『雪女』のヒーローアカデミア   作:鯖ジャム

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第4話 雪女とはじめてのせんとーくんれん その1

 

 高校生活二日目。今日からさっそく丸一日授業があるらしかった。つらい。

 

 午前中は至って普通の授業が繰り広げられた。

 たとえば英語の時間なんかはプロヒーローのプレゼント・マイクが担当教師だったんだけど、本当に、びっくりするくらい普通だった。たまーにちょっとテンションが高くて、ラジオDJ的な進行がされるくらいのものだった。

 

 ……ただ、ここは雄英高校。ヒーロー科がどうのこうの以前に偏差値が79もある高校であり、一口に普通とは言っても、世間一般で言うところの〝普通〟であるはずがない。

 まぁ要するに、内容が高度過ぎるのだ。

 どの授業も初回ということで、中学校までの内容の復習や、理解度を把握するための軽い小テストとその解説、みたいな感じだった。

 しかし、どれもこれも信じられないくらい難しかったのだ。あれは本当に中学校の内容だったのだろうか。

 もはや高校の勉強スタート以前からつまずいているという現実を目の当たりにして、覚悟はしていたものの、しかし私は確実にショックを受けていた。

 

 また、これに加えて私の心に微かなダメージを負わせてくるのが、教室での席順だった。

 1年A組は総勢21人。これが教室内でどういう座席配置になっているかというと、五人一列が三つ並んでいて、廊下から一番遠い一列だけが6人の列。5×4の長方形からひとつだけはみ出していて、そのはみ出している席というのが出席番号で一番最後の私なのだ。

 これが思ったよりもずっと寂しい。授業に付いていけていないことも相まって、置いてけぼり感がすごいのだ。

 授業合間の休み時間に前の席の八百万さんが話しかけてくれなかったら、最終的に半泣きくらいにはなっていたかもしれない。

 

 あとは、まぁ……昨日の個性把握テストの影響で、全身筋肉痛なのも心が落ち込んでいる要因のひとつだ。

 

 午後からのヒーロー基礎学、座学だったりしないかな……。

 

 

     ※ ※ ※

 

 

「さっそくだが……今日はコレ!!!」

 

 ――はい。

 『BATTLE』と書かれたボード……巨漢なオールマイトが片手で持つもんだからちょっと大きめのカードくらいに見えなくもないけど、とにかくそれがビシィっと掲げられた。

 

 オールマイト。

 言わずと知れた日本の、あるいは世界的に見てもトップのヒーローであり、〝平和の象徴〟。

 時の総理大臣、アメリカ大統領の名前を知らない人はそこそこいても、彼を知らない人は現代社会にはいないだろう。

 

 そんなとんでもない有名人が、今年から雄英で教鞭を取ることになった。散々ニュースで取り上げられていたので、もちろん私も知っていた。

 しかしまさか、授業初日から彼に教わることになるとは思っていなかった。ナンバーワンヒーローがヒーロー基礎学の授業を担当するというのは、確かにこれ以上ない人選だと思うけど。クラスメイトたちも興奮を隠しきれておらず、私もそれは同様だ。たぶん、血流が良くなって耳とか赤くなってるだろう。

 

 が、それはそれとして、いきなり戦闘訓練というのは……筋肉痛が……。

 

「そして、それに伴って……こちら!!!」

 

 私がギシギシと痛む身体を抱きながら顔を引き攣らせていると、オールマイトが何やらリモコンを操作した。すると、教室の左側前方の壁が順番にせり出してくる。

 

「入学前に送ってもらった『個性届』と要望に沿ってあつらえた……戦闘服(コスチューム)だ!」

「「「おおおおおおお!!!」」」

「こいつに着替えて順次、グラウンドβに集まるんだ!!」

 

 オールマイトの言葉に教室全体が元気よく返事をする。

 まぁ、オールマイトの存在に戦闘訓練、コスチュームまで揃ってしまったらテンションを上げるなという方が無理な話だろう。

 

「雪柳さん、さっそく着替えに行きましょう!」

「え、あ、あぁー……」

 

 基本的に落ち着いた雰囲気っぽい八百万さんも流石に気分が高揚しているようで、その様子自体は凄く微笑ましいのだが……着替え、か。

 

 ……まぁ、昨日はとりあえず避けたけど、やっぱり早めに言っておいた方がいいだろうな。

 

「あの、すみません。女子の皆さん、ちょっと」

 

 コスチュームが入ったケースをそれぞれ抱えている女子たちを、私は呼び止めた。

 

「どしたん? えっと……」

「呼び止めてしまってすみません。私、雪柳氷雨といいます」

「雪柳さん、だね! 私、麗日お茶子って言います!」

「蛙吹梅雨よ。梅雨ちゃんって呼んで」

「私は芦戸三奈! よろしくね!」

「はいはーい! 私は葉隠透だよ! よろしくぅ!」

「ウチは耳郎響香。よろしく」

 

 八百万さんが挨拶しない辺り、やっぱり女子のみんなは昨日のうちにでも自己紹介を済ませていたのだろう。

 クラスメイトの名前と顔は、午前の内に把握してある。基本的に私の記憶力は学力相応にひどいものだけど、人の顔と名前を覚えるのだけは得意なのだ。世渡りがしやすくて助かる。

 

 と、それはさておき。

 

「お時間を取らせてしまって申し訳ないんですが、ちょっと……私の個性に関連して、みなさんには言っておかないといけないことがありまして」

「ん、個性? 雪柳の個性って、氷ぶわーってやってたあれでしょ?」

「ええ。氷や雪を生み出したり操る、というのは昨日見せた通りなんですが……実はあれ、半分なんです」

「半分? どういうことかしら」

 

 氷や雪を生み出して操るという、これだけならいわゆる発動型に分類される個性なのだが……。

 

「私の個性、『雪女』で、異形型と発動型の複合個性なんです」

「へー、『雪女』……異形型って言うと、髪とか肌とか、真っ白なのがそういうこと?」

「それもまぁ、そうなんですが……それだけじゃありません。もっと、根本的な部分で肉体が変化してるんです」

「……それって……」

 

 どうやら八百万さんは、察したらしい。目を見開いている。

 

「まぁぶっちゃけると、私、元々男なんです」

「「「え、えぇ~っ!?」」」

 

 わぁ、すっごいわかりやすく驚いてくれるじゃんね。

 

「い、異形型って、異形型ってそういうこと!? そういうことになるん!?」

「え、でもでも……異形型って生まれた時から個性が発現してることが多いし、それでも元々男の子だったってわかるってことは、あとから個性が発現したってことだよね!?」

「ええ、はい。しかも、なんかいろいろと特殊だったみたいで、元々は『氷を作ったり操ったりする』っていう普通の発動型個性だったのが、9歳の頃に突然異形型の個性も発現した……いえ、この言い方は正確ではないですね。元々の個性が変化して、複合型の個性になっちゃったんです」

「え、えぇ~……9歳……」

「ケロケロ、そんなことがあるなんて驚きね」

「個性というものは、つくづく不思議ですわ」

 

 私はみんなの反応を見渡して、自嘲気味に笑みを浮かべる。

 

「と、まぁ、そんなわけで……今は、戸籍の方も女性として登録していて、私自身も見た目に合わせて女性として振る舞っているんですけど、内心の方は割と複雑でして。男のつもりはだいぶ前からないんですけど、かと言ってまるっきり女性のつもりかと言うとこれも微妙で。それに、私がどういうつもりだろうと、周囲がどう思うかは別ですから。トイレとか、それこそ更衣室とか……」

 

 ただの出先なんかでは、まぁまだいいだろう。

 基本的には個性バリアフリーな多目的トイレなどを使うようにしているし、どうしようもなくなった時には、表面上は男子トイレに入る方がよっぽど問題なので女子トイレを利用させてもらっている。あまり良い考え方ではないだろうが、公衆トイレなんかで私の中身が男だとバレるなんてこと、ほぼほぼあり得ないからだ。私もよこしまな気持ちを抱いているわけじゃないし、大目に見てもらいたい。

 また、銭湯やら、プールなんかの着替えが必要なレジャー施設には、そもそもこの姿になってから一度も行っていなかったりする。

 

 しかし、これから少なくとも一年間を共に過ごすクラスメイト相手に、このことを黙っているわけには行かないだろう。

 今日まさに、そして昨日まさにあったように、授業の一環で着替えが必要になることは数えきれないほどあるはずだ。その度にやんわり誤魔化し続ける、というのは誰がどう考えたって現実的じゃないし、逆に何食わぬ顔で身も心も女性の振りをし続けるのも問題だ。

 また、原則個性使用禁止だった中学校ではともかく、雄英ヒーロー科では個性をどんどん扱っていくのだから、役所にも『雪女』として登録している私の個性をいつまでも誤魔化せるとは思えない。

 それに、頑なに着替えやらを断っていても、彼女たちがうっかり私の前で無防備な姿をさらし、そしてなんやかんやと私の個性のことがバレて不快な思いをさせてしまう、なんてことが起こるかもしれない。

 

 とにもかくにも、このカミングアウトはしなければならなかった。

 彼女たちにどう思われようと、だ。

 

「……んー、でも別に、そういう事情なら私は気にせんかなぁ」

「そうね。聞いていると氷雨ちゃん、ほとんど自分が男の子のつもりがないように思えたわ」

「私は見られても気にしないよ! 全然!」

「いや、葉隠はそもそも見えないでしょ……まぁウチも、そういうことならそこまで気にならないかな。本当にやましい気持ちがあるなら、黙ってればよかったわけだし」

「ええ、そうですわね。これほどの誠実さを見せられて、雪柳さんを信用できないはずがありませんわ!」

「うんうん、確かに確かに。ってゆーかそれで仲間外れにする方が私はやだ! ただでさえ女子少ないんだからさー」

「……え、あれ……?」

 

 ……いや、私の覚悟の意味よ。

 

「なんかちょっと、想像してた展開と違うんですけど」

「どんな展開想像してたん?」

「え、いや……まぁ、やんわり納得されて、程々に距離置かれるかなぁと」

「雪柳ちゃんネガティブすぎ! 距離なんて置かないよ! むしろどんどん詰めていくよ!」

「お、おぉう……」

 

 ――ああそうか、と、私は不意に理解する。

 

 彼女たちは日本最高峰のヒーロー養成学校に合格した逸材中の逸材たち。面接試験があったわけじゃないけど、人格者たちが集まってくるのは道理と言えば道理だ。

 

 ……あ、ああ……なんて眩しい……私は……消えるのか……。

 

「なんか雪柳、消えそうになってない?」

「ゆ、雪柳さん!? 帰ってきてくださいまし!?」

 

 別に汚れていたつもりはなかったけど、しかし私の心はまっさらに浄化されてしまった。

 八百万さんに肩を掴まれてぐらぐら揺らされながら、私は遠い目をしていた。

 

 ――そこでふと、蛙吹さんが口元に人差し指をあてて、言った。

 

「……ケロ。随分と話し込んじゃったけれど、早く着替えないとまずいんじゃないかしら」

「「「……あっ」」」

 

 私たちは大慌てで更衣室に向かった。

 

 

     ※ ※ ※

 

 

 私を含めて女子七人がグラウンドβに着いた頃には、案の定男子全員とオールマイトが待ちぼうけしていた。

 

「女子の諸君! いったい何をしていたんだ!!」

 

 息を切らす私たちを怒鳴りつけたのは、オールマイト先生……ではなく、真っ白でスタイリッシュな甲冑を身に纏った生徒。フルフェイスのマスクのせいで一瞬誰だかわからなかったが、あの声とやけにカクカクした動きはたぶん眼鏡くん――もとい飯田くんだ。

 

「あの、す、すみませんでしたオールマイト先生! 実は、着替えに際して、私の個性について女子の皆さんに説明をしていたら、思ったよりも時間がかかってしまって……」

「む、雪柳少女……ああそうか、なるほどね。わかったよ、今回の遅刻は大目に見よう!」

「な、先生よろしいのですか!?」

「うん、雪柳少女はちょっと事情があるからね! この様子だと男子の皆には言っていないようだけど、彼らに話をするなら授業が終わってからにしてもらおうかな! 少々、時間が押しているからね!」

 

 オールマイト先生は優しかった。これが相澤先生だったら、たぶん除籍されてた……や、それは流石に冗談としても、もっと怒られてたはずだ。

 

「さて、始めようか有精卵共!!! 戦闘訓練のお時間だ!!!」

 

 女子のみんなも良いコスチュームだ、カッコいいぜ! としっかり褒めてくれつつ、オールマイト先生はそう宣言した。

 

「先ほど飯田少年が、ここが入試時の演習場であることを指摘してくれた。そして、また市街地演習を行うのかと質問をしてくれたが、全員揃った今こそ答えよう! もう二歩先に踏み込んでの、屋内対人戦闘訓練を行う!」

 

 曰く、真に賢しい(ヴィラン)は屋内に潜む、とのこと。

 屋外での(ヴィラン)退治がよく目立つが、統計だと屋内でのほうがより凶悪な(ヴィラン)が出現するのだという。

 

「そこでだ! 君らにはこれから『ヒーロー』と『(ヴィラン)』、それぞれの配役に分かれて2vs2の屋内戦をやってもらう!」

「基礎訓練もなしに?」

「その基礎を知るための実践さ! ただし、今度はぶっ壊せばオッケーなロボットじゃないのがミソだぜ!」

 

 オールマイト先生がそこまで言うと、クラスメイトたちから矢継ぎ早に質問が飛び交う。とりあえず私が認識できたのは、青山くんのマントがヤバいってことだ。なんかめっちゃキラキラしてる。

 というか、青山くんに限らず、みんな個性的なコスチュームをしていてヤバい。オールマイト先生の話を聞きながらこっそりきょろきょろ見回していたのだが、ヤバい。

 

 それはさておき、オールマイト先生は何故かいきなり聖徳太子を呼んだかと思えば、みんなの質問には直接答えず、小さなカンペを取り出して「いいかい?」と訓練の状況設定を説明し始めた。

 

 まず、『(ヴィラン)』側が『核兵器』をアジトに隠していて、『ヒーロー』側はそれを処理しようとしているという状況であること。そして、制限時間が設けられており、それぞれの勝利条件として、『ヒーロー』側は制限時間内の『(ヴィラン)』捕縛か『核兵器』の回収、『(ヴィラン)』側は制限時間まで『核兵器』を守るか『ヒーロー』を捕縛すること――と、まぁなんともアメリカンなシチュエーションだ。

 

「――なお、コンビ及び対戦相手はくじ引きで決めるぞ! 」

「適当なのですか!?」

「飯田くん、プロは他の事務所のヒーローと急造でチームアップすることも多いし、そういうことじゃないかな……!」

「む、そうか、これも先を見据えてのご配慮……! 失礼致しました!」

「いいよ! あぁあと、このクラスは奇数人である関係上、1チームだけ三人組になってもらう! さ、早くやろ!」

 

 

     ※ ※ ※

 

 

 それから、手始めにチーム決めのくじ引きが行われた。

 私はIグループで、尾白くんと葉隠さんと一緒のチーム、唯一の三人組となった。

 

「A~Jまでのグループなのに、どーしてIのくじが三つだったんだろうね?」

「わかりませんけど、三人組ということはどっちの役になっても有利ですよね」

「きっと、その分厳しく評価されるんじゃないかな。気は抜けないよ……って、葉隠さんとは個性把握テストのときに挨拶したけど、ええと……」

 

 尾白くんに視線を向けられて、私はすぐに気が付く。

 

「そうでした、自己紹介もしてませんでした。私、雪柳氷雨です。尾白くん、ですよね?」

「うん、尾白猿夫。よろしく、雪柳さん」

「尾白くんの個性は『尻尾』ですか?」

「そうだよ。雪柳さんの個性は……さっき、何か事情があるって言ってたけど、個性把握テストのときに見せてた『氷』の個性じゃないってこと?」

「えっと、その辺は今説明するとややこしいので、とりあえずのところはその認識で問題ないです。さっき言った通り、授業の後にきちんと説明するので」

「はい! 私の個性、『透明化』です! 透明人間です!」

「う、うん、それはもう見ればわかるよ。透明だから見えないけど」

 

 葉隠さんのコスチュームは、見たところグローブとブーツだけだ。身体の方は……透明な布でも使ってるんだろうか? 透明な布ってなんだ? そんなものあるんだろうか?

 尾白くんのコスチュームは見たまんま胴着で、柔道とかよりは空手の胴着っぽい。違いがあるのかは知らないけど。指抜きの手袋にイメージを引っ張られているだけな気がする。

 

「雪柳さんのコスチュームって、もしかして雪女モチーフ?」

「はい、そうです。ただこれ、かなり動きづらいかもしれません」

 

 私のコスチュームは、パッと見た感じただの白い着物だ。横にスリットが入ってるけど丈はしっかり長いし、袖の丈も然り。帯なんかは自動でキュッと閉まるベルトみたいな感じで、素材ももちろんただの布ではないようだけど、あらゆる点においてコスチュームというよりは着物だ。

 雪女と言えば白の着物でしょ、とか安直に考えて、提出した要望にも『雪女をイメージして、白い着物』とだけ書いて送った結果がこれだよ。

 一応言い訳させてもらうと、デザイン会社の人がもっと頑張ってくれると思ってました。まる。あと、他の書類の手続きとかが忙しくて、自分でがっつりデザイン書いてる暇とかなかったんです。ええはい。

 

「……まぁ、私は激しく動くタイプではないので、とりあえずは何とかします。被服控除って確か、コスチューム変更とかでも申請できましたよね」

「うん、そのはずだよ!」

 

 あれこれ話をしているうちに、一組目の準備が整ったようだ。

 麗日さん・緑谷くんのAコンビ vs 飯田くん・爆豪くんのBコンビの対決である。

 それ以外の生徒とオールマイト先生は、戦闘の舞台である五階建てビルの地下の、モニタールームにてこれを観戦する形だ。

 

「では行くぞ! 屋内対人戦闘訓練、一組目、開始!」

 

 オールマイト先生の合図をもって、いよいよ私たちの初めての訓練が始まった。

 




 
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