよ慰謝料なんて……治療費と入院費を補填していただけるだけで、十分過ぎます。というか、それ以上は勘弁してください」
治療費とか入院費は、まぁ国民健康保険にはちゃんと加入してるから全額負担ではないにしても、たぶん相当な額がかかるだろう。だから、そこを補償してもらうのは吝かではない。むしろ超助かるから、やっぱりやーめた、とか言わないでほしい。
でも、慰謝料はやりすぎじゃなかろうか。私の腕をもぎ取った
「……うーん、その辺りはきちんとしておくべきなんだけど……まぁ、わかったのさ。君の意思を尊重しよう。……でも、後からやっぱり欲しくなったらいつでも言ってほしいのさ。少なくとも僕が雄英の校長をやっている間は、君への慰謝料として妥当な額は学校の運営費からよけておくのさ!」
「いやいやいやいや……」
ちゃんと生徒に還元してくれ。よけておかなくていいから。一生請求することはないから。
「それと、君の義手の製作にも全力で力を貸すよ! 雄英高校に伝手のあるサポートアイテムの製作会社に頼んで、君の義手を作ってもらおう! 製作の費用はもちろんこっちで負担するし、とにかく早い方がいいだろうから、君さえよければ今日にでも話を通しておくのさ!」
「は、はぁ……」
どんどん話が進んでいって、私は困惑するしかない。
義手って、そんなすぐにできるか? いや、別に完成がすぐとは言ってないか。なんだろう、身体のサイズを測ったりとか、そういうのが必要そうだし……というか、そもそも特注するの? 既製品買ってもらうとか、そういうのじゃないの? そもそも買ってもらうの?
ありがたいような申し訳ないような、最終的にはやっぱり困惑に落ち着いてしまった私は、校長先生に向けていた視線をオールマイト先生の方へやった。助けを求めるわけじゃないけど、なんか、こう、ね?
「雪柳少女」
「は、はい」
「遠慮することはないぞ! 君だけの、最高の義手を作ろう!」
「あっはい」
そんな、カスタム性に富んだおもちゃの売り文句みたいな感じで言わないでほしい。オールマイト先生が言うと本当にCMみたいだし。もしかしてある? オールマイト仕様のデラックスな義手。
※ ※ ※
さて、さらにその日の夕方。校長先生とオールマイト先生もとっくにお帰りになって、右手でぎこちなく夕食を食べている頃。
――バンッ! と病室の扉が勢いよく開かれ、大勢の人が一斉に飛び込んできた。
「雪柳ちゃん!!!」
「雪柳!!」
「氷雨ちゃん!!」
「雪柳さん!!!」
「雪柳……!」
「ケロ、氷雨ちゃん」
「――っ! ぐっ、げっほげほっ、う、ぐぅっ……!」
現れたのはA組の女子六人。
感動の再会、と行きたかったのだが、ちょうど口に運んでいたおかゆが変なところに入ったせいで、スプーンを取り落としながら盛大にむせてしまう。
「ゆ、雪柳ちゃん大丈夫!? は、早く看護師さん……!」
「ど、どどどどどないしよ!? やっぱまだ身体が……!?」
「雪柳死なないでぇ!」
「雪柳さん、気をしっかり持ってください!!! ここは病院ですから、すぐにお医者さんが……!」
約四名、豪快に咳き込む私が今にも死ぬんじゃないかと目に涙まで溜めてるけど、違う、そうじゃない。つい先日九死に一生を得たのに、私はおかゆで、こんな半固形物で窒息死する気なんてない。こんなことでナースコールしたら絶対怒られるし……!
「ちょっとみんな落ち着きなって! 雪柳むせてるだけだよ!」
「ご飯が変なところに入っちゃったのね。私たちがいきなり入ってきて、驚かせちゃったみたい」
「げほっ、げほっ……あー、そう、そうです耳郎さんと梅雨ちゃんの言う通り……あー、死ぬかと思った……」
しばらくむせていると、緩い米粒が鼻から出てきた。汚い。
手近の置いてあったティッシュを取って、すぐに鼻水やら涙やらで汚れた顔と手を拭いた。昨日の蟹田さんとのやり取りの時よりあからさまに涙出たぞ。私の涙返して。
「ご、ごめんね雪柳」
「雪柳ちゃんごめん……」
縋り付いてきていた芦戸さんと葉隠さんの謝罪に、私は苦笑いを返す。
「え、えっと、ご心配おかけして……あいや、むせてたことだけじゃなく、怪我のこととかも含めて、ですけど」
「――っ、心配、したよ!!! 三日間も目が覚めなくって、もう、目が覚めないかもって聞いて、それで私、私は……雪柳ちゃんのこと、殴ってでも止めなくちゃいけなかったのに、って、ずっとずっと後悔してて、それで……!」
芦戸さんは落ち着きを取り戻して離れてくれたけれど、葉隠さんは私の病院着にしがみ付きっぱなしで声を荒げた。どうやら彼女は私の右肩に自分の顔を押し付けており、その上で涙を流しているようで、少しずつ肩の辺りが濡れていく。
「……生きてて、よかった……」
「……葉隠、さん」
私は、葉隠さんの頭があるであろう位置に右手を持って行った。彼女の透明な髪、それから輪郭を辿って濡れた頬に触れる。
「すみません、本当に。葉隠さんはあの時、全部見てたんですよね」
「……うん」
私が出しゃばって、呆気なく捕まって、それから投げ捨てられて。
私がズタボロにされる様を、彼女は見ているしかなかった。
みんながみんな、きっと私のことを心配してくれただろう。まだまだ短い付き合いでも、死にかけているクラスメイトを心配しないような薄情者があの1年A組にはいないことはわかる。
けれど、その心配の気持ちが誰よりも強かったのが、一部始終を見ていた葉隠さんだったのだと思う。
「……ぼんやりとしか、覚えていないんですが……私のこと運んでくれていたのって、葉隠さんでしたよね」
「……うん。途中からは、麗日さんが個性を使って、障子くんが運ぶの代わってくれた、けど」
「そうだったんですか。あと、梅雨ちゃんが止血をしてくれて、運んでる最中も頭にガーゼを当ててくれていましたよね」
「ええ、そうね。峰田ちゃんが頭の出血を抑えるように提案して、緑谷ちゃんが持っていたガーゼを使ったわ」
「……それも、言われてみれば思い出しました。確かに、そんな会話をしてた気がします。……私、あと少し輸血が遅かったら、きっと助からなかったって。もっと早く血を失っていたら間に合わなかったって、お医者さんが言ってました」
私の言葉に、その場のみんなが息を呑んだ。
でも、と私は言ってから、彼女たちの顔を順番に見る。
そして、最後は葉隠さんと目が合うように顔を向けた。
「私、助かりましたから。みんなのおかげで、生きてますから。だから……ありがとうございました」
励ましたかったのか、なんなのか。
正直、喋っているうちによくわからなくなってしまっていたが、とにかく私は大丈夫だと、それを伝えたかった。もう、心配しなくていい、と。
「――う、うぅ、うぅぅぅぅ……!」
「っと、とと……」
葉隠さんがいよいよ抱き着いてきた。ちょっと身体が痛いけど、今だけはそれを表に出さないようにぐっとこらえた。
「……雪柳。あんま言いたくないかもしんないけど、その、左腕さ……」
「大丈夫ですよ、耳郎さん。義手を作ってもらえることになったので。まぁ、それができるまではちょっと不便ですけど、なんとかなります。相澤先生が、義手でもヒーローにはなれると……あれ、言ってたかな」
「え、えぇ!? そこはビシッとなれるゆーてくれるところちゃうん!?」
「――なれないとも言ってないぞ。本人の頑張り次第だと、現実的に回答したまでだ」
病室の入り口の方から声がしてみんな一斉に振り返ると、そこには黒づくめのミイラマン……もとい、相澤先生がいた。うわぁ、女子高生が一堂に会する場所にあの人がいるの、やばいなぁ……。
「相澤先生、また来てくれたんですね」
「今日はこいつらの引率だ」
そんなこと言っちゃって、またまたぁ。私のこと心配だったくせにぃ。
「本当は、男子の皆さんもお見舞いに来たがっていたんです。けれど、流石に20人で押しかけたら、病院にも雪柳さんにも迷惑だろうということになりまして……」
「うん、そうそう。だから、今日のところはとりあえず女子だけで、ってことになったの。それでこの病院、雄英からも割と距離あるから、帰りが遅くなるだろうしって相澤先生付いてきてくれたんだよ」
「あー、なるほど。この通り広めの個室使わせてもらってますけど、20人が入るのは実際厳しそうですね……というか、爆豪くんとか本当に来たがったんですか? や、表に出さなくても心配くらいはしてくれたかなとは思うんですけど」
「爆豪ちゃんは来たいとは言わなかったけれど、はっきり行かないとも言っていなかったわね」
「おぉう、それはちょっと……気持ち悪い、ですね。彼、そんな思いやりのある人間には思えないんですが」
「氷雨ちゃん、流石にちょっと言いすぎやって……や、気持ちはわからんでもないけど」
「麗日、あんたこっそり結構言うよね」
「でも確かに、キレてばっかの爆豪ちゃんが大人しく氷雨ちゃんのお見舞いに来るのはちょっと気味が悪いわね」
私たちの中での爆豪くんへの印象が悪すぎる。この会話聞かれたら、全員容赦なく爆殺されそう……とか思っちゃうのが、彼への評価のすべてだ。
「まぁ、爆豪さんはともかくとしても、他の男子の方々も順番にお見舞いに来ることになるかと思いますわ。雪柳さんの負担にもなるでしょうし、隔日程度がいいでしょうか」
「男子たちだけで来させるのもアレだし、ウチらも二人ずつくらい付いてった方がよくない?」
「――というか、そうだ! 雪柳ちゃん、連絡先交換しようよ! 雪柳ちゃんの目が覚めたって聞いた時、すぐ連絡したかったのに交換してなかったんだもん!」
「ああ、そう言えばみなさんと交換してませんでしたね。えっと、ID交換、どうやるんでしたっけ……」
――と、その後。
私は食べかけの夕食の存在もすっかり忘れて、結局、相澤先生が帰宅を促すまで女子のみんなとお喋りを楽しんだ。
学校終わりで疲れもあっただろうに、それでも私の見舞いに来てくれて、なおかつ暗くなるまでいてくれたのは純粋に嬉しかった。
まだ退院の日取りも決まらないが、早く学校に行きたい。
私はより一層その気持ちを強くした。