一週間の職場体験期間が終わって、登校初日の水曜日。
私は学校にやって来るなり、リカバリーガールにお腹の打ち身を治癒してもらおうと保健室へと向かった。
私にとっての実質的な職場体験最終日――保須の総合病院から退院し、轟家にお邪魔したあの日から丸二日が経過しているわけで、着実に痛みも引いてきている。……が、このまま何もしないでいると痣が残ってしまいそうな気がしていたのだ。
で、実際にリカバリーガールに相談したら、こんなに痕が残るほどだったなら自宅療養なんてしてないでさっさと診せに来なさいな、と怒られてしまった。どうやらリカバリーガールも私の個性の事情は知っているようだったが、それでも「女の子の身体なんだからできるだけ傷痕残しちゃいけないよ」なんて言われてしまったのである。
ともあれ、ばっちり治癒を受けた私のお腹はすっかり真っ白つるつるになり、リカバリーガールからハリボー(かったいグミ。コーラ味。すき)をもらって、私は1年A組の教室へと向かった。
「――あーっ!!!」
そして、後ろのドアから中へと入るや否や透ちゃんが大声を上げて、物凄い勢いで迫ってきた。
「氷雨ちゃん!!! 心配したよもぉー!!! 怪我は!? お腹の怪我は大丈夫なの!?」
「と、透ちゃん落ち着いてください。大丈夫ですよ、大丈夫。ついさっきリカバリーガールにばっちり治癒してもらったところです。傷痕も綺麗に消してくれましたから」
「ホントに!?」
「えっ、ちょっ」
透ちゃんが目にも止まらぬ速さでブレザーごと服を捲ってきて、私のすべすべホワイトなお腹がむき出しにされてしまった。
「……氷雨ちゃん、相変わらずお腹細っ! ちゃんと食べてる!?」
「食べてますよ、割としっかり。……あの、そろそろ放してもらえませんか。若干、身の危険を感じます」
教室の真ん中あたりにいるブドウ頭が鼻息荒くしてるから。あとチャラいピカ〇ュウからの視線もちょっとヤバいから。
透ちゃんは「ごめんごめん」と謝りながら(たぶん)手を放してくれて、私のお腹は制服の下に隠された。ブドウくん、ピ〇チュウくん、露骨に残念そうな顔しないの。あと他の男子数名もチラチラ見ないの。男としてのプライドを大事にして。
私は身だしなみを整えながら、教室の前の方に視線をやった。さっきから気になっていたのだが……。
「……ねぇ透ちゃん、あそこの二人はなんで爆殺王くんにしばかれてるんです?」
「え? ばくさつおー……あ、爆豪くんね。爆豪くんってばベストジーニストのところに職場体験に行ったらしいんだけど、さっきまで髪型が8:2だったんだよねー」
「……へぇ……いや、え?」
何それ、どういう因果関係? なんでベストジーニストのところに行くと髪型が8:2分けになるわけ? 事務所ルール? 事務所ルールなの?
とりあえず私が貴重なものを見逃したのは間違いないようだけど、実際に目撃していたら切島くんと瀬呂くん同様、爆殺王くんにしばかれる羽目になっていたと思うので、幸いと言えば幸いだったかもしれない。
あと、もう一つ気になることがある。
「あの……お茶子ちゃんはなんであんなエグい正拳突きを繰り出してるんでしょうか。なんか、呼吸法も常人のそれとは思えないんですけど」
「お茶子ちゃんは目覚めたんだって」
「……へぇ……いや、え?」
何に? 何に目覚めたの? 音が置き去りになってるよ? いったい何を体験してきたの? 職場じゃなくて修羅場……を、体験したのはむしろ私か。
「……ま、まぁみんないろいろあったみたいだけどさ、やっぱ一番大変だったのは雪柳たち四人だよな!」
「そうそうヒーロー殺し!」
「命あって何よりだぜ、マジでさ」
「心配しましたわ、とても」
見計らったかのように上鳴くんが私や師匠、緑谷くん、飯田くんに視線を向けながら言って、爆殺王くんに首根っこを掴まれた状態の瀬呂くんと切島くんが追随し、百ちゃんが眉をひそめて零した。
「エンデヴァーが助けてくれたんだってな!」
「すごいね、流石はナンバー2ヒーロー!」
さらには砂藤くんと透ちゃんが少なくない興奮を見せながらそんなことを言ったので、私は思わず師匠の顔を窺ってしまう。
「……そうだな。救けられた」
師匠は若干視線を落としたものの、しかしさほど気にした風でもなく砂藤くんと透ちゃんの言葉を肯定した。
むしろ、緑谷くんの方が少し思うところのありそうな様子で師匠を見ていて、私はそれの方が気になってしまった。もしかして彼も師匠の家庭の事情知ってる……いや、体育祭でのやり取りを考えたら、知ってない方がおかしいか。
「……俺、ニュースとか見たけどさ、ヒーロー殺しって
「あー、私の腕一本じゃ済まなかったかもしれませんねぇ」
「ちょ、おま、雪柳……」
尾白くんの言葉を引き継ぎ、あえてオブラートに包まずに私が言うと、みんな揃ってとても複雑そうな顔をした。
しかし、もう二か月近くも前のことだし、私が率先して気にしていないことをアピールしていってもいいだろう。笑い話にはできなくても、いちいちみんなの表情を曇らせるのも心苦しいしね。
……あとはまぁ、ついでにその辺りで思うところもあるのだ。
「でもたぶん、ヒーロー殺しはUSJに来た奴らとは本質が違うと思うんですよ。アイツは選んだ手段こそ最低最悪でしたけど、その根幹にあったのは
「ま、まぁ……」
保須での事件後、マスコミによる報道の他に、週刊誌でヒーロー殺しの素性が暴かれてその主張が取り沙汰されたり、ネットで奴に関する動画のアップロードと削除が繰り返されている。
特に、最後の動画というのが非常によろしくない。
ヒーロー殺しが最後の際に見せたあの執念の一部始終が、一般人によって撮影されていたのだ。これにさまざまな編集を加えたセンセーショナルな映像が、多くの人の目に触れるようなことになっている。私も一昨日、SNSで流れてきたものを見た。
これが諸々に与える影響は正直考えたくもないが……ともかく私が今言いたいのは、奴の主張とUSJでの
「……なるほど、確かにそうだな。USJでは、
「んじゃあれデマだったってこと?」
「いや上鳴、アンタそれはちょっと短絡的すぎでしょ」
うん、響香ちゃんの言う通り、それはちょっと短絡的というか、楽観的過ぎると思う。ヒーロー殺しと脳無が示し合わせたかのように同じタイミングで現れたことを鑑みれば、何らかの繋がり……もとい、接触があった可能性は高いだろう。
あるいは
「――ともかく、だ」
みんながそれぞれ思案にふける中、飯田くんが口を開いた。
「奴は信念ある男だったが、雪柳くんが言った通り、致命的に手段を誤った。どんな考えを持とうとも、そこを間違えた奴はやはり
彼はスッと右手を上げたかと思えば、ビシィィィィ! と虚空にチョップを繰り出すようなカクカクムーブをキメた。
「俺が言うまでもないだろうが、俺たちが目指すべきは正しい目的を正しい手段で達成するようなヒーローだ!! 俺は、俺のような者をこれ以上出さぬためにも、改めて正しいヒーローへの道を歩む!!!」
その堂々たる宣言を聞き、緑谷くんが率先して「おおっ」と感動したように声を上げた。私も飯田くんの顔を見て、一つ頷いてみせた。
「――さァみんな! そろそろ始業の時間だ! 席に着きたまえ!!」
さっそく張り切り始めた飯田くん。
いつもの委員長らしさが帰ってきたことに、私は思わず頬をほころばせてしまった。
※ ※ ※
「――ハイ私が来た、ってな感じでやっていくわけだけどもね。久しぶりだな少年少女たち! 元気だったかい!?」
オールマイト先生がヌルっと始めた午後のヒーロー基礎学。私たちはコスチュームを身に纏って、運動場
……あいや、飯田くんだけはコスチュームが修繕中であるため、体操服だ。私や師匠、緑谷くんのコスチュームも少なからず破れたりなんだりしていたけれど、普通に予備がある。飯田くんのようながっつりフルアーマーなコスチュームでない限り、割とみんな予備は用意されているのだ。
あ、あとそう言えば、私のヒーロー活動用の義手も当然壊れたまんまなので、今付けているのは日常生活用の義手である。あれもまぁ、特注品だし高価なものだし、予備なんてものはないのだ。
ただ、すぐにサポート会社に送るのではなく、今日の放課後、サポート科の授業を受け持っているらしいパワーローダー先生のもとを訪ねることになっている。サポート会社に送ると返ってくるまでにどうしても時間がかかってしまうので、とりあえず損傷の程度を見てもらえ、と相澤先生に言われたのだ。よほど深刻でなければ、パワーローダー先生に直してもらえるはずだ、と。うーん、合理的。
と、まぁそんなわけなので、日常生活用の義手を壊したくないから激しい戦闘をするような訓練じゃないといいんだけど……。
「職場体験直後ってことで、今日は遊びの要素を含めた救助訓練レースだ!」
オールマイト先生がそう言うと、すかさず飯田くんが手を挙げて「救助訓練ならUSJでやるべきなのでは!?」と発言したが、オールマイト先生は「あすこは災害時の救助訓練に適した施設だからな」と返した。
USJ事件以来、あの施設では二度ほど救助訓練を行っているが、確かに両方とも災害時を想定してのものだった。私自身は、復帰から体育祭までにあった一回を見学、そして体育祭後から職場体験までの間に一回参加している……一応言っておくと、行くまでは少しそわそわしたけど、実際行ってみてもそこまで精神的に取り乱すことはなかった。あの施設自体がトラウマになっている、ということはないようだった。
と、それはさておき。
どうやら〝救助訓練〟という部分は名ばかりで、実際には〝レース〟という部分が今日のヒーロー基礎学の主たるところらしい。
ルールは簡単で、まずは五人組三つ、六人組一つの四組に分かれて一組ずつ訓練を行っていく。オールマイト先生がこの運動場γのどこかで救難信号を出した時点で運動場の外から一斉にスタートし、誰が一番にオールマイト先生を助けに行けるかを競争する、とのことだ。要救助者の下へ駆けつける、というお題目は用意されているけど、その後何かをしなければいけないわけでもないようなので、本当にほとんどお遊びだ。
組分けは割と恒例な気がするくじ引きで決定された。私は三番目のグループで、青山くん、常闇くん、響香ちゃん、お茶子ちゃんとの五人組だった。
「――よし、じゃあ初めの組は位置について!」
オールマイト先生の号令で、最初の組である三奈ちゃん、飯田くん、尾白くん、瀬呂くん、緑谷くんたちがそれぞれ所定のスタート位置へと着きに行った。その後オールマイト先生も運動場内のどこかへと向かう。
残されたその他全員はOZASHIKIなるスペースに集まって、巨大なモニターでレースの様子を観戦することになった。
「飯田まだ完治してないんだろ? 見学すりゃいいのに……」
「クラスでも機動力良い奴らが固まったな」
「うーん、強いて言うなら緑谷さんが若干不利かしら……」
下馬評をまとめると、緑谷くん以外の四人で割と意見が割れている感じだった。決して緑谷くんが低く評価されているというわけではなく、あくまで相対的な評価……いや、爆殺王くんだけは「デクが最下位!」と悪い意味での絶対的評価を下してるけどアレは論外。とにかく緑谷くんが一番オッズが高い状態だ。別に何も賭けてないけど。
――ただ。
「……ねぇ師匠。あの時の緑谷くん、そう言えば動きすごかったですよね」
私は隣に立っていた師匠にこそこそと話しかける。
「……ああ、言われてみりゃそうだな。……あれが、個性を使いこなせるようになったってことだったんなら……」
師匠はちらりとこちらを見ながら呟いた。
入院している間、同室ということもあって緑谷くんとはいろいろと話をしたんだけど、そう言えば個性の話はしなかった。師匠が左を使っていたことも、私が氷を纏って移動していたことも、そして緑谷くんが今まで見たこともないような機敏な動きを見せていたことも、だ。
個性の話をするとなるとどうしてもあの戦いを思い出さなければいけなかったから、無意識に避けていたのかもしれない。後遺症を負った飯田くんに気を遣ったというのもあるし、同時に私たち自身にとっても生半可な経験ではなかったから、心の整理が付いていなかったんじゃないだろうか。
しかし、今思い返してみると、緑谷くんの動きは本当に様変わりしていた。もしもあれが火事場の馬鹿力的なまぐれでなかったなら――。
「え!? 緑谷すげぇ!!」
「なんだあの動き!?」
「おー、やっぱり」
――私や師匠の予想通り、緑谷くんは入り組んだ足場をぴょんぴょんと跳ねながら、誰よりも早く駆けていった。改めて見ても、明らかに身体能力が向上している。
「緑谷くんの個性って、『超パワー』でしたよね? どうやってるんでしょうか」
「……個性の制御を身に付けて、身体が壊れない程度の力を全身に纏わせてる、とかじゃねぇか」
「あー、なるほど……纏うというと、私の【氷衣】にちょっと似てますねぇ」
私と緑谷くんは、期せずして同じような手段でパワーアップしたのかも。……や、たぶん制御の感覚とかは全く違うと思うんだけど、個性を身に纏うという表面的な部分は似通っている。
職場体験前にはあんなの動きの片鱗すら見せていなかったと思うので、職場体験が始まってからあのヒーロー殺しとの戦いの間に身に付けたのだろうか。だとしたら私の【氷衣】よりもよっぽど急ごしらえだけど――。
――と、そう思った次の瞬間だった。
「「「あっ」」」
OZASHIKIにいたみんなの声が揃った。
モニターに映し出されていた緑谷くんが、パイプに着地する際に足を滑らせて、落っこちていったのだ。
その後、緑谷くんは元々機動力に優れていた他四人にあっさりと抜かれてしまい、最終的に一位を勝ち取ったのは瀬呂くんだった。