『雪女』のヒーローアカデミア   作:鯖ジャム

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第54話 雪女、訓練したりしなかったり その1

 入寮の日の翌日。

 私たち1年A組は来たるヒーロー仮免試験に向けて、さっそく訓練を開始していた。

 

 あらためて、になるが。

 

 ヒーロー仮免許とは、緊急時に限り当人の判断によって公共の場での個性の使用が認可される――つまりは、緊急時限定のヒーロー活動が認められる国家資格である。

 そして当然、ヒーローとしての活動が認められるということは、ヒーローとしての能力が求められることになる。あくまで仮免であるためヒーローとしての十全な能力を備える必要はないが、試験の中では戦闘力や判断力、情報収集力、統率力など、多種多様な力の適性を見られることになるというのだ。

 

 その中で、現役プロヒーローでもある先生たち曰く、今度の仮免試験において特に重要視される可能性が高いのが〝戦闘力〟。以前から重要視される傾向は強い項目だったというが、今後の仮免試験では間違いなくその傾向は強まると断言していた。

 それはすべて、神野事件が原因であるとも。オール・フォー・ワンという巨悪が打倒されたが、同時にオールマイトという平和の象徴が失われてしまったことにより、この先(ヴィラン)の活発化は避けられない。ヒーローはその活発化した(ヴィラン)たちに対抗しなければならないのだから、これまで以上に戦闘力が求められるのは必定、というわけだ。

 

 以上を踏まえて先生たちは、仮免試験合格のためには一にも二にも戦闘力を向上させなければいけないとし、私たちにある課題を提示した。

 

 それが〝必殺技作り〟である。

 必殺技というのはつまるところ安定行動。どんな状況においても実行可能な一定の型・技のことであり、これを確立することがもっとも単純な戦闘力の向上に繋がるとのこと。

 また、必殺技というと攻撃をイメージしがちであるが、防御や回避、移動、拘束、探知などなど、いろいろな形の必殺技を検討すべし、との注釈も付け加えられた。

 

 仮免試験までに一人あたり最低二つ以上の必殺技を考案し、実用可能な段階まで習熟する。

 簡潔にまとめると、これが私たちに課せられた仮免試験対策訓練の概要であった。

 

 

 

 

 ……さて、そんな必殺技作成訓練がどこで行われるかというと、雄英高校敷地内にある体育館γ(ガンマ)――通称トレーニングの(T)台所(D)ランド(L)である。

 どうしてわざわざ夢の国チキンレース出走不可避なネーミングにしているのかはわからないが、ともかくこの施設は私にとって馴染みがあった。体育祭の後、職場体験へ行く直前まで【氷衣】を習得するために相澤先生とマンツーマンでの特訓をした施設が、このTDLだったからだ。

 

 TDLは広い。いや、もちろん夢の国にはまったく及ばないが、体育館の割には広い。床面積もそうだが、たぶん天井がかなり高いことがその印象を強めているのだと思う。

 

 あと、何より特徴的なのは床がコンクリート製である点だが、これはTDLがセメントス先生考案の施設であり、コンクリートを自在に操る彼の個性でもって必要に応じた地形や物を用意するためなのだそうだ。

 ついでに言っておくと、通称の〝台所〟は「どんな物でも用意する」というところから来ているらしい。わかるような、わからないような。

 

 で、現在。

 

 セメントス先生がひとまず適当に作った地形で、1年A組21人それぞれがマンツーマンの指導を受けていた。マンツーマンと言っても相手はエクトプラズム先生の分身だが。

 でも、分身だろうが何だろうがプロヒーローに一対一で訓練の相手をしてもらえるというのはあらためて考えるとかなり贅沢なことで、流石は雄英高校と言ったところ。それに加えて担任である相澤先生は言わずもがな、セメントス先生とミッドナイト先生も訓練の様子を見て回ってくれるというのだから、これ以上の環境は望むべくもないだろう。

 

「――エクトプラズム先生、よろしくお願いします」

「アア、早速始メヨウ」

 

 TDLの一角で、私もエクトプラズム先生(分身)と向かい合う。

 

「念ノタメ確認シテオクガ、身体ノ状態ニ問題ハナイノダナ?」

「はい、大丈夫です。少し、体力が落ちたかもしれませんが」

 

 元々なかった体力が減ったことを問題と見るべきか、どうせ元々なかったのだから多少減っても問題ないと見るべきか。

 シビアに考えるなら当然前者だが、しかし仮免試験までのおよそ二週間でどうにかなるものでもない。……こんなことばかり言っている気がするが、とりあえず【氷衣】で補うことはできるし、仮免試験で個性を使えない状態を想定する必要はないはず。同じ病み上がりでも、USJ事件後の体育祭ほどにどうしようもないことはないだろう。

 

 と、そんなような言い訳をしてみたところ、エクトプラズム先生もこれに同意してくれた。そして、気を取り直すように本題を切り出してくる。

 

「雪柳ハ、既ニ幾ツカ必殺技ヲ持ッテイルナ。新タナモノヲ考エル前ニ、今一度整理ヲシテオコウ」

「はい。えっと――」

 

 まず挙げるべきは【氷衣(ひょうい)】だろう。両手足と胴体の全五か所に氷を纏って、それを操作することによって身体を宙に浮かせたり、高速移動を可能にする技だ。

 これは、体育祭で露呈した機動力の低さを補うために自主的な個性伸ばしを行った後、相澤先生に助言、助力をしてもらった末、ちょうどこのTDLで編み出した技である。

 

 次に、【氷衣】と関連して【氷衣格闘術(ひょういかくとうじゅつ)】……と、言いたいところだが、これは厳密に言うと必殺技ではなく、戦闘スタイルだ。

 要するに【氷衣】で身体を動かす近接格闘術であるわけだが、これはヒーロー殺しとの戦いで近接戦闘の重要性を我が身をもって思い知った末に生み出したものだった。

 

 続いて【氷礫霰弾(ひょうれきさんだん)】。これは名前の通り、氷の礫を大量に生成して任意の方向に発射する広範囲攻撃技である。

 正直に言えば、どうしてこれにわざわざ名前を付けたのか覚えていない。氷の塊や氷柱(つらら)、あるいは雪玉を相手に向けて発射するのなんて、私にとっては通常攻撃のようなものなのだが……逆に、氷柱の発射なんかにも名前を付けるべきなのだろうか。

 

 あと、名前すら付けていない技と言えば、氷塊によるオールレンジ攻撃がある。一人、あるいはある程度一塊になった数人を対象に複数の氷塊で全方位からの攻撃を図り翻弄する技だ。ちょうどエクトプラズム先生に対して使用したことがある。

 あれは、ロマンがあるのは間違いない。が、実用段階にあるとはとてもじゃないが言えない。技の難易度が高すぎるし、その割には攻撃力が高いとかそういうわけでもないのだ。

 

「――と、ひとまずこんなところでしょうか。他にも……名前は付けていませんが、必殺技と言えそうなものは多いですかね」

「フム、成程。デハ、新タナ必殺技ノアイデアハ浮カンデイルカ? 浮カンデイナイノデアレバ、一旦ハ既存ノ技ノ整理ニ注力(ちゅうりょく)シテモ良イガ」

「……合宿では冷気操作の訓練をしていたので、それに関連した技を考えてるんですが――」

 

 以前からなんとなく思い描いていた、冷気を用いた技。

 それは、冷気による〝感知〟だ。 

 

 私は、個性によって支配した氷、雪、冷気などについて、その位置や形などを第六感的に把握することができる。

 これを踏まえて、たとえばリンゴを一つ入れた箱の中を、支配下にある氷や雪などで満たした場合を考える。すると、そのリンゴの分だけ氷や雪が満ちることなく、間接的にリンゴの輪郭が浮かび上がってくるのだ。もちろん箱の中身がなんであれ、それが固体であればどんな形状なのかを把握することができる(もしくは液体であっても、液体が存在することはわかる)というわけである。

 

 私が考えている冷気による感知は、これを拡張したものと言える。

 

 ある空間を個性で支配した冷気で満たし、人や物体の存在を感知する――何の捻りもないが、名付けるなら【存在感知】と言ったところだろうか。

 直接的な戦闘力の向上には繋がらないが、それでも(ヴィラン)の潜伏を看破したり、立て篭もり事件における状況把握などに活用できるはず。

 また、何より災害時の要救助者捜索に有用であることは間違いなく、他にも様々な用途があるだろう。

 

「――それから、あまり厳密に区別するつもりはないんですが、【存在感知】の発展形として【動作感知】という技も考えています。支配した冷気とかの位置や形がわかるというのは、外からの力で移動させられたり、変化させられたりという場合にもそれを察知できるということなので……」

「動カサレル冷気カラ相手ノ動作ヲ感知スル、トイウコトカ」

「はい。攻撃の予備動作や、死角からの攻撃を察知できたらと考えてみたんですが……まぁ正直、仮免試験まで、という期限を抜きにしても実用レベルにまで持っていけるかどうか……」

 

 【存在感知】は、集中力のリソース的に【氷衣】あたりと同時使用できるかどうかという問題はあるが、とりあえずそれ単体で使えるようになる日は遠くないように思う。

 

 しかし、【動作感知】については戦闘で使う以上【氷衣】との同時使用なんて大前提になるわけで、戦闘中に感知を行う労力に上回る、あるいは見合うだけのメリットが生まれるのかはかなり怪しいところだ。

 

「〝安定行動ニヨル戦闘力向上〟トイウ趣旨カラハ、確カニ少シ外レルナ。ダガ、君ハ現状デモ十分ナ戦闘力ヲ(ゆう)シテイル。時間ハ限ラレテイルガ、トリアエズ挑戦シテミテモ良イダロウ」

 

 エクトプラズム先生は私が伝えた懸念を肯定しつつも、私の実力を認めてさらなる挑戦――プルスウルトラを促してくれた。

 

「……なら、そうしようと、思います」

 

 にもかかわらず、私が歯切れの悪い返事をしてしまったのは「私に十分な戦闘力がある」と言われたことについて引っかかったからだった。

 

 エクトプラズム先生の発言は仮免試験を念頭に置いたものだったのだろうが、何せ直近でマスキュラー相手にたったの一撃で満身創痍にされて、荼毘相手に殺害する以外の選択肢を取る余裕を持てなかったのだ。自信を失ったとは言わないまでも、足りないものばかりが目に付く、というのが本音だった。

 

 私はヒーローにならなければいけない。

 合格率五割を切るのが常だという仮免試験を甘く見ているわけではないが、ヒーローになるための通過点に過ぎないのもまた事実。

 通過点を通り過ぎるのには十分だ、などと言われて満足している場合ではないのである。

 

 ……いやしかし、断じてエクトプラズム先生のお墨付きを無下にするつもりはない。

 あれもこれも同時にはできないのだから、余計な心配はせずに【冷気感知】の実用化に集中するのがきっと最善だ。

 

「とりあえず……この体育館、全体。訓練しているみんなの様子を【冷気感知】で把握する、という形でやってみようかと思うんですが」

「最初ニシテハ難易度ガ高ソウダガ、大丈夫カ?」

「たぶん、【冷気感知】にだけ集中すれば問題ないはずです」

 

 まずは【存在感知】だ。みんなが今どこにいるのかを、常に把握する。

 それから【動作感知】の触りとして、みんながどんな訓練をしているのかを把握できるだけ把握することを試みる。

 

 大雑把だが、そんな訓練プラン。

 まぁ、ひとまずやり始めてみないことには良し悪しもわからない。

 

「暫クハ、我ノ手ヲ貸ス必要ハナサソウダナ。君ハソノ訓練ニ集中シテイロ。他ノ訓練方法ニツイテ我ガ考エテオクトスル」

「ありがとうございます、お願いします」

 

 私は息を吐きながら目を閉じて、さっそく個性を使い始めた。

 

 

     ※ ※ ※

 

 

 訓練を始めて三十分も経たない頃、私は、何者かによって体育館の扉が外側から開かれたことに【冷気感知】でもって気が付いた。

 外の熱気のせいで冷気が侵食されたものの、それにはすぐに対処をして、直後に誰かが体育館の中に足を踏み入れるのを感じ取ったのだ。

 

 背が高くて、細身で、骨ばっている――かと思いきや、突然冷気が押し退けられて、その人物の輪郭がまるで筋骨隆々な大男のようなものへと変貌していた。

 

 いったい何事なんだと驚きでいっぱいになったところで、聞き覚えのある声が私の耳に届いた。

 

「――……」

 

 私は久々に目を開けて、セメントス先生が作り出したコンクリートの高台から体育館の入り口あたりを見下ろす。

 

 するとやはり、オールマイト先生がそこにいた。

 つまるところ先程の奇っ怪な変貌は、オールマイト先生が今の骸骨じみた姿とかつての姿を行き来したということだったのだろう……いや、行き来できるものなのか?

 

 ともかくオールマイト先生は、訓練に励むみんなの様子を見渡しながら、相澤先生とミッドナイト先生を相手に何やら話をしていた。

 包帯はおおよそ外れているようだが右腕だけは首から三角巾で吊っていて、またそうでなくてもあの痩せ細った姿をしているというだけで、失礼ながら痛々しく思えてしまう。

 

 私はその後もなんとなくオールマイト先生のことを見ていたのだが、彼はふと、緑谷くんの方へと歩み寄っていった。

 そして、一方的に何か言って、すぐ近くにいた切島くんへとアドバイスをしに行ったようだった。

 

 

 

 ――不意に、私は思い出して、気がついてしまった。

 

 

 

「――エクトプラズム先生。少し、オールマイト先生に……アドバイスを貰いたいことがありまして。行ってきてもいいでしょうか」

 

 近くにいたエクトプラズム先生(私担当の分身)に了承をもらって、切島くんに引き続き響香ちゃんに話しかけているオールマイト先生の下へと【氷衣】でもって向かった。

 

「おや、雪柳少女、こんにちは。私に何か用かな?」

「……こんにちは、オールマイト先生。少し、聞きたいことがありまして。響香ちゃんの後でいいので、お時間よろしいですか」

「あ、ああ、構わないよ」

「ありがとうございます。急がなくて結構ですので」

 

 オールマイト先生は若干戸惑った様子を見せて、すぐ傍にいた切島くんや響香ちゃんも不思議そうにしていたが、私はあえて説明をせずにその場から少し離れた。

 

 そして、オールマイト先生は響香ちゃんにアドバイスを終えてから、ちゃんと私のところにやって来てくれた。

 

「お持たせ雪柳少女。それで、聞きたいことって、いったいなんだい?」

「……ここで話すのは、あまり都合がよくないかもしれません」

 

 私にとって、ではない。

 オールマイト先生にとって、だ。

 

「……本当に、いったい何を……」

 

 眉間に皺を寄せるオールマイト先生に私は一歩近づいて、可能な限り声を抑えて、言った。

 

「〝ワン・フォー・オール〟に関して、です」

「――っ!? ゆ、雪柳少女っ、その言葉を、いったいどこで……!?」

「どこで、誰から聞いたのか。少し考えてもらえば簡単にわかると思いますが」

 

 少し失礼な物言いになってしまったが、明言を避けるためには仕方がなかった。

 多少離れた位置に移動しているとは言え、響香ちゃんや障子くんあたりなら私たちの会話を盗み聞きすることも不可能じゃないはずだ。いや、盗み聞きするなんて思ってはいないけれど、偶然耳に入ってしまう可能性は大いにある。

 

 オールマイト先生もその辺りは察してくれたのか、この場で答え合わせをするつもりはないようだった。

 

「……君の言う通り、ここで話すのはよくないね。場所を移そう。訓練の最中だけれど……大丈夫かな」

 

 訓練の後で、という選択肢もあると思ったが、オールマイト先生は明らかに焦っていた。

 

 私にはそこまで急ぐ理由はない……なんて言うのは、ずるいか。わざわざ訓練を中断して話しかけたのは私の方なのだから。

 

「ええ、私は大丈夫です……相澤先生が良い顔をしないかもしれませんけど、そこはオールマイト先生に上手く言ってもらえれば」

「もちろんだよ。じゃあ、行こうか」

 

 そう言って踵を返したオールマイト先生に私は付いて行く。

 

 話を聞いた相澤先生はやはり不服そうな表情をしたが、私の顔をちらりと見た後、ため息交じりに了承してくれたのだった。

 




 
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