『雪女』のヒーローアカデミア   作:鯖ジャム

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第45話 雪女@とれーにんぐきゃんぷ その6

 合宿三日目、昼。私たちは引き続き個性伸ばし訓練に励んでいた。

 

「補習組! 動き止まってるぞ!」

「オ、オッス!」

 

 背後で相澤先生の叱咤と、それに対する気合が入ってるようで微妙に入り切っていない返事が聞こえてきた。

 振り返って見てみれば、切島くんに三奈ちゃん、瀬呂くん、上鳴くん、砂藤くんの実技赤点五人組が横一列に並んでいて、それぞれだいーぶフラフラになっている。八時過ぎから始まった午前の訓練もそろそろ佳境だけど、それにしたって随分な疲れようだ。

 

 ……でもまぁ、それは無理もない。

 三奈ちゃんから聞いた話、彼らは通常消灯時間の午後十時からなんと午前二時まで補習をやっていたというのだから。

 流石に身体を動かすようなことはさせられなかったようだけど、戦闘における立ち回りなどの座学をみっちりやらされたらしい。

 で、それでいて起床時間の方は当然みんなと同じ午前七時――つまり彼らは最大でも五時間弱しか寝れていないわけで、そりゃあまぁ足元の一つや二つ覚束なくなるだろう。

 

 ただもちろん、相澤先生がそんなことを考慮してくれるはずがない。昨日の私みたいな体調不良だったり、あるいは本当にぶっ倒れたら休ませてくれるだろうけど、基本的に一切の手心は期待できまいて。うーん、南無三……。

 

「――気を抜くなよ、みんなもダラダラやるな」

 

 お茶子ちゃんと青山くんを呼び止めて何か言っていた相澤先生が、今度は全体に向けて声を張り上げる。

 

「何をするにも()()を常に意識しとけ。向上ってのはそういうもんだ。何のために汗かいて、何のためにこうしてグチグチ言われるのか、それを常に頭に置いておけ」

「…………」

 

 原点。

 私はその言葉に思いがけず引っ掛かりを覚えて、手を止めてしまった。

 

 相澤先生が今言った〝原点〟とは、ごく簡単に表現してしまえば自分がヒーローを目指す理由のことだろう。

 

 原点。私の原点は、なんだろう。

 

 それなりの理由なら、いくつも思い付く。

 私の個性は強力で、ヒーローになるには打って付けだと思ったから。

 ヒーローは安定した職とは言えないかもしれないけど、きっとやりがいがあるだろうと思ったから。

 それから幸運なことに、この国で最高峰のヒーロー養成学校に入れてしまったから。

 あとはもちろん、お父さんがヒーローだったことも無関係じゃない。昨日洸汰くんに「お父さんがヒーローじゃなければと思うこともあった」と言ったけど、やっぱりそれはそれとして、立派なヒーローだったお父さんへの憧れや尊敬の念はある。

 

 ただ、その憧れでさえ、今の私がヒーローを目指していることの原点とは、言えないような気がした。

 

 中学3年生の夏。前の年にお婆ちゃんが亡くなって、その忙しさにかまけていた私は、担任の先生にせっつかれてようやく進路を決めた。

 私が、自分がヒーローになることを現実の問題として設定したのは、まず間違いなくこの時だ。

 でも、私はその時に、お父さんのことを一番に思い出したりはしなかった。私がまだ「俺」だった頃の憧れ、あるいは夢を実現しようなんて考えもまた、少なくとも一番に出てきたりはしなかった。

 

 じゃあ、私の原点はなんなんだろう。私は、どうしてヒーローになるんだろう。

 

 自分でも少し信じられないけれど、その後どれだけ考えても、私はしっくりくる答えを出すことができなかった。

 

 

    ※ ※ ※

 

 

「おい、雪柳」

「…………」

「雪柳」

「……ん? あ、師匠。どうかしましたか?」

「そりゃこっちのセリフだ。鍋の水、すげぇ溢れてるぞ」

「え、あっ」

 

 師匠の方に向けた視線を手元に戻すと、確かに物凄い勢いで鍋から水が溢れていた……いやこれ、私いつからやらかしてた? めちゃくちゃ無駄にしちゃった気がするぞ……。

 

「えっと。師匠、この水いります?」

「ああ」

 

 慌てて蛇口を捻って水を止めた後、せっかくだから師匠の鍋に余計な分を注ごうとしたのだが、思いのほか鍋が重く、持ち上げた拍子にひっくり返してしまった。鍋に入っていた水の七割が流れていった。

 

「…………」

「……雪柳おまえ、本当にどうした? 昼間もやけにぼーっとしてたが」

「や……まぁちょっと、考え事を」

 

 いったい何を考えていたかと言えば、相も変わらず私自身の原点についてだ。

 

 考えても考えても答えが出ない、つまり私には確固たる原点が存在しない……そんな答えが出てしまったも同然。でも、どうにも諦めが付かないというかなんというか。

 自分がそんなに芯のない人間だと思いたくない……なんて言うとちょっと深刻に聞こえすぎるように思うけど、心境としてはだいたいそんな感じだ。

 

 ……まぁなんにせよ、流石に考え込み過ぎだろう。午後の訓練もあんまり身が入ってなかった自覚があるし、このままじゃよくない。

 私は随分と遅ればせながら気持ちを切り替えるつもりで、大きく息を吐いた。

 

「すいません師匠、気にしないでください。ちょっと考え込み過ぎてました。なんというかアレです、訓練疲れ的な」

「……まだ三日目だぞ? 大丈夫か?」

「ええ、大丈夫です、大丈夫」

 

 だいーぶあからさまに誤魔化したけど、別に嘘は吐いてない。冷気操作の訓練で疲れているのは本当だ。

 今日も少しずつ負荷を上げるようにして、そして結局頭痛や眩暈が起こるところまではいかなかったものの、都合八時間以上も個性を使っていたのだ。

 改めて意識してみると、やっぱり私の個性は()()()()。何度も言うようだけど以前の個性伸ばし、それと今日思い出したけど複数の氷によるオールレンジ攻撃なんかでも明らかに脳に負荷がかかっていた覚えがあるから、これはもう間違いないように思えた。

 

 私が自分の原点についてずーっとぐるぐる思考を巡らせていたのは、たぶん、そもそもあんまり頭が働かなくなってるせいだ。中途半端に疲れていて微妙に寝付けない夜に、余計なことを考えてしまって余計に寝れなくなる感じ……と言ったらわかりやすいか。わかりやすいか?

 

 ともあれ、とりあえず師匠は納得してくれたというか、誤魔化されてくれるようだった。まぁ師匠になら少し話してみてもよかったけど、誰かに相談して解決する悩みじゃないと思うしね。

 

 私は再び鍋に水を入れ直し、同じく鍋に水を注いだ師匠と共に野菜炒め係の下へ行こうとしたのだが。

 

「緑谷」

 

 師匠はその道すがらで、ご飯を炊くために火を起こそうとしていた緑谷くんに声をかけた。

 どうしたんだろうと思って、私も一緒に立ち止まる。

 

「あ、轟くん。何?」

「昼間、相澤先生にオールマイトが来ないのかって聞いてたろ。何か用でもあったのか?」

「そうだったんですか?」

「あぁ、うん。まぁちょっと……洸汰くんのことで」

 

 緑谷くんが私のことをちらりと見ながら言った。

 緑谷くんの視線に当然気が付いた師匠は私を見て、「洸汰? 誰だ?」と聞いてきた。いや興味ゼロかい、と思いつつ「あの子ですよ、マンダレイのジューセイの」と答えると師匠は流石に思い出したようだった。

 

「……え、と。その子がさ、ヒーロー……いや、個性ありきの超人社会そのものを嫌ってて、僕はその子のためになるようなこと、全然言えそうになくてさ……あ、ごめん雪柳さん。別に、雪柳さんのことをどうこう言うつもりはなくって……」

「いえ、私もだいぶ余計なこと言って怒らせちゃいましたから。むしろ、緑谷くんよりも……って、すいません師匠。私もちょっと、洸汰くんの件には関係してまして」

「そうなのか。それで?」

「うん。だからさ、オールマイトならなんて言っただろう、って思って……ねぇ、轟くんなら何て言う?」

 

 師匠は若干眉間に皺を寄せて、ほんの少し間をおいてから言った。

 

「……場合による」

「……っ、そりゃ場合によるけど……!」

「そりゃ場合によりますよねぇ……」

 

 師匠は真理を突いた。流石は師匠、この天然ボケさんめ……なんて思ったけど、師匠はさらに続けた。

 

「素性もわかんねぇ通りすがりに正論吐かれても鬱陶しいだけだろ。言葉単体で動かされるようならそれだけの重さだったってだけで……大事なのは、何をした人間に、何をしている人間に……もしくはどんな経験をした人間に言われるか。言葉には常に行動が伴う……と、思う」

「…………」

 

 師匠は緑谷くんを見て、それから私のことを見た。

 

「……そう、だね。確かに……通りすがりが、何言ってんだって感じだ。雪柳さんならともかく……って、あ、いや! ごめん! 今のはなんでも……!」

「ん? ……あー、大丈夫です緑谷くん。師匠は、私の事情知ってるんで」

「あ、そ、そうなの?」

「雪柳の事情……っつーと、緑谷にも話したのか」

「まぁ、いろいろありまして。緑谷くん、一応言っておきますけど、気を付けてくださいね」

「う、うん! ホントごめん」

 

 声を潜めた上でふわっと伝えたけど、まぁつまり私の過去のことについてだ。師匠的には話の繋がりがわかんないかもしれないけど、説明するためにはがっつり洸汰くんの話をしないといけなくなるから、少なくとも今この場ではこれ以上何も言えないな。ごめんね師匠。

 

「……まぁとにかく、緑谷がそいつをどうしてぇのか知らねえけど、デリケートな話にあんまズケズケ突っ込むのもアレだぞ。おまえ、意外とそういうの気にせずぶっ壊してくるからな」

「う……なんか……すいません……」

 

 師匠は変わらずしれっとした顔で緑谷くんをぶった切った。師匠がなんのことを言っているのかは……いやそうか、体育祭での件かな。私も私で昨日洸汰くん相手にぶっこんだ緑谷くんを見ているので、なおさら擁護はしてあげられなかった。もちろん、今回の件に関しては私も大概だけど。

 

「――君たち!! 手が止まっているぞ!! 最高の肉じゃがを作るんだ!!」

「わっ、とと。すいません飯田くん……」

 

 昨日のカレー作りに引き続いてやたらと張り切っている飯田くんの注意を受け、私たちは慌てて動き出す。

 

 個性のこと、洸汰くんのこと、原点のこと。

 なんだかどんどん考えることが増えていってるけど、目の前にやることがあるときはそれに集中するようにしよう。それぞれ、ゆっくりと考える時間がないわけじゃないんだ。

 

 改めて気を取り直した私は、世界最高とは言わずともできるだけ美味しい肉じゃがを完成させるべく、昨日のように全体指揮の業務へとシフトしていった。

 

 ……まぁ、実は諸事情あって、男子のみんなは肉じゃがに肉を入れることを禁止されているので、彼らの分はどうしようもないんだけど。せめて、美味しい煮物になりますように……。

 

 

     ※ ※ ※

 

 

 そして、夜。

 私は何故かすっかり聞きそびれていたんだけど、どうやらA組B組対抗で肝試しをやるらしい。

 

「肝を試す時間だぁー!!!」

「ぃいやっほぉー!!!」

 

 三奈ちゃんと上鳴くんが、昼間のぐったり具合はなんだったんだろうってくらいにハイテンション。いや、むしろ補習で心をやられてたからその反動なのかな……と、納得しかけたその時。

 

「――その前に、大変心苦しいが」

 

 相澤先生がそう言った瞬間、補習組の動きがピタリと止まった。

 

 ……あぁ……。

 

「補習連中は、これから俺と授業だ」

「ウソだろ!!?!?!??!?」

 

 三奈ちゃん、相澤先生に対してタメ口が出ちゃったよ。完全に女子高生がしていい表情のライン超えてたし。

 

 日中の訓練が思ったより疎かになっていたから、と、補習組5名は相澤先生の捕縛布に絡めとられてそのままドナドナされていった。堪忍してくれ、肝を試させてくれ――そう泣き叫ぶ彼らの姿を見た私は、ふと気が付くと合掌していた。私に触発されたのか、他のみんなも半数くらい合掌していた。

 

「――はい、というわけで!」

 

 ピクシーボブさん、()()()()()()はちょっとかわいそうだよ……。

 

 いやまぁ、ともかくそんな一幕の後、ピクシーボブさんの口から肝試しのルールが説明された。

 最初、B組が脅かす側で、もうスタンバイしているらしい。で、私たちA組は二人一組になり、森の中をぐるっと回ってこの広場まで戻ってくるような道を歩き、ルートの途中にあるお札を持って帰ってくる。脅かす側は直接接触禁止だけど、個性を使って脅かしてくるらしい。

 

「創意工夫でより多くの人数を失禁させた方の勝利だ!!」

「えぇ……」

「やめてください、汚い……」

 

 虎さんがびしっと締めたけど、その勝敗の決め方はどうなんだ……。

 

 はてさてさらにその後、雄英名物(?)のくじ引きが行われて、肝試しのペアが決まった。A組総勢21名、しかしドナドナされたのが5名で残りは16名。つまり、珍しくキリがよかった。

 

「わお、緑谷くん。なんか縁がありますね」

「雪柳さん、女子とペア……いや待てよ雪柳さんは女子の括りでいいのかでも普段から女子の制服だし立ち振る舞いもほとんど女性のそれだしクラスの女子のみんなもそれを受け入れてるしというかこんなこと考えるのって雪柳さんに失礼じゃないかそもそもいったい僕は何を」

「……おぉう……」

 

 私、B組の脅かしよりもこれの方が怖いかも……。

 

 ……ちなみに、私たち以外のペアを出発順に列挙すると。

 

 一組目が常闇くん障子くん。

 二組目が爆殺王くん轟師匠

 三組目が響香ちゃん透ちゃん。

 四組目が青山くん百ちゃん。

 五組目がお茶子ちゃん梅雨ちゃん。

 六組目が尾白くん峰田くん。

 七組目が飯田くん口田くん。

 そして、私と緑谷くんが八組目のペアだ。

 

 それにしても、ちょいちょい面白い組み合わせがあるな。

 まず何よりも爆殺王くんと師匠のペアがウケる。実際ちょっと噴き出しちゃって爆殺王くんにキレられた。

 あと、青山くんと百ちゃんペア、飯田くんと口田くんペアがあんまりどころか全然見ない組み合わせで、どんなふうに肝試しするのかすごく気になる。や、まったく想像できないほどではないんだけど。

 

 爆殺王くんが師匠とのペアを死ぬほど嫌がって尾白くんに、峰田くんもとい峰カスが百ちゃんを毒牙にかけようと青山くんにそれぞれ交代を迫っていたが、運営サイド(ワイプシ)の方針によって却下された。まぁ、自由に変えれちゃったらくじ引きの意味ないしね。

 

 

 

「――それじゃ、ウララカキティ! ケロケロキティ! ゴー!」

 

 五組目のペア、お茶子ちゃんと梅雨ちゃんの二人が森の中に入っていった。出発は三分おきなので、スタートからもう十分強が経ったわけだ。

 

「割と悲鳴聞こえてきますねぇ」

「うむ、おそらく耳郎くんと葉隠くんの声だな」

 

 私の呟きに返事をしてくれたのは飯田くんだった。というか、女子みんな行っちゃったな。別に疎外感はないけど、なんとなく珍しい状況な気がする。

 

 ――と。

 

「…………?」

 

 不意に、私は焦げ臭さを感じた。

 

「……何、この……焦げ臭い?」

 

 私とほぼ同時に、ピクシーボブさんもそんなことを言った。私の気のせいではなかったみたいだ。

 

「――あれは」

「……黒煙? 何か燃えているのか?」

「まさか山火事!?」

 

 山火事なんて、ここはワイプシの私有地だったんじゃ……。

 

「――!? な、何!?」

 

 全員の視線が立ち上る煙の方へと注がれている中、突然、ピクシーボブさんが困惑の声を上げた。

 

 何事かと思って振り返ると、そこには。

 

「な、なんで……万全を期したはずじゃ……!」

 

 峰田くんが、声を震わせた。

 

「なんで……なんで(ヴィラン)がいるんだよォ!!!」

 

 頭から血を流し、意識を失っているピクシーボブさん。

 

 それを押さえつけ、足蹴にする、二人の武装した男の姿がそこにはあった。

 




 
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