「氷雨ちゃん、義手、どう?」
「あ、透ちゃん。んー、やっぱり違和感がすごいですね。一応触覚もあるんですけど、元々のものとは全然違いますし……具体的に言い表せないんですが、とにかく不思議な感じです」
体育祭会場、開会式直前の控室で、私に話しかけてきたのは透ちゃんだった。
つい先日、一緒に昼食を取ってるときに突然「そう言えばずっと雪柳ちゃんって呼んでたけど、正直言いづらい! 私も氷雨ちゃんって呼ぶね!」と言われて、呼ばれ方が変わった。元々梅雨ちゃんとお茶子ちゃんにも同じように呼ばれていたので特に違和感もなく、私も私で葉隠さんから透ちゃんと呼称を変えてみた。
また、もはや半数の女子をちゃん付けで呼ぶ形になって、芦戸さん、耳郎さん、八百万さんをそれぞれ名字にさん付けで呼ぶのが変な気がしてきたので、下の名前にちゃん付けで呼ぶようになったわけだが……まぁそれは、今はさておこう。
義手は、なんと昨日届いた。サポート会社の人が気合と根性と執念で間に合わせてくれたのだ。いやホントすごい。すごく驚いた。
が、しかしまぁ、昨日の今日で十全に使いこなせるはずもない。単に指を動かす程度ならともかく、コップを持つのにも一苦労という体たらくだ。贅沢は言えないが、見てくれのために付けているだけというのが現状である。
「ま、元々義手なしで行くつもりだったんです。慣れる時間は確保できませんでしたけど、あるだけマシってことで――」
「緑谷」
不意に、控室の中に声が響いた。
私や、他のみんなもぴたっと喋るのをやめて、声の主――轟師匠と、彼に呼ばれた緑谷くんを一斉に見た。
「と、轟くん……何?」
「客観的に見ても、お前より俺の方が実力は上だと思う」
「へ!? うっ、うん……」
「おまえ、オールマイトに目ぇかけられてるよな」
「!!」
目を見開いた緑谷くんに、轟師匠は「まぁ別に詮索する気はねぇが……」とすぐさま続けた後、言った。
「おまえには、勝つぞ」
……何故、と思ったのが正直なところだった。
まぁ、競技の内容がどんなものかわからないけど、例年の傾向を見るにクラスメイトだってライバルになり得るだろう。
しかし、轟師匠が緑谷くんに宣戦布告するのは、いまいちよくわからない。
緑谷くんがオールマイト先生に目をかけられているというのは、まぁ言われてみるとそんなような気もするが……それが理由、なのだろうか。やっぱり、ピンと来ない。
自分の方が実力は上だと、悪い言い方をすれば面と向かって見下されて、その上で堂々と叩き潰すつもりだと宣告された緑谷くん。
戦闘訓練での勇姿や、USJでは直接的に命を助けてもらった恩人であることを加味しても、緑谷くんは基本的におどおどしていて自信なさげな少年、という印象が私の中で拭いきれていなかった。
体育祭の本番前にこんなことになって大丈夫だろうか、と思ったのだが。
「轟くんが何を思って僕に勝つって言ってるのかは……わからない、けど。でも、僕だって……遅れを取るわけには、いかないんだ」
緑谷くんは顔を上げて、強い意志のこもった瞳で、轟師匠を見つめ返した。
「僕も本気で、獲りに行く!」
そして、轟師匠に勝るほどの気迫でもって、そう宣言したのだった。
※ ※ ※
『――雄英体育祭!! 繰り広げられるのは、ヒーローの卵たちが我こそはとシノギを削る年に一度の大バトル!!!』
場内に響きわたるプレゼント・マイク先生の大音声に、私たちは顔を見合わせて、頷き合う。
『どうせテメーらアレだろ!? こいつらだろぉ!? 敵の襲撃を受けたにもかかわらず、鋼の精神で乗り越えた奇跡の新星――ヒーロー科、1年A組だるぉぉぉぉぉ!!!?』
プレマイ先生のだいーぶ贔屓っぽいというか、持ち上げっぷりのすごい紹介と共に、私たちは入場する。
尋常じゃない大歓声。計12万人を収容できるというこの体育祭会場は見るからに満席で、もうあれだ、人がゴミのようだ。
『続いて同じくヒーロー科ァ! 話題性じゃ劣っているが、こっちも実力者揃い!! 1年B組ィ! そして普通科C、D、E組に、サポート科F、G、H組も来たぞォ!!! さらにさらに経営科の……』
続々と入場してくる一年生たち。あきらかに緊張の面持ちだったり、不満そうに放送席を見上げていたりと様子は様々だった。いや、そりゃプレマイ先生の紹介ちょっとアレだもんね。贔屓っぽいていうかもう贔屓だもんね。B組ですら鼻息を荒くしてる人がいるくらいだ。
これはお茶子ちゃんから聞いた話なのだが、なんでも私が入院している間に他クラスの生徒たちがA組に野次馬しに来たのだとか。私が目を覚ました後に体育祭のことが発表されて、
そして、B組の男子や普通科の男子が、控えめながらも宣戦布告をしてきたそうだ。彼らは私の容態について詳しく知らなかったようなので仕方ないのだが、A組のみんなはちょっと微妙な空気になったらしい。なんか、ホントごめん。
まぁ何はともあれ、一年生全員が入場を終え、整列した。
「選手宣誓!!!」
大きめの朝礼台みたいなのに登壇したミッドナイト先生が、ピシャンと鞭を鳴らす。背後で常闇くんが「18禁ヒーローなのに高校にいていいのか」と疑問を口にして、峰田くんが「いい」と即答してた。私もまだ男だったら……どうだろう、まぁ嬉しかったかもしれないな。
「そこ、静かにしなさい!! ――選手代表、1-A爆豪勝己!! 前へ!!」
……え、爆豪くんが選手代表なの? 正気か? ちゃんとスポーツマンシップに則ってうんちゃかんちゃらとか言える? スポーツマンシップとかいう概念持ってる?
どういう因縁があるのか、何かと絡まれている緑谷くんもかなり驚いていて、それを見た瀬呂くんが「あいつ一応入試主席だったからなぁ」と言った。
ははぁ、なるほど。つまり、私があそこに立っている可能性もあったわけだ。や、天と地がひっくり返っても筆記で点が取れないし、ないか。皆無か。
「せんせー」
異様なほどしんとした会場の全注目を集めている爆豪くんは、ズボンに両手を突っ込んだまま、スタンドマイクの前に立った。
「俺が一位になる」
「「「絶対やると思った!!!」」」
おぉう、やっぱり1年A組みんな声揃えるの上手いな……それにしても、うわぁ。爆豪くんうわぁ。
彼はさらに、いきり立つ他クラスの生徒たちにゴートゥーヘルして、「せいぜい跳ねのいい踏み台になってくれや」と言い放った。ほんと、うわぁ。
「さーて、それじゃあさっそく第一種目に行きましょう!!」
ミッドナイト先生もこれでいいんだ……と、私は呆れる一方、お茶子ちゃんがすぐ傍で「雄英ってなんでもさっそくだね」と呟いていた。確かにそう言われてみると、「さっそく」って単語めちゃくちゃ聞いてる気がするな。
ともあれ、ミッドナイト先生の言葉と共に投影されたホログラムに視線が集まる。スロットのように文字がリール回転しているようで、謎のドラムロールも含めて割と古典的なドキドキワクワクが提供される。来い、確変っ! ……いやパチンコとは違うか。
「さて運命の第一種目!! 今年は……コレ!!!」
ジャンッ、と表示されたのは――『障害物競走』の五文字だった。
ほー、障害物競走ですか。
「計11クラスでの総当たりレースよ! コースはこのスタジアムの外周およそ4km!」
はー、総当たり。
外周4km……えっ、4km?
「我が校は自由さが売り文句! コースさえ守れば何をしたってかまわないわ! さあさあ位置に付きまくりなさい……!」
会場の外に続く巨大な門が開いていく。門の上の部分には三つのランプが点灯していた。
一年生全員がぞろぞろと門の前に移動していく。私はその波に流されながら、4kmという言葉を、数字を、頭の中でひたすら反芻していた。
「……公平……公平すぎる……怪我を押して参加する私にも、まったく忖度はないってことか……」
私はかつての個性把握テストにおいて、持久走で圧倒的な結果を残した。他のクラスメイトたちとは一線を画する圧倒的な記録だ。
あの時の持久走の距離は1500mだった。中学の頃は1000mだったはずなので、男子と同じだけの距離を走らされたわけだ。
1500mとはすなわち1.5km。今回の障害物走の距離のざっくり三分の一くらい。
私はその距離ですら、ゲロ吐きそうなくらいに頑張ってなお、当然のように最下位だったのだ。体力テストの評点的にも当たり前のように1点だった。
あれから、一か月。入学しているときよりも体力が付いている……わけがない。何せ、一週間以上の入院生活中はほとんどベッドから起き上がることもせず、軽いリハビリをした程度。学校に復帰してからもヒーロー基礎学と体育は見学&見学で、体力はリカバリーガールの治癒を受けるために温存していた。
つまるところ、現時点でむしろ入学した時よりも体力がなくなっている気がする。いや、気がするっていうか絶対にない。100億万パーセントない。
ああ、これは
※12/28 内容を一部修正
「体育祭の発表及び他クラス生徒たちによる宣戦布告イベントが臨時休校直後にあった」(≒原作通り)としていましたが、オリ主が目を覚ました翌週の月曜日に発表されたこととしました。
前話と合わせて、修正の意図について気になる方は以下の活動報告をご一読ください。
(https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=273248&uid=356437)