『雪女』のヒーローアカデミア   作:鯖ジャム

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2.体育祭編
第13話 雪女の復帰と、そして。


 結局、私が退院できたのは次の日曜日のことだった。

 

 あれからもA組の男子たちや、私服姿の13号先生(勝手に男性だと思っていたけど、なんと女性だった)、あとはリカバリーガールもお見舞いに来てくれた。……いや、リカバリーガールに関しては治療のためだったから、お見舞いというのはちょっと違うかも。

 

 ちなみにA組男子と言えば、あの爆豪くんも本当に来た。あの、爆豪くんも。

 彼の姿を認めた瞬間、私は思わず「うわぁ」と言ってしまって、「うわぁってなんじゃこのクソ雪女ァ!」とすっごい剣幕で怒鳴られた。病院で騒がしくするなとすぐに相澤先生にしばかれてたけど……ああ、さらにちなんでおくと相澤先生も相澤先生で毎度律義に顔を出してくれていた。生徒たちの引率であることを強調してたけど、あれは完全にツンデレってやつだ。

 あと、意外に思ったのは轟師匠だろうか。爆豪くんほどじゃないけどね。

 

 ともかくそんなこんなで退院した翌日の月曜日、私はさっそく学校に復帰することとなった。気分的にはようやく、と言った方がしっくりくるけど。

 

 ただ、昨日の時点から……いや、入院していた間もずっとではあったのだが、改めて右手オンリーの生活というのが結構難しかった。

 家事どころか、自分のことすらろくにできない。

 今朝は寝癖を直すのも、制服に着替えるのも、昨日のうちに買っておいたコンビニのおにぎりを食べることにすらも大いに手間取ってしまった。おにぎりなら片手でも食べれるでしょと思ったのだが、包装が複雑なせいでこれが意外に大変だったのだ。パリパリ海苔の代償がこんなところにあるとは……今日のお昼用に買ったのは菓子パンなので、学校で見るも無残なおにぎりを食べるはめにはならずに済む。不幸中の幸いだ。

 

 ……と、それは置いといて。

 

 要するに私は、入学式の日以上に家を出るのが遅れてしまい、雄英高校の最寄駅まで着いた時点で既に遅刻が確定していた。

 片腕がないことでバランス感覚が若干怪しいことと、単純に身体の傷が治りきっていないこともあって、走るのはちょっと難しい。一応、退院前にある程度のリハビリはしたんだけどね。

 

 朝のHRが終わる頃には連絡先を交換した女子のみんなから連絡が来ていて、私はそれに対して「向かってるけど遅れてる」という旨を返信。

 それからなんとか一限が始まる頃には校門までたどり着いたのだが、敷地が広いので教室にたどり着くまでにも時間がかかる。

 あと、守衛さんから「一年生かな? 職員室に行って遅刻届をもらってね」と教えてもらったので、ますます教室への到着は遅れることになった。

 

「失礼しまーす……」

 

 職員室のドアをノックしてもしもし。

 中に入ると、別に近くにいたわけでもないのに、いの一番に相澤先生と目が合った。手招きをされたので大人しく近寄る。

 

「雪柳、どうしたんだ」

「ええと、朝の準備に思ったより手間取ってしまいまして……」

「……そうか。まぁ、今日は大目に見るが……今までよりも時間がかかることは事前に想定できただろ。今後、同じ理由で遅刻することは許さんぞ」

「はい、すいませんでした」

 

 テキビシー……と思ったけど、いやしかし、ここ一週間以上ありとあらゆる人に気を遣われっぱなしでいい加減複雑な気持ちだったので、この容赦のない感じは逆にありがたいかも。相澤先生的には、退院もしたしこれからは平等に扱うつもりなんだろう。

 

「あぁ、それとついでに話がある。今週末の体育祭についてだ」

「……は、体育祭……え、体育祭? 今週末?」

 

 体育祭。どんな高校だって開催されるありふれた行事だけど、こと雄英高校の体育祭に限っては話が違う。

 雄英体育祭は、雄英高校に通う生徒やその保護者のみならず、毎年日本中が注目する国民的な一大イベントだ。その注目度は、超人社会に至ったことで衰退したオリンピックの代わりとも言われているほどである。まぁ、私たちみたいな若い世代にとっては、むしろオリンピックなんてものが雄英体育祭ほど盛り上がっていた時代があったんだなぁ、というような印象なんだけども。

 

 そんな体育祭が、今週末。

 いや、確かに例年4月末から5月の頭ごろに開催されているのは知ってたけど、そう、そうか。今週末か……。

 

「……いや、無理では?」

 

 病み上がりにもほどがあるんですけど。

 

「妥当な判断ができるようで何よりだ」

「そ、それはまぁ……というか、その、私が言うと深刻さが増しちゃってアレですけど、あんな事件あったのに体育祭やるんですか?」

 

 日程的に延期もしてなさそうだし、随分と思い切った判断だ。

 生徒一人が死にかけた……という情報は、実は雄英高校や警察の人たちと相談した上でマスコミに報道されないように取り計らわれた(なんか不祥事を隠蔽してるみたいだが、むしろ私のプライバシーを守るためでもある)んだけど、それでも生徒に怪我人が出たってくらいの報道はされてるわけだし。

 

「おまえの疑問はもっともだよ。ただ、いろいろと事情があってな……」

「……大人の事情、ってやつですか?」

「……まぁ、そういうことだ。(ヴィラン)に対して屈しない姿勢を見せる、と関係各所には説明しているのが嘘というわけではないんだがな」

 

 相澤先生は大きくため息を吐いて、首を横に振った。

 

「ともかく、だ。確かにおまえが体育祭に参加するのは無茶。大事を取るまでもなく不参加で当然……と、言いたいところなんだがな。ヒーローを目指しているおまえに、おいそれと不参加で良しとは言ってやれん」

「え、ええぇ?」

 

 そんなアホな、と思ったが、それを口に出す間もなく相澤先生は続けた。

 

「ウチの体育祭は、全国のヒーローたちがスカウト目的で見るんだ。ここで注目されて指名、スカウトを受ければ、そのまま即将来に繋がることもある大きなチャンス。合理的に考えて、それをみすみす不意にはできんだろ」

「はぁ、なるほど……」

 

 そう言われてしまうと、無理を押してでも参加しないとまずい気がする。でも、ヒーローになるという目標に対しては合理的でも、この身体で体育祭を戦うのははたして現実的なのだろうか……。

 

 私の怪我はまだ治りきっていない。退院が許可されたのはあくまで脳のダメージへの懸念がおおよそ解消されたからであり、総合的にはまだまだ完治していないのだ。

 また、義手もたぶん間に合わないだろう。実は今日、放課後にサポート会社の人が学校まで来てくれて、詳しい話を聞いたり採寸をしたりといった予定が入っているのだが……流石に五日やそこらで特注の義手が出来上がるとは思えない。まぁ、とりあえず既製品に頼るという手もある(義手だけに)(激ウマギャグ)だろうけど。

 

 なんにせよ、私の身体は雄英体育祭に参加したとして、勝ち上がれる状態にあるとは到底言い難いのだ。

 

 ……まぁしかし、将来に直結するチャンスだなんて言われて完全不参加というのは……ねぇ……?

 

「……一応……やれるだけやってみます」

「ああ、そうしろ。リカバリーガールからは絶対に無理をさせるなときつく言われているから、無理はするな。俺があの人に怒られる」

「相澤先生がリカバリーガールに怒られているところは、少し見てみたい気もしますけど」

 

 私がそんな軽口を叩くと、相澤先生は割と容赦のない感じで睨み付けながら遅刻届を差し出してきた。

 

 

     ※ ※ ※

 

 

 遅刻をしてきて、しかも授業中に教室に入らないといけないとき。

 前のドアから入るか後ろのドアから入るかは、結構重要な問題である。

 

 前のドアから入れば、黒板や教壇に立つ先生に向けられていた視線がシームレスに注がれることとなり、嫌というほど目立ってしまう。

 しかし、後ろのドアから入ったところで、結局遅刻届を先生に渡すために教壇まで行かないといけなくなるし、逆に私の席は教室の一番後ろだから二度手間と言えば二度手間だ。

 

 廊下でたっぷり三十秒くらい考えた末に、私は腹を括って前のドアから入ることにした。

 

「「「――あぁーっ!!!」」」

 

 そうしてドアを開けた途端、クラスメイトの半分くらいが立ち上がって、一斉に私を指差してきた。

 

「おや、雪柳さん。よかった、今日から登校だと聞いていたのに姿が見えなかったから、心配したよ」

 

 教壇に立っていたのセメントス先生だ。どうやら一時間目の授業は現代文だったらしい。

 

「すみません、いろいろとご心配おかけしました」

「……いいんだよ。さ、席に着きなさい」

 

 私がぺこりと頭を下げると、ポンポンと優しく肩を叩かれた。カクカクとしたごつい見た目の割に、セメントス先生は優しい人だ。

 

 クラスメイトたちから次々とかけられる声にそれとなく返事をしつつ、私は自分の席にたどり着き、座る。

 机の横にカバンをかけ、ごそごそ中身を探って現代文の教科書とノートを取り出した。

 

「雪柳さん、今、17ページの二段落目のところですわ。この一週間で結構進んでしまいましたけど、わからないところがあったらこっそり聞いてください」

「ありがとうございます、八百万さん」

 

 でも、八百万さんの心配には及ばない。

 だってたぶん、一週間のブランクがなくてもまるっきりわからないだろうから。これでいて私は授業で寝ないタイプなのだから、我ながらとても偉いと思う。

 

 しばらく私は注目を浴びていたが、そこは根が真面目な1年A組の面々。セメントス先生が授業を再開すると、すぐにみんな前を向いた。

 

「……?」

 

 しかし、斜め前の席の轟師匠だけは、僅かに顔をこちらに向けて、視線を送ってくるままだった。

 ぼんやりと私を窺う瞳からは感情も意図も読み取れなくて、とりあえず首を傾げてみる。すると、何を言うでもなくフイっと前を向いてしまった。あぁ、やっぱりそういう感じなのね、師匠。

 

 それから十五分ほどで一限の終わりを告げるチャイムが鳴る。一週間分も内容が飛んだ上に一コマの中ですら途中参加の私は当然何一つとして理解できず、右手では板書もほとんどままならないままで授業が終わってしまった。

 

「おいおい雪柳ぃ! 何で復帰初日から遅刻!? なんかあったんじゃないかって心配したぜ!」

「ホントだよ、もう! すぐに連絡とれたからよかったけど、私すんごい心配したんだからね!!」

 

 ともあれ、次の授業までの休み時間になった途端、クラスメイトのほとんどが一斉に私の席に押しかけてきた。

 一番最初に声を上げたのは上鳴くんで、身振り手振りと共に怒っているのは葉隠さんだ。

 

「や、ホントにすみません。身支度するのに思ったよりも時間がかかってしまって、それとまだちょっと、走ったりするのもあれなので……」

「あ、あー……」

 

 ……まずい、受け答えミスったかも。場の空気が一気に死んだ。

 

「氷雨ちゃん、義手のお話はどうなったのかしら? 怪我の具合も含めて、体育祭には間に合うの?」

 

 と、私のミスをなんなくフォローしてくれたのは、我らが梅雨ちゃんだった。周りのみんなも露骨に「助かった」って顔してる。そもそもそんなに気遣ってもらわなくてもいいんだけど、私から言い出したら余計に気を遣わせてしまいそうで八方塞がりだ。こればっかりは時間が経つのを待つしかないだろう。

 ともかく私は、梅雨ちゃんが呈した疑問に答える。

 

「義手は今日の放課後にサポートアイテムの製作会社の方がわざわざ来てくださって、細かい打ち合わせをする予定です。体育祭のことはついさっき相澤先生に初めて聞いたんですけど、無理のない程度に参加するということになりました。義手が間に合うかはだいぶ微妙ですね」

 

 私の言葉にみんなは気遣わしげな反応を見せる。

 またもやちょっと微妙な空気になりかけたが、それを吹き飛ばすように今度は切島くんが声を上げた。

 

「……いやでもよ! 雪柳の個性ってめちゃくちゃ強ぇから、油断してっと簡単に足元掬われかねねぇぜ!」

「う、うん、そうだね切島くん。雪柳さんの個性は本当に強力だ。まだ体育祭でどんな種目が行われるのかわからないけど、戦闘訓練の時のVを見せてもらった限りで考えてもすごく応用が利きそうだし、かなり広い状況に対応できるはず。コスチュームやサポートアイテムに頼っている様子も見られなかったからその点も決して不利にはならないし本当に油断できる相手じゃなくって個性の制御もろくにできてない僕よりもずっと勝ち上がる目はある。そもそも雪柳さんの個性はいったいどこまでのことができるんだろう個性制御の精密さはたぶんクラスでも随一だしもしかしたら僕の想像が及ばないような奥の手が――」

 

 ……え、なに……こわ……(戦慄

 

 緑谷くんが切島くんの言葉を引き継いだと思ったら、そのまま段々とすごい早口になっていって、誰に聞かせるという感じでもなくぶつぶつ言い始めた。緑谷くんの周りにいた人たちも、一歩距離を取っていた。

 

「……えー、まぁとにかく、体育祭は参加しますのでご心配なく。初めての大きな行事ですし、頑張りましょう」

 

 こんなこと、私に言われるまでもないだろうけど。

 ぶつぶつ呟く緑谷くんに触れるのも怖かったので、私は誤魔化すようにそう言ったのだった。

 

 

 

 ――そして、一週間はあっという間に過ぎていく。

 

 

 




※12/28 内容を加筆修正

オリ主と相澤先生のやり取りにて、体育祭開催の是非について言及をさせました。


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