『雪女』のヒーローアカデミア   作:鯖ジャム

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第34話 雪女は演習試験に挑むようです その1

 筆記試験の三日目。

 

「ゆ、雪柳さん……」

「……雪柳……おまえ……」

「……すみません百ちゃん……すみません師匠……」

 

 最終日、最後のテストが終わった後、私は半泣きになっていた。

 

 この一週間……否、それ以前から頑張っていたのだ。本当に頑張っていたのだ。

 授業は一生懸命聞いていたし、家でも毎日勉強していた。先週末に百ちゃんの家へ行った時なんて、緑谷くん、飯田くん、轟師匠の教師三人体制で集中講義を受けたし、その後の平日の放課後にまで彼ら三人と百ちゃんに勉強を教えてもらったのだ。

 

 ……ただ、それでも。

 

「……たぶん、中間テストよりはできました。でも……全部の教科で赤点が回避できた気は、しないです」

 

 特に、理系科目。数学と物理基礎の応用問題にまったく手が付かなかったし、基礎問題の計算も到底完璧とは思えない。赤点のラインは40点だけど、練乳かけたスニッカーズくらい甘く見積もらないと4割は……。

 

「雪柳さん、まだ林間合宿に行けないと決まったわけではありませんわ。結果が返ってきてみなければ……」

「も、百ちゃん……いえ、いえ違うんです。林間合宿に行けないのは、自業自得だから別にいいんです。ただ、百ちゃんや師匠、飯田くんに緑谷くんがあんなに勉強を見てくれたのにこんな有様なのが、本当に申し訳なくって……」

 

 私が鼻をすすりながら視線を落としていると、飯田くん、緑谷くんが私の席に近付いてきた。

 

「……雪柳くん、結果はどうあれ君の努力は間違いなく本物だった。少なくとも、俺のことなんて気にする必要はないさ」

「うん、僕も飯田くんと同じだよ。むしろ、雪柳さんに勉強を教えるのは僕らにとってもいい勉強になったし。それに、八百万さんが言った通り結果が返ってくるまでわからないよ!」

「そうだな」

「み、みなさん……うっ、うぅぅ……」

 

 優しさが染みすぎた。本当に、本当に不甲斐ない生徒で申し訳ない……。

 

「雪柳さん、明日は演習試験ですから、切り替えていきましょう。きっと演習試験の方でも赤点があるでしょうから、気を抜いてはいけませんわ」

「……うん」

 

 私は百ちゃんに背中を摩られながら、こくりと頷いた。

 

 

     ※ ※ ※

 

 

 そして明くる日、私たち1年A組はそれぞれコスチュームを身に纏い、校内バスの停留所へと集合していた。

 

「それじゃ、演習試験を始めていく。当然この試験でも赤点はあるから、林間合宿行きたきゃみっともねぇヘマはするなよ」

 

 相澤先生のそんな言葉に、私は気を引き締める……けど、その前にちょっと、どうにも気になることが一つ。

 

「先生多くない……?」

「5、6、7……8人?」

 

 響香ちゃんが呟き、透ちゃんが指を指しながら数えた。

 そう、私たちの前に立っている先生の数がやたらと多いのだ。

 

「……えー、諸君なら事前に情報仕入れて、何をやるのかはだいたい察しているだろうが……」

「入試みてぇなロボ無双だろォ!!」

「花火! カレー! 肝試しぃ―――!!」

 

 相澤先生の発言を遮って上鳴くんと三奈ちゃんがハイテンションに声を上げたが、しかしその直後――。

 

「――残念!! 諸事情あって今回から内容を変更しちゃうのさ!!」

 

 相澤先生が首に巻いてる捕縛布から、突如として白い毛むくじゃら――すなわち根津校長が現れて、無慈悲に告げた。上鳴くんと三奈ちゃんは固まっていた。

 

「昨今の情勢のこともあって、これからは対人戦闘、対人活動を見据えた、より実戦に近い教えを重視する方針になったのさ! そんなわけで、諸君らには今から――」

 

 校長先生は相澤先生の肩から跳び降りて、スタっと着地し。

 

「それぞれチームアップをしてもらって、ここにいる教師と戦闘を行ってもらう!」

 

 と、言った。

 

 

 

 

 

 生徒側のチームアップは基本的に二人一組で、一チームだけ三人一組。対戦相手となる教師も含めて、組み合わせはあらかじめ決められているとのことだった。

 それぞれ用意されたステージで全員が一斉にスタートし、30分の制限時間内に教師へ専用のハンドカフスをかけるか、チームの内の一人がステージから脱出すればクリアとなるらしい。

 教師を(ヴィラン)そのものと想定した上で、戦闘して捕縛するか応援を呼ぶか、という二択の判断力を試すのが全体としての大きな目的だそうだ。教師側はハンデとして自身の体重の半分の重りを付けるらしく、これによって直接戦闘も考慮の範疇に入るようになっている。

 

 で、肝心のチームアップと対戦相手の組み合わせだが……私は、自分自身のことよりも、緑谷くんと爆殺王くんがペアになり、オールマイト先生が対戦相手を努めるということに物凄く驚いてしまった。

 ハンデありとは言えオールマイト先生と戦う、ないしは彼から逃げなければいけないという鬼畜な難易度もそうだが、何より緑谷くんと爆殺王くんという二人が組まされたことに驚きが隠せなかった。

 あの二人の仲の悪さ、相性の悪さは言うまでもないだろう。あれはもはや水と油っていうか、火が付いた油に水をぶっかけるみたいな感じである。ほら、爆発するし。

 ……でも、まぁたぶん、むしろあの相性の悪さこそ二人がペアにされた最大の理由なんだろうと思う。相澤先生が動きの傾向や成績、親密度なんかを考慮してチームや対戦相手を決定したと言っていたからね。

 

 はたして二人はきちんと協力し合って試験に挑めるんだろうか……と、大いに心配ではあるのだが、もちろん私とて人の心配をしている場合ではない。

 

「――ケロ、よろしくね氷雨ちゃん、常闇ちゃん」

「よろしく頼む」

「はい、よろしくお願いします、二人とも」

 

 たとえ、私たちが唯一の三人組であっても、だ。

 

 私、常闇くん、そして梅雨ちゃんという、いまいちよくわからない三人組。私たちの組み合わせにはいったいどういう意図があるんだろうか。

 

「……まぁとりあえず、全部の組がステージに到着してから10分後に開始、でしたね」

「ああ、その時間で作戦を立てろというわけだな」

「私たちはステージ中央からのスタートね。脱出に関しては指定のゲートを通る必要があるそうだから、エクトプラズム先生はゲート付近で待ちかまえている形かしら」

 

 私たちの対戦相手はエクトプラズム先生で、その意図はすぐにわかった。エクトプラズム先生の個性『分身』によって、私たちが三人組であるというアドバンテージを打ち消しているのだ。

 エクトプラズム先生の分身は同時に30体くらい出せる、とは梅雨ちゃんからの情報で、これは緑谷くんが言っていたことらしい。出所がかのヒーローオタクさんであれば、ほぼほぼ確実な情報だろう。

 

 また、私たちのステージは……これは、いったい何の施設なんだろうか。全体としては円筒状の建物が五つ、上からバッテンに見えるような形で並んでいて、それぞれが通路で繋がっている。

 私たちのスタート地点は梅雨ちゃんの言う通りステージ中央の建物だ。中身は構造だけで言うとショッピングモールの吹き抜け部分的な感じ、雰囲気で言うと美術館みたいな感じ。円筒状の建物のすべてが、たぶんこんな構造なのではないかと思われる。

 

「何はともあれ、まずは大まかな方針を決めるべきね」

「戦闘か脱出か、ですか?」

「ええそうよ……私、少し考えてみたの。私たち三人を組ませてエクトプラズム先生と対戦させる意図は何かって。それがわかれば私たちが取るべき選択肢も見えてくるんじゃないかと思ったの」

「前者はともかく、後者は数的有利を俺たちに与えないためではないのか?」

「もちろんそれもあると思うわ。でも、それ以上に……常闇ちゃんも氷雨ちゃんも、遠距離から中距離での戦いには長けているけれど、近距離での戦いには課題があるわよね」

「……あ、なるほど。エクトプラズム先生は、そこを突いてくるための配役ってことですか」

 

 エクトプラズム先生の分身はかなり自由な位置で発生させられるらしいから、いきなり私や常闇くんの間合いの内側に現れる可能性もあるわけだ。エクトプラズム先生は体術に長けていたはずだし、そんな形で接近戦を強いられたら確かに苦しい。

 

 梅雨ちゃんは私の言葉に頷いて、さらに続ける。

 

「それに、私はそもそも直接戦闘が得意な方ではないし、特に対多数との戦闘にはこれといった方策を持っていないわ。たぶん、どれだけ二人のサポートをできるかを見られているんじゃないかしら」

「なるほど。的を射ているように思える」

「……あと、これは私と氷雨ちゃんに限った話だけれど、個性の相性がよくない者同士というのもきっとあるわ」

「……あー、そっか、そうですね。梅雨ちゃんは個性柄、寒いのがダメなんですよね」

 

 梅雨ちゃんの個性『蛙』は蛙っぽいことならなんでもできる個性で、蛙っぽい性質を兼ね備えている個性でもある。どっかの似非『雪女』とは違ってね。

 で、蛙って変温動物で、要するに寒さに弱い。外気が冷えすぎると冬眠しちゃうらしいのだ。

 

「つまり、私が安易な範囲攻撃を使うことを制限してるわけですか」

「ふむ……となると、雪柳が無策で個性を使って蛙吹を眠らせてしまうようなことになれば、大幅な減点となり得るかもしれないな」

「ええ、むしろそれをしてしまった時点で、条件をクリアしても不合格になってしまうんじゃないかしら。条件を達成すれば合格とは、相澤先生もエクトプラズム先生も言ってなかったもの」

「あ、確かに……」

 

 となると、本当にきっちり三人で協力する必要があるな。考慮しないといけないことが多い分、二人組のところよりも大変かもしれない。

 

「……これらを踏まえた上で、決断せねばならないな」

「ええ。戦闘か、脱出か、ね」

「でもまぁ、そこは割と簡単に結論が出るんじゃないですか?」

 

 私たちはお互いの顔を見合わせて、頷き合った。

 

 

     ※ ※ ※

 

 

 試験開始の合図と同時に、私たちはさっそくエクトプラズム先生の分身に取り囲まれてしまった。

 

「なっ……!」

「うわ、いきなりですか……!?」

「言イ忘レタガ……我々教師陣モ諸君ラヲ全力デ叩キ潰ス所存。サァ、決メルンダ。決意ト覚悟ヲ!」

 

 エクトプラズム先生の分身たちが、じりじりと私たちに近付いてくる。速攻を仕掛けてこなかったのは、まだ幸いだったか。

 

「氷雨ちゃん、常闇ちゃん。打ち合せ通りにいきましょう」

「ええ、わかりました」

「了解だ――黒影(ダークシャドウ)! 蛙吹を投げろ!」

「ハイヨ!」

 

 常闇くんが意思を持つ自身の個性、黒影(ダークシャドウ)くんに梅雨ちゃんを咥えさせて、上の階へと放り投げる。梅雨ちゃんは空中で長い舌を伸ばして常闇くんに巻き付けて、壁に張り付くと同時に常闇くんを勢い良く引っ張り、二人揃って即座に離脱した。

 私は私で、常闇くんが動き出した時点から【氷衣】を使用し始めていた。ふわりと宙に浮き、二人が側を離れたタイミングで周囲に氷柱(つらら)を生成、展開。それらをエクトプラズム先生の分身たちに目掛けて発射して牽制をしつつ、私も上の階へと向かった。

 

 事前の打ち合わせで、接敵したらまず逃走を試みるという方針を決めていた。

 私に比べて逃走の方法に自由が利かない常闇くんと梅雨ちゃんが連携して先に行き、私が殿を務めるというのが基本だ。たった今おこなった動きは、まさしくその打ち合わせ通りだった。

 

 ……しかし、梅雨ちゃんと常闇くんに合流した私は、階下の分身たちに目をやって顔をしかめる。

 

「……すみません、ちょっと攻撃甘かったです。分身、一人か二人しか倒せてない」

「相手は格上、それに分身だ。下手な加減は不要だな」

「そうね。ちょっと強めにやるくらいでちょうどいいかもしれないわ……って、やっぱりこうなるわよね」

 

 私たちの前に再び、次々とエクトプラズム先生の分身が現れていく。

 

「戦闘の回避はやはり困難。で、あれば……」

「ええ、プランBですね」

 

 ――プランB。それは、実際に会敵してみて逃走が不可能と判断した場合に、真正面から突破するための作戦……うわすごい、〝プランB〟なんてありがちだけどカッコいいワード、こんなにちゃんとした場面で使う日が来るなんて。

 

 ……いやまぁ、とにかくその要になるのは、私だ。

 

「本当にどこまで通用するかわからないので、カバーはお願いしますね」

「御意」

「ええ、わかってるわ」

 

 私は、ふぅ、と一つ息を吐き――前腕だけを覆っていた【氷衣】のための氷を拳まで纏わせ、さらには両の拳を【()()()()()()()()()()()()、ありきたりなファイティングポーズを取った。

 

「……フム、我ニ真ッ向カラノ近接戦闘ヲ挑ムカ」

「お手柔らかにお願いしますよ、エクトプラズム先生」

「今ノ我ハ(ヴィラン)ソノモノデアルト説明シタハズダ。オマエハ本物ノ(ヴィラン)相手ニモ手加減ヲ乞ウノカ?」

「おっと、そうでした。じゃあ今のはナシで」

 

 まずい、今のは減点かも……と、まぁそれは置いといて。

 

 職場体験以降の一か月間、私はいくつかの課題に取り組んでいた。

 そのうちのひとつ、特に重きを置いていたのが、相手に接近戦を強いられた時の対処の(すべ)――すなわち、近接格闘術を身に付けることだった。

 ただしそれは、誰かから教わっていたわけではない。ここ最近はようやく腰を落ち着けてトレーニングに励むことができて、体力も筋力も着実に付いてきている私であるが、それでもクラスメイトたちと比べればまだまだ貧弱な部類。そんな私が普通の近接格闘術を習得したところで、付け焼刃にすらならないだろう。

 

 故に、私は【氷衣】を使ったほとんど独自の格闘術――【氷衣格闘術(ひょういかくとうじゅつ)】を編み出したのだ。……いや、それはちょっと見栄を張ったな。編み出そうとしている、と言った方が正しい。

 

 もともとは単なる移動手段として編み出した【氷衣】。緊急回避も含めた戦闘時の機動力向上という側面についても、習熟の必要性はあったものの形になった時点から想定していた範囲ではあった。

 そもそもの話、私の個性が最大限に生かせるのは間違いなく中遠距離での戦闘だ。だから相手に接近されないように立ち回るべきだし、接近されてしまったら【氷衣】の機動力で即刻距離を取るのが私の思い描いていた理想だった。

 ……が、そんな理想通りにいかない状況があることを、私は身をもって知ってしまった。

 それはつまり、ヒーロー殺しとの戦いだ。あれほどの身のこなしをする相手に絶対接近を許さないなんてことはほとんど不可能だったし、背後に人を庇っていて自ら距離を取るようなこともできなかった。私は懐に入られた時点で、まったく対抗する術がなかったのである。

 あの時は腹を蹴られただけで済んだが、それはヒーロー殺しに殺意がなかったからだ。さもなければ、私はあのタイミングで間違いなく致命傷を受けていた。

 

 得意じゃない、を言い訳にはできない。その言い訳の代償は、私自身や、私が守るべき誰かの〝死〟。

 あの戦いを通じて、私はそのことを痛感したのだ。

 

 だから。

 

「――行きます!!」

 

 まだまだ発展途上の技術だとしても、使うべき時には使わないといけない。

 今が、その時だ。

 




 

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