『雪女』のヒーローアカデミア   作:鯖ジャム

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6.神野事件編
第49話 雪女@


 意識を取り戻したのは、首から背中にかけての激痛が原因だった。

 

 その痛みは、ヒリヒリと、なんて生易しい表現では全然足りないが、とにかくそういう類のものだった。患部が常に異様な熱を持っているように感じられて、私の身体は今まさにその熱で焼かれているのだと言われても全く不思議じゃなかった。

 それに、呼吸をすれば左胸にも痛みがあった。うつ伏せに寝かされていることで胸が圧迫されてなおさらに辛く、かと言って寝返りを打てばひどく痛む背中を床につけることになってしまうのだから逃げ場がない。

 

 そんな状態だったから、目が覚めている間はずっと、ずっと苦しかった。ひと時の休みもなく痛みに苛まれ続け、いっそ気を失ってしまいたいのにそれすらできず、しかし結局は途方もない疲労感と共に気絶をする……そして再び背中の激痛に叩き起こされて、また気絶するまで苦痛と格闘する。これを、朝も昼も夜もなく、ひたすらに繰り返していたのだ。

 

 言わずもがな、私は私の置かれている状況について一切把握できていなかった。

 

 ここがどこなのか。

 今はいつなのか。

 何故私はここにいるのか。

 

 いや、正直に言えば、そんなはっきりとした疑問を思い浮かべる余裕すらなかった。自分がどうしてこんなに苦しい目に遭っているのか、その理由を思い出すことさえできていなかったくらいだ。

 

 しかし、怪我が治癒してきたのか、あるいは痛みに慣れてしまったのかはわからないが、次第に物事を考えるだけのゆとりが生まれてきた。それで、少なくとも自分がこうも苦痛を味わっている理由については思い出すことができた。

 

 そして同時に、随分と時間はかかったものの、おそらく自分がヴィランに捕まってしまったのだという想像も付いた。

 

 私が火傷男を、殺して。

 その直後かつ、意識を失う直前。

 

 あの時に見た、黒い霧には、見覚えがあった。

 あれは、USJの時の『ワープ』の個性、もしくはその持ち主本人――黒霧、とかいう奴だったのだろう。

 

 つまり、あの場で意識を失った自分は、そのまま連れ去られてしまった可能性が高い。

 私はぼんやりする頭でなんとか思考して、そんな推論を組み立てていた。

 

 でも、そこまでだった。

 ほぼ間違いなく(ヴィラン)に……(ヴィラン)連合に囚われている状況で、呼吸も満足にできないような状態で、私にいったい何ができるというのか。何をするべきだというのか。

 

 どうして私が誘拐の対象だったのかもわからなければ、どうして今なお私が生かされているのかもわからない。

 

 結局、今の私が危機的な状況にあるということが鮮明になっただけだった。

 

 

 

 私の前に()()()が現れたのは、そんな結論に至ってからさらにしばらくの時間が経った頃だった。

 

 

 

 

     ※ ※ ※

 

 

「――やぁ、初めまして……では、ないんだけれどね。こうして直接会うのは六年ぶりだ。僕のことを、覚えているかな?」

 

 低い声だった。優しげな声だった。

 

 それを聞いた私は、何故か、途端に動悸が激しくなった。

 

「……ははは、無理に答えなくても構わないよ。今の今まで忘れていたけど、声を聞いて思い出しかけている……と、そんなところかな? 随分と怯えられてしまっているようだ」

 

 その人はスーツを着ていた。

 その人は足を組んで椅子に座っていた。

 その人はこちらに身体を向けていた。

 

 でも、その人の顔ははっきりと見えない。

 部屋には照明が付いていなくて、光源はデスクの上にぽつんと置かれた一台のモニターだけ。その人はちょうどそれに背を向けていて、胸元から上は暗闇に呑まれていた。

 

「ああ、けれど安心してほしい。僕は君に危害を加えるつもりは一切ない。マスキュラーや荼毘が君に負わせた怪我についても、彼らに代わって謝罪しよう。僕が弔に『多少の怪我なら構わない』と伝えてしまったのが失敗だった。君にそこまでの大怪我をさせるのは、僕の望むところじゃなかったんだよ」

 

 ぎし、と、椅子の軋む音が聞こえた。

 

「……さて、ともかくだ。まずは、君が抱いているであろう疑問を一つ、解消しようか。何故、君はここにいるのか……まぁ、今しがた言ったことから推測できるだろうけれど、(ヴィラン)連合に君を連れてきてくれるよう頼んだのは僕だ。そして、僕がそんな頼み事をしたのはね、これもまた友人からの頼みだったからなんだ」

 

 その人が、膝の上でゆったりと指を組むのが見えた。

 

「僕の友人。ドクター、と呼んでいるんだけどね。その呼び名の通り、彼は僕の主治医でもあって、もう随分と長い付き合いなんだ。彼から頼み事をされるのはそう珍しいことじゃない。彼は僕に対して十分に敬意を払ってくれているけど、それはそれとして遠慮のない部分も結構あるんだ」

 

 やれやれ、とでも言わんばかりのため息をその人は零した。

 

「僕とドクターが君を見つけたのは、雄英の体育祭でのことだ。あの時は『ワン・フォー・オール』……オールマイトの後継者探しをしていたんだが、君のことはすぐに目に止まったよ。あれ以来、ドクターは事あるごとに言うようになったんだ。君の()()を今一度診てみたい、だから自分の前に連れて来てくれ、とね」

 

 ……けいか。経過って、なんだ。

 

「それに、僕自身も君に興味が湧いてしまった。だからこそ、こうして君と話をする機会を設けたんだ。ドクターには少しの間我慢してもらって、黒霧にも手間をかけさせて、ね」

 

 その人は、座ったまま前屈みになった。両肘を膝について、組んだ指はそのままで、ずい、と私に迫るように。

 

 その人の顔が、見えた。

 その人の顔には口しかなかった。目も、鼻も、潰れた痕みたいなものが微かにあるだけの、のっぺらぼう。

 あまりにも、恐ろしかった。

 

「ここからが、本題だ」

 

 嫌だ、もう何も喋らないでくれ、と思った。

 

 でも、その人は口を開いた。

 

「単刀直入に聞こう。()()()()()()()()()()

 

 質問の意味がわからない。

 

「あぁ、別に哲学的な問答をしようというわけじゃあないよ。言葉通りの意味で受け取ってくれていい。君は、君自身を何者だと認識しているのか。それを尋ねているんだ」

 

 質問の意味が、わからない。

 

「雪柳氷雨。君は今、そう名乗って生活している。でも、雪柳という姓を名乗る前、君は氷渡という姓だったはずだ」

 

 何を確認しているんだ。質問の意味がわからない。

 

 質問の、意味が。

 

 

 

 

 

「じゃあ、下の名前はどうだろう?」

 

 

 

 

 

「……な、にを――」

「質問の意味がわからないかい? なら、やはり君は、自分自身を氷渡氷雨だと認識している……そういうことだね」

 

 その人の口元が大きく弧を描いた。

 

「ああ、そうか。だとしたら、やっぱり……君をここに招いたのは、正解だった」

 

 心底、嬉しそうな声音だった。

 

 ……そして、「ところで」などと言い出しては、また意味のわからないことをつらつらと話し始める。

 

「君は、人間の臓器……つまり細胞に記憶が宿っている、という話を聞いたことはあるかな? 臓器移植を受けた人間が臓器提供者の記憶を、ひいては趣味嗜好までをも受け継いでしまう、なんて話だ。これは、科学的にそのメカニズムが証明されている事象じゃあないが、実際にいくつもの事例が報告されている」

 

 自分の心臓の音が、うるさい。

 

「僕は、少し変わった個性を持っていてね。他人の持っている個性を奪ったり、逆に奪った個性を他人に与えたりすることができるんだ。僕はこの個性で、望まない個性を持った人から個性を取り去ってあげたり、あるいは無個性であることに悩んでいる人に個性を与えてあげたりしてきたんだ」

 

 個性を奪う。個性を、与える。

 そんなめちゃくちゃな個性、私は聞いたことがない……はず、なのに。

 

「そして時には、敵対する人間から無理やり個性を奪うようなこともあった。すると不思議なことに、時々夢の中にその個性の持ち主が現れるようなことがあったんだ。まぁ、つまり何が言いたいかというとね。人間の細胞に意思が宿るように、個性にも……より厳密には〝個性因子〟にも人の意思が宿ることがあるんだよ」

 

 もう、これ以上聞きたくない。聞いてはいけない。

 直感的にそう思った。

 

 思うのが、遅すぎた。

 耳を塞ぐ間もなく、その人は言った。

 

「氷渡氷雨という少年はね、六年前に死んでいるんだ」

 

 意味が、わからない。

 私は、()は、今、ここに。

 

「彼にはいろいろな実験に協力してもらっていたんだ。けれど、彼は最後まで耐えることができなかった」

 

 嘘だ。出まかせだ。

 

「僕は、彼が死ぬ前に、彼の個性を預かった。そも、僕らはその頃、複数の個性を人に与えた時の負荷とそれを軽減する方法について調べていてね。彼に協力してもらった実験の結果も含めて、似通った性質の個性であれば複数所持しても負荷が少ないことはある程度わかっていたんだ。だからね、それが血を分け合った姉弟同士の個性ともなれば、新しくわかることがあるかもしれない――ドクターが、そう提案したのさ」

 

 息が、上手く吸えない。吐けない。胸が痛いからじゃない。身体の痛みなんて、気にしていられなかった。

 

「氷渡吹雪。僕は彼女に、氷渡氷雨くんの個性を渡した。雪を生み出すだけのつまらない個性だけれど、弟くんの形見だから大切にしなさい、とね。……もう、流石に理解できたかな? 君は、君という人格は、氷渡氷雨の個性に宿っていた氷渡氷雨の意思の残滓でしかない。君は、氷渡吹雪に取って代わって、その身体の主人であるかのように今日まで振る舞ってきたというわけだ」

 

 お姉ちゃんに、取って代わった?

 ()が?

 なんで、そんな、()は、そんなこと。

 

「なぁ、雪柳氷雨くん。雪柳氷雨と名乗る君に、今一度、質問をさせてもらうよ」

 

 ()は。

 

 

 

「君は、いったい誰なんだい?」

 

 

 

 

      ※ ※ ※

 

 

 それが、正しく眠っている間に見た夢だったのか、それとも白昼夢だったのかはわからない。

 

 一つの光景。

 映像だったような、写真だったような、そのどちらでもあったような気がする。

 

 暗い、独房のような檻の中で、真っ白な髪の女の子が、こちらをじっと見つめている光景だ。

 

 それはきっと、お姉ちゃんだった。

 ()でもなければ、()でもない。

 

 お姉ちゃんはこちらをじっと見ていた。

 何か言いたげな様子で、じっと。

 

 じっと。

 じっと。 

 





雪柳氷雨について追加情報を活動報告に掲載しました。
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=270993&uid=356437
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