「――ええっ!? エンデヴァー事務所ですか……!?」
「ちょ、百ちゃん声大きいですって!」
ヒーロー名が決まった後、指名のなかった人たちは高校側からオファーしたという職場体験受け入れ可能事務所のリストを、指名をもらった人たちは個別のリストをそれぞれもらった。
相澤先生から職場体験の期間が一週間であること、事務所ごとの活動内容を吟味したうえで職場体験先を選ぶこと、そして希望を今週末までに提出しろとの説明があって、ヒーロー情報学の時間は終わった。
そして、渡されたリストにみんなが目を通している中、私は0.2秒くらいでその作業が終了してしまった。だって一件しかないし。
ただ、私はその一件を見て、思わず「えっ」って声が出ちゃって、それを前の席の百ちゃんに聞かれてしまった。
百ちゃんが振り向いて、私のリストに目を落とした直後のやり取りが冒頭のそれである。
「――うっ、おぉう」
ぐりん、とクラスメイトたちの首が回って、私に視線が注がれる。控えめに窺う程度の人もいれば、青山くんや三奈ちゃんみたいにホラー映画を彷彿とさせるようなエグイ顔の向け方してくる人もいた。いわゆるシャフ度、と言えなくもないけど、そんなおしゃれな感じじゃない。クッソ怖い。
「ゆ~き~や~な~ぎ~……!」
「ひぃ!」
三奈ちゃんは私の名前を低い声で呼びながら、カサカサと……そう、カサカサと近寄ってきた。別に四足歩行とかではないんだけど、なんかそういう嫌な機敏さだった。絶対に口には出せないけど、あの、こう、ゴキブ……いややめよう。
「私は、私は指名一件も来てないのに~っ!!!」
「ちょ、やめ、三奈ちゃんやめ、やめてくださばばばば」
肩を掴まれ、ぐわんぐわんと揺らされる。
揺れる視界の中、他にも数人近付いてくるのが見えた。
「おい芦戸やめたれ。雪柳のキャラが崩壊しそうになってんぞ」
「いや、それ言ったらさっき爆豪のヒーロー名に噴き出してた時点で割と……」
「そんなことより雪柳の指名、一件ってエンデヴァーだったの? すごいけどさ、よくわかんなくない?」
「氷雨ちゃん、エンデヴァーの傍にいたら溶けちゃいそうだね」
私がなんとか三奈ちゃんの凶行を止めて、机に突っ伏してグロッキーになってるうちにみんながあれこれ話している。
とりあえずエンデヴァーの傍にいるだけで溶けるってことはないけど、確かに個性のことを考えたら不自然だ。エンデヴァーって確か、本人はもとよりサイドキックも炎熱系ばっかりだとかなんとか見聞きした覚えがある。
だが……。
「……実は、体育祭のときにちょっと顔を合わせて、話をしたんです。よくわかりませんでしたけど、それで興味を持たれた……とか?」
私が顔を上げてそう言うと、みんなして驚きをあらわにした。いったいいつの間に、というような顔だ。
「――雪柳。アイツと、何話したんだ」
しかも、突如として轟師匠が声を上げたので、みんなはますますぎょっとした表情を浮かべた。
さっと人だかりが左右に分かれて、私と轟師匠の視線が通る。師匠は自分の席に座ったまま、身体を半分こちらに向けていた。
「え、えーっと……体力はヒーローとして論外だけど個性は強力だ、と。あとは……轟くんの覇道? を、支えうるとかなんとか……」
「何だそれ、もしかして嫁入りしろってことか?」
「え、何それ詳しく! 詳しく!」
「いやいやお前ら、雪柳は……」
……おっと、そういう解釈もあるのか。
覇道という表現は大げさ……いや、師匠の実力を考えれば決して大げさでもない気がするけど、とにかくそれはヒーローとしてのキャリアのことを指しているのは間違いないと思う。
で、今回指名が来たことも含めて、サイドキックとして支えうるという意味だと思っていたのだが……もしかして伴侶的な方だったのか? 家庭に入って良き妻になれと?
「……俺は、雪柳と結婚する気はねぇぞ」
轟師匠はめちゃくちゃ険しい顔で、私のことを振った。いや、私なんにも言ってないのにみんなのせいで振られたんですけど。
まぁ、万が一にも乗り気になられてもマジで死ぬほど困るから当然いいんだけど、釈然としない。私美人なのに、そんなに眉間に皺寄せて断らなくても……。
「……いやまぁ、話の流れ的にサイドキックとしてって意味だと思いますから……三奈ちゃんと透ちゃんは、ちょっと落ち着いてください」
鼻息荒くして目を輝かせて、じりじりじりじりと詰め寄って来ないでほしい。轟師匠はイケメンだけど、私はそもそも男と付き合いたくはないぞ。ま、だからって女性が恋愛対象かというとそれもまた微妙なんだけどね。
「雪柳、アイツの言ったことはぜんぶ気にすんな。職場体験も無理にアイツのところにする必要はねぇ」
「いやいや轟、そうは言ってもナンバー2ヒーローの指名だぜ? 確かに個性とか活動方針とか、雪柳にはちょっと合わなそうだけどよ。断るのは流石にもったいねぇって。なぁ?」
師匠の言葉に切島くんが反論して、私に水を向ける。私はちょっと悩んでから「まぁ、そうですねぇ」と一応頷いた。
「でも、指名を貰ったのに他の事務所とか選べるんでしょうか。もったいないというのもそうですけど、先方に失礼な気が……」
「確かにそうですわね。一度、先生に相談してみてはいかがでしょうか?」
「あー、そうしてみましょうか」
百ちゃんの建設的な提案をしてくれたので、私はそれを採用することにした。
もともと個性の件で相澤先生に話をしに行くつもりだったので、昼休みにでも職員室に行くとしよう。
※ ※ ※
そんなわけで昼休み、私は職員室に訪れていた。
「で、どうした雪柳」
相澤先生のデスクの隣、どの先生のデスクかわからないけど空席で、私はその椅子に座るように促された。そして現在、相澤先生と向かい合っている形だ。
「えっと、この前の個性の件と、職場体験先について相談があって……先に、職場体験の方からいいですか」
「ああ、なんだ」
「指名を受けた事務所以外……雄英からオファーしたっていう事務所を職場体験先に選ぶことって、できるんでしょうか」
「それは可能だが……エンデヴァー事務所では不満なのか?」
「いえ、不満ではないんですけど。ちょっと、私の個性だと相性悪くないかなぁと」
「まぁ確かに、あそこには炎熱系個性のヒーローがほとんどだが、全員が全員そうというわけじゃない。その辺は、あまり心配しなくてもいいだろう。エンデヴァーもおまえの面倒が見れる算段があって指名したんだろうしな。……ただ、おまえの中に明確なヒーローとしてのビジョンがあって、それがエンデヴァーのものと違うというんなら……ほれ、この中から選んでもいい」
と、相澤先生からプリントを手渡される。指名がなかった人たち用のリストだ。ちょいちょい知っている名前もある、けど……。
「……あの、最終的にこっちのリストから選んだら、エンデヴァーさんに失礼になったりしませんかね」
「大丈夫だよ、先方は誰にどれだけ指名が来たかなんてわからん。向こうから聞かれても答えないことになってる。……あー、しかしまぁ、エンデヴァーの場合は轟が喋っちまう可能性もあるか」
おぉう、確かに。それはちょっと困るな……や、別にエンデヴァーの事務所に行かないと決めたわけではないんだけどね。
私がリストに目を落としながら小さく唸っていると、相澤先生が「ただ、雪柳」と言ってきた。
「? はい」
「一応言っておくと、エンデヴァーが指名を出すのはかなり珍しい。過去、際立った炎熱系個性を持った生徒なんかは指名を受けたこともあったようだが、それも2、3年生に対するもので、ここ数年はそれすらもなかった。ご子息が入学したことで特に今年は注目していた、というのはあるだろうが、そういうものだということは理解しておけ」
「は、はぁ……なんか、相澤先生らしくないですね? もっとこう……それこそ、自分のなりたいヒーロー像に合わせて、合理的に判断しろーって言われるかと。それが、せっかくの珍しいものだからって……」
取り留めなくそんなことを言うと、相澤先生はしばらく口を噤んだ後、目を伏せた。
「……雪柳おまえ、どんなヒーローになりたい」
「え? えーっと……まぁ、個性を活かして? 災害救助とかよりは、
「おまえの、親父さんのようにか」
相澤先生の発言に、私は思わず目を見開いた。
「……なんで」
「ヒーロー名で、な」
「……あぁー、なるほど。お父さんのこと、ご存じだったんですか」
「担任教師として事情を聴いたのもあるが、おまえの親父さんとは……昔、何度かヒーローの仕事の方で一緒になったことがある。世話になった」
「そう、ですか……」
私は相澤先生から視線を逸らし、右手で左手の甲を摩る。
するとすぐに相澤先生は一つ息を吐いて、「すまん」と謝罪の言葉を口にした。
「配慮に欠けていた。ただ、もしもおまえがあの人のようなヒーローになりたいなら、エンデヴァーの事務所に行くのが最も合理的だ。俺の記憶が確かなら、おまえの親父さんとエンデヴァーはヒーローとして同期で、チームアップの機会も多かった」
「え」
それは、初耳……いや、聞いたことがあるような、ないような。
なんだか頭の奥が鈍く痛んだような気がして、私は顔をわずかに伏せ、右手で片目を覆った。
「雪柳、大丈夫か」
「……ええ、大丈夫です。すみません」
「いや、俺の方こそ……つくづく不用意だった。すまない」
「いえ、いいんです。気にしないでください」
つい一昨日、飯田くんの、インゲニウムの件でネガティブに両親のことを思い出したばかりだったからだろうか。思ったよりも動揺してしまった。
お父さんとエンデヴァーに繋がりがあったことを知れたのは、むしろ嬉しいくらいなのだ。今や随分と遠くなってしまった気がする家族のこと、その解像度が少し上がったような気がして。
「……エンデヴァー事務所のこと、ちょっと前向きに考えてみます」
「ああ、締め切りまでじっくり考えろ……で、もうひとつの個性の件というのは?」
「はい、実は一昨日、さっそく個性の訓練をしてみたんです。家で、こう、筋トレみたいに重たい氷を動かすことで負荷をかけてみて」
私がダンベルを持ち上げるようなジェスチャーをすると、相澤先生は「ほう、それで?」と続きを促してきた。
「割と成果が出たので、いろいろと試してみたいんです。今日の午後のヒーロー基礎学って、確か救急蘇生法とかのレクチャーだって先週言ってましたよね? 個性を使う機会はないかなと思って、できれば放課後にどこかの施設を借りたいんですけど……」
「申請すれば可能だが、もう家ではできないほどなのか?」
「無理ですね。六畳の部屋で自分を乗せた氷を動かすのはちょっと怖いです。落っこちたら変な怪我しそうです」
「……待て。成果が出たって、もうそんなにか」
「ええ、順調すぎて私もビビってます。だいたい200kg超の氷を動かせました」
「…………」
「……えーっと、個性の成長期、ですかね?」
相澤先生はため息を吐いて、目と目の間を指で揉んだ。どういう反応なんだ、それ。
「……わかった。放課後、体育館
「え、先生も付き合ってくれるんですか? 私、一人で勝手にやるだけで構わないんですけど……」
「はっきり言うが、おまえの言っていることが本当だとしたら、その個性の伸び具合は異常だ。良し悪しは判断しかねるが、慣れない力で万が一が起こるかもしれない。個性発現したての子どもが自分の個性で怪我をするみたいなことが、だ」
「そ、そっか……じゃ、じゃあ、そういうことならお願いします。体育館γ、ですね。あの、何か申請書みたいなものは」
「こっちで適当に書いとくよ。それと、ついでだからコスチュームで来い。昨日ようやく新しいものが届いたから、職場体験前に一度袖を通しておけ」
「……あぁー、そう言えばサポート会社に送り返してましたね。なんかもう、遥か昔の記憶……」
あれは、そう、USJ事件の前のことだ。戦闘訓練で一回着たけど、コスチュームっていうか雪女のコスプレみたいな感じだったので、翌日には被服控除の制度を利用して新しく作り直してもらっていたのだ。
要望書にはきちんと個性の説明も記載して、もう少し動きやすいようにしてほしいとか書いたんだっけな。丸一か月もかかったってことは、たぶんゼロからの作り直しだったんじゃないだろうか。
「とりあえず、諸々了解しました。昼休みにわざわざ、ありがとうございました」
私が椅子から立ち上がってピシッと敬礼すると、相澤先生はひらひらと手を振った。
ここまで拙作をご覧いただいてありがとうございます。
つい先日UAが10万を突破しまして、お気に入りも2500件、感想も180件超いただいており、ありがたい限りです。
また、誤字脱字の報告も助かっております。投稿前に見返してはいるのですが、どうも完璧に無くすのは難しいです。まとめてにはなりますが、ありがとうございます。
活動報告の方に現時点で明かせる限りのオリ主のプロフィールを載せましたので、興味がある方は是非ご覧ください。
(https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=262554&uid=356437)
また、感想欄にて本編中では描写しなかった、あるいはこれから描写する予定のことをネタバレにならない程度で返信していたりするので、疑問に思ったことなどの解答があったりするかもしれません。また、直接ご質問いただければ、答えられる範囲でお答えしますので、よろしければどうぞ。