『雪女』のヒーローアカデミア   作:鯖ジャム

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第16話 雪女と個性だらけの大運動会 その3 第二種目(?)と昼休み

「……知らない天井だ」

 

 この前できなかったお約束。家じゃない場所で目覚めた時にこれをやるのは、日本人の三大義務の一つではなかろうか。違うか? 違うか。

 

「おや、目が覚めたね。軽い貧血みたいだったから、すぐだとは思ってたけどねぇ」

「……リカバリーガール……ということは、保健室?」

「出張保健室、だよ。あんた、自分がどうしてここにいるかわかるかい?」

「……プレマイ先生からイジメを受けました」

「……マイクはあとで私が叱っておくよ。でも、そうじゃなくって、無理はしないって約束しただろうに」

「相澤先生に、全国中継でリタイアを勧められたんですよ? 断トツの最下位は仕方ないとしても、あそこで本当にリタイアしたら一生の黒歴史ですよ」

 

 ネットの掲示板で一生根性なしヒーローとか言われ続けるはめになるんだ。絶対。それは流石に嫌。

 

「……はぁ、やっぱりそうかい。イレイザーも説教だね。無理させるなって散々言ったのに、焚きつけて……」

「ええ、是非ともお願いします」

 

 私の前でその光景が繰り広げられることはないだろうけど、あの二人は揃って怒られればいい。庇うこともできなくはないだろうけど、庇うつもりはない。慰謝料請求したいくらいだ。

 

「……で、えっと……私、どのくらい寝てましたか? 第二種目は……」

「ここに運ばれてきてからは、五分と経ってないけどね。ほれ、第二種目はもう始まっちまってるよ」

 

 リカバリーガールが注射器を模した杖で示した先にはモニターがあって、そこには体育祭の様子が映し出されていた。

 

「騎馬戦、ですか」

「障害物走の上位42人までの参加だから、どうせあんたには関係なかったよ」

「42人……なんか、中途半端な数字ですね?」

「ヒーロー科41人と、プラス1だよ。ま、あんたが入れなかったから実際にはヒーロー科以外が二人いるけどねぇ」

「……うぐぅ」

 

 この人、リカバリーガールとか名乗ってるのに、個性『治癒』なのに、めっちゃ人の傷えぐってくる……。

 

「観戦席で直接見たいだろうけど、我慢しな。そうさね……このあと昼休みが始まるまでは、ここで休んでなさい」

「はい……そうします」

 

 頭はまだぼーっとしているが、息は流石に整っていて苦しくない。ただ、とにかく全身がどっと疲れているので、リカバリーガールに言われなくてもベッドから立ち上がりたくはなかった。

 

 モニターからは音が出ていなくて、いまいち迫力と臨場感に欠ける。リカバリーガールに音は出せないのかと尋ねたけど、保健室では静かにするもんだからもともとスピーカーは付いてない、と言われてしまった。

 

「……私の個性、こういう競技だったら輝いたんだけどなぁ」

「あんた、個性で移動する手段とかないのかい。氷を操作できるんだろう? 自分を氷に乗っけて運ぶとかできないのかい」

「一定以上の重さ、というか……その、氷を動かすための〝力〟がそこまで強くないので、重いものは動かせないんです。氷そのものが大きすぎてもダメですし、人を乗せるのも無理です。小さい子とかなら、まぁなんとかなると思いますけど……」

「ふーむ、あたしゃあんまり口出ししないって決めてるんだけど……今日は仕方がないとはいえ、あんたもともとの体力もないだろう。個性で機動力も補えないんじゃ、すぐにヒーローとして行き詰まっちまうよ。何か考えないといけないね」

「……何か……」

「あんた、個性の制御は精密なようだし、効果の範囲も相当なもんさね。〝個性伸ばし〟はやってきたのかい?」

「〝個性伸ばし〟?」

「その反応は、特にやって来てないんだね。『個性は身体能力』って聞いたことないかい? この言葉にはいろいろな意味が含まれているけど、その一つとして『筋力や肺活量のように鍛えれば伸びる』という点が挙げられるんだよ。あんたの言うところの〝力〟の部分、鍛えれば伸びるんじゃないかい」

「……はー……」

 

 目から鱗。

 筋トレならぬ個性トレ。

 そうか、そういうのもあるのか。

 

「まぁ、それはそれとして体力も付けなきゃいけないけどね。ヒーローは身体が資本だよ」

「あっはい」

 

 うん、個性トレもそうだけど、筋トレもしないとな……透ちゃんにいい筋トレ教えてもらおうかな、本格的に。

 

「――って、あぁ、騎馬戦終わっちゃってる……」

 

 音がないから全く気が付かなかったが、会場で戦っていたみんなが騎馬を崩している。

 生徒たちの様子の後には騎馬戦の結果が表示されていた。轟師匠が騎手のチーム、爆豪くんが騎手のチーム、緑谷くんが騎手のチーム、そして心操という知らない人が騎手をしているチームが決勝進出らしい。

 並んでいる名前はほとんどが1年A組のもので、見覚えのない名前は僅かに三つしかなかった。

 

「……うーん、悔しいなぁ」

 

 個性伸ばし。

 ちょっと、本気で考えてみよう。

 

 

     ※ ※ ※

 

 

 その後の昼休み、私はクラスの控室にて一人で昼食を取った。

 今日はみんな学食を利用するようで、弁当持参は私一人だけだったのだ。や、弁当って言っても相変わらずコンビニの菓子パンなんだけど。

 学食で人混みに揉まれるのも疲れるし、菓子パン食べるだけの奴が席を一つ占領するのもアレだしということで、食堂に行くのも断ったのだ。

 

 それにしても、義手のおかげで菓子パンですら食べるのがちょっと楽だった。ぎこちない動きではあるが、包装もきちんと手だけで開けられる。今まで家ではワイルドに口を使ったり、学校だと一緒に昼食を取る梅雨ちゃんとか透ちゃんに開けてもらったりしてたのだ。

 

 ただ、一つ問題も浮上してきていて、義手がちょっと重く感じる。

 いや、たぶんこれ元の腕よりも多少軽いくらいだとは思うんだけど、二週間近く肘から先がない生活をしてたから、なんか肩が凝る気がするのだ。障害物走で普通に走れたし、バランス感覚はむしろ良好なんだけどな。

 

「ちょっと外しとこうかな。人目もないし」

 

 この義手の仕組み、使用の際の注意などを昨日届けてくれたサポート会社の人から口頭で説明を受けて、さらには付属の説明書を読むことによってある程度は把握してある。何故ある程度かと言うと、私のおつむの出来の問題だ。取り外しと取り付け、機能のオンオフの仕方は流石に覚えてるけど、自分でやらないといけないメンテナンスとかの手順はまだ頭に入ってないのである。

 

 ちなみに言うと、この義手は日常生活用のものだ。ぱっと見の見た目は本当に生身の腕と変わらない仕上がりで、耐久性は程々、軽さや繊細な操作性を重視しているらしく、肘の断端を覆っている関節機構内蔵の基幹部分とアタッチメント式の前腕部分とに分かれている。だから、義手の着脱と言ってもそんなに大仰なことはなく、ワンタッチでできるのだ。

 まぁ正直、肘の先もちょっと蒸れてる感じがするから基幹部分も外したいのだけど、そっちは付け直すのが普通に面倒臭いので我慢するしかない。ハーネスのようになっていて、服を脱がないといけないのだ。

 

 机の上に義手を置いて、なんとなくそれを枕にして机に突っ伏してみる。表面はシリコンっぽい素材で割とプニプニしてるけど、やっぱり奥が硬い。なんかこう、納まりのいいところはないだろうか……。

 

 と、一人で完全に暇を持て余して、傍目にはなかなか狂気的に映るであろう探求をしていると。

 

「――っ、お」

「あ、どうも」

 

 突然、控室の扉が開いて、爆豪くんが現れた。

 一瞬、何やら神妙な顔をしているように見えたけど、私と目が合うと珍しく驚いた顔をしていた。

 

「……テメェそれ、何してやがる。義手外しとんのか」

「ええ、ちょっと重く感じたので。すみません、猟奇的な場面お見せして」

 

 ただ、そうは言いつつも義手は付けない。再起動にはバッテリーをより多く食うらしいので、あんまり無駄に付けたり外したりはしないほうがいいのだ。

 

「爆豪くんは、もう学食行ってきたんですか? 体育祭ってことで人も多そうでしたけど」

「行ってねぇよ。弁当だ」

 

 あら意外。

 しかも、ロッカーから取り出したのはどう見ても手作りっぽい弁当箱。コンビニ弁当とかでもないのか。

 

「お母さんの手作りですか?」

「るっせぇんだよクソザコ雪女ァ! だぁってろ!!」

 

 うわこわ。思春期……いやたぶん一生こんな感じだな、この人。

 

 爆豪くんは自身のロッカーから一番近い席、私からは割と離れた場所に座って、お弁当を広げながらこちらを見ないままに口を開く。

 

「……予選で、しかもヒーロー科以外のモブ共にすら無様に負けやがって。ザコ女がよォ……」

「いや、いろいろひどい……仕方ないじゃないですか、元々体力ないですし、その上病み上がりなんですし」

「ザコが」

「いやホントにひどくないですか?」

 

 こいつ、私のこと泣かしに来たのか? いいのか泣くぞ? プレマイ先生のイジメで一回涙腺緩んでるし、人目を憚らずに泣くぞ?

 気を遣われる側の大変さはここ二週間で身に染みたけど、爆豪くんはもっと気を遣うことを覚えたほうがいい。私で練習しろ。

 

「……テメェは、戦闘訓練であの半分野郎を相手取って、一歩も動かずねじ伏せた。あの野郎の舐めプはあったが、それでも紛れもねェ事実だ。テメェの体力はゴミ以下だが、向かい合っての正面戦闘はクラスでもトップレベルで間違いねぇ。俺ァ、そんなテメェもきっちり叩き潰して一位になるつもりだった。舐めプの半分野郎も、調子乗ってやがるクソナードも叩き潰して、完膚なきまでの一位にだ。そうじゃなきゃ意味がなかったってのに、テメェは……」

「なんか、随分と高く買ってくれてるんですね。でも、私は爆豪くんの機動力に対処できる自信はないですよ。私の面攻撃は、爆豪くんの火力なら簡単に相殺できてしまうでしょうし」

「ああ、絶対ェ俺が勝つ。だがそれでも、やってみなきゃわかんねぇ。俺ァ勝利の可能性なんていらねぇ、勝利っつー事実しかいらねンだ」

「はぁ、なるほど……まぁ、やってみなきゃわからないと言うのは、そうですね」

 

 身体能力だけでは比べるのもおこがましいんだけど、まぁ、個性込みなら結果を断言するのは難しいだろう。単純な相性で言えば私が不利だが、私の個性は応用の幅が広い。実際に戦ってみたら意外と善戦できる可能性はなきにしもあらずだ。

 

 ……と、それはそうと、思い出した。

 個性と、それと戦闘訓練という言葉で、奇跡的に思い出した。

 

「あの、爆豪くん。戦闘訓練の時に、私の個性に事情があると言ったこと、覚えてますか?」

「あ? ……あぁ、そういやオールマイトに言ってやがったな」

「あれ、あの日の放課後の反省会の時にほとんどの人には説明したんですけど、爆豪くん帰っちゃったので……」

「…………」

 

 爆豪くんは、何やら苦々しい顔をした。え、いやホントに何。どこに彼のキレポイントがあったの?

 

「……ちっ。で、あんだよ個性の事情って」

「えーっと、私の個性って発動型だけじゃなくって、異形型も含んでいる複合型の個性なんです。個性の名前は『雪女』ということになっています」

「……テメェ、まさか」

 

 あれ、この一瞬で気が付いた? すごいな。

 

「まぁたぶん、ご想像通り? ですかね? 私、元男で、個性の影響で女性の身体になってるんです」

「…………」

「まぁ、男子の爆豪くんには直接的な害はないでしょうから、そういうものなのだと知っておいてくれれば、それでいいです。どう受け止めるかはご自由に」

「……ハッ、テメェが男だろうが女だろうが、クソどうでもいいわ」

 

 おぉう、なんとも爆豪くんらしい解答だな。やっぱりこの人の辞書に気遣いという単語は乗ってないんだろうな。この件に限っては、それがありがたいけど。

 

「……そう言えば前から気になってたんですけど、爆豪くん、実技の入試成績トップだったんですよね」

「あ? それがなんだよ」

「何点だったんですか?」

「77だ」

「……ほー……ちなみに内訳は?」

(ヴィラン)ポイントだけで77だ」

 

 ……え、ってことは救助(レスキュー)ポイント0? ……うわぁ、マジか。0ってマジか。

 

「なんか言いたそうな目だな。アァン?」

「い、いえ別に……」

 

 なんかもう、爆豪くんの(ヴィラン)ポイントって(ヴィラン)を倒したポイントじゃなくって、(ヴィラン)っぽいポイントのことなんじゃないの? いくらなんでも戦闘一辺倒すぎるでしょ……そんなところでも〝らしさ〟バリバリに出さなくても……。

 

「おい、そういうテメェはどうだったんだ、えぇ?」

「ん? あぁ、私ですか……んー……」

 

 さて、どうしようか。

 特別スカウト枠のことは、別に守秘義務はない。

 ただ、裏口入学っぽいからわざわざ喧伝しなかったし、ここまでの学校生活で言わないといけない話の流れもやってこなかった。

 

 ……そして実は、先ほどザコ呼ばわりされたりゴミ以下呼ばわりされた時のフラストレーションが、腹の底で燻っている。

 私が予選落ちのザコで、体力ゴミ以下なのは事実だ。

 しかし、事実だからと言って、オブラートにも包まずに面と向かって言っていいというわけじゃないだろう。

 むしろ、否定しようのない事実は相手に言い訳の余地を与えない最悪の罵倒ともなり得るものだ。

 

 私は、そんなに性格が悪い方じゃないと思っていたが……今だけは、そしてこの爆豪という男に対してだけは、ちょっと意趣返しをしてやろう。

 

「やー、あの入試は確か、開始三分くらいで45ポイントくらい稼いじゃって、あんまり点数稼いじゃうと周りに悪いと思ってロボ倒すのやめちゃったんですよねー。それでなんとなく周りの様子見ながら怪我してる子の手助けしたり、声かけたりしてたら……最終的には(ヴィラン)ポイント51、救助ポイント30も貰っちゃったんですよー」

「……あ? 51と、30?」

「ええ、合計81ポイント。爆豪くんとは、4点差ですね。まぁ、私は(ヴィラン)ポイントに終始していればもっと取れてたでしょうけど。で、それでどうして私が主席じゃないのかは……まぁあれです、相澤先生にでも聞いてみてください。私が聞けって言った、と言えば教えてくれると思いますよ」

 

 ぽかんと口を開ける爆豪くんに対し、私は小首を傾げてニッコリ微笑み、外していた義手を即座に装着。

 そしてすぐさま立ち上がり、軽く会釈をしてから鼻歌交じりに控室を出て、トイレへと向かった。

 

 

 ――直後、控室から恐ろしすぎる怒鳴り声が聞こえて、私は障害物競走の時よりもよっぽど早く走って逃亡した。





※なお、氷雨は煽るのに必死で、そもそも特別スカウト枠なんてものが設けられたのが全然勉強ができないせいというクソダサい理由であることを忘れていた模様。

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