「あ、どんまいくん、瀬呂です。お疲れさまでした」
「おい雪柳ィ!!! 俺はどんまいくんじゃねぇ! そして瀬呂ですってなんだ!?」
「おっと、間違えました。瀬呂くん、どんまいです」
「絶対わざとだろ!? お前そんなキャラだったか!?」
体育祭でただでさえテンション上がってるし、相澤先生にお膳立てされてあんなに良い見せ場を作れたんだ。そりゃちょっとくらいキャラも変わるってもんさ。
「上鳴の試合はもう終わってしまったぞ」
「あー、マイク先生の声聞こえてたわ。瞬殺だったんだって?」
「まぁ、B組の女子が普通に強かったから、勝敗自体はしょうがねぇけどよ……」
「この勝負一瞬で終わる、とかなんとか言っちゃってさ。まさか一瞬で負けて終わるとはね」
はぁ、と響香ちゃんがため息を吐く。まぁ、この言われっぷりもやむなしのダサさではあった。壁を挟んだ隣の観戦席スペースから金髪で顔立ちの整った男子がいきなり顔を覗かせて「あれれ~? おっかしいぞ~? A組はB組より優秀なはずなのにな~?」とかなんとか、どこぞの小さな名探偵っぽいセリフで煽ってきたのだが、それにすら反論もできないくらいだ。ちなみに彼はB組の人らしい。
「……ってか、雪柳! お前絶対俺より目立ってたぞ!! ただでさえマイク先生に地味とか言われて、轟に瞬殺されていいとこなしなのにさぁ!!」
「あぁ……まぁ冷ややっこの後に家系ラーメン食べたら、冷ややっこの味なんて覚えてられませんよねぇ」
「何そのたとえ!? 俺は豆腐かよ!?」
「醤油とか薬味くらいはかかってたと思いますよ?」
「どっちにしろ覚えてられねぇだろそれ!!!」
それはそう。
「や、冗談ですよ……まぁ、瀬呂くんは目立たなくても本戦まで出場したんです。私はさっきこそ派手に個性を使わせてもらってプラスの印象を与えたでしょうけど、予選であの悪目立ちっぷりでしたから。私と瀬呂くんのどちらが評価されるかなんて、わかりきった話ですって」
たった4kmを完走するだけのことにサライを流された人間を、わざわざプロヒーローが見染めてくれるとは思えない。ヒーロー事務所は星の数ほどあるけれど、それを加味してもきちんと第一種目を勝ち抜いたヒーロー科40人以上に、まして本戦まで進んだ14人以上に評価されるということはないと思う。たぶん、普通科の心操くん以下だろう
……いや、でもちょっと、ほんのちょっとだけそれでもワンチャンくらいはないかな、とか思ってはいるけど、まぁないだろう。いやでも……いやないか……。
「けれど、雪柳さん! 雪柳さんの個性は本当に素晴らしいものですわ! きっとその潜在能力の高さに目を付けるプロの方はいらっしゃるはずです。そんなに自分を卑下することはありませんわ!」
「あ、ありがとうございます百ちゃん……」
なんかプリプリしながら百ちゃんが褒めてくれた。個性把握テストのときにも、初対面でべた褒めしてくれたことを思い出す。なまじ百ちゃんがすごい人だから、うっかり調子に乗ってしまいそうになる。
「――っと、次、始まりますね」
と、なんやかんや話しているうちにフィールドの修繕も終わったようで、プレマイ先生が次の対戦カードの紹介を始める。
第4試合、飯田くんvs発目明さん。
発目さんは、心操くんと同じヒーロー科以外での本戦進出者だ。騎馬戦で一緒にチームを組んだという緑谷くんとお茶子ちゃん、それに常闇くんからついさっき話を聞いたが、彼女はサポート科であるらしい。
サポート科の生徒は自分で作ったサポートアイテムなら持ち込みが可能だそうで、つまり発目さんはここまでサポートアイテムを駆使して勝ち上がってきたわけだ。
そんな彼女と、個性も込みで運動能力の高い飯田くんは、はたしてどんな試合を繰り広げるのか。
と、そう思っていたのだが……。
「――これは、試合じゃありませんでしたね」
「通販番組を見ているような気分だったわ。飯田ちゃん、弄ばれてたわね」
よくもだましたァァァァ!! だましてくれたなァァァァ!! と、フィールドで一人叫ぶ飯田くん。彼の咆哮には見る者の心を締め付ける悲痛さが存分に内包されていた。
「でもさ、あの飯田から10分も逃げ回ってたの普通にすごくない? や、騎馬戦の時点で十分すごかったけど」
「うんうん、私たち頭の上、びゅーんっ! って飛び越えられちゃったもんね!」
確かに、響香ちゃんの言う通りだ。
結果的に試合の体を成していなかったとはいえ、飯田くんは本気で発目さんを捕まえに行っていた。しかし、彼女はお手製のマイクとスピーカーで自身の作ったサポートアイテムの解説をしつつ、完全に飯田くんを翻弄していたのだ。
発目さんは思う存分プレゼンを行って満足したのか、最後には自ら場外へと歩み出て舞台を去ったわけだが、飯田くんの体力が尽きるまで逃げ回ることも決して不可能ではなかったように思える。
なんにせよ、壮絶な戦いだった。今のところは最長の試合時間だったし、ある意味で見応えがあった。うん、ベストバウトかも。飯田くんに言ったら膝から崩れ落ちそうだけど。
※ ※ ※
さて、その後も一回戦のカードは順調に消化されていった。
第5試合は三奈ちゃんvs青山くんで、青山くんのネビルレーザーの連射を三奈ちゃんが素早い身のこなしで避けまくり、隙を突いて酸で攻撃。青山くんのベルトとついでにズボンをダメにしたところで三奈ちゃんが一気に接近し、青山くんは顎にがっつりアッパーカットの一撃をもらってあえなくノックダウンとなった。
第6試合は常闇くんvs百ちゃん。開始早々、常闇くんが個性を使って百ちゃんに襲い掛かり、百ちゃんはこれに対して盾を生み出して直撃を防いでいったが、防戦一方となってそのまま押し出され場外。随分とあっけなく試合が決着してしまった。
第7試合は切島くんと、B組の鉄哲徹鐵くんの個性ダダ被り対決だった。切島くんの個性は知っての通り『硬化』で、鉄哲くんの個性は解説の相澤先生によると『スティール』というものらしい。二人とも、要するに硬くなるってわけだ。試合の内容もとにかく真っ向からの殴り合いで、最終的にはクロスカウンターでダブルノックアウト。ミッドナイト先生により引き分けが宣告され、二回戦への進出者は両者回復次第、腕相撲で決定するらしい。
そして、一回戦最後の第8試合はお茶子ちゃんvs爆豪くんという一番ヤバげなマッチアップ。何がヤバいって爆豪くんがヤバい。アレが女子相手でも容赦なく爆殺しようとする危険人物であることは疑いの余地がない。
しかし、そんなことはもちろんわかっているであろうお茶子ちゃんは、麗らかな女子であると同時にヒーローの卵でもあるのだ。当然棄権なんてことはせず、むしろ開始の合図と共に低い姿勢で爆豪くんに突っ込んでいった。
爆豪くんの戦闘センスはずば抜けている。それは、かつての戦闘訓練や、ここ一週間のヒーロー基礎学を思い返せば、私でもわかるようなことだ。
故に、お茶子ちゃんの策はことごとくが通用しなかった。序盤の、自身の体操服と爆炎を利用した背後を取る動きも、終盤に見せた一発逆転の流星群すらも。
爆豪くんはそのすべてを打ち砕いて、二回戦へとコマを進めたのだった。
「お茶子ちゃん、大丈夫かしら……」
「爆豪くんも怪我をさせることが目的でなく、勝つことが目的でやってたわけですから、わざと大怪我になるような攻撃はしてなかったと思います。きっと、大丈夫ですよ」
絵面が絵面だったので、途中、爆豪くんへのブーイングがすごいことになってしまったのだが、相澤先生がぴしゃりと言ってこれを納める、なんて一幕があった。相澤先生の「本気で勝とうとしているから、油断も手加減もしていないのだ」という言葉はまったくその通りだったと思う。
何はともあれ、一回戦はすべて終了……あいや、切島くんと鉄哲くんの腕相撲が残ってるけど、とりあえず小休憩を挟むらしい。
腕相撲見逃しちゃうかもしれないけど、この間にトイレに行っておこう。実はさっきから少し我慢していたのだ。
「……さて。私、ちょっとトイレ行ってきます」
「あ、ウチも行く」
「私もー!」
私が一言言って立ち上がると、響香ちゃんと透ちゃんも立ち上がった。なんか一緒に行く流れみたいになっちゃったけど、ちょっと待ってほしい。
「あの、すみません。私、職員用のトイレ使うことになってまして……」
「え、なんで……あ、あぁ~!」
「ああ、そっか。なんか今、うっかり忘れてたわ……もう、別に気にしなくてもいいんじゃないの?」
「いえいえ、二人がそう言ってくれるのはともかく、他のクラスの生徒も利用する場所ですから……」
響香ちゃんはさっきチアのときに気遣ってくれたから、本当にただのうっかりだとは思うのだけど……忘れるくらいに私を受け入れてくれているのだと考えれば、喜ばしいことなのかも。
でも、まぁ、それはそれ。けじめというか、線引きはきちんとしなればいけない。
「では、そういうことなので」
と、私は一人でさっさとトイレに向かう。職員用トイレは教職員控室の傍にあって、クラスの観戦席からはそこそこ離れているのだ。
急げば腕相撲にも間に合うかも、と私は小走りでトイレに向かう。
――すると。
「――む、君は」
廊下の曲がり角でばったりと、燃え盛るおじさんに遭遇した。
燃え盛るおじさん……っていうか、この人。
「エ、エンデヴァー、さん……!?」
現役のナンバー2ヒーロー、エンデヴァー。決してヒーローに詳しくない私でも、彼のことは当然知っていた。
まさか、わざわざ会場に足を運んで雄英体育祭を見に来たのか……? いや、もしくは会場の護衛依頼を受けた一人? あのエンデヴァーが? うっそん。
というか、エンデヴァーがでかすぎる。オールマイト先生然り、体格がよくないとトップヒーローにはなれないのかな……いや、エンデヴァーに続くナンバー3のホークスは普通の体格だし、そんなことないのはわかってるんだけど。
「君は、予選で敗退していた雪柳くん、だな」
「うっ……は、はい。雪柳氷雨、です」
ああ……ナンバー2ヒーローにあの醜態を見られていたというこの現実……改めて突き付けられると恥ずかしさとみじめさでまた泣きそうになってくる。名前まで憶えられてるしマジで最悪だ。やっぱりプレマイ先生には一発入れてやらないと気が済まない。
エンデヴァーはすっと目を細めて、私のことを見下ろしてくる。
「君の体力のなさはヒーローを志すにあたって論外だが……しかし、素晴らしい個性だったな」
「……へ?」
「障害物走では個性制御の緻密さにばかり目がいったが、先ほどの焦凍の試合の後には個性の効果範囲に度肝を抜かれた。よほど訓練を積んでこなければああはいくまい」
「……あー、いや……」
個性の訓練らしい訓練なんて、したことないです。ちょうどこれからやろうかなって思ってるところです。
……や、とは言えもちろん、生まれつきこんなに強い個性だったわけではないが……たとえ相手がナンバー2ヒーローであっても、おいそれとは明かせない事情によるところだ。適当に誤魔化すしかない。
「……ま、まぁ多少は。というか、焦凍って……轟くんのこと、ですよね? あの、どういうご関係で?」
私がそう尋ねると、エンデヴァーはむっと顔をしかめた。
「……あれは、俺の息子だ」
「え、えぇぇぇぇ!? し、師匠がエンデヴァーの息子ぉ!?」
何それ、何それ私知らない。初耳すぎてすんごい大声出してしまった。
「君……師匠というのは?」
「えっ、あっ……。……い、いえあの、とどろ……しょ、焦凍くんの個性の使い方をちょっと参考にしたことがあって、それでその、心の中で勝手にそう呼んでただけ、です。いやあの、なんかすみません」
どこの馬の骨とも知れない小娘が心の中で息子を変な呼び方しているとくれば、普通の父親は微妙な反応をするだろう。まして、この見るからに厳格そうなエンデヴァー氏……おーまいごっど。神よ、私を救いたまへ。
「……ふむ、面白い。君の個性は、焦凍の歩むべき覇道を支えうるかもしれんな……」
「……え?」
しかし、しばらくして帰ってきた返答は、私の想像の斜め……上? 下? 師匠の覇道って何? まぁとにかく予想の範囲外だった。
まったくもってわけがわからず困惑する私に、エンデヴァーは「呼び止めて失礼、探し人がいるのでな」と言い残して、さっさと去っていってしまった。
「……え?」
いやホント、なんだったんです?