『雪女』のヒーローアカデミア   作:鯖ジャム

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第21話 雪女、休みの日

 体育祭の翌日、私は午前中から病院に赴いていた。

 

 別に、一日明けて実は身体が痛くなったとか、そういうわけでは……あるな。全身筋肉痛だ。障害物競走しかやってないけど。あと、チアリーディングという名のダンス。身体が貧弱すぎるぞ私。

 

 まぁ私のクソザコ体力は置いといて、病院に来たのは筋肉痛のせいではなく、USJでの怪我の検診のためだ。実は私、まだ退院して一週間しか経ってないからね。九死に一生を得てから半月ちょっとしか経ってないからね。経過観察のために来院するよう言われていたのだ。

 もっとも、退院して以降は体育祭に参加するために毎日保健室に通ってリカバリーガールに治癒を受けていたので、怪我は既に完治している。たぶん、今日ともう一回くらいで通院も免除されるだろう。

 

「……ん? どうしましたか?」

 

 中央受付で話をしてからエントランスでぼーっと案内を待っていたのだが、ふと、小学校低学年くらいの女の子が熱心な視線を送ってきていることに気が付いた。

 

「あの、きのうのたいいくさいで、氷をぶわーってしてた人ですよね」

「はい、そうですよ」

「わ、すごいっ! あ、あの、あくしゅしてください!」

「ええ、喜んで」

 

 私は特に動じることなく、女の子が差し出してきた手を握り返す。女の子は見るからに感激した様子で、私の右手をぶんぶん振り回してきた。

 

 ――まぁ、もうすっかり慣れたものだ。今日、病院に来るまでの間にどれだけ声をかけられたことか。今更握手の一つや二つ、笑顔で応じるくらいは訳ない。写真撮影のサービスも取り行っている……が、病院内ではダメか。

 

 どうしてそんなことになっているかというと、女の子も言っていたように昨日の雄英体育祭の影響だ。私は目立つ容姿をしているし、特に顔を隠すでもなく適当な格好で家を出てきてしまったので、こうなるのは必然だった。

 声をかけてきてくれた人たちは、君の個性はとてもすごいだとか、障害物走ではナイスガッツだったとか、チア服姿がかわいかっただとか、揃いも揃って称賛の言葉を口にしてくれた。もっとこう、雄英のヒーロー科なのに体力ゴミ以下かよザコが、みたいなことも言われるかと思ったのだけど、そんなことはなかった。や、まぁそう思ってる人はわざわざ近寄って来なかっただけだろうけど。

 

「ねぇ、おねえちゃんはたいいくさいでけがしちゃったの?」

「いいえ、えっと……えー、ちょっと持病の癪が……」

「じびょーのしゃく?」

「うん、わかんないですよね。とにかく怪我とかではないので、大丈夫ですよ。心配してくれてありがとうございます」

 

 私は女の子の頭をポンポンと軽く叩けば、彼女は不思議そうな顔をしつつ首を傾げた。

 

「――っと、すみません。お姉ちゃん、順番になっちゃいました。声かけてくれて、ありがとね」

「あ、うん! おねえちゃん、ヒーローになるのがんばってね!」

「はい、応援よろしくお願いします」

 

 私は女の子に微笑み返して手を振った。女の子も、笑顔で手を振り返してくれた。

 

 ふと、周囲を見回してみると、明らかに私を見ている人が多かった。

 病院内ということもあって騒ぎというほどではなかったが、若干ざわざわしている。

 

 私は場を収めるつもりでぺこりと頭を下げてから、中央受付の方へと向かった。

 

 

     ※ ※ ※

 

 

「……あれ、師匠」

「……? 雪柳か。師匠ってなんだ」

 

 見覚えのある野生の紅白饅頭……じゃない。紅白頭のイケメンが現れた。

 そう、我らが轟師匠である。

 

「あ、いえ、お気になさらず……なぜ、病院に? 怪我でもしたんですか?」

 

 私は診察を終えて、会計などをするために再びエントランスまで戻ってきたのだが、そこに轟師匠がいたのだ。もちろんというかなんというか、私服姿だ。新鮮。

 

「いや……見舞いだ。お母さんがここに入院してんだ」

「……そうでしたか」

「ああ……雪柳こそ、体育祭で怪我でも……いや、もしかして、まだ完治してなかったのか」

「いいえ、一応の経過観察ってだけです。リカバリーガールの治癒も受けてるのでもう傷は残ってませんし、万全ですよ」

 

 あとはまぁ、義手を付け始めたってことで腕の切断端のケアの仕方とか、そういう話を軽く聞いたくらいか。担当医の人も体育祭を見てくれたみたいで、身体の調子を聞かれた時に全身筋肉痛だと答えたら大笑いされてしまった。

 

「そうか……なら、よかった」

 

 そう呟いた師匠の視線は、私の左手に注がれていた。

 私は苦笑しながら、左手の義手を摩る。

 

「――早く、お母さんのお見舞いに行ってあげてください。体育祭であんなに活躍した後ですから、きっと待ち侘びてるんじゃないですか?」

「……ああ、まぁ、そうだな」

 

 轟師匠から何か言いたそう雰囲気を感じたが、私が早く行くように促すと彼はそれに頷いた。

 

「雪柳……また、明後日学校で」

「へ? ……あ、はい。また」

 

 と、師匠は普通と言えば普通な挨拶をして、エレベーターの方へと歩いて行った。

 

 ……いやなんか、本当に普通……普通というか、穏やかだった。

 未だかつて、轟師匠とあんな穏やかに会話したことがあっただろうか。いや、ない。最初の戦闘訓練で嫌われて以来、一度としてない。

 

「……なんで……いや、体育祭のアレか」

 

 轟師匠が炎を使ったこと。つまりは、緑谷くんとの闘い。

 

 あれが、師匠の中の何かを変えたのだろう。

 私に対する態度が軟化したのは、彼の心に余裕ができたことの表れなのではないだろうか。

 

 ともかく、私は轟師匠の背中を見送った後、受付順番待ちの整理券を発行してからエントランスのソファに腰を掛けた。

 

「11時、か」

 

 音量が限りなく絞られた大画面のテレビを見やると、画面の左上に現在時刻が表示されていた。ちなみに、やっている番組はワイドショーだ。

 お昼ご飯はどうしようかな、なんて考えながらぼんやりそれを見ていたのだが……。

 

「……うん? インゲニウム?」

 

 ふと、そのワイドショーで取り扱っている話題が、プロヒーローのインゲニウム――つまりは、飯田くんのお兄さんについてであることに気が付く。

 

「――っ!」

 

 そしてそれが、凶報によるものであることにもすぐに気が付いた。

 

 最近、巷を騒がせているヒーロー殺しと呼ばれる凶悪な(ヴィラン)

 ターボヒーロー・インゲニウムはそのヒーロー殺しと東京の保須市で遭遇し、大きな怪我を負わされた。

 関係各所からの公式な発表はまだらしいが、独自の取材によるとインゲニウムは脊髄を損傷しており、下半身麻痺の後遺症が残るとのことで、ヒーローとしての復帰は絶望的と見られている――と、そんなような内容が語られていた。

 

「…………」

 

 昨日、家庭の事情で彼が早退したと聞いた時に、思わず連想してしまったおばあちゃんの急死。

 インゲニウムは命こそ助かったようだが、私のそれとほとんど変わらない――否、(ヴィラン)によってもたらされたことを鑑みれば、それ以上の悲劇か。単純に比較できるものではないが、そう思わざるを得ない。

 

 それに、私は……飯田くんの家族が(ヴィラン)に害されたのだと知って、今度は、祖母でなく――両親のことを、思い出してしまった。

 

 身体中がぞわぞわとする。心臓が早鐘を打って、指先が我知らず震えていた。

 

 受付の順番が来たことを知らされた後も、私は、しばらくの間その場から立ち上がれなかった。

 

 

     ※ ※ ※

 

 

 午後には帰宅し、コンビニで買ったサンドイッチを食べてお腹を満たすと、優れなかった気分も多少はマシになった。人間なんて単純なものだ……いや、私が単純すぎるだけかもしれないけど。

 飯田くんと個人的に連絡先の交換はしていないが、メッセージアプリでクラスのチャットグループが作ってあるので、そこから辿れば連絡を取れないことはない。しかし、彼とはこの一か月間さほど話をしてきてもいないし、親しい仲とは到底言えない。私なんかがいきなり連絡しても、逆に気を遣わせてしまいそうだ。

 

 と、まぁなんにせよ、今日明日と悩んでいても仕方がない。自分の過去を思い出して陰鬱になるのも、不毛だ。

 

「……さて、と」

 

 サンドイッチの包装紙を捨てて、私は飲みかけのお茶のペットボトルを冷蔵庫にしまう。それから、部屋の真ん中を占拠しているローテーブルと人をダメにするクッションを端っこにどかし、立ち尽くして息を吐いた。

 

「まずは……自分の個性で何ができるかを書き出す、だったっけ」

 

 手書きは、まぁまだ当然のように義手に慣れていないし、スマホのメモアプリを使うことにしよう。……いや、練習がてら手書きにしようかな? いやでもさっさと本題に入りたいしな……。

 

 ――まぁつまり、私がやろうとしているのは個性の訓練。とりあえずはこの1Kの部屋で出来る手軽なトレーニングを考え出そうというわけだ。

 そしてそのために、相澤先生のアドバイスに従って、自分の個性の現状を言語化して把握しようと思う。

 

 私はたった今どかしたばかりの人をダメにするクッションにどかっと座り、右手でスマホを操作してメモのアプリを開く。

 

 さて、さっそく私の個性についてまとめていこう。

 私の個性は『雪女』という名前が付けられて、役所には「氷と雪を生み出したり操ったりできる発動型と見た目の変化が伴った異形型の複合型個性。」というような感じの説明で登録されている。

 異形型の性質に関してはただ身体が女になっているだけなので、今日は気にしなくていいだろう。てか、異形型の部分の個性伸ばしたらどうなるんだろう。おっぱいとか大きくなるんだろうか。揉んだ方がいいですか?(錯乱)

 

 ……とにかく、今考えるべきは発動型の部分であり、これは主に【氷】と【雪】の二つに分けることができる。

 

【氷】

・氷を生み出せる。

・氷は自分から離れた位置にも生み出せる。10mくらいの範囲なら特に問題ないけど、見えない場所だとちょっとテキトーになってしまう。

・気温や湿度によって氷の生成速度が変わる。でも、湿度が低いからと言って氷が生み出せないわけじゃなく、空気中の水分に依存して氷を作っているわけではないっぽい。たぶん湿度0%でも、カラカラの砂漠にいても氷は作れると思う。

・生み出した氷、あるいはそれ以外の氷も、等しく〝支配下〟に置くことができる。

・支配下に置いた氷は自在に操作できる。

・支配下に置くためには、対象の氷を視認しているか、自分の身体の一部で触れているか、既に〝支配〟している氷や雪が対象の氷に触れている必要がある。

・支配した氷の操作可能範囲は少なくとも1km以上だけど、見えていないとテキトーにしか操作できない。

・支配した氷の位置が変わるとわかる。でも、氷に触覚やらなんやらが備わるわけじゃない。もともとあった位置から下に動いたとか横に動いたとか、そういうのがわかる感じ。

・氷の操作は移動だけでなく、温度も可。上下幅は測ったことがないけど、普通の人が素手で触るとヤバいレベルから、融点ギリギリのびちょびちょ氷も作れる。ただし、当然どんなに冷たくても水は操作の範囲外。

・操作できる氷の重さ、加えられる力には限界がある。具体的には、大体自分の体重よりちょっと重いくらいの氷は持ち上げられない、動かせない。私の体重はギリギリ50㎏いかないくらい。

・雪を氷に変えることができる

 

【雪】

・氷とぜんぶおんなじ

・氷を雪に変えられる

 

「……いやなんか、雪のところで飽きたみたいになっちゃったな」

 

 違うよ? 本当におんなじなんです。氷の部分をぜんぶ雪に変えたのとおんなじなんです。

 まぁともかく、思い付いた限りではこんな感じだった。

 

 ……あと、そもそも【氷】と【雪】ってどっちも要するに固体の水なんだから一緒にしていいように思えそうだけど、これが実はそうでもない。

 これは感覚的な話で、言語化が難しいのだが……私は氷を作るときに『氷を作る感覚』で個性を使っている。そして、雪を作るときには『雪を作る感覚』でもって個性を使っている。

 ――あー、そうだ。「右手」と「左手」という表現が近いかもしれない。同じ「手」という部位だけど、「右手」を動かすために「左手」を動かそうとはしない。そんな感じだ。

 なまじ氷を雪に変えたり雪を氷に変えたりが可能だからややこしいけど、私の中では結構はっきりと分かれているのだ。

 

 それと、これはどっちにも分類しづらいというかどっちにも通ずるのだが、私は冷気を生み出すこともできる。そして、氷や雪と同様に〝支配下〟に置くこともできるのだが、操作がほとんどできない。かるーくそよ風が吹くくらいには動かせるが、温度の操作ができないのだ。

 かつて、USJで透ちゃんの位置に気が付くことができたのは、かなり特殊なことだ。冷気が広がっていくのを漠然と感じていたところに、何故かぽっかりと冷気が満ちない空間があって、しかもその周囲の冷気が冷気でなくなっていったのだ。透ちゃんの体温でわずかに暖められた空気が私の支配下から脱していったわけである。本当に、たったそれだけの違和感だったのだ。

 それにそもそも、どこまでの温度の空気を冷気と見做して支配できるのかもよくわかっていない。

 要約すると、私の個性にはちょっとした冷房機能が搭載されてるというだけである。いや、緑谷くんの指を冷やした実績があるし、冷却機能といった方がいいかもしれない。

 

 ともあれこれが、私の個性の発動型部分の全容だ。

 

「……ふぅー……」

 

 眉間を揉みながら息を吐く。

 私の個性は出来ることが多いけど、根本的な部分は割とシンプルだ。ただ、細かい条件が多いので、羅列すると文量が多くなる。メモ帳にこんないっぱい文字書いたの初めてかもしれない。

 

 で、だ。

 今、私が伸ばすべきは、氷や雪を動かす〝力〟の部分だ。この〝力〟が伸びれば、自分を氷に乗っけて運ぶことも、あるいは今の手札である雪玉や氷を飛ばすなどの攻撃の威力アップも見込めるだろう。

 

 じゃあ、どうやってそれを伸ばすか。

 

 ここで思い出されるのは、「個性は身体能力である」という言葉。

 ここから連想して、私の個性の〝力〟の部分に類似する身体機能を考える。重いものを動かせるようにするには、何をする?

 

 ――そう、つまり。

 

「筋トレ、だな」

 

 私は、人をダメにするクッションから立ち上がって、さっそく個性を使い始めた。

 




 
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