個性把握テストは恙なく進行していく。
クラスメイトたちがそれぞれの個性を存分に活かした結果、どの種目でも一度は超人的な数字の記録が出ていた。また、そうでなくとも、ヒーローを目指す人間として身体を鍛えてきた成果なのか、基本的に彼らの出す記録は優秀だ。
私について言えば、轟くんの個性の使い方を参考にして自分なりに工夫、もとい劣化コピーして種目をこなしていこう……と、安易に考えていたのだが、どうにも轟くんは氷を自在に生み出すことはできても、私のように操作できるわけではないらしい。
一見似たような個性でも、この世に二つとして同じ個性はない。それは、親と子という遺伝の関係にあっても言えることなのだから、まして他人とであれば何を言わんや、ということだ。
私と轟くんの個性は、言わば属性が同じだっただけで、その中身は全然違うものだった。
なので、割と早々に私たちの道は分かたれてしまったのだ。ああ、轟師匠……。
てなわけで、次からは自分でちゃんと創意工夫することにした。アイデアがないなら創り出せばいいじゃないってマリー・アントワネットも言ってたしね。うおォん、私はまるでアイデア製造工場だ。
50m走の次にやった第2種目の握力では、握力計の握る部分を氷で包み、圧縮するように力をかけてみた。
このくらいは簡単に思い付いた……と、言いたいところなんだけど、自分の順番ギリギリまで悩んで、結局直前に八百万さんが万力を創り出した(八百万さんの個性は『創造』というもので、生物以外は何でも創り出せるんだって。超万能。すごい)のを見てようやく思い付いたのだった。
まぁ、ともあれ結果は53kg。ちなみにこっそり普通に計ってみたところ23㎏だったので、だいたい2倍も良い結果だったわけだ。これには普通に満足。
第3種目の立ち幅跳びでは、シンプルに氷の架け橋を作って砂場を超えてみた。全然跳んでないけどこれでいいんだろうか、とか思いつつも相澤先生に何も言われなかったので気にしないことにした。
第4種目の反復横跳びは何も思い付かなかった。轟師匠も普通にやってたし、私も全部の種目で個性使わなくてもいいか、なんて高をくくって挑んだ。ちなみに、中学時代にトレーニングなんてしていない私は他の追随を許さない最下位記録をここで叩き出した。
ここまでの貯金、だいぶ吐き出してしまった気がする。アイデア製造工場とはいったい……うごご……。
※ ※ ※
そして現在、第5種目のボール投げの真っ最中。爆豪くんが「死ねぇ!!!」って叫んだ……もとい、デモンストレーションをしたアレだ。
あの、茶髪でショートボブっぽいよくわからない髪型の女子がなんと∞を記録したのが前半のハイライトで、たぶん一番のハイライトだ。今までの様子からして八百万さんもすごい記録を出しそうだけど、なんにせよ彼女の出番はまだである。
で、だ。
今、白線で描かれたサークルの中にいるのは、先ほど教室の入り口にいた緑髪のもじゃもじゃくんだ。片手に持ったボールを見つめて俯く彼は、テストが始まって以降、悪い意味でかなり目立っていた。
ここまでの4種目で、彼は一度も大きな記録を出せていない。彼はどうにも、個性を使っている様子がないのだ。
また、かと言って普通に挑戦した記録も、まぁ個性なしの私なんかよりはすごいにしても、普通と言えば普通な記録ばかりだった。アベレージで言えば、たぶん今、彼が最下位……いや、私の左の方にいる透明な女子も、まぁたぶん『透明化』みたいな個性だろうし、個性で記録の伸ばしようがない気がするから同じくらいヤバそうなんだけど……とにかく熾烈なドべ争いをしているのは間違いない。
「緑谷くん……このままだとまずいぞ」
クソが付くほど真面目そうな眼鏡の男子が、腕を組みながらそう呟いた。どうやらあのもじゃもじゃくんは、緑谷という名前のようだ。
まったくその通りだな、と心の中で眼鏡くんに同意したところで、彼の隣にいた爆豪くんが不機嫌そうな声で吐き捨てる。
「ったりめーだ、アイツは無個性のザコだぞ!」
「な、無個性!? 彼が入試の時に成したことを知らんのか!?」
情報が多くて、私は混乱した。
「無個性? それに、入試の時に〝成した〟って……何を?」
「本当に、なんのことでしょうね? でも確かに、彼が今までの種目で個性を使っているようなところは見ていませんわ」
私が呟いた隣で、八百万さんも不思議そうに眼鏡くんと爆豪くんを見つめている。
――ふと、緑谷くんが動き出す。
何か、悲壮な決意を固めるようにくしゃりと顔をしかめ、大きく腕を振りかぶって……投げた。
しかし。
『46m』
その記録は、今までの種目と変わらないあまりにも普通な記録だった。
「――なっ、今、確かに使おうって……!」
「個性を消した」
焦燥に満ちた表情を浮かべる緑谷くん向かって、相澤先生が突如として言い放った。
「つくづくあの入試は合理性に欠くよ。おまえのような奴も入学できてしまう」
個性を消した……つまりはあの人の個性、個性を消す個性である『抹消』が使われたということだ。
相澤先生のヒーロー名は〝イレイザーヘッド〟。メディア露出を嫌ういわゆるアングラ系ヒーロー、らしい。
裏口入学(語弊の以下略)のときに相澤先生が雄英の教師だと聞いて、すなわちプロヒーローであるはずなのにあの小汚い格好はなんなんだろうと物凄く気になって、ネットで調べたのだ。アングラ系ヒーローと呼ばれるにふさわしく、詳しい情報はついぞ見つけられなかったものの、先に挙げたような簡単な情報は雄英高校のホームページにあった。
どうやら緑谷くんもイレイザーヘッドのことを知っていたようで、その名をズバリと言い当てていた。しかし、他のクラスメイトたちは大半が名前すら聞いたことがなかったようだ。
そうやって私たちがざわめいている間にも、相澤先生は緑谷くんに何やら言っているようだった。
個性が制御できない、とか。行動不能になって誰かに助けてもらう気か、とか。
彼の事情はほとんどわからないけど、なんかもう、とにかく不穏。緑谷くん、このままだと最下位じゃなくても除籍されちゃうんじゃないだろうか。
「……個性は戻した。ボール投げは2回測定だ。とっとと済ませな」
相澤先生が伸ばしていた首元の布から解放された緑谷くんは、またもや俯いてサークルに戻って行く。
「指導を受けていたようだが……」
「除籍宣告だろ」
眼鏡くんと爆豪くんのやり取りが耳に入ってきたけど、私は構わず緑谷くんに注目していた。
そして、彼は。
「――SMAAASH!!!」
そう叫んで、ボールを思い切り投げた。
その勢いは、先ほどとはまるで違う。明らかに個性を使ってのものだ。
飛距離はぐんぐん伸びていって、やがて肉眼ではほとんど視認できない大きさになった頃、ようやく地面に落ちたようだった。
『705.3m』
「「「おおおおおおおおお!!!」」」
クラスメイトたちから思わずといったような歓声が上がった。
「爆豪くんも同じくらいの数字でしたよね」
「ええ、705.2mでしたわね」
おお、つまり入試1位の記録を超えちゃったわけだ。母数が大きいからほぼ誤差だし、そもそもこの種目は記録:∞が出ちゃってるからアレだけど、これは大金星と言っていいだろう。
ただ。
「あの人指し指、個性を使った影響なんですかね。遠目でもわかるくらい腫れてるし、変色してます」
しかも、そんな状態で手を握り込んだりするもんだから、痛々しくて見てられない。やめなさいやめなさい。指を動かすのやめなさい。
「――どういうことだっ……!」
私が緑谷くんの指の惨状に眉をひそめていると、爆豪くんが突然、その緑谷くんに向かって駆け出した。
「ワケを言えデクてめぇ!!!」
そのまま殴り掛かりそうな勢いだったが――相澤先生が例の布で爆豪くんをひっ捕らえた。布は固いらしい。あと、相澤先生はドライアイらしい。
「時間がもったいない。次、準備しろ」
※ ※ ※
緑谷くんのボール投げの後、私の番までの僅かな間に彼に話しかける。
「あの、緑谷くん?」
「へ? あっ、あわはははははひゃい!?」
「すいません、何語ですか?」
「はははははい! ごめんなさい! にひょん語です!」
「にひょん語……」
知らない言語だな……どこの国の……と、冗談はさておき。
「指、見せてください。すごく腫れてましたよね。すぐに冷やした方が良いと思います」
「え? あ、そっか。確か、あ、あなたは、氷の個性の……」
「はい。さ、手ぇ出してください……あ、それと私は雪柳です。雪柳氷雨です」
「あ、う、うん。ぼ、ぼぼ僕は、緑谷出久です! あの、ありがとうゆ、雪柳さん」
「……うわグロ……」
「え?」
「んん、なんでもないです」
ちょっと、思ったことがそのまま口から出てしまった。なんかもう右の人差し指がサツマイモみたいになってる。ちょっと赤みの強いサツマイモだ。どうしてこれで手を握り込んだりするんだ……正気の沙汰じゃないって……。
私は緑谷くんの右手を左手で取って、空いた右手を彼の指にかざした。
「――あっ、冷たっ」
「冷気を当ててます。直接氷で包むのはよくないでしょうし、たぶん雪も同じでしょうし。私が測定のときは、我慢してもらわないといけませんが」
「そ、そんな! ぼ、僕のことは気にしなくていいから、全然! というかむしろ、僕なんかのために個性を使って、雪柳さんのテストに影響が出たら……!」
「このくらいはなんでもありませんよ。こんな怪我を見て見ぬ振りするのは、ヒーロー志望として……いえ、それ以前に人としてちょっとまずいと思いますし」
「あ、あはは……」
緑谷くんは苦々しく、誤魔化すように笑ったけども、この怪我は全然笑い事じゃない。
私がじっとりと睨み付けると、緑谷くんは赤い顔を逸らして――。
――ドンッ、と。
爆豪くんがボール投げをした時のような、身体の芯に響く音が辺りに響いた。
もしや、今さっき相澤先生に止められたはずの爆豪くんが懲りずに緑谷くんを襲撃しに来たのかと身構え、振り向くと……。
「おぉう……八百万さん……」
ボール投げのサークルの中、大砲の隣でやけにいい表情をしている八百万さんがいた。
道理で爆豪くんの時よりもこもった感じの爆発音だったわけだ、と私は納得して、とりあえず胸を撫で下ろした。
※ ※ ※
そして、個性把握テストは全行程を終えた。
私は測定をこなしつつ、合間には可能な限り緑谷くんのサツマイモを冷やし続けていた。まぁ、残りの種目が上体起こし、長座体前屈、持久走だったので、今までほど測定の合間がなかったんだけど。
持久走に至っては全員同時だから論外だ。流石に彼の指を冷やしながらの並走はいろいろと無理がある。
「んじゃ、パパっと結果発表。トータルは単純に各種目の評点を合計した数だ」
口頭で説明するのは時間の無駄だから、と、相澤先生は携帯端末からホログラムを投影し、成績を一括で開示した。
まず確認したのは、一番下の名前。
最下位……21位のところにあった名前は、緑谷出久だった。
まぁありえないとは思っていたものの、自分の名前でなかったことへの微かな安堵。そして、この世の終わりみたいな顔をしている緑谷くんへの憐憫と、若干の罪悪感が湧いてくる。
……ちなみに私の順位は19位。最下位はないと思ってたけど、実は全然人のことを心配してる場合じゃない順位だった。
私が個性を活用できたのは50m走、握力、立ち幅跳び、ボール投げ、長座体前屈の5種目。特に後ろ三つは私の個性のでたらめな効果範囲もあって、かなりの大記録を叩き出せたが。前二つに関しては、私が個性なしで挑んだ場合に比べれば何倍もよかったにしても、他のクラスメイトたちと比べればまったく突出などしていなかったという程度。
そして、残りの3種目がとにかく足を引っ張った。結果はぜんぶクラス最下位で、もちろん評点も最低だ。持久走では指の痛みに呻きながら走る緑谷くんにすら半周以上の差を付けられる始末だったのだから、個性なしでもそこそこ以上に優秀な記録出してる人たちの中ではこんな順位にもなりますわ。
「ああそうだ、ちなみに除籍はウソな」
……うん? 相澤先生今なんて? 自分の情けなさに打ちひしがれてて、聞いてなかった。
「君たちの個性を最大限を引き出すための、合理的虚偽」
「「「はあああああああああああああ!!!???」」」
……なんかまた、クラスの波に乗り遅れてる感。
「あんなのウソに決まってるじゃない。ちょっと考えればわかりますわ……ねぇ、雪柳さん?」
「えっ、あっはい。そうですね。ちょっと考えればわかります」
ギリギリで情報をパズルして、たぶん除籍がウソだったって話だと推測。それとほぼ同時に八百万さんの振りに勢いのまま乗っかった。
……ただ、私はそもそも何にも考えてなかったし、緑谷くんのボール投げの時のこと考えると相澤先生がまるっきりウソを吐いていたとも思えない。
反射的に返事しちゃったけど、私、ちゃんと考えたら八百万さんの言葉にはなんにも賛同できなかった。なんかまた変なところで罪悪感が……。
「これにて終わりだ。教室に戻ったら書類に目ぇ通しとけ」
と、相澤先生があっさりとした感じでそう言って、波乱の個性把握テストはあっさりとした感じで幕を閉じたのだった。
※ ※ ※
「緑谷くん、保健室に行くんですよね? 指、冷やしながら行きましょう」
「え、あ、雪柳さん? で、でもほら、先に着替えて……」
「いやいやいや、何を言ってるんですか。何を悠長に着替えようとしてるんですか。その指の処置が最優先でしょう」
この人……(ドン引き)。
「さ、行きましょう。それほんと、後遺症残るレベルだと思いますよ。一生サツマイモですよ」
「え、こ、後遺症!? というか、サツマイモって何!?」
サツマイモはサツマイモだ。
……私がわざわざ保健室に付き添おうとするのは、申し訳ないけれど善意が100%ではない。
別に、ここに至るまでのすべてが計算づくだったわけではまったくないのだが、さっきふと、緑谷くんに付き添うことの都合の良さに気が付いたのだ。
具体的に言うと、この後、女子たちに更衣室まで一緒に戻ろうと誘われたり、あるいはそれを断ったときに理由を聞かれる、といったイベントを、緑谷くんに付き添うことで回避し得るのだ。
私の個性の事情を、いつまでも秘密にしておくつもりはない。いずれ、そう遠くないうちに言わなくてはいけない。
けど、まぁ。
今日は個性把握テストで肉体的にかなり疲れたし、さらに精神的にまで疲れたくないのだ。
「はぁ……」
「ど、ど、どうしたのゆゆ雪柳さん? あ、や、やっぱり先に着替えた方が――」
「アホですか。ため息は、気にしないでください。こっちの話です。あと……ありがとうございます、緑谷くん」
「え、な、なんで!?」
「気にしないでください。こっちの話です」
とにかく私は、緑谷くんの指をキンキンに冷やしながら、保健室へと向かった。