『雪女』のヒーローアカデミア   作:鯖ジャム

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第41話 雪女@とれーにんぐきゃんぷ その2

 百ちゃんの作戦には、ひとつだけ大きな誤算があった。

 ……いや、この表現はあんまりよくないかな。これだと百ちゃん一人に責任があるみたいだ。私たちは途中まで、誰一人としてその誤算に気が付かなかったわけだし。

 でも、それもこれも仕方がないことだと思う。なんというか、問題へのアプローチが間違っていたとかそういう段階の話じゃなくって、提示された問題文自体に問題があったというかなんというか。

 

 〝三時間で魔獣の森を抜けられなかったらお昼抜き〟とマンダレイさんは言った。

 だからまぁ、普通に考えれば全員が全力を尽くせば……あるいは雄英のことだから、プルスウルトラすれば三時間前後で突破できるくらいの難易度なのだろうと思うだろう。少なくとも私たちは、そう思ったのだ。

 

 実際には、どうだったか。

 

「――とりあえず、お昼は抜くまでもなかったねぇ」

 

 宿泊施設の前で私たちを出迎えたマンダレイさんの発言通り、確かにお昼を抜くとかどうとかの次元ではなかった。

 

 現在時刻は午後四時半ごろ。

 私たちは魔獣の森の突破に、七時間もかかったのである。

 

「腹へった……死ぬ……」

「何が〝三時間〟ですか……」

「悪いね。アレ、()()()()()って意味」

 

 瀬呂くんの力ない抗議にマンダレイさんはあっけらかんと答える。砂藤くんが「実力差自慢のためかよ……」と軽い悪態をついていたが、言ってやりたくなる気持ちはよくわかる。

 

 視界も足場も悪い森、いくら陽射しが木々で遮られていても突っ立っているだけで汗が噴き出るような気温、制服という極めて動きづらい格好、倒しても倒しても湧いて出てくる土の魔獣……そして何より、私たちは当初、三時間を目安に体力やら個性の容量(キャパ)などのペース配分をしていたのだ。

 タイムリミットが間近に迫ったところで空を飛べる私が木々の上まで出て、また口田くんが森に棲んでいる鳥たちと意思の疎通をして、ゴールまでの距離を確認したのだが……あの時の絶望と言ったら、ね。だってまだ道のりの半分くらいのところにいたんだもの。

 なんでもっと早く確認しなかったんだ、と言われそうだけど、それもやっぱり魔獣がひっきりなしに襲い掛かってきてその対応に追われまくり、全然手が空かなかったのが原因だ。第一、そんな思いっきり騙されてるなんて思うかって話。

 私たちの前を行っていたあの爆殺王陛下ですら流石にガス欠気味になって、必死に食らいついていたらしい切島くんともども途中で吸収。最終的には一緒にゴールしたくらいだ。

 

 ちなみに、私は大半の間【氷衣】で動き回っていたわけだけども、それを加味してもみんなと同じだけ……否、たぶんみんな以上に疲労困憊の状態だった。

 【氷衣】という技は、傍から見たら優雅にふわふわ浮いてるだけに見えるだろうけど、たとえば急制動で踏ん張ったりだとか、空中で姿勢を保つために体幹に力を入れていたりして結構疲れるのだ。

 もちろん、自分の脚で走りっぱなしよりはマシだろう。【氷衣】使用禁止とか言われたら私は魔獣の森から出ること叶わず、五日後くらいに遺体で発見されることになったと思う。

 ただそれでも、入学当初や体育祭の頃に比べれば随分と体力が付いてきているとは言え、七時間ぶっ通しはあまりにもきつかった。というか無理だった。

 最後の方は氷の板の上に寝転がって自分を運びながら、やってくる魔獣に向けて適当に氷柱をぶっ放してるだけ。技術もへったくれもなかった。

 

「ねこねこねこ……でも正直、もーっとかかると思ってた。私の土魔獣が思ったより簡単に攻略されちゃった」

 

 ピクシーボブさんが独特な笑い方をしながらそう言って、怪しげに舌なめずりをする。

 

「いいよ、君ら……特にそこ五人! 躊躇のなさは()()()によるものかしらん?」

 

 そして、たまたま一か所に固まっていた私、師匠、緑谷くん、飯田くん、爆殺王くんの五人を猫の手グローブでビシッと指差してきた。

 

 躊躇のなさ、というと……もしかして、一番最初に魔獣と遭遇した時のことだろうか。

 峰田くんが何やら一足先に森へ入ろうとして、そこに突然魔獣が姿を現したのだ。で、その魔獣に対して咄嗟に攻撃を仕掛けたのが確か私たち五人だった。とりあえず私は、明らかに危険そうなそのビジュアルと口田くんの個性が通じていない様子から攻撃を判断したんだけど……あれは高評価ポイントだったんだなぁ。

 

 ……と、私は氷の板の上でぐったりしながらそんなことを考えていたのだが、不意にピクシーボブさんがこちらへ……特に、男子四人の方へじりじりと近付いてきていることに気が付いた。

 男子四人も怪訝そうな表情で身構えて、緑谷くんがおそるおそる口を開く。

 

「な、なんでしょう……?」

「いやー、うんうん、ホントにいいよ君ら……三年後が楽しみ!! よーし今のうちにツバ付けとこー!!!」

 

 ピクシーボブさんは暴挙に出た。彼女はまたもやプロヒーローらしい驚異的な俊敏さを無駄に活かして男子四人との距離を詰め切り、彼らに向かって唾を吐き始めたのだ。

 業界によってはご褒美だろうけど師匠たちは普通に嫌そうだった。私も少し距離を取った。

 

「……マンダレイさん、あの人あんなでしたっけ」

「彼女焦ってるの。適齢期的なアレで」

 

 ちらりと聞こえてきた相澤先生とマンダレイさんの会話は、なんというか……悲惨だった。ピクシーボブさん……あれがアラサー独身女性の末路か……。

 

「あ、あの! 適齢期と言えば……」

「と言えばて!!!」

「へぶぅ」

 

 緑谷くんのあんまりにもあんまりな話題の切り替え方に、ピクシーボブさんの鋭い猫パンチ(ツッコミ)が繰り出された。や、それは流石に緑谷くんが悪い。

 まぁともかく、緑谷くんは顔面を肉球に埋もれさせたまま「ずっと気になってたんですが」とマンダレイさんの隣にいる男の子を指差した。

 

「その子は、誰かのお子さんですか?」

「ああ違う、この子は私の従甥(じゅうせい)だよ……ほら洸汰、挨拶しな! 一週間一緒に過ごすんだから」

「……あの、師匠。ジューセイってどういう意味です?」

「いとこの子どもって意味だ」

「はー、なるほど。ありがとうございます」

 

 私と師匠の余計なやり取りはともかく、マンダレイさんが挨拶を促しても男の子――洸汰くんは不機嫌そうな表情のまま口を開こうとしなかった。

 マンダレイさんが申し訳なさそうに苦笑いを浮かべたところで、緑谷くんの方から洸汰くんに近付いていった。緑谷くんが少々ぎこちないながらも自己紹介をして、よろしくね、と右手を差し出したのだが……。

 

「――フンっ!」

「――――――!!!」

 

 洸汰くんは差し出された手を無視して、代わりに腰の入った右ストレートを緑谷くんの緑谷くんへと放った。

 どうやら洸汰くんの拳は緑谷くんの緑谷くんにしっかりクリーンヒットしたらしく、緑谷くんは真っ白になってノックアウト。一部始終を眺めていた男子たちから何とも言えない悲鳴が上がる。私も、今や無関係なこととは言え、その残酷な仕打ちに思わず下腹部がキュッとなってしまう。

 そして、緑谷くんが崩れ落ちかけたところを飯田くんがすぐさま駆け寄って支え、「おのれ従甥!! 何故緑谷くんの陰嚢を!!!」と叫んでいた。

 

「あの、師匠。インノーってどういう意味ですか?」

「キ〇タマのことだ」

「あー、なるほど。ありがとうございます」

「るっせぇぞボケども!! 俺の近くでイカレた会話してんじゃねぇ!!!」

 

 む、イカレた会話とは心外ですな爆殺王陛下。私はただ疑問を解消したくて、師匠はそれに答えてくれただけだというのに……。

 

「はぁ……おまえら、茶番はそろそろいい。早くバスから荷物降ろせ」

 

 相澤先生が私たちや崩れ落ちた緑谷くんを見ながら言った。私たちの方はともかく、緑谷くんの緑谷くんが犠牲になったのを茶番呼ばわりはちょっと可哀そうすぎると思った。

 

 ともあれ、相澤先生によると荷物を部屋に運んだら食事、その後入浴、そして就寝。本格的な合宿のスタートは明日からとのことだ。

 

 私たちはへろへろのまま、ひとまずバスへと向かうのだった。

 

 

 

 

「……おい雪柳。おまえちゃんと自分の足で歩け。また落とすぞ」

「はいすみませんそうします速やかに!」

 

 

     ※ ※ ※

 

 

 疲れた。マジで疲れた。

 

 朝から夕方までずーっと森で魔獣の相手をしていたから……ではない。身体的な疲労感ももちろんあるんだけど、今はそれ以上に精神的な疲れがすんごい。

 

 とりあえず、私がこの合宿の間女子のみんなと一緒の部屋で寝泊まりすることについては大して気にしていない。バスから荷物を降ろして部屋に運び込むにあたって初めて判明したわけだが、まぁ更衣室で一緒に着替えて下着姿なんかはばっちり見ちゃってるわけだし、同じ部屋で寝るくらいは今更だろう。……今更かな? 一応確認取ってくれてもよかったんじゃないかな、相澤先生……。

 

 で、その後の食事についても、特に疲れるようなことはなかった。強いて言うなら食べ過ぎでお腹が苦しくなったくらい。食事よりも先に汗やら土埃やらを流してさっぱりしたいなぁとか、なんならもうお腹空き過ぎてお腹空いてないなぁとか思ってたんだけど……食堂に並べられた数々の大皿料理を見て、その匂いを嗅いだ瞬間に何もかもがどうでもよくなった。とても美味しかったです。ありがとうワイプシ。

 

 さらにその後の入浴時間。なんとこの合宿所には露天風呂があるらしく、その事実がマンダレイさんからクラス一同に告げられた時には、男女問わず歓声が上がった。今日一日の疲れを癒し、明日から始まる訓練に向けて英気を養うには絶好、なんなら贅沢すぎるとさえ言えるだろう。

 

 ……私はそんな入浴の時間にこそ、とんでもなく疲れる羽目になったんだけどね。

 

 当然だけど、私は女子のみんなと一緒に入るつもりなんて毛頭なかった。相澤先生あたりと交渉してみんなの後に使わせてもらうか、もしくは非常に残念だけどシャワー室でもあればそこで済ませるか、とかなんとか考えていたのだ。

 しかし、これに待ったをかけてきたのが三奈ちゃんと透ちゃん。二人が「別に気にしなくていいから一緒に入ろうよ! 裸の付き合いしようよ!」などと言ってきて、しかも他の四人も積極的に賛同こそしなかったものの、反対もしなかったのである。

 

 私は反射的に拒否した。断固として拒否した。

 だってそれはもうアウトどころの騒ぎじゃない。27アウトでゲームセットである。

 

 以前、私は学校のプールの一件にて、一緒の更衣室で水着から着替えることすら頑なに遠慮したくらいなのだ。あれが私にとっての線引きなんだから、それを飛び越えて一緒にお風呂とかあり得ないオブあり得ない。あの時は納得してくれたのになんでまたそんな提案してくるんだ、とぐいぐい迫ってくる三奈ちゃんと透ちゃんに抗議した。

 

 すると、二人は揃ってこう言った。

 

「まぁまぁ」

 

 と。

 聞き分けのない子どもを宥めるように、ただただそう言った。

 

 その後、私は両サイドからがっちり腕を掴まれてお風呂場まで連行され、「やっぱりまずいですって!」といくら言っても「まぁまぁ」としか返してもらえず、結局なし崩し的に女子のみんなと露天風呂に浸かることになってしまったのである。

 

 とは言え、最大限の抵抗はした。転んだら危ないからと透ちゃんに阻止されたけど持ち込んだタオルで目隠しをしようとしたり、何度も三奈ちゃんに顔を覗き込まれたけどずーっと顔を俯けていたりと、とにかくみんなを辱めることのないように努めたのだ。

 

 しかし、三奈ちゃんと透ちゃんはそんな私の態度もお構いなしにどんどん攻勢を仕掛けてくるから大変だった。

 私はいつも義手を外してシャワーを浴びているので、今日もそうしていた。多少時間はかかるけど頭も身体も片手で洗えるし、右腕自体も個性でちょちょいなのだ……が、透ちゃんに「頭洗ったげるよー!」と背後から襲い掛かられたり、隣で身体を洗っていた三奈ちゃんに「じゃあ私は右手洗ってあげる!」と突然近付いてこられたり、至れり尽くせりで極楽と言えば極楽だったんけど、それを遥かに上回るほど心臓に悪かった。違う意味で極楽に行きそうだった。

 

 そして私は、ふと気が付いた。

 普段、三奈ちゃんと透ちゃんのこういう悪ノリを止めてくれる他四人が全然そういう素振りを見せない。というか、よくよく思い返すと私がお風呂場に連行される時にお茶子ちゃんが私の着替えとか持つ係やってたし、梅雨ちゃんも響香ちゃんも百ちゃんも、積極的に反対はしなかったという程度じゃなく、むしろ消極的ながらも賛成していたんじゃないかと思い至ったのだ。

 

 私はここでようやく、みんながこんな蛮行に及んだ理由を尋ねてみた。すると、さっきまでの誤魔化しっぷりは何だったのかと思うくらい素直に答えてくれた。

 

 まぁ要するに、私がこの期に及んで女子のみんなに遠慮しているのをなんとかしようとした結果がこれらしい。私がよかれと思って引いていた線が、みんなには壁のように感じられていたというのだ。

 そんなことを聞かされたら、溜飲を下げざるを得ない。遠慮のしすぎで逆に不快にさせてしまうというのは割とありがちなことだし、今回のこともその類型だったんだな、と私は納得した。

 

 ……まぁ、納得したからって、断固として顔は上げなかったけど。

 いやだってさ、無理でしょ。

 別にやましい気持ちはないよ。断じてない。皆無。絶無だ。

 でもダメでしょ。なんかこう、いざ顔を上げたら……たぶん、不自然なくらい目が行っちゃうと思うんだ。いやダメだ、やっぱダメだ。

 

 と、そんなわけで結局私はずーっと俯いたままだったし、お湯に浸かり始めてほんの五分も経たないうちに「個性柄暑いのも熱いのも苦手なので!」と言い訳じみた事実を告げ、さっさとお風呂から上がってしまったのである。

 

「ふぅー……」

 

 身体を拭いて頭を乾かし、適当な半袖シャツとショートパンツに着替えた私。顔や身体が異様に火照っているように感じるし、心臓は異常に跳ね回っている。

 

 さっさと部屋に戻ってクールダウンしないと不整脈で死ぬかも、なんて半分本気で思いながら、私は廊下を足早に歩いていた。

 すると。

 

「――わっ、と、危ない危ない」

「わ、す、すみません」

 

 曲がり角でピクシーボブさんとばったり遭遇し、うっかりぶつかりそうになってしまった。

 

「ゆきゃなぎキティじゃない。すっごい顔赤いけど、のぼせちゃったの? ……って」

 

 ピクシーボブさんは、義手を外したままだった私の左腕を見て、思わずといったように目を丸くした。

 ゆきゃなぎキティ、というよくわからない呼び方にはすごくツッコミを入れたかったけど、残念ながらそれどころじゃなさそうだ。

 

「えーっと、私の左腕、ご覧の通り義手でして。すいません、驚かせてしまって」

「あ、ううん! こっちこそごめんね、あからさまな反応しちゃって。昼間の様子見てても全然気が付かなかったからさ」

 

 昼間の様子、か。……そう言えばピクシーボブさんに少し……いや、いろいろと聞きたいことがあったんだった。

 

「あの、ピクシーボブさん。森にいた魔獣って、全部ピクシーボブさんの個性によるもの……ですよね?」

「ん? ああうん、そうだよ。私の個性は『土流』って言ってね、土を自由自在に操れるの。あの魔獣はその応用だね」

「応用……あれって、まさか全部手動で動かしてたりは……」

「ねこねこ、流石にそれはないない! あれは全部自動運転! 耐久力はそこそこでも、動き自体は大したことなかったでしょ?」

 

 確かに、どの魔獣も鈍間で動きが単調だった。図体が大きかったから不自然には思わなかったけど……なんというか、雄英の入試の時のロボを防御方面に振り切ったくらいの感じだったかも。

 ただ、私が気になっているのは、魔獣の性能そのものじゃないのだ。

 

「……あの、不躾な質問なんですけど……ピクシーボブさんの個性って、どういうふうに使ってるんでしょうか。私も氷や雪を操作する個性なんですけど、遠隔の自動操作なんて、どうやってるんだろうって……」

 

 特定の物質を操作する個性というと、雄英にもセメントス先生がいる。ただ、セメントス先生の個性と私の個性では結構違う部分が多くて、残念ながら参考にできることは少なかったのだ。

 一方でピクシーボブさんの個性は、たとえば土魔獣からわかる通り自分で触れていない対象も操作ができるようだし、セメントス先生の個性よりもずっと私の個性に近いように思える。それどころか、魔獣の自動運転なんて芸当もやっているのだ。私の個性で再現できるかどうかはわからないけど、興味が湧いてしまうのは仕方ないだろう。

 

「あー、なるほどね。確かにゆきゃなぎキティと私の個性、ちょっと似てるもんね……よしよし、そういうことならちょっとお話しよっか! ちょうど手も空いたところだし、腰落ち着けてさ。どう?」

「いいんですか? ぜひ、お願いします」

 

 私がそう答えるとピクシーボブさんは笑顔で頷き、「じゃあこっち、付いてきて」と猫の手グローブで手招きをしてきた。

 

 これぞまさしく招き猫だな……なんてどうでもいいことを考えながら、私は彼女の後に続いた。

 




 

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