さて、夕方である。
だいたい午後四時くらいに個性訓練を終えた私たちは、そのままの流れでカレー作りにいそしんでいた。
林間合宿と言えばカレー作り。
それはまぁ、わかる。
でも、半日近くずーっと訓練をした後にこれをやらされるのは、正直きつい。いや、朝ごはんやお昼は作ってもらえてるだけで感謝するべきなんだろうけどさ……。
と、まぁそんな具合に思うところはあったけども、いざ作り始めてしまえばクラス全員での共同作業という楽しさが勝ってくるわけで。
飯田くんが最初に「災害時の炊き出しも救助活動の一環、流石雄英無駄がない!」とかなんとか言い出してとりあえずみんなを動かしたのは、なかなかのファインプレーだったのではないだろうかと思う。
……が、それはそれとして、だ。
「……あの、飯田くん。何してるんですか?」
「む、雪柳くんか。いや、俺としたことが、なかなか野菜を均等に切れなくてな」
「……いやいや、十分均等だと思うんですけど」
「いやいやいや、これを見てくれ給え。こっちのにんじんと比べて1ミリ近くも大きさが違ってしまった」
「いやいやいやいや、工業製品じゃないんですからそのくらいは平気ですって……」
飯田くんが几帳面なのは重々承知してるけど、気にしすぎにもほどがある。そんなこと言ったらあっちでじゃがいも切ってた緑谷くんなんて……や、別に緑谷くんが料理が下手とかじゃなく良くも悪くも普通なだけで、やっぱり飯田くんが過剰なんだ。
「おーい氷雨ちゃーん! なんか玉ねぎ焦げちゃいそうなんだけどー!」
「ホントですか? じゃあ火力下げて弱めの中火くらいに……あいや、私が個性でやります。えーっと、にんじん班とじゃがいも班、それぞれお鍋のところまで持ってきてくださーい」
私は、このカレー作り現場の総指揮をしている。別に誰かに任命されたわけじゃないんだけど、いつの間にかそういう役回りになっていた。
最初、私は玉ねぎ処理班に配属されたんだけど、才能マンな爆殺王くんと共に速攻で仕事を終わらせてしまった。手持無沙汰になった私は他の班を見て回って手伝いをしていたのだが、あっちこっちから応援を要請されて、気が付けば指示を仰がれるようにすらなっていたのだ。
正直、だいーぶ満更でもなかった私は、是非とも美味しいカレーにしようと密かに張り切っていた。なんかこう、ここで活躍することで期末試験での借りを返せたらなぁとか、あの醜態を帳消しにできないかなぁとか、あと私自身もせっかくならおいしいカレー食べたいなぁとか、いろいろな打算も重なってそれはもう張り切った。
――で、その後。
なんやかんやとB組の方のヘルプもしたりして、結局私たちが夕飯にありつけたのは六時ごろだった。大きい鍋で全員分一気に作った、というわけじゃなかったんだけど、それでも普通に家で作るような量ではなかったので、煮込むのに割と時間がかかってしまった。ただ、大勢でごたごたわちゃわちゃしながらの調理だった割には、結構きちんとした手順を踏んで作れたと思う。
「うめぇ! うめぇよ! 正直急ごしらえで作ったとは思えねぇクオリティ!」
「店レベルじゃねぇけど普通に家で出てくる美味いカレーって感じだ!」
そして、切島くんと瀬呂くんが言ったように、実際普通に美味しい。
まぁ、カレールーが市販のやつだから、味の変化なんて玉ねぎの炒め具合でちょっと変わるくらいなもんだ。その上でじゃがいもやにんじんにしっかり火を通してルーもちゃんと溶けるようにしたわけだし、そりゃあ普通に美味しくなりますとも。
ただ何度でも言うけど、このカレーはこれだけの大人数でごたごたしながら作り上げたものなのだ。であれば、ちょっと大げさに感動を覚えてしまうのも致し方なしだろう。
「――おや、緑谷くん。おかわり二回目ですか?」
「あ、っと、雪柳さん。えっと、ううん、違くて……」
一回目のおかわりをよそいに鍋のところに行った私は、控えめにカレーが盛られたお皿を持つ緑谷くんに声をかけた。確かさっきもおかわりしていたから、よっぽどお腹が空いてたんだなぁなんて思ったのだが……。
「その、さっき洸汰くんがどこかに歩いて行くの見ちゃって……たぶん、ご飯食べてないと思うんだ。だから、持って行ってあげようかと」
「……どこに行ったのか、わかるんですか?」
「あっちの、森の方に入っていったんだ。足跡とか辿ればわかるかなって」
「そう、ですか……あの、私も付いて行っていいですか? こんな時間に森の方に行くって、ちょっと心配ですし」
「あ、う、うん。もちろん」
そういうわけで私はおかわりをやめて、緑谷くんと一緒に洸汰くんを探しに行くことになった。
※ ※ ※
私と緑谷くんは道なき道ならぬ、道っぽき道を歩いていた。
獣道と表現するには微妙なくらいに開けていて、かと言ってあまり踏み均されてもいないような道だ。洸汰くんの足跡が月明かりだけで十分にわかるくらい、と言えば伝わるだろうか。
「――ゆ、雪柳さんさ」
私たちはそんな道を特に会話もないまま歩いていたのだが、ふと、緑谷くんが声をかけてきた。
「なんですか?」
「えっと、お昼頃、何かあったの? なんか先生やラグドールと話してたけど……」
「あー、あれは個性のことで少し。なんというか、見切り発車で訓練してたんですけど、少し体調を崩してしまって、午後からどうするかとかを相談してました」
「えっ! 体調崩したって、大丈夫だったの?」
「はい、大丈夫ですよ。午後からはもっと慎重にやったので、特に問題はありませんでした」
具体的には、両手の上に収まる程度の冷気を生み出してカメラ越しに見ながら、こねこね操作するところから始めた。そして、少しずつ冷気の量を増やしたり、いくつかに分けて別々に操作してみたりとあれこれやってみたが、再び頭痛や眩暈が起こることもなく今日の訓練は終えた……いや、つまりはちょうどいい負荷をかけられなかったということなので、終えてしまった、と表現する方が正しいか。
ただ、何の進展もなかったわけではない。
たとえば相澤先生に指摘された、私がどういうプロセスで冷気を発生しているのか、という点について。
改めて意識しながら個性を使ってみると、少なくとも【氷】と【雪】に加えて三つ目の感覚で冷気を発生、操作している――というわけではなかった。
なんというか、私は氷や雪を発生させる寸前で止めることによって冷気を発生させていたみたいで、それをどっちつかずにやっていたみたいなのだ。
……これは、物凄く微妙な差で、正直あんまり特筆することでもないと思っていたのだが。
私の個性は、雪の方が発生させやすく、氷の方が操作がしやすい。
その理由はたぶん、お父さんの個性とお母さんの個性にある。
お父さんの個性は『氷操』。すなわち、氷を操ることが主だった。
お母さんの個性は『雪』。お母さんは別にヒーローじゃなかったし、専業主婦だったから個性を使うことはあんまりなかったけど、基本的に雪を作り出すだけのものだった。
つまり、だ。
この微妙な差を冷気の操作に対して応用する……要は【氷】の側を使うように意識してみたら、ほんの少しだけスムーズに冷気の操作ができるようになったのだ。
そしておそらく、頭への負担も多少はマシになっているんじゃないかと思う。緑谷くんに言った通り午後は終始慎重に訓練をしていたので確信は持てないけど、なんとなくそんな気がする。
まとめると、個性が伸びたわけじゃないけど、順調と言えば順調。というか、そもそも私のやってることって厳密に言うと個性伸ばしじゃないよなぁ、なんて思ったり。
「緑谷くんの方は……だいぶきつそうでしたね。虎さんにずっとしごかれてて」
「あ、あはは、まぁね」
「そう考えると、私の訓練ってすごい楽な気がしてきました。ずーっとカメラの画面見てないといけないんで、かなり肩は凝るんですけど……」
「そ、そうなんだ」
「…………」
「…………」
……いや、うん。
「あの、緑谷くん……昨日は、すいませんでした」
「え、え!? いや、なんで雪柳さんが謝るの!?」
「いやだって、いきなりあんなに取り乱して、中途半端にお父さんの名前だけ出して、それで結局今まで放置プレイだったわけじゃないですか。きっと、もやもやしただろうなって」
「ほ、放置プレイ……」
放置プレイだ。間違いなく。
マンダレイさんやピクシーボブさんに対してもそうだけど、やっぱり昨日のうちにちゃんと説明するべきだったとつくづく思う。無駄な心配をかけてしまっただろうな、と。
「緑谷くんは、お父さんのこと……グラキエスのことについて、どこまで知ってましたか?」
「えっ、と……ヒーローとしての情報は、一通り。あと、六年前の事件についても……お子さんは行方不明だって、確か」
「ええ、そうです。ただ、私は事件の一年後、今から五年前にヒーローに保護されて……あ、そういえばずっと言い忘れてたんですけど、私、元男でして。個性が変異して性別が変わってしまったんですよ」
「そ、そうなん……え? ……え!? いや、えっ!? ご、ごめ、ちょっと待って!? 個性で性別が!? え!?」
わぁ、面白いリアクションだぁ。A組の中でも一番。優勝です。
「や、すいませんホント。あの、入学したばかりの頃……最初の戦闘訓練のとき、女子のみんなに私の個性の事情を話していて遅刻したの、覚えてますか?」
「あ、うん……そう言えば……」
「あの時、女子のみんなには説明させてもらいました。で、その日の放課後に男子の大半には同じように説明して、確か体育祭の時に爆殺王くんに、それから職場体験の時に師匠……轟師匠に話しました。で、クラスでは緑谷くんが最後ですね」
「う、ウソでしょ雪柳さん……!?」
「いやぁ、すっかり忘れてました」
本当にただただ忘れてただけで、別に緑谷くんに隔意があるわけじゃない。そこは是非ともご理解いただきたいポイントだ。てかむしろ、職場体験以降は男子の中でも結構喋る方だしね。
「……と、まぁそんなわけなので、私はグラキエスの娘じゃなくて息子の方です。世間にバレると面倒なので名字は母方のものに変えて、母方の祖母と一緒に暮らしてました」
「そ、うなんだ……うんごめん、ちょっと頭と心の整理に時間貰っていいかな……」
「どうぞどうぞ」
緑谷くんはしばらくうんうん唸った後、よし、となんとか気を取り直したようだった。
「大丈夫ですか?」
「うん、ありがとう、大丈夫……ええと、それで……」
「はい。まぁなんというか、洸汰くんの話と自分のことが重なってしまいまして。でも、確か昨日も言いましたけど、共通してる部分はそんなに多くないんですよね」
まぁあの後、いろいろと考えてみた結果、私があそこまで動揺した理由はなんとなくわかったんだけど……と、話を続けようとしたのだが。
「あ」
足跡はなんとなく確認しつつも、結局ぼんやりと道なりに歩いているだけだった私たちの視線の先に、立ち上がってこちらを睨んでいる洸汰くんの姿があった。
※ ※ ※
そこは一言で言うと、崖の上だった。大きな断層のちょうど中腹がせりだしている感じで、広大な森を見渡せるような場所だ。
「てめェら、何しにきたんだよ! それに、なんでここが!」
洸汰くんは私たちを見るなり、大声で怒鳴った。思わず怯みそうになるほどの剣幕で、私たちを睨みつけている。
「ご、ごめん! 君が森の中に入ってくとこ、見てて。それで足跡追ってきたんだ……お腹、空いてるかなと」
緑谷くんはカレーライスを軽く掲げてそう言ったが、洸汰くんはにべもなく「いらねぇよ」と切って捨てた。おまえたちとつるむ気なんてない、いいからさっさとひみつきちから出て行け、と。
「……へぇ、ひみつきち」
私が周囲を見回しながらつい呟くと、洸汰くんにギロリと睨まれてしまった。私は慌てて両手を振る。
「や、こんな立地のいいひみつきち、ちょっと羨ましいなって思っただけですよ? 私も昔、ひみつきちとか作った……ような気がするので」
「……なんだよそれ。知らねェよ」
うん、そりゃそうだ。いやでも、お世辞とかじゃなくホントにこのひみつきちはすごいと思う。崖下まで結構あるし、当然柵なんてものもないので、危ないなぁとも思うんだけども。
……ちょっと、突拍子もないことを言ってみたら洸汰くんの警戒心が解けないかな? なんて打算ありきでわざわざ口に出したが、あんまり効果はなかったみたいだ。
「……ホント、なんなんだよおまえら。個性伸ばすとか言って張り切っちゃって、気持ち悪い。そんなにひけらかしたいのかよ、力を」
洸汰くんの言葉に、私と緑谷くんは顔を見合わせる。
それから緑谷くんの方はすぐに洸汰くんへと向き直ったが、私は一度地面に視線を落とした。
正直に白状すると、私は洸汰くんに何を言えるのか、わからないままでここに来た。いや、そもそも自分が洸汰くんに何かを言いたくて緑谷くんについてきたのかどうかすら、よくわかっていない。
ただ、強いて言うなら心配で、気になった。どうしても他人事には思えなくて、緑谷くんが何かを話すつもりなら、自分もその場にいたかった。そんな気持ちだった。
だから、洸汰くんに対して口を開いたのは、緑谷くんが先だった。
「ねぇ、君の両親さ……ひょっとして水の個性の〝ウォーターホース〟?」
「っ! マンダレイか!?」
緑谷くんの唐突な発言に、洸汰くんがいきり立つ。私も、ちょっとこう、こいつマジかと思わなくもなかった。
「あ、いや! えっと、あー……うん、ごめん。なんかちょっと、流れで聞いちゃって。情報的にそうかなって……残念な事件だった。覚えてる」
……まぁ、緑谷くんは筋金入りのヒーローオタクだ。私のお父さんのヒーロー名を出したときにもマンダレイさんやピクシーボブさんよりあきらかに早く反応していたくらいだし、二年前のヒーローにまつわる事件くらい、簡単に思い当たっても不思議じゃない。
ただ、今ここで洸汰くんを相手にそれ言うのはどう考えても悪手でしょ……や、口を噤んでいただけの私がそんなことを言うのは卑怯だろうけどさ。
「……うるせぇよ。頭イカれてるよ、みーんな」
洸汰くんは俯きながらそう零した。彼の目元は帽子のつばに隠れてしまって、窺えない。
「バカみたいにヒーローとか
「……なるほど。確かに一理あるかもしれませんね」
「は?」
私が口を挟むと、洸汰くんが顔を上げた。緑谷くんが隣でちょっと驚いたような顔をしているのが見えたけど、今はとにかく洸汰くんだ。
私は洸汰くんの方に近付いていって、彼の前でしゃがんだ。
「私もね、家族がいなくなったんです。
「っ……だから、なんだよ! 気持ちがわかるとか、そんなこと……!」
「うん、鬱陶しいですよね。全部がわかる、なんて言いません。でも、ちょっとだけならわかるんです。私もやっぱり、お父さんがヒーローじゃなければとか。どうして個性なんてものがある世の中なんだろう、とか。考えたことがありますから」
洸汰くんと同じだけの怒りを抱いていた、とは言えない。けど、私の本心の一端だったことも間違いない。
私は洸汰くんの目を真っすぐに見つめた。
洸汰くんは、唇を噛んで視線を逸らした。
「……じゃあ、なんで……」
「はい?」
「……っ! うるっ、せぇ! おまえも、おまえも!! いいからどっか行けよ!!」
「わぷっ!?」
突然、洸汰くんが手のひらをかざしてきたと思ったら、次の瞬間には私の顔面にコップ一杯分くらいの液体がかけられた。
「わ、ゆ、雪柳さん! ――あっ、ちょ、洸汰くん!」
私が顔を拭って目を開けた時には、洸汰くんはすぐそこにあった洞穴へと入っていってしまうところだった。
「えっと、雪柳さん、大丈夫?」
「ええ、大丈夫です。水の個性、ですよね? というか……怒らせちゃいましたね」
「……うん」
緑谷くんは私の隣でしょんぼりしていた。私も、自分の不甲斐なさに思わずため息を吐いてしまう。
緑谷くんは余計なことを言っただけで、私も中途半端な同情を見せただけ。揃いも揃って洸汰くんの神経を逆撫でしに来たみたいになってしまった。
「緑谷くん、戻りましょう。これ以上は……」
「……そう、だね。――洸汰くん! カレー、一応ここに置いとくからね!」
そう言って緑谷くんはお皿を地面に置こうとしたけど、私はそれに待ったをかけた。
氷で小さなテーブルと、さらにはお皿の上から被せる蠅帳みたいなのものも作った。
「冷めちゃいますけど、夏場ですから食中毒の方が怖いですし。こんな場所だと虫も
「そ、そっか、それもそうだね。ありがとう雪柳さん」
そして私たちは来た道を戻る。行きも気まずい時間が長くてあまり話さなかったけど、帰り道は輪をかけて会話がなかった。もしかしたら食器の片付け始まっちゃってるかも、というような内容で一言二言交わしただけだった。