『雪女』のヒーローアカデミア   作:鯖ジャム

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第2話 雪女とサバイバル その1

 四月はあっという間に訪れた。主には、忙しさのせいで。

 

 雄英高校に呼び出されて裏口入学っぽいのが決まったあの日から、割とたくさんのことがあった。

 中学校に雄英に受かったことを報告したらてんやわんやの大騒ぎになって、クラス中、学年中どころか、学校中の注目の的になってしまったり。

 今住んでいる家から雄英に通うのは大変なので、部屋探しをしたり。

 それに伴って、いろいろと家の整理をしたり。

 はたまた、あの日あの場で提出した以外に必要な書類を雄英へ送ったり、あるいは必要な手続きをしたり。

 

 随分と目まぐるしい日々を送り、いつの間にやら中学校は卒業。

 ただ、三月の末には新居に入ることができて、多少なりとも落ち着いた状態で雄英高校の入学式の日を迎えることができた。

 

「蟹田さんには感謝だな、うん」

 

 私が住んでいた家の近所にあった、児童養護施設の施設長である蟹田さん。

 中二の頃に祖母が亡くなり、いわゆる天涯孤独となった私は、しかし周りに無理を言ってその施設には入らなかった。私の無理が通るように便宜を図ってくれて、ついぞ一緒に暮らしもしなかった私の後見人をしっかりと務めてくれているあの人は、本当に人格者だ。

 今まで以上に生活圏が離れて、しかし私が何かをやらかせばあの人に迷惑がかかるのだと思うと、いやが上にも気が引き締まる。

 

 ……気が引き締まる予定だったんだけど、ねぇ?

 ちょっとこう、思ったより身支度に時間がかかって、家を出るのが遅れまして。

 

 入学式に遅刻とか、いろんな意味でヤバすぎる。流石にこれでいきなり保護者呼び出しとかはないだろうけど、初日から先生たちに目を付けられて……って、よくよく考えてみれば特別スカウト枠なんてもので入学してる時点で目は付けられてるな。杞憂というか、手遅れというか。

 

 と、まぁなんだかんだ言いつつ、結局は時間ギリギリで教室にたどり着くことができた……ん、だけども。

 

「…………」

 

 教室入り口が個性バリアフリーな超でっかい扉で、ちょっと驚いたけどこれはまぁよし。

 その入り口で緑がかったもじゃもじゃ髪の男子と、茶色のショートボブ……っぽいような微妙によくわからない髪型の女子が喋っていて、私が中に入れないけどこれもまぁよし。

 そして、その女子の背後の足元に、明らかに人の入ったカラシ色の寝袋が転がっているのも、まぁ……いやダメ。これがダメ。

 

 頭、というか顔の部分だけが見えてるんだけど、地面に垂れたあの黒いボサボサの髪は……たぶん、たぶん相澤先生だ。いや自信がない。違うかもしれない。違う方がいい。

 

「……お友達ごっこがしたいなら他所へ行け。ここはヒーロー科だぞ」

 

 寝袋のファスナーを開けつつ、10秒でチャージできそうなアレを0.1秒くらいで吸い尽くして、のっそりと立ち上がる……相澤先生。

 彼は、一瞬だけ私の方をちらりと見て確認し、それから呆然というかドン引きというか、とりあえず固まっているもじゃもじゃくんとショートボブ女子、ひいては教室の中にいるであろう生徒たちに顔を向けた。

 

「はい、静かになるまで8秒かかりました。君たちは合理性に欠くね」

 

 どう見ても常識に欠いてそうな人がなんか言ってる……。

 

「担任の相澤消太だ。よろしくね」

 

 相澤先生がぼそぼそと簡潔すぎる自己紹介をすると、教室の中から軽いどよめきが聞こえてきた。そりゃどよめくだろうさ。これにどよめかないクラスメイトとやってく自信は私にはない。

 

 それにしても、担任、か。裏口入学(語弊のある表現)の話のときに相澤先生がいたのは、そういうことだったんだろうか。

 

 と、完全に教室に入るタイミングを失った私がそんなことを考えていると、相澤先生は寝袋の中から何かを取り出した。

 

「さっそくだが、これ着てグラウンドに出ろ」

 

 その手に掲げられたのは6分袖くらいのジャージ、もとい体操服と言うべきか。相澤先生はたぶん人数分の束をもじゃもじゃ髪の男子にどさっと手渡したかと思うと、寝袋を片手に私の方へと歩いてきた。

 

「初日から遅刻ギリギリか雪柳。話は聞いてただろ、ほれ」

「う、す、すみません」

 

 軽く血走った目で見下ろされると、とても反論はできない。ギリギリでも遅刻じゃないんだからいいじゃん、なんて思っても言えるわけがない。

 とにかく相澤先生は私に直接体操服を渡すと、そのまま横を通り過ぎようとした。

 

 が、私は慌てて彼を呼び止める。

 

「……え、あ、相澤先生!」

「なんだ?」

「えーっと、あの、私の個性……女子更衣室は、ちょっと」

「……ああ、なるほど。なら付いて来い。途中で適当な空き教室をあてがってやる」

 

 おぉう、伝わった。

 ということは、()()()()()()()もちゃんと把握してくれてるわけだ。まぁ、事前に個性届提出したんだし、当たり前なんだろうけど。

 

 

     ※ ※ ※

 

 

「「「「「個性把握テストォ!?」」」」」

 

 ようやくお目にかかった1年A組の面々が、びっくりするくらい綺麗に声を合わせて驚きをあらわにした。何? もしかして私が一人で着替えてる間にもう仲良くなるイベント発生したの? この十分前後でもう私乗り遅れたの?

 

 若干不安になっていると、さっきのショートボブっぽい女子が「入学式は? ガイダンスは!?」と不安そうな声を上げた。

 

「ヒーローになるなら、そんな悠長なことをしている時間はないよ。雄英は自由な校風が売り文句で、それは先生側もまた然り」

 

 相澤先生が相変わらずぼそぼそとそう言うと、A組のみんなは少しざわついた。

 

 でも、私はむしろ「なるほど」と思って、特にリアクションはしなかった。

 だって、特別スカウト枠とか用意しちゃうくらいだもんね。私がここにいること自体が自由な校風の極致みたいなもんじゃんね。というか、みんなだって担任教師が寝袋に入って登場するとかいう異常な出来事を思い返せば、嫌でも納得できるんじゃないだろうか。

 

 ……まぁ、ともかく今は個性把握テストだ。

 相澤先生の説明を聞くに、要は中学でもやってきた個性禁止の体力テストを個性を使って行う、ということらしい。

 

「実技入試の成績トップは……あー、爆豪だったな」

 

 相澤先生は少し言い淀んで、前の方に並んでいる薄めの金髪のつんつんヘアーな男子に視線を向けた。彼が、デモンストレーションをするようだ。

 

 私は一応、一般入試では不合格だったことになっている。で、それに伴って実技成績がトップだったという事実も公式には消滅しているのだ。

 これは特別スカウト枠で合格するにあたって了解していた条件のひとつで、特に文句はないんだけど……後でバレたらちょっと角が立ちそうな気がするのは、私の自意識過剰だろうか。

 

「――死ねぇ!!」

 

 BOOM! と。

 そして、ぶわっ、と。

 突然、腹の底に響くような爆発音がして、それから物凄い突風と砂埃に襲われた。

 

 件の爆豪くんが、個性を使ってボールを投げたらしい。全然ちゃんと見てなかった。というか、気のせいじゃないなら「死ね」って言わなかった?

 

 相澤先生がまたまたぼそぼそと何か言ってるけど、さっきの爆音のせいで耳がキーンとなっててよく聞こえない。ただ、彼の持っている端末の液晶には『705.2m』と表示されており、それが爆豪くんのソフトボール投げの記録らしい。

 

 個性禁止の体力テストでは到底お目にかかれないド派手な記録に、A組のみんなは興奮をあらわにしていった。

 しかし、誰かさんがこぼした「面白そう!」という言葉を聞いた途端、相澤先生の雰囲気が変わる。

 

「面白そう、か。ヒーローになるための三年間、そんな腹積もりで過ごす気か?」

 

 相澤先生は不敵に笑って、よし、と小さく呟いた。

 

「トータルの成績が最下位だった者は、見込みなしと判断して除籍処分にしよう。生徒の如何は、俺たちの自由だ」

「な、入学初日ですよ!? いきなり除籍って、そんなの理不尽すぎる!」

「理不尽を覆してこそのヒーローだ。ほら、プルスウルトラさ。全力で乗り越えてこい」

 

 

 そんな具合で、入学初日からまさかの個性把握テスト(サバイバル)が始まってしまった。

 

 

     ※ ※ ※

 

 

 さて、どうやら私は出席番号が一番最後のようだ。中学生の頃も一年生の時以外は一番最後だったので、慣れていると言えば慣れているのだが、クラスの人数はいつも偶数人だった。

 

 つまり何が言いたいかと言うと、第一種目、二人ずつで走る50m走を私は最後に一人でやる羽目になった。この1年A組は21人で、奇数人のクラスだったのだ。

 

「わっ、すっごい色白!」

「髪の色も真っ白だし、個性の影響か? どんな個性なんだろ」

「胸はないけど、イイ!」

 

 そして案の定、注目を一身に浴びてしまう。

 裏口入学してる(語弊のある表現)手前あまり情けない記録は出したくないのだが、私の個性は機動力に直結する応用方法がない。入試のときも、個性の効果範囲の広さに物を言わせただけだった。

 

 しかし、だ。

 

 順に50m走を走っていく生徒たちの中に、私と似たような個性の持ち主がいた。

 だから、その人物がやっていたことを真似することにした。躊躇はない。戦わなければ生き残れないのだ。

 まぁ、とは言えまるっきり真似するのは難しそうだったので、実際には参考にする程度。ただ、それでも私の中にはないアイデアだったから、ありがたく、そして遠慮なく使わせてもらうとしよう。

 

『位置ニツイテ、ヨーイ』

 

 パンッ、というスタートの合図とともに、私はとりあえず走り出す。

 そして。

 

「むむっ、氷!?」

「さっき、同じ個性のやついたよな!?」

 

 私はコースの途中に氷の階段を生み出してそれを駆け上がり、さらにその先に作ってあった氷の滑り台をお尻でつるーっと滑っていった。あとは、そのままゴール地点まで氷の道を伸ばしていけば――。

 

『ピピッ、6秒22』

 

 ――と、まぁまずまずの結果になった。少なくとも、普通に走るよりは絶対に早かったのでヨシ。

 

 体育座り、あるいは某幼稚園児の「ケツだけ歩き」みたいな格好でゴールを過ぎたところに座っていた私は、ふぅ、と息を吐いて立ち上がった。滑りをよくするために表面が濡れる程度の温度で氷を作ったので、お尻がびちょびちょだ。

 

「すごいですわね、氷を生み出す個性ですか?」

 

 下着まで濡れている不快感に顔をしかめていると、不意に話しかけられた。

 

「あー、ええと……」

「あ、失礼いたしました。私、八百万百と申しますわ」

「これは、どうもご丁寧に。私は雪柳氷雨です」

 

 八百万さんは、確か私の直前に50m走を走っていた人だ。準備運動とシミュレーションをしていたので、彼女がどんな個性を使っていたのかは見ていなかったけど。

 

「……えっと、私の個性でしたね。まぁ、そうです。氷や雪を生み出したり、あとはそれを操作したりする個性なんです」

 

 普通に名付けるならば、『氷雪』とでもいったところか……まぁ、私の個性がこれだけならの話だけど。

 とりあえず氷の操作の実演として、私は濡れたお尻の部分を凍らせ、それを氷の塵にして脱水を図って見せた。

 

「まぁ、そんなこともできますのね! 氷の滑り台も、かなり素早く作ってらっしゃいましたし、個性をとても扱い慣れているように見受けられますわ。きっと、たくさん鍛錬なさったんでしょう?」

「え……あー、まぁ、そうですね」

 

 違う、とは言いづらいなぁ……。

 バランスを取るわけじゃないけれど、なんとなく卑下しておいた方がいいような気がした。

 

「ええと、正直……あまり個性を活かすアイデアは持っていないんです。さっきのも、ほら、あの人がやっていたことを自分なりに工夫しただけでして」

 

 私の視線の先には、右側が白髪、左側が赤髪のなんだかおめでたい感じの男子がいた。彼こそは、私と似たような個性を持つ――つまり、50m走の時に氷を生み出していた人物だ。

 彼もまた氷の滑り台を作って50mを駆け抜けた、もとい滑り抜けたのだが、私がわざわざ階段を作ったのに対し、彼はスタート地点でいきなり足元に氷を生成して素早く自身を持ち上げ、私よりも長い距離を滑走したのだ。

 しかも、私みたいにお尻で滑るのではなく、スノーボードででも滑るみたいな感じで、それはもうスタイリッシュに。なんならポケットに手を突っ込んでたし。そもそもめっちゃイケメンだし。

 びちょびちょになったのを乾かすために尻からダイヤモンドダストしてるような私とでは、かっこよさの具合が月とすっぽんだった。

 

「彼は確か、轟さんですわね」

「知り合いですか?」

「私、実は推薦入学なのですけれど、彼も推薦入試の場にいて、優秀な成績を収めておいででしたわ」

「はー、推薦」

 

 なるほど、道理で個性の扱いが堂に入ってる……いや、推薦ってそういうことなんだろうか? というか、八百万さんも推薦入学なのか。

 

「雪柳さんは謙遜なさいましたけど、同系統とは言え他の人の個性を見ただけで、そしてそれを自分なりに工夫してすぐに実践できるのは十分すごいことだと思いますわ」

「お、おぉう、ありがとうございます……」

 

 なんだかやたらと褒められて、嬉しいやら恥ずかしいやら。

 

 たぶん顔赤くなってるな、なんて思っていたら相澤先生がやってきて「雪柳、おまえこれ消せるのか?」と私が作った滑り台を指しながら尋ねてきた。

 私は「あっはい」と言って頷き、さっきの尻からダイヤモンドダストと同じ要領でコースの氷をぜんぶ塵にして、クラスメイトたちのいない方向に吹き飛ばす。

 

 すると、ちょっとした歓声が上がった。陽の光を反射した氷の塵がキラキラと煌めいて、なんか無駄に幻想的な光景になったのだ。

 

「わぁー! すっごーい!!」

「今の、あの白い女子がやったのか!」

「ケロ。ちょっと寒いけれど、すごいわね」

 

 すごいすごいと口々に褒められて……こう、照れるな……。

 

 口角が上がりそうになるのを堪えつつ、まだまだ続く個性把握テストを思い、私は改めて気を引き締めた。

 




 
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