「……負けた方がほぼ無傷で、勝った方が倒れてら……」
静まり返ったモニタールーム内で、誰かがぽつりと呟くように言った。
その直後、黒ずくめに鳥頭(物理)な常闇くんがこぼした「勝負に負けて試合に勝った」という表現は、この上なく的を射ていた。
ボロボロになった……いや、爆豪くんにボロボロにされた緑谷くんはロボットに運ばれて保健室に直行。他の三名がモニタールームに戻ってきて、さっそく講評が行われる。
オールマイト先生は手始めに飯田くんがMVPだと告げると、その理由を私たちに尋ねてきた。すぐさま手を挙げたのは八百万さんで、彼女はオールマイト先生の仕事がなくなりそうなくらいに完璧な説明をしてくれた。実際にほとんどなくなってしまったのか、「まぁ、正解だよ八百万少女。くぅ……!」とサムズアップしたオールマイト先生の声は微かに震えていた。
「――さて、どんどん行こう! 続いて第二戦だが、ビルが半壊してしまったので場所を移すぞ!」
オールマイト先生に先導されて、私たちはぞろぞろと移動する。
そうしてたどり着いた新たな戦闘の舞台にて、次の対戦組み合わせのくじ引きが行われた。
「お次の組み合わせは……こいつら! 『ヒーロー』がBコンビ、そして『
Iトリオとは、つまり私と尾白くんと葉隠さん。
そして対戦相手であるBコンビは――。
「し、師匠……!」
そう、我らが轟師匠と腕がいっぱいでおなじみの障子くんだった。
「……師匠?」
「なんのことだろーねー?」
私がうっかり呟いた言葉に、尾白くんと葉隠さんが首を傾げていた。
※ ※ ※
『それでは第二戦、スタート!』
小型の無線越しにオールマイトから合図があって、戦いは始まった。
ハリボテ核爆弾の前で作戦会議をしていた私たちは、互いに頷き合って配置に付こうと動き出した――が。
「――なっ……!」
「い、痛タタタタ……!」
開始数秒後、突如として足元が、壁が、ドアが……いや、ビル全体が凍り付いてしまったのだ。
「……流石、師匠」
五階建てのビルを丸々凍らせる効果範囲に、何より特筆すべきはこの凍結速度。オールマイト先生の合図の前から力を貯めていたのかもしれないけど、なんにせよ尋常じゃない。
ちょうど部屋から出ようとドアに触れていた私の右腕と、当然床に接していた足はすっかり氷に覆われてしまっている。
ちらりと振り返ってみれば、尾白くんも葉隠さんも足を凍らされてしまっていた。特に「私ちょっと本気出すわ!」と言ってグローブとブーツを脱ぎ、裸足……というか全裸になっていた葉隠さんにはクリティカルダメージだろう。葉隠さん、やっぱり全裸はまずいって。透明な布なんてなかったんだね。
たったの一手で、完封。
核兵器を傷つけることなく一気に『
――まぁ、私がいなければの話だが。
「…………」
私は目を瞑って集中し、個性を発動した。
そして、背後から「え!?」とか「うわっ!?」とかいう声が聞こえてきたところで、ゆっくりと目を開ける。
「――すみません、葉隠さん。相変わらず寒いでしょうけど、氷よりは多少マシだと思うので」
部屋の中は、一面の雪景色。
私は轟師匠の生み出した氷を支配下に置き、すべてを雪に変えたのだ。
「霜焼けになったら大変ですから、ブーツだけでも履いた方が……」
「う、ううん! だ、だだ大丈夫! わわ私もがががんばるから! ききき気合! で!」
「そ、そうですか……では、とりあえず作戦通りに。何かあったら互いに連絡を」
「……ああ! こっちは任せてくれ!」
尾白くんの言葉に首肯を返して、私は改めて部屋から出ていく。
轟師匠は一階の入口付近にいて、本当にのんびり歩いてきているらしい。ビル内に障子くんがいないっぽいのは、師匠の初手奥義に巻き込まれないように避難していたからだろうか。
私も私で小走りもせずにビル内を降りていくと、三階のちょっと広い廊下で轟師匠とばったり鉢合わせした。
「俺の氷を雪に変えたの、おまえの個性だな」
「はい。私がいなかったら、轟くんの完封勝利でしたね」
「おまえは……雪柳、だったな」
「あれ、私の名前、御存じで?」
「似たような個性を持ってるやつがいたら、気にもなるだろ」
と、なんか普通に喋っていたら、師匠の足元から突然氷が伸びるように迫ってきて、私は首から下を氷漬けにされてしまった。
「ノーモーションで……会話の最中だったじゃないですか」
「それ以前に訓練の最中だろ。ヒーローと呑気にお喋りする
「……割といそうですけどね?」
ほら、時間稼ぎとかが目的で……ま、今の私にそんな意図はなかったんだけど。何にも考えずにお喋りしてましたね。ええはい。
まぁともあれ、私は身体を覆った氷をすべて塵にして、あっさりと拘束を脱する。
「……やっぱ無理か」
「無理ですね。さて、お返しですよ」
私は足元に広がる雪を操作する。
球状に固めたそれを自分の周囲にいくつも浮かせて、ニヤリと、
「雪合戦しましょう。轟くんは、的です」
直後、目を見開いた師匠めがけて、無数の雪玉を発射した。最初に浮かせていた分はあっという間になくなって、しかし私は新しい雪玉を生成してはガトリングでも掃射するように放ち続けた。
一分ほどして、周囲の雪がなくなってしまったのでとりあえず打ち止め。
轟師匠のいた場所には、こんもりと雪の小山ができていた。
「――っ、わお」
いきなりその雪山が内側から爆発したような勢いで飛び散って、続けざまに氷の津波が襲い掛かってきた。
廊下の幅めいっぱい、腰から下は全部氷で埋め尽くされてしまったが……量が増えてもやることは変わらない。すべての氷を難なく塵に変え、しかしそのままでは結局動けないので、その塵を轟師匠の方に向けてすべて飛ばすようにした。
「うっ、くっ……!」
私お手製のミニブリザードに見舞われた轟師匠の、小さな苦悶の声が聞こえた。
それからすべての塵を吹き飛ばし終えると、白い息を吐きながらこちらを睨み付ける師匠の姿があった。
「やっぱり、私と轟くんの個性って似て非なる物ですよね。私は氷や雪を生み出して、それを操ることができますけど、轟くんは氷を生み出すだけのように見えます。きっと、生み出すときの形状とかは変えられるんでしょうけど……」
つらつらと喋る私に対し、師匠は霜の降りた右手を掲げて、再び氷を放ってくる。しかし、今度はどうも拘束を目的としたものではないようで、迫ってくる氷の先端が丸くなっており、私の腹部に向かって飛んできていた。打撃狙い、ということだろうか。
まぁ、何狙いだろうと無駄だ。
私はその氷に対して個性を使い、寸前で軌道が90度逸れるように操作した。
「ありとあらゆる氷は、私の支配下におけます。それじゃあ私は倒せませんよ」
私の氷の個性と轟師匠の氷の個性では、やはりどうあっても私に軍配が上がるようだ。ざっくり分析するに、威力は師匠の方が圧倒的に上。ただし個性の効果範囲と制御の精密さは私の方が優れていそうで、氷の操作に関しては私の専売特許だ。
が、しかし……。
「炎の方、使わないんですか?」
「……あ?」
「うひぃっ」
顔こわっ! 師匠顔こわっ!
え、なんで!? なんでいきなり爆豪くんみたいな怖い顔になったの!?
「い、いやあの、個性把握テストのとき……自分で出した氷を、炎で溶かしてたから……な、なんで使わないのかなぁって……」
そう、先に挙げた私と轟師匠の相性は、あくまで氷の個性だけを見た場合の話だ。
轟師匠は、炎も使える。氷と炎という相反する力をその一身で扱うことができるのだ。私はそれを目撃していた。
私の個性は炎、というか高温に弱い。出力にもよるが氷も雪も溶かされてしまうし、私自身、『雪女』だからか暑いのも熱いのも大の苦手なのだ。いやまぁ、大体の人間は炎にあぶられるのは苦手だとは思うんだけどね。
つまり本来、轟師匠は私の天敵なのだ。それがどうしてか炎を使う素振りすら見せないので、純粋に疑問に思って聞いてみただけ、なのに……。
「俺は、
「……え、でも……ん?」
めちゃくちゃ顔が怖い轟師匠にビビりつつも、いやいやと反論しようとしたのだが……不意に、私は〝感知〟した。
「――尾白くん、葉隠さん。たぶん、障子くんがビルの外壁を登ってきています。もう五階の……いえ、廊下の窓から入って来たみたいです。警戒をお願いします」
「な……どうやって」
私が小型無線で二人に連絡を入れると、師匠が小さく呟いた。
「……さっきも言いましたけど、氷や雪はすべて私の支配下です。今はこのビルにある雪の全部を把握してます。だから、何らかの要因で雪の位置が変われば、それがわかるんですよ。外壁の氷は雪に変わった時にほとんど落ちてしまってますけど、窓枠とかには少し残っていました。障子くんが、それに触れましたので」
「……俺がビルを氷で覆ったせいで、利用されたってわけか」
「結果的には、そうですね」
まぁ、それは結果論も結果論だ。轟師匠のあの初手がミスだったとまでは言えない。私さえいなければ最高で最善で、最速の一手だったのだから。
「というか……おまえ、尾白たちに伝えなくても、自分だけで対処できるんじゃねぇのか」
「え? あー、まぁ、不可能ではないですけど……でも、せっかく仲間がいるんですから、信頼して任せてもいいじゃないですか。見えない場所の遠隔操作は不確実ですし、集中力も割かないといけませんし。目の前に轟くんがいるのに、それはちょっと厳しいですよね」
「…………」
障子くんはおそらく、奇襲をするつもりだったのだろう。それが彼の独断か、あるいは轟師匠と示し合わせた作戦だったのかはわからないけど。
しかし、結果的に師匠はここで私に抑えられて、障子くんも奇襲がバレた上に2vs1の状況。もともと人数差があるのだから、私たちが有利なのは当然だが……。
「いいんですか、轟くん。このままだと私たち、勝ちますよ」
「まだ、わかんねぇだろ」
「そうですけど、だいぶ絶望的なのは間違いありません。……少なくとも、目の前にいる私を打倒できる手があるのに、使わないんですか?」
暗に「この状況でも炎を使わないのか」と私が告げれば、轟師匠は今にも殺しに来るんじゃないかというほどの表情で歯ぎしりをして、鋭くねめつけてきた。
さっきは、反射的に怖いと思ったが。
いわゆる不気味の谷現象みたいなものだろうか。
本物に限りなく近い、しかし本物には足りない殺意を向けられたことで、私は逆に恐怖を感じなくなっていた。
「……ま、勝たせてくれるならいいですよ。障子くんの方も大丈夫そうですし」
核兵器のある部屋にて、三人の人間が立ちまわっているのを感知できている。ざっくりとしかわからないが、尾白くんと葉隠さんが二人がかりで障子くんに格闘戦を挑んでいるような感じだ。
葉隠さんが個性を活かしてさっさと確保テープを巻いてしまう展開もあるかと思っていたけど、真正面からぶつかり合うことになったらしい。しかし、どうせ人数では有利なので、最低でも時間を稼いでもらえばそれでオーケーだ。
「さて、雪合戦の続き、しましょうか」
いやぁ、轟師匠の炎の個性然り、私自身の筋肉痛然りでどうなることかと思ったけど、盤石に勝てそうでよかったよかった。
※ ※ ※
……そして、結局。
「『
轟師匠は最後まで火を使わず、障子くんも捕縛こそされなかったが核兵器の回収は叶わず、タイムアップで決着がついた。
とは言え、私たち『
「大丈夫ですか?」
「…………」
私の雪玉ガトリングを氷の盾で防いだり、吹き飛ばしたりしていた轟師匠は、右半身に霜が降りてしまっていた。コスチュームの左側も併せて、ほとんど氷漬けだ。
私は膝を突く師匠の傍に近寄って手を差し伸べるが、乱暴に振り払われる。彼はぎこちなく立ち上がって、くるりと踵を返してしまった。
「……ッ、これは」
「冷たそうだったので、身体の霜だけでも」
私はそんな師匠に対して個性を発動し、右半身の霜を取り払ってあげた。霜だって当然氷の一種だから、造作もないことだ。体温自体はどうしようもないけど、そっちは彼自身の個性でなんとかできるだろう。まぁ、実際にやるかどうかは怪しいところな気がするけど。
轟師匠は険しい表情で私を一瞥した後、何も言わずに歩いて行ってしまう。
私はそれをすぐには追わず、上階から降りてきているらしい三人を待った。
「雪柳すっげぇよ! いや、マジですげぇって!」
「うん、ホントすっごかった! 轟の氷ぜんぶ雪に変えちゃうし、そのあとの戦いも!」
そして、一緒にモニタールームへ戻るや否や、クラスのみんなが歓声と共に出迎えてくれた。照れる。
「うんうん、今回のMVPは文句なしに雪柳少女だな! ただし今回も勝敗は関係なく、あくまで全体としての貢献度によるものだぞ!」
「そもそも『
オールマイト先生がMVPに私の名前を上げてくれて、濃い金髪のチャラそうな男子――上鳴くんが続けてそう言った。確かにその通りだ。
「雪柳さん、一つお聞きしたいのですけれど、轟さんとの戦闘の途中で尾白さんたちに連絡を取ってらっしゃいましたよね? あの後、尾白さんたちが周囲を警戒するような素振りを見せて、結果的に障子さんの奇襲に対処していたのですけれど、あれは雪柳さんが障子さんの行動に気が付いてのことだったのでしょうか?」
八百万さんが手を挙げて、私にそんな質問を投げかけてきた。
すると、私が返事をする前に、オールマイト先生が口を開く。
「八百万少女、よく見ていたな! 私は音声も聞いていたわけだが、確かに雪柳少女は障子少年の動向に気が付いて、尾白少年と葉隠少女に警戒するよう呼び掛けていた。雪柳少女、あれは君の個性の応用かい?」
「はい、そうです。私の個性でビル内の雪の位置を把握していたのですが、あの時は障子くんが窓枠に残っていた雪に触れたことで気が付きました」
「いやそれ、個性の範囲っつーか、応用エグすぎねぇ?」
「戦闘が小康状態だったことを差し引いても、確かに凄まじいな」
「まぁ、事前に轟くんがビル中に氷を行き渡らせてくれたからできたことです。自分でビル全体を覆うほどの雪や氷を生み出すのは、轟くんほど素早くは出来なかったので」
「はー、轟は墓穴を掘っちまったってわけか」
「でも雪柳がそんなことまでできるなんて普通思わねぇって」
「あれを轟のミスっつーのはちっと酷だぜ。雪柳がいなけりゃ他の二人をほとんど完璧に封殺できてたんだしよ」
みんな思い思いの考察を口にして、私たちの戦いを振り返っていく。
その後は私のこと以外にも、今回はほぼ完封されてしまったものの轟師匠の個性の強力さが話題に上がったり、障子くんが奇襲を失敗させられながらも透明な葉隠さんの位置を正確に把握しながら2vs1をさばいていたこと、また尾白くんの格闘戦のセンスの高さや
こうして、初めての訓練は私自身にとってかなり良い結果で終えることができた。個性把握テストでは振るわなかったが、汚名挽回名誉返上……あれ、名誉挽回汚名返上? どっちだ? まぁとにかく頑張った。
……ただ、頑なに私を見ようとしないあたり、轟師匠には相当嫌われたっぽい。
入学二日目でさっそくクラスメイトの一人と険悪になってしまうとは。しかも、よりにもよって(勝手に)師と仰いでいた相手だから、ちょっと凹む。
「っと、そうだ雪柳少女。ビルの中の雪、どうにかできるかい?」
「あっはい」
私はオールマイト先生に言われて気を取り直し、ビルの中の雪や氷を全部取っ払う。
その間に、第三戦のマッチアップがくじ引きで決定され、二組四人が準備のためにモニタールームから出て行った。
戦闘訓練はまだ続く。