『雪女』のヒーローアカデミア   作:鯖ジャム

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第26話 雪女と燃え上がる職場体験 その3

 轟師匠を部屋の中へ招き入れた私はアメニティのお茶(マジでホテルじゃん)を入れようとしたのだが、「片手じゃやりづらいだろ」と師匠に止められ、逆に手を煩わせてしまった。

 

「すみません、ありがとうございます」

「気にすんな」

 

 窓際に置かれた丸テーブルに、師匠と向かい合って座る。なんか、すごく改まってる感じで緊張……いや、さっきメッセージをもらった時点から、実はだいぶ緊張してる。普段ぜんぜん汗をかかない体質だけど、今は脇汗がびちゃびちゃだ。お風呂入ったばっかりなのに。

 

「……えーっと……私の話、ですよね。うん、どこから話していいやら……」

「待ってくれ雪柳。先に一つ、謝りたいことがある」

「謝る? 何をですか」

「その、左腕のことだ」

「え?」

 

 ……え? なんで? いやホントになんで? 師匠に謝ってもらう要素なくない?

 私がきょとん&ぽかんをキメていると、師匠は険しい表情で口を開く。

 

「……あの時俺は、おまえと葉隠を先に行かせた。おまえに対して意地を張ってた……幼稚な意地だ。俺が付いて行ってりゃ、おまえがそんなことにならずに済んだかもしれねぇ。だから……」

「い、いやいや轟くん。そんなもしもを言ってもしょうがないですし、そんなことで謝られてもむしろ困りますって」

 

 本当に困る。あれだ、校長先生とオールマイト先生に謝られた時よりも困る。だって轟師匠は本当に何も悪くない。責任の、ほんの一端すらない。私はそう思ってる。

 

 師匠は意地を張ってた、と言うけれど……それだって元はと言えば、師匠の心に土足で踏み込んだ私が悪かったのだ。

 

「……だったら、轟くん。私も謝らないといけません。轟くんの個性の事情。今でもぼんやりとしかわかっていませんが、きっと軽々しく触れていいことではなかったんですよね。それを私は、何度も」

「待て雪柳、それとこれとは話が」

「違くないですよ。轟くんが意地を張って、それで私の怪我に繋がったって言うなら、そもそもその意地を張らせるようなことをしたのは私です。だから、轟くんが私の怪我について謝るなら、私も轟くんに謝らないと筋が通りません。本当に、すみませんでした」

 

 そう言って私が頭を下げると、師匠は「それでも、俺は」と呟いた。

 私は顔を上げ、さらにそれを遮るように口を開く。

 

「私、実は雄英からも謝罪を受けたんですよ。校長先生とオールマイト先生がお見舞いに来てくれて、その場で二人に頭を下げられたんです。想像してみてください。めちゃくちゃ困りませんか?」

「……まぁ、そうかもな」

「轟くんからの謝罪は、正直それより困ります。ただまぁ、絶対に受け取らないっていうのも、轟くんの納得がいかないのはわかりました……ので、ここはお互いひとつずつ謝ったということで、お相子にしませんか」

「いや、それじゃ釣り合いが取れねぇだろ」

「じゃあ、謝罪は受け取りません。受取拒否です。返送します」

「…………」

 

 私が右手でノーセンキューしてみせると、轟師匠は物凄く微妙な顔をした後、小さくため息を吐いた。

 

「……わかった。あんまり納得はいかねぇが」

「それは私も大概なので、そこも含めてお互いさまということにしましょう」

 

 私は、私の怪我に関しては師匠から謝罪を受ける理由はないと思ってるし、逆に師匠に対して無遠慮を働いたことについてはもっと早く謝るべきだったと思ってる。

 だから、お相子だなんて提案をするのはおこがましいと思うくらいなのだが、その辺を言い出すと本当にキリがない。

 

「さ、本題に入りましょうよ。私の……なんでしょう、家族のこととか、昔のこととかをお話しすればいいんですかね?」

「……ああ……いや、でも待ってくれ。先に、おまえの個性……その、身体が女になったってのは、本当なのか」

「ええ、本当ですよ。今から六年くらい前に、個性が変化しまして。まぁ、ざっくり言うとある日目が覚めたら女の子になってました。あれは衝撃的でしたねぇ」

「…………」

「……下の方脱いで見せろとか、流石に勘弁してくだ」

「そんなこと言わねぇ」

 

 おぉう、ちょっとした冗談だったのに、めっちゃ食い気味に遮られた。からかってごめんて師匠。

 

 ……それからしばらくの沈黙の後、師匠は私の目をどことなく遠慮がちに見ながら、切り出した。

 

「……来る前に、少し調べた。調べて思い出した。氷操ヒーロー・グラキエス……昔、テレビでちょくちょく聞いた名前だ」

 

 私は目を伏せて、小さく息を吐いて答える。

 

「……そうですね。私たちが小学生くらいの頃は、割とよくテレビで取り上げられてました。全然家に帰ってこなかったっていうのもありますけど、ニュースで顔見る機会の方が多かったくらいです」

「……その、グラキエスの一家が(ヴィラン)に襲われた、と。七年前の記事が大量に出てきた」

「うん、まぁ、今ネットで検索したらそうなりますよね。当時はテレビの報道とかもだいーぶすごいことになってたらしいので」

 

 師匠の表情が曇っている。

 私は今、どんな顔をしているだろうか。

 

「……お父さんは、バリバリに(ヴィラン)退治をやってるヒーローでしたから。私たちの家を襲った……お父さんとお母さんを殺した(ヴィラン)たちは、仲間を捕まえられた腹いせだったとか」

 

 朝だったか、昼だったか、夜だったか。

 いまいち覚えてないのだが、でも、珍しくお父さんの仕事が休みで家にいて、私も姉さんも学校がない日のことだったのは間違いない。

 

「……記事には、子どもたちは行方不明だって書かれてた。その後に関して、軽く調べた限りじゃ何の情報も出てなかった」

「んー、それは……絶対に他人に言いふらさないって約束してくれるなら、教えてあげられますけど」

「ここまでのこと含めて、言いふらす気なんてねぇ……が、無理に聞くつもりもねぇぞ」

「別に無理はしてないですよ。もう、とっくに全部終わってることですから」

 

 私は師匠の返事を待った。聞きたいなら聞かせるし、変な秘密を抱えたくないなら言わないでおく。師匠の意思を明確に知りたかった。

 

「……俺のことも話す。それなら、相子だろ」

 

 すると師匠はそんなことを言い出したので、私は苦笑して頷いた。

 

「……私は事件の後、姉ともども(ヴィラン)に誘拐されて、どこかに売られたらしいんです。それからだいたい一年くらいはどこぞの(ヴィラン)が所有してたらしい施設に放り込まれていたようで、ある時ヒーローに救けられました。救けてくれたヒーローが誰だったのかは残念ながら覚えてなくって、なんやかんや教えてもらってもないんですよね」

「…………」

「で、保護された後については、唯一の肉親だった母方の祖母と一緒に暮らしてました。名字を母方のものに変えたのは、半分くらいそれが理由です。もう半分は、ヒーローとしてそこそこ有名だった父方のものを使ってるとマスコミとかにバレるから、ですね」

 

 まぁ、本当は下の名前も含めて変えることを勧められたりしたのだが……それはいろいろな意味で嫌だったので、名字だけを母方のものにする形に落ち着いたのだ。

 

「ま、説明できるのはこのくらいですかね……あ、いえ、あともう一つ。私もついこの間知ったんですが、うちのお父さんとエンデヴァーさん、昔は結構チームアップしてたみたいで。今回私がここに来たのも、まぁ、ちょっとその話が気になったというのはあります」

「……なるほど、そうだったのか」

 

 轟師匠は顔を伏せて、そう呟いた。

 その後、またしばらくの静寂が続き、師匠は私の話にはそれ以上何も言わないまま、自分自身の話をし始めた。

 

 それは、師匠の家庭の話だった。

 轟師匠の父――エンデヴァーは、若かりし頃から野心にあふれる人で、オールマイトをも超えるナンバー1のヒーローを本気で目指していたのだという。そして、早々にナンバー2まで昇りつめたものの、その後十年以上もオールマイトの後塵を拝していた。エンデヴァーはやがて自分ではオールマイトを超えられないと判断し、その夢を、野望を、自分の子どもに託すことにしたというのだ。

 それだけなら、あるいは美談にすらなりそうな話だ。しかし、そのために取った手段に大きな問題があった。

 その手段とは、似通った個性や相補的な個性を持った男女で結婚し、子どもにより強力な個性を継がせようとする行為――すなわち〝個性婚〟だった。私たちの祖父母の、さらにもう一つ上の世代の頃に社会問題となったそれを、エンデヴァーはこの時代に実行したのだという。

 師匠のお母さんを無理やりに娶って、子どもを産ませた。エンデヴァーが理想とした個性――炎と氷の力を併せ持った師匠は、四人目の子どもだったそうだ。それから師匠の個性が発現するや否や、ほとんど虐待じみた鍛錬を毎日課して、他の兄弟たちを〝失敗作〟とまで言い放って師匠から遠ざけさせたというのだ。

 そして、そんな家庭の状況に師匠のお母さんは追い詰められて心を病み、ある時エンデヴァーに似た師匠の左側を見て、突発的に煮え湯を浴びせかけてしまったのだという。師匠の左目の火傷痕は、それが直接的な原因なのだ、と。

 

「……でも俺は、この火傷はアイツに、親父に負わされたものだと思ってる。アイツがお母さんを追い詰めたんだ。俺はアイツを恨んで、憎んで……アイツから受け継いだ左側の個性も疎んだ。だから、右側の個性だけでのし上がって、奴を完全に否定してやるつもりだった」

「だった、ということは……」

「ああ。体育祭で、緑谷に全部ぶっ壊された。……親父を赦したわけじゃねぇ。赦すつもりもねぇ。けど、俺はヒーローになりてぇから。まずはアイツがヒーローとしてナンバー2である理由を、この目で確かめようと思った。そんで、受け入れようと思って、ここに来た」

 

 ……本当に、本当の本当に正直に言うと、このタイミングで師匠の話を聞いたのはかなりよくなかったな、と思った。

 だって、こんな壮絶な話を聞いて、私は明日どんな顔をしてエンデヴァーさんと会えばいいのか。もはや、彼を見る目は変わってしまった。ヒーローとしてはナンバー2でも、人として、人の親としては最低最悪と評さざるを得ない。

 

 ――しかし、だ。

 

「……あの、きっと不快にさせてしまうから、言わない方がいいんでしょうけど……」

「なんだ?」

 

 私は、どうしても一つだけ、言いたかった。

 これは、師匠の気持ちを完全に無視した私の身勝手な思いで、それを伝えることは自己満足以外の何物でもない。

 でも、どうしても、言いたかった。

 

「いつか、本当にいつかでいいんです。でも、できるだけ、早く……轟くんには、エンデヴァーさんのことを赦してあげられるときが来たらな、と」

 

 私の言葉に、師匠は目を見開いた。

 まさかこんな話をした後に、そんなことを言われるなんて、というような顔だ。

 

「師匠や、ご家族のエンデヴァーさんへの感情を否定するわけではないんです。簡単に赦せることじゃないのは、わかっているつもりです。でも……人って、死にますから」

「…………」

「……すみません。私の身の上話をした後にこんなことを言うのは、本当にずるいんですけど……」

「……いや、雪柳の言いたいことはわかった。素直に頷くことは、できねぇが」

「いえ、いいんです。本当にすみません」

 

 やっぱり、言わない方がよかったな……恨みや憎しみを込めて見ていた相手を、今、ようやくフラットな目で評価しようとしている段階の師匠に、それを飛び越えていきなり赦す赦さないの話なんて、本当に野暮でしかなかった。

 

 ……元々楽しい話をする予定でもなかったので、仕方がないといえば仕方がないのだが、部屋中が気まずい雰囲気に満ち満ちていた。なんか、轟師匠と話すときってこんなんばっかりだな……。

 

 せっかく入れてもらったのに結局一度も手を付けないままのお茶を見つめていると、不意に部屋の呼び鈴がまた鳴った。直後、ドアをノックする音と、ドア越しにフランベさんの声が聞こえてきた。

 

「……あー、もう18時。夕飯のお誘いですかね」

「……あぁ、なるほどな。雪柳、制服で行くのか?」

「私服がいると思わなくって、持ってきてないんですよね。寝巻のパーカーでも羽織ろうかな……轟くんの格好は外出用ですよね」

「ああ。変か?」

「いえ、似合ってると思いますよ」

 

 白Tに、前を開けたちょっと色味の明るい黒のYシャツを羽織っており、下は真っ黒なスラックス。普通と言えば普通、というか色使いは地味なくらいだけど、彼の場合は髪色が派手な上にイケメンとあって、総合的には高水準に見える。イケメンってすごい。改めてそう思った。

 

 ……というか、フランベさん放置して何をのんびり喋ってるんだ、私たち。

 私は、そのまますぐに外へ出られるようにと寝巻用のつもりだったグレーのプルオーバーパーカーを被って着て、急いで入口まで駆け寄る。

 

「――あ、ニクス……じゃなくって、雪柳さん、ね」

「すみません、お待たせしてしまって」

 

 そうしてドアを開けると、コスチュームから私服に着替えたフランベさんがいた。こうやって見るとすんごい普通の男の人だけど、そういうヒーローって多そうだな。コスチュームって大事だ。

 

「ご飯、食べに行こうか。いやぁ、焦凍くんの方を先に訪ねたんだけど、彼いなくってね……何か話聞いてる?」

「轟くんならいますよ」

「え」

 

 私が部屋の中へ振り返ると、ちょうど師匠がこちらに歩いてきた。

 

「しょ、焦凍くん……」

「すいませんフランベさん。先に言っとくべきでした」

「い、いや、それは別にいいんだけど……ええと、二人はその、そういう……?」

「そういう? どういうですか?」

 

 師匠が首を傾げて私を見てくるけど……あ、いや、そういうことか。

 

「フランベさん、別に私たち男女の仲ではないですよ。ご心配なく」

「あ、そ、そうなんだ? ……や、そうなるとむしろ問題があるような気がしなくもないんだけど……」

「別に変なこともしてないですよ? ちょっとお話をしてただけです。ね、轟くん」

「……おう」

 

 師匠がまるで能面のような無表情で頷くと、フランベさんが妙に乾いた笑い声を漏らした。

 




 

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