『雪女』のヒーローアカデミア   作:鯖ジャム

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第37話 雪女はショッピングを楽しむようです、が

 いよいよ夏の気配が濃くなってきたこの頃においても、今日は特に夏らしい日だった。

 

 強い陽射しに青い空。遠くの山の向こうには、大きな入道雲がそびえ立っている。今朝の天気予報では夕立の心配はないと言っていたはずだけど、あれだけ立派に肥えているあたり、予報は外れてしまうかもしれない。

 

「――はい! ってな感じでやってきました! 県内最多店舗数を誇るナウでヤングな最先端! 木椰区ショッピングモール!」

「いえーい! ナウでヤングぅ!」

 

 三奈ちゃんがいつにも増して高いテンションで拳を突き上げ、元気いっぱいの透ちゃんがすぐさまそれに乗っかった。

 

 木椰区ショッピングモール、通称「ウーキーズ」に到着した1年A組の面々。結局参加は21人中13人で、まぁ急な割には良く集まった方だろう。

 このウーキーズ、県内で最多の店舗数だというのも十分に頷けるだけの広さで、しかもその敷地内に人がごった返しているんだから圧倒されてしまう。休日のお昼過ぎということで混雑がピークなのもあるだろうけど、それにしたって物凄い盛況っぷりだ。

 

「――個性の差による多様な形態を数でカバーするだけじゃないんだよねティーンからシニアまで幅広い世代にフィットするデザインの物が取り揃えられているからこそこの集客力で実際見渡してみても親子連れやカップルや学生なんかの比較的若い世代からお孫さんを連れたお爺ちゃんお祖母ちゃんなんかもいてまさしく老若男女が――」

「緑谷、そろそろよせ。幼子が怖がる」

 

 ショッピングモールに対してまでぶつぶつ分析モードを発揮していた緑谷くんを常闇くんが諫めていた。いやホント子ども泣くよ。私も怖いもん。

 

 と、まぁそんな一幕があった一方で、「お!? あれ雄英生じゃね? 一年生たちじゃね!?」「うわマジじゃん! うぇーい! 体育祭うぇーい!」とチャラい大学生みたいな人たちが私たちに謎の交信を図ってきたりもした。

 

「わ、体育祭って、まだ覚えてる人おるんや……!」

「なんかうぇいうぇい言ってますね。私たちもうぇいっておきますか」

 

 うぇいうぇーい、と適当にピースを掲げてあげると、大学生と思しき彼らは嬉しそうにうぇいうぇいと反応していた。うんうん、どうやらコミュニケーションには成功したようだ。

 

「雪柳、意外にそういうノリ軽いよね、ホント……まぁいいけどさ、とりあえずウチ、キャリーバッグ買わなきゃ」

「あら、では一緒に見て回りましょうか」

「あ、私もキャリーバッグ欲しいんで、付いて行っていいですか」

「ん、いいよ、行こ」

 

 響香ちゃんと百ちゃんと私の三人が一緒に行動することを決めると、続けざまに上鳴くんと透ちゃん、三奈ちゃんがひとまず靴を見に行くことで意見が合致していた。飯田くんも付いて行くっぽい。

 あとは峰田くんが「ピッキング用品と小型ドリルってどこに売ってんだ?」とかなんとか不穏なことを口走っていたのだが、直後、私は障子くんと常闇くん、切島くんと目が合った。三人はこくりと頷き、静かに峰田くんの背後へと回った。どうやら監視係を務めてくれるらしい。彼らには、あとで何か奢ろう。

 

 そんなこんなで自然と目的ごとにグループが分かれていって、最終的には切島くんが「なんかみんな目的バラけてっし、自由行動にすっか!」と提案をした。

 三奈ちゃんがいの一番に賛同して、他のみんなも反対はしなかった。

 

「うっし、じゃあとりあえず三時にここ集合ってことで!」

「「「異議なーし!」」」

 

 切島くんの号令に声を揃えた私たちは、あっという間に散らばっていった。

 

 

     ※ ※ ※

 

 

 私、響香ちゃん、百ちゃんの三人で訪れたのは鞄の専門店だった。リュックサックやビジネスバッグ、そして私と響香ちゃんの目的である旅行用のキャリーバッグなど様々取り揃えているカジュアルなお店だった。

 

「それにしてもすごいですね、鞄の専門店って」

「私も普段はブランドごとの専門店にしか出入りしませんから、右も左も鞄しかないなんて新鮮ですわ……!」

「ヤオモモ贔屓のブランド店って……や、まぁとにかく、こういう店って大型商業施設ならではって感じするよね」

 

 私たちはさっそく、旅行用鞄が並べられているところへと向かう。なんか百ちゃんがそわそわしていて可愛かった。

 

「どのくらいの大きさがいいんですかねぇ」

「一週間分の荷物だし、やっぱ大きいに越したことはないんじゃない? ボストンバッグとかもあるみたいだけど、持ち運び考えるとちょっとね……」

 

 うーん、それもそうか……いやでも、同じくらいの容量でもキャリーバッグだと結構値段が張るなぁ。使用頻度を考えるとあんまりお金は出したくないけど、長持ちするだろうからデザインを妥協したくない気持ちもある。

 

「……というか、これだけ大きいとバッグ自体の重さも気になりますよね。持ち上げて運ばないといけない場面もあるでしょうし」

「確かに。これとか見るからに……あっ、やば重っ」

 

 響香ちゃんはキャリーバッグのひとつを手に取ったが、すぐさま顔をしかめた。私も試しに持ってみたけど、これに荷物が入った状態で階段を上り下りしたくないなと素直に思ってしまった。

 

 私と響香ちゃんが二人でうんうん唸っていると、不意に、そわそわしっぱなしの百ちゃんが口を開いた。

 

「……あ、あの、耳郎さん、雪柳さん。お店の商品に勝手に触れても大丈夫なのでしょうか? 店員さんに声をかけた方が……」

「え? いや、乱暴にしなければ大丈夫じゃないかな?」

「そ、そうなのですか。すみません、こういったお店は本当に初めてでして……」

 

 百ちゃんってば気にしいだなぁ……なんてのほほんと思ったのだが、ふと気が付いた。これ、たぶんそうじゃない。

 

「響香ちゃん、もしかしてあれだったりしませんか。お高いブランドショップ特有の……」

「……あ、あぁー……」

 

 どこで聞いた話なのかすら覚えていないし、もしやもすると私の勝手なイメージかもしれないが……高級な商品ばかりを取り扱っているような、それこそハイブランドの専門店って、展示されている商品をベタベタ勝手に触っちゃいけないんじゃないだろうか。なんなら値札とか勝手に見るのもご法度みたいな。

 

 ……なんというかまぁ、百ちゃんは私たち庶民とは住む世界が違うんだ。常識が違うのも当たり前なんだ。

 前に百ちゃんの家にお邪魔したけど、間違いなくショッピングモールになんて来るようなご家庭じゃない。百歩譲って来たとしても、それこそハイブランドの専門店にしか足を運ばないだろう。これは決して偏見ではなく、事実に基づいた分析の結果である。

 

「……せっかくですし、もっといろいろなお店回りたいですね。百ちゃんには、もっと私たちの住む下界を体験してもらわないと」

「げ、下界……というのは……?」

「流石に下界は言い過ぎだって……ま、いろいろ見て回るのは賛成だけど」

 

 百ちゃんはこてんと首を傾げて、響香ちゃんは苦笑いを浮かべながら私に視線を送ってきた。

 

「雪柳は他に何か欲しいものあるの?」

「んー、とりあえずしおりにあったものは一通り家に……いえ、水着が学校指定のしかないですね。みんなはどうするんでしょう?」

「私はいくつか持っていますが、新調するつもりですわ。少し、サイズが合わなくなっている気がしますので」

「……えっ……まだ……成長してるの……?」

 

 おっと、私の迂闊な話題選びのせいで、響香ちゃんが百ちゃんに怪物でも見るかのような目を向け始めちゃったぞ。というか、私も私でセクハラしたみたいになっちゃったぞ。いやまぁ、最近はホントに元男であることを忘れられてきてるっぽいんだけどさ……。

 

「……えーっと。水着は、他の女子三人とも相談して決めましょうか? 三奈ちゃんと透ちゃんあたりは学校指定の水着嫌がりそうな気がしますし……あと、今日来てない梅雨ちゃんとかとも示し合わせた方がいいかもしれません」

 

 戦慄した響香ちゃんがなかなか我に返ってくれないので、ひとまず無難に話をまとめて、別の話題を振ることにした。

 

「私、しおりに書いてあったものは一応あるっぽいんですけど、それ以外で何か必要そうなものってありますかね? 私、旅行とかほとんど行ったことないから、全然わからなくて」

「まぁ、雪柳さんはご家族で旅行などはされないのですか?」

「……あー、いや……まぁ、全然しないです、ね」

 

 ……まーずい。まさかの二連続で話題の選択ミス。

 いや、そりゃ旅行にほとんど行ったことないなんて言っちゃったら、そういう話題も振られるじゃんね。それでもまだ素知らぬ顔でさらっと流せれば問題なかったのに、不意打ちだったせいであからさまに言い淀んでしまったじゃんね。

 

 百ちゃんと響香ちゃんが怪訝そうに眉をひそめたのを見て、私はもう、露骨でもなんでもいいから視線と話題を逸らすしかなかった。

 

「……ええと、とりあえずどのキャリーバッグにするか早く決めちゃいましょうよ。上鳴くんと透ちゃんが靴買いに行くって言ってましたよね? 私もちょっと見たいので、合流するのなんてどうでしょうか。水着のことも相談したいですし」

「あ、ああうん、いいんじゃない?」

「そう、ですわね。せっかく大勢で買い物に来たんですから、このまま三人だけで行動するのは味気ないですものね」

 

 幸い、なんて言うのは彼女らに悪いけど、とにかく二人は若干ぎこちないながらもスルーしてくれるようだった。

 

 家族のこと。過去のこと。

 それは別に、誰にも言えない秘密ではない。実際、ついこの間、轟師匠にほとんど洗いざらい喋ったわけだし。マスコミに、世間に向けて公表するのは流石に嫌だけど、私が信頼できると思った人になら話しても構わないと思っているし、そもそも誰かに禁止されているということもない。

 どう頑張っても明るい話にはならないから積極的に話すのもちょっと違う気がしていて、しかし1年A組のみんな――特に、普段から仲良くしてくれている女子のみんなには隠し事をしたくない、という気持ちが日に日に強まっているのもまた事実なのだ。

 

 ……まぁいずれにしろ、こんな場所でいきなり話し始めるわけにはいかないので、今のところは二人の気遣いにあやかっておく。無駄に気まずいを思いをさせてしまって、申し訳ない限りだった。

 

 ――と、そんな時だった。

 

「……ん?」

「あれ……今、スマホ鳴ったよね」

「私もですわ。これは……」

 

 ふと、私たち三人のスマホが同時に通知音を発した。

 クラス全体か、あるいは今回の買い物メンバー用のメッセージグループに誰かが連絡を入れたのだろうと思いつつ、画面に目を落とし――。

 

「――え?」

 

 メッセージの内容を見て、血の気が引いた。

 

 

     ※ ※ ※

 

 

 緑谷くんが(ヴィラン)連合の死柄木弔と接触した――それが、私たちのスマホにお茶子ちゃんから送られてきたメッセージの中身だった。

 

 私たちが別行動を始めたほとんど直後、緑谷くんは一人きりになったタイミングで死柄木弔に出くわして、奴の個性で命を握られながらしばらく言葉を交わしたらしい。そして、お茶子ちゃんが緑谷くんの下に戻ってきたところ、死柄木弔は追ってくるなという警告を残してその場を去っていったそうだ。

 お茶子ちゃんはすぐさま警察とヒーローに連絡をして、それから私たちにメッセージを飛ばしてくれたらしい。集まった私たちはショッピングモールの警備員さんたちに待機しているように言われて、その間に緑谷くんとお茶子ちゃんから詳しい話を聞くに至った。

 

 さらにその後、警察とヒーローが到着次第ショッピングモールは閉鎖され、お客さんの避難誘導と死柄木弔の捜索が開始された。

 また、私たちが三か月前に(ヴィラン)連合から襲撃を受けた雄英1年A組の生徒であることを説明すると、身の安全を確保するために十分な捜索が終わるまでショッピングモールに留められることになった。

 

 そして結局、捜索は夕方まで続いたものの、死柄木弔は見つからずじまいだった。(ヴィラン)連合のもう一人――黒霧というらしい例のワープの個性持ちがいることからそもそも逮捕の望みは薄かったが、防犯カメラの映像以外にその足取りは残されていなかったようだ。

 

 ともあれ、ようやく帰宅の許可が下りた私たちは(緑谷くんだけは警察署に行って詳しい事情聴取を受けることになったけど)、改めて保護者に連絡を入れて、親御さんに迎えに来てもらえる人はそれを待ち、諸事情で迎えに来てもらえない人は警察に家まで送り届けてもらうこととなった。ちなみに私はもちろん後者であり、同じく一人暮らしで家の方向も一緒だったお茶子ちゃんと共にパトカーで家まで送ってもらったのだった。

 

 

 

「――と、まぁ君たちは君たちで連絡を取り合っていただろうが、昨日そんなことがあった」

 

 翌日の学校、朝のHRにて、相澤先生の口からも事の顛末が語られた。

 ただ、相澤先生が言った通り、昨日すでにクラス全体のメッセージグループで事情を説明してあったので、特に驚いている人は見当たらなかったのだが……。

 

「……で、夏休みの林間合宿だがな。(ヴィラン)たちの動きを警戒して、例年使わせてもらっている合宿先はキャンセル。当日まで行先を明かさない運びとなった」

「「「え―――!?」」」

「俺、もう親に言っちゃってるよ……」

「故に、ですわね。話が誰にどう伝わっているか把握できませんもの」

 

 相澤先生が告げた急な予定の変更に数人が声を上げて、瀬呂くんが小さく呟き、百ちゃんが言い添える。

 

「でも、合宿自体のキャンセルはしないんですね」

「そうだよな、マジで英断すぎるぜ雄英!」

 

 さらに、私が零した一言を峰田くんが拾うと、周囲の数人が小さく頷いていた。

 ……いやうん、私は半分くらい不安も込めて言ったつもりだったんだけど、A組のみんなはそういう雰囲気じゃなかった。まぁ、せっかくみんなで合宿に行けることになったのに中止は嫌だ、という気持ちは十分わかるんだけど……。

 

「…………」

 

 前の方で爆殺王くんと透ちゃんが何やら言い合いをしている間、私は視線を落とし、膝の上に置いた左手を――義手を、右手で静かに摩り続けた。

 

 義手には痛覚の機能なんてないから、まさしく気のせいでしかないのだけれど。

 顔をしかめるほどですらないような、小さくて鈍い、しかし確かな痛みを私は感じていた。




 

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