私たちのチームの条件達成がアナウンスされた直後、私はその場にへたり込んでしまった。
あともう一踏ん張り、と思った直後の呆気ない決着に理解が追いつかなかったのだ。もちろん、緊張の糸が切れた、身体中が痛いというのもあるが……。
「――雪柳、大丈夫カ」
「……あ、はい……あいや、全然大丈夫じゃないです。特に右腕」
近寄ってきたエクトプラズム先生がかけてくれた声に、あんまり頭が働いていなかった私はバカ正直に答えてしまう……や、もちろん正直に言わないといけないことだけど、ちょっと非難がましい言い方になってしまったのが気になった。
マスクのせいでエクトプラズム先生の表情の変化はまったくわからなかったが、先生はなんとなく面目なさそうな雰囲気を醸し出していた。
「スマナカッタ。言イ訳ニナルガ、重リヲ付ケタ状態デ普段ト同ジダケノ速度デ蹴ロウトシタコトニヨリ、普段以上ニ重イ蹴リニナッテシマッタノダ」
「……あー……ハンデどころか、サポートアイテムみたいになっちゃったってことですか?」
「ソウイウコトダ。アノ瞬間、我ハ重リノコトヲ考慮スルダケノ余裕ガナカッタ。ツマルトコロ、君ハソレダケ我ヲ本気ニサセタトイウコトデモアル」
むむ、なんだかとっても褒められてる感じだ……いやまぁ右腕めっちゃ痛いけど。ホントに痛いけど。
「……ウム、ソレニシテモ、カナリ腫レテシマッテイルナ。早ク戻リ、リカバリーガールニ診テ貰オウ」
「それはもう、是非」
私はとりあえず氷でギプスを作り、なおかつそれを支配、操作してできるだけ動かさないようにする……これ、実際の救助現場でもかなり使えそうだな。タオルとか噛ませれば程よく冷やすこともできるし、ちゃんとした方法を確立しておいた方がいいかも。
まぁそれはさておき、私が応急処置を済ませてからエクトプラズム先生の手を借りて立ち上がると、巨大な分身から解放された梅雨ちゃんと常闇くんがちょうどこちらに駆け寄って来ていた。
「梅雨ちゃん、常闇くん、大丈夫でしたか?」
「それはこっちのセリフよ、氷雨ちゃん。負担をかけてしまってごめんなさい」
「すまなかった、雪柳。確実にカフスをかけるために隙を窺っていたのだが、おまえとエクトプラズムの攻防が激し過ぎてなかなか割り込むことができなくてな」
「いえ、それはその、私もちょっと張り切り過ぎたので……でも、あのハンドカフスどうしたんですか? 梅雨ちゃんの分は取り出せなくて、常闇くんのはどこかへ行っちゃったんですよね。あの短時間で探し出したんですか?」
私が先ほどから、そのことが不思議で仕方なかった。
梅雨ちゃんの思い描いていた策が、私がエクトプラズム先生の気を引いた上で、常闇くんが
けど、そもそも肝心要のハンドカフスが、いったいどこから湧いて出たのか。
「私のカフスが取り出せなかったのは本当よ。腰の後ろに下げていたから、氷雨ちゃんや
「行方を知っていた、ですか?」
「ええ、私が持っていたのよ」
「……え? いや……どこに?」
思わず梅雨ちゃんの頭のてっぺんから爪先までをじっくりと見てしまうが、そこそこサイズがあるあのカフスを隠せるようなところは見当たらない。梅雨ちゃんのコスチューム、結構ぴちぴちだし……。
私が傾げていると、梅雨ちゃんはちろりとベロを出して、口元を指さした。
「私の個性、蛙っぽいことはなんでもできちゃうって言ったでしょう? 私の胃袋は出し入れできちゃうのよ」
「……え……ちょ、ちょっと待ってください。そもそも、蛙って胃袋出し入れできるんですか?」
「む、雪柳は知らなかったか。蛙は異物を呑み込んだ際の防御反応として胃を吐き出し、洗浄する習性がある。雑学としてはそれなりに有名だが」
「そ、そうなんですか……へぇー……」
初めて知ったトリビアだ……94へぇくらい貰えそうだなぁ……ってなんの話だ。久々に変な電波を受信してしまった。
「えっとつまり、梅雨ちゃんは分身に捕まる前に、常闇くんのハンドカフスを呑み込んでいたってことですか?」
「ええ、そういうことよ。三人とも捕まっちゃったら捕縛するしか選択肢がなくなっちゃうと思ったから、咄嗟にね。氷雨ちゃんを騙したようで申し訳ないわ」
「いえ、それはほら、敵を欺くならまず味方からってやつですよね。合理的な判断だったと思いますよ」
最初からハンドカフスがあると想定していたら、私もあそこまで本気でゲートを狙いには行けなかったと思う。
それに、万が一エクトプラズム先生に聞かれていれば、ああもあっさりとカフスにかかってはくれなかっただろう。私にあえて伝えなかったことは、結果的に作戦の成功率を大いに高めたはずだ。文句なんてあるわけがない。
「――フム、見事ナ作戦ダッタナ。常闇ノ個性ノ射程範囲ヲ確認シテイタ辺リモ抜カリナイ。此度ノ勝利ハ、確カニ君タチ三人デ勝チ取ッタモノダ」
エクトプラズム先生の言葉を聞いて、私たち三人は互いの顔を見合わせた。
梅雨ちゃんはにっこりと優しげに、常闇くんはクールに口角だけを上げ、私は痛みで若干ぎこちないものの、それぞれ笑みを浮かべて頷き合った。
――その後、最初に集合した停留所へと戻るバスの中で、エクトプラズム先生からチーム全体としての講評、それと各々に対する講評をもらった。
この講評は、分身から得た情報をある程度本体側で把握できるというエクトプラズム先生がおおよその状況を推察した上での所感程度のものであり、またあくまで試験の採点基準や結果とは関係ないものであることを断られた。
で、ざっくり要約していくと、まずもってチームワークは申し分ないものだったと言ってもらえた。分担したそれぞれの役割に徹することができており、なおかつその分担自体も最善であった、と。
ただし、ゲートを見つけるのに時間がかかったことに関して、やはりエクトプラズム先生が意図的に誘導していたらしく、そこに早い段階で気が付ければもっと余裕を持ってクリアできただろうと言われた。
各自に対しての講評は、まず梅雨ちゃんだが、常闇くんや私への的確なサポート、そして決め手となった最後の作戦の立案について高く評価された。全体を通しての作戦も梅雨ちゃんが中心になって立てたことを告げると、それについてもお褒めの言葉をいただいていた。
逆に指摘されたのは、戦闘の真っ最中における指示の少なさだった。もっとも、これは
次に常闇くんは、矢面に立つ私への的確な援護を特に褒められていた。敵である分身との間合いの取り方だけでなく、私との距離感も常に適切で、仲間の力と自身の力を最大限に引き出せていたと評された。
ただ、やはり依然として近接戦闘の弱みは残ったままであるから、その点の克服は急務とまでは言わないまでも今後の課題であると言われていた。
そして最後に私。私については、まず【氷衣格闘術】を評価された。エクトプラズム先生も私が近接戦闘の術を身につけようとしていることを知っていたようだが、ここまで形になっているとは想定していなかったらしい。他にも、最後に見せたオールレンジ攻撃を改めて絶賛してもらったり、少し細かいが義手の扱いにきちんと慣れてきていることなどを褒められた。実は、エクトプラズム先生には義肢を扱う先人として何度か話を聞いてもらったり、アドバイスを受けたりしていたので、その辺りの含みは感じられる部分だった。
で、反省を促されたのは、使った技の威力が軒並み高すぎる点だ。【氷衣格闘術】は段々と制御が大雑把になっていって最後には普通に人を殴り殺せるような威力になっていたし、オールレンジ攻撃も当たりどころによっては危険だったし、何よりダメなのが【氷礫霰弾】で、あれは絶対に人に向けてはいけないとちょっと叱られた。自覚は十二分にあったので、素直に頷いておいた。
「――正式ナ講評ハ結果ノ返却ト共ニ
「反省会ですか……梅雨ちゃん、常闇くん、今日の放課後さっそくやりますか? テストも午前で終わりですし」
「俺は構わん」
「私も予定は大丈夫だけれど、氷雨ちゃんの怪我の具合次第ね。無理をしたらいけないわ」
「あぁ、まぁ、たぶん大丈夫ですよ。リカバリーガールに治してもらえるでしょうから」
もちろん体力は消耗するだろうけど、仮に右腕が折れていたとしても反省会ができないほどに疲れ果てることはないと思う。経験則的に。
何はともあれ、私たちの期末試験は、こうして幕を閉じたのであった。
※ ※ ※
そして、翌日の朝。
「み、皆……合宿の土産話っひぐ……楽しみにっ……ううっ、してるっ、がらぁ……!」
嗚咽を漏らしながら話す三奈ちゃんに、一切の感情が抜け落ちた表情で俯く上鳴くん、目を伏せる切島くんに天を仰ぐ砂藤くん――実技試験をクリアできなかった四人が佇む教室の一角は、悲壮すぎる空気に包まれていた。
「まっ、まだわかんないよ! どんでん返しがあるかもしれないよ……!」
「よせ緑谷。それ、言ったらなくなるやつだ……」
緑谷くんの励ましに対して、瀬呂くんが無慈悲なツッコミを入れている。
その後、上鳴くんがめっちゃ長いセリフと共に緑谷くんへ目潰しを敢行するという暴挙に出ていたが、私は自分の席からそれを眺めつつ深いため息を吐いた。
「雪柳さん、大丈夫ですか?」
「……大丈夫じゃないです。口から心臓が出そう」
百ちゃんに心配されてしまうが、誤魔化す気にはなれなかった。
あの四人と違って、少なくとも実技演習の方で赤点ってことはないと思う。だから、あの輪には直接加わりづらい。
でも、あの四人と同等か、それ以上に筆記の方での赤点回避が絶望的なのだ。実技は採点基準が明かされていないという一縷の希望があるけれど、筆記試験にはそんなのないし。
どうせダメだと覚悟はしているが、覚悟していれば緊張しないってわけじゃない。やっぱり、こう、心の片隅で期待しちゃうじゃんね……。
某新世紀の司令官がよくやるポーズっぽいのをしながら、私は顔を俯かせる。早く、一思いにとどめを刺してもらいたかった。
予鈴が鳴り、しばらくすると相澤先生がやって来た。みんな慌てて自分の席に着き、教室がしんと静まり返る。
「おはよう諸君。さっそくだが今回の期末テスト、残念ながら赤点が出た。したがって――」
ぐっ、と拳に力が入る。
覚悟はしている、覚悟はしている、覚悟はしている、覚悟は……!
「――林間合宿は、全員で行きます」
「「「「「どんでんがえしだぁ!!!」」」」」
私は、実技試験未クリアの四人と一緒に大声で叫んだ。ついに私もみんなと声を合わせる個性が発現したようだけれど、そんなことはもはやどうでもよかった。
「えー、赤点だが、筆記の方で雪柳一人、実技の方で芦戸、上鳴、切島、砂藤、あと瀬呂の五人だ」
「でも行っていいんすか!? 行っていいんすか俺ら!?」
切島くんが興奮して声を上げる中、私はひっそりと両手で顔を覆った。
林間合宿に行けるのは嬉しいけど、やっぱり、やっぱり私だけ筆記がダメだったという事実が物凄く恥ずかしい。
「……とりあえず実技試験に関してだが、今回我々
相澤先生の言葉を聞いた私は、ひとまず気を取り直す。で、その言葉自体に私が抱いた感想は「ああ、やっぱりな」というものだった。
昨日の放課後、結局エクトプラズム先生のアドバイス通りに梅雨ちゃんと常闇くんと三人で反省会をしたのだけれど、考えれば考えるほどにエクトプラズム先生が100パーセントの本気だったとは思えなくなったのだ。
たとえばエクトプラズム先生は、私たちが起こすアクションに対していちいち後手に回っていたように思える。それはもちろん実力差から来る余裕の現れでもあったのだろうけど、それより何より私たちが何をするのかを見るためだった部分が大きかったのだと思うのだ。エクトプラズム先生の個性なら、急襲&急襲で先手を打つのが最善のはずだし。
相澤先生も、本気で叩き潰すという宣言は私たちを追い込むための方便だったのだとはっきり言って、その上で「そもそも林間合宿は強化合宿だから実技で赤点を取った人たちこそ参加し、力を付けてもらわなければいけない」と口にした。
「……まぁつまりアレだ、合理的虚偽ってやつさ」
「ゴーリテキキョギィイ――――!!!」
合理的虚偽……合理的虚偽か……三か月ぶり二回目だぁ……。
「くっ、またしてもやられた……! さすが雄英だ! ――しかし! 二度も虚偽を重ねられると信頼に揺らぎが生じるかと!!」
飯田くんが挙手をしながら立ち上がって相澤先生に抗議し、後ろの席のお茶子ちゃんがそれを見て「わぁ、飯田くん水差す」と呟く。
相澤先生の方はというと、意外にも「確かにな。省みるよ」と素直に返しつつ、ただし、と続けた。
「別に、全部が嘘ってわけじゃない。赤点は赤点ってことで、五人には合宿中、別途に補習時間を設ける。ぶっちゃけ学校に残っての補習よりきついから、覚悟しとけよ」
教室の真ん中あたりでわぁいわぁいとはしゃいでいた五人が硬直した。相澤先生がわざわざ〝きつい〟と明言するってどれだけ……と、彼らのことはもちろん気がかりなんだけど、あの、私は……。
相澤先生は私の控えめな視線に気が付いたようで、こっちを見て小さくため息を吐いた。
「……それと雪柳については、夏休みに入ってから林間合宿までの間、平日に毎日補習だ。赤点だった教科以外にも補習の計画があるから、追って伝える」
「アッハイ」
あ、赤点以外も補習するんだ……いやまぁ、たぶん赤点ギリギリのやつばっかりだったんだろうなぁ……。
……と、まぁ、そんなこんなで放課後。
私たちは帰りのHRで配られた合宿のしおりにみんなで目を通していた。
「それにしても、全員で行けることになってよかったね、林間合宿」
「うん、そうだね! 今から楽しみだぁー!」
尾白くんの言葉に透ちゃんが同調し、他のみんなも頷く。
「期間は一週間か」
「結構な大荷物になるね。早め早めに準備しないと……」
「水着とか持ってねーや。いろいろ買わねぇとなぁ」
「オイラは暗視ゴーグル買わないと」
「……峰田くん、暗視ゴーグルって何に使う気ですか?」
峰田くんの不穏すぎる発言はともかく、緑谷くんと上鳴くんの言葉はもっともだ。一週間の外泊ともなると、着替えの用意だけでも大変そう。まぁ、一応向こうで洗濯はできるみたいだけど……あと、そもそも私、水着どころか旅行用のカバンすら持ってないな。
私がそんなことを考えていると、透ちゃんがふと提案した。
「……あ、じゃあさ! 明日休みだし、テスト明けだしってことで、A組みんなで買い物行こうよ!」
「おお、いいねそれ! 何気にそういうの初じゃね!?」
すぐさま乗っかる上鳴くんがなんとも
ただ、急な話ということもあって、男子の半分くらいは都合が付きそうにないらしく、女子の中では梅雨ちゃんだけが参加できないとのことだった。とても残念だ
「おい爆豪! おまえも来い!」
「行ってたまるか、かったりィ」
切島くんが爆殺王くんを誘ったけど、にべもなく断られていた。期末試験前に比べればいくらか落ち着いた様子の爆殺王くんだったけど、まぁ、だからって急に仲良しこよしをするつもりはないらしい。
「師匠はどうですか?」
「いや、休日は見舞いに行きてぇ。わりィが……」
「む、そうですか。残念ですけど、それじゃしょうがないですね」
「おいおいノリが悪ぃよ! 空気読めやKY男どもォ!」
師匠は事情が事情だからしょうがないんだけど、峰田くんは吠えた。まぁ、せっかくなんだから、という気持ちはわからなくないけどね。
とにもかくにもそんなわけで、1年A組のだいたい半分くらいの面子で、休日ショッピングに出かけることとなったのだった。