『雪女』のヒーローアカデミア   作:鯖ジャム

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第18話 雪女と個性だらけの大運動会 その5 トーナメント一回戦前半

 一足先にクラス用の観戦スペースに足を運んでいた私。

 あとからやって来た響香ちゃんが、私を見るなりちょっと引き気味に口を開いた。

 

「……雪柳、あんた本当にそのまま観戦するの?」

「や、だってせっかく百ちゃんに作ってもらったのに、すぐ脱いだらもったいないじゃないですか。誰かに怒られるまではこのままでいきます」

 

 私はチア服のまま観戦席に座っていた。チア服、気に入ったのだ。

 ちなみに、私は義手のこともあるので元々体操服の下に着ていた七分袖の黒インナーを着用していて、肩出しもへそ出しもしていない……の、だけども。

 

「雪柳、センキュー」

 

 私の後ろの方に座っていた峰田くんがサムズアップしてきたので、なんとなく私もサムズアップを返す。まぁ、見る分にはお金も取らないでおいてあげよう。触ろうとしてきたら一応世間体もあるのでしばくつもりだが。

 

「氷雨ちゃん、峰田ちゃんを甘やかしちゃダメよ」

「おっと、そうでした。じゃあ峰田くんの目は潰しておきましょうか」

「おい怖ぇこと言うなよ!? お前がそんな男を誘惑するような格好してるのがわりーんだろ!?」

「峰田くん、自分のスケベ心を女性に責任転嫁するのは、だいーぶダメな奴です。モテたいなら、まずは自分のスケベ心と向き合ってください。そしてそれを巧妙に隠すのが、モテへの第一歩ですよ」

「な、おま、なんでそんな一家言ありそうな……!」

「適当に言いました」

「なんなんだよ雪柳チクショウ!」

 

 峰田くんで遊んで時間を潰していると、不意にプレマイ先生の声が場内に響きわたった。どうやらセメントス先生によるステージの作成が完了したようだ。

 

『さァさァ行くぜ一回戦!! ここまでの成績の割になんだその顔!? ヒーロー科、緑谷出久ゥ!! そしてそれに対するは! ごめんまだ目立つ活躍ナシ! しかし唯一勝ち上がってきた普通科、心操人使ィ!!』

 

 プレマイ先生の実況が割とひどい。マジで保護者に訴えられないか? 一回くらい訴えられた方がいいのでは?

 

 紹介に続けて一回戦の初戦ということで、詳細なルール説明がプレマイ先生の口から語られる。ただ、詳細とはいってもそもそもルールはシンプルで、相手を場外に押し出すか降参させればいいというだけのもののようだ。命にかかわるような攻撃でなければ、リカバリーガールの存在もあってオッケー。諸々の判断は主審のミッドナイト先生や副審のセメントス先生が行うとのことだ。まさしく、ガチバトル。

 

『そんじゃさっそく始めようか――レディィィィィィ……START!!!』

 

 プレマイ先生の合図とともに、場内から一斉に歓声が……と、思いきや、段々と止んでいってしまう。

 それもそのはず、開始と言われたにもかかわらず、緑谷くんも、そして相手の心操くんも立ち止まったままなのだ。これにはハイテンションなプレマイ先生も困惑を隠せない様子だった。

 

「ああ緑谷! せっかく忠告したのに!!」

「忠告? 何の話だよ?」

 

 ちらりと見ると尾白くんが私のすぐ後ろで頭を抱えて叫んでおり、さらに彼の隣に座っていた砂藤くんが尋ねていた。

 

「アイツ……あの心操ってやつの個性、『洗脳』とか、そんな感じのやつなんだ。騎馬戦の時、アイツに話しかけられた後から記憶が曖昧で、たぶん、問いかけに答えるのがトリガーになってる。それをさっき、緑谷にも伝えたのに……!」

 

 洗脳、か。すごい個性だ。それに、発動条件の初見殺しっぷりがすごい。

 また、初見じゃなくてもうっかり……たとえば不意に話しかけられたり、黙っていられないようなことを言われたらついつい返事をしてしまうということはあるだろう。開始とほぼ同時に、緑谷くんが何やらいきり立つような表情を見せていたことから、もしかするとよっぽどひどい挑発をされたのかもしれない。あの時はまだフィールドの方のマイクは入っていなかったので、違うかもしれないけど。

 

「振り向いてそのまま、場外まで歩け」

 

 心操くんの一言に、緑谷くんはくるりと踵を返して歩き始める。まったくのジュージュンだ。

 

 このままあっけなく敗北してしまうのか、と思ったその時。

 

「――うわっ」

 

 突然の爆風。

 

 そして緑谷くんは、場外のラインギリギリで立ち止まっていた。

 

「すげぇ……無茶を……!」

 

 尾白くんの無茶という言葉。

 緑谷くんの指が、赤黒く腫れ上がっていた。あれには、見覚えがある。

 

「またサツマイモやらかしたんですか」

「え? サツマイモ? 何それ?」

「すみませんお茶子ちゃん、こっちの話です」

 

 個性把握テストのときの無茶。翌日の戦闘訓練の時は腕ごとやらかしていたが、つまりは個性を使ったということだろう。

 

 ……その後、勝負はあっという間だった。心操くんが必死に話しかけても緑谷くんはついぞ口を開くことなく、掴み合いになった後に緑谷くんの一本背負いが決まって心操くんの場外負け。全体的には、薄味な試合内容となった。

 

 しかし、勝負に負けた心操くんは、その個性の有用性を観客たちに認められていた。下の方の一般席からは、プロヒーローらしき人たちが彼をサイドキックとして欲しがるような発言も聞こえてきたくらいだ。

 

「……アイツ、本当にヒーロー科来るかもな」

「え、ヒーロー科に? 編入とかってできるんですか?」

「うん、体育祭のリザルトによって検討してもらえるんだってさ。ここまで勝ち残ってる時点で、かなり目はあるんじゃないかな」

 

 振り返った先の尾白くんの表情はやや複雑そうだったが、腕を組みながら簡単に説明してくれた。

 まぁあんな強個性でヒーローをやらない手はないだろう。思うに、入試の対ロボ戦では相性が著しく悪く、そのせいで落ちてしまったのではないだろうか。いや、それを言ったらたとえば透ちゃんだってほとんど同じ条件なのにちゃんと合格しているのだから、本人の準備不足という点もゼロではないんだろうけど。

 でも、やっぱり彼の能力がもっとも輝くのは対人戦。いつだか、相澤先生があの入試は不合理だと言っていたけれど、まさしく心操くんはその不合理によって不利益を被った人と言えるだろう。

 

 彼はきっと、ヒーロー科に来る。

 人数の問題でB組の方になってしまうかもしれないけど、それでも私は、彼がこの体育祭で得たチャンスをものにしてくるその時を楽しみに思った。

 

 

     ※ ※ ※

 

 

「お、緑谷くんお疲れ! 隣、空けてあるぞ!」

「デクくんお疲れ~」

「あ、ありがと飯田くん、麗日さん」

 

 二試合目が始まる直前、緑谷くんが戻ってきた。彼の指は包帯でぐるぐる巻きにされており、痛々しい限りだ。

 

 緑谷くんが飯田くんの隣に腰を掛けたところで、ちょうどプレマイ先生が続いてのマッチアップの紹介を始めた。

 

『優秀!! 優秀なのにその拭いきれない地味さはなんだ!? ヒーロー科、瀬呂範太ァ!! ヴァーサスゥ! 2位、1位と強すぎるよ君! 推薦入学者は伊達じゃないってかぁ!? 同じくヒーロー科、轟焦凍ォ!!』

 

 相変わらずひどい紹介だ。瀬呂くんはプレマイ先生に肩パンくらいはしてもいいんじゃないかな。

 

 そして、第一試合とは違い、プレマイ先生がスタートの合図をした途端に一方が――瀬呂くんが不意打ち気味の先手を取ったことで、一気に試合は動き出した。

 彼の個性『テープ』によって、一瞬にして轟師匠を拘束。そのまま身体を大きく翻すことで師匠を振り回し、場外へと投げ飛ばしにかかったのだ。

 

 いい作戦だと思った。有効だと思った。

 

 だが、無意味だった。

 

『――んなぁっ!!!?』

 

 プレマイ先生の素っぽい驚きの声がスピーカーから発せられた時には、私の眼前に巨大すぎる氷の塊が迫っていた。

 

 正直、その瞬間に何が起こったのか、理解できていたとは言い難い。

 でも、目の前に迫りくるものが氷だということだけはわかって、私は反射的に立ち上がって両手を出し、個性を使っていた。

 観客席を覆わんとする氷の軌道を、逸らす。

 結果として、フィールドから斜め方向に伸びてきた氷は、その半ばで不自然に天へと昇り、まるで氷の塔のような形に納まった。

 

「――っ、な、びっくりしたぁ!?」

 

 私は思わず叫んでしまい、静まり返っていた周囲にそこそこ響き渡ってしまった。

 

「あ、す、すみません」

 

 そして、眼下の観客席から結構な量の視線を感じ、思わず謝ってしまう。

 

 クラスの観戦席の周囲でそんな一幕が繰り広げられている間に、氷漬けになった瀬呂くんが実質的なサレンダー。身体の半分が同じくカチンコチンになっているミッドナイト先生が声を震わせながら轟師匠の勝利を告げた。

 はたして誰が最初に言いだしたのか、次第にスタジアム中がどんまいコールに包まれていく。瀬呂くん、マジどんまい。そして師匠、やりすぎです。

 

『おい雪柳、氷の軌道を変えたのお前だな?』

 

 ふと、相澤先生の声がスタジアムに響いた。直後、全国に中継されているのと同じ映像が映されているいくつもの巨大モニターに、間抜け面をさらしているチア衣装の美少女がアップで映された……いや、私じゃんね?

 

『雪柳、その轟の氷、おまえがなんとかしろ』

 

 え、いや、相澤先生ったら突然何を……む、むむ、待てよ?

 これ、もしかしてチャンス? 私の個性をアピールするチャンス?

 

 相澤先生にどこまで意図があるのかはわからないが、私は右手を高く掲げてサムズアップした後、そのままの流れで天高く伸びた氷の塔へと手のひらを向ける。

 

 ――どうだろう、せっかくだから派手にやった方がいいか……いや、むしろ派手にやるべきだな。

 

 私が思い出したのは、個性把握テストのときのこと。

 最初の種目の50m走で、作り出した氷を取り去った時に、たまたま生まれたあの光景。

 

「えー、いきまーす」

 

 轟師匠の生み出したすべての氷を支配下に置き、操作する。

 氷の結合を細かく、細かく細かく細かく切り離していき、一個の固まりを無数の塵へと変えていく。

 そしてそれらを、右手を握り込むのと同時に――四方八方へ、そして空へと飛散させた。

 

「――う、わぁぁ……!」

 

 私の右隣でお茶子ちゃんが目を輝かせて、そんな声を漏らした。

 

 ……いや、お茶子ちゃんだけじゃない。私の創り出した光景を見て、会場中が感嘆の声を漏らしていた。

 

『ファンタスティック!!! なんて幻想的な光景だァ!!! こんなすげぇことできんのになんで予選じゃアレだったんだ雪柳ぃ!!!』

「プレマイ先生あとでしばく」

「え、氷雨ちゃん!?」

「雪柳さん!?」

 

 私はテレビ映えを気にして満面の笑みを浮かべながらも、怨嗟を込めてぼそりと呟いた。両サイドに座っているお茶子ちゃんと百ちゃんには聞こえてしまったらしく、驚愕に満ちた声音で私の名前を呼んできた。

 

『雪柳の個性は氷を支配し、操作する。これはその応用というわけだ』

 

 相澤先生の簡単な補足が、この光景が私の所業であるという認知を後押ししてくれる。やっぱり相澤先生は、私に活躍の場を与えてくれたのだろう。障害物走の時のような悪目立ちではなく、ちゃんとポジティブに目立てるように。

 

 贔屓だと言われれば、まぁそうだろう。

 でも、私は贔屓される側なので、手前勝手にそこは見て見ぬ振りをする。

 轟師匠が氷を溶かすのを待つ必要がなくなって進行はスムーズになるし、観客はある種のショーを体験することで退屈を覚えることもなく、私は私で個性のアピールになった。

 相澤先生の大好きな合理性に加えて、ちょっとのデレ要素。まったく、相澤先生は本当にツンデレだ。

 

 私は万雷の拍手の中、できるだけの優雅さを心がけて、腰を折った。

 

 

 

 

 

 

「雪柳、あんたチア衣装でがっつり全国中継されたけどよかったの?」

「正直、ちょっとだけ後悔してます」

 

 響香ちゃん、それ気にしないようにしてたんだから言わんといてくれ。

 




 
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