『雪女』のヒーローアカデミア   作:鯖ジャム

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第20話 雪女と個性だらけの大運動会 その7 トーナメントの終わり、体育祭の終わり

 結論から言うと、小休憩明けのトーナメント二回戦第一試合はとんでもないことになった。

 

 一回戦を勝ち上がってきた轟師匠と緑谷くん。開会式の前、クラスの控室で堂々と宣戦布告し、同じく堂々と受けて立った因縁の二人が、ついに直接対決することと相成ったわけだ。

 

 開始直後、轟師匠が得意の初手氷結ぶっぱで緑谷くんを封じにかかったが、緑谷くんはこれに個性で対抗した。例の超パワーでもって指をはじき、でたらめな風圧を起こして師匠の氷を粉砕したのだ。

 その後も、師匠の氷結攻撃や接近に対して毎度個性で対応していった緑谷くんは、あっという間にボロボロになっていった。先週のヒーロー基礎学では自分を壊さずに個性を使おうと四苦八苦している様子が見られ、実際ほんの数回程度は成功させているようだったのだが、今回はもはや怪我をしないようにという意識はまるでなさそうだった。

 緑谷くんはこのまま師匠の攻勢に呑まれてしまうのかと思ったが、彼は粘り続けた。粘り続けて、師匠の弱点を――氷の個性を使うたびに身体に霜が降りて動きが鈍り始めていること、そして氷結攻撃の勢いが弱まってきていることを看破したのだ。

 

 私は、戦闘訓練の時を思い出した。私が轟師匠と直接戦った時のことだ。

 私の放った雪玉で埋もれた師匠は、白い息を吐いて顔を歪めていた。序盤は雪玉を動いて避けようとする素振りを見せていたが、後半はそれがなくなって、必要最低限の氷で盾を張るだけになっていった。

 あれはつまり、個性を使うことで、そして私の雪による攻撃などで体が冷えてしまっていたということだ。

 私の個性と師匠の個性の半分は、一見似ている。でも、この世に二つと同じ個性がないと言われているし、実際に私と師匠の個性は随分と実態が違う。

 いくつもある相違点のひとつ。

 私の個性は、身体を〝冷え〟に強くしてくれている。たぶん、真冬の北海道で全裸寒中水泳もいけるくらいには強い。やったことないけど。

 でも師匠には、それがないのだ。

 

 しかし、師匠がその解決策を持っていないわけじゃない。師匠の個性を知っていれば――あるいは、師匠がエンデヴァーの息子だと知っていれば思い付く、簡単な解決策がある。

 

 緑谷くんも、それを指摘した。

 でも師匠は、それを拒否した。

 

 師匠がどうしてそんなに炎を使いたがらないのか、ずっと、ずっと私にはわからなかった。戦闘訓練の時も、USJの時も。

 ただ、戦闘の音に紛れて聞こえる二人の会話の端々から、ぼんやりと……本当にぼんやりとだが、轟師匠の家庭に、父親に――エンデヴァーに関する何かがあるのだということが、ようやくわかった。

 

 攻撃を食らっていないのにもはや満身創痍な緑谷くんと、数発もらったもののそれ以前に身体を冷やし過ぎて動きが鈍り切っている師匠。二人は言葉を、心をぶつけながら戦っていた。

 

 状況を変えたのは、緑谷くんの腹の底から振り絞ったような叫び声だった。

 

 ――君の、力じゃないか。

 

 その言葉がどうして師匠に刺さって、どんなふうに師匠の心を変えたのかは、正直ほとんどわからない。

 けれど、師匠は次の瞬間、炎を使った。

 あれだけ頑なに、指摘すれば殺意すら向けてくるほどに忌避していた炎を使ったのだ。

 

 轟師匠はそれから、自身の炎で身体が暖められたことで再び全力に近いだけの氷結攻撃を放った。

 緑谷くんはそれを避けて、最後の力を振り絞るような急接近を見せたが――師匠の武器は、もはや氷結攻撃だけではない。彼が纏う左側の炎は、当然身体を温めるだけのものではなかった。

 

 緑谷くんがボロボロの拳を大きく振りかぶり、轟師匠が今度は全力の炎でそれを迎え撃とうとした。

 

 ……相澤先生曰く、散々冷やされていた空気が急に熱されたことにより、膨張したらしい。

 それと、おそらくは緑谷くんが放った拳の風圧も合わさって、観客席の随分上の方にいる私たちですら吹き飛ばされそうになるほどの爆風が巻き起こったのだ。

 

 そして結局――立ち込めた煙が晴れたそこには、場外の壁に叩きつけられ、倒れ行く緑谷くんの姿があった。

 

 

     ※ ※ ※

 

 

 そんな凄絶な一試合目のあと、私は飯田くん、お茶子ちゃん、梅雨ちゃん、峰田くんの四人と一緒に保健室に運び込まれた緑谷くんの下に駆けつけたりしたのだが……その辺りは割愛しよう。

 

 少々長引いたフィールドの修繕が終わり、第二試合に飯田くん対B組の塩崎さん、第三試合に三奈ちゃん対常闇くんの対決が行われたが、第一試合の迫力がすごすぎたことを差し引いても、どちらもあっという間に終わってしまった。

 飯田くんは持ち前のスピードですぐさま塩崎さんの背後を取って、肩を押して紳士的に場外へ運び出した。常闇くんは三奈ちゃんの運動神経をもってしてもどうしようもない速度で攻撃を繰り出し、最終的に場外へと尻餅をつかせるように追い込み切ったのだ。

 

 続く第四試合の決着もあまり長くはかからなかった。爆豪くんと、一回戦で鉄哲くんと引き分けた後に、腕相撲で勝負して勝ち進んだ切島くんのマッチアップだ。

 爆豪くん相手に長期戦はマズいと踏んだらしい切島くんが最初から個性を全開にしての猛攻を加えたのだが、ところどころで爆豪くんはカウンターを返していき、次第に形勢が逆転。最後には切島くんの個性に緩みが出たところで、爆豪くんが連続爆破を繰り出し、切島くんをノックアウトしたのだった。

 

 そして、準決勝。

 

 最初の対決は轟師匠と飯田くんのものだった。プレマイ先生が「両者ともにヒーローの家系出身」と言っていたが、飯田くんの方は初耳だった。いや、師匠の方もついさっき知ったばっかりなんだけど。

 近くに座っていたボロボロの緑谷くんに尋ねると、飯田くんは代々ヒーロー一家で、お兄さんはターボヒーロー・インゲニウムであるらしい。さほどヒーローに詳しくない私でも普通に知っている名前だったので、驚いた。

 で、そんな二人の戦いなのだが、試合時間自体は短かったものの、見ごたえのある攻防が繰り広げられた。

 飯田くんが高速移動で師匠を翻弄しようとし、逆に師匠は氷の壁を作ることで飯田くんの行動範囲に制限をかけた。轟師匠がさらに氷で追撃したが、飯田くんはこれを回避して一気に接近、一発目の蹴りをよけられたものの、続く二発目を師匠の後頭部にクリーンヒットさせた。

 すぐに立ち上がれない師匠を掴んだ飯田くんは、そのまま場外まで持って行こうと再びフィールドを駆けたのだが、何故か突然停止。どうやら飯田くんの脚にある排気口を師匠が凍らせていたようで、身動きの取れなくなった飯田くんは直後に全身を氷漬けにされてしまい、決着が着いたのだった。

 

 次の対決は常闇くんvs爆豪くん。ここまで、爆豪くんの方は内容のある試合を勝ち進んできたわけだが、対する常闇くんは二戦ともほとんど内容がない――すなわち、圧勝してきていた。

 どちらが勝ってもおかしくない。そういうマッチアップだと思っていたのだが……結果的には、ほとんど爆豪くんの完封勝利だった。

 どうも、常闇くんの個性『黒影(ダークシャドウ)』は光にめっぽう弱いらしい。爆豪くんはその事実を試合中に突き止め、まばゆい閃光を伴う爆破を行ってすぐさま常闇くんを地面にねじ伏せたのだ。

 

 ……しかしまぁなんというか、爆豪くんの試合は毎度毎度見た目が派手だ。試合内容がどんなものであれ、彼が個性を使うだけでそれはもうインパクトのある絵面になる。

 いつだか……ああ、USJに向かう時の、バスの中だったか。確か切島くんが、私と轟師匠と爆豪くんの個性が派手だし強い、と評していたが、この体育祭でまさにその面が発揮されている。私だって、強さの方はほとんど見せられなかったけど、相当に個性で目立ったわけだし。

 

 ともあれ、いよいよ決勝。

 まさにその、派手で強い個性を持った二人が対峙する形となった。

 

 ……が、残念ながらその戦いは、互いが持てるすべての力を振り絞った戦いにはならなかった。

 轟師匠は爆豪くんとの攻防にもやっぱり右側の氷しか使わず、一度炎を見せたかと思ったが、しかし結局それを収めて、呆気なく爆豪くんにやられてしまったのだ。

 

 飯田くんとの試合で師匠が炎を使わなかったのは、使う必要がなかったと言われればそれまでだ。彼は実際に使うまでもなく勝っているのだから。

 

 だが、今回は違う。

 轟師匠は負けた。炎を使っていたとして、爆豪くんの一撃をどうにかできたかはわからないが、それでも彼は明確に炎という矛を収めて、敗北したのだ。

 

 爆豪くんが気絶した師匠に掴みかかったのは、致し方ないことだと思う。

 

 爆豪くんはどこまでも本気だった。

 明らかに戦闘力に差のあるお茶子ちゃんを、それでも手加減も油断もせずに真正面から打ち破った彼。

 決勝に至るまでに切島くん、常闇くんと戦った時も……いや、それ以前の障害物走や、私は見れていないが騎馬戦のときだって、きっと彼は本気で戦っていたはずだ。

 予選で落ちた情けない私のことすら、叩き潰すべき敵と認識していたのだ。

 

 轟師匠には轟師匠の、やむにやまれぬ複雑な事情があるのだろうけど。

 でも、師匠が爆豪くんの本気を踏みにじるような真似をしたのは、どうしたって否定できない事実だ。

 

 ミッドナイト先生によって爆豪くんが眠らされ、彼の優勝が告げられる。

 

 大歓声と拍手の中、私はこの結末にほんの少しだけ後味の悪さを感じていた。

 

 

 

 

 

 ……まぁ、それにしたって表彰式のアレはないと思うけどね、爆豪くんや。

 

 

 

     ※ ※ ※

 

 

 表彰式、閉会式後の教室にて。

 

「――はい、おつかれっつーことで、明日と明後日は休校だ。プロからの指名なんかはこっちでまとめておいて休み明けに発表するから、ドキドキしながらしっかり休めよ。以上、今日は解散だ。号令を……八百万」

「はい」

 

 教壇に立った相澤先生がほんの少し喋って、百ちゃんの号令で簡単なHRが終わる。

 

 いつも号令は飯田くんがやっているのだが、彼は家庭の事情で早退してしまった。せっかく3位に入賞したのに、表彰式にも出ないうちに、だ。

 

 なんとなく、嫌なことを思い出す。

 中学二年生の、夏休み前。学期末のテストを受けている最中に突然先生に呼び出され、おばあちゃんが亡くなったと聞かされて、早退したときのことだ。

 

「……ふぅ」

「雪柳さん、お疲れさまでした。お身体の具合は大丈夫ですか?」

「え? あ、ええ、大丈夫ですよ。午前中の障害物走で走っただけですし、みなさんよりは全然……っと、すみません。私、相澤先生に話があるので、これで」

「あら、そうでしたか。では、また休み明けに」

「はい、また」

 

 百ちゃんや、教室に残ってる他のみんなにも程々に挨拶して、さっさと教室から出ていってしまった相澤先生を追った。

 

「相澤先生」

「なんだ雪柳」

 

 廊下の角を曲がった先にいた相澤先生を呼び止め、頭を下げる。

 

「トーナメントの時、見せ場を作ってくれてありがとうございました」

「……ああ、あれはおまえが対処したほうが時間の節約だったからな」

「ええ、合理的、ですよね」

「ああ、そうだ」

 

 と、言いつつも相澤先生はニヤリと笑みを浮かべていた。

 

「今年の予選種目は、病み上がりのおまえにはどう足掻いても不利だった。とは言え、おまえひとりのために種目を変えるわけにもいかなかったしな。そこは、おまえにはプルスウルトラの精神で挑んでもらったわけだが……本当にあれで終わりじゃあ無理に参加させた意味がない。不合理だ」

「でもあれ、大丈夫ですかね。なんかこう、贔屓だとかなんとか言われそうですけど」

「言いたい奴には言わせておけ。俺のことはどうでもいいし、おまえ自身に関してはこれからの結果で示せばいい」

「……なるほど、合理的ですね」

「……おまえ、それ言っておけばいいと思ってないか? まぁいいが、しかし雪柳。仮に病み上がりでなかったとしても、おまえ、あの第一種目を42位以内にゴールするのは厳しかっただろう」

「うっ、それは……まぁ、はい」

 

 痛いところをばっちり突かれた。うーん、ホントに痛い。

 

「体力は一朝一夕で付けられるものじゃないが、それにしてもおまえの機動力のなさは致命的だ。何か個性での工夫を考えて……」

「……あ、えっと、その話。実は、リカバリーガールと少し話をして、個性を鍛えたらどうかってアドバイスをもらいまして」

「婆さんが? 珍しいな……しかし、個性伸ばしか」

「はい。私、今まで個性の訓練とかしたことなかったので、試してみようかと。とりあえずこの休みで何か考えてみます」

「……そうか。まぁ、とりあえず自分で方法を模索してみるのもいいだろう。一つアドバイスすると、まずは自分の個性でできることを正確に把握することだ。紙にでも書き出してみるといい。改めて整理することで見えるものがあるかもしれん。成果が出なかったり、行き詰まったりしたら相談しろ。あと、くれぐれも危険のないようにな」

「はい」

 

 それじゃ気を付けて帰れよ、と相澤先生は片手を上げて踵を返した。そのままその背を見送ろうと思ったが、ふと、私はもう一個だけ言いたいことを思い出して、呼び止めた。

 

「相澤先生。第一種目の時、全国中継で私のこと煽りましたよね?」

「煽る? いやあれは、おまえの体調を気遣って……」

 

 おいマジか。あれ、煽ったんじゃなくて本当に心配してくれてあれだったのか。

 

「……あのですね、相澤先生。あんな状況でもうやめるか? なんて言われて本当にやめたら、私、日本全国から根性なしのレッテル張られることになるじゃないですか、普通に考えて。あれはもう実質リタイア認めない宣告みたいなものでしたよ?」

「……あー、まぁそれもそうだな。確かに、俺の――」

「ヘイヘイヘイ! イレイザーに雪柳じゃねぇの! こんなところで何を話してんだYO!?」

 

 背後からやかましい声が聞こえたその瞬間、私は自分の顔から一切の表情が抜け落ちるのを自覚した。相澤先生が見るからにぎょっとしたが、そんなことはもはやどうでもいい。

 

 私は、背後のその声に――プレゼント・マイク先生(諸悪の根源)に、ゆらりと身体を向けた。

 

「雪柳! 障害物走でのガッツは見事だっ――ヒィッ!?」

「プレマイ先生。今日はどうもありがとうございました。全国中継で私の無様がさらされたところに本名フルネームで呼んでいただいたり、私の醜態を素敵なナンバーで感動の一幕に仕立てていただいたり、トーナメントの時もわざわざ私の痴態を蒸し返していただきまして、本当にもうたくさんお世話になりましたね、ええ」

 

 私はずいっと一歩踏み出すと、プレマイ先生は五歩も後ずさった。

 

「私、つい先週九死に一生得た時にも泣かなかったんですけど、今日ばっかりは耐えられませんでしたよ。あまりにもみじめで、ね。ふふ、ふふふふふふふふ……」

「へ、へいリスナー。落ち着け、落ち着くんだ……お、俺が悪かった。悪乗りしたのは認める。み、認める、から……」

「なんですか? いいんですよ遠慮しなくって。これは……ただのお返し、ですから」

「あひいいいいいいいいいい!!!?」

 

 コスチュームの中にキンキンに冷やした氷を生成してあげると、プレマイ先生は盛大な喘ぎ声を上げた。

 割かしがっちりと着こんでいる感じのプレマイ先生は当然すぐさま氷を取り出すことが叶わず、廊下でのたうち回っていた。なんとも滑稽である。

 

「プレマイ先生にいじめを受けたことは、リカバリーガールに告げ口しておきしました。せいぜい叱られてください……あぁ、あと相澤先生も」

「何? なんで俺が……」

「さっき言ったじゃないですか。無理させないって約束だったのに、プレマイ先生を止めるどころか、私を焚きつけた。私の見せ場を作ってくれたことで帳消しにしようかと思いましたけど、やっぱりお二人揃って説教されてください」

「な、おま……!」

「では、失礼します」

 

 びたんびたんと廊下で跳ね回るアラサーと、苦々しい顔をしたアラサーを背に、私はその場を去った。

 

 

 

 ……流石にやりすぎたかも、と焦り始めたのは、帰宅してすっかり冷静になった後のことだった。

 




 
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