『雪女』のヒーローアカデミア   作:鯖ジャム

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第39話 雪女はなんやかんや夏休みを満喫しているようです その2

 第一回雄英高校1年A組水泳大会、男女混合50m自由形が開催されることになった。第二回があるのかどうかはわからないけど、とにかくそういうことになった。

 

 爆殺王くんが緑谷くんに喧嘩を売ったのを発端として、飯田くんが訓練ばかりではつまらないから水泳で競争をしようと提案したらしい。

 で、本当は男子だけでやるつもりだったようなんだけど、爆殺王くんが私に対しても宣戦布告をしてきたもんで、せっかくだからと女子も参加することになったのだ。

 

 予選として男子5人、5人、4人の3グループ、そして女子7人の1グループでそれぞれ競争し、各グループの1位4名でさらに決勝戦を行うという方式に。ちなみに男子のグループ分けは、百ちゃんの個性で用意されたくじ引きによって完全ランダムで決定された。

 また、学校敷地内ということで個性の使用も含めた自由形、ただし故意の妨害のみは禁止というルールが敷かれた。個性使用ありの水泳競争とは、なかなか楽しそうだ。

 

「さて、それじゃあ男子第1グループのみんな、位置についてくれ!」

 

 飯田くんがそう言うと、飛び込み台に上鳴くん、爆殺王くん、口田くん、常闇くん、峰田くんの5人が並んだ。

 

「んー、透ちゃんは誰が一番だと思います?」

「私は爆豪くんかなぁ。やっぱり普通に運動神経いいしね!」

 

 私と透ちゃんはゴールの判定係。いや、厳密には私だけなんだけど、なんか透ちゃんは付いてきてくれたのだ。

 

 で、まぁ確かに、予選第1グループの最有力は爆殺王くんだろう。運動神経良いから普通に泳いでも速そうだし、個性による爆破を推進力にしたらもっと速そうだ。

 逆に、他の4人は個性でのスピードアップを図るのは厳しそう。口田くんの『アニマルボイス』で魚とか操れるなら面白そうだと思ったんだけど、惜しむらくは仕入れの時間がないことか。いや仕入れって。でも、口田くんがマグロに掴まって高速で遊泳する姿はちょっと見てみたいな……。

 あと、もしも妨害ありのルールだったら上鳴くんが最強だっただろう。全員が飛び込んだ後に水中で放電すれば残らずノックアウトで勝ちだ。唯一の問題点は割とマジで命にかかわりそうなことかな。

 

 まぁ最後のは流石に冗談として、はてさてどうなることやら。

 私は割とワクワクしながら、スターターを務める百ちゃんに準備オッケーの合図を送った。

 

「――それでは参ります! 位置について! よーい……」

 

 ピッ、とホイッスル(これも百ちゃん作)が鳴って、5人が一斉にスタートした……んだけど。

 

「〝爆速ターボ〟!!!」

「えぇ……」

 

 爆殺王くんが泳いだのは、水中ではなく空中だった。日頃のヒーロー基礎学でも時たま見せる、連続した細かな爆発での空中移動だ。

 

 そして当然、爆殺王くんは二番手以下に圧倒的な差を付けて50mを渡り切った。

 

「どォだこのモブども!!」

「どうだじゃねぇ!!!」

「泳いでねぇじゃねぇか!!!」

 

 勝ち誇った爆殺王くんに瀬呂くんと切島くんがすかさずツッコミを入れたが、爆殺王くんは「自由形っつっただろーがァ!」と反論。

 でも……。

 

「壁にタッチしないとゴールにならないのでは……?」

「アァン!? なんか言ったか雪女ァ!?」

「な、なんでもないですっ!! 爆殺王陛下一位! 一位です!」

 

 私は透ちゃんの陰に隠れ……いや全然隠れられないんだけど、とにかく反射的に彼女を盾にしてしまった。

 すると透ちゃんは透ちゃんでずいっと私の前に出て、「かかってこい爆豪くん! 氷雨ちゃんは私が守る!」とか言い出した。やめて! 私のために争わないで!

 

 ……と、まぁそんな茶番はさておき、ゴール判定係の私が爆殺王くんのゴールを認めてしまったことから、水泳大会は波乱の幕開けとなってしまった。

 

 続く男子第2グループは切島くん、砂藤くん、轟師匠、青山くん、瀬呂くんの5人。

 第1グループの時よりも着順予想が難しいけど、強いて言うなら大柄で筋肉質な砂藤くんはちょっと不利そう? いやしかし、『シュガードープ』という割とシンプルな増強型個性は侮れないし。となると、やはり個性でのブーストが見込めない切島くんが一番不利か……とかなんとか、私はこの期に及んでなお普通の水泳競争が行われると勘違いしていた。

 

 百ちゃんが吹いた笛と同時に水中へと飛び込んだのは切島くんと砂藤くんだけ。

 瀬呂くんは爆殺王くんのように空中に躍り出て肘からテープを射出し、対岸のフェンスにまで伸ばして貼り付け、これを巻き取って高速移動を図った。

 また、青山くんはスタートの合図と同時に進行方向に背を向けて、お腹に巻いてあるベルトからネビルレーザーを放って推進。

 そして師匠はプールに足から飛び込んだかと思いきや、水面を凍らせつつ右半身から氷を放出して進み始めた。

 

 もはや過半数が泳いでないことはさておき、途中までは結構いい勝負だったのだが、青山くんが「はうっ!」と情けない声を上げてレーザーの発射を中断。そしてあえなく空中で体勢を崩して、これに瀬呂くんが巻き込まれて二人して水没。

 砂藤くんがやはり個性もあってかなり良い速度で泳いでいたのだが、しかし水上……というか氷上を一気に滑り抜けた師匠には敵わなかった。

 

「師匠、氷の処理どうします? 私がやりましょうか?」

「ああ、わりィ。よけりゃ頼む」

 

 師匠が炎で溶かすとそれなりに時間かかりそうだし、夕方に差し掛かって多少暑さも落ち着いてきたとは言え、温水プールになっちゃうのも嫌だしね。

 師匠が出した氷は恒例のダイヤモンドダストにして、せっかくなのでみんなの方へと程々に流れるように操作した。はっはっは、冷たかろう冷たかろう。

 

「――おいコラクソ雪女ァ! なんのつもりだテメェ!!!」

「ち、ちがっ! よ、よかれと思って! よかれと思ってやったんです!!」

「また来たな爆豪くん! 氷雨ちゃんには指一本触れさせないよ!!」

 

 と、透ちゃん……!

 

「……雪柳、葉隠。審判代わるぞ」

 

 天丼ネタでふざけていた私と透ちゃんは、クッソ真面目な顔でそう言ってきた師匠に「アッハイ」と返事をした。

 

 

     ※ ※ ※

 

 

 予選第3試合、男子第3グループは障子くん、尾白くん、緑谷くん、飯田くんの4人による戦いだった。

 

 障子くんはなんかこう、個性の『複製腕』で上手いことやれるかどうかって感じだし、尾白くんも尻尾を有効活用する方法があるか否かにかかってると言える。飯田くんは地上でならクラス最速を誇るけども、水中でエンジン起動したらエンストしちゃいそう。となると、結局のところ単純な増強型個性の緑谷くんが一番有利かな、というのが私の予想だった。

 

 で、実際の勝敗はというと、結論から言えば緑谷くんの勝利。ただし、飯田くんとの接戦を制した上での勝利で、今日一番の盛り上がりを提供してくれた名勝負だった。

 飯田くんがどうやって緑谷くんと競り合ったのかと言えば、コースロープの上でバランスを取るように両手を広げ、片足のエンジンの推進力で綱渡りを敢行したのだ。確か、体育祭の障害物競走でも同じことを……うっ、障害物競走……忌まわしき記憶が……。

 

 ……まぁとにかく、飯田くんも非常に惜しかったのだが、緑谷くんの超パワークロールにはほんのわずかに及ばなかった。いやぁ、一人くらいはちゃんと泳いで勝ち上がる人がいてよかった。これでなんとか水泳大会の体裁は保てる……保ててるか? まぁ崖際で粘ったということにしておこう。

 あとちなみに……なんて言うとちょっと失礼かもしれないけど、障子くんと尾白くんもかなりすごかったことをここに明言しておこう。二人とも自由形なのにバタフライで泳いでたんだけど、障子くんは腕の膜を使って豪快に水を掻き、そして尾白くんは尻尾と脚を連動させたドルフィンキックでえげつない推進っぷりを披露していた。これがまともな水泳大会だったら、上位入賞は間違いなかったはずだ。

 

 さて、これにて男子たちの予選は終了。

 いよいよ第4試合、女子7人での勝負だ。……私がはたして女子の枠でいいのかという点については、まぁぼちぼち言及しなくてもいいだろう。こういう時、私は女子枠なのだ。

 

 私たちは真剣そのもので、飛び込み台に立った時点ではもはや一切の会話がなかった。なんでかよくわかんないけど、そういう空気だった。

 女子の中で最も有力なのは、自分で言うのもなんだけど私だ。何せ、私は【氷衣】でもって飯田くんのスピードに勝るとも劣らない速度が出せるし、なおかつ爆殺王くん以上の自由度で空中を動ける。現在の1年A組において、男子を含めても私が一番の機動力を持っているのだ。

 でも、だからって侮れない。特に、梅雨ちゃんと百ちゃんはまったくもって油断ならない相手である。

 梅雨ちゃんについては言わずもがな。水の中は彼女のフィールドと言って差し支えない。カエルって本来さほど泳ぎがうまいわけではないらしいけど、梅雨ちゃんはその限りではないのだ。

 百ちゃんは、正直に言って何をしてくるのかまったく予想が付かない。今回は個性による事前準備、つまり私があらかじめ氷を纏うことや、百ちゃんが何かを創造しておくのは禁止されている。このハンデ、私にとってはそこまで大きなものではないけれど、百ちゃんははたしてどうだろうか。そこも含めて未知数だ。

 

「うし、じゃあそろそろ行くぜ!」

 

 スターターの役割は切島くんに引き継がれた。ホイッスルは百ちゃんがわざわざ新しいものを作っていたけど、そもそもホイッスルにこだわる必要性がないような気がする。というか絶対にない。

 

「よーい……」

 

 私は深く息を吐いて、競泳のスタートっぽいポーズを取る。飛び込み台の前を手で掴んで、左足を前に、右足を後ろに。ちなみにだけど、当然ラッシュガードやらサングラスやら帽子やらは付けていない状態だ。

 

 ――ピッ、というホイッスルの音が聞こえた瞬間、私は飛び込み台を強く蹴り……水面にびたーん! と腹を打ちつけることになった。……いや、見よう見まねでできるもんじゃないね、これ。とりあえず衝撃で吸った息を吐き出さずに済んだのは幸いだった。

 

 格好は付かなかったけども、水の中に飛び込んだのは予定通り。飛び込み台の上で氷を纏い、どっかの誰かさんみたいに空中を泳いでもよかったんだけども、まぁ一応水泳大会なので水の中を行くことにしたのだ。

 いつもの【氷衣】と違って腕と脚だけに氷を纏わせ、これを操作して一気に進む。水の中は想像以上に抵抗がすごかったが、いつもより出力を上げれば問題はない。私はあっという間に対岸の壁をタッチした。

 

「――ぷはっ! うー、目が痛い……」

「雪柳、お前の勝ちだぞ」

「ん、師匠? ホントですか?」

 

 氷を操作して水から上がり、空中で顔を拭いながら目をしぱしぱさせていると、師匠の声が聞こえた。

 宙に浮いたまま左右のレーンを見てみれば、梅雨ちゃんと、そして変な機械に掴まっている百ちゃんがちょうどゴールしているところだった。

 

「流石ね氷雨ちゃん。水中の移動には自信があったから、悔しいわ」

「てっきり爆豪さんのように空中を行くものだと思ってましたから、驚いてしまいましたわ」

「そこはあれです、水の中なら早く氷が作れますし、最終的なタイムはあんまり変わらないかなと思ったんですよ。水の抵抗が思いの外すごかったんで、もっと長い距離を移動するとなるとこうはいかないと思います」

 

 そんなやり取りをしているうちに他の4人も順にゴールイン。三奈ちゃん、お茶子ちゃんと来て、響香ちゃんと透ちゃんがほぼ同着だった。

 

「3人とも速すぎー! ってか、ヤオモモのそれ何!?」

「これは水中スクーターですわ。急いで作ったので、かなり簡易的なものですが」

「わー! 何それ面白そう! ねぇねぇあとで貸して!」

「ええ、いいですとも」

「水ん中で超必使うん結構よかったな……って、結局誰が一位だったん?」

「氷雨ちゃんよ。最初の10mくらいは私がリードしていたのだけれど、すぐに追い抜かされちゃったわ」

「その技、【氷衣】だっけ? そりゃ水の中だってあんまし関係ないよね」

「ええ、まぁそうですね。落ちるのを気にしなくていいだけ、空飛ぶのよりも楽なくらいですよ」

 

 みんながプールサイドに上がっていくのに合わせて私も地面に降り立ち、【氷衣】を解除する。

 ゴール判定係の師匠も伴って男子たちのいるスタート地点へ戻ると、男子たちは私たちの勝負を称えてくれた。どうやら傍目には結構いい勝負だったらしい。そこそこの盛り上がりを提供できたようでよかった。

 

「――よし、これで決勝進出者が決まったな!」

 

 飯田くんがいつも通りのカクカクジェスチャーをしながら、仕切り直すようにそう言った。みんな、自然と飯田くんに注目する。

 

「爆豪くん、轟くん、緑谷くん、そして雪柳くんの4人で優勝を決める! 基本的なルールは予選と同じで、個性使用ありの自由形、妨害などの危険行為は禁止! 50mの一本勝負だ!」

「ハッ、ちょうどぶっ殺したかったヤツらが上がってきやがったなァ!」

「爆殺王くん、マジで直接攻撃禁止ですからね? わかってます?」

「わかってるわぶっ殺すぞ!!!」

「……雪柳さん、まだかっちゃんのこと爆殺王って呼んでるんだ……」

「おい爆豪。程々に――」

「うるせぇ口開くな舐めプ野郎!! クソデクもぶつぶつ喋ってんじゃねぇ!!」

 

 うわぁ……なんかもう手当たり次第だぁ……。あれかな、夏だから元気があり余ってるのかな? 私たちに向けて発散しないでほしい……。

 

 

 

 まぁ、とにもかくにも決勝戦。ぼちぼちプールの使用時間が怪しいので休憩は挟まず、そのままの流れで行われることになった。

 

 第1レーンから順に爆殺王くん、緑谷くん、轟師匠、そして私。

 爆殺王くんから一番遠いレーンなのは非常に喜ばしい。緑谷くんは……うん、まぁ頑張れ。妨害禁止のルールはわかってるらしいからね。疑わしいけどね。

 

「それでは、第一回雄英高校1年A組水泳大会、男女混合50m自由形の決勝戦を始める!」

 

 飯田くんの言葉と共に、私たちはそれぞれのレーンの飛び込み台へと上がる。

 

 飛び込みについてはさっきみたいに余計なことはせず、足からじゃぼんと行くことにする。それと、水の抵抗による負担を減らすためにけのびの姿勢、なおかつ【氷衣】で纏う氷も流線型を意識しよう。

 

「位置について!」

 

 あとは最後まで自分の泳ぎに……泳ぎ? 私のあれって泳ぎか? ……や、とにかく前に進むことだけに集中すればいい。

 

「よーい……!」

 

 ――笛の音が鼓膜を震わせた瞬間、私は水の中に飛び込んだ。

 完全に潜り切る直前、何やらどよめきが聞こえたような気がしたけど、気にせずに水中で個性を使……個性を……あれ?

 

「――ぷはぁっ! なんか個性が使えないんですけどっ!? ……あ」

 

 水面に浮き上がり、顔を拭いながらみんなのいる方に顔を向けると、そこには我らが1-A担任相澤先生の姿があった。目が赤く光り、髪の毛が逆立っている……先生の個性『抹消』が発動している証拠だ。

 

「17時。プールの使用時間はたった今終わった。早く家に帰れ」

「先生、そんなご無体な!」

「せっかくいいところなのに!」

 

 相澤先生の無慈悲な宣告に上鳴くんと瀬呂くんが抗議するが、相澤先生は眉間の皺を深くしながら言った。

 

「――なんか言ったか?」

「「「なんでもありません!!!」」」

 

 なんでもないったらなんでもない。

 私たちはソッコーで帰宅の準備をすることになった。

 

 

     ※ ※ ※

 

 

「失礼しまーす……」

「ん、おお、雪柳か。まだ帰ってなかったのか?」

 

 私が職員室に入ると、いの一番に反応してくれたのはブラドキング先生だった。

 ブラドキング先生、もといブラキン先生は相澤先生と向かい合って何やら話していたみたいだけど……うーん、林間合宿のことかな? いやまぁ、詮索するようなことじゃないか。

 

「女子更衣室の鍵、返しに来ました」

 

 相澤先生の無慈悲な帰宅命令の後、当然水着から制服に着替えたわけだけど、私は女子のみんなと同じタイミングでの着替えを固辞した。

 だってほら、制服から体操着やらコスチュームやらに着替えるのとは、ちょっとこう、話が違うじゃん?(透ちゃんを除く) いや、もちろんタオルとかで隠しながら着替えるだろうけどさ、それでもこう、違うじゃん?(透ちゃんを除く)

 まぁ実際「もう今更気にしなくていいのに」とは言われたんだけど、私の中でそこは越えちゃいけない一線というか、とりあえず無理やり納得してもらって私だけ後から着替えたのだ。私が女子更衣室の鍵を返しに来たのは、そういうわけである。

 

 私はブラキン先生に鍵を渡したところで、ついつい疲労感たっぷりの息を吐いてしまった。

 すると、ブラキン先生が声をかけてくる。

 

「随分と疲れたみたいだな」

「あー、まぁ……プールの後って妙に疲れませんか?」

 

 先のため息はどちらかというと女子のみんなとの悶着が原因だったんだけど、プールで疲れたというのも決して嘘じゃない。

 これは、私の体力がないからとかじゃなく、全人類に共通するんじゃないだろうか。別に動きっぱなしだったわけじゃないけど、三時間近くも遊んでたからなぁ。油断するとあくびが出そうだ。

 

「はっはっは、確かにな。まぁ明日は土曜日、補習もないんだからゆっくり休めばいい」

「はい、そうします……」

「ただ、課題は忘れるなよ?」

「明日になったら思い出すんで、今は言わんといてください……」

 

 うへぇ、と遠慮なく嫌な顔をしてみせると、ブラキン先生はまた豪快に笑った。私にとっては全然笑い事じゃないんですけどね。

 

「雪柳、暗くなる前に早く帰れ。せっかく時間ちょうどに切り上げさせた意味がなくなる」

「あ、はい。それじゃあさようなら相澤先生、ブラキン先生」

「ああ、さようなら」

「さようなら。気を付けてな」

 

 私は先生たちにぺこりと頭を下げて、職員室を後にした。

 

 日の入りまではまだ一時間以上もあるはずだけど、廊下の窓から見える空はすっかり茜色だ。女子のみんなが昇降口で私のことを待ってくれているから、早く行かなくちゃいけない。

 

 ごわついた髪の毛に手櫛を入れると塩素の匂いがふんわり漂ってきた。

 

「……ふふっ」

 

 そして私は、思わず声を出して笑ってしまう。

 

 水泳大会の決着がつかなかったのは残念だったけど、今日は本当に楽しかった。

 雄英に入ってから随分といろいろなことがあって、夏休みの直前にも少しきな臭い出来事があったものの、それでも最近はものすごく普通に高校生をやれている感じがする。

 

 まだ学生なんだから、なんて甘えたいわけじゃないけれど。

 でも、一日でも多くこういう日があればいいのにな、と私は心の底から思った。

 




 
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