『雪女』のヒーローアカデミア   作:鯖ジャム

56 / 69
 


第56話 雪女の仮免試験RTA その1

 訓練の日々は流れ、ヒーロー仮免許取得試験の日はあっという間にやってきた。もともと時間がなかったというのはあるけれど、慣れない寮生活と毎日の圧縮訓練が時計の針を一層早く進めたのは間違いないと思う。

 

 ヒーロー仮免試験は毎年六月と九月に全国三か所で同日に実施される。

 そして、私たちが試験を受ける会場は〝国立多古場競技場〟という大きなスタジアムだ。まぁ大きいと言ってもだいたい雄英の体育祭競技場と同じくらいなのだが……って、これは雄英の施設の規模感がおかしいだけである。そりゃ雄英高校だって国立だけど、そういうことじゃないだろう。

 あとちなみに、〝私たち〟というのは雄英高校ヒーロー科の1年生全員ではなく、1年A組の21名だけである。B組とは、決して多くない合格の枠を食い合ってしまわないように別々の会場で受験をすることとなっており、これは通例なのだそうだ。

 

 今回の仮免試験、天下の雄英生だからと言って私たちが有利なわけではない。

 むしろ、高校のヒーロー科では二年次に取得を目指すのが一般的だと言うのだから、私たちが合格枠を奪い合う相手の大半は少なくとも一年以上の訓練を積んできた先輩方、ということになる。

 たった一年、されど一年だ。

 謙遜を抜きにして言えば、雄英高校の生徒である私たちに才能や伸び代があるのは間違いないと思う。しかし、はたしてそれらが、先輩諸氏の丸一年分の努力と経験との差を埋めるに足るものかどうかは定かではない。

 

 相澤先生が言葉をそのまま借りるが、やはりこの仮免試験は〝明確な逆境〟なのである。

 

 

     ※ ※ ※

 

 

 仮免試験についての説明会が行われるその部屋は、既に大勢の人間ですし詰め状態になっていた。

 

 入り口の一つから部屋の中に入った私が背伸びをしつつきょろきょろと人だかりを眺めていると、左手の方から私を呼ぶ声が聞こえてくる。

 

「――あ、氷雨ちゃーん! こっちこっちー!」

「雪柳さん、こちらですわー!」

 

 見れば、そこにはコスチューム姿の透ちゃんと百ちゃんがいたので、私は小走りで彼女たちに合流した。

 

 私は例によって……というほどでもない非常に由々しき問題な気がするけれども、ともかく他校の女子生徒への配慮から女子更衣室の利用を遠慮し、多目的トイレでコスチュームに着替えさせてもらっていた。

 そんなわけで男子のみんなとはもちろんのこと、女子のみんなとも説明会の会場で落ち合う約束をしていたのだが……。

 

「氷雨ちゃん、遅かったけど大丈夫だった?」

「すいません、ちょっとサポートアイテムのセッティングが上手くいかなくて、時間がかかってしまいました」

「サポートアイテムと言いますと、先日の()()でしょうか?」

「はい。でも、手順を間違えていただけだったので、もう大丈夫です」

 

 私は顔を覆うように広げた片手で、()()()を押し上げる。

 きっちり固定されているのでずり落ちてくるわけではないのだが、拭えない異物感が気になって、つい、やってしまう。

 

「氷雨ちゃん、()()も直していーい? もうちょっと斜めにして被った方がかわいいと思うんだー」

「……ええ、お好きにどうぞ。ありがとうございます」

 

 宙に浮いた手袋が伸びてきて、私が被っている黒のベレー帽の端に触れる。これまた激しく動いても落ちたりしないように工夫がされているのでそこまで自由に位置が調整できるわけではないし、そもそもかわいいかどうかもどうでもいいのだが……せっかくの気遣いを突っぱねることもないだろう。

 

「……うんうん、やっぱりいいね! 新しいコスチューム! 着物の柄もきれいだし、ベレー帽と銀縁丸メガネ! まさしく大正ロマンって感じ!」

「ええ、本当ですわね。無地の着物もシンプルで素敵でしたが、やはり柄のあるものの方が華やかで――」

「――あ、あの。早いところ皆さんと合流しませんか。説明会、もう始まりそうですから……」

 

 なんだか長くなりそうな、それでいて恥ずかしくなってきそうな予感がしたので、私はちょっと強引に口を挟んだ。元はと言えば私が遅れてきたのが悪いのに、私が急かすのはおかしな話だが。

 

 A組のみんながどこにいるのかわからない私は、百ちゃんと透ちゃんに先導を任せた。

 どうやらみんなはこの人だかりの真ん中の方にいるらしく、声をかけて道を開けてもらいながら移動したのだが……なんというかまぁ、私たちはやたらと目立ち、注目を浴びていたように思える。

 すっかり見慣れてしまっているがやっぱり百ちゃんのコスチューム姿は煽情的過ぎるし、ぱっと見では何もない空間から声が聞こえるだけの透ちゃんを二度見してしまうのも仕方がない。そして、私も髪を短くしていたりメガネをしていたりと軽く変装しているような状態とは言え、わかる人にはわかるようで結構な視線を感じた。それが好意的なものなのか、はたまた逆のものなのかまではわからないが。

 

 ともあれ、そうして好奇の視線にさらされながらも、私たちはなんとかA組のみんなの元へたどり着くことできた。

 が、それとほぼ同時に試験の説明が始まってしまい、残念ながら言葉を交わしている場合ではなくなってしまう。

 

「えー……ではアレ、仮免のヤツを……やります。あー……僕、ヒーロー公安委員会の目良(めら)です。好きな睡眠はノンレム睡眠。よろしく」

 

 ……やっぱりまだ説明始まってないかも、と私は一瞬思ったし、なんとなく会場中が「大丈夫かこの人」みたいな雰囲気に包まれたのも気のせいじゃないと思う。

 しかし、壇上で目良と名乗った男性が職務への軽い愚痴を挟みつつも、出し抜けに「この場にいる1540名一斉に、勝ち抜け演習を行ってもらいます」と宣言をしたことで、一気に空気が張り詰めた。

 

 それから、ヒーローの在り方がどうのこうのと少しの前置き――ヒーロー殺し(ステイン)が示した理想のヒーロー像についてや、それに対する目良さん個人の見解など――を挟みつつ、客観的な事実として現代におけるヒーローの事件解決速度が尋常でなくなっていることを挙げた。そして、仮免を取得した暁にはその激流へと身を投じなければいけないのだから、そのスピードに付いてこれない者はヒーローとして〝厳しい〟と断じた。

 

「――したがって、試されるはスピード! 条件達成者()()1()0()0()()を一次試験通過とします」

 

 先着100名。

 その言葉に、部屋全体がどよめいた。

 

 仮免試験の合格率は、例年5割ほどだという。

 それが、1540名のうち、100名。1割以下だ。

 

 ふざけるな、なんて直接的なことを言う人はいなかったが、あちこちで悲鳴じみた叫び声が上がった。

 ただ、目良さんはそれに対して、社会でいろいろあったから運がアレだったと思ってアレしてください、などと言っただけ。言い草があんまりだけど、そもそも難化することはわかりきっていたのだから……いや、やっぱり難化するにしたってもう少し段階を踏むべきではなかろうか。

 まぁ、不平不満を言ったところで先着人数を増やしてもらえるはずもない。目良さんの言う通り、運がアレだったと思ってアレするしかないのだろう。

 

 そして、肝心の()()。つまりは試験の具体的な内容だが、これは一言で言ってしまえば〝ボール当てゲーム〟だった。

 

 受験者には手のひら大のボール6つと、身体に張り付けることができるターゲット3つがそれぞれ配られる。

 ターゲットの大きさはちょうどボールと同じくらいで、これはボールが当てられた場合にのみ発光するようになっているらしい。ターゲットを全身の任意の位置、ただし常時さらされている場所に張り付けて、3つすべてが発光してしまった場合には即時脱落となるそうだ。

 逆に勝ち抜きの条件は、自分以外の受験者二人を脱落させること。3つ目のターゲットを発光させた人が脱落させたものと見做す、とのことである。

 

「──と、ルールは以上です。えー……それでは()()()、ターゲットとボールを配るんで。全員に行き渡ってから、1分後にスタートとします」

 

 ()()()ってなんだ、と思ったのも束の間。

 地響きのような音がして、説明会場が突然、確かに()()していった。私たちが収まっていた長方形の箱が、展開図よろしくすっかり平面になってしまったのだ。

 

「無駄に大がかりですね……」

「すごい、ビルとか山とかあるよ!」

 

 私がぼやいた隣で、透ちゃんがたぶん周囲を見渡しながら大きな声を上げる。

 

 釣られてぐるりとスタジアム内を見てみると、透ちゃんが言った高層ビルが立ち並ぶエリアや山といった地形以外にも、工業地帯や滝が流れ落ちる水気の多いエリアが目に付いた。

 

 これは、つまり――。

 

「各々苦手な地形、好きな地形、あると思います。自分を活かして頑張ってください」

 

 そういうことに、決まってる。

 

 1540人でのボール当てゲームを、まさか何の障害物もない地形でやるわけがない。お披露目の演出が無駄に派手だったからついつい驚いてしまったが、これくらいのステージが用意されているのは順当と言えば順当だ。

 

 ……そうやって私が納得している間にも、ボールとターゲットの配布は進められていた。

 そして、受験者の人数の割には五分もかからずに配布が完了したようで、いよいよ1分後にスタートの合図が迫る。

 

「――みんな! あまり離れず、ひとかたまりで動こう! 先着100人で合格なら同校での潰し合いはないし、むしろ手の内を知った者同士でチームアップが勝ち筋だと思うんだ」

 

 ここに至り、緑谷くんがそんな発言をした。

 A組全員が一度は彼に注目して、すぐに同意したり、あるいは少し思案してから首肯していたり。

 

「ハッ、フザけろ、遠足じゃねぇんだよ」

 

 ただ、当然というかなんというか、爆豪くんは即刻離脱を表明。前方に見える高層ビル地帯と山の間にある高架のような場所に向かって一人ですたこら走り去っていって、そんな彼を心配したらしい切島くんと上鳴くんが追いかけていってしまう。

 

「俺も、大所帯じゃかえって力発揮できねぇ」

 

 さらには、轟くんもそう言って工業地帯の方へと走っていってしまう。緑谷くんが呼び止めてもその背中は遠ざかっていって、理由が理由なので今度は誰も追従しないようだった。

 

 ……さて。

 

「すいません皆さん。私も、一人で行かせてもらいます」

「えぇっ、氷雨ちゃんも!?」

 

 私も、単独行動がしたい。

 理由は轟くんとだいたい同じだ。

 

「ゆ、雪柳さん! あの、あんまり単独行動は――」

「緑谷くん、すいません。時間もないのでもう行きます」

 

 即座に【氷衣】を纏い、宙に浮き上がる。

 

 そして私は、とりあえず爆豪くんたちと轟くんが向かったところは避けて――住宅街エリアを目指すことにした。

 

 

     ※ ※ ※

 

 

「……来てるな、結構」

 

 周囲に人の姿は()()()()()()

 しかし、独り言でうっかり言い間違いをしたわけでもない。

 

 【氷衣】でもって移動した私は、他の多くの受験者よりも一足早く住宅街エリアの中心あたりにたどり着いていた。

 そして今、適当な一軒家の屋根の上に立ち、受験者たちがやってくる方向に目を向けているわけだが……端から肉眼で相手の位置を探ろうなどと考えてはいなかった。

 

 この住宅街エリアの全域は、既に私が生み出した〝冷気〟で満ちている。

 要するに、【冷気感知】絶賛発動中、ということだ。

 

『――えー、スタートまでまもなく残り10秒、カウントダウンします……10、9、8、7――』

 

 ボールとターゲットが配られてから1分というのは、想像以上に短い。これもまた公安がスピードを求めていることの表れ、と言っていいのだろうか。

 

『6、5――』

 

 ちなみに私のターゲットは、胸のところに3つ並べて貼っておいた。下手にバラけさせるよりも、一カ所にまとめておいた方が防御しやすいと思ったのだ。

 

『4、3――』

 

 それにしても、先ほどついつい独りごちてしまったが、住宅街エリアに向かってきている人数はかなり多そうだ。まぁ、住宅街というのは割とオーソドックスなフィールドだし、好む人は多いのかもしれない。

 十人以上で固まって動いている大所帯や、たぶん五、六人で動いてるっぽいチームがほとんどで、単独行動してるっぽい人は二、三人しかいないみたいだった。緑谷くんの言っていた通り、チームで動くのがベター、あるいはベストだったんだろうな。

 

『2、1――』

 

 しかし、まぁ、セオリーなんてどうでもいい。

 結果がすべてだ。

 

 

『START!!!』

 

 

 ――試験開始の合図と同時に、今の今まで私を取り囲むように潜んでいた三人の受験者たちが、三方向から()()一斉に動き出した。

 

「――ッ! 気が付いていたかッ、雪柳氷雨ッ!」

 

 私の視界にわざわざ入ってくるようにして跳び上がった一人――黒づくめの、なにやら忍者のような格好をした人が、私とばっちり目を合わせるなり大声で叫んだ。

 

 おそらく彼は、私がさして驚く様子を見せなかったことから、そう考えたのだろう。

 

「――正解ですよ、忍者さん。どう来るのかと思っていましたが、意外と素直でしたね」

 

 彼らは私の正面に一人、後方に二人という布陣で身を隠し、こちらの様子を窺っていた。そして、スタートの号令と同時に正面の一人が真っ先に動き出し、ワンテンポ遅れて背後の二人がそれに続いたのだ。

 これはつまり、一人が目の前に突然現れることで私の注意を引き、その間に背後の二人が私を拘束なりなんなりする、というような作戦だったのだろう。

 

 素直で、それでいて単純で助かった。

 こちらも素直に、単純に対処をすればいいだけなのだから。

 

「【包雪(ほうせつ)――」

 

 私の真正面にいる忍者一人と、後方から向かってくる二人――これまた黒づくめの忍者一人と、赤い装束でくノ一っぽいもう一人の姿を()()()()()()、それぞれに対して狙いを定めるために身をよじり、両手をかざす。

 

「な、速――ッ!?」

 

 そして、空中にいる三人それぞれの周囲に大量の〝雪〟を発生させ、首から下の全部を覆い尽くす。

 

 こうなれば、雪の中で藻掻こうと足掻こうと、もはや意味はない。

 

「――氷縛(ひょうばく)】」

 

 雪を、瞬時に氷へ変換する。

 

 余程の膂力がなければ、全身を覆う氷を内側から破るなんて芸当はできない。

 拘束完了、だ。

 

「……さて。一次試験通過の条件は、受験者を二人倒すこと。一人、見逃すこともできますが……どうしますか?」

 

 私がそう尋ねると、忍者三人衆は一様に苦悶の声を漏らした。

 

 





※お知らせ

この度、初めて支援イラストをいただきました。
活動報告にてご紹介させていただいているので、下記URLからぜひともご覧ください。

https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=279039&uid=356437
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。