『雪女』のヒーローアカデミア   作:鯖ジャム

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第15話 雪女と個性だらけの大運動会 その2 第一種目

 

 ついに始まった雄英体育祭一年生の部、その第一種目である4kmの障害物競走。

 数百人もの人間が狭い出口でひしめき合ったが、私は意外にもいいスタートダッシュを切ることができた。

 

 要因は二つあって、まず一つ目は、人の波に流されるままになっていたらいつの間にか先頭の方を陣取れていたということ。

 二つ目は、開始とほぼ同時に轟師匠がド派手に個性を使い、周囲の人間の足を凍り付かせたことだ。

 

 先頭にいた人たちは軒並み足元を氷漬けにされて立往生し、後続も多くがスタジアムの狭い出口につっかえている。そして、個性やらなんやらで上手く切り抜けた人たちも、大半は師匠がコース全体を凍らせたせいでつるつると足を滑らせ、まともに走れていないような状態だった。

 

 私はもちろん、足が氷に覆われてもなんの問題もない。一瞬で氷を操作して、拘束を脱するだけだ。

 また、氷の道も関係ない。

 氷の上が滑る理由は諸説あるらしいが、ざっくり言うとその表面が溶けて液体になるせいらしい。より厳密には溶けているからというか、なんか、氷の表面の水分子の振動幅がどうのこうのとからしいけど、私の脳みそでは理解不能だ。

 しかしまぁ、理由やら原理やらはどうでもよくて、重要なのは氷の温度を極めて低くすれば滑らなくなる、というその事実。

 つまり、私は轟師匠の作り出した氷の〝温度〟を操作して、滑らない氷にしたのだ。さらには、私が通り過ぎた後や私が通る場所以外の氷を逆に溶け出すギリギリの温度にまで上げることで、きっちりと妨害も図った。

 

 コースアウト以外なら何でもありだとミッドナイト先生は言っていた。

 ならば、スポーツマンシップに則ってる場合じゃない。積極的に妨害もしなくては私に勝ち目はないのだ……まぁ、あんまりやるとヒーローを目指す人間としてどうなのって話になりそうだし、程々にするつもりだけどね。

 

 さて、そんなわけで快調な滑り出し(氷の上は滑ってないけど)を見せた私。現在、轟師匠に続いての二位……というわけでもなかった。

 師匠のことを猛追するのは、1年A組のみんなだ。全員が全員というわけではないが、そこそこの人数が私の前を行っていた。

 

『さぁ、いきなり障害物だ!! まずは手始め……』

 

 どうやら先頭がさっそく障害物に遭遇したらしい。

 というか、それらしきものがここからでも見える。

 

 あれは……。

 

『第一関門、ロボ・インフェルノだぁぁぁぁ!!!』

 

 入試の時の、0Pの仮想(ヴィラン)だ。

 

「はぁ、はぁ、やっぱでかいな、あれ……!」

 

 クソでかいロボットを見上げながらしばらく走っていたが、ふと前を見ると、轟師匠や何人かのクラスメイトたちが第一関門を前にして立ち止まっていた。

 

 ――チャンスだ、と私は思った。

 

「――っ、雪柳……!」

 

 私は立ち止まるみんなを無視して、ロボットたちの群れにそのまま突っ込んでいった。

 

『おおーっとここで1-A雪柳、立ち止まることなく突っ込んでいったぁ!? おいおいこのままじゃ囲まれるぞぉ!? 大丈夫なのかぁ!?』

『あー、アイツは大丈夫だろ』

 

 プレマイ先生の実況と、こういうことにまったく向いてなさそうな相澤先生のぼやき解説が聞こえてくる。

 

「はぁ、ひぃ……しゅうちゅうっ! 集、中ッ!」

 

 私は走りながら、迫りくるロボットたちの位置を把握する。

 0Pのロボに気を取られがちだったが、よく見れば1~3Pのロボもいる。まぁ、小さいのは適当でも大丈夫。0Pのは……関節だな。

 

「後続の妨害も、かねて……!」

 

 私はまず、把握した限りの小型ロボたちの頭上に、太く、重く、そして温度をある程度下げて頑丈にした〝つらら〟を生成し、落下させた。

 そして、0Pロボたち相手には、ピンポイントで関節を凍らせて対処する。図体が大きいせいで時間はかかるが、逆にその図体のせいで動きはノロマだ。十分に猶予はある。

 

『道を塞ぐロボたち、まさかの一網打尽ーッ!? あれはいったいなんなんでしょう担任のイレイザーヘッドさん』

『急に落ち着くな。雪柳の個性だろ』

 

 駆動部の異常で動きがさらに鈍った0Pロボ。私が脚の間を抜ける頃には大きくバランスを崩して、道の真ん中を塞ぐように折り重なって倒れていった。

 

「ひぃ、ふぅ、あれ、誰もっ、巻き込まれて、ないよね?」

 

 先頭の轟師匠すら足を止めていたから、私より先に行ってる人はいないだろうけど。後ろを振り返る余裕なんてなかったから、私に釣られて飛び出した人がいたらヤバいかもしれない。ま、まぁ、きっと大丈夫、たぶん大丈夫……。

 

 第一関門、ロボ……インフェルノ、だったっけ? とにかくロボ地獄をささっと通過して、私はなんとトップ独走。障害物競走だからこそ起こった奇跡だ。

 

 ……が、しかし。

 

「――驚かされたが、雪柳。おまえ、走るの遅ぇな。先行かせてもらうぞ」

 

 私の妨害は、どうも轟師匠には意味をなさなかったようで、あっという間に抜き返されてしまった。しかも、走る速度が違い過ぎて、ぐんぐん距離を離されていく。無理。素の身体能力に差がありすぎる。

 

「クソがぁッ、待てや半分野郎ッ!!!」

 

 さらにその直後、上空からボンボン爆破音を響かせながら爆豪くんが飛んできて、そして飛んで行った。どうやら私は眼中にないようで、またあっという間にその姿は見えなくなってしまう。

 

「お、雪柳! 悪いけどお先!」

「すまんな」

 

 さらにさらに、瀬呂くん、常闇くんと続けて抜かされて、その後もどんどん後続にごぼう抜きされていった。私、マジで脚遅い。というか、もう体力がヤバい。脇腹痛い。

 

 そして、ようやくたどり着いた第二関門。

 

「こ、こ、こわぁ……」

 

 ぼちぼち頭の方もぼーっとしてきていてマイク先生の実況が耳に入らなかったが、いったい何の障害なのかは一目瞭然。

 

 底の見えない奈落の谷から塔のように生えている台地。その間にロープだけが渡されている。

 

 ……酸欠でぼんやりした私の脳裏によぎったのは、伝説のギャグ漫画『ボボボ〇ボ・ボ〇ボボ』に登場した〝サンバマン〟という敵の存在、そして彼と主人公たちが戦った舞台だ。たぶんこの奈落の底にはゴブリンがいて、落ちたらガンつけられた挙句にFAXで送られてしまうのだ……いやこれ誰が共感してくれるだろう。でも、よぎっちゃったもんはよぎっちゃったのだ。

 

 まぁ、ボ〇ボボは今はどうでもいい。今っていうか今後もどうでもいい。

 つまるところこれは、〝綱渡り〟だ。

 

「む、無理、無理だっ! 絶対、落ちて死ぬっ!」

 

 無理すぎる。疲れすぎて今立っている地面すら揺れているように感じるのに、歩いて渡るなんて絶対無理。一歩目で落ちる自信がある。

 かと言ってしがみついて行くのも無理。脚がガクガクしてるし、右腕の握力も続く気がしない。左腕の義手に至っては、使い慣れるまでは危険がないようにと最大握力が弱めに設定されている。私の体重を支えるなんて到底不可能だ。

 

「仕方ない、か」

 

 後続に楽をさせることになってしまうが、私は個性を使って橋をかけることにした。

 私が渡り次第落とせればいいのだが、たぶん、他の人たちも使おうとするだろう。人がいるときにその橋を落としてしまったら、妨害どころか殺人。様子を見て、万が一にも危険がないようにしないと。

 

「……ていうか、大勢渡ろうとしても大丈夫なように、結構頑丈にしないとまずいんじゃ……」

 

 ――とかなんとか考えて個性を使っていたら、当初の想定よりも随分と立派な橋がかかってしまった。簡単にではあるけど装飾なんかも付けちゃったりして、無駄に凝り性なところが出てしまった。

 

『……さてさて、先頭集団が着々と第三関門に迫る中、第二関門では――って、なんだありゃあ!? ブリッジ!? アイスブリッジが架かってるぞぉ!!??』

『……雪柳だな。さっき、ほんの一瞬とは言え先頭にいたのがウソみたいな遅れようだが、第二関門は安全に通過することを選択したらしい。まぁ、合理的ではあるな。遅いが』

 

 相澤先生、うるさいよ。

 

 私はもう走るのはやめて、ゆっくり歩いて行くことにした。橋を架けるのに一回立ち止まったせいで、もう一度走り出す気にはなれなかった。脇腹痛いし、もう、本当に無理。

 

「な、なぁおい、これ、俺たちもわたって平気なのか?」

「……えぇ、どうぞ。百人乗っても大丈夫なくらいにはしましたから、走っても平気ですよ」

 

 たぶん、明確に私に話しかけたわけでもないんだろうけど、一応答えておく。名も知らぬその男子は若干戸惑い、そしておっかなびっくりながらも氷の橋を走っていた。はしだけにってね。HAHAHA。

 

 で、次の台地まで行くと、私が橋を架けるのを待っている人たちが割と複数いた。たぶん、普通科とかサポート科の面々だ。ヒーロー科の人たちはとっくに自力で駆け抜けているだろう。

 

「えー、ちょっと待っててくださいね」

 

 私は再び氷の橋を渡した。わたしだけにってね。HAHAHA。

 

 どうせ私が来ないと次に渡れないからか、今度は走っていく人はいなかった。のんびりと歩く私の後ろをぞろぞろと付いてきている。

 

「なぁ、あんたヒーロー科じゃないのか? こんなにちんたらしてていいのかよ?」

「……私、体力ないのでもう走れないんです。ちょっと怪我もあって、無理は禁物って言われてまして」

「ねぇ、それってもしかして……二週間前の、(ヴィラン)襲撃のときに?」

「ええ、そうです。情けないことに結構ズタボロにされまして、先週まで入院してたんです」

「先生以外に生徒も怪我したってテレビでやってたし、噂になってたな。あれが君ってことか」

「生徒にも怪我人が出たのに体育祭を強行するのかって、結構非難されてたよね。それにしても、一週間以上入院してたってことでしょ? よく体育祭参加したね」

「ヒーロー科的にはここでの活躍でスカウトがあるらしいので……まぁ、その結果がこれじゃあ参加した意味ない気がしますけど」

 

 意味がないどころか、むしろ損してるんじゃないかと思い始めてるけど。

 

 ――と、なんやかんや知らない人たちと喋りながら、ぐーたら第二関門を突破した。

 

「えっと、綱渡り抜けたけど、走らないの?」

「ええ、無理です。もうマジで無理。なので、みなさんは頑張ってください」

「お、おう……あの、橋、ありがとな。体力は頑張って付けたほうがいいだろうけど、すごい個性だ。頑張れよ!」

「うん、頑張って!」

「ありがとなー!」

「頑張れよー!」

 

 口々に激励の言葉をくれた他科の人たちに右手を上げて応え、走り去っていく彼らの背中を見送る。

 

「いた、いたたたた……」

 

 脇腹が痛い。身体中の怪我はこの一週間でばっちりとリカバリーガールに治してもらっているから、この脇腹の痛みは怪我とかじゃないやつだ。なんで走ると脇腹痛くなるんだ。人体の欠陥だよこれ。

 

「……もう……リタイアしよっかな……」

 

 もう走れる気がしないし、このままとぼとぼ歩いてゴールすることに、はたして意味はあるのだろうか。

 

 プレマイ先生の実況が聞こえてくる。どうやら、一位でゴールしたのは緑谷くんらしい。反動が大きすぎる彼の個性で、いったいどうやって轟師匠や爆豪くんを追い抜いたのだろう。すごい。大金星と言えるのではないだろうか。

 

 さらにその後も続々とゴール者が出ているようだったが、一方私はようやく第三関門と思しきエリアが見えてきたところだった。

 

『さぁてさてさて、これでほとんどの人間がゴールしたが……?』

『最後尾は、雪柳か』

 

 おぉう、最後尾、私か。てか、もう私の後ろ誰もいないのか。みんなリタイアしたのか?

 

『おいおい脇腹押さえてるぜ!? アーユーオーケイ!? 雪柳氷雨ぇ!?』

 

 プレマイ先生、今フルネームで名前を呼んでくるのはもはやイジメです。このザマ、全国中継されてるんですよ? 勘弁してください。

 

『雪柳、走れないならリタイアしろ。無理はするな』

 

 相澤先生、全国中継でそんなこと言われたらますますリタイアできませんって。ここで音を上げたら私が真正の根性なしみたいじゃないですか。

 

 私は顔をしかめ、右手を上げてサムズアップを作り……たぶん、普通の人の早歩きの方が早いくらいの速度で、しかし小走りを始めた。

 脇腹マジ痛いけど、結果はもうどう足掻いてもダメだけど、日本中から根性なしのレッテルを張られるのだけはマジで嫌だった。

 

『1-A雪柳、ナイスガッツ……! 既に他の生徒たちはゴールしているが、完走を諦めないその姿勢はベリークール!!! よっしゃ、そんな雪柳リスナーの背中を押すぜ!! このナンバーだ!!!』

『ラジオじゃねぇんだぞ』

 

 そして、大音量で流れ始めた音楽。

 ……これ……この曲は……!

 

 

 ――サクラ吹雪の サライの空へ

   いつか帰るその時まで 夢はすてない――

 

 

「……『サライ』は……そうだけどそうじゃないじゃん……!」

 

 たった4㎞の障害物競走でそれ流すの、完全にイジメだから!!!

 

『ファイトォォォ! 雪柳ファイトォォォォ!!』

『なんのイジメだこれ』 

 

 疲労と脇腹の痛みも相まって、マジで涙が出てきた。九死に一生から生還しても泣かなかったのに、みじめすぎてマジで、涙が……。

 

 右腕であふれ出る涙をごしごし拭いながら、私は小走りで前に進む。

 やがて、出発したのが随分と昔に感じる会場の入り口まで戻ってきて、私はフラフラになりながらゴールの門をくぐった。

 12万人による大歓声と、もはや地鳴りのような拍手で私は迎えられた。

 

『雪柳氷雨、ゴォォォォ―――――ル!! テレビの前のおまえらもクラップユアハンズ!!! 愛は、地球を救ったぁぁぁ!!!!』

 

 救ってない、救ってないよ……。

 

「氷雨ちゃん、大丈夫!?」

「病み上がりなんやから無理したらあかんって!」

 

 真っ先に駆け寄ってきてくれたのは、透ちゃんとお茶子ちゃんだった。その他のクラスメイトたちも、近付いてくるのが見えた。

 

 私はもう、立っていられるだけの体力もなくて、その場に膝から崩れ落ちる。

 

「わ、わわっ! ひ、氷雨ちゃん!」

「……だ、だ、だいじょうぶ。ちょ、ちょっとある、あるけない、たて、立てないけ、ど。ちょと、ちょっときゅーけい……きゅーけー……」

 

 げほっと咳き込み、おえっとえずく。

 頭がくらくらしていて、もはや周りに誰がいるのかもわからないけど、誰かが私の背中を優しくさすってくれていた。

 

 そして、それからすぐにハンソーロボくんがやってきたようで、私は担架に寝かされ、強制的に退場。

 

 プレマイ先生のやかましい声が聞こえたのを最後に、私は意識を失った。

 


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