『雪女』のヒーローアカデミア   作:鯖ジャム

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第25話 雪女と燃え上がる職場体験 その2

 私と轟師匠が互いに位置に着いたところで、別室に移ってモニターしているというエンデヴァーさんの『始めろ』という声がスピーカーから聞こえてきた。

 

 しかし、私も師匠もすぐには動かなかった。お互い棒立ちで、なんだかエンデヴァーさんの合図を無視したみたいになっているけど……少なくとも私には、そういうつもりはない。

 

 私は、口を開く。

 

「戦闘訓練以来、だいたい一か月ぶりくらいですかね」

「……そうだな。あのときは、俺の負けだった」

 

 轟師匠の言葉を否定はしない。たとえ師匠のお情けによる結果だとしても、勝ちは勝ちだし負けは負けだ。体育祭で爆殺王くんが言っていたことは、私たちの間でも共通認識なようだ。

 

「正直、炎を使う轟くんには勝てるビジョンが浮かびませんね。あっという間にこんがり焼かれそうです」

「焼いたりはしねぇ。炙るくらいだ」

「それも勘弁してほしいです」

 

 と、私は苦笑して――個性を、発動した。

 

「――ッ!」

 

 だがしかし、師匠はとんでもない反射神経とそれに応えるだけの身体能力でもって、私の不意打ちを完全に避けた。

 

「……えぇー……今の避けるんですか……」

「ギリギリだった。今のは……透明な氷か」

 

 師匠、正解。

 開始の合図があった直後から、私は背中の後ろで無色透明の氷を生成していたのだ。

 私が適当に作った氷は、基本的に白っぽい。あれだ、ご家庭の冷蔵庫で適当に作る氷と同じような感じ。

 で、透明な氷はどうやって作っているかというと、集中して作っている。……いやホントに。なんか、丁寧にゆっくり、氷の中心部から生み出すように作ると最終的に透明な氷ができるのだ。

 

 この発見は、体育祭明けからこの職場体験の前日まで、ほぼ毎日放課後に居残り特訓をしていたおかげ。そして何より、その居残りを毎度律義に監督してくれた相澤先生のおかげである。

 きっかけは、私の氷の生成速度について相澤先生に指摘されたことだった。私は現状、攻撃に使えるレベルの大きさの氷なら1秒から2秒くらいで作れるけど、師匠が連発するような大きな氷を作ろうとすると指数関数的に生成に必要な時間が伸びてしまうのだ。

 で、どうにかその部分を個性伸ばしでなんとかできないかと試行錯誤してるうちに迷走してしまい、逆に氷をゆっくり作ってみたのだ。そしたらなんか透明になって視認がしづらいからこれ飛ばしたらめっちゃ強いじゃんってなった。雑だぁ。

 

 ちなみに、拳大のサイズを作るのにだいたい一分かかる。通常の氷で作るのに対して60倍近く時間がかかる計算だ。しかも、そこそこ以上の集中力も割かないといけないし。もう少し数をこなせばマシになっていくとは思うけど……あと、結局氷の生成速度は伸ばすことができなかった。相澤先生が何か方法を考えておくと言ってくれたけど、職場体験には間に合わなかったのだ。

 

「それにしても、今の速度……この前の雪玉よりだいぶ速くなってねぇか」

「おっと、気が付きました? 実はこの一週間で、結構その辺りが伸びたんです」

 

 私はニヤリと笑ってみせて、今度は手元に普通の氷を生成していく。

 

「当たったら痛いですよ」

 

 そして、轟師匠の胴体を狙って発射した。

 ただ、なんの捻りもない直線的なその攻撃に師匠は当然反応し、さっと身を翻して避けた。

 

「……痛いどころか、当たり所次第じゃ死ぬだろそれ」

「頭とかはヤバいですね。まぁ、轟くんなら避けるか防ぐかしてくれると信じてました。普通の人に使うなら……こっちの方が、いい感じですね」

 

 と、私は大量の雪玉を周囲に生成していく。いつかの戦いとの違いは自分で一から作っていることと、ちょっと温度を低くして濡れた雪玉にしていることだ。

 

 そんな雪玉たちを、私はあえて師匠にめがけて飛ばすのではなく、無造作に前方へと発射した。面で攻撃することによって回避の選択肢を潰し、防御をさせるためだ。

 師匠は瞬時に私の意図を読み切ったようで、右の足元から相変わらず信じられないような速度で大きな氷の壁を生成し、すべての雪玉を難なく受けきる。

 が、私は()()()()それを待っていた。師匠が生み出した氷をすべて支配し、瞬時に氷の塵へと変換。その後、塵を師匠へと襲い掛からせて視界を奪う。

 

「――凍り付け」

 

 私は突き出した右手をぐっと握り込む。動作そのものに意味はなく、単なるイメージの補完だ。

 適当に暴れさせていた氷の塵を急速に収束させ、再び一つの氷の塊にし、師匠を氷の中に閉じ込めた。

 

「……さて。以前の師匠なら、ここで終わりだろうだけど……」

 

 まぁ、そのはずがないからこんなことをしたのだ。

 

 ――次の瞬間、氷の内側からはじけるように炎が燃え盛った。

 

「……雪柳、これも俺じゃなきゃ死にかねないぞ」

「わかってますって。また頑なに炎を使わないつもりかと思って、ちょっと意地悪しただけですよ」

「……別に、おまえを舐めてるつもりはねぇ。ただ――」

 

 師匠は身体の左側に炎を纏わせたまま、手を差し向けてきた。

 

「――まだ、加減が上手くいかねぇ。避けるか防ぐか、そっちで上手いことやってくれ」

「え、うわちょ!」

 

 師匠、マジで全然加減できてない!

 視界を埋め尽くさん勢いで迫りくる炎を見て、私は――。

 

「【氷衣(ひょうい)】、っと」

 

 腕と脚、それから胴の帯を即座に氷で覆って操作し、自分の身体を攻撃の範囲外へと逃れさせた。

 

「――おっ、ととと……やっぱり、速く動いた後に急に止まるの、難しいな……」

 

 私は合計五つの部位の氷をそれぞれ操り、空中での姿勢制御に努める。

 

 これこそが、職場体験までの一週間における最大の成果。

 【氷衣】と名付けたこの技は、私の弱点であった機動力を大幅に向上させ、なおかつ空中移動というプラスアルファまでをも可能にした。

 最初、単に自分を氷の板に乗っけて動こうとしてみたのだが、これだとどうしても急な加減速をした時に不都合があった。普通に乗っかってるだけだと落ちるし、かと言って足を固定すると関節からもげそうになるのだ。アレは痛かった。

 それからいろいろな試行錯誤と、相澤先生からアドバイスをもらったりして今の形に落ち着いた……の、だが、これが非常に難易度が高い。

 たとえば、身体の可動域を超えるような動かし方をしたらもちろん大変なことになるので、細心の注意を払わなければならない。また、空中で姿勢を変えるためには基本的に自分で手足を動かすのではなく、氷を使って動かさないといけなかったりする。氷の板に乗っているよりは諸々マシだけど、やっぱり加減速にはかなり気を遣わないと関節を痛めたり、お腹の帯が食い込んで胃の中身が逆流しそうになったりするのだ。

 

 ……あと一応、この【氷衣】という技、実は個性伸ばしの前から使えたんじゃないかという疑惑がある。

 というのも、私の氷や雪の操作における〝力〟の限界は、氷や雪のひとつひとつに対する限界であって、別に合計ではないのだ。つまり、一つの物体を運ぶにあたっていくつかの氷を支えにすれば、限界を超える重量の物体でも運べたんじゃないか、ということだ。

 

 これ、相澤先生に指摘されたんだけど、聞かされた瞬間あまりの衝撃に思わず膝から崩れ落ちてしまった。だってそれが可能なら、体育祭であんな無様をさらす必要性なかったんだもん。きっと予選勝ち上がれたんだもん。泣きそうだった。

 まぁ、だからって個性伸ばしをした意味がなかった、ということはない。氷一つあたりで支えられる重さが増えれば増えただけ、たとえば自分の身体を持ち上げて操作するために必要な氷の数が少なく済むからだ。また、先ほどのように氷を動かす速度の向上――すなわち攻撃力にも寄与してくる要素だから、負け惜しみとかではなく本当に有意義ではあったのだ。

 

 ともあれ【氷衣】に話を戻すと、現状、戦闘中における使用は今のような緊急離脱に使える程度だ。この【氷衣】で自由自在に飛び回りながらの(ヴィラン)退治をするためには、もっともっと習熟する必要がある。いくら私が個性の制御に長けているとはいえ、流石に数日で仕上げるのは無理があった。

 しかし、単なる移動用の技としては、この一週間で十分に使えるレベルまで達している。今ならあの障害物競走も、簡単に駆け抜けることができるはずだ。

 

「雪柳おまえ……そんなことできたのか……」

「できるようにしたんですよ、轟くん」

 

 私はゆっくりと床に降りて纏っていた氷を塵に、それから手元に集めて氷の玉をいくつか作った。

 

「さて、お互いに小手調べはこのくらいでいいでしょう。ここからは――」

『待て、そこまでだ』

 

 ――と、しかし、私がカッコつけて笑みを浮かべたところで、不意にエンデヴァーさんの声が訓練場内に響いた。

 

 私と師匠は天井のカメラを思わず見上げてしまう。

 

「おい、まだ始まったばかりだろ。なんで……」

『おまえたちの個性を見るのが目的だった。もう十分だ』

「……ちっ、だったら模擬戦の形式取る必要もねぇだろ……」

 

 師匠は露骨に不機嫌になって、私も内心でちょっと不満に思った。いやもう、模擬戦っていうかお互い順番に個性を見せただけって感じだし。不完全燃焼だ。

 

 しばらくするとエンデヴァーさん、それとフランベさんも訓練場に入ってきた。

 

「ショート、おまえはやはり()の調整がまだまだ甘い。()ばかり使っていた弊害だ」

「……わかってる」

「それからニクス。おまえは、あの氷を纏って移動する技……なぜ、体育祭では使わなかった?」

「えっと、あの時はまだ……なんというか、自分の身体を持ち上げられるほど個性が伸びていなくてですね。先生にアドバイスをいただいて、急ごしらえで編み出したんです」

「ほう、あれで急ごしらえか。喫緊の課題であった機動力に関しては、ある程度解決したようだな。やはり、おまえは個性制御に秀でている」

「は、はい。ありがとうございます」

 

 ……なんか、エンデヴァーさん結構褒めてくれるなぁ。こんな怖い顔してるのに、意外と褒めて伸ばすタイプなのかな?

 

「ニクス、おまえの個性は『雪女』だと言っていたが、いったい何がどこまでできる? それはたとえば、伝承にある妖怪のような性質もあるのか?」

「あ、いえ。個性名を新しく登録するときにそれっぽいイメージで名前を付けただけで、別に雪女そのものというわけではないです。だから、厳密には氷や雪を生み出したり操ったりする個性と……えっと、見た目が変わってるというだけで、それ以外に特別な力はありません」

「ふむ、そうか……おまえの個性の詳細を把握したい。後程、書き出して提出しろ」

「はい、わかりまし……あ、そうだ。今はあの、更衣室において来ちゃったんですけど、ちょっと前にスマホにメモしたものが残ってるんです。それでも大丈夫でしょうか?」

「構わん。では、あとで俺の連絡先を伝える。メールで送れ」

「は、はい……」

 

 メール……いや待て、私ってばエンデヴァーさんと連絡先交換すんの? 師匠とも個人的には交換してないのに、先にパパ上の方と交換すんの? ……や、まぁ仕事用のアドレスとかだとは思うけどさ。

 

「さて、ショート、ニクス。今日、これ以降はフランベからヒーロー活動における事務的な部分を学べ。外に出るのは明日からとする。いいな?」

 

 むむ、つまりお勉強ですかい? 頭使いたくないなぁ……。

 

 ……と、まぁもちろんそんなことをエンデヴァーさんに面と向かって言えるはずもなく、午後はみっちりヒーロー活動についての講義をフランベさんから受けた。

 

 

     ※ ※ ※

 

 

「……ホテルじゃん……」

 

 職場体験中、私はエンデヴァーヒーロー事務所に宿泊することになった。今日だって新幹線でここまでやって来たわけだし、毎日家から往復なんてほとんど不可能なのだ。

 で、まぁオフィスで寝泊まりってことで、宛がわれるのはせいぜい仮眠室くらいかなぁと思っていたのだが、実際に案内されたのは私の借りている部屋よりも二回りくらいは大きな一室だった。

 

 私は着替えもすっかり忘れて好奇心の赴くままに部屋の中を見て回っていたのだが、一番衝撃を受けたのは水回りだった。

 

「ふ、風呂トイレ別……!」

 

 優良物件すぎる。最高だ。エンデヴァーヒーロー事務所バンザイ。

 

「ど、どうしよう……夜ご飯は外に連れてってくれるってフランベさん言ってたけど、まだ時間あるし……は、入っちゃおうかな、お風呂……」

 

 実は、雄英への進学が決まってマンションに引っ越して以来、一度も湯船に浸かっていないのだ。毎日毎日シャワーを浴びているだけで、もちろん銭湯なんかにも行っていない。

 私は熱々のお風呂に入るのが好きで、でも、個性の特性上、熱いのも暑いのもダメなせいでほんの数分浸かるくらいが限界なのである。

 そのわずか数分のためにいちいち湯船にお湯を張るのは水道代もガス代ももったいないし、そもそも足も延ばせないような狭さのユニットバスということもある。ぬるいお湯で長風呂は別に好きじゃないので、だったらいっそシャワーだけでいいや……と、この一か月以上を過ごしてきたのだ。

 

「……入っちゃお」

 

 悩んだのはほんの二分くらいだった。

 

 

 

 

 ――そして、カラスの行水もかくやという速度で風呂から上がってきたところで、ベッドの上に放り出してあったスマホに通知が来ていることに気が付いた。メッセージアプリからの通知であり、ID登録をしている人以外からのメッセージが届いていたようだ。妙に思って確かめてみると、お相手は轟師匠だった。

 

「話……あぁー、そう言えば」

 

 轟師匠からのメッセージは、『話聞かせてくれ。今から部屋行っていいか』というものだった。

 約束、というほどの認識はなかったけど、私は確かに、私自身の話について「後で話す」と言った。なんかもう、フランベさんの講義が濃密すぎて記憶の彼方に飛んでいた。私のクソザコ脳みそではこんなもんである。

 

 私は轟くんを友だち登録してから、『返信遅れてすみません。五分後に来てください』と返信する。下着姿で出迎えるわけには行くまいて。

 バスタオルで頭を軽く拭いてから個性を使って髪の水分を凍らせ、飛ばして速乾。個性把握テストのときにやった尻からダイヤモンドダストと同じ要領だ。……個性把握テスト、もう懐かしいくらいだなぁ。

 

「……って、あー……五分じゃ義手まで付けらんないな。十分って言えばよかった……」

 

 義手は風呂に入るためにがっつり外してしまったので、一から付け直すと服を着るのが間に合わなさそうだ。しょうがないので断念。

 外出用の私服は持ってきていないため制服のブラウスとスカートを身に付けて、ネクタイは一瞬悩んだけど締めずにおいた。むしろ、身体がポカポカしたままなので、第二ボタンまで開けておく。暑いんじゃ。

 

 で、それから脱ぎ散らかしたコスチュームをトランクにしまったあたりで、呼び鈴が鳴った。いや呼び鈴って。ホントに賃貸の部屋じゃん。

 

「すみません、返信遅れて、お待たせしちゃって」

「いや、こっちこそ急にわりぃ。でも、どうしても気にな……」

 

 すぐに駆け寄ってドアを開け、轟師匠を中に招き入れようとしたのだが、彼は何故か私を見て完全に硬直した。

 

「……どうしました?」

「……シャワーでも浴びてたのか」

「あれ、よくわかりましたね」

「換気扇の音。それと、顔がいつもより赤ぇ」

「あー、私、血行よくなるとすぐ赤くなっちゃうんですよね。普段が白すぎるせいで」

「……なんか、わりィ」

「いや何がです?」

 

 よくわかんないけど、早く入っていただけませんかね?

 




 

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